連載小説
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計算通り

 薄暗い部屋に一人の少女がいた。
部屋にあかりは付いておらず、代わりに室内を薄暗く照らすのは蜘蛛の巣のように張り巡らされたコードに繋がれた大量のハードディスクが発する明滅。
そしてパソコンデスクに座る少女をぐるりと取り囲むように設置されている無数のモニター達だった。
監視カメラの映像のような少し粗めの画質のそれらに映るのは魔の宴。
個室に連れ込んだパートナー相手に本性を現し、二人きりで、あるいは複数でむしゃぶりつくす多種多様な魔物娘達。
そんな淫猥な映像の元、少女の正面にある一際大きなメインモニターに映し出されるのは目にも止まらぬ速度で画面上を駆け巡る記号、記号、記号。
その記号は、現代のどんな機械にも使用されていないフォントで作られた文字。
それもそのはず、この記号こそこの少女が自ら作り上げた「かんたん☆術式プログラミング言語ver.2.55」だ。
ちなみに「かんたん☆」というのはあくまでこの少女基準であり、改良に改良を重ねたこのバージョンでも一般的な魔術の知識の者が見てもちんぷんかんぷんである。

カララララララララ……

ハードディスクの上げる唸りを除いて部屋に響くのは小さな音。少女の手元から鳴るキーボードを叩く音のみだ。
指先が消えて見えるそのブラインドタッチはカタカタという音が連続しすぎてカラララララ、と何かの発射音のようだ。
「……お邪魔しまーす……」
と、その暗い部屋に一筋の光を投げかけながら扉が開かれ、一人の美しい淫魔がこっそりと顔を出した。
カララララララララ
少女は振り返らない。
「今大丈夫かなー……?」
「んぁー……」
小声で呼びかけると少女から気の抜けたような生返事が返ってくる。
この淫魔は魔王が娘「リリム」であるからしてそのような態度は不遜と言える。
しかしリリムは気を害した様子もなく、「忙しそうね」と漏らしてそっと立ち去ろうとする。
「ん、ん、ん、ん」
しかし、片手をキーボードで走らせながら少女がもう片手で人差し指を立て、「もうちょっと待って」のジェスチャーをする。
相変わらず舌は回らない様子だ。

ッターーーン!

一際強くキーを叩く音が響くと同時に、さっと室内灯が部屋を照らした。
照らし出された少女の髪色は薄緑。ぼさっとしたそれは二つの房に分けて結わえられ、頭部に高級そうな大きいヘッドホンを装着している。
その下からのぞく大きい瞳は普段は髪と同じ色の輝きを爛々と放つのだろうが、今は目の下にクマが発生し、眉を寄せてしょぼしょぼさせている。
研究員のような白衣を纏った小柄なその身体は一番低く設定しているであろう座高でも足が地面に届いていない。
彼女の種族は「グレムリン」。
実はその容姿はゲーム内の「大破の間」に登場したあの「グレムリン」と瓜二つだ。
彼女こそはこの「ダークネスロード」の開発者、エルゾゾ・ボルビリ。
魔王軍サバトに所属する魔女である彼女はその才能と情熱を買われ、モノリス・クロバーンという現代侵略の要を担う一人のインキュバスの元に弟子入りした。
実質的にはそのインキュバスの三人いる嫁のうちの一人、ベータ・シシーの元で学ぶ事が大半だったが……
「インターネット」という、この世界の中に内包されたもう一つの世界が彼女の暗躍する舞台だ。
「……」
くるりと椅子を回してリリムの方を向くとヘッドホンを外す。
外した途端ズン、ズン、ズン、ズン、とそのヘッドホンからハードコアテクノのリズム音が漏れ聞こえる。
漏れた音が離れたリリムのところにまで届くのだからものすごい音量だ、むしろよくリリムの声が聞こえたものだ。
エルゾゾはぐりぐりと眉間を指で押すと、デスクの脇に大量に積んである毒々しいカラーリングのエナジードリンク缶の一つを取ってペシ、と開ける。
こきゅこきゅと喉を鳴らして一息に飲み干すと足元のゴミ箱にぽいと捨てた。
ゴミ箱はもはや缶が満タンでもう溢れそうだ。
「ハァー……ジュカさん……いやね……あちしね……自分の仕事は好きなんだけどねー……これはチョット考えないとだゼ……」
ずりずりと椅子の上で崩れながら口から魂が抜け出そうな顔になる。
この会場でのイベントを企画するにあたって、会場を囲う結界などは他の魔女達のヘルプによって賄えた。
しかしイベントの肝であるプレイブースでのクエスト管理を行えるのは開発者であるエルゾゾをおいて他にいなかった。
「人手欲しいゼ……少なくとも二人……いや三人はプログラミングと魔術に精通してる魔女の助手が……」
「うーん、貴方ほどの能力のある人となるとね」
「贅沢言ってるのはわかってるゼー……次の開催に向けてもっとプログラムの簡略化とー効率化とー最適化とー……」
ジュカにはよくわからない単語をブツブツ言いながらぺた、と地面に降り立つ。
「だけどとってもうまくいってるわ、貴方のお陰」
「へへ、いい景色だゼー……あームラつく……」
モニターに写るイベントの成果に二人は満足げな表情を見せる。
「前回とは大違いね」
「……思い出したくないからそれは言って欲しくないんだゼ……」







