連載小説
[TOP][目次]
後編『捨てられる身体と捨てられぬ想い』
アイの雫と唐傘乙女(後編)「捨てられる身体と捨てられぬ思い」

 あれから数日、私は夜になると人を驚かすようになった。情けない声を上げて逃げていく人間を見て笑う日々。それでなんとか気晴らしをして、あの日のことを忘れようとしている。でも、そう簡単には忘れられない。
 あの人については、もう未練はない。あんなに馳せていた思いは嘘みたいに消え失せている。ぶり返したところで叶わぬ恋なのだ。私の知らないところで好きにしてればいい。ただ、辛い経験だったというのは何も変わってくれないし、恋焦がれていた自分を思い返すと馬鹿みたいに思えてくる。でももう、過ぎたことだ。
 さて、今日もこんな夜遅くに通りを歩いてる人間を驚かそう。お、あんなところに丁度よさそうな二人組が……。
「今日はごめんね? こんなに遅くまで付き合ってもらった上に送ってもらっちゃって」
「いいんだよ。それに最近この辺でお化けが出るっていうからね」
 ……ふんっ。誰もいないからっていちゃ付いて、しかもその口実が私? 冗談じゃない。興ざめ興ざめ。鬱憤を晴らすつもりがかえって溜まってしまった。何か別の方法を探すべきかもしれないなぁ。
寝床の手前まで来て、そこに何かいるのが見えた。私以外にこの橋の下で夜を明かそうとする者がいるなんて。さて困った。動物とかだといいけどと思いながら近づけば、小さくすすり泣く声が聞こえる。えっ、何こわい。
私の足音にビクッと跳ねた影。身構えて進んでいくと、その正体は痩せた青年だった。齢十五程に見えるけどその肌は幽霊のように青白くて、着ているものはボロっちい。全身雨に濡れていて、がくがくと体を震わせている。私が怖かったのもあるかもしれない。いや、そっちの理由が大きいだろう。
「どうしたの? さっさと逃げなよ」
 しかし、まるで両足を切り取られたかのように這って後ずさるばかり。腰が抜けたようだ。驚きの表情はやがて歪みはじめ、震える唇が大きく開き始める。
 だから私は口で彼の口を塞いだ。一目惚れとか欲求不満とかじゃない。ここで声を上げられたら迷惑だから塞いだまで。幸い彼は不意の出来事に言葉も出ない様子。それでいい。私は大きい方の舌で彼をぐるぐる巻きにし、笠を閉じて二人だけの空間を作った。体は密着するけどこの方がゆっくり話ができる。
「悪かったね。そこまで驚かすつもりはなかったんだよ。それにしても、なんだってこんな夜中にこんな格好で、こんな橋の下に?」
 と聞いてみても青年は震えるばかり。仕方ない。まずは落ち着かせよう。手探りに掴んだ甚兵衛を羽織らせ、おむすびを食べさせる。笠の中は一人ではあまりにも広すぎるから、驚いた人が落としていったものを入れておいたのだ。……入れておいてよかった。
 よほどお腹が空いていたのだろう。おむすびをみるみるうちに平らげて、それがあまりにもいい食べっぷりだったので他の食べ物も全部あげた。
「ありがとうございます! このご恩は決して忘れません!」
 現金な奴……そしてなんだか複雑な気分。嫌いな人間にお礼を言われたところで嬉しくとも何ともない。ないのだけど、涙まで流して感謝されると、まあ、食料の備蓄が無くなったことくらいは気にならなくなる。
「いいの。で、一体何があったの?」
「それが……」
 言葉の続きを待ったけど、答えは得られなかった。言葉が喉に詰まったのか、私の身体にしがみついておいおい泣くばかり。いい大人がみっともない。そう言っても大粒の涙は私の身体を伝い続ける。
「はぁ、わかったわかった。気の済むまで泣くといいわ。それですっきりしちゃいなさい」
