連載小説
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オタマジャクシの呼び声
「あ〜〜...今日もあっぢぃわぁ...」
何時もの登校、都市開発に乗り遅れたかのような小さな商店街を抜け、遠くまで広がる田畑を右手に構えた通学路で歩みを進めながら、昨今の異常なまでの暑さに対し呪詛のように呟く。

同じ道を歩む同学年のクラスメート達は皆あの忌々しい板、スマートフォンを弄りながら前方さえ確認が取れてるか怪しい足取りで歩いている。飛び交う話題もその板にスクリーンされた表示物に関する事で持ちきりだ。

世間様じゃ知事の誰かが任期を終えた、後釜に何方かが着任した等々で右に行ったり左に行ったりするらしいのだが、生憎勉学を生業する私達の立場ではそんな規模の話をするのは会話としてナンセンスというもの。
専ら流れる話題と言えばやれ愉快な企画で一躍脚光を浴びたイケメンヨーチョーバーだの、際どい衣装を来た可愛らしいアニメの女の子が、ゴールデンタイムに似つかわしくないコマーシャルをするスマートフォンゲームの攻略法だのがクラスメートの間で飛びかっている。

...が、私こと鷲川 里依紗(わしかわ りいさ)はスマートフォンを持ってない。
もっと言うと家にはパソコンすらない。
未だ黒電話という現代の骨董品の類いに含まれかけている家電が我が家において第一線を張っている。お陰で世間様の娯楽は大幅に制限され、通販さえもたまにリビングに置いてあるカタログからしか出来ないのである。

別に我が家が突き抜けて貧乏というわけではない。確かに私の実家があるひなびた商店街一角は、駅近くに出来たスーパーのお陰で客足は思わしくない現状だが、私が学生たらしめる為の学費と日々の生活費は充分に捻出出来るほどには繁盛しているらしい。

ならば何故と焦点を絞ると、買えない、ではなく必要ない、と言い切る頑固者の父のせいだ。凝り固まった黒かびのように頑固な性格で自分の信ずる物のみを主軸とし、電子上での経営戦略等々は一切行わない。必要な情報も求人も商店街のコミュニティー内で巡回しているし、家計簿も帳簿もまだ紙と電卓で全てが賄える。それより各種アプリを入れて覚える方が億劫だ、だからスマホは必要ないと豪語している。
そういった過剰なまでの不要論を平気で家族間にも押し付けるものだから、とばっちりを見事に被っている私も連絡手段は折り畳みすら出来ないガラケーとなっているのだ。

「はぁ...」

故にと、責任の全てをスマホに押し付けるわけではないが、高校2年生という、一番青春に花を咲かせ今後の人生において最も語り草になろうという時期に無慈悲なるボッチ。
別に深刻な問題というわけではない。というのもうちのクラスは皆人柄が良い人ばかりで虐めやその類いは全くと言って良い程無い。ただ、話題が続かない故にあまり触れられないというだけなのだ。

とりわけ社交性があるわけでも一芸に秀て脚光を浴びる事が出来るわけでもない。自分が捻り出せる話題と言えばお祖母ちゃんから少し習った手芸の技法と今や少しずつ形骸化していってるテレビのバラエティをかじった程度だ。
だが今のところウチの小さな高校ではその少ない持ち札で共感を得れた人間は一人もおらず、皆揃いも揃って薄く四角い板をテチテチと叩きながら仲間とバカ騒ぎしているので付け入る隙も何もあったものじゃない。

なので今日も今日とて夏用にスパッと短くしようとしてるセミロングの髪をいじくりつつ、道行く時に想いを馳せるは、朝食にいただいた納豆の一人食レポと、遠巻きに見つめるクラスのイケメンの顔立ちという後ろ向きな幸せを浮かべ、この暑い中をのたのたと歩いている。






...いたのだか

今日の通学路はいつもと違った。

何か...いる?田んぼの中央辺りに、何か蠢くものがぼんやりと見える。
回りの皆は友達と喋ってたりスマホを弄ってたりで気付いてないみたいだ。
何だろう、この時期は水の管理と害虫駆除に近所のおじさんが夕過ぎ珠に出てくるくらいでこんな朝からはいない筈。それにシルエットはどうにも緑っぽく見える。それこそ注視しないと保護色で隠れてしまうくらいに。

泥棒...とかでもないよね、さっきからうねうね動いてるだけだし。
もしかして宇宙人!?緑色のエイリアンかなにかだったりして!写メでも撮ったら物珍しさにひょっとしたらテレビに取り上げてもらえるかも!

