読切小説
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屍躍祭夜
ちょいと、そこの道行く人や。そんなに慌てて何処へ行く。
もし、この先を目指しておるなら、わしの話に耳貸しや。

そうそう、そうじゃ。用心、肝心。
鼻息荒立て突っ込む騎士より、お前さんはよっぽど賢い子。
今なら、ほうれ、わしの隣が空いておる。話を聞くには特等席。
年季の入った切り株さ。座り心地も良かろうよ。

おや? なんだい、どうしたい。
わしの隣は恐いかえ? いやいや、臆病と笑いはせん。
それも当然。ここは地獄の一丁目。死霊の国の入り口さ。

分かるぞよ。この婆は物の怪では…と思うちょるのじゃろう。
かっかっか。なぁに、確かにこうして、布を被っちゃおるがのう。
これは死霊共に見つからぬよう、まじないを施した魔法の布さ。
こいつで全身をすっぽり覆えば、あやつらは婆を見つけられんのよ。
納得してくれたかえ? ならば、ほれ。夜が明ける前に座りゃんせ。

なに? 婆と自称するには、覗く手肌が綺麗すぎる…と?
嬉しいことを言ってくれるじゃあないか。気持ちが若返るよ。
これはねえ、わしの自慢じゃよ。わしが生涯、ただ一つ成し遂げた秘術さ。
おかげで身体は花の頃のまま。大輪さね。心は既に枯れ落ちたが…。ふっふふ。

さあさあ、無駄話もそろそろよかろう。
それとも、お前さんもこのまま先に行き、屍をひとつ増やすかね?

そうだ、そう。お利口さん。年寄りの言うことは聞くもんだ。
亀の甲より年の功。賢いお前さんに、婆が話をしてあげよう。茶も茶菓子も出せんがね。

さて、何から話そうか。婆は引き出しが多くてのう。
お前さんが、どこまでこの国を御存知かが知りたいねぇ。

…国の名前だけ、とな。かっかっか。
よくそれで、この地に踏み入れようとしたもんじゃ。
いや、無知故に…とも言えるかの。何にせよ、無謀も無謀じゃ。
ここは並の死之国とは違う。屍の王『ワイト』が占める国じゃからのう。

ほう、ワイトのことは知っておったか。あの妬ましき悪霊を。
ならば話は早い。ほれ、あそこの丘の上…朧に浮かぶ城が見えるじゃろう。
あれこそ、お前さんの目指す場所。ワイトが住まう、屍達の王城さ。
じゃが、あそこに辿り着くまでには、七つの困難を乗り越えねばならん。

ひとつ、怠惰香る樹霊の森。
この道を行くと、まず最初に見るのが『影絵の森』じゃ。
月の光さえ届かぬ、まさに闇の世界。希望さえも消え失せる。
しかし、そこには甘い香りを漂わせる、奇妙な果実があっての。
匂いを頼りに辺りを見回せば、ふと、目の前には桃色の果実。
腹の虫に合わせて頬張れば、なんとそれは、人を惑わす樹霊の乳であったと気付く。
気付いた頃には、もう手遅れ。甘美な罠に溺れ、足腰は樹の根と変わっていく。
動けず、動く気も起きず。いつしか自身も、影絵のひとつと成り果てるのじゃ。

ひとつ、傲慢驕る吸血鬼の住む館。
森を進むと、突然、あまりにも場に不釣り合いな豪邸が目の前に現れる。
休む場を求め、扉を叩けば、彷徨人を出迎えるのは、高慢が過ぎる女主人。
とはいえ、情は厚いのか、温かなスープと、柔らかなベッドで持て成してくれる。
じゃが、受け入れたが最後。その者は延々と、主人の自慢話に付き合わされることになる。
呼吸さえも忘れて語る自尊心の塊に対し、どうして迷惑顔をせずにいられるじゃろうか。
適当な相槌、上辺の感想。そんな態度を少しでも見せると、突如、女主人は声を荒げ出す。
そして、目の前の餌に襲い掛かるじゃろう。どちらが上かを思い知らせるために、な。

