連載小説
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36品目 『幸せへの第一歩』
「ふあ〜〜…んー……もう、朝か」

ふと目を覚ます。
旅行帰りのため景色の違いに一瞬戸惑うものの、すぐさま見慣れた自室であることを認識する。

「………」

今日は店長のお店を手伝う予定はない。
彼女自身、遊び疲れて店番どころではないとのこと。

「……よし」

僕はベッドから体を起こす。
ある、1つの決意をもって―――――












母と妹の朝食を手早く用意した後、自宅から徒歩10秒の場所に位置する雑貨店へと足を運んだ。

「おはようございます、店長」
「あーシロさん、昨夜は良く眠れたっすかー?」
「はい、おかげ様で」

お店に入ると、陳列棚の商品を整理している店長の姿が。
1週間近くお店を閉めていたせいで埃をかぶっていたのか、彼女の手には小さめのハタキが握られていた。

「あー、でも今日は休業っすよー? 昨日言い忘れてたっすかねー」
「あぁいえ、ちゃんと聞いてますよ」
「ほむー?」

「じゃー何故?」といった表情でこちらを見てくる店長。
そこで僕は、

「えっと、もし良ければ僕と…………デートしませんか?」

生まれて初めて、女性をデートに誘いました。












「シロさーん? うちをどこに連れ込む気っすかー?」
「つ、連れ込むとか言わないでください! 少なくとも屋内じゃないですから!」

行き先を告げられぬままファルシロンに手を引かれること数十分。
町の外を歩いているため目的地がまったく想像できない。
草原で楽しくピクニック…という線はないだろう。
何故なら、彼の手には花束1つしか握られていないからだ。

「あー、じゃー青姦っすねー? バッチこいっすー」
「違います!」

知ってた。
奥手な彼に限って屋外レイプなど万に一つもないだろう。
私的にはわりとマジでバッチこいなのだが……。
そんな草食系の彼には、自分が言葉巧みにイジメてさしあげよう。

「まさかその花束はー、うちへのプロポーズに使うんすかー?」

と、冗談めかしく聞いてみたのだが……彼の反応は予想外のものだった。

「………………」
「……マジっすか?」
「……ノーコメントです」

………。
――そんな言い方をされたら、期待しちゃうじゃないっすか。












「はわー、ここはー……」

ファルシロンに連れてこられた場所は…………墓地。
……どういうこと?
最近流行りのデートスポットか何かなのか?

「すみません。デートと言っておいて、こんな場所へ連れてきてしまって」
「別に構わないっすよー。シロさんと一緒ならーうちはどこでも大歓迎っすー」
「そう言ってもらえると嬉しいです」

これはもしや、『僕と一緒の墓に入ってください』的なアレか?
だから雰囲気を合わせるために墓地へ来たと?
………。
なるほど、それはそれで風情があって良い。
プロポーズの場所が墓地……なかなか斬新なアイディアだ、悪くない。
さぁ、接吻の準備は万全だ。
くるならこいっ。

「実は、店長に……」
「………」

ドキドキッ ワクワクッ

「実は店長に、紹介したい人がいるんです」
「………」

……違った。

「こっちです、着いてきてください」
「す〜」

再びファルシロンに手を引かれる。
それにしても、人を紹介するためにわざわざ遠く離れた墓地を選ぶとはこれいかに。
それほどまで人目につくことを避けたいということなのだろうか?
そんなことを考えていると、前を歩くファルシロンが歩みを止める。

「店長、紹介します。僕の……父です」
「あ……」

綺麗に手入れされた墓石には、こう刻まれていた。



『考古学者として そして 1人の父親として生涯を捧げた尊き魂 ここに眠る』












慣れた様子で墓石の手入れをするファルシロン。
その間、自分は墓石をマジマジと凝視し続ける。
きっと天国にいる義父様は視線も逸らせずさぞ困惑していることだろう。

「ここにはー頻繁に訪れるんすかー?」
「頻繁って程ではないですけど、毎年1度は必ずこうして手入れに来ます」
「義母様とリンさんの代わりにー、といった感じっすかー?」
「あぁいえ、2人も個別に来てるみたいですよ? 理由はわからないですけど、皆お墓参りは1人で済ませたいみたいで」
「あー、普段見せない顔をするからー恥ずかしいんじゃないっすかねー」
「あ、そうかもしれませんね」