カメラ、カメラ...簡単操作だからすっと出るなぁ。
よーし...えいっ!

...画質荒い、ガラケーのおまけみたいな写メ機能じゃあこんなものかぁ...

ようし、こうなればもっと近づいて撮影して有無を言わさぬ決定的な画像を収めてやるぞぅ!
とりあえずは回りの皆が通りすぎるのをそれとなーく待ってよーっと。



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...大分捌けてきたね、忘れ物取りに行くフリしてフラフラする演技もちょっとキツかったわ...
登校にはある程度余裕あるからパパッと撮れば遅刻も無い筈!
さぁてローファーと靴下脱いでっと...よいしょ 

      トプン

うう〜、ぬるい感触が足に〜〜、うへぇ〜〜...こんな体験したの幼少期の泥んこ遊び以来だってぇ...
いやいや、これも人類の為、特ダネの為!泥も未知でも何のその!
いざ!鷲川!行きます!!




チャプ...
 チャプ...
なるべく稲を踏んづけないようゆっくりゆっくり...ぅひぃぃ、蚊が多いよぉ...足も歩く毎にでろでろしてるしぃ...これも奇跡の1枚の為ぇ、何のその〜...ううぅ...




チャプ...
 チャプ...
気持ち悪いのも我慢して、水の音もあまり出さぬようそろりそろりと...姿見せぬよう少しずつ...遠いなぁ...
一瞬だけ私なにやってるんだろっていうのも脳裏に過っちゃったよ...これでただの緑の服来たおじさんだったらむしろと逆上しちゃうかもしんないわ...
頼むわよ〜週刊誌レベルのネタにはなってよね〜...



チャプ...
クチュ...ヌチュルゥ...

...あれ?近づくにつれて何やら別の音が...
ただの水じゃ...無い、何か粘度が少しあるねばっこい水の音が...

「...んっ...ふぁ...あふ...♥」

...え?すごい悩ましげ声が聞こえて...
まさか、ちょっと待って、まさかだよ...その...女性の方が...えーっと...アレ...なさってる?

「やっ...あっあぁぁぁ...♥」
ポタッチョロロォ...ピチョン...


あ、あ、あ、あ、え、や、やっぱり、え、ウソ、今ちょぴっとだけ、稲の隙間から見えたあれ、やっぱ、あれだ、よね、自分をお慰めになられてる系のそのあの、アレが欲しくて我慢できなくなる人が、ソレをナニしてモゾモゾしてフワッーてするその、あんま人様にみせちゃいけないそのアレなわけで私はつまり人様?宇宙人様の?見てしまって、えと、えと

ザブリ

「...?誰かいるのぉ?」

ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?しまったぁぁぁぁ慌てて後ずさってバレちゃったぁぁぁぁぁぁ!?

「あ、あ、あの、いや、その、ごめんなさい!お構い無くごめんなさいそんなつもりじゃ!」

「ん〜?女の子ぉ?」

稲の上から顔を覗かせた、その我慢できなくなったアレな人は...真夏の太陽に照らされ眩しくも透き通るような白と翠の肌色と、モスグリーンのグラデーションがかかった綺麗なショートヘアが印象的な...とても美しい女の...人?だった。
まるで美しく焼き上がった鼈甲飴の如き透き通るオレンジ色の瞳に、私がツルペタだから尚羨ましくなるツンと張ったボリュームのある大きな胸。この田んぼという舞台に相応しくない妖艶の美女と言う他ないよう...