ひとつ、強欲溺るる化け狸の袋。
館を後にした者の前に、のっそりと近付いてくるひとつの影。
前掛けにソロバン、商売道具を携えたその者は、こう問うてくる。
『たんたんたぬきの売り歩き。御用の品物、如何ほどに?』
欲しいものなどいくつもある。地図、薬草、十字架、食料…。
ひとつ買えば、もうひとつ欲しくなる。あれも欲しい、これも欲しい。
気付けば、借金までして買っている我が身がそこにある。我が身可愛さ故に。
そして、終いに乞い出す。必ず後で返すから、この身を擲ってでも返すから、と。
その言葉が終着点。次の瞬間、哀れな乞食は、狸の金袋に収められることじゃろう。

他にも、色欲漂う妖花の池、暴食貪る餓鬼の洞窟と、恐ろしい罠が待っておる。
ひとつ乗り越えただけでも奇跡と呼べる壁が、七つ。細々とした障害もゴマンとある。

ふぇっふぇっふぇ。恐ろしいじゃろう、恐ろしいじゃろう。
かつて竜を屠ったと豪語しておった剣士さえ、わしの話には恐れ慄いた。
そして、そやつは生きる屍と成り果てた。この国の住人に、のう。

どうじゃ、それでも行くか? 命を賭けて、名声を掴むというのか?

…ほう。立派じゃのう。その瞳、虚勢ではないようじゃ。
ならば、勇敢なお前さんに、わしがひとつ良いことを教えてやろう。

『ハロウィン』というものは知っておるか?
ワイトが治める国で、年に一回開かれる、死霊達のお祭りじゃ。
ほれ、そこらかしこに、悪魔のような笑みを浮かべたカボチャがあるじゃろう。
あれは『ジャック・オー・ランタン』といっての。祭りを彩る、誘いの灯じゃ。
知能の薄い屍共…ゾンビやマミーは、自然とあの灯りに釣られ、集まってくる。
逆に言えば、あの灯りが届かないところは、比較的安全に進めるというワケじゃな。
耳寄りな情報じゃろう? わしは長話するだけの婆ではないぞ。伊達に300年は生きておらん。

とはいえ、長話が好きなのも事実じゃがの。ここに居れば、話し相手には困らんて。
もののついでじゃ。この国の現状を交えながら、ハロウィンについても教えてあげようか。

この国を治める王…ワイトは、ほんの数か月前まで、独り身の女王じゃった。
魔物の世界…特に上流貴族であるワイトにとって、独身というのは恥ずべきことでのう。
あやつは、一刻も早く夫を見つけようと躍起になり、部下総出で旦那探しをさせていたのじゃ。
政は知らず、軍は築かず。王としては未熟じゃが、男狩りだけは徹底しておっての。
男を見つけては、毎日のようにお見合いパーティを開いておった。
既に心は、見つけた部下によって落とされているとも知らずにのう。
必死になって求婚する姿は、傍から見て哀れと言う他になかった。

…ん? いやいや、部下からは信頼されておるよ。弄られ上手な主ということじゃな。
威厳こそ小さいながらも、部下を想いやる心は立派…と、死霊達には評判のようじゃ。
事実、部下達におちょくられていながらも、王は彼女達の幸せを心から祝福しておった。
器が大きいのか、小さいのか。よう分からんところも、死霊達にとっては魅力的なのじゃろうて。

さておき、男狩りを始めて苦節80年。そんなワイトにも、とうとう意中の男性が見つかったのじゃ。
しかし、その男性というのが、なんと隣国の王子様でのう。しかも、齢15ときたではないか。
隣国の第三王子。心優しく、国中の者から愛されておる箱入り息子として有名での。
その王子様が、たまたま散歩しておるのを、偶然にも、同じく散歩していた女王が見つけたのじゃ。
いわゆる一目惚れじゃな。女王の白い頬は、初秋のモミジのように染まったそうな。

芽生えた恋は休みを知らぬ。女王はすぐさま、王子へ近付こうとした。
が、その時はお付きの騎士や魔術師もいたために、血涙を飲んで見逃したそうじゃ。
屍の王とはいえ、夫のいない魔物は、いる者と比べて能力に雲泥の差があるからの。
付添いの部下の制止もあって、その場は見逃すより仕方なかった。

