連載小説
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後編
…どうして、アタシはイグニスなんだろう。
どうしてアタシは火なんだろう。
慈しみ溢れたウンディーネ。
気まぐれで奔放なシルフ。
物静かで穏やかなノーム。
どの精霊も人に与えるのは癒しであって、破壊ではない。
アタシのように燃やし尽くし、消し去るワケじゃない。
羨ましい。
とても、望ましい。
それでもいくら望もうがアタシには手に入らない。

「なんで…なのかな…」

目の前が歪む。遠くに見えていたいつもの空が歪む。鼻の奥がつんとして、ぼろぼろと何かがこぼれ落ちて地面に滴り落ちた。

「どうして、なのかな…」

もっと勇気があれば変わっていただろうか。
あの時、アタシが助けていれば変わっていただろうか。
ユウタを、目の前で救っていたなら変わっていだろうか。

「う、うぁ…ぁあ……」

目から何度も涙が溢れる。火の精霊なのに水が出るなんて不思議だったけどそんなことを考えてる余裕もない。
ただ一色に。
ただ一心に。
アタシはそこで泣いているだけだった。

だから気づかなかった。

目の前でいつものようにゆっくりと歩いてアタシの方に近寄ってくる存在に。
痛々しく包帯が目立つ身なりでも普段と変わらない足取りで、表情には笑みさえ貼り付けて、アタシの前に立っていた。

「…よう」

長年の友人に挨拶するかのように手を上げ笑みを浮かべる男性。
包帯に覆われていてもその服装も髪も瞳も見間違うことのないジパング人の風貌と同じ姿。

「ユウタ…!?」

アタシが逃げ出した人物が目の前に再び現れた。
時間にして一週間、怪我のため歩くことさえまだ辛いはずなのに。
もう来ることなんてないと思っていたのに。
来れるはずがないと思っていたのに。

でも、正直嬉しかった。

ユウタが怪我をしながら、登るもの辛いはずなのにここへ来てくれたことが。
罵倒されても仕方ない。軽蔑されてもしょうがない。そう思ってたのにいつものように柔らかく笑ってアタシを呼ぶユウタが。
でも、なんで。
どうして、ここに。

「やっと来れた」

そう言ってユウタはいつものようにアタシの隣に座る。
慌てて流していた涙を拭い取って彼に気づかれないようにする。ユウタは不審がったが何も言わずに誤魔化した。

「大変だったよ。怪我してもそんなひどいもんじゃないっていうのに寝ておけって村の人がさ」

気さくに話しかけてくるのはいつものユウタとなんら変わらない。いつものように雑談をしたり、昨日あったことを話す様子と同じだ。
だからこそおかしいと思う。
村人の叫びを聞いた後に。
逃げ出したアタシに。
見捨ててしまったアタシに。
どうして会いに来れるのか。

「…」
「…そういや、あの時はありがとうな」
「え?」
「助けに来てくれたじゃん」
「…」

勘違い、してる。
ユウタはアタシが助けたと思ってる。
そんなことしてないというのに、どうしてそんな顔をして感謝の言葉を言えるのか。
アタシはただ立ってて逃げ出したというだけなのに。
どうして…。

「どうして…ユウタは…」
「…うん?」
「どうしてそんな笑ってられるの…?」
「…ん?」

アタシはユウタの隣から立ち上がった。
手足の炎が揺らぎ、拭ったはずの涙がまたこみ上げてくる。

「…アタシが、ユウタを助けたって証拠はあるの?」
「…フラメ?」

また、泣きたくなる。
また、悲しくなる。
涙なんて見せれば心配させるだけだとわかってるのに止まってくれと願っても次々に溢れ出してくる。もう拭う必要もない。拭ったところで止められない。

「…村の人、アタシのこと嫌ってたでしょ?」
「………いや、そんな」
「わかってるから…」

誤魔化そうとして笑みが歪んだユウタの声にアタシは遮ってそう言った。
分かってる。ユウタがどうこう言おうとも皆はアタシを嫌ってる。
その原因をユウタは知らない。
あの村で起きたことを彼は知らない。
それこそがアタシの嫌われる理由で、親しかった皆との関係を失ったわけ。
ユウタは気まずそうに視線を泳がせている。それでもなんとかアタシを見続けていた。普段笑ってばかりの彼がこんな顔をするのは意外で珍しいものだったけど、やっぱりいつも通りに笑ってる方がいい。
こんな時でも笑ってて欲しかった。
それが絶対に無理だとわかってても、そう願ってしまった。

「アタシはね…一度あの村を燃やしたの…」
「…っ」
「皆…そう言ってたでしょ?あの時に叫んでたでしょ…?」

以前、アタシがまだこの体を持つ前のこと。女としての体を持つずっと前から、純精霊のころから皆アタシを慕っていてくれた。
ここは山。村はその麓。水脈は整っていて住むには何の問題もない、平和な村。そこでアタシの存在は大きなものだった。
火を意のままに操るアタシは彼らにとって闇を照らす光であり、発達を手助けする技術でもあった。夜は家々の明かりを灯し、昼には火を用いる仕事を手伝う。村には鉄を加工する鍛冶屋の人や小さくもちゃんと機能する蹈鞴があり、畑を耕すための農具を作っていたから手助けをした。それだけじゃない、洗濯物を乾かす手伝いなど大きなことから些細なことまで様々なことをやってきた。
どんなことでも、アタシを必要としてくれた。
火の精霊として生まれたアタシにとってそれは嬉しいこと。
火を、アタシを求められることは何よりも喜ばしいこと。
そんな日々はずっと続く、はずだった。

