読切小説
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優しい貴方へ、薔薇の花を
契約者のいない私は普段一人で眠っている。
太陽の光が届かない洞窟の奥深く、コケや草を集めて作ったふかふかのベッドの上で静かに眠っている。起きる時間は決まってない。日の光のないここでは時間も正確には測れないのだし。
だからといって真っ暗闇ということもない。光のない空間でも周りには私の魔力を吸って光に変える魔灯花が植えられており、壁に散りばめた様々な宝石や水晶によって反射して洞窟内を照らしてくれる。
精霊である私にとって光なんて、宝石なんて、とくに必要もないのだけど。

「…」

ゆっくりと体を起こして私はベッドから抜け出した。眠い目を人間よりも大きめな手で擦りながらあくびをする。
体を得て、魔精霊へとなって様々なものに触れられるようになってから契約者、特に男性の契約者が欲しくなった。
だけどここは辺境の地。
あるのは広大で草に覆われた草原と深い森。せいぜい旅人ぐらいしか訪れないような場所。
以前男性が訪れたことがあったがその時は私はまだ純精霊で触れることもできなかったし、何より彼の隣には魔物の姿があった。
好ましいと思っていた。
それが今の体では望ましいと思っている。
私にもあのような男性が欲しいと、求めている。

「…ふぁ」

このまま眠り続けるのもいいが私にはやらないといけないことがある。

少しばかりの楽しみで、ちょっとばかりの趣味。

洞窟からちょっと歩いて私はそこに着いた。
広大な地に草の生えていない空間。大きく開かれたそこは土を掘り返して耕された畑となっていた。並んで生えてる緑色の野菜。端の方に生えた気には果実が沢山実っている。

―私は畑を耕して作物を作り、時には果物を育てていた。

精霊である私が必要のない食物を作るなんて滑稽だけど、それでもこれがまた面白い。
以前から体を持ったらしてみたいと思っていたこと。
幸いなことに私は土の精霊のノーム。
大地を耕すことも作物に実りを与えるのも自在にできる。
小さく力のなかった私でもこの体になれば触れることもできるし、純精霊だった頃よりも力がある。男性を求めて止まないのは仕方ないけどこうして自分の好きなことができるのは嬉しかった。

「…ん?」

いつも見ている風景。
いつも世話している作物。
いつもどおりの畑の様子。
だけどそこに一つの違和感があった。

「…?」

私はそこへと足を進める。並んだ野菜のうち一つ、緑色の葉に隠れるように生えていたそれへ。
目の前に立って私は首をかしげた。

「何、これ…?」

それは野菜とは言い難いものだった。果物とも思えないものだった。
こんな作物見たことがない。色も形も、こんなものは今までに作ったことがない。
まるで夜の闇を切り裂いて纏わせたかのようなそれ。葉の形をしていないそれは硬質な布のように見える。それから、二股に分かれた先端。先には靴らしきものがついていた。

「…人?」

野菜じゃない。
果物でもない。
これは人間の下半身だ。まるで逆立ちしたまま土の中に埋まってしまったような。
何で私の畑に紛れて生えているのだろうか。
こんな辺境な地に来て畑に埋まるなんて、どんな人間なのだろうか。

「…抜かないと」

土の中に顔が埋まっているのでは呼吸ができずに死んでしまう。早急にこの人を助けないと。
私は二本の足を掴み、そのままゆっくりと引き抜いた。多少土で汚れてしまったが同じ色の上着とだらりと垂れた両手。それからここらでは見ない黒い髪の毛。
そのまま畑の上へ、野菜を潰さないようにそっと寝かせる。
目は閉じて意識はないみたいだけど、死んではなさそう。どうやらそう長い時間土の中にいたわけじゃないらしい。

「…ぁ」

改めてその人間を見る。
女性にしては高いが、男性にしてはちょうどいいぐらいの身長。平凡そうだけど優しそうな顔立ち。胸には女性の特徴である膨らみはない。いや、服が服だから見えないのかもしれない。
だけど、私の、魔力の混じった本能は告げていた。

「男の、人…♪」

ずっと待っていた存在。
純精霊の頃から求めていた契約者になりうる存在。
魔精霊となって欲しくなった、愛すべき人間。
もっと彼の見たくてついてた土を拭い落とす。私は土の精霊だからちょっと払ってあげるだけで肌や服についていた土や泥が水で落としたように綺麗になった。
見たことのない形をした黒い靴。
黒くて硬質な布。
短めに切られた黒い髪の毛。
下から上まで黒一色の彼を見ていると胸がドキドキした。

「あ…そうだ…」

体を倒して彼の胸に顔をうずめてみた。布越しだけどちゃんと伝わってく一定リズムで刻まれる命の鼓動。それから優しい温かさ。服でよくわからないが鍛えられた筋肉に覆われているらしい固めの体。
でも、抱きしめやすくって、とても心地いい。
彼に抱きついたまま寝たらどれほどよく眠れるのかな。
ワーシープの羊毛は眠りに誘う魔力があるって聞いたけど、私は断然こっちの方がいい。
抱きついたまますりすりと頬擦りしていると彼が体を捩った。

「…!」
「んん…」

小さなうめき声を上げてゆっくりと目が開かれる。

黒。

そこにあったのは闇を集めて形にしたような、瞳。
宝石のように輝くのではなくて、差し込む光を吸い込むような、見ているだけで吸い込まれそうになる暗くて深い色の瞳だった。

「…あ」
「…ん?」

彼の目と私の目が合った。
畑の土の上に仰向けの彼とその上から抱きついていた私。どちらとも今の状況に体が固まった。
えっと…こういうときは……どうすればいいんだっけ…?
今まで人と関わることがなかったからわからない。
あ、でも…初めて人に会ったらまずは挨拶しなきゃ。