じゃが、そんなことで諦める女王ではない。
どうにかして王子を手に入れることはできないか、寝る間も惜しんで悩み抜いた。
何かの糸口になればと、軍事や政治の本にも手を出した。初めて、王が王らしさを見せたのじゃ。

ワイトはまず、相手国の軍隊をどうにかしようと考えた。
王子を攫おうにも、向こうは騎乗兵で名を馳せている、大陸有数の軍国。
魔法にも精通している。下手に攻め込めば、返り討ちは必至じゃった。

そこで女王は、まず軍師を籠絡した。
王室の警護は固いが、それを取り巻く者達は、一般市民のそれとさほど変わらない。
こちらも知に秀でたリッチを送り込み、言葉巧み、腰遣い巧みに知将を堕としたのじゃ。

指揮官がこちらに付けば、もうしめたもの。隣国の情報は筒抜けじゃ。
後は、間を置いて小隊を死之国へと送り込んでもらい、取り込んでいくだけ。
さながら、蟻を蟻地獄に向かわせるかの如く。少しずつ、少しずつ…。
気付けば王子の国は、自慢の騎乗兵も、魔術師も失った、ハリボテ国と成り下がった。

守りが無くなったところで、女王は早速、隣国の王に対して書状を送った。
『愛する民が住まう国を、屍救う墓場へと変えたくなくば、王子を献上せよ』。
トリック・オア・トリート、と。死霊達の合い言葉。ハロウィンの代名詞とも言える台詞じゃの。
また、書状とは別に、王子へと宛てた恋文もあったそうじゃ。書状共々破り捨てられたそうじゃが。
魔導書並に分厚い恋文じゃったらしい。さぞ王も破るのに苦労したじゃろうて。かっかっか。

とはいえ、当の女王にとっては、恋文を読まずに捨てられたのがひどく辛かったらしくてのう。
三日三晩、泣き喚いておった。それはもう、泣き声がこの婆の居るところまで届くほどに…な。

滴る涙が枕を濡らすと共に、ふつふつと湧き上がる王への恨み。
泣き終えた後の女王が選んだ、王への報復手段は、語るも恐ろしいものじゃった。
明朝、兵一人おらぬ王城へ、闊歩す屍の王。続く死霊の群れ。死臭と色香を撒き散らしながら。
捕らえられた王は、裸にひん剥かれ、疲れを知らぬゾンビ達の巣穴へ…。いや、恐ろしや。
息も絶え絶え、眠りも知らず。未来永劫、屍達と心身を慰め合う一生を運命付けられたのじゃよ。

こうして、その哀れな国は、屍の王の一目惚れによって滅亡したのじゃ。
いや、取り込まれたと言うべきかのう。誰一人殺さず、何一つ壊しちゃおらんのだから。
勿論、王子も今や、女王の手の中じゃ。恋人の手を取り歩いていた時の、女王の表情たるや。
王子も王子で、満更でもない様子でのう。年相応の恥じらいが、またなんとも可愛らしい。
あの時の幸福そうな二人といったら。思わず婆は、手に持っていた本を噛み千切ってしもうた。

そして今日。年に一度のハロウィン。また、王子と迎える初めてのハロウィン。
更に、王子と正式に婚約を結ぶ、結婚式もまた、今日という日に執り行われるのじゃ。

そんな善き日に結婚式を挙げるというのだから、もう国中が大騒ぎでのう。
まさに狂喜乱舞。国中、あっちでもこっちでも、人目憚らずまぐわう魔物で溢れておる。
魔物にとって、嬌声こそ祝いの言葉。仲間入りを歓迎する、導きの声。何にも勝る愛情表現。
皆でカボチャを摘まみながら、悲願を遂げた王へ、惜しみない拍手を送っておるのじゃ。
拍手といっても、聞こえる音の半分は、雄が雌へと腰を打ち付ける音じゃがの。ふぇっふぇ。

ああ、カボチャを飾っている理由じゃが。お前さんもカボチャを食べたことくらいはあるじゃろう。
カボチャの中には、たっぷり種が詰まっておるが、アレが死霊達にとっては縁起物らしくてのう。
種は男の子種、それを包む身は女の子宮を表している…という見方をしているそうじゃ。
食べると子宝に恵まれる、とも言われておるの。なんとも魔物らしい考え方じゃ。

ついで、ハロウィンといえば、先も述べたが、トリック・オア・トリートという言葉が付き物じゃ。
訳し方は色々あるが、一般的には、『犯してくれなきゃ悪戯しちゃうぞ』じゃな。直球じゃろう?
こと死之国の住人の間では、プロポーズの言葉として使われることもあるそうな。

人間にはクリスマスという聖夜がある。が、死霊達にとっては、ハロウィンこそ聖夜。
誰もが浮かれる一夜の祭典。果たして、その最中、侵入者に気付く者がどれほどおるかのう?

