連載小説
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オレンジ・ペコー 〜香織とお兄さんの話
 そもそもアズサは分かってない。
 恋に恋を重ねていい女になるなら、偲ぶ恋こそ価値があるのに。
 付き合っている相手がいれば勝ち組? バカを言っちゃいけない。そんな奴は自分を磨くと言うことを忘れた怠け者だ。
 かく言う私も恋してる。相手は隣のお兄さん。家がご近所ということで昔からよく遊んで貰ってたけど、最近すごく格好良くなった。改めて気付いた彼は、立派な男の人だったんだ。
 そんなわけで、お兄さんに惚れた私は、ご近所特権を利用して時折お茶に誘うことにした。
 お兄さんにとってもこのお誘いは好都合。なぜならお兄さんはここの店員さんにお熱なの。
 さりげなく、けどしっかりと店員さんを目で追うお兄さん。ごまかしてるつもりだろうけど、私にはバレバレなんだから。
 つまりあの店員さんが私のライバル。本人は私がライバルどころか、お兄さんの恋心にも気付いてないでしょうけど。
 まあ要するに私が言いたいのは「命短し恋せよ乙女」ってこと。
 恋は乙女を綺麗にするっていうけど、あれは間違いないわね。
 お兄さんに惚れてからというもの身だしなみはいつもきちんとだし、お風呂は毎日二回は欠かさず、部屋だって毎日綺麗に片付けを忘れない。
 部屋に呼ぶことがあるのかって? ……ほほほ、ブッ飛ばしますわよ?
 ともかく、いつお兄さんにあっても恥ずかしくない女の子。それが私ってわけ。
「……ええと」
「だからあんたもいい加減積極的になるべきだと思うの」
 アズサに向かって私はズビシと人指し指を向ける。
「……でも、私なんて地味でちんちくりんだし、引っ込み思案だし……」
「デモもストもない。穴掘って埋めるわよ。だいたい私よりも全然見込みあるじゃない」
 アズサはクラスメイトの正樹に恋する私の同士。垂れ目で伏し目がち、私と同じくらい背が低くてやせっぽちだけど、私より少し、ほんの少し胸がある。
 気弱でいかにも守ってあげたい、……人によってはいぢめたいと思わせる容姿をした人間の女の子。
 ちなみに私のことつるぺたって思ったやつ表出やがりなさい。あなたは今とても軽率なことを考えましたわ。
「……そんなこと」
「アリアリの大アリクイよ。あとはあなたが勇気を出して思いを伝えればばっちりだって」
「……やっぱり無理。そんなことありっこないよ。だって正樹君、私と目が合うとすぐに反らしちゃうし、私いっつも怒られてばっかりだし」
 ……まったく素直になれないあいつもだけど、この娘もホント大概よね。
 目が合うってことは正樹の奴があんたを見てるってことでしょうが。怒った後、なんだかんだでいつも正樹はフォローしてるでしょうが。
 何でもかんでも悪いのは自分なんだからタチが悪いのよね。
「だから、もっと自信持ちなさいって言ってるじゃない。そんなんじゃ一生まともに恋なんて出来ないわよ」
「……だって私、正樹君に迷惑ばっかりかけて……」
「だからっ、卑屈になるなっていってるでしょ! 仮にもあんたは恋する乙女なんだから、もっと胸をはりなさいよ!」
 分かってない。ホントに分かってない。そうやって閉じこもってる暇があったら、さっさと自信をつけるべきよ。
 恋する乙女は最強、つまり私たちは最強なの。どうしてそこに気付けないのよ。
「おきゃくさま、申し訳ありませんが、店内ではもう少しお静かにしていただけませんか?」
 店員さんに声を掛けられてここは行き付けの喫茶店だったと気付く。大声を出して立ち上がった私を周りのお客さんが見ていた。
「ごっ、ごめんなさいっ」
 慌てて頭を下げ座り直して店員さんが何者なのか気が付いた。
「うふふ、今日はお兄さんは来てないの?」
 目の前にいたのは憎き恋敵の店員さん。……くっ、私としたことが店員さんの前で醜態を晒すなんて。
「いつもありがとうね、オレンジちゃん」
「……橘です」
 オレンジっていうのは私のあだ名。小学生のころどこかの男子が「たちばなってオレンジの仲間なんだぜ」と言い出したのが始まり。
 名字が橘な私はその日からあだ名がオレンジになってしまったというわけ。
 ……せめてミカンにしろ、日本人だろが。おかげでお兄さんにまでオレンジ呼ばわりなんだぞ。
「私もオレンジちゃんってお友達みたいに呼びたいな〜?」
 ……うわ、なにこの人可愛い。でもお兄さんと同じ呼び方をされるのがしゃくなのでお断り。
「……ダメです」
「……お願い」
「……ダメ」
「……」
「うっ……」
「……ダメかしら橘さん」
 ……なんだろう、名字で呼ばれると急に寂しくなる。そんな悲しそうな顔しないでください。
「……残念だわ。橘さんとはもっと仲良くなりたかったのに」
 ……勝てない。この人すっごい甘え上手。
「……いいです」
「えっ?」
「……オレンジでいいです」
「ありがとう、オレンジちゃん」
 そしてこの可愛らしい笑顔。こりゃあらためて強敵だわ。……でもね
 例え美人さんだろうが巨乳さんだろうが、甘え上手だろうが、お兄さんは絶対の絶っっ対に渡しませんからねっ!