 実はこの「ダークネスロード」はネットを介した侵略計画の第二弾だった。
第一弾は「出会い系サイトMAKAI」。
ネットでの男探し、といえば真っ先に出たアイデアが出会い系、誰でも思いつく発想だ。
早速エルゾゾはサイトを作成し、現代で男を求める魔物達が大量に参加した。
幸い魔物達は容姿に優れているのでプロフィール写真でも視認性は抜群、男たちも即物的な欲望を求めて来るまさにうってつけの獲物達。
後は手ぐすね引いて待つばかり、と思ったのだが……。
サイトの設立から結構な期間が立っても収穫はポツポツ、当初想定していた入れ食い状態からは程遠い状態だった。
何でなのかと評判を探ってみると理由は明白、この業界には「業者・サクラ」といった存在が横行しているのだ。
こういったものを警戒している男達から見た場合、魔物達のプロフィールはというと綺麗過ぎるプロフィール写真、性的なアプローチの強いメッセージ、すぐに会いたがる……全部クロである。
たまに引っかかってくれた男性が「このサイトは最高だ!」との情報を流してくれてもありきたりなサクラとしか見られず、一向に拡散されない。
世間に疎いが故の失敗だった。







 荻須は天井を見上げている。
その荻須の両脇からアリストレイとるい子が抱きつき、巴が膝枕をして荻須の髪を撫でている。
余りに壮絶な快楽を一気に味わった事で半ば放心状態に陥っている荻須を三人は労うように、楽しむようにその体に触れている。
「……」
この世に、あれほどの快楽が存在するという事を荻須は初めて知った。
知ってしまった。
(……どうしよう……)
荻須は思った。
嵐のような欲望が過ぎ去った後に胸をよぎるのはそこはかとない不安だった。
三人との関係はどう変化してしまうのか。
散々中に出してしまったけど大丈夫なのか。
何よりこんな事を知ってしまって……こんなトラウマのような快楽を知ってしまって。
これからどうやって生きて行けばいいのか。
「大丈夫……」
耳元で鈴の鳴るような声が囁く。
「リーダーには、何も責任ないから……」
アリストレイだった、何故か少し寂しそうな表情をしている。
「僕が……勝手に思ってるだけ」
「……?なに……を」
「僕達が勝手に好きになって、勝手に暴走しただけ……」
肩に頭を預けて、艶々の髪をサラサラと擦り付けてくる。
「僕が勝手に誓っただけ、勝手に守るだけ……」
彼女がなんの事を言っているのかうっすらと理解した。
その言葉に同調するように、るい子も逆側からすりすりと頭を擦り付け、巴は寂しげな笑顔を見せる

(ウォートニー・アリストレイは、一生、リーダー以外の男の人とセックスしません、裸を見せません、性的な接触をしません)
(リーダーだけを生涯、愛することを、誓います)

あの宣言の事を言っているのだ。
誰も、何も責任を求めないと、自分の勝手なのだと……。

ぎゅっ

「リーダー……?」
唐突に、荻須はアリストレイを強く抱き締めた。
自分は何を迷っているのか。
彼女の事を、彼女達の事を自分がどう思っているのか。
自信がないとか釣り合わないとか、そんな事を言い訳にして彼女達に寂しい思いをさせていいのか。
自分にできる事など何もないのはわかっている。だからと言って何もしなくていい言い訳にはならない。

