読切小説
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falling to the dark
「………」

私の名前は「アミィ・ブリード」しがない普通の調合師見習い。
師事する者は本だけの、独学で学ぶのが好きなただの少女だ。

「………?」

「んっしょ……おいっしょ……ふぅ、やっと着いたのじゃぁ!」

彼女は魔法の材料を売ってくれているバフォメット。
どうやら商売柄か名前を教えてくれないから、いつも「バフォさま」と呼ぶ。

「バフォさま、いつもお疲れ様」

「ほ…本当に疲れるのじゃぁ……ほれ、今回の分じゃ」

そう言って彼女が渡してきたのは、不思議な紫色の粘液と、粘性を維持させる為の球体が入ったビンだった。
大きさ的には人の頭くらいはあるだろうか。
使い道としては、魔力が不足する時に服用するらしく、体内で魔力を生成する助力となるんだとか。

「ありがと……あれ?荷物だいぶ減ってる?」

「ん?あぁ、気にするでない。いつもの事じゃ…それより、茶の方馳走になったな」

「いえいえ〜」

バフォさまが飲んでいたのは、抹茶と呼ばれる茶の一種だ。
最初口にした時は苦くて吐きたそうな顔をしていたが、最近は飲み慣れてきたらしくたまにねだってきたりもする。
ここ最近になって粉末状にしたものを水に溶かすと本物と一緒の味が出るとかで市販に流通しまくってる。

「それじゃ、貰っていくね、このビン詰め」

「じゃな。ただ服用し過ぎはいかんから気を付けるのじゃぞー?」

思えば、これを受け取ってしまったが為に、私の人生は大きく狂わされたのだろう。
今となってはどうでも良い事だが、ふと気になってしまう事もあるのだ。

―――――――――――――――――――――

あれから数週間が経ち、魔法薬の研究もそこそこ捗り始めていた。
あの粘液のおかげで魔力が枯渇して倒れてしまうような事もなくなっていたし、研究している種類の調合もだんだんと分かるようになってきた。
そうなってくると相対的に、自室に引き籠るようになってしまう訳で。
たった一人の家族である兄からも心配されるようでは何も言葉が出てこない。

「………」

ふと、いつも服用しているのに減らない粘液の不思議に気付いてしまったのが、スタートラインだった。
ここに気付く事さえなければ、あんな事にはならなかったかもしれないのに。

「……そういや、これから滲み出てるとかなのか…なっ?!」

見ている。
明らかに粘液の中に浮かぶ黄金色の球体が、こちらを見ていた。

「な……何よコレ……んぐぅっ?!」

ビンからまるで生きているように伸びてきた粘液が、あっという間に私の口を塞いでしまう。
今まで特に疑問に思っている事は無かったのだが、ふと研究していた所以外の、言ってしまえば幼少期に学校なんかで習う言葉がふと脳裡を過ぎる。

「スライム」

粘性の身体を持ち、半固形状のスライムで構成された魔法生物。
ごくごくありふれた生命体であり、見ようと思えば森や湖なんかで魔法を使っていれば寄ってくる子もいる。
人型をした者が危険性が高いが、飼い慣らせば人間と同様に生活出来るとも。
昔の実習で一度触った事があったが、その感触にとても良く似ていた。

「んっ!!?んんんんんぅぅっ!!」

「だめだめぇ、ビン倒しちゃったら形成上手くいかなくなっちゃうじゃない…」

「ぅっ?!」

必死にもがいてスライムのコアが入ったビンを叩き落そうとしても、スライムの腕が一歩たりとも動かしてくれなかった。
それどころか、ビンの中からせり上がってきたスライムのコアが少女の形になっていくと、喋る様になっていた。

「んっ……ん〜〜っ…って、伸びても伸ばす物ないんだけど…」

「っ?!っ!?…っっつ!!」

「そこ、うるさいよ?」

何かが身体中を駆け巡ると共に、全身から一気に力が抜けて行くのを感じる。
電気だったか炎だったか、それとも魔力の奔流だったかなんて覚えてはいない。
けれど、そのまま意識を失ってしまった事だけは覚えている。

―――――――――

「……っ……っ!?」

「あ、起きた?」

目が醒めると、いつものベッドの上に寝かされていた。
ただいつもと違う事があるとすれば、自分が全裸である事と、隣にゲル状の少女がいる事だろうか。
そしてもう一つ。
声が全く出せないのだ。
喉が痛いわけでも無ければ、そういった病気な訳でもない。