「ごめんなさいっ。私がカオリちゃんを怒らせちゃったのがいけないんです」
 またアズサはそうやって……悪いのは大声を出した私なのに。
「……アズサちゃん、だったかしら?」
「は、はい」
「ちょっとお願いがあるんだけど……」
 お姉さんはにっこり笑ってアズサを見つめていた。


―――
「バイト?」
「そ、バイト」
 お姉さんのお願いは、お店のお手伝いだった。喫茶店の男手が足りないので、アズサと一緒に正樹を釣ってしまおうと考えたらしい。
「私のお気にいりの喫茶店のね。店員さんにえらく気に入られちゃって」
 確かにアズサを捕まえれば正樹が食い付くのは私なら知っている。
 でも二、三回来ただけの私たちの会話からそれを見抜くなんて、……どんだけ出来る女なんですか貴女は。
「……そのバイト先って、男も募集してたりするか?」
「足りてないらしいわ。いつでも歓迎中だって」
「分かった。連れてってくれ」
 はい釣れた。ホントに分かりやすいわよねコイツ。いい加減素直になればいいのにさ。
 放課後の学校を出て葉桜商店街へと向かう。お気に入りの喫茶店『フォックステイル』は学校から見て商店街の一番奥だ。
「……なあ」
「何?」
「ひょっとして『狐の尻尾』じゃないだろうな?」
「そうだけど?」
「うう……」
 『狐の尻尾』こと、『フォックステイル』。店のロゴには両方書かれているので、どちらでも正解。
 『エル・カミーノ』と同じくらい学生に人気の喫茶店。一部ではエルカミか狐かが放課後の合言葉になるくらい学生の知名度は高い。
「どうしたのよ急に」
「あんまいい思い出ないんだよあそこ」
「ふーん。じゃあやめる? アズサのウェイトレス姿見たくないの?」
「…………行く」
 あら、ずいぶん悩んだこと。そんなに行くのがいやなのかしらん。
「無理に来なくてもいいのよ?」
「……いや、あの人が相手だとアズサが、……その、ええと」
「ああ、心配?」
「ばっ、べ、別に心配とかそんなんじゃないし。何かやらかしたら迷惑がかかるだろ」
 はいはいツンデレツンデレ。まるで進歩のないやつめ。


―――
「い、……いらっしゃいませ」
 フォックステイルに着いた私たちを出迎えたのは狐のウェイトレスだった。
 柔らかそうな耳に、ふわふわした尻尾、フリルがふんだんにあしらわれたエプロンドレスに恥ずかしげにうつ向く仕草。
 なんとも頼りなげで思わず抱き締めてしまいたくなる仔狐のようなアズサがいた。
「……あっ、香織ちゃんと、正樹……君」
「来たわねキー坊」
「……どうも、知美さん」
 正樹に親しげに声をかけるお姉さん。
「知り合い?」
「……おう」
「正樹の従姉の知美よ。あらためてよろしくね、オレンジちゃん」
「……うちの親戚の喫茶店なんだよここ」
 なるほど、それで嫌がってたわけね。
「やっぱりキー坊だったんだ。この娘たちがいろいろ話してたのを聞いて、もしかしたらと思ったらビンゴだったわね」
「……やっぱり分かっててアズサを雇ったんだな、知美姉さん」
「さて、なんのことかしら?」
「……あのぅ」
「あら、アズサちゃんごめんなさい。今日からここで働いてもらうマサキ君よ。仲良くしてあげてね」
「は、……はい」
「オレンジちゃんはお客さんかしら? 今日もお兄さんと待ち合わせなんて仲いいわねぇ」
「えっ?」
 今日はお兄さん用事があったはずなのに……
「ほら、あそこ」
 お姉さん……トモミさんが指差した先には確かにお兄さんがいた。お兄さんは私を見ると驚いた顔をした後、ばつが悪そうに目を逸らす。
「じゃあオレンジちゃんはお兄さんとごゆっくり。キー坊、仕事教えるから来なさい。アズサちゃん、しばらくよろしくね」
 言いながらマサキを店の奥に連れていくトモミさん。おろおろしているアズサに取り敢えずコーヒーを注文して、お兄さんの席に向かう。
 お兄さんは申し訳なさそうな顔で私を出迎えてくれた。
「ご、ごめん、予想より早く終わってさ。あの、ここに来たらオレンジと会えるかなって……」
「ウソつき」
「……あー、えっと」
 そんなに慌てなくても大丈夫だよ、お兄さん。
「トモミさんに会いに来たんでしょ。怒ってないよ」
「……ごめん」
 お兄さんがトモミさんのことを好きなのは知っている。だから私は笑顔でお兄さんを許してあげる。
 ふふん、束縛しすぎないのがいい女の条件ってやつよ。
「ケーキおごってくれたら許したげる」
 ……ごめんなさい。私もまだまだ修行が足りてないです。
「……コーヒー、お待たせしたした」
 注文のコーヒーを持ってきた店員さんを見て一瞬固まる。
「……なんだよ、笑えばいいだろ」
 そこにいたのはアズサとお揃いの耳と尻尾をつけた執事風のマサキ。
「……ぷっ、あはははは!」
「ふん、だから嫌だったんだよちくしょう」
 大笑いする私に不機嫌に鼻を鳴らすマサキ。
「どうどう、オレンジちゃん、似合ってるでしょ」
「はい、くくく……ぴったりです。ぷぷっ……」
「……裏見てくる」
「外しちゃダメだからね」
 こんなところにいられないとばかりに奥へ引っ込む正樹。……ちょっとやりすぎちゃったかな。
「それじゃあオレンジちゃん、お兄さんとごゆっくり。お兄さん、またお話聞かせて下さいね」
 ……チクリと胸が痛む。お兄さんはトモミさんが好き。トモミさんとの距離も縮んでいく。
 ……やっぱり私には届かないのかな。お兄さんは私を好きになってくれないのかな。
「オレンジ?」
「あ、うん、なんでもないよ。なんでも」
 ……弱気になっちゃいけない。恋する乙女最強、つまり私最強。
 お兄さんと一緒にいた時間は私の方が多いし、私はお兄さんが好きな食べ物も、好きなことも、好きな物もなんだって知ってるんだから。
「それでねお兄さん、今日はこんなことがあってね……」
 トモミさんには負けない。たとえ妹としか見られてないとしても、絶対にお兄さんを振り向かせるんだから!


