読切小説
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サンタと(沈黙の)天使が笑う夜(2011)
ワーキャットも走るほど忙しい年末に誰が持ってきたのだろう、クリスマスなんか……
似たような内容の歌をちょっとエッチなグループ名のデュオが歌っていた。
クリスマス自体はとある宗教のイベントだが、それを恋人向けのイベントに変えてしまったのは誰だろうか?
案外、ジパングに住むリリムかもしれない。
そんな訳で、その宗教とは縁の薄い魔物娘でもこのイベントには熱をあげる。
人間も魔物娘も早く仕事を終わらせて恋人と聖なる(性なる?)夜を過ごそうと奮起して仕事をしている。
恋人がいない人や魔物はどうするのだろうかと心配していたが、そこは妖狐の金田 美鈴とアオオニの大丸 静香が合コンをセッティングしていたようだ。
お陰で私の係の者はみんな士気が高い状態で仕事に取り組んでいた。
そういう私も、仕事が終われば部下で恋人の吉田とクリスマス・イブを過ごす。
初めて恋人と過ごすクリスマスだ。
吉田はこの日のために頑張ってオシャレなレストランを予約してくれたらしい。
そしてその後は……
いけない。
この後の夜のことを考えていたら、マンティスらしくもなく、胸を躍らせていた。
顔もにやけていたかもしれない。
しっかりしなければ。
私は止めてしまっていた仕事の手を再開させる。
と、そのとき
「梅軒ちゃ〜ん」
課長の猫撫で声が聞こえた。
悪い予感に思わず私は固まる。
私だけじゃない。
オフィスの空気が凍りついた。
そんな空気にお構いなく、課長は言葉を続ける。
「経理の方から計算が合わないって来てさぁ……それをちょっとやって欲しいんだけど……」
課長から、決算書の束と経理からの決算の誤りの指摘の書類を渡される。
今日のこの時間にとんでもなく面倒な仕事が来たものだ。
「……期限はいつまでですか?」
「なるはやで!」
「そんな、漠然となるべく早くと言われても……、……?」
言いながら書類を流し読みしていた私の目が、ある点で止まった。
提出期限は12月23日になっている。
つまり昨日。
さすがに経理もクリスマス・イブにややこしい仕事をしたくなかったのだろう。
だが、決算の再提出の期限までに提出されていない。
「これ、提出期限が昨日ですが……?」
「いやぁ、俺も他の接待とかで忙しくてさ。このあともお得意様との会議があってそっちの方にいかなきゃいけなくてさぁ〜」
……何となくカンで分かってしまった。
お得意様……おそらくキャバクラなのだろう。
呆れて物が言えない。
だが、経費の計算が合わないとお金が降りないため、私たちには死活問題だ。
そして、私たちには断る力がない。
「……分かりました」
「やってくれるの!? ありがとー! いやー、梅軒ちゃんマジ天使だわー! という訳で、よろしく!」
足取り軽く課長は出ていく。
そのあまりにも無責任かつ自分勝手な言動に、冷静で無感動な種族のはずのマンティスの私でも、ハラワタが煮えくり返る気持ちだった。
「係長……」
吉田の気を使うような声で我に変える。
その声で我に帰り、オフィスを見渡すと、みんな怒っていた。
静かに怒りを燃やしている者、どろんと死んだような目をして怒りを表している者、課長を追いかけて殴ったりしたいところを必死で抑えている者……みんな怒っている。
だが……仕方のないことだ。
私は頭を下げてみんなに頼んだ。
「みんな……ギリギリまでの時間を……私に分けて欲しい……」