年に3回以上は手入れをしている、と。
なるほど、どおりで墓石やその周囲が清潔に保たれているわけだ。

「義父様、きっと喜んでるっすよー」
「はい。そうだと嬉しいです」

自分と会話しながらも、ファルシロンは懇切丁寧に墓石を磨いていく。
『心を込めて』、という言葉が妙にしっくりくる。

「………」

墓石を見つめて義父様を困らせるのも飽きてきた。
かといって自分に手伝えるようなことは特にない。
ほむ……ダメ元で、少し踏み入った話でも聞いてみようか。

「シロさーん」
「はい、なんですか?」
「もし良ければー、義父様のことをー聞かせてもらえないっすかー?」
「父さんのこと、ですか」

少し困惑気味のファルシロン。
……まずかっただろうか。

「いいですよ。とは言っても、僕が2歳のときに亡くなったので、ほとんど母さんからの口伝ですけどね」
「構わないっすよーノ」

義父様の話題はダブーではなかったようで、彼は普段と変わりない様子で語り始めた。





ある考古学者の男性(父)がいた。
学者は部屋に閉じこもってひたすら研究研究また研究…というイメージが強い。
しかし、男はそんなインドアなイメージとは真逆の活動的な学者だったようで、暇を見つけては世界中に点在するありとあらゆる遺跡を見て回っていた。

「まるで冒険者みたいっすねー」
「そうですね。間違ってはいないと思いますよ」

そんなある日、彼は旅先の遺跡である人物と出会った。
旅の道中様々な人々と出会うのは必然だが、今回の出会いは、彼の運命を大きく変えることになる。

「まさかー」
「はい、そのまさかです」

彼は遺跡荒ら……トレジャーハンターを生業とする若い女性(母)と出会った。

「なかなかロマンチックな出会いじゃないっすかー♪」
「そう、ですね」

歴史的価値のある品々を我が物顔で物色する女に、考古学者である彼の怒りが爆発。
盗掘紛いの悪行は万死に値すると、男は女に制裁を加えようとした。
しかし……これまた見事に返り討ち。

「まー予想通りっすねー」
「問題は、ここからなんですよ」
「っす?」

圧倒的力量差で男をブチのめした女は、何を思ったのか……彼を容赦なく『レイプ』した。

「(゚Д゚)」

見知らぬ女に犯されてから数時間後。
男は遺跡に程近い民宿のベッドの上で目を覚ました。
すぐさま周囲を見渡すも、当然あの女の姿はない。
散々な目にあったが、身ぐるみ剥がされ遺跡に放置されなかっただけまだマシか…と、男は今回の事故(筆下ろし)を前向きに考えることにした。

「そ、その後はどうなったんすかー?」
「父さんはいつも通り考古学者として遺跡を回って、母さんは相変わらず盗掘…トレジャーハントを続けていたそうです」
「ほむー? せっかく運命的な出会いをしたのにー進展なしっすかー?」
「う、運命的かどうかはともかく、その後の半年は特に何事もなかったみたいですね」
「そっすかー……ならーどうやって再会したんすかー?」
「簡単ですよ。まぁ息子である僕としては、少しばかり複雑な心境ですけど……」
「?」

レイプ事件から8ヶ月後のこと。
研究に勤しむ彼のもとに、突然1人の女性が訪ねてきた。
その女性は、大きく膨らんだお腹を両手で支えながら、こう言い放った。



『これ、あなたの子だから。責任とってくれる?』





「その後、気づいたら結婚していたそうです」
「………」

両親の秘話?を聞かされ思わず唖然としてしまう。

「もうお気づきかもしれませんけど、母さんが父さんをレイプしたときに受精してデキたのが……僕です」
「はわー……」

そして彼の意外過ぎる出生話。

「まさかとは思うっすけどー、リンさんはー……」
「残念ですけど、妹の方が僕よりもずっと壮絶な仕込み方をしたと聞いています」





結婚から2年後、夫は病に伏せた。
元々体の弱かった夫は、連日の遠征の疲れから流行病に侵されてしまったのだ。

「父さんはジパングの出身だったみたいです。もしかしたら、異国の空気に当てられたのかもしれませんね」
「あー、リンさんの黒髪はー義父様からきてたんすねー」

看病に来ていた妻は、突然専属の医師から呼び出しを受けた。
そして医師から、夫の余命が残り3ヶ月であることを明かされる。

「3ヶ月…っすか」
「母さんは医師が冗談を言っているのだと思い、初めは信じようしなかったそうです」
「いきなりそんなことを言われてはー無理もないっすよー」
「そうですね。でも……」

妻は医師の宣告が真実であると悟った。
治療法もなく、延命も難しい。
あとは、夫の死を待つのみ。
辛い。歯痒い。悲しい。
妻は、無力な自分を恨んだ。

「義母様……」

そして妻は、ある1つの結論に至った。
それは……



『どうせ死ぬなら、ココに2人目を仕込んでから逝け』





「母さんは病院のベッドの上で、その名の通り『3ヶ月分の命(子種)』を父さんから搾り取ったそうです」
「(゚Д゚)」
「そして父さんは数時間に及ぶ行為の末……腹上死したと聞いています」