―――
 バイクから降りてヘルメットを脱ぐ。同じようにバイクから降りたお兄さんにヘルメットを渡すと、お兄さんはそれをシートの下にしまった。
「お兄さん、いつもありがとうね」
「いやいや、これくらいどうってことないさ」
 バイクが趣味のお兄さんとのタンデム。二人で一つの風になる、学校からの帰り道の楽しい時間。
 お兄さんの水曜日の大学の授業は私と同じくらいに終わるので、こうやってお兄さんのバイクの後ろに乗せてもらっている。
 こうやって家まで送ってもらえるのはご近所の特権。まったく幼なじみ様々よね。こればっかりはトモミさんだって体験してないでしょ。おほほほほ。
「お兄さんは、これからバイト?」
「う、うん。バイト」
「頑張って来てね」
 申し訳なさそうなお兄さんが気にしないように明るく答える。気を遣わせないのがいい女ってやつよ。
 お兄さんのバイト先はエル・カミーノ。出前の配達担当なんだって。バイクが好きなお兄さんにはぴったりの職場よね。
 お兄さんいわく物足りないそうだけど、それでも配達で見掛けるお兄さんは楽しそう。
「いってらっしゃい」
「……行ってきます」
 エンジンを鳴らしながら、お兄さんのバイクは曲がり角へと消えていった。
「……はあ」
 誰に聞こえるでもなくため息を吐いた。
「最近皆付き合い悪いわよね……」
 アズサと正樹はバイトが気に入ったらしく、フォックステイルに通いつめだし、お兄さんも欲しいものがあるからとバイトを増やした。
 おかげで最近の私は放課後ぼっちなのだ。帰り道を歩いているとふと取り残された気分になり寂しくなることがある。
「……ええい、暗くなるの禁止! 帰って恋愛小説でも読もう。恋愛分補充だ! 恋する乙女最強!」
 寂しさを強引に吹き飛ばす。負けるものか! 我は恋する乙女なり!


―――
「香織、悪いんだけどお使い行ってきてくれない?」
「お使い?」
 家で小説を読んでいると、お母さんが台所から出てきた。
「だしの素切らしちゃったのよ。このままだと明日お味噌汁が作れないの」
「わかった」
「ごめんね。お釣りはあげるから」
 そんなわけで商店街へと出掛ける。夕方とはいえまだ明るいので、ぱっと行ってぱっと帰ってくれば暗くなる前に帰れるはず。
 商店街の中にあるスーパーでさくっと買い物をすませて、家へと帰る。……と、商店街の出口で、よく見たバイクが目にはいった。
 見間違えるわけがない。これはお兄さんのバイク。そしてそのバイクの置かれていたのは、フォックステイルの駐車場。
「……お兄……さん?」
 バイトにいったはずのお兄さんのバイクが何でここに……
「知美さん、ありがとうございました」
「いえいえ、またいらしてください。次はサービスさせて頂きますよ」
「はい、また寄らせてもらいます」
「お待ちしてますね」
「……っ!?」
 店のドアから聞こえるお兄さんとトモミさんの声に慌てて物影に隠れる。お兄さんは私に気付かずに、上機嫌でバイクに跨がると家の方へと消えていった。
「……お兄さん」
「オレンジちゃん、どうしたのこんなところで?」
「……っ!」
 トモミさんには気付かれていたらしい。いつもどおりの笑顔と声で、私に呼び掛けてきた。
「……トモミさん」
 喫茶店の店員さんのトモミさんとは雰囲気が全然別物だった。相変わらず素敵な笑顔のはずなのに、何を考えているのか分からなくて少し怖い。
「お兄さんと一緒じゃないなんて珍しいわね」
 ……この人分かってて言ってるの?
「さっきまでここにいませんでしたか?」
 目を逸らすのはなんとなく癪なので、精一杯の虚勢をはってにらみかえす。トモミさんはそんな私を見てさらに笑みを深くした。
「私ね、困った癖があるのよ。つい人の物を欲しがっちゃう癖が」
「……っ!」
「特にその人が大切にしてるものほど、欲しくてたまらなくなっちゃうの」
 間違いない。トモミさんはお兄さんを狙ってる。
「……そんなこと、許しません」
「ふうん? でもお兄さんが私のことを好きと言ったらどうかしら?」
 ……そうだ。お兄さんもトモミさんが好きなんだし、このままじゃお兄さんとられちゃう。……どうしようどうしようどうしよう。
「またお店に来てくれるって言ってるし、楽しみだわ。お兄さんはどっちを選ぶのかしら」
 本当に楽しそうにくすくすと笑うトモミさんに、私はなにも言えずにうつむく。
「さあ、そろそろ帰らないと。暗くなったら危ないわよオレンジちゃん」
 そのままお店に戻って行くトモミさんを見送って、とぼとぼと家に帰るしか私には出来なかった。


―――
 昨日はあまり眠れなかった。目をつぶると瞼の裏でお兄さんとトモミさんが抱き合う。そのまま折り重なって唇を重ね、一つになっていく。そんな想像が頭から離れない。
 お兄さんがトモミさんのところに行っちゃったら、もう今までみたいに一緒にいられなくなる。そんなのやだ……
 でもお兄さんはトモミさんのことが好きで、私は妹としかみてもらえてなくて……結局私にはどうすることも出来ない。
 考えがまとまらないまま、とぼとぼと学校へと向かう。
 ……大好きな人の一人振り向かせられないなんて、何が恋する乙女最強だ。とんだへなちょこじゃないか。
「……カオリちゃん」
 後ろからアズサの声がした。通学路が途中から同じなので正樹やアズサとはよく登下校が一緒になる。
 アズサにこんな顔見せられない。いつもどおりの調子で私は振り向く。
「ああアズサ。おは……よ……う」
 そしてアズサの姿に目を疑った。真っ赤な首輪がその細い首にかけられていたのだ。