きっかけは一つの事故。

それもよりによって火によるもの。

だいぶ長いこと使われていたからか蹈鞴に限界が来ていたらしく、それを知らずに使って火が吹き出した。その時アタシは気づかず、また蹈鞴を使っていた人も気づかなかった。
だから、火が回った時にはもう手遅れたんだ。
鍛冶場を炎が這い回り、道具を焼いて壁を燃やして天井を焦がす。本来火事対策として頑丈な作りにされていたはずだったがそれでも炎は容赦なく焼き崩していった。
一面に広がる炎。留まることを知らない焔。
ここを使っていた人は先に逃げ出したがアタシは別に逃げ出す必要はなかった。火の精霊がこんな炎に焼かれて死ぬわけがないのだから。
そして、アタシにはやらなければいけない事があったんだ。

火の精霊としてこの火事を押さえ込む。

多少なりとも火へ干渉できるアタシならなんとかできるはずだった。
蹈鞴によって業火へと変わった火でもなんとか押しとどめることができたはずだった。
なのに…。

アタシは逃げた。

その場から逃げてしまった。
目の前で燃え盛る業火へ背を背けた。
もしもあの時、アタシが火の勢いを弱めていれば多少は被害を抑えることができたかもしれない。火を消すことはできずとももっとマシな結果になっていたかもしれない。
でも、アタシはそれができなかった。
純精霊ではそこまでの力がないから。

―だけど、それ以上に怖かったから。

火の精霊が火を怖がるなんておかしな話だと思う。それでもあの場にいたアタシにとってそれは怖くて堪らなかった。家を火が焼いていく様はあまりにも恐ろしかった。全てを炎が包む様子はあまりにも怖かった。
今考えれば何と愚かだったのだろう。
何と情けないことだったのだろう。
自分の命が大切だなんて、精霊であるアタシがそんなことで死ぬわけがないのに。
火を操れるアタシなら、その火事を止められたはずなのに。

逃げ出した。

その場から、皆の前から。
その代償は当然返ってくる。
今まで築き上げた信頼の関係がたった一度のことで消え去る。
時間を経て魔力を取り込んで、この姿になって、扱える火だってさらに大きくなったとしても…失ったものは取り戻せやしなかった。

皆がアタシを嫌う理由はわかる。

逃げ出したアタシを敬うことができなくなるのもわかる。

あれほど親しかったのに、アタシ達の関係が崩れてしまうのも仕方ない。

仕方ない…。

そう、もう仕方ないんだ…っ。

だからアタシはずっと一人でいた。山の上からずっと麓の村を眺めていた。もう近づくことができない、触れられる体を手に入れても触れられない彼らを見つめていた。
それでも自業自得。因果応報。
自分がしたことを過ちと知りながらも正すことができなかった。
嫌われることが、一人でいることが、咎であってせめてもの償い。

「アタシが、嫌われる理由は…それなの……っ!」

麓の村の人に嫌われる付ける理由。
アタシが、アタシを嫌う理由。
皆はアタシを怖がってるんだ。火であるアタシを、何もかもを燃やすアタシを。
消さなければ広がって、灰しか残さず全てを燃やし尽くす業火。それがアタシの意志の下になかったとしてもアタシと同じ火なんだ。
違っていても同じならば怖がるのは当然で、蔑むのが常だ。
一度村を全焼しかけ、ほぼ全てを失ったからこそ皆アタシを異常なほどに拒んでる。
以前はあんなに笑っていて、精霊として敬ってくれてたのに。

「火はね、燃やすことしかできないの…」

燃え移ったものがその人にとって大切なものだとしても。
燃え上がるものが皆にとって失いたくないものだとしても。
それでも火は燃え上がり、炎となって焼き尽くし、業火となって消し去ってしまう。

「…わかる?わかるよね…アタシは…火なの…」
「…」
「これが、アタシなの…」

自分で言いながら声が震えていた。涙が溜まっていた。今にも膝をついてその場に蹲りたかった。

―でも本当ならユウタに慰めて欲しかった。

無理だと分かっていても、そんな資格がないとしても。
こんなアタシを抱きしめてもらいたかった。
離れた先にいるユウタの姿が歪んだ。溢れないように前を見ると徐々に歪んだ姿が大きくなっていくのを見て近づいてくることに気づく。

「来ないでっ!!」

アタシは精一杯の力で自分の周りを炎で包む。
全てを灰へと変えるかのような業火を。
一面を荒地へと変貌させる大火を。
上げて、焼いて、焦がして、全てを燃やす。

「っ!」

流石のユウタも足を止めた。あまりの量の炎に体が固まる。
それでいい、それでいいんだ。それが普通の反応で、当たり前なんだから。
しかしユウタは。

「…」

決して後ろへは下がろうとはしなかった。
それどころか止めたはずの足を、地につけた足をゆっくりとあげる。
一歩でも先に進もうものならば業火に焼かれるというのに。
アタシに近づけば炎が容赦なく焦がすというのに。
それ、なのに…。

ユウタは一歩踏み出した。

「っ!!」

一歩、また一歩。
ゆっくりではあるが確実にアタシとの距離を縮めてくる。
地面は一面炎に包まれて足を踏み出す場所なんてないのに、無理やり前に歩いてくる。

「やめてよぉ…っ」

アタシは弱々しく、今にも消えそうな声でそう言った
頭を抱えて、目の前で立ち止まらずに進んでくるユウタを見据えて。

「来ないでよぉ…」

今までこんな声を出したことはなかった。
ここまで弱気になったことなんてなかった。
だってアタシはイグニスだから。いつも焼き尽くす火のように強気で、燃え盛る炎のように情熱的。
一人だったことで多少の寂しさはあった。
誰も来てくれないことに悲しさはあった。
だけど、こんな……こんな気持ちにはなったことはない。

「アタシは…火なんだからぁ……近くに来たら、焼けちゃうんだから……」

そんなことはない。アタシが攻撃意識をもたない限り周りの火は熱を帯びないし、燃え移ることは絶対にない。包まれても怪我なんてしない。
だけどアタシは火を放つ。ここら一面を燃やして焼き払うように炎を広げる。これを見て平然としていられるはずがない。これを感じて平常でいられるわけがない。
まともな人間ならば。
それでも足を止めないユウタは、まともな人間とは言えないのかもしれない。
また一歩、アタシに向かって踏み出した。

