連載小説
[TOP][目次]
32品目 『渡る世間は金ばかり』
「お兄ちゃん朝よ! 起きなさい!」
「ん…ん〜……あと20秒だけ……」
「思わず待ってあげたくなるような時間だけどダメよ! 早く起きなさい!」
「う〜ん…わかったよ……ふぁ〜〜〜」

4日目の朝。
妹のリンに体を揺すられ起床を促される。

「ふぅ……おはよう、リン。今日は無事起きられたんだね」
「あたしが本気を出せばこんなもんよ!」
「そっかそっか。あ、シィもいたんだ。おはよう」
「ん(兄者、娘の言うとることは嘘やで。昨晩頼まれて今朝はわいが起こしてやったんや)」
「あ、そうなんだ」
「? お兄ちゃん、どうしたの?」
「え? あ、あぁいや! 何でもないよ」
「ふ〜ん?」

そうだ、リンにはシィの『第2の声』が聞こえないんだった。
受け応えするときは気をつけないと怪しまれちゃうな。

「ところで、こんな朝早くに一体どうしたの? 何かあった?」
「別にないわよ? ただ、昨日お兄ちゃんに起こしてもらったから、そのお返しをしたかっただけ」
「あぁ、なるほど」
「妹に起こされるなんて、お兄ちゃん冥利に尽きるでしょ? あたしに感謝してもいいのよ!」
「む(だから娘起こしたのはわいや言うとるやろが!)」
「あ、あはは。そろそろ起きなきゃって思ってたんだ。ありがとね、リン。シィもありがと」
「ふふん♪」
「ん(お、おう。兄者が喜んでくれたんなら悪い気はせえへんな……///)」

得意気に胸を張るリンと、ほんのり顔を赤らめるサハギンの少女シィ。
兄想いの妹が2人もいるなんて…お兄ちゃん感無量だよ。

「そうだ、せっかく早く起きたんだし、たまには手の込んだ朝食でも作ろうかな」
「それなら心配ないわよ」
「え?」
「シィと一緒に作ったの。もうテーブルに並んでるわ」
「ほ、ほんとに?」
「ん(ちなみにほとんどわいのお手製やけどな)」
「………」

まさに至れり尽くせり。
普段家事に追われる僕としては、今日みたいな日が毎日続けば良いのになぁと冗談抜きで思えてしまう。
いやまぁ、それはそれでダメ人間になってしまう気もするけど。

「どう? 感動して声も出ない?」
「う、うん」

そうだ、ダメ元でリンに頼んでみよう。
『気が向いたときにでも早起きして朝食を作ってくれないかな?』、と。
旅行中で機嫌の良いリンのことだ、もしかしたら…ということも考えられる。
よし! そうと決まれば……

「リン、あのさ……」
「今日だけの特別サービスよ? 当分は早起きなんてしないから」
「デスヨネー」

……世の中世知辛い。












「シロ君、一勝負しないか?」

朝食後。
別荘備え付けのラウンジで1人くつろいでいると、リリィさんからチェスのお誘いを受けた。
あ、シロ君と呼ばれドギマギしてしまったのは内緒。

「ときにシロ君。折り入って相談があるのだが」
「あ、はい。なんでしょうか?」

圧倒的に劣勢な状況をどう覆そうかと頭を悩ませる僕に、リリィさんはチェスボードから目を離さずに語りかけてくる。

「まぁ相談というよりは、仕事の依頼と言った方が正しいかな」
「仕事、ですか?」

すると彼女は何やら手帳のようなものを取り出し、おもむろにページをめくっていく。
そしてあるページで手を止めると、

「昨日、このビーチをロザリンティア女史に譲渡した件は覚えているね?」
「はい、それはもちろん」
「実はね……このビーチには、ちょっとした問題があるんだ」
「問題?」

リリィさんは申し訳なさそうに目を伏せると、開いたままの手帳を僕に差し出してきた。

「これは?」
「中身を読んでくれたまえ」
「あ、はい。えっと……」



『報告書 〜巨大生物の住処を発見〜』

先日リリィ様にご購入された当ビーチですが、アフターサービスとして安全確保のための再調査を実施させていただきました。
しかし誠に遺憾ながら、岩場の奥の洞窟に巨大生物の影が確認されました。
当初は調査隊の見間違いではと我々も半信半疑でしたが、複数の調査員が目撃
したとの報告を受け信じざるを得ない状況となりました。
本来なら我々が対処すべき問題ではありますが、契約内容には『アフターサービスとして再調査を実施』のみとしか記載されておらず、討伐は管轄外として契約には含まれておりません。
そのため今回の件は『自己責任』ということで決着とさせていただきます。
こちらの不徳の致すところではありますが、ご理解の程よろしくお願い致します。

