戻る 目次

076

「……」
 収容番号682は感じ取っていた。騒乱の、予兆ですらない何かを。
「そろそろ、か」
 それは彼女が収容されている下層の古代森林の区画よりさらに下、最下層から湧き出ていた。
 最下層。強力な力を持ち、世界を破壊しかねない凶暴性を持つ彼女ですら、まだ可愛く見えるほどの脅威がそこには眠っていた。
「誰かに伝えるか? ……無駄か」
 ゆっくりと体を起こし、682はストレッチを始めた。

 丁度その時、最下層の管理区画『制止の零度』はパニックに陥っていた。
「鎮静剤! もっと投与しろ! 封印の術式の再構成も! 早く!」
 職員は叫ぶ。しかし、そうしている間にも『彼』のバイタルの値は上がっていく。
「急げ! このままだと生き返るぞ!」
 彼らがモニタリングしている黒い石棺が開いていく……そして。
「――――!!」
 区画の通信の一切が途絶えた。
 脅威が解き放たれたのだ。

「収容違反が発生しました! 収容違反が発生しました! 現在、076は防壁2層目を突破!」
 けたたましいサイレンと共に、無機質なアナウンスが響く。
 人工を忌み嫌う682にとってこの音声は不愉快極まりない。しかし、それをチャラにするほどのイベントが、この直後に待ち受けているのだ。
「さぁて、来い。今日は圧勝してやる」
 やがて森林が揺れ始める。
「076、防壁3層目に到達!」
 アナウンスと同時、森林区画は一瞬にして半壊した。地は割れ、木はなぎ倒され、天にひびが入る。
「ようやっとか……」
 その渦中にいたのは、一人の少年だった。
 齢は十三。浅黒いオリーブ色の肌に灰色の瞳。黒い髪は果てしなく長い時間手入れされておらず、ぼさぼさに乱雑に伸び放題で彼の体に絡みついていた。
「――」
 その目には、口から漏れる呻きからは、理性というものは感じられなかった。それは人の姿をした獣。
「やあ。お目覚めかい? たしか、先月ぶりだったか」
 682は話しかける。反応はない。
「確か、前回はすぐに突進してきたが、それはやめたのか? 打ちのめされて学習したようだな」
 じりじりと、彼女は距離を詰めていく。
「それとも……怖気づいたか」

 ぱぁん!

 ――もし、この場に職員がいたとしたら、その者は驚くことすらできなかっただろう。三メートルほどあった距離が一瞬にして詰められ、076の拳が682に撃ち込まれようとした、この一連が全く見えなかっただろうから。それ以前に、682がそれを受け止めてもなお収まらなかった衝撃波によって気絶していただろうが。
「――っ」
「小僧よ。強いのはわかるがしかし」
 彼女は彼の小さな体を持ち上げ、まだ倒れていなかった巨木に投げつける。
「闘いとは、案外理性で勝つものなのだよ……――――っっっっ!!」
 そのまま巨木に貼り付けられた彼に向けて、大きく叫んだ。そのシャウトはそのまま衝撃波となり、巨木と共に076を区画の壁へと吹き飛ばした。
「……またあの博士に怒られるのだろうか。だが、これはコラテラルダメージというやつだろう」
 すでに闘いは終わったものと、一人ごちる。あまりのあっけなさに呆れつつ、担当の編野博士にうるさく注意されるのかと、今から辟易していた。
「さぁて、連絡を……っ!?」
 しかし、その慢心に一振りの剣が飛んでくる。黒くシャープな両手剣。
 ガキン!
 682は強固な鱗でそれを弾く。
「――!!」
 呻きと共に、076が飛び出してくる。今度は彼女ではなく、弾かれた剣の方へ――
「がぁ!」
 彼は剣が落ちる前にそれをキャッチし、682へと振り下ろす。
「甘い!」
 また叫びの衝撃波。彼の動きが止まる。一瞬ひるんだ彼の体に彼女は蹴りを入れた。
「がっ!!」
「考える頭はあるようだな。人工物が嫌い、という文言を弱点と考えたか? 確かに俺を倒すのはきっと人の手で作られた物だろうな。だが、そんなちゃちな剣では、私を逆撫ですることしかできんぞ」
 その目には怒りの色が見えた。おぞましく燃える怒りが。
 682は四肢を地につける。そして大きく息を吸い込んだ。
「っ!」
 異変を察した076は飛び上がってこの防壁第三層から逃走を図る。
「遅い」
 吐き出されたのは、圧縮された彼女の怒りの炎だった。それは太陽のように明るく輝き、高速で発射され、そして弾けた。


