連載小説
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凍った心
私はレスカティエの貧民街で生まれた少女だった。
「ねーねー」とおねだりをするのが得意で、また貰ったらきちんと礼を言う、可愛らしい少女だったらしい。
家は貧民街の住民の中でも特に貧しく、私たちは物乞いをして暮らしていた。
はやり病で両親が私と兄の二人を残して死ぬと、暮らしはさらに苦しいものになる。
生きていくためには手段は選べなかった。
スリ、万引き、家荒し、強盗……クスリと殺し以外はなんでもやった気がする。
当然、私たちはレスカティエ教国の兵士達に逮捕された。
だが私たちの動きは非凡なまでに素早かったらしく、教団兵はなかなか私たちを捕まえられなかった。
最終的には捕まってしまったが、それでも動きの素早さを見込まれて私たちは兵士としてスカウトされた。
育てれば、勇者に匹敵する実力を得られただろう。
けれども私たちは犯罪を繰り返した過去を持つ者だ。
そんな後ろめたいものを持つ人物が教団の希望である勇者にはなりえない。
私たちはレスカティエ軍の暗殺者として育てられた。
「考えるな! 感じるな! お前らは暗殺者、任務のためだけの人形になりきるのだ!」
暗殺者など人権もない、軽い命である。
まともな食事も睡眠も与えられず、無茶な訓練をやらされる日々だった。
何人もの訓練に耐え切れずに死んだ仲間を見た。
しかし指導官は、年端もいかない訓練兵の暗殺者が死んでいくことはお構いなしに私たちに訓練を強い、懲罰として暴行する。
「その程度でへばっているんじゃない、下種め! またひっぱたかれたいのか!?」
兄も鞭で叩かれてその跡がミミズ腫れとなったり、傷跡が化膿したりして、危うくその仲間入りすることも何度もあった。
一方、私は鞭で叩かれたりすることはなかった。
身体に跡が残るような仕置きは女には禁じられているのだ。
なぜなら……
「もっと舌を使え、その程度じゃ敵の男を骨抜きにできんぞ!」
女の暗殺者は閨房術(性技)も身につける必要があったからだ。
敵国の重要人物に夜伽をして情報を聞き出したり、あるいは情事の最中に油断しているところを暗殺したりするためだ。
訓練の相手として、教国の幹部や街の教会の神父などがいた。
教国としては、表では性欲を否定する彼らの性欲処理にもなるし、閨房術が使える暗殺者も育成できるということで一石二鳥だ。
だが私たちとしては特にいいことはない。
「自分が気持ち良くなっている暇があったら、もっと腰を動かせ!」
相手を溺れさせるための性であるため、乱れることは許されなかったのだ。
せいぜい、相手を受け入れる際に怪我をしないよう最小限自分を濡らすだけだった。