「燃えちゃうんだから…ぁっ!来ないでよ………やだよぉ…っ!」

進んでくるユウタに向かって拒絶の言葉を投げかける。無駄だと分かっていてもその足を止める言葉を吐き出す。
何度も何度も、繰り返して。
そんなアタシの声にユウタは一度大きく息を吸って、言った。




「だったらさっさと燃やしてみろよっ!!」




「っ!」

ユウタの大声があたりに響いた。炎のはじける音よりもずっと大きくアタシに届く。
照らされた形相は今まで見たことがないくらいに真剣で二つの瞳はまっすぐアタシを捉えて離さない。
また一歩、ユウタは前に踏み出した。
続いて一歩。
また一歩。
止まらないユウタを前にアタシは後ろへ下がろうとするが足が動かない。
いや、動かないんじゃない。動きたくないんだ。
来て欲しくないのに、ここまで来て欲しい。アタシはそう思ってるんだ。



―ユウタを突き放したい自分がいる。



傷つけたくないと思ってる。いや、傷つきたくないと思ってる。
これ以上親しくなって、その上でユウタから嫌われるのなら今関係を切ったほうが楽だ。親しくなった分できる傷はあまりにも深い。一度経験しているからこそその痛みは十分理解している。
なのに…。



―ユウタに来てもらいたい自分がいる。



もう一人は嫌だと。嫌われるのは嫌だと。
アタシを受け止めて欲しいと。
優しく笑って、一緒にいてくれたユウタだからこそ、今も受け入れて欲しい。
温かな手で慰めてもらいたい。優しい声で癒されたい。
もう、嫌われたくない。
反する二つの想い。
その中で葛藤するアタシを前にユウタはもう止まることなく突き進んできた。

そして、アタシの前に立つ。

額に汗が流れていても気にせずに、荒くなった呼吸を整えることもせずに、炎の中で黒い瞳がアタシを見据えた。

「フラメ…」
「…ユウタは」

アタシを呼ぶ声に彼の名を呼んで返す。震える声で、今にも足が崩れそうになりながら。
今ここで彼の体にすがりつけたらどれほど楽だろうか。でも、それが許されるかなんてアタシが決めることじゃない。ユウタが受け入れてくれるかだ。
ユウタが、アタシを…。

「怖く…ないの?」

恐れていないかだ。
ずっと聞きたかったけど、怖くて聞けなかったこと。契約を持ちかけようとした時に躊躇ってしまった理由。
拒絶されたくないから、否定されたくないから、その先を口にできなかった。
だけど、こんな状況でそんなものを気にしてる余裕はない。

「ユウタは、アタシが怖くないの?」
「…?」

アタシの言葉にユウタは首をかしげた。
不思議そうに、なんで今更そんなことを聞いているのかと疑問に思うように。

「…何が?」
「だってアタシ…イグニスなんだよ?火を司る精霊なんだよ?」

アタシは手近にあった石ころを取った。掌に収まるほどの大きさのそれを五本の指で強く握り込み、ちょっとした力を加える。とても硬くて人間ではまず砕けない、女性にならなおのこと無理な固体をアタシはいともたやすく『溶かした』。
どんなに固くてもどんなに頑丈でも熱があればこうして溶かすことができる。
石はこうしてどろどろした液体へと。
人が手を触れようものならまず、焼き消える。
それをどうして怖くないといえようか。
自身の体が焼けるのを、どうして厭わずにいられるだろうか。

「アタシは、こんなのだよ?」
「…」

この光景には流石のユウタも口をつぐんだ。
そうだ、それでいいんだ。
それが普通の人間の反応。それこそ人間らしい人の判断。アタシはそれを見て気づかれないように自嘲気味に笑う。
これでいい、これでいいんだ。
火というものは人を助けるものであると同時に恐れられるもの。今まで誰も私と契約どころか、傍にも寄ろうとしなかったんだ。今更一人に嫌われるのも、離れられるのも大した問題じゃない。
だから、全然平気…。
これぐらい…いつものことだから……。
だから………。
アタシは笑みを浮かべてユウタを見つめていたのにユウタの姿が見えなくなる。いや違う。アタシが俯いたからだ。
見たくないんだ、ユウタがアタシを嫌がる顔を。
見せたくないんだ、アタシがユウタに嫌われたくないことを。

「…何言ってるんだよ」

だけどユウタの声は優しくて。
それでもユウタは温かくて。
アタシの思っていたものとは違う、今まで投げられた言葉とは違うもの。
今さっき目の前で石が溶けるのを見たはずなのに。
とても人が触れられるようなものではないと見ていたはずなのに。
恐れることもなく。戸惑うこともせずに。
彼ははアタシの手をとって自分の頬へと押し付ける。柔らかくて温かい、落ち着くような感触を掌に感じた。

「っ!ユウタ…っ!」
「ほら」

そう言って笑ってみせる。手はまだ頬に添えたままで。

「あったかくて、優しい手だ」
「…っ」
「そりゃ目の前でそんなことされたらビビるけどさ、それでもフラメが好き好んで人を傷つけるわけないだろ」

それでも麓の村の皆はアタシを怖がった。
それはアタシが火の精霊だから、物を焼いて、焦がして、燃やすことぐらいしかできないから。人間にとって発展の術であっても、彼らにとっては恐怖の対象。その恐怖を心の底まで刻み付けることとなってしまった。
だからこそ触れることはない。
話すこともない。
会いに来る人もいなかったんだ。
なのに、それなのに。

ユウタだけは、自分から歩み寄ってきた。

アタシは、火の精霊なのに。

ユウタの前からも逃げ出したのに。


「フラメが優しいってことぐらい、わかってるよ」


その言葉に涙が溢れそうになった。
隠そうともせずにそのまま流れそうになった時、体が引かれる。あまりにもいきなりのこ

「フラメは自分が嫌いみたいなこと言ってるけどさ…」

ユウタはアタシを大切そうに抱きしめてそっと耳に呟いた。男性らしく硬い胸板や背に回された腕の感触がアタシの中の寂しさを打ち消してくれる。優しい声が、ユウタの温もりが冷え震えるアタシの心を温めてくれる。

