連載小説
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スクライト


夢を、見ていました。
夢の中の私は、激しい思いに必死に耐え続けていました。
絶え間なく襲いかかる欲望。
襲いたい、犯してしまいたい。
私はすぐにそう思いました。
しかし、その人の思いは違っていたのです。
まだいけない。例えどんなにこの身が飢えようと、思いが伴わなければ意味がない。
その人は決して彼を襲おうとはしませんでした。信じていたのです。いつかきっと、この思いが伝わることを。


……
…………

奪え!すべて!この手d

〜〜〜〜〜〜

『うわああああああ!!??』

布団を跳ね除け、飛び起きる。

夢…?

なんだったの今の夢は…。

乱れた息を整えつつ、あたりを見渡す。…するとそこには見慣れた自分の部屋があった。

……昨日、どうなったんだっけ…?

ストリーの長話に付き合わされたことは覚えている。もっとも付き合わされたと言っても、自分から話すように頼んだのだが。

それで、長話の中で自分がうとうとし始めて…。

…うん。

それ以降の記憶が全くない。

ここにいるということは、ストリーが運んでくれたのだろうか?

それに、服も寝巻きに変わっている。

どうやって着替えをみつけたのかは気になるところだが…。

それよりも、なんだか申し訳ない気がしてきた。

自分から話を聞かせて欲しいと頼んだのに、その話の途中で寝てしまった。

学校の授業で眠ってしまったときの何倍も罪悪感を感じる。

…今日、学校で謝っとこう。

……あと、下着まで変えられていることはこの際不問にしておこう…。

朝の支度をするため立ち上がる。

ドアに手をかけたところで、ふと思いつくことがあった。

『…シェルブリット!』

そう呟いてみたものの、右腕が再構成されることはなかった。

ちくしょう!やっぱりアルター能力に目覚めたわけじゃなかったのか!


〜〜〜〜〜

『おはよう、シェルブリットの縁くん』

『待て、待ってくれ。やめてください。ホントに』

…死にたい。

多分今人生の中で一番死にたい。

だってしょうがないじゃん!

目覚めたと思ったんだもん!

リビングに自分がやって来ると、フライパンの上に目玉焼きを乗せたストリーが最悪の一言と共に迎えてくれた。

…エプロン姿で。

…なんかデジャブ。

『残念…。せっかく可愛かったのに』

『せめてかっこよかったと…いやなんでもない。この話はおしまいにしよう。…ていうか何。なんでいるの?』

撤退。勝てっこない。

『あら、無防備な家主を放って帰るほど私は無礼じゃないわよ』

『…さいですか』

…ということは、うちに泊まっていってくれたんだろうか。

ますます悪いことをした…。

一度キッチンへと引っ込み、一通りの朝食が盛り付けられた皿を携えてきたストリーが食卓につく。

とりあえず自分も座ると、 ストリーは手に持っていた皿を自分に寄越した。

…ん?