夜の10時……なんとか私と吉田は仕事を終えて会社を出ることができた。
実に大変な作業だった。
一人、また一人、さらにひと組……と、次々社員がデートのため帰宅するなか(彼らのクリスマス・イブまでを奪うわけにもいかないので、帰すことにした)、みんなで一つ一つ領収書を確認して計算ミスがないか何度も何度も確認した。
それでも、経理から指摘された31’500円の誤差が生じてしまう。
八方塞がりになり、皆で頭を抱える。
この状況を打破してくれたのは、意外にも普段は仕事をしょっちゅうサボっている金田だった。
課長がいなくなり、他の社員が見ていないときを見計らって課長の机を引っかき回したらしい。
すると、グシャグシャな領収書が出てきたのだ。
その額、きっかり31’500円。
どうやら数字だけ提出されていて、この領収書が提出されていなかったらしい。
これで解決。
決算書の訂正版を経理に提出しに、そして経理の人間に頭を下げに行った。
残っていてくれていた経理の社員は「まぁ、自分はクリスマスの予定はなかったですから」と言っていたが怒っていた。
しかしそれは、大丸と金田が合コンに誘ったことで、機嫌がなおった。
これで経理の人間からの印象も少しだけマシになっただろう。
しかし……
「さすがにレストランはもうダメですね……みどりさんとクリスマス・ディナー、楽しみにしていたのに……」
私の横で恋人の吉田がへたりこんでいた。
かなり楽しみにしていたのだろう、普段は明るく、私の呼び掛けに元気に反応する吉田がひどく落ち込んでいる。
困ったものだ。
「吉田……キャンセル料はいくら?」
「……へ?」
「ヘ、じゃない。いくら? 残ったお金で楽しめばいい」
そう、落ち込む気持ちは分かる。
私も楽しみにしていたのだ。
私も彼と同じ気持ちだ。
マンティスだから感情の変化は小さいけど、それでも残念な物は残念だ。
だが、落ち込んでいても仕方がない。
起きてしまったことは仕様がない、そこからどうするかが勝負……
吉田の雰囲気が、いつもの明るいものを取り戻す。
「キャンセル料は半額ですから、残ったお金は1万円です」
「……ケーキとシャンパン、買ってきて……私はチキンを買ってくる。30分後に……待ち合わせ。待ち合わせ場所は、吉田が決めて」
吉田が笑顔でうなづく。
「では、静海公園駅で待ち合わせましょう。クリスマスに行くつもりはなかったんですけど、いつかみどりさんと行きたいと思っていたところがあるんです」
「楽しみにしている……」
こうして私たちは一度分かれて行動した。

フライドチキンが沢山詰まった箱を抱えて約束の時間に待ち合わせ場所に行くと、もう吉田が待っていた。
右手にケーキの箱、左手にビジネスバッグと一緒にシャンパンのボトルが入ったビニール袋を下げている。
なんか始めからこうしてデートする予定だった感じになれる。
吉田は私を公園のはずれの、桟橋のところに連れていった。
なるほど、近くの港の光などが綺麗に見えるが、穴場らしく人はいない。
おあつらえむきなベンチも置いてある。
そこに私と吉田は並んで腰掛けた。
「それじゃ、メリークリスマスと行きますか」
そう言って吉田はシャンパンを取り出した。
取り出したところで彼は固まってしまった。
「どうしたの?」
「……グラスも栓抜きもない……」
まったく、この私の後輩で部下で恋人の彼は肝心なところで抜けているところがある。
仕方がない……
「……貸して……」
吉田からシャンパンのボトルを受け取り、鞘に納まったままの鎌を叩きつける。
パキン!
小気味のいい音を立てて、ボトルの細い部分が切り飛ばされた。
「……あ、え……」
吉田があんぐりと口を開ける。
そんなに驚くことなの?
グラスに関してはどうしようもないので、二人で直接口を付けて飲むことにした。
二人で並んでベンチに腰かけて寄り添い、フライドチキンを食べてシャンパンを飲む。
「へっくしょん!」
突然、彼がくしゃみをする。
そう言えば今日は非常に冷えると天気予報が言っていた。
スーツの上にハーフコートといった格好の吉田は少し寒そうだ。
……少し早い気もするけど、その寒そうな彼に、用意したプレゼントを渡すいい機会かもしれない。
「これ……プレゼント……」
私はカバンを開け、小さな包みを彼に渡す。
「あざっす! 開けていいですか?」
黙って私は頷く。
中から出てきたものを見て吉田は目を輝かせた。
「うわーっ! 手編みマフラーですか!? 嬉しいです!!」
「……ちょっと、ぐちゃぐちゃになってしまったけど……」
そもそも、マンティスは裁縫や編み物をする種族じゃない。
むしろ切り裂く種族だ。
そんな私が初めて挑戦したマフラーなのだが、鎌を引っ掛けてほつれてしまったり、編み目を間違えて歪んでしまったりと、めちゃくちゃになってしまった。
それに、少々長すぎたようだ。
吉田が首にさっそく巻いたが、少し余ってしまっている。
もう一重に巻くには短い……中途半端だ。
だが、吉田は子どものようにはしゃいで喜んでいる。
「あ、じゃあ俺の方もプレゼント……」
そう言って吉田はがさごそとカバンを漁り、縦長な小さな箱を取り出した。
紙の包装を剥すと、中から化粧品の箱が出てくる。
化粧品は、口紅だった。
「みどりさんの化粧机に口紅はなかったんで、みどりさんに似合いそうな色を考えて買ってみました。うーん、あんまり仕事にはつけていけるような口紅じゃないかもしれないですが……」
確かに私は口紅を持っていない。
化粧はファンデーションを軽くするくらいで、それ以上する必要はないからだ。
どうやら私のことをよく見た上で買ってくれた物らしい。
「あの……気に入りませんでした?」
吉田がおずおずと訊ねる。
マンティスだからニコリともせずに、プレゼントを見つめ続けていたから、気に入らなかったのかと思ったのだろう。
私は箱を開けて口紅を取り出した。
さらに、自分のハンドバッグから小さな鏡を取り出す。
それを見ながら、自分のくちびるに紅をさした。
「……似合う? んんっ!?」
いきなり吉田にくちびるをうばわれた。
あまりに突然なことだったので、私は抵抗できない。
何度か軽いくちづけをしたあと、吉田が私の口を割って舌を侵入させてくる。
吉田の舌は私の頭を甘くしびれさせ、二人のくちびるが離れた時は、すっかり私はとろけていた。
「よし、だ……?」
「すみません、口紅をしたみどりさんが魅力的だったもので、つい……」
照れくさそうにたははと吉田は笑って答えた。
いつも思うが、その笑顔は反則だと思う。
そんな笑顔を見せられたら何も言えなくなる。
確かにキスは気持ちよかったし、「似合う」と言うのを言葉だけではなく、行動でもしめしてくれたのは嬉しい。
でも、その手段はちょっと恥ずかしかった。
マンティスの無口な性格もあって、私は顔を背けて黙ってしまう。
しばらく二人の間にはなんとも言えない沈黙が漂う。
その沈黙を破るようなことが起きた。
「あ、雪……」
「冷え込むと思ったら、降ってきましたか」
ひらひらと雪が舞い降りてくる。
始めはまばらだったが、やがてその量は多くなり、またたく間に大地を薄く白く塗りつぶし始めた。
「ホワイト・クリスマスだ〜。ロマンチックですね」
「……歩くとき、滑らないように気を付けないと……」
私の言葉に吉田がつんのめるような仕草をした。
「ちょ、みどりさん。なんて風情のないことを……!」
「……ごめん。でも……」
「でも?」
でも、だ。
マンティスはロマンチックさなどを理解するのは苦手な種族だ。
高級なレストラン、イルミネーション、雪……そんなものは、正直どうでもいい。
ホワイト・クリスマスと言われても、そんなにいいものなのか、理解できない。
一番大事なのは、ちょっと特別な日を大事な人と一緒に過ごせること……それだけでいいのだ。
「……っくしゅん!」
伝えようとしたけど、それより先に雪で身体が冷え、くしゃみをしてしまった。
「ああ、雪で寒いですよね……こうすれば温かいですか?」
吉田が私の身体を抱き寄せた。
そして自分がしている、私がプレゼントしたマフラーを緩め、私にもかける。
二人用のロングマフラーでもないため、少々苦しいが、なんとかなった。
「温かい……」
「俺もですよ」
吉田に抱きしめられて自分の心拍が上がっていくのを感じる。
それをごまかすように視線を下に向けると、自分の腕時計が見えた。
時計の針は23:30過ぎを指している。
いけない、風情とかに欠けるマンティスだけど、これは言っておかないと……
顔を上げて私は吉田を見る。
「吉田……メリークリスマス」
私からそう言うと思わなかったからか、吉田が一瞬驚いたように眉を挙げる。
それから微笑んで返事をした。
「ええ、メリークリスマス、みどりさん」

