読切小説
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『素直な気持ち』
小さい頃から二人は、ずっと隣を歩いてきた。
生まれた時から既に一緒だったかもしれない。
二人が一緒にいることは、彼らにとって当然の事だった。

でも、それはあくまで…幼かった頃に許された話し。
異性を意識し始めた時期から、その関係は嘘の様に消え去ってしまった。

他人の様に、余所余所しく………。






「座れ、クロエ」
「…はい、お母様」

豪華な暖炉前の椅子に、二人の女が腰をおろす。

「お前はもう19……そろそろ婚約を考える年頃だ」
「はい……」
「相手は決めているのか?」
「それは……」
「婚約を拒む、何か理由でもあるのか?」
「………」

『クロエ=F=ヴァレンス』
気高く高貴なヴァレンス家の一人娘。
世間から見れば、いわゆる『貴族』にあたる。
貴族の娘は18、早くて16に婿を『見つけ出す』。
嫁として相手側に嫁ぐのが一般的だが、ヴァレンス家は例外の貴族。

「想い人でも…いるのか?」
「っ………」
「やはりな……それは一体誰だ?」
「………」

顔を俯かせる。

「ゼルシード……ではないか?」
「……!?」

不意にその名を出され、思わず動揺を隠しきれない。

「くくっ……わかりやすい性格は、昔の我とそっくりだ」
「そ、そんな事は……」
「それにしてもゼルシードか……お前にとって、不足は無いのでないか?」
「………」
「幼馴染みと結ばれるのは、珍しいことでなないぞ?」
「………」
「まぁいい……この話はまた今度にする。 それまでに、必ず自らの答えを出しておくのだ」
「……はい」

母と呼ばれる女は席を立ち、その場を後にする。
暖炉の前にはクロエだけが残される。

「私が…ゼルと……?」

自分の本当の気持ちに気づけない『ヴァンパイア』の娘が一人、暖炉の前で静かに自分の影を揺らす………。






「良い天気だ。 師匠様に、剣術の稽古をつけてもらおうかな」

昼過ぎの空の下、広い庭を歩く一人の青年。
『ゼルシード=C=ブランディス』
ここ一帯を取り仕切る有力貴族の御曹子。
300年続く、由緒あるブランディス家の一人息子である。

「いや、師匠様は休暇中だったな。 そうだなぁ…こんなに天気が良いんだ、やはり外に出ないと勿体ない……うん、町にでも行こうか……」 
「お坊ちゃま、お出かけになるのでしたら、メイドを数名お供させましょうか?」
「大丈夫だよ、爺。 一人で行ける」
「ですが………」
「爺、心配し過ぎだよ。 僕はいつも一人で出かけてるはずだけど?」
「………わかりました。 お坊ちゃま、どうかお気を付けて」
「あぁ、行ってくる。 夕食は町でとるから、料理はつくらなくていいよ」
「仰せつかりました」

最近なかなか行く機会が無かったからなぁ……その分、今日は夜まで徹底的に楽しもう。
そう思い町を目指す。
もしかすると、クロエとばったり会えるかもしれない。
そんな儚い希望と共に。

クロエとは幼馴染みで、住居もすぐ近く。
昔は良く彼女を家から連れ出して遊んでいた。 夜に。
夜に…というのには理由がある。
どういう訳か、クロエと彼女の母君は日の光を嫌う。
光を浴びると体を悪くするらしい。
先代から続く、原因不明の病気だそうだ。
だから僕が彼女と遊ぶ時は、決まって夜に迎えに行く事が多かった。
(もちろん両親、爺やメイド達には内緒で)
クロエは天気の悪い日、主に雷雨の日が好きで、どしゃ降りの中二人で外を駆け回ったこともある。 (そのせいで風邪をひいたのも内緒)
………。
ちょうど二年前の今頃から、二人で出かける事はおろか、顔を見ることも無くなった。
嫌われてしまったのかな……?
暇さえあれば彼女と一緒にいて…図々しかったんだな、きっと。
………。
クロエの事を考えると、たまに胸が痛くなる。
寂しい……とは少し違う。
なんだろうな…この気持ちは……。






予定も無く町に赴くのは嫌いではない。
今も賑やかな町を何気なく歩いている。
自宅に籠もっていても、やることは読書か書類の整理と決まっている。
あぁ…書類整理は父上の仕事だったんだけど、僕が代わりに請け負った。
父上は……四年も前にこの世を去った。
元々体の弱い御方だったから……。
亡くなった当初は、僕も随分と落ち込んだ。
父上は一人っ子の僕を、それこそ死ぬまで大事にしてくれた。
僕はそんな父上に孝行することができなかった。
だから、せめて父上の仕事を僕が代わりに…と思い始めた。
もちろん反対されたけど、こればっかりは譲れなかった。