じゃなかったぁ女の人のレポートしてる場合じゃないって!どどどどどうしようとりあえず謝らなきゃ!!

「やー、えーと、初めまして♪」

「あ!え、えと!その、あの、ごめんなさい!」

「あぁいやぁ、私の方こそごめんごめぇん。変なの見せちゃったかなぁ?
ついつい田んぼとかぁ水場を見たりするとぉ、体が火照っちゃってぇ、私有地っぽかったけどぉ我慢できなくなっちゃったんだぁあははー♪」

「あ、そ、そうなんですか!そうなんですね!我慢できなくなっちゃったのなら、致し方ないですよね!」

話せる!話が出来る!宇宙人さんとの初コンタクトだよ!!
宇宙人さんは水場を見るとエッチな気分になる!これはすごいよ!新事実だよ!ニューインフォメーションだよ!!これだけ色んな事を伝えたらテレビのワイドショーとかにも出れちゃうかも!!
しかし何!?緑と白の肌!?エイリアン!?ていうかナニしてたのよね!?私アレかな!?未知との遭遇すっとばして未知の生殖を知れたんじゃないかな!?ナスカの地上絵とかミステリーサークルとかハンガリーの宇宙人接触とか比にならない体験してるんじゃないこれ!!?

「いやごめんごめん♪それでぇ、こんな田んぼの奥地まで...んー、女学生さんかな?どうかしたのぉ?」

あ、そだ!写メ写メ!!せっかくここまで近付かせてもらったんだもの、形のある証拠を撮らなきゃ!

「あの!そ、そ、その!ち、地球人を代表してお近づきの印に、お、お写真を1枚御撮りさせていただきたくもらいましてもよろしいでございますか!?」

どうしよ、尊敬語とか謙譲語とか習ったけどいざこういう時て全然出てこない!
これだけ言葉くっつけたんだし、丁寧さは万端!!数打ちゃ当たる筈よ!!

「オシャシン〜?あぁ、あのピカァって光ったら、その姿が絵になるやつぅ?
いいよぉ♪一回されてみたかったんだぁ♪」

「こ、こ、こ、光栄でありまぁす!」

やったやった!言ってみるもんだぁ!
このままこのちょっとエッチな宇宙人さんと仲良くなれちゃうかも!!!そうしたら国際交流?ううん、宇宙際交流初成功者になるかもしれないのね!!やたー!



.........ん?でも待って?少し落ち着いてよくよく考えたら、何でこんな流暢に日本語が通じてるんだろう?ふつー宇宙人とかだったら言語が同じな訳ないわよね?
それにこっちは人間の勝手な想像かもだけど、近くにUFOとかの乗り物もあるわけでもないし。
...ひょっとすると、ただのすごいボディペイントのエッチなコスプレお姉さん...なだけかも?


「それにしてもお嬢ちゃんも奇特だねぇ〜♪年頃の女の子ってぇ、結構カエルとか苦手だと思うんだけどぉ、オシャシンしたいっていやぁ照れるねぇ〜♪」




...へ?

「か、か、かか、カエル〜〜〜!!!?」

「そだよ〜、ミューカストードのサブレちゃん♪よろしくぅ〜♪」

そ、そんな!カァエェルゥ!?カエルと混ざっちゃったお姉さんなの!?私だって年頃の女の子の例に漏れず苦手だわよ!確かにそう言われて見たら皮膚のカラーリングがカエルのそれじゃないのよぉ!
粘液で至るところぬるぬるてかてかしてるし手も足も作りがカエルまんまじゃない!!

「あ...ひっ...そ、そなんで...すね...よ、よろしくです...サブレさん...」

こここ堪えろおぉぉぉ!!人類史上初かもしれないんだぞおおおお!!今私が退けば未知なる一歩を違えるかもしれないんだぁぁぁぁ!!!