「オレは…フラメが好きだよ」
「…っ!」。

初めて言われた言葉。
ユウタの気持ちを乗せた、たった一言
でもそれはアタシにとって何よりも大切な一言で、今のアタシにとって何よりも響くモノ。

「ずるい…」

アタシは消えそうな声でそう呟いた。両手はユウタの服を掴んで、顔は見られないように肩に押し付けて。みっともない姿を隠して、言った。

「そんなこと言われて…自分が嫌いなんて、言えるわけ、ない…のに…っ」
「ああ」
「ユウタは…ずるい…っ」
「ああ…」

アタシよりも少し低い身長で、そっと体を抱きしめられる。それはまるでアタシの全てを包み込んだように温かくてとても安心する。
今まで感じた体温や、手の温もりよりもずっと欲しかったもの。
こうしてもらいたかった。
こうして欲しかった。
誰でもない、ユウタだけに。
ぐしぐしと涙を拭うようにユウタの体に顔を押し付ける。硬質な黒い布地に雫が染み込んでいく。それでも彼は構うことなくアタシを抱きしめ頭を撫で続けた。






だけど。






「…?」

気持ちがいくらか落ち着いて、涙も引いて普段通りとはいかずともいつもの自分がだいぶ戻ってきたそんなとき。
ユウタの姿勢がおかしいことに気がついた。なんというか…抱きしめてくれてるはずなのに腰を引いている。優しく頭を撫でてくれてるのに足がかなり下がってる。まるで下半身が触れないように気をつけているみたいに。

「…あ」

それが何でだか気づくのに時間はそうかからなかった。
よく考えればわかることだった。アタシの火の中を歩いてきていたのに何もないわけがない。火傷なんてしないけど燃える魔力の中を突き進んできた以上影響はあるはずだ。
その影響はユウタの体に現れていた。
触れ合う体から伝わってくる、激しい心臓の音。
手を重ねていた時よりもずっと高くなった体温。
それから…。

「…ユウタ?」
「…ん?」
「…下」
「…」

アタシの言葉にユウタは無言で体を離した。顔を押し付けていたから気づかなかったけど顔が真っ赤になってる。先程はまっすぐこちらを見つめてきた視線は気まずそうに泳いでいた。

「…なんか、ごめん」

小さな声でユウタは言った。本人からしてみれば今の状況を理解できてないのかもしれない。精霊のことも魔物についても知識に乏しかったユウタにしてみればアタシの火が欲望を燃やす火種になるとは想像していなかっただろう。
戸惑いつつも恥ずかしそうに視線をそらすユウタ。
時折見せる仕草が子供っぽくて思わず笑みが漏れる。

「えっと…ユウタ?」
「ん?」

背けていた顔がこちらを向いた。辺りの炎に照らされているその顔は普段見ていたのとはちょっと違う、影が揺らめいて不思議な魅力があった。

「…その、ね」
「うん」
「け、契約…する?」
「うん?なんで今その話?」
「えっと…」

契約。
ユウタはその内容を知らない。アタシが今までそのことを話さなかったこともあるけどユウタは基本的に魔物や魔法についての知識が乏しい。
だからこの状況で契約という言葉は彼にとって首をかしげるものしかないだろう。
でも、その内容を知ったら…。

「えっとね…契約っていうのは…その…」
「…うん」
「体を…重ねることだから…」
「………うん?」

案の定ユウタの目が点になって凍りついたかのように体が固まった。数秒遅れて気絶から覚めたかのようにびくりと体が跳ねて元に戻る。

「え、あ、あぁ…契約っていうか…契ってって感じなんだ…へぇ…」

アタシはユウタの言葉に頷いた。
反面ユウタは納得したように言ったが視線がまた明後日の方へ向いていた。
そんな彼を見てアタシはくすりと笑い、胸の奥が温かくなる。
アタシはユウタの手を掴んだ。

「ん?」
「ユウタ…」

そっと指を絡めて手を握る。優しい熱と安らぐ感触に私は覚悟を決めた。
ずっと怖くて聞けなかったけど、今だったら言える。
言おうか迷っていたけど、今ならきっと伝えられる。
心に灯った優しい感情。
胸の奥から満ちる温かい気持ち。
契約したいというよりもずっと傍にいたい。
精霊として傍にいたいんじゃなくて一人の女として共にいたい。

ユウタが、欲しい…っ!

燃える想い。
滾る情熱。
胸の奥からとめどなく溢れ出して、アタシの理性を焦がしていく。
もともと魔力に馴染みつつあるこの体は理性なんてあってないようなもの。魔物に近い本能のままにアタシはただユウタを求めてる。

「ユウタは、アタシと契約するのは…嫌?」
「い、嫌ってわけじゃないけど…」

困ったように頭を掻いて、それでも覚悟を決めたのかこちらをまっすぐ見てくる。
吸い込まれそうな黒い瞳がアタシを映し出した。

「フラメ…」

そう言ってアタシの頬へ手を添える。
優しい手つきで撫でる感触に胸の奥を満たしていくようなものを感じた。

「ユウタ」

アタシからも彼の名を呼ぶ。
これから契約を交わす者の名を。
アタシの主となる人間の名を。

アタシの愛する男の名を。










流石に山の岩肌に直接座るわけにもいかず、普段から着ていたがくらんという服を脱ぎ捨てその上に重なり合うように抱き合い座るアタシとユウタ。直に感じる肌の体温はちょっと高めで早鐘のように脈打つ鼓動が伝わってくる。息は互いに荒くなって朱に染まった頬は気恥かしさと興奮を示していた。

