目が覚めたとき、目の前に二つの赤い塊があった。障子から差し込む朝日に、寝起きの頭が次第に覚醒していく。とても柔らかそうなそれが女の乳房であること、アカオニのものであることに気づき、夕べ自分がそれを『酒まんじゅう』と呼んでしゃぶりついていたことを思い出した。
　身を起こしても頭痛などはない。狂ったように飲んだにも関わらず、俺の頭は冴えている。今いるのは宿の寝室のようで、アカオニたちが布団の上でも畳の上でも構わず寝転がり、いびきをかいていた。全員裸だ。その辺りに徳利も転がり、酒臭さに満ちている。そういえば廊下でひとしきり騒いだ後、一階の寝室に移ってさらにまぐわったのだ。

　俺はしばらく彼女たちの無邪気な寝顔を見つめていたが、ふと刀を探した。妖刀・酩酊赤染である。手の届くところにあったそれを掴み、鯉口を切ってみると、錆まみれの汚い刃が現れた。

「……この刀、だな」

　妖怪の力が宿った道具が人を妖怪に変える、という話を聞いたことがある。赤染というのは斬った女をアカオニに変えるということだったのだ。
　俺は殺すつもりだった異人の女をアカオニに変え、酔って乱行した挙げ句、こうして朝を迎えた。もはやこいつらを斬ろうなどとは思えない。一晩中、あれだけ交わった女人を殺せるものか。否、交わっただけでなく、愛し合っていた。

「……人生、考え直さねばな」

　ゆっくり立ち上がり、一先ず厠へと向かう。今の俺は裸だが、服を着るのが億劫だ。念のため酩酊染赤だけは持って部屋を出る。高沼に何と報告するか考えねばならないが、妖怪になった異人をどうこうしようとは思うまい。もし何かあれば俺が守るまでだ。

　厠の戸を開けようとしたとき、中から何かの気配を感じた。
　もしや、と思い、俺は刀の柄に手をかけつつ戸を蹴破った。

「ひぃっ!?」

　戸の倒れる音に続いて聞こえてきたのは女の悲鳴だった。青い髪をした、真っ白な肌の異人の女だ。宝石などで装飾された剣を抱えており、身分の高い人間だと分かる。
　この宿に泊まっていた異人の頭は十人の兵を連れていた。俺が昨日斬ってアカオニと化したのはその十人、全員伴の兵士の方だ。つまり恐らく、一晩中厠に隠れていたと思われるこの女こそが……

「勇者テルフィーナ、か？　部下たちが俺に斬られている間、ここに引きこもっていたわけか」
「ち、近寄るな異教徒！　下郎！　無礼者！　変態！」

　涙を流して震えながら、勇者とやらは喚き立てた。床が濡れており、夜のうちに失禁していたと見える。こんな奴は本来斬るに値しないが、美人であるからには相応のことをせねばなるまい。

「クッ……クッ……クッ……」

　俺は厠を出て、そのまま突き当たりへ進んだ。宿の酒置き場の位置を覚えていたからだ。案の定、そこには大きな酒樽が残っていた。蓋を取ると酒精の良い香りが鼻をくすぐる。錆まみれの酩酊赤染を抜き放ち、その中へ刃を浸けた。たちまち錆が消え、酒の中で白刃が光りを放つ。

「か、覚悟ーっ！」

　涙まじりのかけ声と共に、背後から迫る諸刃の剣。まともに喰らえば命はなかろうが……

　人斬り周吾を侮られては困る。

「ふっ！」
「きゃあっ!?」

　剣を握るテフィルーナの手をつかみ取り、相手の力を利用して空中へ放り出した。彼女の体はそのまま酒樽へざぶんと着水する。俺は錆の落ちた酩酊赤染を再び酒樽へ突入れ、確かな手応えを感じた。

　テフィルーナは酒に浸かってじたばたと藻掻いていたが、やがて何とか樽の縁に手が届き、底に脚も着いたようだ。ゆっくりと樽から顔を出したとき……

「……うぃ〜♥」

　すっかり見事な赤い肌となり、一際立派な角を生やしていた。俺は刀を納め、だらしのない笑みを浮かべる彼女の手をとった。そのまま酒樽から出るのを手伝ってやると、彼女も素直に従う。