 抱きしめるように手を回し、背中をポンポンと叩く。赤ん坊をあやす母親がこんなふうにしてたっけ。本当ならあの人との子供をこんな風に……。
 気づくと青年は泣き疲れて眠ってしまっていた。のんきな奴だ。魔物娘に抱かれていると言うのに、なんだその幸せそうな寝顔は。でもまあ、いい。私も随分ご無沙汰だ。今宵晴らせなかった鬱憤を存分に晴らさせてもらおうじゃないか。
 服を脱がせば、血色の良くなった体は意外にも、うっすらではあるが筋肉が付いていた。暗がりだったから痩せて見えたのかもしれない。それにしてもこの様子だと、ここに来るずっと前にはかなり腕の立つ男だったに違いない。
 大きな舌で彼の全身を揉み解す。次第に勃ちあがっていく陰茎を割れた舌先で挟むと、可愛らしい声が彼の口から漏れだしてきた。それでも目は覚ましていない。……えっ、なにこれ? おいしい!? それにじわじわと熱が伝わってきて心地いい……。そういえば男の人のコレを味わうのは初めてだ。こんなに美味しくて、気持ちのいいものだったなんて……。
 私の手は知らぬ間にワレメへと伸びていた。滝のような愛液が内腿から足首へと伝っている。濡れ濡れだ。もしこの人の陰茎を私のアソコに挿れたらどうなってしまうのだろう。そんな思いが頭をよぎる。と同時に何故か浮かぶのは持ち主だった人の顔。どうして? もう諦めたはずなのに。未練なんて……。
 いけない。せっかくの楽しいひと時なのに、暗くなってはもったいない。私は愛液まみれの指で彼の唇をなぞり、そのまま中へと滑りこませた。唾液と絡めながら口の中を蹂躙していると、なんだか楽しい。
 それにしても、ここまでされて起きないなんて。そう思いながら指を戻し、ふと唾液まみれのそれを加えてみっ――あっ、あー。これ、すっごい。私の二つの舌から伝わってくる二種類の快感が頭を突き抜けて……ぼーっとする。見れば割れた大きな舌先や足元には白い液体がかかっていた。そう、イッた、んだ、この人。
 こんな素敵なもの、一滴たりともこぼすわけにはいかない。大きな舌で足についた白いのを舐め取る。ん、おいしぃ。そして心なしか力がみなぎってくる感じがする。
 もぞり、彼の身体が動いて、閉じられていた目がゆっくりと開く。焦げ茶の綺麗な眼がまだぼんやりとしていて、ガタイに似合わず愛らしい。
「あねうえ……」
 寝ぼけているのか、そう呟くと彼は私をぎゅっと抱きしめてそのまま寝入った。何があったのかはまた起きてから聞くとして、今は彼の姉の代わりに傍にいてあげよう。



 もぞもぞと大きな舌の違和感に目を覚ますと、彼が身を右へ左へとよじらせていた。いつの間にか私も寝ていたようだ。慌てて笠を開き、彼を大きな舌から解放する。
「ごめんよ! すっかり寝入っちゃって」彼は驚いた顔こそしているものの、今度は腰を抜かしてはいないみたいだ。私を見る彼の目はお化けを恐れるそれではなく、何故と問うような目。その輝きに戸惑いつつ、彼が逃げ出さなかったことに安心していた。
「自己紹介がまだだったね。私は見ての通り唐傘お化け。この橋の下に住んでるの。あなたは?」
「オレ、オレは、ロクスケ」
 ロクスケ……ロクスケ。男の人の名前ってなんだか変な響きだ。キウさんが教えてくれた、霧の大陸の料理を作る店みたいな名前だ。
「ロクスケ、さん。一体何があったの?」
「長くなるけど……」と、沈んだ声で続けてくれた。「オレと姉上は昔、捨てられたんだ。薄暗い、山奥に」
 出だしから彼の言葉は呑み込みがたいものだった。親が子を捨てる? 人間は物だけじゃ飽き足らず家族まで捨てるというの?