 まるで誰かの所有物だとでも言わんばかりに巻き付いて、すごくいらやしい。
「……なに……それ」
 なにも言えずにぎゅと目をつぶりうつむくアズサ。
「どういうことか教えてやれよこの変態」
 アズサの隣にはいやらしい笑みを浮かべた正樹がいた。声を掛けられたアズサはひくりと体を震わせる。
「……お願い。説明……させないで」
「まだ素直になれないのかよ。昨日散々叫んでくせに」
「でも、カオリちゃんには……」
「いい機会じゃないか。親友に自分がどんな女か教えてやれよ」
「……」
 友人に対するひどい言葉にわたしは呆然とするしかなかった。
「命令だ。自分がどんな女か香織に詳しく説明しろ」
「……はい」
 震える手でスカートの裾を掴みゆっくりと持ち上げると、そこを包んでいるはずの布は無く、淡い陰りに覆われた割れ目が顔を覗かせる。
「っ!? アズサ……あんた……」
「わたしは……命令されて下着を穿かずにいることに興奮してしまう……ドスケベな牝です……今カオリちゃんに見られて……すごく……ドキドキして……オマンコがびしょびしょになってます」
 蚊の鳴くような声で恥ずかしさに震えながらいやらしい告白をするアズサの割れ目は、言葉通り愛液でぐっしょりと濡れていた。
「そういうことさ。俺に恥ずかしいことを強要されて濡らしてる、根っからの変態だよこいつは」
「……」
 真っ赤な顔で目を伏せるアズサ。こんな形で正樹と一緒になるなんて望まなかったろうに。
「……最低」
 わたしの言葉を気にしたわけではないのかにやにや笑いを崩さない正樹。
「最低か。……そうかもな」
「そんなことない」
「アズサ……?」
「マサキ君は優しいもん! なんでそんなひどいこと言うの!? マサキ君のことを悪く言うならカオリちゃんでも許さないからっ!」
 その剣幕に私はしばらく呆然としたみたいだった。あの大人しいアズサがこんなに強く怒鳴るなんて……
「……どうして」
 驚き、悲しさ、悔しさ、いろいろな物が浮かび上がって、胸が苦しい。目頭が熱くなっていく。
「……あ」
 驚いた顔で私を見るアズサ。その顔がくしゃりと泣きそうに歪む。
「っ!」
 もうここにいられなかった。アズサに泣かされた。それがすごく悔しくて惨めで、アズサのそばに居たくなかった。
 涙が見えないように顔を伏せて走り去る。後ろから何が声が聞こえた気がしたけど、もう耳を傾けるつもりなんてなかった。


―――
「……学校、さぼっちゃった」
 公園のベンチにうずくまるように座ってひたすら泣いた。
 悔しかった。あんな扱いを受けてもアズサは嫌がっていなかった。形はどうあれ、マサキのものになれた。それが悔しかった。
 どうしてお兄さんを振り向かすために必死な私が上手くいかなくて、受け身なアズサに恋人が出来るのか。
 心のどこかでアズサよりも私は上だと考えてたのかもしれない。恋に向かい努力している自分はアズサよりも女の子なんだと。
 それがあんな風に否定されたのがたまらなく悔しかったんだと思う。
「……嫌な女」
 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、少しだけ心が晴れた。
 反省するだけいいじゃないか。自覚することがいい女への第一歩だ。
「っと、メール?」
 時間を確認しようと携帯を取り出すと、メールを受信していたことに気付く。送り主は……正樹?
『さっきは悪かった。こっちにもいろいろと事情があるんだ。アズサも謝りたいって言ってる。仲直りしたいと思うなら、放課後狐の尻尾に来てくれ。頼む』
 携帯が示す時刻は昼過ぎ。学校に行くのは遅すぎるけど、放課後には早すぎる。お父さんもお母さんも、今日は夕方まで帰らない。
 ここは一つ、家に帰って美味しいものを作って食べよう。それからフォックステイルに突撃だ。


―――
「……はあ、……はあ」
 荒い呼吸を抑えながら入り口に向かう。フォックステイルに近づくにつれて心臓が大きく跳ね始め、呼吸も乱れて来た。
 多分緊張してるのだと思う。アズサに対して密かに持ってた優越感を自分の目の前に晒されて、これまでと同じようにアズサと付き合えるのか。
 それがひっくり返って劣等感となってしまった今、アズサと一緒にいられるのか。そう考えるとさっきの決意が鈍る。
 それでも今のまま、嫌な女で終わりたくない。深呼吸をして店のドアに手を伸ばす。
 ―――……んっ、あんっ
「っ!?」
 突然耳に飛び込んできた喘ぎ声。店の奥の方から聞こえたその声はものすごく小さい。ワーラビットでなければ聞き逃していただろう。
 ―――……ああっ、ダメなのに
 ―――……少しくらい堪えろよ淫乱め
 その声の主がアズサと正樹だと分かった次の瞬間に私は店の中に飛び込んでいた。
「あらオレンジちゃん。……ごめんなさいね、今日は貸し切りなの」
 目の前にはどこか作り物めいた笑顔のトモミさんがいる。まるで私が来ることが分かっていたみたい。
「アズサと正樹は?」
「今日はお休みよ」
「正樹からここにいるってメールが来ました」
「あら、そうなの? おかしいわね」
「ワーラビットの聴力をなめないで下さい! 二人の声聞こえてます」
「あらあら、ばれちゃったかしら?」
 くすくすと愉快そうに肩を揺らすトモミさん。
「アズサちゃん、キー坊、かくれんぼは終わりよ」
 トモミさんが言い終わるのと同時に、お店の奥からアズサと正樹が出てきた。
「……そんな」
 思わず目を見開く。アズサは正樹に向かい合う格好で抱えあげられていた。腰は完全に密着していて、二人が何をしているのかがはっきりと分かる。