こうして私たちのクリスマス・イブは、雪が降りしきる中、静海公園の桟橋のベンチで静かに過ぎていったのだった……
11/12/22 20:25更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)

■作者メッセージ
メリークリスマス!
明日から三連休で、さらにクリスマスですよ!
皆さんはどうする予定ですか?
私は勉強とSSとMH3G漬けの予定です(おいー!!)
そんなわけで、梅軒も吉田も爆散してください。
書いたの私だけど、爆散してくださいw

さて、作者メッセージまで目を通してくださった方におまけを……
微エロだよ(^q^)

*********

「んっ……れろっ、えぅ、れるれる……んはぁ、れろ……」
「あ、みどりさん……それ、気持ちいい……」
私のアパートにて、ベッドの上で私たちは裸で絡み合っていた。
今、私は吉田にフェラチオをしている。
だがいつもとは少し趣向を変えてみた。
くちびるを使うことなく、舌を這わせるだけのフェラチオ……
いつもと違う快感に吉田は悶えている。
「でもみどりさん……どうして今日はそんな風に……?」
「口紅……汚したくないから……」
愛しい男から、自分のことをよく見てくれていたことが分かるプレゼントをもらえたのだ。
そのせっかくのプレゼントをめちゃくちゃにはしたくなかった。
だがそれとは別に、そんなプレゼントをもらえて、魔物娘的にもう止まれるはずがない。
明日……いや、今日は会社は休みだ。
時間を気にすることはない。
前夜(イブ)はもう過ぎてしまったけど……私たちの夜は、これからだ。

*********

………
お前らやっぱり爆散しろ♪

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