「家は貧しかったからな、オレ達を食わしていけなかったんだ」
「だからって、捨てる? そんなのどうかしてる!」
 ロクスケになだめられ、人への憎悪が込みあがってくるのを無理やり抑えこんだ。それにしても、家族さえ捨てるのだ。物なんて簡単に捨てるに違いない。
「山をさまよってたオレ達は、山賊に拾われて、いいように使われた。子供は獲物を釣るためのいい餌だったのさ。それだけじゃない。小さい身体は建物に忍び込むのにも向いていた。だから俺はでっかい家に忍び込んでは、せこいコソ泥を繰り返してた。姉上は――」
 言葉に詰まった彼は頭を抱えて、苦汁を飲んだような顔でため息をついた。
「それでも、食っていけるだけマシだった。ちゃんとやることをやればそれだけ見返りは貰えたから。でもある日、お偉いさんの屋敷でとちっちまって、洗いざらい喋らされた。隠れ家の場所も、そこまでの道も、人数や活動の範囲も」
 ロクスケは遠くの山を指さし「見えるだろう? あそこの山を一つ越えたところに岩屋があるんだ。そこで十数人のおっさんに扱き使われて……いや、もうそれはいい。とにかくオレが喋っちまったことで城の武士たちが討伐に向かって、山賊は消えた」
 悪いことをさせられているとはいえ、彼にとっては唯一の帰る場所だった。それを自分のせいで失うというのは、さぞ辛かっただろう。
「その後オレ達は、屋敷の主に拾われた」
 なんだ。いい暮らしになってよかったじゃない。
「ただ、その頃からオレは姉上に避けられるようになった。きっと、岩屋での血なまぐさい切りあいに巻き込まれたからだ。オレが喋らなかったら、怖い思いをさせずに済んだのに」
 あぁ、なるほど。この二人は山賊にとって互いに人質でもあったんだ。裏切れば片割れがどうなるか、聞くまでもない。そういう意味では彼が喋ったこと自体、姉を裏切って保身に走ったと言えなくもない
「でも、ロクスケはまだ幼かったんだろう? 武士が相手ではとても」
「ああ。でも、オレが喋って姉上が危ない目に遭った。これは事実だ。ハッ、家族を見捨てるなんて、親に似ちまったのかね」
 自嘲気味におどける彼の姿は痛々しい。
「ともかく、オレは小間使いとしてその人に仕えた。姉上はどうも気に入られたらしくて、常に側にいたよ。武術や読み書きを教えてもらってたりして、まるで親子みたいだった。羨ましかったよ。俺とはほとんど目を合わせてくれなかったのにさ……ともかく、そこで十年程過ごした。主様は自分の領地と城を持ち、姉上は立派な侍女になって、オレは変わらず小間使い。だからその……謀反の誘いを受けた時は正直迷ったよ」
 分からないでもない。主様とやらに姉を奪われた彼の気持ちは、見ず知らずの傘にあの人を取られた私の気持ちと被って見える。ただ違うのは奪っていった相手が彼と姉にとっては恩人であることだ。
「俺は、姉上に謀反のことを伝えた。謀反を未然に防ぐため、だけじゃない。これは好機だとも思った。謀反が起こる前に姉上と城から抜け出せたなら、二人で暮らせるって、そう思ってもいたんだ。だけど姉上は、拒んだ。“私は主様と共にいきます”それだけ言って去っていった。この時、オレは姉上に見捨てられた。姉上はもう完全に主様のものになったんだってわかったよ。やけになって、オレは謀反に手を貸した。農民たちに悪評を吹き込んで、一揆を起こさせるよう仕向けたんだ。攻め込みやすいように門の閂を壊した。」
 嫉妬が人をここまで駆り立てるとは。私より人間のほうがずっと怖いじゃない。驚かすだけの私より、何をするか分からない人間のほうがずっと。
「取り返しのつかないことをしたって気付いたのは、逃げる途中の山道から炎上する城を見た時だ。憑き物が取れたかのようだったけど、でももう何もかもが遅すぎた。オレは、同じ過ちを繰り返して、大切な家族を捨ててしまった。そんな、愚かな、男なんだ」
 何も言えない。自業自得と思うと同時に、可愛そうとも思う。責めるべきか、同情するべきか。この問答の答えは出そうにない。でも一つ分かったのは、人間は簡単に、捨てる側にも捨てられる側にもなるということだった。