「俺も、好きです、三人の事……」
言った直後に他の言い方はなかったのかと軽い後悔を覚えた。
言葉だけを聞くと軽薄そのものだが、込めた気持ちは軽くないつもりだ。
「ゆ、許されるなら……」
抱き締めたアリストレイの顔、横に抱きつくるい子の顔、見下ろす巴の顔を順に見る。
「三人共と……つ、付き合えたら……いいかな……なんて……その……」
いや、一般的にどう考えてもまずい言葉だと思う。
しかし自分が今言わなくてはいけない、言いたい事は言葉にするとそういう事なのだ。
最後は恐る恐るになってしまったその言葉を聞いた三人はどんな顔をするだろうか。
やっぱり怖くて、顔を伏せてしまった。
ぐい、と強引に顎を掴んで顔を上げさせられた。
(あ、引っぱたかれるわこれ)
そう覚悟した瞬間、唇に甘い柔らかさが触れた。
キスされたのだ。アリストレイに。
唇が離れると間を置かずに反対側からキスされた。
ぶつかるような勢いのあるキスはるい子。
それが離れると同時に上から巴の長い髪がさらさらと降りてきて、唇を落とされる。
離れると、潤んだ六つの目で見つめられた。
「「「よろしくお願いします」」」
荻須に三人の彼女が出来た。
「……」
暫く何も言えない荻須の頬をさすりながらアリストレイが笑う。
「……彼女にしちゃったねえ」

 想定通りだった。
荻須は自分に自信のあるタイプではない。
自分達三人全員を欲しいと心の底で思っていても、素直にその欲求を現す事はできない。
だから引いた。
身体で篭絡した上で身を引いた。
そうする事で荻須の欲望と同時に罪悪感にも働きかけた。
無責任な性格でない荻須は、受け取りきれないほどの幸福に対してどうにかして対価を返そうとするだろう。
責任を取る、という名義と三人共が欲しい、という欲望が合致したなら、取る選択肢は決まっていた。

 全てが三人の手のひらの上だとは夢にも思わない荻須は、抱えきれない幸福を受け止めるのに必死だ。
アリストレイは紅い瞳も、笑みの端から覗く鋭い八重歯も隠そうとしない笑顔で荻須に囁く。
「彼女って事は……ちょっとくらい彼氏に我が儘を言う権利があるよね……?」
荻須はかくかくと頷く。
「それじゃあ……」
アリストレイはその瞳を覗き込みながら、ペロリと唇を舐める。

 仮に。
仮にこの三人が悪女で。
悪意を持って荻須を篭絡しようとしていたなら仕込みは完璧と言える。
もはや荻須は三人にどんな無茶な欲求をされても身を粉にして応えようとする。
どんな事を言われても言いなりになるだろう。
だが、彼女達が欲しいのは金でも財産でも都合のいい男でもない。

 耳元に吐息の掛かる距離でアリストレイは囁く。
「たくさん、エッチして……たくさん、たくさん、たくさんエッチしてね……荻須クン……♪」

 彼女達が欲しいのは。
ただただ、荻須の身体と心だけ。
決定打になったあの言葉も。
心情を計算した上での誓いの言葉だったが、それはそれとして言葉自体は本心からの言葉。

 「おー……さっそくカノジョの欲求に応えようとカレシが奮闘してらっしゃるー♪」
散々出したにも関わらずめりめりと力を取り戻し始めた荻須の「カレシ」の昂ぶりを手のひらで感じながら、るい子が嬉しそうに言う。
「あ、それではこの後もどうでしょう、あの、明日は私、仕事……休みますし、一日取れますから、あの、一日かけてその……すいません」
なにやらせわしない口調でまくし立てた直後に顔を抑えて巴が俯く。
エルフのように長い耳がぴこぴこと動く、よく見るとその耳たぶが真っ赤になっている。
「ちょっとその……「がっつき過ぎ」ですよねすいません……あの、ま、舞い上がっちゃって、その、抑えが効かなくて、あー、恥ずかしい」
三人の中で一番大人びていると思っていた巴の一番初々しい反応に、今更ながら可愛いなあと思いながら荻須は思うままに答える。
「いいですよ……俺も明日は休みますから……」
「やった!」
「よっしゃ!」
「きゃあ♪」
はしゃぐ三人を見ながら荻須は感じていた。
あれほど精根尽き果てる行為をしたはずの自分の中からメキメキと欲望が湧いてくるのを。
まだまだ貪り足りないのだと、雄の本能が叫ぶのを。
19/03/17 23:50更新 / 雑兵
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第二ラウンドいってみよー

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