自分自身が昂っていくのがわかる。

そっと恋人のように繋いだ手と手。指を絡めて強く握り合ったことで伝わってくる優しい体温。それは間違いなくアタシの欲しかったもので、ずっと求めていたもの。
互いに一糸まとわぬ姿で重なりあう肌と肌、溶け合い混ざる熱。
わずかに体を動かすだけでも擦れる乳首が胸板に擦れ、感度が増しているのか体が震えそうな快楽に声を漏らしそうになる。
ユウタの体を見た。
完治しているわけがない火傷のあと。包帯とガーゼで隠されてはいるものの痛々しさは隠せない。それを見て罪悪感が胸に募った。

「…ごめんなさい」
「ん?」
「その…火事の時…」

アタシが助けに入れていればもっとユウタは軽傷で済んだかもしれない。いや、アタシが子供を助けていればユウタは傷を負うことはなかったかもしれない。
今更遅いとしか言えないけどそれでも後悔してしまう。
アタシは傷がつこうと魔力の混じったこの体ならすぐに治るはず。それこそ跡形もなく綺麗に。いや、傷を負うことさえないかもしれない。それで人間であるユウタはそうはいかない。体に刻まれ一生残ることだってあるはずだ。

「いいんだよ。オレが好きでやったんだし」
「…でも」

いくら本人がいいと言っても納得できるわけもない。思えばユウタは自分に対する関心があまりにも低すぎるんだ。

「アタシは…っ」
「…はぁ」

そこで疲れたようにユウタはため息を付く。握っていた手が離れてアタシの頬に添えられた。そのまま間髪いれずに唇に何かが押し当てられる。
柔らかく、温かく、そしてなによりも甘い不思議なもの。
一瞬だけの感覚ですぐさま唇から消えていく。それでも、いったい何をされたのか理解するのは早かった。

「…っユウタ、今……き、キスして…っ」
「そうだよ。余計なこと言ったらまたするからな」

顔を赤くしながらも笑みを浮かべてユウタはそう言った。恥ずかしいのか、照れているのか、あるいはその両方か。自分のしたことなのに赤くなるというのは可愛らしいものがあるがアタシはいきなりのことに反応が遅れた。
遅れて、ようやく我に返る。

「…ス」
「うん?」

小さく呟いた声に彼は首をかしげた。そんな彼を前にアタシは唇を、先ほどキスしたその部分を手で抑えながらまた言った。

「…キス」
「うん」
「もう一回、して…」

それを聞いたユウタは無言で頷くと両手をアタシの両頬に添えた。そのまま今度はゆっくりと顔を近づけ、再び唇が重なり合う。
手が触れるより、肌が重なるよりさらに密な接触。
契約にはまだ届かないものだとしてもこの行為は深くて甘くて、思わずとろけそうなもの。
今までにない感覺を互いに探り、受け取り、昂らせていると思うだけで筆舌し難い興奮が湧き上がった。

「はぁ、ぁ、んんっ♪」
「む、んっ」

息継ぎのために少し唇を離して再び重ねる。それだけでも甘い味が広がってアタシの頭の中まで染み込んできた。まるで媚薬のように染み込んできては欲望の火がさらに強くなってくる。
そこからさらに熱のこもった舌を唇から割り込ませてユウタの口内をまさぐった。
一瞬その行為に彼の体が固まるのだがそれでもお構いなしに舌をねっとりと絡める。息苦しさと胸の高鳴りが増して、体の奥がドロドロに溶けていきそうだった。
甘い唾液をたっぷり啜り、ゆっくりと唇を離す。
目の前にある顔は真っ赤に染まっていた。
キスってすごい。それが行為を終えてアタシが思ったこと。ただ唇を重ねるだけでもこれほどまでに気持ちよくなれるというのだから契約をした時には一体どれほどの気持ちよさを体感することになるのだろう。それだけじゃない。口づけだけで胸の奥に募っていくこの気持ちは体を重ねたらどこまでアタシを満たしていくことだろう。

「触って」

アタシはユウタの手を自分の体へと導いた。アタシよりも熱くなった手のひらが胸に触れ、力を入れた分だけ形を返る。

「んん…ぁ♪」
「柔らかい…」

優しく、柔らかく。
絶対に傷つけないようにとユウタの手のひらはゆっくり撫でていく。もどかしい感覚だけど伝わってくる温かさと時折先端を撫でる感覚にアタシは体を揺らめかせた。
そのまま彼の手は下へと下がっていく。脇を、腹を愛おしく撫でてくる手の動きがとても嬉しい。
今までに経験したことのない感覚にアタシの体が震え喜び、感じていた。
もっとして欲しい。
もっと繋がりたい。
ずっと、一緒にいたい。
その気持ちに、感覚にアタシの女が反応した。待ち焦がれて期待して、しきりに吐き出される蜜が滴る。女性の大切な部分へユウタの手が伸びてきた。

「ひゃぁあっ♪」

柔らかな手つきで撫で回していく。経験がないのか、ぎこちない動きであったものの初めて感じるアタシにとっては十分すぎる刺激だった。

「痛くない?」

心配そうにアタシの顔を覗き込んでくる彼。その気持ちが、その表情が嬉しくて愛おしい。

「んん…♪へい、っきだから…ぁ♪」
「そっか」

アタシの返事を聞くとユウタは手の動きを少し早めた。割れ目を撫で蜜を指で拭っては感触を確かめるように力を入れてくる。濡れた指が小さな突起に触れた瞬間、体が震えた。

「んんんっ♪」

頭の中をしびれさせるような快楽がそこから体全体へと駆け抜けた。
何、なんだろう…この感覚…。
頭の中が一瞬真っ白になるような、もっと欲しいと求めたくなるような。よくわからない感じだった。

「や、ぁ♪そこ、強くしちゃやだぁ♪」
「ん…ああ、ここクリトリスか」

納得したように頷くとユウタは意地悪をするように秘芽をつまみ上げた。指の腹でコリコリとこねくり回す。たったそれだけでもアタシは体を何度もくねらせ、唇の隙間からは艶っぽい声が漏れた。