「おはよう、ございます…」
「…お、おはようございます?」

そう言って彼は怪訝そうな顔をしながらも小さく頭を下げた。

















「へぇ…こりゃまた、すごい…一人で全部やったんだ?」
「うん…他にすること、ないから…」
「それでもすごいよ」

感嘆の声を漏らして目の前の果実に手を触れた彼。優しい手つきで実がなっている枝を、葉を、木を撫でる。そのまま彼は葉の表面に手を添えた。
日の光を吸収しそうな髪。夜の風景を切り取ったみたいな服。全てを吸い込みそうな闇みたいな瞳。
初めてあった時から変わらず黒一色を纏って彼は―黒崎ユウタは私の隣にいた。

「土の精霊っていったってこれだけ育てるの大変だったろ。すごいよ、ティエラは」
「ありがと…♪」

自然に私の名を呼んでくれるユウタ。たったそれだけのことかもしれないけど、今まで自分の名前を呼ばれたこともなかった私にとってはそれだけでも嬉しい。
隣に誰かがいてくれる。
私と一緒にいてくれる。
それだけでもとても満たされる。

だから、もっと欲しくなる。

その先に何があるのか。
魔力の混じったこの体が何を欲しているのか。
私自身も、それが欲しいと求めてる。
だというのに、既にユウタが私の隣にいてもう四日も経つのに、私とユウタは契約関係ではなかった。

「…ユウタ」
「うん?」
「契約、しよ…?」
「しない」
「…」

私に背を背けて素っ気なくユウタは言った。いつもと同じで、そして今日もまた同じ答えで。
時折契約の話をするのだけど、いつも断られる。本来人間が精霊に会えたら進んで契約をするものだとずっと思ってたのに。求めてくれると思ってたのに。どうしてユウタはそうじゃないのか分からない。

「ユウタは何で、いつも断るの…?」
「…契約っていうくらいだから一度すればもう二度と解けないんだろ?」
「うん…」
「だからだよ」

小さく、ため息に似たものを吐き出してユウタはこちらを見た。その顔に浮かんでいるのは困ったような表情だけど、何かを遠慮しているようにも見える。

「相手がどんなのかもわからないのにすぐに契約なんてしようとするなよ。そいつが悪い奴だったりしたら、契約した後で後悔するぞ?」

そんなことを言ってもユウタが悪い人には見えなかった。
優しそうに葉を撫でるその姿が、純粋に私を褒めてくれるその言葉が、どうやっても悪い人には思えない。今まで人なんてずっと観察してきたわけじゃないから詳しくは分からない。だけどこれだけは言える。

―ユウタと契約しても後悔なんて絶対にしない。

それでもユウタが拒み続けるんじゃ契約なんてできない。

「私は…いいのに…?」
「三日四日でオレが全部わかったわけじゃないだろ?もう少し相手を知ってからでも遅くないって」

それに、と付け加えてユウタは微笑みを浮かべる。出会ってすぐに気づいたけどユウタは基本的に笑っていることが多かった。

「女性がそう簡単に大事なこと決めるなよ。ティエラは美人なんだしもったいないぞ」
「…美人?」
「そ、美人」
「…♪」

美人。
そんなこと、今まで言われたことがなかったのは当然だけど…それでも言われてみるととても嬉しい。私の外見が普通の女性と比べると良いというのはわかってる。それが今の魔王のおかげでこの姿になれてるのも、魔王が淫魔であることも。
だけど、それでも、私自身を真っ直ぐに褒めてくれるのは嬉しかった。

「オレが知ってるノームなんてやたらでかい山みたいな男だったしさ」

からから笑ってユウタは私から視線を外す。それは残念だったけど目の前にある私の育てた植物を見てくれるのもまた、嬉しかった。
思えば私、ユウタが傍にいてからずっとこうだ。
ちょっとのことだけでも嬉しくて、嬉しくて、喜んじゃう。
ユウタが笑ってくれて、優しくしてくれて、ただそれだけだというのに。きっとそれは人間の男性がいるからじゃないんだ。隣にいるのが珍しいジパング人だからじゃないんだ。

―ユウタだからなんだ。

契約したいと思えるのもきっとそう。後悔しないと言い切れるのもきっとそう。
だから、私はユウタと一緒になりたい。
彼と、契約をしたい。

「…よく手入れしてるんだ」
「わかる、の…?」
「少しなら」

私の方を見ずに葉へと視線を向けたままユウタは言った。その目は物珍しいという感じじゃない、柔らかくて、優しくて、慈しみ溢れたもの。
向けられてるのは私が育てた果実だけど、まるで私自身に向けられてるように感じて嬉しくなる。

「葉の瑞々しさとか、表面の色とかで少しぐらいならわかるんだよ。もっともオレが見てたのとは違うから合ってるかどうかわからないけど」
「見てた…?」
「そう」

ユウタは振り返ってこちらを向いた。短く切った黒髪が日の光を反射する様は宝石とはまた違う、キレイさがあった。

「オレの母親の趣味がガーデニングなんだ。小さい頃から今までずっとその手伝いしてたから何を気をつければいいのか、どうすりゃいいのかはだいたいならわかるんだよ」
「そう、なの…?」
「そう。ただ果物とか野菜とかは詳しくないけど」
「何で…?」
「母親の集めてた植物はほとんどが花で、大半観葉植物なんだよ」

花。
そういえば私の育てている植物に花はなかった。果物が身を付ける前に花が咲くけどもそれはあくまで一過程。ユウタの言った観葉植物として近いものは…せいぜい私の寝ていたとこにある魔灯花ぐらい。

「…花」

植えてみようかな。
花なんて植えたことないけど、だからといってできないわけじゃない。私は土の精霊なんだし、ユウタは経験があると言ってるんだし。
…そしたら、何を植えようかな。
花…花………アルラウネ…。

「それは、だめ…」
「?」

ふるふる頭を振って思い浮かんだものを消す。
アルラウネが咲いたらユウタを誘惑される。せっかく契約者となりそうなのに横取りされたくはない。
それじゃあ…何がいいのかな…。
花…花…マンドラゴラ…。