ちなみに今は母上と僕、それに爺と使用人のメイド達と共に暮らしている。
みんなが僕を励ましてくれた甲斐あって、今はこうして元気になった。
だから決して寂しくはない。
………。
でも、クロエの件は例外かな……。


「おお! ゼルシード様! どうもご無沙汰しています!!」
「久しぶり、おじさん。 このお店は相変わらず良い香りがして、気持ちが良いよ。」
「こりゃあどうも! 花は見た目より、香りが命ですからねえ!!」
「ははっ、そうだね。」
「ええ!そうですよ!! …ところでゼルシード様、町へはどんな入り用で? またぁいつものお散歩ですかい?」
「うん、そんなところ。 あっ……おじさん、父の墓前に添える………」
「ああ、はいはい! またいつも通り、手配しておきますよ!」 
「いつも助かるよ」
「なあに、これぐらいお安い御用ですよ! ガーランド様はこの薄汚い店に手を差し伸べてくださった、私の………いや、この町の恩人ですから!!」

父上の名はガーランド。
この町の創始者と言っても過言ではない。
寂れた切った町を腕一本で立て直した『神の手を持つ男』とも呼ばれていた。

「おお、そういえば! ゼルシード様、今日はいつご自宅にお戻りで?」
「え? どうしてだい?」
「いやあ今晩、クロエ様がこちらに取り寄せられた薔薇を受け取りに来る御予定なのですが……最近お会いしていないのでしょう?」
「……! おじさん、それは本当かい?」
「え、ええ……お届けに参りますと言ったのですが、自ら取りに来ると仰いまして……」

クロエと……会えるかもしれない。

「おじさん、クロエはいつここに?」

受け取りに来る時間を聞き、僕は町の散策を続けた。
いつもより高鳴る鼓動に気付かず……………






「クロエ…今日(今晩)に限って何故、薔薇を自ら取りに行くのだ?」
「い、いえ…特に理由は……」
「届けさせるか、使いの者を寄越せば良かろうに……」
「たまには……夜の町を歩きたいと思ったのです。」
「……そうか。 しかし、本当にそれだけか?」
「………」
「くくっ……わかった。 気を付けて行ってくるのだぞ?」
「はい…お母様」

今晩町に行けば、あいつに…ゼルに会えるかもしれない……そう思った。
根拠の無い、ただの勘。
だけどこの予感は、不思議と当たりそうな気がして……。

急に姿を見せなくなった私を、あいつはどう思っているのだろうか?
酷い女だと、愛想を尽かせているかもしれない……。
………。
仕方ないだろう……。
17の時から私は…お前を見ると……………






「……そろそろかな?」

日も落ちた夜の町。
時間を見計らって、おじさんの花屋に再度足を向ける。
二年ぶりか……
もし会えたら、何を話そう?

どうして会えなかったんだい? ×
元気だったかい? △
僕を嫌いになったのかい? ×××

思い付かない。
いやそもそも、前々から考えておく事ではないか。
急ごう……。






「クロエお嬢様、こちらが例の……」
「ふむ、確かに。 また頼むぞ」
「喜んで承りますよ、お嬢様!!」
「あぁ。 では……」
「あっ…お、お嬢様!」
「む? なんだ?」
「あ…そのぉ…ほ、他の花もいかがでしょうか?」
「いや、遠慮しておこう。 今はこの薔薇だけで十分だ」
「そ、そうですか……」
「?」

騒がしいぐらいがちょうど良い店主が、今日は少し様子がおかしい。

「もう良いか? 私はこれで失礼する」
「え…あ、はい。 道中お気を付けて……」

まぁ店主も人間だ。
こういう時もあるだろう。
そう思いつつ、来た道を戻って行く。
結局、あいつとは会えなかった。
私の勘も、当てにはならんな……。


「あぁ…申し訳ありません、ゼルシード様……」

花屋の店主は小さく肩を落とす。






「………」

クロエと僕の間柄は、ただの幼馴染み。
……本当にそれだけなのだろうか?
二年も前に姿を見せなくなって、それ以来はまったくの音信不通。
それにしても……なんだろう、この気持ちは…。

クロエの母君とは、夜間に時折お会いすることがある。
クロエは元気だと報告された後、他愛のない世間話で盛り上がる。
幼い頃はとても厳しい御方だという印象があったが、僕が歳を重ねるに連れ、母君は大人になっていく僕を温かい目で見守ってくれた。
……ん?
良く考えるとクロエの母君は、何年経っても若々しいまま。
あの美貌は陰ることを知らない。
何故だろう?
………。
まぁいいか……綺麗なままでいる事は、女性にとって最高の誉れ。
きっと何か秘訣があるに違いない。

はぁ…
………
……………!
あれは……!?