「ダメ、ぇ♪あ、やぁあ♪」
「気持ちいい?」
「いい、からぁ♪気持ちいいから、そんなに…あぁあ♪」
「そっか、よかった」

そうは言うものの息を荒くし興奮しているのに自分を押さえつけている。本当なら本能のままにアタシを貪って壊れるぐらいにしたいはずなのに我慢してる。その証拠に天を衝いてそそり立ったものがそこにあった。ビクビクと脈打ち震える、グロテスクな形状で、愛らしいのもの。初めて見るものだけど魔物の本能はその答えを知っていた。
アタシはユウタの男の証に震えながらも手を添える。

「っ!」
「すごい…熱い♪」

触れた途端にユウタの手が止まった。手のひらを通して伝わってくる異常な熱さ。それこそ火のように熱くなっている。それだけじゃない、硬さもまるで鉄みたいと思えるほど。
これがユウタのなんだ。
そう思うと愛おしさが胸の奥からこみ上げてきた。
そっと撫でるだけでも反応を示してくれて、先端からは透明で変わった匂いのする液体が染み出してくる。濃すぎてクラクラしてくる、メスの本能を刺激するオスの匂い。ただ嗅いだだけでも下腹部に熱が生まれ、子宮が蜜を吐き出した。

「ね、入れて…♪」
「…わかった」

アタシの言葉にユウタは静かに頷いて熱の帯びたそれを汚れない秘裂へと押し当てた。愛液がペニスに滴り、燃えるような熱と鉄のような硬さを備えたそれが重なり合う。

「それじゃ…入れるよ…」

言葉とともにユウタの男が私の中へと食い込んでいく。
今まで侵入を許したことのない部分へ秘肉を引き裂き押し入ってくる。途中ぶつんと純潔を貫く音とともに痛みが体を走った。

「っぅぁあ…っ!」
「!…痛む?」
「少し…だけ…ね。だけど…」

だけど、それ以上に嬉しい。
こうして肌を、体を、ユウタと繋げることができて。
やっと一つになることができて。

「ユウタが、アタシの中に来てる…んっ♪」

待ちわびてすっかりドロドロになってしまった姫肉を解きほぐすように熱くて硬いユウタのものが入ってくる。初めて受け入れる感覚に身を引き裂かれるような痛みがあったのだがそれが嘘みたい快感へと変わる。それも先程まで互いに愛撫し、口づけを交わして得たモノが子供騙しに思えるほど膨大なものへと。

「どう…ユウタぁ♪アタシの中、いい…?」
「あ、熱くって…すごい…っ」

眉をひそめて瞳を閉じて何かに耐える表情。普段の彼が浮かべる表情にはない、珍しいもの。しゃべることどころか呼吸する余裕さえもないように思える姿。
そうさせているのはアタシであって、アタシの中にいるだけでそこまで気持ち良くなってくれたということ。それがとても嬉しくてアタシの体は反応する。

「んぁ…っ!」
「ぁあん♪体が…ぁ♪」

気持ちいい。こうして繋がっているだけでも肌が重なっているだけでも。
だけどアタシは知ってる。
単純で、簡単で、これ以上に気持ちよくなる方法を。
抜き出しに慣れてくるにつれて徐々にもどかしさを覚えてきた。気持ちいいけど、もっと強く激しくこすりつけて欲しい。そう思ってアタシはユウタの上で腰を揺らす。

「うぁ…っ」
「んんっ♪あ、はぁん♪こんなの、あ♪あぁんっ♪」

張り出したカリが肉壁を容赦なく抉ってくる。膣内でにちゃにちゃと音を立ててうねり、彼のペニスを逃がすまいと締め上げる。下腹部がさらに熱を持ち、子宮が精を欲しがってうねってる。

「う、ぁあ♪いぃ、よぉ♪もっと、もっといっぱいしよ♪」
「んん…っ」

繋がっている部分からはイヤラシイ音がひっきりなしに漏れる。声も我慢することなく出しているけどここは外。山の頂上近くとはいえ誰かがいる可能性はゼロじゃない。誰かに見られてしまうかもしれない。だけどそんなことどうでもいいと思える程にユウタが欲しい。
両手両足で強くユウタを抱きしめていたらいきなり彼が動き出しアタシの一番奥を突いた。

「〜〜〜〜っ♪」

声にならない悲鳴を上げて突然の快感に意識が高みへと押し上げられる。ビクビクと体が震えて空気を求める魚のように口を開けていた。
でも、止まらない。アタシの体に叩き込まれる快楽は止まらない。箍が外れたように腰を激しく動かし容赦なく姫肉を抉っていく。
そこに最初に見せた優しさはない。あるのはオスとしての本能でアタシを求める欲望のみ。
抱き合い、下から不規則に突き上げてくるユウタに合わせてアタシからも腰を振った。動くたびに頭の中が蕩けるような快楽に翻弄されていく。
腰に手を添えられてペニスをさらに奥へと押し込んでくる。膨れ上がった先端がぐいぐいと子宮口を刺激してきて目の前で火花が散った。

「く、んぁあああああああ♪」

強くて、激しく、手加減なしでユウタはアタシの奥を何度も叩く。炎に包まれて自制が効かなくなっているのか獣のような荒い息を吐きながらアタシを貪る。顔を覗き込んできた漆黒の瞳には激しく燃える欲望が宿っていた。
それが嬉しい。
ユウタが求めてくれるということが何よりも嬉しい。
しがみつくように回した手にさらに力がこもり、手首の炎が勢いを増していく。
何度も何度も腰が上下するがアタシの意志ではどうやっても止められなかった。
あまりにも気持ちいい。気持ち、良すぎる。
体が、本能が、心が、全て彼を求めてしまっている。
契約の証を。
断ち切ることはできない、永遠の繋がりを。