「それも、だめ…」
「…?」

また頭を振って思い浮かんだ考えを消す。
なら…何があったかな…。
そういえばユウタはガーデニングを手伝ってたと言ってた。それなら多少なりとも花の知識があるはず。

「ユウタは…何、植えたい…?」
「…何って、花で?」
「うん…」

そのままユウタはうーんと唸って考え込む。どうやら私の言葉の内容があまりにも漠然としていたらしい。いきなりそんなことを言われては迷うのは当然かも。

「それじゃあ…ユウタは今までどんな花、世話してきたの…?」
「んー家にあったのでいいならいくつかあるけど」
「例えば…?」
「そだな…パンジー、コスモス、金木犀、シクラメンにアデニウム、サイネリアにガザニア、キンセンカ。それから…えっと…エニシダ、だっけか。あとアジサイにアサガオ、それからエンゼルトランペットっていう変わったものもあったっけ」

指折りで花の名を上げていくユウタ。その数は沢山あって私の知らないものもたくさんあった。聞いたことのない名前からとても興味深いものまで。ちょっと聞いただけでは花の名前なのかと疑いたくなるものまで。

「そんなに…たくさん、一人で育ててたの…?」
「まさか。育ててたのは母親で、オレは母親がいない時に水をあげてたくらいだよ。それに今挙げた花なんて花が咲く季節がバラバラだから花壇に咲いてるのはせいぜい二、三種類だけだったから世話も楽だったし…あ、そうだ」

ユウタは思い出したように手を叩いた。

「どうした、の…?」
「あと母親のお気に入りで薔薇があった」
「…薔薇?」

薔薇といえば私も知っている花。赤い花びらが特徴的で美しいが、刺があってむやみに触るものなら容赦なく刺さってくるあの花。

「薔薇…」
「そう。赤いあの刺のある花ね」
「…」

もしも植えるとして、ユウタとともに育てるとしたらただ赤い薔薇では面白みもない。私と二人で育てるのだからもっと彼らしさを出してみたい。
薔薇というのは全てが全て赤というわけではないはず。赤色が一般的というだけで他にも白やピンク、黄色やオレンジの色があるらしい。
なら、その中で一番ユウタらしい色は…なんだろう。
私はユウタを見た。
初めて見たときと変わらない、黒い服装に金色のボタンが数個。硬質な布は上等なものでまるで貴族が纏っているみたい。それからジパング人と一致する髪の色と瞳の色。今までジパング人なんて見たことがないけど、何かが違うその姿。
そして、吸い込まれそうになる漆黒色の瞳。

「…黒」

うん、いいかも…。
ユウタらしさといえばその色以外にない。ここまで同じ色をまとっているんだし、他の色なんて思いつかない。
それなら、黒い薔薇にしてみよう。
例え存在しなくても私ならきっとできる。土中の養分や状態を操れば薔薇の成長や色も変えられる。黒い色の花びらだってきっとできる。土の精霊の力は伊達じゃないんだから。

「ユウタ…」
「ん?何?」
「薔薇…植えよう…」
「お、植えるんだ」
「うん…いっぱい、植える…」
「へぇ」
「ここらへん、一杯に…薔薇の花…」
「…頑張るね」
「うん…」

果物ではない、作物ではない、初めて植える花。
せっかくだからいっぱい咲かそう。
可憐な薔薇で一面が埋まるように。
綺麗な花畑になるように。
そして、その中心でユウタを抱きしめて眠る。
花に囲まれて、優しい温もりを抱きしめて、空の下で眠ったらどれほど心地いいのかな。

「…うん」

花がこの一面を覆ったらどれほど綺麗なのかな。
一人じゃない空の下はどれほど気持ちいいのかな。

―ユウタがずっと傍に居てくれたらどれほどいいのかな…。

「頑張る…」

私は決意して頷いた。
ユウタはそんな私を見て笑みを浮かべる。慈しむ親のような、優しい母のような温かい笑だ。向けられただけ私の胸が温かくなり、優しくなれる。

「そっか。頑張れ。オレも手伝うからさ」
「うん…っ」
「ただ…」

優しい笑みから一転、困ったような、呆れたような表情を浮かべてユウタは言った。

「種はどうする?」
「………あ」










「…土の精霊っていうからもしかしたらって思ってたけど…本当にできるもんなんだ」
「うん…♪」

あの日、薔薇を育てようと決めてから早一週間。運良く近くに寄ってくれた行商人であるゴブリンに薔薇の種を注文し、それから数日後に買い取って、草原の一部を土の調節をして植えて、それからまた数日たったある日。
薔薇の花は芽が出るどころか順調に葉をつけていた。本来なら冬に種をまいて、蕾を付けるのに春先まで待たなければいけない。だいたいそうだとユウタから聞いた。
だけど私は土の精霊、ノーム。
土に根を張る植物ならば栄養の供給に手を加えて成長スピードを加速できるし、花を付ける前に枯れさせることもない。私がちょっと手を加えれば普通よりもずっと大きなものができたり、色の違うものもできる。

「うんしょっと…」

私は土から手を引き抜いた。今日の栄養供給はこれでおしまい。
本来なら種を植えてすぐにでも花をつけさせることは可能。ちょっと魔力を消費しちゃうけど、一時間もかからずに色を変えた花が開くなんてこともできる。
でもそんなことはしない。
花の咲く過程を、蕾膨らむ様子を、葉を広げ揺れる姿を見ることなく育てる楽しさなんてない。
せっかく初めて植えた花だから。ユウタとともに植えた花だから。
そんなもったいないことはしたくない。
育っていく過程を目で見ることができるということこそ、育てることの楽しさ。それは今まで作物ができ、果物が実るところを眺めてきた私にとっての楽しみ。
そして、ユウタも同じ。

「せっかく育てるんだからさ、一気に花咲かせるんじゃなくて育っていくのを待とう。そりゃ花が咲くまではかなり時間がかかるだろうけど、それでも咲いてるところを見ると感動するんだ」