「……カオリちゃん、私、おかしくなっちゃった。こんなところ見られちゃいけないのに、恥ずかしいことなのに、私、……やめられないの。マサキ君から離れられないの……」
「アズサ……」
 羞恥に顔を真っ赤に染めて、それでもアズサは正樹から離れない。それどころかがっちりと正樹の身体にしがみついてお尻をゆるゆると前後に揺らしている。
「アズサだけじゃない。俺もアズサのこんな姿を見ると歯止めが効かなくなるんだ。……こんなふうに」
 アズサを抱えていた正樹の片腕が振り上げられ、勢いよくお尻に叩き付けられる。
「ひぃん!」
 平手打ちの音に少し遅れて漏れるアズサの悲鳴は、痛みの以外の物が交じっているように聞こえた。
「叩かれて痛いだろうに……」
「ひぁっ」
「気持ち良くて恥ずかしがるアズサが……」
「ひぅっ」
「腹立たしくて、いやらしくて、可愛くて……」
「ふあんっ」
「苛めずにはいられないんだ」
「ひあぁぁぁぁぁぁっ!」
 正樹がひときわ強くアズサのお尻を叩くと、アズサは叫び声をあげながら身体を震わせる。
「くうっ!」
「……あっ、……ああっ」
 それにつられて正樹もイったらしい。身体を反らし腰を突き上げてアズサのオマンコのさらに奥へとペニスを潜り込ませる。
 精液を撃ち込まれたアズサは口を開けたままヨダレを垂らして呆けている。時折漏れる喘ぎ声がすごくいやらしい。
「どうかしら、オレンジちゃん」
 トモミさんが耳元で囁く。
「甘酸っぱい思春期の恋愛も素敵だと思うけど、私たち魔物が楽しむのはこういうものだと思わない?」
 顔が熱い。喉がからからに渇く。心臓が痛いくらいに跳ねる。頭が回らない。
「ははは、見ろよアズサ。カオリが呆れた顔してお前を見てるぞ。」
「あはぁっ、……カオリちゃん、私おかしいよね。……ひぃっ! 真っ赤になるまで叩かれてるのに私、……くぅん! お尻がじんじんして、すごく気持ちいいのぉ!」
 二人のセックスは更に激しさを増していく。アズサはもう半狂乱になって、ヨダレを吹きこぼしながらいやらしい言葉を叫んでいた。
 もし、お兄さんとあんな風になれたら……
 ごくりと喉が鳴る。お兄さんにああして抱えあげられて、自由を奪われたままオマンコを突き込まれる。そしてその奥にお兄さんの精液がたっぷりと詰め込まれて……
「……あっ」
 下半身に感じた刺激に我に返ると、自分の手がオマンコを弄っていた。手を離そうとしても、目の前の光景にカラダの疼きが止まらない。いやらしいことをしてる友達から目が離せない。
「……んっ、……ふぅっ」
「おいおい。カオリの奴オナニーしだしたぞ。どうだよアズサ。親友にオカズにされるのはどんな気分だ?」
「は、恥ずかしい、……恥ずかしいよぅ……」
「こんなに締め付けといて何が恥ずかしいだよ、このド変態!」
「はひぃっ!」
 パシンと音を立ててアズサのお尻が叩かれる。アズサはもうそれを痛みに感じてはいないようで、身体を震わせて喘いだ。
「よく見せてやれよ。お前のマンコがどれだけ発情してるかをさ」
「い、いやっ!」
 正樹がアズサの身体をひっくり返して、幼い子供におしっこをさせるような格好にアズサを担ぎなおす。
 アズサは嫌がっているような口ぶりをしながらも抵抗せずに、それどころか妙に協力的にその格好を受け入れているようにも見える。
 大きく開かれた両足の真ん中にあるアズサのオマンコは、その細い身体と同じように小振りな印象なのに、今はぱっくりと開いていていやらしさが際立っている。
「……うっ、……ううっ、……ううんっ、……うふぅ」
 悲しげな泣き声はすぐに喘ぎ声に変わって、オマンコはひくひくと忙しなく動き回っていた。
「……ああ、……くうんっ」
 アズサに合わせるように口から喘ぎが漏れる。口ばかりでなく、オマンコもくちゅくちゅといやらしい音させて、昇りつめていく。
「……ふぅっ、……ふああ、……あはぁっ」
「……あくぅ、……くふぅ、……うふぅん」
「うふふ……やっぱりカオルちゃんはこっちの方が可愛いわ。……そう思わない? ねえ、お兄さん?」
 ……え?
「そんな風に眺めてるだけでいいのかしら? 可愛い可愛いカオルちゃんをもっと可愛くしてみない?」
「……嘘」
 お兄さんが目の前にいる。血走った眼で私を見ている。
「だっ、だめっ」
 あわてて手を止めてオマンコから離そうとする。だけど一緒だけ手を止めるのが精一杯でオナニーは止まらない。
「くうぅ……、やだっ、止まって! 止まってよぅ」
 恥ずかしい姿をお兄さんに見られている。はしたないことなのに、いけないことなのに、止まらない。止められない。
『いけないこと? どうして?』
 だってこんなこと……
『好きな人に身体を見せることが、どうしていけないことなの?』
 ……それは
『お兄さんが好きなんでしょ? だったら何の問題もないじゃない』
 ……そう、なの?
『そうだよ。本当は分かってるんでしょ? お兄さんにおっぱいを揉んでもらって、お兄さんのよだれで顔をべたべたにしてもらって、お兄さんのオチンチンで私のお腹をいっぱいにしてもらいたいって』
 ドクン、と心臓の鼓動が身体中に響いた。手足ががくがくと震えて、目がちかちかする。お腹の奥が熱くなってどくどくと疼く。
 弄りっぱなしのオマンコからは恥ずかしい汁がだだ漏れになって、ぴちゃぴちゃとねばついた音を響かせている。
『欲しいんでしょ、お兄さんのチンチン』
 ……でも、そういうのは恋人同士ですることだし。
『だったらいいじゃない。今から私とお兄さんは恋人になるの』
 ……恋人に、なる?