はぁ……
私は何のために薔薇を取りに来たのか。
まったく…無駄足だったな……。
少しでも期待した私が馬鹿だった。
………。
今更会いたいなどと……叶うはずがないか。
自分であいつを遠ざけていたというのに、自分勝手だな…私は……。
………。
あいつを…ゼルを見ると、体が…牙が疼く……。
あのままゼルと共にいたら、私はきっと…あいつを………

「……クロエ!!」
「っ……!?」

突然聞こえた懐かしいあいつの声に………私は驚く他なかった。






「改めて……久しぶり、クロエ」
「あぁ、そうだな…」

町のとあるレストランにて。
光は蝋燭だけの暗い内装をしている、クロエお気に入りの店。
顔を会わせなくなるまでは、僕達はここで食事をとることが多かった。
客足が心配だけど、昔からなぜか潰れない。
今も客は僕達だけ。
それにしても、入れ違いにならずに済んだ。 父上に感謝しないと。

「二人でここに来るのはぁ…二年ぶりかな?」
「あぁ……」
「なんと言うか…少し見ない内に、また一段と……綺麗になったね」
「せ、世辞などいらん……/// さぁ、食べよう……」
「うん、そうだね」

………決して世辞ではない。
たったの二年で、クロエは驚くほど綺麗になっていた。(もちろん昔から綺麗だったが)

「クロエ、またレアステーキと赤ワインかい?」
「別に良いだろう? 私はこれが気に入っているのだ……」
「ははっ! そういえば、昔からそうだったね」

美人に磨きがかかっても、長い間会えなくても、性格は小さい頃のまま。
良かった………目の前にいるクロエは正真正銘、僕の知る昔のままのクロエだ。

「なぁ…ゼル……」
「ん、なんだい?」
「理由を…聞かないんだな……」
「理由?」
「わかっているのだろう?」
「………」

クロエの言いたい事はわかる。

「今は聞かない……それに君のことだ、何か深い事情があるに違いない」
「………そうか」

フッと唇を緩め安堵するクロエ。

「お前も相変わらずだな」
「クロエ、それは褒め言葉かな?」
「ふふっ…さぁな」

小刻みに会話を楽しみながら、僕達は出てくる料理に手をつけていく。
そして一通り夕食が済んだ後、二人で食後の紅茶に口をつける。

「お前に会うのも久しいが、この店の味も久方ぶりだ」
「たまに来るんじゃないのかい?」
「一人では入りづらくてな」
「それは初耳だなぁ……」
「言っていなかったからな」

ゆっくりと時間が過ぎていく……………






「ふむ……実に美味だったな」
「そうだね。 昔のままだった。」
「む? ゼル、お前もあの店に行くのは久しかったのか?」
「君と同じ、一人じゃ入りづらくてね」
「くっ…ふふふ…たわけ……」

人気の少ない夜道を二人で歩く。
何から何まで懐かしかった。
私は……何を恐れていたのだろうか?
こんな事なら、もっと早くゼルと再会しておけば良かった。

「………」
「……どうした?」

突然歩みを止めたゼル。

「クロエ…僕は………いや、何でもない…」
「途中で話しを切る……お前の悪い癖だ。」

尋ねづらい話しの前には、決まって会話を止める。
ゼルは幼い頃からそうだった。
さて、どんな事を聞いてくるのか……。

「うん、そうだね……」

そして決心したかのように、
「クロエ……僕と…………け……結婚してほしい!!」
大声でプロポーズしてきた。






言ってしまった。
もう後戻りできない。
クロエと再会した時に、気付いたんだ。
僕が彼女を………愛していたことに。

「っ……っ………!?」

豊満な胸を両腕で抱くように、クロエは苦しそうに呼吸を繰り返す。

「はっ…はぁ…はぁ……」
「ク、クロエ?」

顔が少しずつ赤らんでくる。
ワインのせいではない。

「はぁ…はぁ……ゼ、ゼル………」

そしてクロエは、
「私は…もう…………抑えられない!」
そう言って彼女は、僕の首筋に、その鋭い牙で噛み付いてきた。

すぶっ……じゅる…ちゅぅぅぅぅぅぅぅぅ………

牙が首に深く突き刺さり、同時に血を吸われていく。

「ぐっ…!? あ…うぅ………」

少しずつ路地裏に移動していく。
そしてクロエは体の自由を奪うため、僕を体ごと壁に押し付ける。

「ん……ちゅぅぅ……んっ……」
「あ……ク…ロエ……」

上手く言葉が出ない。
身体中が麻痺してくる。
そして、性交でもしているかの様な快楽。

「ん…んっ…んん……」

血を吸われているはずなのに、どうしてか……気持ちがいい。
そうか…彼女は………
「ヴァン…パイア……?」
「………!?」
牙を抜き、咄嗟に僕を突き放す。
力の入らない僕は、堪らず地面に膝をつく。