薔薇の種を植えていたとき、ユウタがふと言った言葉。頬に土をつけながらも笑って私に言ったこと。私と同じことを考えていて聞いたときとても嬉しくなった。
だから一瞬で咲かせるなんてもったいないことはしない。
こうしてユウタと一緒に育てて、眺めて、世話をしていく。
大切なのは花が咲くことだけじゃなくて、こうして一緒に咲かせるための時間。
ユウタと一緒にいる時間が大切だから。

「それじゃ…」

私が下がるとユウタは一歩前に出てしゃがみこみ、薔薇の葉を抑えて根元へと如雨露の先を傾けた。先端から溢れる水は雨のように降り注いだ。

「もういいかな」

十分土が湿ったら水を止める。私が作った鉄製の如雨露は大きくたくさん水が入るからもっとたくさんやってもいいと思うのに…。

「もう、いいの…?」
「土が湿ってくるぐらいがいいんだよ。植木鉢に入ってるなら底から水が流れ出すくらいでちょうどいいんだ。あんまりやりすぎると腐っちゃうし」
「…水、あげただけで…?」
「そう。あんまり水やると根っこが水に沈んで酸素不足になるんだよ」
「…酸素…?」
「空気が十分に吸えずに息ができなくなるってこと。それから水をやるときは真上からじゃなくて根元にかけるようにね。もしも花が咲いた時に上からかけたら痛むことがあるからさ」
「ユウタ、よく知ってる…」
「これぐらいしか知らないんだよ」

それでも花を育てたことのない私には必要な知識。初めて育てる薔薇にユウタは必要不可欠。もしかしたら初めてのことで失敗することもありえるから。

「…あれ?」

如雨露を手にしたままユウタが何かに気づいたように立ち上がった。私も釣られて立ち上がり、ユウタの向いた方を見る。

「あ…」

その先にいたのは一つの家族。男の人と、女の人。それから子供の外見をした女の子らしき人影。女の人は一見すれば人間にみえなくもないが、そうではない証がお尻から、背中から、頭から生えている。尻尾に翼に角、間違いなくサキュバスの姿。ならあの女の子はきっとあの二人の子供なのだろう。皆笑みを浮かべ並んで歩いている。
一家団欒とした姿。
遠目で見てるだけでもこちらも温かくなれそうな光景だった。

「どこかの家族、かな…」
「…」

私はその光景がとても羨ましい。一人でいたからこそああやって皆でいることは羨ましい。でもそれと同時に愛しい人の子を産んでみたいと思っていた。
精霊だけど女であって隣にいるのは私を受け止めてくれそうな優しい男の人。二人で新しい命を育むという行為は果実や作物、花を育てるのよりもずっと充実しているに違いない。

「いいな…」
「…」

精霊であるけど子供が産めたっけ?この姿になってもまだ分からないことだらけだけど、それでももし子供が出来たら。ユウタとの間に子供ができたらどうだろう。
きっと黒髪黒目、そんな子供が生まれそう。それで優しくて、よく笑いそう。そんな子供と、ユウタと一緒にいれたら…どれほど楽しく、幸せなのかな。

「ユウ―」

彼の名を呼ぼうとして私は口をつぐんだ。彼を見て私は何も言えなくなった。
さっきからずっと黙っていたユウタはいつも浮かべていた笑みが顔から消え去っていた。

遠くを見ているような、懐かしむような目をして、ユウタは彼らを見つめていた。

静かな湖畔の水面みたいに寂しくて。
吹き抜ける秋の木枯らしみたいに悲しくて。
燃え尽きる前のわずかな火みたいに儚くて。
笑みとは呼べない顔をしていた。
いつもは明るく楽しげに笑ってるのに、今浮かべている表情はそんなものじゃない。

「ユウ、タ…?」
「ん?ああ、どうかした、ティエラ」

そう言ってこちらを向いたユウタの顔は先ほどと打って変わって優しく笑みを浮かべていた。今見せた悲しげな表情なんて微塵も感じさせないくらいに明るくて、寂しさなんてなかったと言わんばかりの暖かさで、儚いなんて思えないくらいに優しい笑顔。
いつもと同じ。
だけど、違う。
あの表情から一転した笑顔。それは明らかに仮面であって、本当の顔じゃない。

「あの家族、親と子供に翼が生えてるけど…人間じゃないのかな?ティエラは知ってる?」
「…」
「…ティエラ?」

ユウタの声に反応できなかった。
見てはいけないものを見た気がしたから。
開けては箱を開けてしまった気がしたから。
だけど、それ以上に―

―私はユウタの何も知らなかった。

ユウタが言っていたように私は彼の全てを分かっていなかった。出会ってもう三週間は経つというのに私が見ていたのはずっと表面だけ。内面なんて気がつかなかった。
思えば、そうだ。
今まで私はユウタについて聞いたことがない。彼が私の育てた物を褒めてくれることが嬉しくて、ただ傍にいるだけでも良くって、契約をしたいとずっと求めて、ただそれだけ。
それで満足している自分がいて、もっと欲しいと思ってる自分もいた。
ただそれだけ。満足して、欲しがって、たったそれだけ。
たったそれだけ。

「…」
「どうかした、ティエラ?」
「…何でも、ない……」



―私は…何にも、わかってなかった。










真夜中。
光の灯った魔灯花に布を被せて遮り、ほんのりわずかに漏れ出した光は部屋を薄暗く照らしていた。眠るにはちょうどいいくらい、その上すぐ傍なら見えるぐらいの明るさ。
隣で私に背を向けて眠っているユウタがわかるくらいに。

「…」
「…」

初めて会って、ここで眠った時からずっと同じ。彼は変わらず私に背を向けて眠っている。契約どころか同じベッドで眠ることさえ渋った末の提案でユウタはいつもこちらを見ないこと。男女七歳にて同衾せず。なんてことをユウタは言ってたっけ。

「…」
「…」
「…ユウタ、寝た……?」
「…」

返事はない。
試しに目の前で背を向けているユウタに抱きついてみる。普段の彼なら嫌がる素振りはないもののすぐに距離を置こうとしてベッドから転げ落ちていた。その素振りもない様子からきっと、深く眠っているんだろう。