『そ、お兄さんに初めてをあげちゃえば、晴れて私とお兄さんは恋人同士』
 ……そうかな?
『そうだよ。だから、ね』
 頭の中に響く声に従ってあれだけ止まらなかった手がピタリと止まる。
 ふらふらと歩み寄ると、お兄さんは少し乱暴にわたしを抱き寄せた。
 お兄さんの体温が、お兄さんの匂いが、お兄さんの吐息が、お兄さんの心音が、わたしの心を激しくかき乱した。
「ふふっ、さあカオリちゃん、お兄さんにして欲しいことがあるんでしょ。どういう風にして欲しいの?」
「……え?」
「アズサちゃんみたいに乱暴に? 犯されているみたいに激しく? 恋人がするみたいに情熱的に? お気に入りの小説みたいに甘く?」
「……あ」
 トモミさんの言葉に、何度も読み返して思い描いたシーンが浮かんでくる。お兄さんの腕に抱かれて私はその物語のヒロインになっていた。
 たっぷりと情欲を孕んだお兄さんの熱い息を感じながら私は顔をあげお兄さんを潤んだ眼で見つめる。
 お兄さんは一瞬ぼんやりした目で私をみてからはっとした表情を浮かべた。……お兄さん、わたしに見とれてた。嬉しい。
「お兄さん」
 自分でも驚くくらいに蕩けた声が出た。そのまま少しあごを突きだして目を閉じる。とても長くて短い暗闇で、唇に柔らかい物が触れた。
 お兄さんの体温が伝わってくる。背中に回された手が、背中と頭を撫でてくれて気持ちいい。
「……あ」
 ぴったりと密着したことで、お兄さんのオチンチンがお腹の下にあたっていることに気が付いた。恐る恐る触ってみると、お兄さんの身体がぴくりと跳ねる。
 服越しなのに手にじんわりと熱さが伝わってくるような気がした。
「香織?」
 驚いて唇を離したお兄さんが、私を見つめる。もう一度オチンチンをなでてあげると、何かを我慢するみたいな切なそうな顔をした。
「……可愛い」
 すごくいやらしい顔になっているのが自分でも分かる。オチンチンをぱんぱんにして、真っ赤な顔で気持ちいいのを我慢してるお兄さん、可愛くて仕方ない。
 ……でも、これじゃ足りない。
「あっ……」
 オチンチンから手を離すとお兄さんは残念そうな声をあげた。そして、はっとした後恥ずかしげに顔を伏せてしまう。
「ふふ……」
 その様子がおかしくて思わず笑ってしまうと、お兄さんはさらにばつが悪そうに縮こまった。
「気にしなくていいよ、お兄さん」
 お兄さんのズボンのベルトをゆるめて留め具を外すとズボンがずり落ちる。
「お兄さん、わたしとしたいんだよね?」
 続けて下着を一気に引き下ろすと、オチンチンが元気いっぱいに飛び出した。
「わたしもお兄さんとセックスしたいから」
 お兄さんは驚いた顔で固まっている。
 さっきよりもゆっくり手を伸ばしてオチンチンに手を触れた。
 ……熱い。火傷しそうなくらいの熱が身体へと伝わり、そのまま融かされてしまいそう。
 思考回路はとっくに焼き切れて、オチンチンをオマンコに入れることしか頭になかった。お兄さんの首に手を回して背伸びをして片足をあげる。オマンコがオチンチンと同じ高さに来た。
「あっちの二人みたいに、しよ?」
 お兄さんの荒い呼吸が耳にかかって、それだけでイってしまいそうになる。
「……いくよ」
 お兄さんの腕が腰に回されたのを確認して、一気にお兄さんに飛び付いた。
「ああああぁぁぁぁっ!?」
 痛みというには優しく、快感というには激しい。そんな刺激に私は身体を強ばらせて固まってしまった。抱え上げられた私の膣中にお兄さんのオチンチンが隙間なく埋っている。
「うふふ、おめでとうオレンジちゃん」
「……あ……あ」
 トモミさんが何かを言ったが聞こえない。身体が動かない。耳鳴りが頭を揺らす。感覚は全て子宮に持っていかれてしまった。
 どのくらいそうしていたかは分からない。気が付くと口の回りを暖かい何かが這い回っていた。
「……あ」
 目の前にはお兄さんの顔が大きく映っている。お兄さんの唇が私の口の回りを撫でていた。
 それが分かったのと同時にお兄さんの唇に吸い付く。ぴちゃぴちゃと舌が絡み合う音が耳に大きく響く。
 ……なんて幸せなんだろう。始めからこうしてればよかった。そうすればこんなに悩むことなんてなかったんだ。
 お兄さんと舌を絡め合わせていると微妙に身体が揺れて、オマンコを擽るようにオチンチンが動く。
 思わずむずかかるように腰をくねらせるとそれがさらにむず痒い気持ちよさになって、今度は反対の方向に身体をひねる。左右に繰り返し揺れてしまう身体に、私の性感はじわじわと押し上げられていった。
 その刺激はお兄さんにも伝わったらしく、私を抱えたまま腰を前後に揺らした。オチンチンも時折中で震えて、予想外の刺激を与えてくる。