「悪いけど、声は塞いじゃったからお喋りも助けを呼ぶのも無理だよ?あ、あと引っ張ったらダメだからね?ソレ」

「………っ?!」

そっと耳のあたりを触ってみると、触手状に伸びたスライムは耳の中へ潜り込んでいる。
それだけでなく、ちょっとスライムを掴むだけでも身体中にしびれるような、頭がおかしくなってしまいそうな程の衝撃と快感が電流のように駆け巡る。

「――――備蓄が…」

不意に、兄の声が聞こえてくる。
部屋の隣は倉庫だったし、きっと倉庫の中身が減ってきた事に気付いて見に来たのだろう。
これはチャンスだ。
少しでももがいて暴れれば、心配した兄が様子を見に来てくれるだろう。

「(本当にそれでいいの?)」

「っ?!」

「(大好きなお兄ちゃんも一緒に食べちゃうよ?ペロリとさ?)」

心の中に、いや頭の中に語り掛けてくるスライムの声音は、どこか笑いを堪えているような気がした。
そして…

「兄ちゃん、もう中身ないでしょ?」

「あぁ、アミィか。買い物行くけど何か要る物あるか?」

まるで声がそっくりの誰かが話しているかのように、自分の声がスラスラと口から飛び出て行く。
ただ、その言葉は私が考えた物でも言いたい事でもない。
となると原因はこのスライムであるとしか考えられない訳である。

「うぅ〜ん……最近勉強とか忙しいし、何か飲み物買ってきてー?」

その言葉に分かったと答えて

「…コホン……では、コウィ・ブリード、買い物へ行って参りますッ!」

と、いつものおふざけが混じった感じで家を出て行く。
これでどうあがいても助けは来なくなってしまった。
気が付けば、スライムはどんどん量が増してきて足を呑み込み始めていた。
ヌメヌメとした感触が肌を通して伝わってくる度に、気が狂いそうな程の快感が全身を押し潰しにかかる。

「……っつぁ……ぁ……が……」

「うわぁ、女の子がしちゃイケナイ顔になっちゃってるよ?ケヒヒッ……そぉれ♪」

ツーッと指を背筋に沿わせると、ゾクゾクとした刺激が身体の全てにかかる箍を外してしまった。

「っ!!!???!っっっっっっ!!!!!」

「あっはは!噴水みたい♪」

これでもかと身体を逸らせて、その場で吹き出せる物全部を股から全部恥ずかしい音と共に噴き出していく。
彼女の言っている通り、噴水と遜色ないほどの勢いはあっただろうか。
どっちにしろ、身体が限界を超えてしまっていたのは変えようの無い事実だ。

「はぁいお疲れ様。それじゃ、仲間にしてあげるよ」

「ぷはぁっ!……あぅぅ…」

やっと口を塞いでいたスライムが剥がされた訳だが、どうにも不穏な言葉が聞こえた。
仲間にする?スライムにはそんな特性あっただろうか?

「それじゃぁまずは……こうやって全身を包んでぇっと…」

「もががが…」

やっと部屋の空気を吸えたかと思えば、またスライムに塞がれた。
しかも今度は口を塞ぐとかではなく頭からつま先まで全部をスライムの中に包み込んでしまった。
身動きを取ろうにも、指先一つ動かした途端に身体中が快感に蹂躙される。
悔しながらもスライムに身を任せていると、コアである球体が目の前に漂ってくる。
そこには落書きで書かれたような不恰好な顔が作り出されていた。

「(君はどうなりたい?仲間になる?それとも…)」

彼女の問いに、激昂と抵抗しようともがいたのがそもそもの間違いだったのだと、この時に気付くべきだった。
怒りに身を任せた私は、目の前に漂って話し掛けてきたソレを渾身の力を振り絞って噛んだ。
人間が持つ最も原始的な武器、それは爪と牙だと言われている。
それを最大限に活かした抵抗策だった訳だが、それこそが最大の誤算だった。
噛み付いたはずのコアはフッと一撃を避けてケタケタと笑う。