「んん…」

起こさないように首へ抱きつき体を寄せる。いつも身に纏っている黒い上着は脱ぎ捨てて、雪のように真っ白な服を通してユウタの感触が伝わってきた。身長は私の方がわずかに大きくても、背中は広くて硬く、それで温かい。息を吸えば体の奥を熱くする不思議な香りがする。優しい温かさと一人じゃないという感触はいつも私を満たしてくれる。
眠った時だけできるユウタには知られない秘密の触れ合い。それはとても心地よくて、もう手放せないぐらいにクセになる。

「…?」

抱きしめた腕に何か冷たいものが触れた。滴るように落ちていき、その跡はひんやりと冷たい、まるで水みたい。
水…?洞窟の中で雨漏りなんてしないし、昼間は快晴だったのに?
そんなふうに考えてる今も水はしたりしたりと腕に伝って落ちていく。
首にまわして抱きしめていることで腕はユウタの顔に触れている。だからこれじゃあユウタが濡れちゃう。それはいけない。起きたらこうして抱きつくこともできないし。
背中の向こうでどこから水が滴ってるのかわからないけど、起こさないように拭った。だけど、拭ったはずなのに再び雫が伝わってくる。

「…?」

どうして?拭ったのに?
何かおかしい。
私は確認するために静かにユウタの体から手を離し、ベッドから出た。そのまま足音を立てないようにユウタの向いている方へと回り込んでしゃがむ。目線はちょうど横になって眠ってるユウタと同じ。
わずかな魔灯花の明かりに照らされた彼の姿。今まで眠っているときはまるで子供みたいな寝顔を浮かべていたユウタ。
だけど、今はそんな安らかな顔じゃなかった。
子供なんて言えるほど、落ち着いていなかった。

「…」

我慢するように歪んだ寝顔。
閉じた目からこぼれ落ちる、一筋の雫。

「…っ」

ユウタは、涙を流していた。
何が悲しいのか、どうして泣いているのかわからない。
眠りながら泣いている。怖い夢でも見ているのか、悲しい夢でも見ているのか。私にはわからないけど、その顔を見て思い浮かぶことはあった。
あの時、今日の昼間に見たとある家族のこと。彼らを見たときに見た、ユウタの表情。
それは普段笑ってるのとは違くて、遠くを見ているようで、そしてとても寂しそうだった。
きっとそれが、私の知らないユウタ。
自分のことを多く語らない彼の、隠れた部分。
笑顔の裏の、本当の顔。

「…何で…泣いてる、の?」

聞いたところで寝ているユウタは答えない。

「何が…悲しいの…?」

起きてたところできっとユウタは教えてくれない。
だって、それがユウタだから。
今までずっと笑顔の仮面で本心を隠し続けてきた、ユウタだから。
何も言わずに笑っていた、ユウタだから。

「…何で、話して、くれなかったの…?」

笑ってる顔を見てると胸が温かくなる。
悲しい顔を見てると胸が締め付けられる。
優しい顔を見てるとドキドキする。
泣いた顔を見てると…。

「…泣き、そう」

ただユウタが泣いているだけ。それだけでも私は泣きたくなる。
こんな気持ち。
こんな感情。
純精霊だった頃にはなかった。
魔精霊になってからもなかった。
でも今ならわかる気がする。ユウタと一緒に過ごして、ユウタの隣にいて。私の作った畑を見て回ったり、果物の世話をしたり、薔薇を育てたり、いろんなこと話したり、一緒に眠ったりして。
確信はないけど、きっとこれがそうなんだ。

「…好き、なんだ」

私はユウタが好きなんだ。
ずっと求めてた男性という存在だからじゃなくて。
ずっと待っていた契約者という人間だからじゃなくて。
優しくて、温かい。
気丈で寂しがり屋な人。
一人で抱え込む、子供みたいに不器用な人。
だから。
だから私はユウタの傍にいたいと思ってるんだ。

「ユウ、タ…」

そんな涙を見たくない。

「ユ、ウタ…」

そんな顔は見たくない。

「…ユウタ」

貴方を、悲しませたくない。

だから。


「私…ずっと、傍にいる、から…っ」


一生を交える、関係を。


離れる事ない繋がりを。


唯一無二の存在を。



私との、契約を。



「ん…」



私はユウタへ口づけを交わした。
重ねた唇から伝わってくる温かな柔らかさと優しい甘さ。
今まで口にしてきた果実よりもずっと甘くて、深い味。伝わってくる感覚に目を閉じようとしたら―


―うっすらとユウタの目が開いた。

「…ん」
「…ちゅ」
「…んん」

一度キスする私を見て何事もなかったかのように瞼が下がる。それだけ眠かったのか、それとも起きるのがだるかったのかそのまま再び眠りにつこうとしていたユウタは―

「―っ!?!?」

眠っていたベッドから転げ落ちた。

「なななななな何やってんの!?」


慌てて起き上がったユウタは顔を真っ赤にして大声でそう言った。その姿は以前にも私が抱きついた時と同じもの。私はその場で彼と向かい合ったまま言った。

「ユウタが、泣いてる、から…」
「…え?」

ユウタの頬を指し示すと目からポロリとまた雫がこぼれた。寝ていたから涙は横へ流れていたけど今は立ち上がり、涙はそのまま下へと落ちる。
その感覚に気づいたようにユウタは雫を拭った。

「…あれ?」

自分で信じられないというように驚愕して、ゴシゴシとさらに拭う。それでも涙は次から次へと溢れ出してきた。

「あれ…何で?違っ…これは…その…」

誤魔化すように慌てて言うけど、隠せてない。せき止め、留めていた感情が流れ出るようにボロボロと涙が落ちる。それでも拭って誤魔化すユウタを見ていると、胸がとても痛くなった。

「…ユウタ」
「え?あ…」

私はユウタの体を抱き寄せた。筋肉に覆われて少し硬いが、優しい温かさのある抱き心地の体。それから降り注ぐ涙の雨。
こぼれ落ちていく雫を肌に感じて私はユウタの顔を胸へ埋めた。