『あれ?お前の分のごはんは?』

…そういえば、昨日の夜もなにも食べてなかったような。

昨日の昼?ごめん覚えてない。認知症的なアレじゃなくて認めたくないという心理的なアレです。

『んん?んー…』

なぜかストリーはとても困ったような顔をした。

この流れは…。

『…ごちそうしてくれるの?』

『えぇ…』

ストリーの、というか魔物のごはん。
…男性の精である。

…完全に昨日の昼の流れだ…。

『いや待て。いくらなんでも昨日の今日すぎるだろ…。というか今までは食事はどうしてたんだ?ずっと食べてないわけじゃ…』

そこまで言って気がつく。…今まで誰かがストリーに精を供給していた可能性に。

よくよく考えれば自然なことだ。むしろなぜ今まで気づかなかったのか、というくらいに。

『…』

つい、無言になる。
頭の中ではいろいろな想像が、総じてよくない想像が駆け巡っていた。



しかし、そんなことは許さなかった。
自分とストリーを繋ぐこの糸が。



黙り込んでいた視界の外で、
ゆらり、とストリーが立ち上がる。


『…』

こちらも無言なら彼女も無言。
なのに、糸から自分の思考を読み取ったであろう彼女は明確な怒りをその態度で表していた。

そんなストリーの変貌に気づかぬまま、自分の思考はより良くない方向へと進み続ける。それが彼女にとって、どんなにひどいことかもわからないままに。

次の瞬間、糸が紅く輝いたと思うとまるで生き物のようにうねり始めた。

『…なっ!?』

突然のことに動揺する間にうねるごとに長さを増していった糸が、しゅるしゅると自分の体に巻きつく。いや、自分の体と椅子に縛り付けている。

『…何を、っん!?』

幾重にも、幾重にも巻きつく糸がとうとう自分の口までふさいだ。このわずかな時間で、上半身と椅子は完全に固定され、口も開けなくなっていた。


『縁くん…。あなたにいいことを教えてあげましょう…』

ゆっくりとした幽鬼のような足取りで近づいてくるストリー。端的に言って怖すぎる。



『一つ、私にとって、精はあくまでも一番のごちそうであって普通の食事だってできるの』


ストリーが食卓を回りこみ、くくりつけられた自分ごと椅子を引く。

『一つ、とっても美味しいごちそうを一度味わってしまえば、他のごはんなんてどうでもよくなる。そうなると思わない?』

そして、自分と向き合う形で椅子に座ろうとする。とっさに立ち上がって回避しようとするが、気づかないうちに糸は椅子の足と自分の足首まで固定していた。立てない。動けない。


『一つ、私はとことんまで自分が認めたオスに尽くしたいと思っているの。想像でも、誰も私を穢すことは許さない…』


ストリーがそのまま腰を下ろして、優しくのしかかる。
眼前、距離にして数cmのところにある顔が囁く。

あまりにも圧倒的な光景に、目を背けたくなる。しかし目の前の人並み外れた美貌が、こんなときでも目を捉えて離さない。

『以上三つ…どう?納得したかしら?』


問いに対して半ば無意識にうなづくと、ストリーが続けて何か言おうと口を開いて…その口を閉じた。

代わりに、じぃっと顔を、目を凝視される。
怒りのエネルギーを象徴する紅い目が、自分を見つめ続ける。

それが何かを我慢するような目に変わると、一度だけため息をついて、彼女は両腕を自分の顔へと伸ばしてきた。


むにっ。
両側から頬が引っ張られる。結構強く引っ張られているため、擬音の割には尋常じゃない痛みが伝わる。

『ん〜っ!?』

『…』

その手をほどこうと顔を振るが、ほどけない。

『〜〜っ!』

『……』

無言が怖い。

『〜〜〜っ』

時間にして数分。目の前の人並み外れて整った顔に対して、自分はだらしなく間抜けな顔を晒し続けた。





『はい、おしまい』

突然、ぱっと手が離れた。



『これに懲りたら、女の子で変な想像はしないこと!いいわね!』

いつもの調子に戻ったストリーが、腰を浮かせて立ち上がる。

結局、頬をつねられただけだった。昨日の昼のような、変な展開もなく。

…だったら、何も拘束する必要などなかったのではないだろうか。

ふと、今朝見た夢を思い出す。

合わせて思い出すのは、さっきストリーから言われたこと。




………。

……我慢、か。

受け止められるんだろうか、自分に。






『待ってくれ』

ストリーを呼び止める。

椅子に縛り付けられた状況では格好もへったくれもないが、精一杯の誠意は見せようと頭をさげる。

『悪かった、変に疑るようなことして』

『…』

一度は浮かせた腰が戻ってくる。どうやら話を聞いてもらえるようだ。…この状態だとやっぱり格好はつかないけれど。

『…嫌だと思ったんだ。誰か他のやつがストリーに精を与えることが。……だから、その、悪いことが考えられずにはいられなかったというか…』

『…』

先ほどは自分の頬をいじめていた両手が、今度は自分の顔を優しく持ち上げる。

『だから、ごめん』

改めて頭を下げようとすると、ストリーの手がそれを押しとどめた。

『どうして?』

『え?』

『どうして嫌だと思ったの?』

まっすぐに自分の目を見据えたまま、ストリーが問いかける。
自分が言おうとしていた言葉へと誘導をかけてくれている。
それがはっきりとわかった。



だから、こちらもちゃんと答えなければならない。




『好きだから。ストリーが』




答えは短く端的に。学校で習った。

…さあ、もう知らん。笑わば笑え。

『…』

『…』

お互い目をそらさぬまま、沈黙が続く。


『…えへへ』


沈黙を破ったのは、やはり笑いだった。…けれど、想像したものとは違う、ずいぶんと可愛らしい微笑みだった。



『私も』



続いて放たれた言葉は自分のと同じく、短く端的なものだった。

『…っ!』

これは…やばい…!