                                          〜バフォメット商会〜




「………」
「酷い話だろう? まぁ、まんまと掴まされた私の責任でもあるのだが」
「あぁいや、別にそうは思いませんけど……」

このビーチに巨大生物が?
知らなかったとはいえ、僕達とんでもないところで遊んでたんだなぁ……。

「というか、ビーチを購入したのはいつ頃なんですか?」
「今からちょうど2年程前だったかな。しかし私も多忙な身でね、これが最初で最後の訪問になってしまったよ」

当時購入した金額の50倍は儲かったがね。はっはっは!と心底愉快そうに笑うリリィさん。
あぁ…今度はロザリーさんが掴まされたということか。
法外の額に加え『巨大生物』のオプション付きとはまた難儀な……。
だが幸いにも、最高級リゾート地としての価値が偽りではないということだけがせめてもの救いか。

「おっと、話が逸れたね」

リリィさんは姿勢を正すと、僕から返却された手帳に再び目を向ける。

「私もこのふざけた報告書があがってきたときは、すぐにでも討伐隊を派遣しようと思った。しかし……タイミングが悪かったんだ」
「どういうことです?」
「重要な商談が入ってしまったんだよ。私の商人としての人生を左右する程のね」
「そ、それは大変ですね」
「あぁ。しかしここまで話せば、後のことはだいたい想像がつくだろう」
「えっと、ビーチの件を気にする余裕がなかった…ということですか?」
「御名答」

なるほど、把握しました。
規模はまるで違うけど、要するに僕が試験前にアタフタするのと同じ状況だろう。

「ちなみにその商談の結果は、今の私を見ればわかるね?」
「は、はい。その、なんというか……お疲れ様でした」
「うむ♪」

僕の受け応えに満足したのか、リリィさんはニコニコと上機嫌に微笑む。

「む、またもや話が逸れてしまったね。では本題に入ろう」
「あ、はい」
「単刀直入に言おう。私と共に、その巨大生物とやらを退治してはくれないか?」
「はぁ……へ?」

たいじ…………退治!?
あ、あれ!? 完全に他人事だと思っていたら、ここでまさかの討伐依頼!?

「もちろん報酬は弾もう。さぁ、君の望む金額を言ってくれたまえ」
「あ、いや、お金とかそういう問題ではなく……」
「む、金銭だけでは不服か? 仕方ない…私の保有する土地の一部を君に譲渡しよう。大都会の真っただ中にある高級住宅地だ。移住するも良し、もしくは売却して大金を手に入れるも良し。今なら活躍に応じて報酬を上乗せするインセンティブ契約も考慮しよう。どうかな?」
「ぇ、ぇ〜……」

ダ、ダメだ……話の規模がデカ過ぎて頭が痛くなってきた。

「………」
「こ、これでも不満か!? ふむ…シロ君はなかなか交渉上手のようだ。ならば……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「む?」

報酬の規模がとんでもないことになってきたので思わず制止をかける。

「と、とりあえず報酬の件は依頼が達成されてから改めて…ということにしませんか?」
「君がそれで良いのなら構わないよ」
「はい、是非そちらの方向で……」

やれやれ…何だか心臓に悪いなぁ。

「それよりもリリィさん、さすがに2人だけでは心許ない気がしませんか?」
「君の言う通りなのだが…私にも事情があってね。この事をロザリンティア女史に勘付かれるわけにはいかないんだ。大金をはたいて購入した高級リゾート地に未知の巨大生物が蠢いているなどと知られた日には……私の商人としての信用は地に落ちる」
「た、確かに。ロザリーさんも相手の過失を見逃すような人じゃありませんし」
「そういうことだ。だから、なるべく少人数で行動したい」

う〜ん、これは思った以上に深刻な問題のようだ。
しかし事の重大さが発覚した今、なおのこと僕1人では心許ない。

「……いえ、やっぱりもう1人だけ同行してもらいましょう。リリィさんの事情も理解できますけど、相手は未知の巨大生物ですよ? 僕達が思っている以上に手強い相手かもしれませんし、何より命の危険も考えられます。ここは多少のリスクを冒してでも慎重にいくべきだと思います」
「………」

僕の訴えにリリィさんは顎に手をやり思案する。
そして、

「……ふむ、そうだな。私は自分の保身のため事を急いていたようだ。君に降りかかる危険を軽視していたよ。すまない」
「いえ、そんな……危険なのはリリィさんも同じですよ」
「君は本当に優しい男だ。私の問題をこうも真剣に考えてくれるとは……ふふ♪ 惚れ直したよ」
「っ……///」