「おわっ!ちょっと!」
「…ユウタは、どうして…」

慌てて抜け出そうと暴れだすユウタは私の声に反応して体が固まる。それを感じてもっと力を込めて、包むように抱きしめた。

「どうして…我慢してるの…」
「…え?」
「我慢、してる…ずっと、ずっと…私が、初めてあった時から、ずっと…」
「そんな、我慢なんてしてないさ」
「嘘…」

それなら何で涙を流しているのかわからない。どうしてあんな悲しい顔をしていたのか分からない。遠い目でどこかを見つめ、向けた視線にどんな感情を込めていたのかわからないけど、明らかに楽しいとは違う感情だった。
楽しいんじゃなくて、寂しくって。
嬉しいんじゃなくて、悲しくって。
見えそうで見えない、笑みの下の本当の顔。
それを押し殺して笑顔という仮面をずっと被り続けてる。
初めて会った時からずっと、今も涙を流していてるのに誤魔化そうとして…。
それが、ユウタ。

「ユウタは我慢しすぎ…いつも笑って、笑って…笑ってばっか…」
「…」
「たまには、泣いてもいい…子供みたいに、泣きじゃくって、いい…ユウタは、私にとって子供同然、なんだから…」
「…そりゃ、精霊のティエラと比べたら差があるだろうけどさ」
「そうじゃない…」

わたしはユウタの頬に手を添えた。人に比べて大きくて、ちょっと不便なところもあるけど撫でる分には困らない。頬へ伝わった涙の跡を指で撫でる。

「我慢しか、しない…我慢以外、何もできない…不器用な子供…」
「…」
「甘えたって、いいから…怒鳴っても、いいから…少しは正直に、なって…」
「…」
「私が、受け取めてあげる、から…ずっとそばに、いてあげるから…」

添えた手を撫でるようにユウタの後頭部へとまわす。もう片方の手は肩を掴んで顔を寄せた。今度はユウタは暴れないし、離れない。私のすることを拒む素振りは見せなかった。

「…だから」



私は再び、ユウタの唇に自分の唇を重ねた。










「…ん、やっぱり温かくて、落ち着く…」
「そう?」
「うん…ユウタは…もう大丈夫…?」
「あぁ…全然平気」
「…本当に…?」
「…もう少し、こうさせてくれる?」
「うん…」

私は頷いてユウタの体をさらに抱きしめた。緊張して強張っていた体から力が抜ける。何も遮るものがない肌と肌が触れ合って優しい体温が伝わってきた。
私とユウタはベッドで抱き合っていた。
向かい合って腕をまわして、肌を触れ合わせ、額を重ねて、共に裸で。

「ユウタ…」
「ん」

額を離し、黒い瞳が私を映し出す。何度見てもそれは吸い込まれそうになる深い闇みたい。
そっと顔を近づけると彼も応えるように唇を向けてくる。そのまままた唇を重ね合わせた。

「ん…ん、ちゅ…っ♪」

重ねては離し、啄むようにキスを繰り返してはさらに体を寄せていく。これ以上埋まる隙間なんてなく、さらに体を押し付けることになった。
この姿になって一番目立つと思ったところがユウタの胸板に押されて形を変える。先端が擦れるたびにびりっと不思議な感覚が背筋を走った。

「んん…っ♪ふ、んん…む、んっ♪」

唇を重ねているだけでも感じる甘さ。果実よりもずっと甘くて、それなのに花みたいに優しい味。
感じるたびに体の奥が燃え上がるかのようで、もっと欲しいと心が求める。私は心の赴くままにそっと舌を突き出し、唇を割って侵入させた。

「んんっ!?」
「ちゅぅっ♪」

一瞬驚きに見開かれた黒い瞳。だけど少ししたら身を委ねるようにゆっくりと閉じていく。それと同時に湿った柔らかなものに私の舌が絡まった。
甘い…っ♪
今まで感じていたユウタの甘さ。それがずっと濃く感じられる。にちゃにちゃと擦り合わせて啜るたびに頭の中まで染み渡っていく気がした。
下腹部に疼くような熱が灯り、もっと欲しいと体が動く。自分の胸の鼓動がやたら大きく聞こえて漏れ出す息が荒くなってく。

「れる…ん♪ちゅぱ…んん、ふ…ちゅぅ♪」

ねっとりと舌を絡ませあってから、私は唇を離した。頭の仲がぼやーっとするのに目の前のユウタの姿はハッキリと瞳に映ってる。

「…ティエラ?」

心配そうに覗き込んでくるユウタを前に私は静かに言った。

「だい、じょうぶだから……ユウタは、じっとしてて、いいから…ね……」

こちらを気にする素振りを見せていても顔を真っ赤にして目が潤んでいるのがわかる。ユウタも私と同じような状態なんだ。そうわかっただけでもとても嬉しい。

「ちゅ…♪」
「…っ」

私は彼の首筋に唇をつけた。
それだけではなく降りていくように鎖骨へ、肩へ、胸へと口づけを落とす。その度に小さく体が震える姿がもっと見たいと思った。
だけど、それ以上にしたいことがある。
唇を離してそこへと私は手を出した。大きな手で包み込む、ユウタの体の一部。ただ触れただけでびくりと一瞬体が震える。

「ここ…すごく熱い…」
「…っ」

初めて見るユウタの体。初めて見る自分以外の裸体。
視線を落とした先にあるのは私の体にはない部分。大きく膨れ上がっていて体のどの器官にも似ていない不思議な形をしている。
だけど、わかる。
これからどうやればいいのか、目の前にあるユウタの証をどうすればいいのか。
見ているだけで体の奥が熱を灯す。わずかに届く奇妙な匂いが頭をとろけさせる。心の底は求めてる。
掌に伝わってくる熱い、燃えるような体温。
ただ触れているだけで呼吸が荒くなり、心臓がうるさいくらいに鼓動を刻む。それだけではなく、下腹部が熱いのにひんやりする。
ここ、なんだ…。
経験はない。見たこともない。聞いたことさえないけどぞくぞくと登ってくるような感覚に次の段階へと進む準備は整った。
すっと体をユウタの上へと移動させる。彼の大事な部分がちょうど真下にあり、このまま腰を下ろすだけで私は迎え入れることができる。
ここから先が契約の本番。
今まで望んで叶わなかったことがもうすぐそこにある。少し体を動かすだけで心から願っていたことが現実になる。それを考えると躊躇う気持ちは欠片もなかった。