 嬉しい。嬉しい。嬉しい。お兄さんと一つになって高くまで昇っていけることに身体中が悦んでいる。
 こんなにも幸せで、こんなにも気持ちいいことは生まれて始めてのことだった。
「お兄さん」
 ……わたしは
 ……お兄さんを好きになって
 ……とてもしあわせです
「……大好き」
「……くうぅ、……うわあああぁぁぁぁっ!」
 次の瞬間、お兄さんの私を抱き締める力が強くなって、オチンチンがオマンコの奥深くへと潜り込んだ。
「きゃっ、はああああぁぁぁぁ!」
 お腹の奥に熱くてねばねばした物が流れ込んでくる。ものすごい量のねばねばがお腹の奥に打ち付けられて、あまりの気持ちよさに絶叫する。
「あらあら、すっかり蕩けた顔になっちゃって」
 ……あ、れ? トモミさんの頭から耳が、背中には尻尾も……ひょっとしてトモミさん……
「あら、まだまだ元気みたいねお兄さん」
「……ああぁっ!? ……ひいいいぃぃぃぃ!」
 お兄さんが急に腰を突き上げ、さっきと同じくらいの量の精液が私の子宮に吐き出される。
「……あ、……ごおおおおぉぉぉ!」
 ずっぽりとはまり込んだオチンチンがフタになって、精液はおなかに貯まる一方で、
「……うぐっ、ぐううううううっ!」
 お兄さんは何度も腰を突き上げてそのたびにすごい量の精液が子宮に入り込んできて
「……かはっ、……かふっ」
 たぷたぷになった子宮の壁を精液がなめるようにころがる。オチンチンが子宮口をぐりぐりとえぐる。
「……ふうっ、……あはっ、……はああああああぁぁぁ」
 それでもお兄さんは止まらない。おなかはぱんぱんにふくれて、目も口もげんかいまで開いているのに何も見えない、声も出せない。
 子宮だけがどんよくにお兄さんのオチンチンをしめつける。……わたしのからだ、ぜんぶしきゅうになっちゃったみたい。きもちよすぎて、もう、なんでもいいや。
 ……もっと、もっとおにいさんのせいえきください。ぜんぶ、ぜんぶのむからぁ……かおり、しきゅうだからぁ。……からだぜんぶしきゅうだからぁ……
 ……あんっ、またきたぁ。おにいさんのせいえき、きたあぁぁ。
「ふふふ、オレンジちゃんとても素敵よ」
 トモミさんの声を聞きながら私の意識は真っ白になっていった。


−−−
 目を覚ますとお店の長椅子に寝かされていた。ぼんやりとした頭に楽しげに談笑する声が聞こえる。
「……起きたかい」
 頭の上から掛けられた声に見上げると、お兄さんが優しく微笑んでいた。私の頭はお兄さんの膝に乗せられて、お兄さんの手に撫でられている。
「……ごめんね」
 申し訳なさそうなお兄さんに首を振って答える。……ずっと私が望んでたこと。恋することだけに夢中で気が付かなかったこと。
 お兄さんと一つになる、それが叶ったんだ。喜びはあっても悲しむことなんて何一つない。
「……どうしても悪いと思ってるなら、私を恋人にして」
「……香織」
 お兄さん、私を名前で呼んでくれた。嬉しい。
「お兄さんっ!」
 思わず起き上がってお兄さんに抱き付く。膝枕は惜しかったけど、これからもっとしてもらえるし、それよりも今は……
「お兄さん、だ〜いすきっ!」
 ぎゅっと身体を押し付けるとお兄さんも抱き返してくれた。お兄さんの匂いに包まれているみたいで気持ちいい。
「あらあら、仲良しパワーアップって感じね」
 振り返るとトモミさんが隣のテーブルに座っていた。頭に狐の耳、お尻にふさふさとした五本の尻尾を生やして、にこにこと笑っている。
 ……トモミさん、妖狐だったんだ。
「あ、お姫さま起きたんだ」
「いやぁ、素敵だったわよ。私の恋バナコレクションがまた一つ増えたわ」
「流石はトモミが目を付けるだけありますね」
「ええ、ええ。若い頃を思い出しますわ」
 トモミさんの他に四人の魔物さん、順番にゴースト、メロウ、ダークエンジェル、カラステング。そしてマサキとアズサもテーブルに座っていた。
「ああ、オレンジちゃんは初めましてだったわね。この娘たちは私のお友達なの」
「『奉福絶糖ラブメーカーズ』リーダーのシズです。初めまして」
 童顔のダークエンジェルが頭を下げる。……ほうふく、なんだって?
「早い話が気になる子たちをくっ付けちゃおうって集まり。あ、恋バナ担当のハルよ」
 よく見ると足のあるはずのところには魚の尾ひれ。……どうやって陸に?
「足? 魔法でちょちょいってね」
 ……そうですか。
「はいはいは〜い、妄想担当のアカリで〜す。マサキお兄ちゃんとアズサお姉ちゃんが恋人になるように頑張ったんだよ」
 正樹が頬を染めながら苦笑いをする。一体何があったんだろう。……ってあれ?