「どしたのぉ?顔ひきつらせちゃってぇ?オシャシンしないみたいだしぃ?」

いやぁぁぁぁあ長い舌をチロチロさせてるううううう!!!やっぱ無理無理無理無理!!!いくら世紀の大発見でも奇跡的な宇宙人のコンタクトでも例え単なるコスプレした滅茶苦茶綺麗なお姉さんだったとしてもカエルは無理ぃぃ〜〜〜!!

「んー、まぁいいわぁ、私としてもぉ、お近づきの印をあげたいからぁ...そぉれ、んーむっ♥」

「...んんんんんん!!?」

ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!?!?!?
くくくくちびるがぁぁぁぁ!!?お姉さんの瞳が目の前にぃぃぃぃい!!!!??こここれまままままさか、ききき、キス!?カエルお姉さんと!?
私まだ初めてなのに!!ヴァージンキッスなのにぃ!!やだやだやだやだやだ嫌ぁぁぁぁぁぁ!!

「んんんーー!!!!んんんんんーーー!!!!!」

「あふぁれあいあふぁれあい、んむぅーんんっ♥」

「んーー!?んっ!?んんっ...ん...」

あふぁ...滅茶苦茶すごい...キスってこんなとろけるくらい気持ちいいの...?
長く細い舌に私の舌が絡み取られたり、歯茎から喉奥まで口の中を隈無くまるで掃除するように撫でてくれて...堪らなく心地良い...

じゃないってば!私は今カエルみたいなお姉さんに初キッス奪われてるんだから!いくら気持ちよかろうと乙女としてはもっと拒否して逃げなきゃいけないやつでしょコレェ!!

「んぷはっ、ご、ごめんなさぁい!!」

「ふぁ、キャッ!?なぁによぉ〜!」

チャンス!!脇目も振らずに走るっきゃない!!ごめんおじさん!!稲をちょっと気にしてる暇無い!!靴!靴下!回収!履かずに逃げる!
あぁぁもーカエルだったなんてぇ!初キッスも奪われちゃったしぃ!もー嫌!!この際UMAだったとしても写真も何もいらないわよ!!!ふえーん!!!
 





「...まぁ、微量とはいえしっかり塗り込んであげたし大丈夫かな?ふふふ、発芽した時が楽しみだなぁ...」




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ハァー、ハァー、はぁー...
あまりに色んな事がわんさかどんちゃか起き過ぎて頭がパニックだよ、もう!

あーもう汗でネトネト...止めどなく額から流れてくる、久し振りにこんな全力で走ったわよ...
ま、まあ、他の人には出来ない体験したし?得した、めっちゃ得した!そう思おう!うん!!それにしたってカエルは懲り懲りだけど!!

しかし本当何だったのかしら、キスの時に顔をむにゅりと包まれるように触れられたけど、あの手の質感は作り物とかそんなチャチなものじゃあなかったわ。でも本物だとしたら一体何者?って話になってくるわよねぇ。ゲコう時にでもまた寄ってみようかな。今度はセカンドキッスも奪われないよう遠巻きに、遠巻きにね!



しっかしあれだけの事があっても、日々は待っちゃくれない訳で...
道すがら公園で足を洗いべしょべしょの靴の履き心地に苛まれ、今度は双眼鏡でも持ってこようか等々思案しながらぼちぼちと歩いていたらもう校門前に着いちゃった。この後に待ち受けるはいつもの灰色ボッチライフ、花咲く会話を傍聴しつつ、悟られぬようやり過ごすスニークミッション。はぁ、また気が重くなってくるなぁ...
あー、今からでも台風か隕石でも直撃して高校無くならないかなぁ。もしくはさっきのカエルお姉さんみたいなサプライズか何かで休校にならんかなぁ。

嘆いていてもしょーがない、また教室という戦場の潜伏兵となりますか...

18/08/23 22:36更新 / もにもとに
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■作者メッセージ
全て冒頭の駄洒落からムクムクと浮かび上がりました。

常々思い焦がれてた魔物化に着手させていただきます!

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