「その後は、流れてここにやってきた。ただ茫然と、さまよっていた。そしてとうとう歩けなくなって、この橋の下で野垂れ死ぬのを待っていたんだ。居場所もないし、生きる意味もなくなった」
 かけるべき言葉は出てこない。だから彼の身の上話に対する言葉の代わりに、私の話を聞かせた。何も言ってもらえなくていい。言葉に出来ずとも共有できるものはあるはず。

「そうかぁ、お前さんも可哀そうになぁ」
 話し終わると彼はそう言ってくれた。不思議なものだ。話したら心が軽くなった気がする。
「なんだか私達、似てるね」
「そうだな……」
 ふと気が付けば外はうすら明るく、ぽつぽつと雨が降っていた。今日もまた新しい一日が始まろうとしている。同じことを繰り返すための新しい一日が。
「でも、お前さんの想い人はまだ生きてるじゃないか」
 そういう彼の顔は真剣そのもので、まだ間に合うとでも言いだしそうだった。確かに、生きてはいる。でも、だから何だというのか。会いに行ったって、あの人が他の傘と仲良くしている所を見て、惨めな思いをするだけだ。
「オレは姉上に会いたくたってもう会えない。自業自得だしな。でも、お前さんは違う。前のオレみたいに意地張ってると、取り返しのつかないことになるぜ。それに、オレは姉上に嫌われてたけど、お前さんはそうとは限らない。その身体になって、一度も会ってないんだろう?」
「そうだけど、もういいのよ。あの人のことはもう諦めた。私が行って、あの人の生活に水を差すのも悪いしね」
「そっか。じゃあここでずっとウジウジしてたらいいさ」
 彼の冷たい言葉は突然に、橋の下に響いた。驚いて言葉を失っていると、彼は語気を変えずに続ける。
「本当に諦めたんなら、こんなところに留まって毎晩人を驚かさなくったっていいはずだ。なのにお前さんはずっとここにいる。何故か? 想い人への未練を断ち切れてねぇからさ! 出なきゃ辛いことを思い出すこの街に居続けたりなんかしねぇ。違うか!」
 ……そうかもしれない。私はどこかで、まだあの人のことを諦めきれていなかったのかもしれない。でも――
「怖いの……この姿でも拒絶されたら私……」
「会いに行ってきな。お前さんの言う通り、そこに居場所はないかもしれない。でも、好きだった人が幸せに暮らしてるのなら、お前さんの心はきっと晴れるぜ」
 浮かんだ涙をぬぐって頷き、私は外へと駆け出した。



 普通の傘だった頃の記憶がぼんやりと残っていたのか、あの人の住む長屋まで道に迷うことはなかった。この戸の向こうに、あの人がいる。私は手をかけようとして、直前で思いとどまった。やっぱり、怖い。あの人が私をどう思うかもそうだけど、私が彼に何をするか。もし酷いことを言われたなら、逆上して彼を手にかけてしまうかもしれない。それに、夫婦の下に知らない女が現れたらいざこざになる。
やっぱりやめよう。来た道を引き返そうとした先、私は息を呑んだ。あの人が、こっちへ歩いてくるじゃないか。私は慌てて隠れる所を探したけど、そう簡単に見つかるものではなかった。
「やあ、見ねぇ顔だな。どうしたんだい?」
「その、旅の途中で……」
 急に話しかけられて咄嗟についた嘘は下手にもほどがあった。こんなところを通る旅人はいないだろうし、第一荷物が少なすぎる。でも彼は“へぇそうかい”とだけ言って、それ以上は聞かなかった。
「それにしても奇遇だな。ウチの嫁さんも唐傘お化けなんだ」
 知ってるよそんなこと。本当なら私がそうなる筈だったのに。
「気立てのいい子でなぁ、家事もできてべっぴんで、俺にゃあもったいないくらいさ」
「へえ、なんだか幸せそうですね」
「まぁな」照れて笑う彼は本当に幸せそうだ。「だから俺も、アイツの為に頑張らねぇといけねぇのよ。さっきまでだって貸本屋の親父に頼まれて、古ぼけた本を書き写す仕事をしてきたばかりさ」
「前は寝てばっかりだったのに」