ユウタのものであるという証を。

「く、ぁ…ほんとに、もう…っ!」
「出して♪いっぱい、アタシの中に…んん♪」

アタシはユウタの背中に腕だけではなく足まで使って抱きしめる。
燃え上がるような熱を持った子宮口がペニスの頭部でこれでもかというほど突き上げられる。膣全体が全てを飲み込もうと、引きずり込もうと収縮する。そして―

「ぅあ…出るっ!!」
「あぁああああああああああああああああああ♪」

全てを溶かすのではないかと思えるほど熱い他切りが子宮の中へ注ぎ込まれる。びゅくびゅくと脈打ち何度も放たれる精の熱さがアタシを何度目か分からない絶頂へと押し上げた。
目の前が真っ白に染まる。
あまりの気持ちよさに恐怖さえ覚える。
だけど、それでも安心できるのは彼が抱きしめてくれるから。
ユウタがアタシを受け止めてくれるから。
どんどん満たされていくアタシの中。
消えることない契約者の証が刻まれていく。

「んんぁっ♪い、いい♪すごい、いい♪もっともっと出してっ♪」
「っ…止まら、ない……っ!!」

ねだるように腰を動かすとさらに大きく脈打って精液が流れ込んでくる。アタシの炎に包まれているからか彼の精液は止まる気配を見せなかった。
それから長くアタシはユウタの証を一杯に注いでもらい、ようやく精が止まる。彼は吐き出し終えて体が倒れそうになるのを必死に踏ん張っていた。

「はぁ、あ…♪ぁ、ぁあ…♪ん、すごい、ユウタのがいっぱい…♪」

初めて感じる男性の精液。
精霊と人間の契約の儀式。
愛おしい人の証。
それがお腹の中に、アタシの中に沢山感じる。

―アタシはユウタの精霊になったんだ。

その事実を体に感じ、思わず笑みを浮かべる。嬉しい。今まで生きてきた中で、この姿になったことをこれほどまで嬉しく感じたこともなかった。
だけど。
それなのに。
まだ、足りない。
どうやらこの体はアタシが思っていた以上に快楽に、愛する男性に貪欲な作りをしているらしい。魔力を交えた体はさらにこの快楽を、先ほどの快感を望んでいる。

愛する男性との交わりを求めている。

アタシは自分らの周りをさらに炎で包み込んだ。ユウタの精液を得たことによってか黒く染まった炎はアタシたちに纏わりついてさらに欲望を燃やす。

「え…フラメ?」

アタシの炎に恐怖することはなくともユウタの体に反応は出る。ただでさえ若いのにアタシの炎に包まれて繋がっているペニスが一回り大きくなった。

「んぁ♪ユウタ、もっとしよ♪」
「え、もっと?」
「ん♪もっとぉ♪」
「待って、今はちょっと待…ぁっ」

甘えるように腰をグリグリ押し付けると気の抜けた小さな声を漏らして体を震わせる。それでも自分から動こうとしないのはまだ果てたばかりで体が敏感になっているからだろう。

「だいじょうぶ♪アタシが、動いてあげるからぁ♪」
「いや、だから…っ」

有無を言わさずユウタの唇をアタシの唇で塞いで、体重をかけて後ろへ押し倒した。














「よっと」

辺り一面草の絨毯に覆われた草原に彼は白く大きな布を広げた。十人程度包むことなんて容易にできる、とても大きな布の塊だ。耐熱の魔法や破れにくくするための魔術をかけてもらった、用途不明な丈夫な布。確かこれは二番目に街に訪れたときに見つけたアラクネの営む店で頼んで、さらにこの前訪れた街でまた何か仕込んでいたモノのはず。
布の下には二人ぐらいなら十分に入れる籠を丈夫な綱で括りつけている。
一体何のためなのか、どうしてこんなものを用意したのかわからない。
アタシは契約者である愛しい男性に聞いてみた。

「ねぇ、ユウタ。これは何?」
「ん?」

布から手を離してこちらを見る黒髪黒目のジパング人。
それがアタシの契約者であって、愛する人。アタシを受け入れてくれた優しき人間。
初めてあった時から変わらない黒一色を纏った姿。今ではアタシも同じように黒く染まった炎を纏っていた。
魔力を取り込んださらに先の、魔物に近い精霊となったアタシ。あの日以上に使える火はましたけど困ったことに我慢しようとしてもいつでも交わりたくなってしまう。昼夜問わずに情欲の炎を燃やして繋がっていたいと思ってしまう。それが今一番嬉しい悩み事だった。
彼はにぃっと得意げな笑みを浮かべる。

「熱気球っていうものだよ」
「ねつ、ききゅう…?」

聞いたことのない言葉にアタシは首をかしげた。
契約を交わして、長い間共にいて、それでも時折彼の思いつくものはアタシには予測もできない。今までにも規格外で予想外で、まるでびっくり箱のような驚きと感動をいつも与えてくれた。

「火で熱した空気を使って空を飛ぶ乗り物なんだ」
「空を飛ぶ?そんな、シルフでもないのにアタシの力でできるの?」

空を飛ぶなんて風の精霊であるシルフと契約するか、別の魔法を覚えるか、それか空を飛ぶことのできる翼をもつか、ドラゴンやハーピーなどの魔物に乗せてもらうぐらいしかない。火を使って空を飛ぶなんてまず誰も思いつかない。
だけどユウタはまっすぐアタシを見つめて言い切った。

「できる」

そう言ってユウタの片腕が燃え上がった。アタシの力を使役して燃える、黒くて禍々しく見える炎。だけどそれは優しくて温かいものだと知っている。
彼はその腕を布の中へと突き入れた。

「空気っていうのは温めると軽くなって上に登っていくんだ。それを集めてやれば人間の一人や二人簡単に飛ばせる。ただ本当ならバーナーとか大掛かりなものが必要になるし、昔は引火の危険性もあったんだけど、ほら」