「いやいや682ちゃん。これはまずいでしょ」
「黙れ」
 爆発の後、076を捕獲しに来た職員と区画の緊急修理をしに来た職員がぞろぞろと現れた。その中には彼女の担当の博士である編野博士もいて、彼はすぐさま682の元へと駆け寄ったのだ。
「いやさ、一回目のシャウトは許せるよ。でもあの爆破はやばいよ! ここ直すのにどれだけ時間がかかると思ってるのさ!」
「知らん。それは管理するそっちの問題だ」
「いや、682ちゃん、しばらく最下層の一個上に住んでもらうことになるんだけども」
「……さっさと修理しろ」
 全く話の通じない682に編野は諦めたようにへたり込んだ。
「ところで博士」
「なに?」
「076とは一体何なんだ?」
「……あー。そうだねぇ話しとくべきかな。682ちゃんとの相性のこともあるし」
「相性?」
「彼はね、旧魔王時代にどこかのいかれた魔法使いが世界を破壊するために作った『人造人間』だよ」
 人造、という言葉に682は眉を寄せる。
「どうりで、か」
「やっぱりそういう反応になるよね。まぁ、で、普段は起動してないんだけども、時たまこうやって目覚めては暴走しちゃうんだよ」
 編野は続ける。
「法則自体は新魔王時代にのっとってる。外に放っても死人は出ないだろうね。だけどもあれは急激に魔界を広げることになるだろうし、あれの作る魔界は破滅的であろう、というのが主な見解だよ」
「破滅的」
「そう。君は破壊して大昔のような魔界を作るのが目的だ。だけども076は違う。目的はあくまで破壊。出来上がるのは荒野の広がる魔界なんだろうね」
「……それは、なんとしてでも阻止しなくてはな。それともう一つ」
「?」
「奴と話をすることはできないのか。さすがに、かわいそうだ。好き勝手に人間に作られ、人間に抑えつけられるなんて」
「……優しいねぇ、純粋な人間以外には。無理な話だよ。目覚めたら暴走してるし、眠っているときは一切干渉できないし」
「そうか……」
 682は少しだけ俯く。その悲しげなしぐさに編野博士は682の心情について改めて考え直すのだった。


 目が覚めると、僕は自然公園のベンチに座っていた。目の前には大きな湖が広がる。
「?」
 生まれて初めての感覚。理性的に自分の脳をコントロールできているという事実に、僕は戸惑いを隠せない。
「ここは一体」
 辺りは夕焼けに染まっている。何故だかわからないが、とても寂しい。
「ここは夢の中だよ、076……アベル君」
「! どうして、僕の名前を」
 それよりも、いつの間に僕の隣に座ったのだろうか、このお姉さんは。
「何でも知ってるよ。私はね」
「お姉さん……誰」
 お姉さんは立ち上がって仰々しく礼をする。まるで演者のようだが、彼女が来ているのはタキシードではなくビジネススーツだった。

「私はね、いずれ990番と名付けられ、『ドリームマン』と通称される者だ。さて、アベル君。少し散歩でもしようか」

 お姉さんは僕の手を取り、立ち上がらせる。
「暖かい……」
「? あぁそうか君は……うんうん。よし、もう少し近づきなさいな」
 半歩、彼女の方に。
 すると、抱きしめられた。
「!」
「がんばったねぇ。でも君はもう少しがんばらなくちゃいけない。今日からお姉さんが支えてあげるから安心しなさいな」
 優しく頭を撫でながら、僕はその言葉に甘えることにした。
 胸に顔を埋め、永遠の夕焼けの中で僕は少しだけ泣いた。

18/12/21 19:55 鯖の味噌煮

戻る 目次

次回はまたリコピンの話、かもしれません
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所]
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33