「あぅ〜。もう勇者らんて嫌らのよぉ……」

　樽の前にへたり込み、テフィルーナは呂律の回らない口調で愚痴をこぼした。

「そりゃ剣術で負けたことはないけどしゃぁ……本気で殺し合うらんて怖くて嫌らよぉ……」
「……そうか、お主も辛かったのだな」

　涙まで流し始めたテフィルーナの頭を撫でてやると、彼女は頷いた。どうやら教団の勇者やその伴というのは望んでなるものとは限らぬらしい。

「みんな、みんら世界をしゅくえるのはわたひだけとか言っへ……」
「うむうむ」

　愚痴を聞いてやりながら、俺は元勇者の服を脱がせはじめた。アカオニが着るには今ひとつ似合わない。胸は昨日の酒まんじゅうには劣るが十分大きく、腰はすらりと細い。『すかーと』もはぎ取り、酒が染み込んだ下着も脱がせると、赤い割れ目や尻まで酒の匂いが着いていた。テフィルーナは何の抵抗もしない。

「もう、もう勇者は嫌ぁ……」
「よしよし、なら裸踊りをしろ」

　頭を撫でながら言ってやると、テフィルーナは顔を上げた。緑色の目は少し赤らんでいる。

「はだか……おどり？」
「そうだ。素っ裸で踊りなど踊れば、誰もお前を勇者だなどと言うまい」
「……ほんと？」
「ああ、勇者だと思うことすらなかろう」

　すると泣きはらしていたテフィルーナの表情がパッと明るくなった。妖刀で斬られた上にたっぷり酒まで飲んだ彼女は、俺の無茶苦茶な理屈に希望を見出したのだ。

「よーし！　頑張って踊るぞぉ！」

　よろよろと立ち上がり、赤い裸体を惜しげもなく晒す。優雅な曲線を持っており、なかなか美しい。そのまま踊りだすのかと思っていると、彼女は突然俺に寄りかかってきた。酒の香る女体を咄嗟に受け止めると、テフィルーナは俺を見上げて可愛らしく笑う。無邪気な笑顔だったが、すでに酔っているだけにどろりとしており、また実に妖怪らしく淫らに見えた。

「どうしたのだ」
「ダンスはぁ〜、男女がペアにならなきゃダメでしょ〜」

　何を言っているのか分からないが、一緒に踊れということか。異国の舞踊は男女が対になって踊る、ということかもしれない。
　つまり。

「男女が一緒にということは……こういうことか」

　俺はすでに怒張していたそれをテフィルーナの股にあてがう。そして彼女が状況を飲み込めぬうちに、一気に刺し貫いた。

「きゃはぅぅぅぅ♥　な、な、なにこれぇぇ♥」
「おお、これはまた……！」

　同じアカオニでも穴の感触には違いがある。昨日の乱交の中でそれはすでに学んでいたが、テフィルーナのそれはまた独特の感触だった。例えて言うなら昨日最初に交わったターニアの肉洞をこんにゃくとしよう。今挿入したテフィルーナの肉洞はさしずめ、絹ごし豆腐だった。強く締め付けてくるのではなく、とても柔らかくてきめ細かな肉がくすぐるようにまとわりついてくるのだ。
　慣れない挿入の刺激にテフィルーナが藻掻く度、絹ごし豆腐がさわさわと摩羅を撫でていく。いきなり入れたにも関わらず汁の量も多く、それが肉洞の絡み付きをこの上なくよくする。

「あっ♥　はぁっ♥　いい、気持ちイイ、この踊り……♥」
「っ……俺もだ……ほれ、もっと激しくなるぞ！」

　彼女の体を激しく突き上げてやると、赤い女体は本当に踊っているかのようによがった。他の仲間たちと違い、性交というものすら知らなかったのかもしれない。禁欲的な教団で育てられたのならあり得ることだ。

「んぁぁぁ♥　ま、負けらいもんっ♥」

　テフィルーナもアカオニとなっただけに力は強い。俺の肩に腕を回し、激しく腰を揺さぶった。あまりの勢いに押され後ずさりしてしまう。温かい女の穴の中で、摩羅が豆腐と一緒に煮込まれているかのようだ。
　抱き合っている肌の温みも心地よい。もしかしたら俺はずっとこの温もりが恋しかったのかもしれない。

「はっ♥　ふぅぅん♥　あふぅん♥」

　酒臭さの混じった喘ぎ声を漏らしながら、テフィルーナはうっとりした表情で、だが激しく腰を振る。突き上げようとする俺の動きもあまりの激しさに押し込まれてしまった。小刻みに跳躍するような彼女の動作により、俺はじりじりと押しのけられていく。
　そして同時に、我慢の二文字さえ押しのけられた。

「う……出るぞ！」

　昨晩同様、勢い良く噴き出した俺の精液。その間も腰を動かし続けるテルフィーナの穴から零れ落ち、床を汚していく。

「何か、なにか出てるよぉ♥　なんか、なんか幸せぇ……♥」
「お、おい、少し止ま……ッ！」

　脱力しそうになった体で辛うじて踏ん張るも、テフィルーナにどんどん押しやられる。やがて寝室まで押し戻されてしまったとき、女の穴は少しずつ変異しはじめた。柔らかい絹ごし豆腐だった肉洞が次第に弾力を帯び、摩羅を締め付けはじめたのである。テフィルーナが腰を降るたびに粘っこく絡みつき、強い刺激を与えてくる。まるで穴に白玉が詰まっているかのようだ。