「入れる、から…ね……」

ユウタは無言で頷く。それを見て私はそっと腰を下ろした。思ったよりも柔らかな先端が私とキスをする。粘質な液体が滴りながら彼を自分の中へと飲み込んでいく。

「ん、あ、くっぁあああああああああああああ♪」

まるで熱した鉄棒が私の中へと入ってくる。自身で触れたことさえないそこはわずかに痛んだけど、それ以上に信じられないほど強い何かが体を駆け巡る。
目の前が真っ白になる、キスした時にもあった感覚。ただ今感じているのはそれよりもずっと強く私を支配してる。

「ぁ、ぁあああああ♪」

腰と腰がぶつかり合ってすべてが私の中に埋まった途端、私の頭の中が真っ白に染まった。お腹の一番奥までユウタが食い込み、押し込まれてる。
今までにない感覚は体をばらばらにしそうなほど激しい。だからと言って辛いというわけじゃない。引き裂かれそうな意識がようやくまともになって私は自分の中にいる別の存在を感じ取れた。
どくどくと脈打つ存在が私の中にいる。お腹の奥まで一杯ですごく熱い。
ユウタがいる…今、私の中にいるんだ…♪
やっと繋がれた事実がとても嬉しくて、胸の奥が温かい気持ちで溢れだした。それは体にも表れてたようでぼろぼろと目から滴が零れ落ちた。

「っ!ティエラ…大丈夫…?」
「うん……うん…っ♪」

心配そうに覗き込んでくるユウタに私は何度も頷いた。
肌が重なり、体が触れ合い、男と女が繋がって、ユウタと私が契ってる。
なんて素敵なんだろう…♪
キスで感じた甘さより、抱き合い感じた温かさより、ずっと熱くて気持ちいい。それはサキュバスの魔力が混じった体のせいかもしれない。こうして動かずじっくりとユウタを感じているだけでも頭が真っ白になっちゃいそう。
でも、これで終わりじゃない。
契約に必要なのは純潔を捧げることじゃない。
ユウタから証を貰うことだ。

「…動く、から……っ♪」

ユウタと向かい合ったまま私は腰を上下ではなく左右に動かした。少しでも離れたくない、もっとじっくり感じたい。そんな思いからゆっくり肉壁が擦れ、目の前が真っ白になりそうな感覚が体中を走っていく。

「あぁ…♪ん、ん……ぁ、ぁあ♪」

動くたびに伝わる感覚に思わず声が漏れる。境界線なんてなくなって溶け合ってしまいそう。何か大きなものが体の奥から押し寄せてくる。理性なんて一瞬にして埋まってしまうような快楽が膨れ上がってくる。
ユウタを見ると何かに耐えてるようだった。真っ赤な顔をしてうっすらと汗までかいている。いつも見せてくれた笑顔でも、先ほど見せた泣き顔でもない切なげな顔。
可愛い…。
そんなことを言ったら彼は否定をするか苦笑をするだろうけど、それでもそう思ってしまう。
力が抜けたようにユウタの手が体の表面を撫でながら降りていく。薔薇を扱っていたあの優しい手が、日の光のように温かな掌が

「手…ぁ♪…握る、から…っ♪」

ユウタともっと繋がりたい。熱い部分以外にも心の繋がりをしっかり感じたい。
彼は頷き私の手のひらに差し出した。私のほうが大きく包み込んでしまうが、それでも優しい温かさが伝わってきた。
体を寄せ、手を繋ぎ、腰を動かすたびに太陽のように熱い快感が駆け抜ける。目の前がクラクラして今自分がどうなっているのかさえわからなくなりそうなほど。
それでもユウタと繋がっているということだけはハッキリと感じられる。いや、繋がってるから気持ちよくなってるんだ。
媚肉がねじれ、ユウタをきつく抱きしめた。そのまま力任せに揉みしだいては契約の証を欲して貪欲に蠢く。

「〜っ!」
「ユウタぁ♪ユウタぁぁああ♪気持ち、いい…よぉ…ぁ、んんっ♪」

唇を噛み締め声を押し殺す愛しい男の人。やたらと我慢している彼は声を聞かれることさえ渋っているみたい。その姿が愛おしくて、そんな彼が大好きで、私は両足に力を込めてさらに強く抱きついた。
そして、ユウタは大きく震えた。

「ふぁああああああああああああっ♪」

体の奥へと熱い何かが流れ込んでくる。まるで燃えたぎる溶岩みたいに熱いのにユウタのものだというからか安心させるような、満たしていくような感覚を私に与えた。

―これが、ユウタの証なんだ…っ♪

一生を共にする切れない関係。
離れていても繋がる絆。
私自身がユウタの精霊だという証。
これが、契約。

「あ、ぁああ…♪」

真っ白な目の前が徐々に戻ってくる。私と抱き合い、果てたことにより体を震わせ証をどんどん流し込んでくれる愛しい男性の顔。快楽に流されまいとこらえながらも頑張ってる顔が見えた。

「ごめん、止まらない…っ!」
「んんっ♪ぁあああっ♪」

ビクビクと脈打つユウタのものから何度も証が注ぎ込まれる。それが私の子宮へ叩きつけられるたびにまた目の前が真っ白になった。
私も快楽に堪えるように彼の体を抱きしめる。震え合い、互いの感覚が一体化していくような気がした。