「(なるほど、そうしたいのか…でもごめんね?仲間になる一択しかないんだ)」

彼女の言葉を最後に、自分の意識が一気に途切れたのを感じる。
身体は全くいう事を利かず、それどころかそこにある身体の部位が腕なのか足なのか腹なのか頭なのか胸なのか、全く分からない。
ごちゃ混ぜになって行く意識は、もう気持ち良さしか受け付けていなかった。

―――――――――――――

「…………ぅああ…」

「ああ、起きた?」

気が付くと、自分の部屋ではないどこか暗く冷えた、まるで洞窟のような所へと移動していた。
周りを見回していて気付くのが遅れてしまったが、自分の身体がスライムと同じ物になっている事に戦慄する。

「おめでとう。これで君もダークスライムの仲間入りさ。魔物化を妨げてた運命の糸も魔法で切っちゃったから……君、自分が誰か分かってる?」

「………さぁ…?」

「だろうねぇ……切らずにじっくり変えた方がよかったかなぁ……まぁ過ぎた事クヨクヨしててもしょうがない」

「君は君の好きな事を好きなようにやって生きていくといいよ」

「…あぁそれと、おめでとう。これで君も輪廻からの弾かれ者さ……じゃあね」

彼女の言葉が、まるで自分に課された枷を叩き割るかのように響き渡る。
一気に身体が軽くなったような気さえする。
気が付けばあのスライムの少女は姿をどこかへ消していた。

「兄ちゃん……兄ちゃん…兄ちゃん…兄ちゃん…」

次に自分の頭の中を埋め尽くしたのは自分の兄の顔だった。
思い出せば思い出すだけ身体中が虚無感と喪失感に苛まれて狂ってしまいそう。
これを埋め合わせるにはどうすれば良いか。

「寂しいよぉ……兄ちゃん…兄ちゃん…」

簡単な事だ、彼と会って触れ合えればそれだけでいい。
心が安らぎに満ち溢れて何にも勝る安堵を得られる。
気が付けば元住む家の方へ進み始めていた。
自分が何者なのかも思い出せないままで。

―――――――――――――――――

「兄ちゃん……にいちゃん…」

どれほどの間彷徨っていただろう。
途中で冒険者だったのか、武器を振るってきた子供たちが居たが、炎の魔法を少し見せてやれば一目散に逃げて行ったのを思い出す。
あの時、逃げ遅れたのかその場に腰を抜かした男の子が涙と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにしながら失禁していたのはちょっとかわいそうだなと思った。
だからこそ、何もせずに逃がしてあげた訳だが。
もっともらしい理由を言ってしまえば、そこらへんの男で満足する気など更々ないのだ。
私が愛するのは、生涯を以てただ一人と心にずっと決めている。

「…………っ?!にいちゃ……」

ふと、頭の中を埋め尽くす顔の人物をある一件の窓に見つけた。
そしてどこで感じているのかは分からないが、懐かしさを思わせる家。
しかし、そこには前とは違う光景が広がっていた。

「ご主人様ー!」

「おっと……モーリア、今日もお疲れ様」

最愛の兄に抱きつき彼の股へ手を伸ばす愚者がそこには居た。
顔に見覚えも無ければ、ましてや人間ですらない。
羞恥心など毛ほどしにか感じていないかのような、布切れを纏っただけの質素な恰好には怒りがこみ上げる。
かく言う私も、布一枚として身につけてはいないが、私の事などどうでもいい。
それに、スライムが服を纏って歩いている話など、ジパングに居るぬれおなご以外には見た事も無い。
気が付けば私は、じりじりと家へ接近していく。

「ご主人さまー?今日もお疲れなんじゃないですかー?」

「そ、そろそろ慣れてきたよ……だ、だから…あぅっ!」

私なら分かる。
これは「性行為に慣れてきた」という意味ではなく「仕事に慣れてきた」という意味合いで言っているのだと。
だが、彼女は前者として受け止めて、素早くモノを取り出して指で弄りはじめた。
それを見ていて私にこみ上げてきたのは、一体どんな感情だっただろうか?