思っていた以上に壮絶だった。

「義父様はー、きっと幸せだったと思うっすよー(男冥利に尽きるという意味で)」
「はい…そう信じたいです」

重い…重いが、1つ参考になった。
…………人間の女、侮り難し。

「あとはお察しの通り。そのときに命中してデキたのが、妹のリンです」
「根拠はないっすけどー、リンさんの強さの秘密がー何となくわかった気がするっすー」

良い暇つぶしができた?
いや、違う。
藪をつついたら鬼が出てきた……今はそんな気分だ。












昔話が一段落したと同時に、ファルシロンも墓石の手入れを終えたようだ。

「すみません、お待たせしてしまって」
「そんなことないっすよー。興味深い話が聞けたおかげでーあっという間だったっすよー」

ほんと、時間を忘れるくらい仰天させてもらった。
まーそれはそうと、

「そういえばー、ここへ連れてこられた理由をーまだ聞いてなかったっすねー。ただーシロさんのお墓参りに同行させられただけとは思えないっすよー」
「そ、そうでしたね。えっと……笑わないでくださいね?」

彼は恥ずかしそうな表情でこちらの顔を覗きこんでくる。
………。
思わずキュンとしてしまった。

「父さんが亡くなったのは、僕が2歳の頃のことで……というのは言いましたよね?」
「っす」
「なので、僕は父さんとの思い出はおろか、顔すらも良く覚えていないんです」
「それは仕方ないっすよー。2歳の頃の記憶なんてー覚えている方が不思議っすよー」
「はい。それで、ですね……」

彼は自分から視線を外すと、墓石の方へと顔を向ける。

「夢を見るんです。同じ夢を、何度も」
「夢、っすか?」
「はい。父さんが、僕に話しかけてくる夢です」
「はわー、義父様が……ほむ? でも義父様の顔はー良く覚えていないんすよねー?」
「そうなんですよ。ですから夢の中の父さんは、いつも靄がかかったようにボヤけているんです」

彼は墓石を見つめながら続ける。

「声も夢を見るたびに変わっていて、とても曖昧なんです。でも、内容は一言一句変わらないんです」
「夢の内容、聞いていいっすかー?」
「………」

彼は黙って頷くと、少し強引に自分を抱き寄せる。

「っす!?」
「……これが、夢の内容です」
「は、はわー……///」

間近で感じる愛しい彼の匂い。
普段ならクンカクンカと逆に困らせているところだが、今はそんな余裕がない。
何故なら自分は、こんな強引なファルシロンを見たことがないからだ。

「あ、あのー…シロさん? これはどういう……」
「父さん、連れてきたよ」

ファルシロンが、墓石に語りかける。





「僕が心に決めた、この世で一番大切な女性を……」












夢の内容を聞いた。
それは、

『もしお前に心に決めた女ができたら、真っ先に俺に報告するんだ。いいか、約束だぞ?』

父親が2歳になったばかりのファルシロンに、何年後になるかもわからない約束事を持ちかけてくる…というものだった。
彼はこの夢が父親のいない寂しさのあまり、自分が作り出した『妄想』なのではないかと考えていたようだ。
2歳の頃の話だ、そういった結論に至ってしまうのも無理はない。
しかし、彼は真偽も定かではないこの夢を、完全には否定しなかった。
曰く、

「もしこの夢が真実で、もしこれが父さんの遺言だとしたら……無視できないじゃないですか」

……なるほど、実に彼らしい。












帰り道。

「……もう1度確認するっすけどー、うちはー『プロポーズ』されたんすよねー?」
「そ、そのつもりでしたけど……あ、やっぱりお墓ではマズかった…ですよね?」
「うちに聞かないでほしいっすー」
「あ、あはは……すみません」

お墓でプロポーズ……笑い話にしか聞こえない。
父との約束を果たすためとはいえ、雰囲気もなにもあったものではない。
店長には大変申し訳ないことをしてしまった。

「プロポーズされた後にーこんなこと聞くのはタブーっすけどー」
「はい?」
「お嬢様のことはーどうするつもりっすかー?」

最もな質問だ。
むしろこれこそが最大の難所といっても過言ではない!…………のだが、

「………」
「はわー! まさかのノープランっすかー!?」
「お恥ずかしい限りです……」

旅行先でリリィさんに鼓舞されたとき、僕の心は決まった。
いや、もう既に決まっていたのかもしれない。
踏み出すことを躊躇っていた僕の背中を、彼女が押してくれたのだ。
励まそうとしていたのは僕の方なのに……男として少し情けない話ではある。

「でも、もう決めたことですから」

僕は、もう迷わない。

「この先なにがあろうと、僕は店長と生きることを決めました」

それが、長年連れ添ってきた幼馴染を傷つける結果になろうとも。

「………」

店長の表情はいつもと変わらない。
そして彼女はこの後、町に着くまで一言も言葉を発することはなかった。





「………」
「………」

無言。
ただただ無言。
しかしそれでも、僕と店長の手と手だけは強く、そしてしっかりと握られていた―――――





〜店長のオススメ!〜

『HOTELシックスナインの割引券』

どうぞご自由にお取りください。


13/06/01 19:29更新 / HERO
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■作者メッセージ
随分と間を空けてしまいましたが……
ついに、次回で最終話となります!

色々とお話したいことはありますが、それは最終話の場でノ

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