草原に広げた布が徐々に膨らんでいく。まるで巨人が息を吹き入れていくように見えるけどそれをやっているのはユウタ一人。
燃え上がる片腕は布に引火することなく高熱を発し続ける。焦がすこともなく、燃やすことなく、大きくなっていく。
そして気づけば布でできた球体が空に浮かんでいた。

「フラメの力なら危険なんてないまま空を飛べる」

燃えていた腕から炎が消え去り、ユウタは空に浮かんだ球体を指差した。
火で空を飛ぶことなんてできないはずなのに、どうやっても空に浮かぶことさえできないのにそれを平然とやってくれる。
ユウタはいつもそうだ。
アタシの力をアタシの知らない方法で、存分に発揮して素晴らしい結果を生んでくれる。燃やすことしか知らなかったアタシにとって、燃えることが怖かったアタシにとってとても嬉しいことだった。

「火があれば空をも飛べる。燃やせば土に栄養を与え、作物が実る。汚れた水を浄化することもできるし、明かりにもなる。燃やし尽くすことはただ壊すだけじゃないんだよ」

ユウタは契ったあの日に、山の麓の村から旅立つ時にそう言ってくれた。
アタシを誰よりも理解して、実践せしめる契約者。
自分の力を恐れず賞賛して、さらに応用する人間。
精霊ならば誰もが喜び惹かれること違いない存在。
それがアタシの好きな男性。
ユウタはカゴの縁に軽やかに飛び乗った。

「ほら、フラメ」

彼は私に手を差し出した。向けてくれた瞳は闇のように深い色をしているけど、とても優しく向けられる。何度も体を重ねて何度も愛を囁いたのにただ見つめられるだけでも照れてしまう。

「行こう」

アタシを救ってくれた手。
アタシを助けてくれた言葉。
アタシの、愛おしい人。

「うんっ!」

手を繋いで共に乗り込むと籠がゆっくりと持ち上がって地面から離れていく。空を飛ぶことのないアタシに取ってそれは心躍るものがあった。翼を持つ者の特権として上空からの見下ろす景色は地上から見るのとはまた一味違う。

「…素敵ね」
「ああ」

遠くの山がよく見える。今日旅立った街が小さく見える。雲が大きく見えて空が近くにあるように感じる。
空から見える光景はとても感動的だった。だけど、感じるものはそれだけじゃない。

「少し…寒いのね」
「空だからね」

火の精霊とは言え、感じるものはある。肌寒いなんて感じたところでアタシには関係ない。
だけど、アタシの契約者はそうじゃない。契約を交わそうとあまりアタシの力を使わないのがいつものこと。それに今は熱気球を飛ばすために力を使ってるから魔力を節約するために自分には回さないはずだ。
なら…。

「ん?」
「寒いでしょ?」

そっと後ろから彼の体を抱きしめた。細身だけど、硬くて逞しい体には服の下にしなやかな筋肉があるのをアタシは何度も見て、触れて、感じた。厚めの布越しに感じる体温も感触も素肌で感じるよりは味気ないものだけど、それでもユウタを感じられることこそがアタシのずっと望んでいたこと。
ただこうして抱きしめているだけでもアタシの炎が燃え上がった。

「ありがと」
「ふふ、お礼をいうのはアタシの方だよ。炎で空を飛ばしてもらって、こんな綺麗な景色を見せてもらって、それで…」

抱きしめたに力を込め、彼の頬に自分の頬を触れ合わせた。アタシの欲しかった温かさがじんわりと伝わり、下腹部に熱を灯しては胸の中を好きという気持ちが満たしていく。

「アタシと契約してくれて」
「…また言ってる」

クスクス笑ってユウタは言って手を重ねてくれる。その仕草だけでも嬉しくてアタシも笑みを浮かべた。

「言っただろ、オレは好きだから契約したんだって」
「それが、嬉しいの」
「…そっか」

ユウタはそう言って静かにこちらへ向き直った。そのまま手を伸ばして抱きしめ返してくれる。また一段とアタシの炎が黒く燃え上がった。

「流石に空の上じゃしないよ」
「…やっぱり?」
「炎が燃え移らなくても、もっと上まで行ったら危なくなるからね」
「そうなの…」

アタシは残念な気持ちで顔を伏せた。
闇精霊となったアタシの心はいつもユウタを求めて止まない。愛おしい男性と二人きり、誰にも邪魔されない空の上で体を交えたらどれほど心地いいだろうか。なんて風にいつも考えてしまう。
触れるだけでも嬉しいから、もっとその先が欲しくなる。さらに深く密に繋がりたい。そう思ってもいつもどこでもどんな時でも体を交えることはできない。
しょんぼりするアタシを見てユウタは口癖のように呟いた。

「…仕方ないな」
「え?」

その言葉に顔を上げると眼前いっぱいに彼の顔が広がった。同時に唇に触れる柔らかなものと今まで何度も味わった、これ以上ないくらいに甘い味が伝わってくる。
キス、してる。
数え切れないくらいに重ねた口づけ。いつもならそのまま深くまで貪り合うのだけどすっとユウタは顔を離した。

「今はこれだけ。あとは夜まで我慢してくれよ」
「…ずるい♪」
「ああ」

彼がそう言う以上、これより先はまだ我慢。だけど、夜になれば愛してくれる。我慢するのは辛いけど本当ならユウタだってアタシと体を交えたいはず。こうして抱きついているだけでもアタシの炎が体を焦がして情欲を燃やしているのだから。

「なら、もう一回…して♪」
「…仕方ないな」

アタシはユウタの手を握りしめてもう一度唇を重ねた。






―HAPPY END―
12/11/25 20:22更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということでイグニス図鑑世界編これにて完結です
実は熱気球で旅をするという話も考えていたんですが今回は最後に書く事にしました
もしかしたら続編書くかもしれません

二度続けてお姉さんキャラで来て、次回もまたお姉さんで行かせていただきます!
次回はツンツンお姉さんのエルフ図鑑世界編となります

それでは次回もよろしくお願いします!!

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