 思ったことがそのまま口に出てしまって、慌てて口を覆うけど遅かろう。案の定彼は不思議そうな顔をするが、豪快に笑うと「よくわかったな。そうさ。ちぃと前までの俺はどうしようもなかった。だからアイツが来てくれて本当に良かったよ。あいつがいなきゃ今頃俺は今も管巻いてただろうさ」
 いい夫婦だ。私の入る余地はない。それだけ分かれば十分。私はのろけ話をある程度聞いたところで、頭を下げて立ち去る。
「ところでその柄、見覚えがあるんだが――」
 足が止まる。自然に振り向こうとしたけど、どこかぎこちなくなった。
「最近この辺りで、夜中になると人を脅かすお化けが出るって噂が立ってるんだ。ほら、ちょっと離れたところに古びた橋があるだろう? その辺りでお化けを見たって、いろんな奴が言っているんだ」
 私のことだ。誰にとがめられたって知ったことではない。そう思っていたけれど、この人は別だ。この人に捨てられ、裏切られたことへの憂さ晴らしでやっていたことなのだから。
「それでな、その噂が立つちょっと前に、俺はその橋の下にいたんだ。自分で行ったわけじゃねぇ。気が付いたら、そこで寝てたんだ」
 それも私だ。私が声をかけようとした目の前で事に及んだ彼らに激情して、二人の入った閉じた傘を橋の下に持ち帰って岩に叩き付けた。
「そのもっと前、アイツに会う前だな。俺は、古くてちょっと破けた傘をそこに捨てたんだ」
 それが――
「あんたなんだろ」
 ……歯を食いしばるだけで、何も言えなかった。すると彼は頭を深々と垂れて、“悪かった”と謝った。何をいまさら。今更謝られたって、私には許す以外何もできやしないのに。
「うん、貴方が橋の下で目が覚めたあの日、私は貴方に好きだって言おうとしてた。でも貴方達はその時もう、夫婦だったんだよね。私の居場所は、無かったんだよね」
 彼は顔を上げて頷き、私の頬には涙が伝う。「ねぇ、もし新しい傘に出会っていなかったら、私のこと、好きになってた?」
「多分、な。あんたのことは、今だって嫌いってわけじゃない。アイツと暮らすようになって付喪神のことをしって、もし前捨てた傘が付喪神になってたら申し訳ねぇって、ずっと思ってた。だから、何か償いをさせてくれ」
 身勝手だよ、そんなの。自分の心がすっきりしないからって、罪悪感を消すために償いをさせてだなんて。でも、お互い様だ。私だって心をすっきりさせたくって、ここに立っているんだ。
「じゃあ――」(あの子をいつまでも大切にしてね)


 橋の下へ戻ると、ロクスケは胸を貸してくれた。当然のように待っているのがなんだかおかしくて、同時に安心して、私はその胸の中で泣いた。笠を閉じ、彼に思いっきり泣きついた。そんな私を、ロクスケはずうっと受け止めてくれた。泣き疲れて眠るまでずうっと。
 そして目が覚めたのはまだ雨の降る夜のこと。笠から出ると、いつのまにか寝ている彼は悪夢を見ているのか顔が歪んでいる。
「いやだ、あねうえ、おっかぁ」
 寝言か。頭を撫でてやると、少し安らいだ気がする。単純なものだ。それにしても、彼は今日まで何度姉と母の夢を見たのだろうか。分からないけどきっと数えきれないほどに違いない。
 人間は、簡単に物を捨てる。そうでない人もいるけれど、多くはそうだ。もし私がロクスケのものになりたいと言ったら、彼はなんと言うだろうか。そして、彼は私を捨てないだろうか。
 いや、何を考えてるんだ私は。さて、もうここにいても仕方ない。これ以上噂が立つと、前の持ち主が心配するかもしれないし。どこか遠くへ、旅に出よう。ロクスケは……
「みすてないでぇ……」
 ……びっくりした。寝言か。それにしても、なんて時になんてことを言うの。そんなこと言われたら、貴方が起きるまで待っててあげたくなるじゃない。

 雲間に煌く夜這い星。静かに眠るロクスケを抱いて、私は再び笠を閉じた。
17/12/31 12:02更新 / 小浦すてぃ
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33