「わ…私は………」

動揺した彼女は、
「くっ………!」
そのまま自宅の方向へ走り去っていく。

「ク…クロエ………」

そのまま気を失う……………






私は今、自宅裏の小高い丘にいる。
あの出来事が起こった三日後の夜、ゼルから呼び出しを受けた。
あいつはまだ来ていない。
(あの後あいつが無事だったようで、正直ホッとしている)
………。
私がヴァンパイアだということは既にばれているはず。
なら…何のために私を呼び出した?
今まで騙し続けていた報いを、今夜この場で受けるのだろうか……。
だが、私はそれでも構わない。
19年間も騙し続けてきたのだからな…。
それに私は…ゼルにあんなことを………。

「ゼル……」

恐れていたことが、遂に起きてしまった。
この日まで、私は眠れない毎日を過ごしている。
できることなら、ずっと隠し続けていたかった。
私が魔物だとわかったら、あいつはきっと幻滅する。 きっと私を避ける。
………。
ゼル……
私は……お前を……………



ぎゅ………

「クロエ……」
「っ!?」

後ろから、そっと抱きつかれた。

「ゼル……?」
「君がヴァンパイアだろうと魔物だろうと……僕の気持ちは変わらない」

ゼル………。

「クロエ、僕と…結婚してほしい」
「ゼル…私は………」
「ずっと一緒に……いてほしい」
「………」

ゼル…私は……わたしは………!












「お母様…どうなさいましたか?」
「ん……ノエルか……。 いやなに、少しばかり……夢を見ていた」
「夢…ですか?」
「あぁ…懐かしい夢をな……」
「どんな夢をご覧になったのですか?」
「ふふっ…内緒だ。 それにしてもノエル、何故お前が我々の寝室にいるのだ?」
「あ、あの…それは……」
「クロエ……ノエルは、きっと僕達と一緒に寝たいんだよ…」
「ゼル……起きていたのか?」
「今起きたんだ……。 一緒に寝かせていいだろ、クロエ?」
「お父様……///」
「ゼル、お前はノエルに甘いぞ? この子はもう五つになった。 就寝ぐらい一人で………」
「君が厳し過ぎるんだよ、クロエ。 たまにはいいじゃないか」
「お母様………」
「はぁ…仕様のない……」
「良かったな、ノエル。 さぁ…こっちにおいで」
「はい!」
「まったく……今日はゼルと朝通し?で励もうと………」
「そういえばね、クロエ。 ついさっき、懐かしい夢を見たんだ」
「む? 奇遇だな。 私も先程、懐かしい夢を見たのだが」
「そうなのかい? なら、きっと同じ内容だよ」
「なにを馬鹿なことを………」
「お父様……夢の話しを私に聞かせてください! お母様は教えてくれないのです……」
「う〜ん、そうだね……ちょっと長いけど、子守歌代わりに………」
「ゼル! いい加減に………!」
「ああクロエ、落ち着いて! 夢の話しをするだけじゃないか。 それぐらい、別に構わないだろう?」
「……ふん。 好きにするがいい。 我は眠る………」
「ありがとう、クロエ。 じゃぁどこから話そうかなぁ……。 そうだ! 僕とクロエが幼馴染みだったところから…………」
「やめてくれえええええええ!!!」



まさか本当に同じ夢を見ていたとはな……。
そういう事もあるよ。 僕達は夫婦なんだから。
そんな理由では納得しないぞ?
あれ、そうかい?
当然だ!
………。
な、なんだ…急に黙り込んで………
クロエ……愛してるよ………。
なっ……/// ゼ、ゼル!! ノエルの前でそういう事は………!!
もう眠ってるよ?
そういう問題ではない!! 我々は親としての体裁というものが………

チュッ

っ………///
お休み…クロエ………
………まったく…お前というやつは……………///








                       この幸せな時間が
                     いつまでも続きますように………
10/09/19 23:50更新 / HERO

■作者メッセージ
どうも、HEROです!
旅行から帰還後、なんとヴァンパイア嬢が登場しているではありませんか!?
そういうわけで、早速書かせていただきました。
中世の貴族の話ということで、色々と初めてな事が多かった作品です。
多視点にも挑戦してみました。
どうでしょうか?

前回の御意見通り、できるだけ三点を減らしたつもりです。
ほんと『できるだけ』ですが………。

感想・御意見 お待ちしております!
非常に喜びます!

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