「あ、あ、あ、あぅぅ♥　く、くるっ♥　すごいのが、すごいのが来るよぉ……♥」

　明後日の方を向くテフィルーナの表情を見て、彼女が絶頂に近いためだと悟った。そのときには偶然なのかわざとなのか、他の連中が眠る寝室の中まで押し込まれてしまっていた。
　どさりと布団に倒れ込んだとき、彼女はようやく腰を止め、俺のぎゅっとしがみつく。俺も同じようにした。もう限界だったからだ。

「――！」
「――♥」

　どちらからともなく触れ合った唇に、互いの叫びが吸い込まれた。びくびくと赤い裸体が痙攣し、女の穴から噴き出した潮が体にかかるのを感じた。同時に俺の摩羅も激しく脈打ち、ドロドロした欲望を再び奥深くへ注ぎ込んでいった。
　唇を吸い、舌を絡め合いながら快楽を満喫する。彼女の唾液にさえ酔ってしまいそうだ。

　絶頂を終え、ゆっくりと彼女の力が緩まってくる。同時に肉胴からも力が抜け、白玉から絹ごし豆腐に戻った。唇が離れると、テフィルーナはしゃっくりをしながら俺に笑いかけた。満足してくれたらしい。

　だがこれで終わりではない。周りのアカオニたちも目を覚ましていたのだ。

　ある者は太腿をきゅっと締め、わかめ酒の準備をする。
　ある者は豊満な乳に酒を垂らし、酒まんじゅうをこしらえる。
　またある者は胸を隠すようにして、甘く淫らな桃尻を突き出してくる。

　皆がオスのニオイに酔い、目を爛々と光らせて俺を見ていた。今満足げな笑みを浮かべていたテフィルーナも含めて、だ。こいつらはすでにケダモノであり、俺もまた同類である。赤い肌も、二本の角も、全てが愛おしい。今後の身の振りを考える前に、こいつら全員に俺の股から出る酒を振る舞わねばなるまい。

「……次はどいつだ？」

　テフィルーナの穴から抜け出て尚そそり立つ摩羅に、一番早く駆け寄ってきたアカオニが腰を降ろした。

■作者メッセージ
「……こうも上手くいくとはな」

　宿屋の戸に立入禁止の札を張り、私は誰にも聞こえない声で呟いた。札は奉行所の印入りで結界も張ったので、奴らは当分誰にも邪魔されずに酒と淫行を楽しめるだろう。それが収まった後どうするかは奴ら次第だが、もう間違った道へ行くことはあるまい。

　教団に対する『攘夷』は黒垣藩全体の意思でもあるが、教団憎さのあまり異人全てに手を出しかねない奴もいる。あの周吾のようになまじ腕の立つ剣客だとなおタチが悪い。だがそいういう奴も妖怪の嫁ができれば大人しくなる。大抵の憎しみはそれで癒えるからだ。
　私は同時に、藩内へ侵入した教団の兵士を片付けるべく、奴にあの妖刀を掴ませた。狸の商人に見つけさせたものだ。周吾がその切れ味を試したがっているところへ、同じ攘夷の武士として異人暗殺の仕事を持ちかける。結果、教団の工作員は全員淫鬼となり、周吾は悪鬼にならずに済んだ。『惨劇』の舞台となる宿屋をわざわざ作った甲斐があったというものだ。

　勇者テルフィーナたちは『魔物とそれに魅入られた魂を浄化する聖なる薬』なるものを持たされており、それをこの藩の井戸へ投げ込むよう命じられていたらしい。乱交のどさくさに紛れ、箱に入ったその聖なる薬とやらを盗み出してみたが、正体は死んだネズミだった。

「この土地で黒死病など流行るものか……」

　井戸に投げ込まれたとしても、水霊の力で浄化されていたことだろう。教団の連中はなりふり構わず我々妖怪を始末するつもりのようだが、思考は短絡的と見える。

　それはそれとして、この姿は疲れる。我々でも男に化けるのはなかなか難しいものだ。早く帰って、文字通り羽を伸ばすとしよう。僅かに酒の匂いが漏れる宿屋を背に、私は帰路についた。








　――以上が、後に福福屋事件と呼ばれる一件の真相である。尚、事件の当事者たちはその後小さな剣道場を開き、そこそこ繁盛した。












……お読み頂きありがとうございました。
連載の合間にパッと思いつきダーッと書いたお話です。
アルラウネもちゃんと書いておりますよ〜。

＊お酒の飲み過ぎは命に関わります。このSSの真似は絶対にしないでください