「ほぉら、突っ込んじゃっていいんですよー?」

「あぁもう……覚悟してよねっ!」

正直見たくもなかった。
白昼堂々、玄関前でいきなりサカって致し始める夫婦の営みなど。
なのになぜか二人の営みから私は目を離せないでいた。

「んひぃぃ!きてりゅっ!いっきにひぃぃ!」

「はぁっ…はぁっ……これでどうだぁ!」

見たくもないはずなのに、本能がそれを許さなかった。
見れば見る程に視線は釘付けになって離れそうにない。
前に進みたくなんてない筈なのに、にじり寄るようにじわじわと足は前に進む。

「いいっいいよぉ!あなたぁ……え?」

「はぁ…はぁ……モーリア…?どうし…た…」

「………えへっ♪にいちゃん♪」

一体どれくらい振りに彼を抱きしめただろうか。
子供の頃はよく抱き上げて貰った事も……あったかも知れない。
歳の差はそんなになかった筈なのに、抱きしめているこの背中は明らかに昔よりずっと逞しかった。
力も付けているらしく、私からもがこうと暴れる彼の腕力は相当の物だった。
まぁ、スライムの身体にはなんら関係ない話ではあったが。

「久しぶりに会えたね、兄ちゃん♪」

「えっ……誰…っぐっ!」

「がぼぼぼ…」

私は一体、どんな笑みを浮かべていたのだろうか。
懐かしい心地に緩んだ顔だったか。
それとも、全てを支配した全能感に酔い痴れた顔だったか。
はたまた、ただただ笑っていただけだっただろうか。

「ふふ……あはは……あっはははははははは!!」

ただ一つ言える事があったとするならば、目的を達した私の心は確かに砕け散ったという事実だけだ。
心にぽっかりと空いた穴へ、元あったパーツがすっぽりと填まった事に喜ぶ半面、そのパーツが無い事で私の心は保たれていたような物なのだ。
縁から盛り上がる程になるまで注いだ水。
あと一滴でも入ってしまえば中身が零れてしまいそうになっているグラスそのものなのだ、私の心は。
そこへ、入れるべくして垂れてきた甘くとろけるような美味しさの酒が一滴、垂らされた。

「兄ちゃん、兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん!ずっと前から好きでした!なぁんてクサいセリフも今なら吐けちゃうよ!兄ちゃん、なんであんな雌豚と一緒にハッスルしちゃってたの?ねぇなんで?私と一緒にあんな事やこんな事、いっぱいしちゃおうよ!なんならあの子も一緒で良いからさ!ねえ、もう準備出来てるよね?ほらギンギンに勃起しちゃってるしさ?あははは!」

「う……うあぁぁぁぁぁぁ!!」

――――――――――――――――――――――

「えっへへ……兄ちゃん…」

「ん〜?」

「なんで私の事、全然覚えてくれてないの〜?ちっちゃい頃の事とか」

「この前来たバフォさまが言ってたでしょー?「アミィ・ブリード」という概念そのものが消されて、記憶も証拠も何もかも、世界から消え去ったんだって」

「ふぅん……モーリア、きもちいい?」

あれからいくらか時間が経ち、ブリード一家には家族が一人増える結果となっていた。
主であるコウィと、その妻であるモーリア、そして妹として増えたアミィである。
アミィ個人としては妹ではなく妻か、悪くても愛人を希望したのだが色々とややこしかったり風評被害も考えて「遠縁に預けられていた妹(の成れの果て)」として扱うようになっていた。
仕事はそのままだが、実を言うとアミィの薬剤師が一番儲かっている。

「あ…ひぎぃ!らめぇ!ごひゅひんひゃはぁぁぁ!!」

「あははっ、すっごく気持ち良さそう♪そろそろ母乳も出るんじゃないかな?だったら採取しなきゃ…」

「だいぶ大きくなって来たね……ホントはこんな事シちゃいけないんだろうけど……モーリア頑丈だし自分から求めてるもんね…」

そう言いながら、アミィの粘液に包まれて喘ぎ悶え狂うモーリアの、膨らんだ腹をなでてやる。
人間で言えば妊娠7か月と言った所だろうか。
アミィが家族になる以前には既に孕んでいたらしく、実は危険だったにも関わらず何度となく性行を続けていたらしい。
だが今となってはみんなその事には気を遣って生活を謳歌している。
モーリアの子供が生まれてくるのを今からでも楽しみにしながら楽しみに励む3人が、ここにいるのだ。  終
16/04/30 22:05更新 / 兎と兎

■作者メッセージ
後半になればなるほど投げやりな感じが……というか書くのが面倒くさくなってるんだろうなぁきっと…

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