冗談めかしく微笑むリリィさん。
そんな彼女の仕草に思わず頬をかく。

「ならば、誰に同行してもらうか決めよう。もちろん、ロザリンティア女史以外だ」
「そうですね」
「ちなみに私はもう既に目星をつけている。誰かわかるかな?」
「え、えーと……」

少しまとめてみよう。


僕とリリィさん、そしてロザリーさんを除いた人物だから、残るは店長・リン・シィの3名ということになる。
戦闘力だけを考えればリン一択だけど、それだけで決めて良いほど単純ではないはず。

僕個人の意見としては、シィには極力残ってもらいたい。
何故かといえば、彼女は誰もが認めるエリートコンシェルジュ。
戦闘すらも卒なくこなせるイメージはあるが、それよりも重要なのは僕達が討伐に向かった後の『後始末』。
いきなり3人の姿が見えなくなれば、十中八九ロザリーさんは不審に思うはず。
僕がシィに期待するのは、そんなロザリーさんの抱く『不審感の払拭』。
コンシェルジュである彼女なら無事やり遂げてくれるだろう……というのは僕の勝手な想像だが、わりと本気でそう考えている。

となると必然、店長かリンのどちらか2人を選ぶことになる。
そしてここからは僕の心情的な話になるが、強いて選ぶとすれば…………店長だ。
本当はパワーが反則級のリンを連れていきたいところだけど、彼女はこの旅行中、まるまる1日寝て過ごすという大失態を犯してしまった。
ただでさえ軽くないショックを受けている彼女を連れ出し戦ってもらうというのも酷な話ではないか…と考えた結果である。
そこには妹にリゾート地を存分に楽しんでほしいという、兄の切実なる想いも含まれている。

ちなみに店長を抜擢した理由は意外に単純。
戦闘では忍者特有の暗殺術、討伐への協力はリリィさんの財力でなんとかなってしまうからだ。
あとは討伐へ向かっている間、待機組の店長がロザリーさんとイザコザを起こす可能性を考慮し、それを未然に防ぐという意味でも店長の同行は理に適っているというわけだ。


「なんとなくですけど…店長、ですか?」
「ほう? 私と同じ意見だな。どうしてイチカを選んだ?」
「それなんですけど、実は……」
「みなまで言うな。君の妹はちょっとした不幸にあったのだろう? イチカから聞いている」
「は、はぁ」

不幸というほど大袈裟なものではないと思うけど。

「討伐の難易度よりも、妹への思いやりを優先する……素晴らしい兄妹愛じゃないか」
「いえ、そんな……」
「私は初めから、君が妹を気遣いイチカを選ぶと信じていた。まったく、期待を裏切らないね、君は」
「あ、ありがとう、ございます」

う〜ん…なんだかむずがゆいなぁ。

「よし、そうと決まれば早速討伐の準備に入ろう。イチカへの根回しは私に任せてくれ。決行は明日の早朝だ」
「はい!」
「シィには既に話をつけてある。いいか? 悟られぬよう、くれぐれも注意してくれたまえ」

はぁ……まさか旅行先でこんな事態に巻き込まれるとは。
大事にならなければいいんだけど……。

「それはそうと……チェックメイトだ」
「あ」





4日目 終了





〜店長のオススメ!〜

『エクスカリバール』

名前だけは立派な至って普通のバール

価格→ 2980エル












「リリィさん、素朴な疑問があるんですけど」
「ん、なにかな?」
「シィはリリィさんの部下なんですよね? ロザリーさんがお持ち帰りしようとしているんですけど…いいんですか?」
「あぁ、そのことか。確かにシィは私の部下だが、彼女とはこのビーチの管理のみを任せていてね。いわば専属契約というものだ」
「はぁ」
「だが、彼女に任せいるこのビーチの所有権がロザリンティア女史に移ったことで、契約は全て白紙ということになった。厳しいようだが、そういう契約だったからね」
「そ、それはまた……」
「あぁ。だから私が再雇用しても良かったのだが、女史が彼女を欲しているのであれば、もはや私からは何も言うまい」
「なるほど、そんな事情があったんですか」
「もちろん、シィの意思を尊重してやるべきだが…いかんせん、彼女は金が好きだからな。給料の良い方へ行くのは当然だろう」
「………」

やっぱり、世の中世知辛い。
13/04/05 07:25更新 / HERO
戻る 次へ

■作者メッセージ
次回はまさかのバトル回!
久しぶりにRPGっぽく戦っちゃいますっ

感想いただけると嬉しっすノ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33