いつもの妖艶さとは真逆のあどけなさ。

この返答に対しての喜びが混じっていることもあり、破壊力がとんでもなかった。

けれど、今は浸っている場合ではない。まだ言っていないことが残っているから。

…空腹な彼女を、放っておくわけにはいかないだろう。


『だったら、というか、むしろもしよければ、というか、なんというか…』

『?』

ストリーが、何を言ってるのかわからない、という顔をする。

…自分だって、わかってない。

『いや、だな…つまりあれだ。その…もう、我慢しなくていいんじゃないか?』

言った瞬間。
ぽかん、と。
自分の言葉を聞いたストリーが呆けた。

どうでもいいけれど、さっきから表情の変化が著しい。…こいつにしては珍しいんじゃないのだろうか。

『…いいの?そんなこと言って…』

呆けたままのストリーが聞いてくる。

自分でも呆れる。魔物に、淫魔に自ら精を捧げようというのだから。

『…わからん。けどまぁ、お好きなように』

そう答えたものの、どうなるかなんて想像もつかない。
あとは野となれ山となれ、だ。
…それに、自分だってしたくないわけじゃない。絶対に言わないけれど。

『…んふふ』

しかし、特に何かをするわけでもなく、ストリーは椅子(自分付き)から降りた。

『あれ?……しないのか?』

『しない?なにを?』

意地悪に微笑んで、ストリーが逆に聞き返してくる。

こいつ…!

よくわからないが、いつものストリーに戻った…ような気がした。

『もう少しだけ、我慢するわ』

先ほどの話に戻って、ストリーはそう言った。

『私ね、するならするで、きちんとさせておきたいの』

『何を…?』

『何もかも、よ。心配しなくても今日の夜にはちゃんと食べてあげるから安心なさい』

う…。
威勢のいいことを言ってしまった手前、今更どうしようもないし、どうにかしたいというのでもないが…緊張する。

『それに、時計を見たらわかるんじゃないかしら?今の状況が』

『…っ!?』

今更ながら、非常に今更ながら思い出した。自分、学校のしたくをするためにリビングに来たんじゃないか…!

慌てて時計を見ると、いつもならとっくに家を出ている時間。今からの準備なら間に合うかどうか…。

『だから、ね?今日、学校が終わったら…』

自分から人を急がせるようなことを言っておきながら、まだ糸はほどかない。
背後に回ったストリーが、その腕を自分の上半身に絡みつかせる。

『いっぱい、楽しみましょう…?』

かぷり、と耳たぶを甘噛みされる。

それだけで、快感を伴ったじんわりとした熱が体中に広がった。

『あと、夜までに、少しでも精を、ためておきなさい?もし、勝手に出したりしたら…』

かぷ、かぷ、と断続的な甘噛みが続く。依然縛られている体で、何もできずにその感覚を享受していると、ぬるりとした熱源体が耳孔内に侵入してきた。

『後悔、するんだから…』

最後にふうっと耳に息を吹きかけると、『これでおしまい』とでも言うように体を離して、同時に糸の巻きつきも解いた。

拘束がなくなっても、糸の切れた操り人形のように力の抜けた体は、言うことを聞いてくれそうにない。


『あ、ちなみに私はもう分身が学校に行っているから、遅刻することはないわ』

…おい待て。

お前それはチートだろ…。

自分がアルター能力に目覚めてたら『アブソープション』使ってたぞこの野郎。

まだ能力が開花してなかったことに感謝するんだな!

こんなことを考えている間にも時間は過ぎていくわけで。

結局この日、自分は学校に遅刻した。


16/04/12 14:54更新 / 島眠
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更新遅れてすみませんでした…。

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