「…ぁ、はぁ…♪ん、ぁん…♪」
「はっ…ぁ……はぁ…」

ようやく落ち着き体の震えも止まった時、私とユウタは静かに抱き合っていた。胸に伝わってくる鼓動はとても激しく脈打っている。私と同じで、心音さえも重なっているみたい。

「ふぁ…ぁ♪ユウタぁ…ぁ…♪」
「んん…ティエラ…ぁ」

見つめてくれる瞳は潤んで穏やかに私を見つめてくれる。
嬉しくて荒くなった呼吸をそのままに、唇を突き出してキスをした。覚えたての深い口づけで舌を絡ませると蕩ける様な味と胸の奥を満たしていく温かいものを感じる。

「ちゅ…♪…ユウタ、もう一回…」

唇を離してそっと囁くとユウタは静かに頷いてくれる。
そのまま今度はユウタから唇を重ね、私とともにベッドへ倒れ込んだ。

まだまだ契約は、終わらない。










爽やかな風が吹き抜ける草原の中。私とユウタは二人でそこに立っていた。
甘い薔薇の香りを運んで私たちの頬を撫でていく。

「全部咲いた?」
「うん…全部、咲いたよ…」
「そっか。時間がかかったけどこうしてみると壮観だ」
「うん…ユウタと、一緒に頑張った甲斐が、あった…」
「だね」

目の前に広がるのは黒い薔薇の花。一つ残らず花弁が開き咲き狂う薔薇の園。
その中心、全てを見わたすことのできるところでユウタが如雨露を傍らに置いた。
水を得た黒い薔薇は太陽の光の下で輝いてるかのように見える。逆に光を全て吸い込んでいるかのようにも見えた。
闇を切り取り花びらにしたみたいに咲いた薔薇。
ユウタと同じ色。
ユウタと育てた薔薇の花。
それがこうも一面に咲き誇っている様を見るのは嬉しかった。今までは作物や果実を育てて眺めて、時には味見していてもそれはずっと一人でやってきたこと。分かち合ってくれる人なんていない。共に育ててくれる人もいない。
でも今は隣にユウタがいる。
私と一緒にいてくれる大切な契約者がいる。
彼を見た。
黒い薔薇の中に立つユウタはあの夜泣いていた時よりもずっと清々しくて、優しくて、心の底から笑っているように見えた。

「…えいっ」
「おっと!」

私はユウタを押し倒した。
柔らかな草の上へその体は倒れこみ、上から私が抱きしめる。
あの日、初めて契約を結んだ日から毎日重ねていてもずっと感じていたくなる優しい温かさ。固くても心地いい感触に日の光に晒したような匂い。

「ん…♪」

ただ感じているだけで今にもユウタと繋がりたくなってくる。下腹部に疼くような熱が灯り、じわじわと欲望が湧き出してきて、こうして日の下に出るよりもずっと洞窟内で体を重ねていたいと思ってしまう。頭の実が虜の果実に変わってから、蔓がハートの形をとってからその思いはずっと強くなってきた。
だけど、それでも我慢。

「ユウタ…」
「ん?」
「…ちゅっ♪」
「!」

私はそっと愛しい彼に触れるだけの口づけをした。
今は、これで我慢。夜になるまでの我慢。
大切なのはユウタとずっと繋がってることだけじゃない。こうして寝転がったり、一緒に花を育てたり、ただ隣にいるというだけでも大切なんだ。
作物を育てるのも、果実を実らせるのも、花を咲かせるのも同じ。
育てばいいじゃない、実るまでじゃないし、咲けばいいというわけじゃない。
それまで経た時間も大切。
こうやって一緒にいることこそが、大切なんだ。

「んん〜…♪」
「…まったく」

困ったように笑いながらも体から力を抜いて私の頭を撫でてくれる。優しい手つきに私はされるがまま目を細めた。
やはり心地いい。
体を重ねるのとは比べるまでもない快楽だけど、それでも快楽では満たせない温かなものが胸の中に広がってくる。
私はそれを感じながらユウタの顔を見つめた。


「ユウタ…」
「うん?何?」
「薔薇、いっぱい…」
「ああ」
「いっぱい、でも…もっといろんな花、植えたい…」
「頑張るね」
「うん…いろんな花があれば…きっと、ユウタももっと笑ってくれる、から…」

一瞬、手の動きが止まった。
これを言えばそうなることなんてもうわかってる。私とユウタは三日四日の浅い仲じゃない。心を繋げた精霊と契約者なのだから。
だから、わかってる。
止まった理由も、何を気にしているのかも。

「まだ、いっぱい植える…花以外にも、もっと、たくさん…」
「…ティエラ」
「それから…」

私はユウタの手をとってお腹に押し付ける。
今は中に何もないけど、いずれ膨らんでくるだろう場所へと。

「子供も、いっぱい…」
「…」
「私もいるし、私とユウタの子供もいれば…きっと、寂しくないから…ね…」
「…はは、参ったな、こりゃ」

くつくつと笑うようにユウタは肩を震わせた。だけどそれが笑っているからじゃないのはよくわかる。本当に震えてるのは肩じゃなくて小さく呟いたその声だった。

「ごめん、なんか情けない男でさ」
「いい…全然、いい…。嘘をついて、無理して笑ってるユウタを見るほうが、いや…」
「…そっか。ありがとうな」
「ん♪」

ぐりぐりと体を押し付け、腕をユウタの首へとまわす。そのままぎゅっと抱き合い、互いを感じながら二人共々目を閉じる。
黒い薔薇の匂いが香る空間に私とユウタと、私たちの子供のいる風景を夢見ながら眠りに落ちた。





―HAPPY END―
12/11/11 20:43更新 / ノワール・B・シュヴァルツ

■作者メッセージ
ということで図鑑世界編ノームの話でした
犬神家スタイルで畑に現れたこの男
優しいお姉さん的なノームさんに癒されて慰められてそのまま突入…
たぶん彼の精霊との契約は能力うんぬんよりも恋慕でなりそうです

私も優しいお姉さんに癒されたい…

それでは次回もよろしくお願いします!!

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