「アズサ、どうしたのそれ?」
 アズサの回りにもやもやが渦巻いている。それはちょうど狐の耳と尻尾の形になっていて、まるでトモミさんと同じ妖狐になったみたいだ。
「彼女はキツネツキという魔物になったのです。妖狐が生み出した狐火という魔物が、人間に取り憑いてしまうとこうなるのですわ」
「アズサちゃんが可愛すぎてついうっかり狐火を……てへっ」
「トモミのうっかりにも困ったものです」
「ごめんなさいシグレさん」
「謝るならアズサちゃんでしょうに」
 シグレと呼ばれたカラステングはトモミさんをにこにことたしなめてる。……ひょっとしてわざとなんじゃ
「……カオリちゃん」
 隣の正樹に隠れるようにすがり付くアズサ。その顔は叱られた子供みたいで、とても庇護欲をそそる。
「アズサ、ごめんね」
 自然に出た言葉にアズサは目を見開いて大粒の涙をこぼす。隣の正樹がアズサをあやすように撫で回した。
「だから言っただろ、大丈夫だって」
「……だって、……だって、ふぇぇ……カオリちゃんが、カオリちゃんにぃ……えぐっ、わたし……わたしぃ……ごめんねカオリちゃん、……ごめんね、ごべんねぇぇぇ!」
「分かったから。ほら、落ち着けって」
「ふえぇぇぇ……まさきくぅん」
 普段ではありえないテンションで大泣きするアズサに呆気にとられる。なんというか、妙に幼く見えるような……
「……魔物になってからずっとこんな感じなんだよ。べったり甘えて離れないんだ」
「キー坊も満更ではなさそうよね。何でも言うことを聞くのをいいことに、好き放題いじめちゃって」
「なっ、そ、それはアズサがしたいって言うからで……」
「はいはい、そういうことにしておくわ」
 なんだかんだでアズサと正樹も仲良くやってるみたい。というかアズサ……Mっ気あるとは思ってたけど。
「さてと、これでまた一つ恋が実ったわけですが」
「私のコレクションはまだまだ満足出来る量じゃないわ。目指せ千夜一夜恋物語」
「うんうん。あたしも美味しい妄想もっと食べたい」
「そろそろ新しい情報も増えてきましたし」
「そこでカオリちゃん、モノは相談なんだけど……」


―――
「それじゃあそろそろ閉店だね。今日もお疲れ様」
「はぁい」
 トモミさんの旦那さんである店長に答えて入り口の札をひっくり返す。時間は8時、外はすっかり暗くなってるけど、夜はまだ始まったばかりの時間にフォックステイルは閉店する。
「どうだい香織ちゃん、そろそろ仕事には慣れた?」
「ええ、まあ」
 トモミさんのお願いは、フォックステイルでのアルバイトだった。
 なんちゃらラブメーカーズの活動に専念するためにわたしとアズサをここに引き込んで、看板娘の穴を埋めようという魂胆だったらしい。
 アズサも正樹もお兄さんもわたしも、まんまとトモミさんの手の中で踊らされていたわけだ。
 ちなみにお兄さんがフォックステイルに頻繁に来ていたのは、わたしのことでトモミさんに相談するためだったとか。
 お兄さんもお兄さんでわたしのことを意識していたけど、妹みたいなわたしにその気持ちを打ち明けるのをためらっていたんだそうだ。
「オレンジちゃんは恋愛小説に感化されすぎなのよ。お兄さんはオレンジちゃん好き好き〜だったのに、勝手にわたしをライバル扱いしてお兄さんの気持ちに気付かないんだもん」
 ……う〜ん、言われるまで気付かなかった。確かにお気に入りの小説に似たシチュエーションがあったかも。
「……お疲れ様、カオリちゃん」
「おー、香織お疲れ」
 正樹とアズサも今じゃ立派にフォックステイルの一員。最近ちょっと雰囲気が変わった。
 正樹は妙にかっこよく爽やかな感じになったし、アズサも弱気と言うよりは大人しく清楚な大和撫子のオーラを振り撒く魅力的な女の子になった。
 見た目は典型的な美男美女のカップルなんだけど……
「……あまり振動上げすぎないようにね。それ、ワーラビットには聞こえてるから」
「や、やっぱりぃ?」
 やっぱりぃじゃねぇわよ! わざとかよこのナチュラルボーンマゾヒスト!
「だから言ったんだ。それとも気付かれてるのを知ってて発情したのか変態?」
「あん、マサキ君のいじわるぅ」
 S男とM女のどうしようもない組み合わせ。正樹は否定してるけど、どう見ても、……ねえ。
 ……どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。
「はいはい、お二人でしっぽりしやがって下さいませ。戸締まりは任せたわよ」
「あいよ」
「は〜い」
 まあ、これはこれで一つの形か。ほどほどにして欲しいとは思うが、なんとかなってるし、わたしもわたしで人のことは言えないし。
「香織」
「お兄さん、お疲れ様」
 わたしもわたしでお兄さんとラブラブでちゅっちゅな生活を楽しんでる。お兄さんのバイトはあいかわらずエルカミだけど、わたしがバイトを終える時間に必ず迎えに来てくれる。お兄さんのバイクのタンデムシートはもはやわたしの専用席だ。
「今日はどうだった?」
「まあまあかな。バイトの子が一人やめたからちょっと忙しくなったけど、一人また魔物の娘が入ってきてね」
「……そうなの?」
「大丈夫だって。すでに彼氏もち、と言うよりあれは押しかけ女房かな」
「……ふーん」
「もー、あまりいじめないでよ。僕は香織一筋なんだから」
「じゃあ今日も一緒に寝てくれる?」
「分かったよ。眠れるかは分からないけど」
「寝かしませーん。一晩中私のことを愛してるって言ってもらいます」
「……参ったな」
 学校に行って、バイトして、お兄さんといちゃいちゃして、そんな毎日がとても幸せでしょうがない。
 フォックステイルのバイトも楽しくなってきたし、卒業したらずっとあそこで働くのも悪くないかも。トモミさんに頼めばオーケーしてくれるかな?
「ねえ、香織」
「なあに、お兄さん」
「帰ったら紅茶淹れてくれない? 香織の淹れた紅茶気に入ったよ」
「ふふふ……いいよ。わたし特製のオレンジペコー御馳走しちゃう」
「楽しみにしてるよ」
 オレンジペコー。紅茶の用語らしいが本当の意味は知らない。だけどそんなことはどうでもいい。オレンジたるわたしが淹れたお茶なんだから「オレンジペコー」でいいじゃないか。
 お兄さんも大好きオレンジペコー、フォックステイルに寄ったら是非ご賞味あれ。
 夜の帳の下お兄さんに抱きつきながら、嬉しそうに紅茶を飲むお兄さんの顔を思い浮かべていた。
12/05/22 00:41更新 / タッチストーン
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■作者メッセージ
こんばんは。ここからまさかの三部作予定、タッチストーンです。
本当なら店主はワーキャット、店名はワイルドキャットだったはずなのに、どうしてこうなった。
実際のヒロインは人間、ワーキャットの店長さんにほれたお兄さんをあなたに渡しません(キリッ
そんな話だったはずなのに……
あれよあれよと言う間に狐さんがでしゃばってしましました。
これも全部狐じゃ、狐の仕業じゃ!
次回はあずさと正樹の話ができる様にしたいなあなんて思ってみたり、オレンジペコーが想像してたのとはまったくの別物ですごく焦ったり。
ともあれ毎度のことながら遅筆ですが楽しんでいただければなにりです。
それでは。

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