このような非人道的な訓練の果てに、私と兄はレスカティエ教国の暗殺者として育て上げられた。
暗殺者となってからはあらゆる任務に参加した。
国内外の国王の政敵の誅殺、隣国の王子の謀略、魔物の集落の殲滅……
華やかなレスカティエの裏で私たち闇の者は闇の中で暗躍し続けた。
数々の任務を成功させた私だが、一度だけヘマをこいたことがあった。
任務自体は成功したのだが、その帰り道で山賊に捕まってしまったのだ。
女が山賊につかまれば当然、慰み者になる。
私も例外ではなかった。
使い捨ての暗殺者が助けられるはずがない。
それでもなんとか逃げ出す機会を伺っていたのだが……どうもこればかりは主神に感謝しなければいけないらしい。
ちょうど、レスカティエ教国から山賊討伐の部隊が派遣されたらしく、彼らによって私は助け出された。
兄など家族以外に優しくされたのはそれが初めてだった。
一番手に乗り込んできた兵士に優しく扱われたぬくもりを今でも私は忘れていない。
……もしかしたら、俗に言う恋だったのかもしれない。
しかし、私は暗殺者。
そのような感情を持ってはいけないし、私の正体を彼に明かすことはできなかった。
それでも未練たらしく、暇があれば影から彼の様子を伺うことが何度もあったのだが……
彼は仕事に実直で威張り散らすことなく、貧民街の子どもに人気のある、私より数才年下だった。
結婚したら良き夫、良き父になるだろう。
その隣にいるのは間違いなく私ではないだろうが……
指を銜えながら私は彼の様子を見ていた。
そんな暗殺者らしからぬことをしていたことに対する主神の罰なのだろうか?
兄がレスカティエ教国を裏切ったとのことで、彼を捕えるようにと私は教国の幹部に言われ、命令を下された。
感情を殺す訓練を受けている私でもさすがに抵抗があったが
「お前が捕らえれば、最悪の刑は避けてやる」
そう言われ、私は兄を捕らえた。
兄は驚くことも抵抗することもなく、素直に私の縄についた。
そして兄は教国に引き渡されたが……兄は裁判などされることなく、死刑となった。
「市中引き回しや晒し者にはしなかったのだ。最悪の刑ではないだろう?」
そう嘯く教国の幹部はさらに私に命令を下した。
兄の死刑をその手で執行せよと……
逆らえば、お前も裏切り者として殺すとも言われた。
「さぁ、俺を殺すんだ」
レスカティエの城の地下牢……独房の中には私と、椅子に縛られている兄。
「……できない!」
「やるんだ。さもないとお前も死ぬ羽目になるぞ……!」
幹部の言葉を聞いていたわけでもないのに、兄は私が命令に逆らった時のことを言う。
思えば、私に捕らえられるときも、私が捕まえられなかったことを考えての行動だったのだろう。
「すまないな、お前に迷惑ばかりかけるダメな兄貴で……」
「兄さん……」
「ダメなところばかり見せるけど、最後にお願いを聞いてくれるか?」
兄がまっすぐ私を見る。
これから死ぬ……それも妹の手にかかって死ぬというのに、その顔には恐怖や怒りなどはなかった。
ただ、私への優しさと申し訳なさという、暗殺者らしからぬ、私にだけ見せる表情があった。
「俺の分まで長く生きて、笑顔で俺に会いに来てくれな」
兄の分まで長く生き、笑顔で黄泉に行く……私に課せられた願い、そして罰……
「もう時間がない……幹部が確認しに来たりするまえに、さぁ……!」
「……っ!」
私が持つ刃が一閃し、手に肉を切り裂く感触が伝わる……


このような過去を持って、私は暗殺者として生き続けている。
兄の願いは、前者はともかく、後者は叶えられそうにない。
教団に期待を裏切られ、兄をこの手で殺した私は今までに増して心を硬く凍らせ、閉ざすようになった。
もう、笑うことを忘れてしまったようだ。
果たして兄の元に行くとき、笑顔になれるか自信がない……
なんとか兄の願いを叶えようと、兄の形見の帽子をかぶったり、例の兵士を時々眺めたりして自分で自分を笑わせようとする。
だが、それとは裏腹に私はより冷酷に、教国の幹部に命じられた敵を老若男女関係なく篭絡し、屠り……





「辛い……過去だったんだね」
突然、私の意識が過去から現実の物に引き戻された。
目の前に、悲痛な顔をしたダークスライムがこっちを見ている。
そして私の頬を撫でた。
いつの間にか私は泣いていたらしい。
無理やりしまい込んでいたつらい過去を鮮明に思い出したことは、やはり堪えた。
そこまで氷のように硬く鍛えられているはずの私の心にはヒビが入っているようだった。
「ねぇ、魔物にならない?」
そんな私にメジストは話しかけてくる。
「魔物は人間のように縛られたりするようなしがらみもないし、家族を殺すような……ううん、同胞である魔物はもちろん、人間を殺すようなことがないわ。魔物の世界ってそういうものなのよ? 」
「……っ!」
メジストの言葉に一瞬心が揺れる。
『考えるな、惑わされるな……! 魔物が言うほど邪悪じゃないことは分かるが、それでも……!』
自分を叱咤するが、ヒビが入った心は言うことを聞かない。
たとえ出来たとしても、メジストがそれを無意味にする一言を囁いた。
「ま、あなたがイヤと言っても、あたしはあなたを同じ存在に変えちゃうんだけどね〜♪」
メジストは先程までの真剣な雰囲気から一転して淫らな笑みを浮かべながら、私の服の隙間から粘液を入り込ませて私の裸身を撫で上げてくる。
苛烈なまでの、ダークスライムによる陵辱が始まった……
11/11/29 21:21更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)
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■作者メッセージ
今回は私なりの、暗殺者の過去を描いてみました。
クロスさんの公式設定じゃないですが、いかがだったでしょうか?
作者自身が甘ったれたぬるい人間なので、暗い影を描写できたかどうか不安です……

次回はメジストが魔物としての本気を出します。
果たして女暗殺者の運命は……その先に救い、幸せはあるのか……

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