ひゃっひゃっひゃ。気付いたかの。そういうことじゃ。
カボチャの灯りに気を付けさえすれば、お前さんが目指す場所へと辿り着くことは容易い。
七つの試練も、今宵は女王を祝うために、城へと出向いておる。道中は安全じゃろうて。

とはいえ、焦りは禁物じゃ。立つにはまだ早い。
例えお前さんが城に辿り着いても、そこには女王の配下が星の数ほどおる。
それでは仇敵に切先を届かせる前に、お前さんの唇が彼奴らに奪われる方が早いじゃろうて。

年寄りの言うことは聞きなされ。何度でも言うがね。
なに、機がないワケではないぞよ。それも、千載一遇の機じゃ。
あの月が、ちょうど大熊を模った星々と重なる時、女王は守りを失う。
聖柩室にて、初夜の儀が執り行われるのじゃ。そこは女王と夫以外の立ち入りは禁じられておる。
後は、お前さんがその部屋へと忍び込み、目的を果たせばいい。
急がば回れ、と言うじゃろう。時には待つのも大切じゃよ。

しかし、ただ待つばかりは暇じゃろう。その時が来るまで、まだ半時は掛かる。
何々、心配はいらんぞ。ほれ、ちょうどここに、長話好きの婆がおるではないか。
そんなに慌てて何処に行く。わしの話に耳貸しや。語ってやろうぞ、尽きるまで。

そうじゃのう、何を語ろうか。婆はどうにも迷い勝ちでいかん。
ここまでずっと女王の話をしたからの。折角じゃ、女王と王子の情事を話してあげようか。

おやおや、顔を真っ赤にしおって。なんじゃ、お前さん、まだ女の味を知らぬのか?
かっか。恥じることはない。屍の王とて80年待ったのじゃ。お前さんなぞ可愛い方よ。

さて、二人の情事じゃが。実は、今日が初夜というワケではないのじゃ。
今日のはあくまで形じゃな。そんなもの、もう王子を手にした夜に済ませておるわ。
とはいえ、これがまたなんとも、いじらしいというか、初々しいというか。
何はさておき、語ろうぞ。時は短い。人の生は矢の如く。半時なぞ、瞬きの間よ。

そう、あれは今日の日のように、美しい満月の夜じゃった。
昼間は王子に対して、抱き付いたり、接吻をねだってみたりとした王女じゃったが、
夜になると一転し、寝室にこもったまま、物音ひとつ立てなくなってしまったのじゃ。
当然、王子をはじめ、部下達は、その唐突な変化に首を傾げた。いったいどうしたのだろう。
特に部下達は、あれほど御執心だった王子から離れる女王の態度に、不安を覚えたそうじゃ。
また三日置きのカレーでも食べてしまったのか。はたまた、はしゃいで小指を角にぶつけたか、と。

が、女王の側近が、扉をわずかに開けて中の様子を窺うと、どうやらそうではないらしい。
女王は一人、ぶつぶつと何かを呟いておった。何を呟いているのか。よくよく耳を澄ますと…。

『下手と思われたらどうしよう。すっぴんが可愛くないと言われたらどうしよう。
 あぁ、困ったわ。こんなことなら、強がらず、素直に皆に教わっておけばよかった。
 あの人の好みも分からないし、下着も何を着ければいいのか…。もう嫌、死にたい…』

なんとワイトは、初夜を前にして、怖気付いておったのじゃ。
隣国を落とした時に見せていた、勇敢で理知的、畏怖すら感じる王の姿はそこになく。
旦那探しに躍起になっていた頃の、元の弄られ上手な主の姿が、そこにあったのじゃ。

王としても、魔物としても、なんとも情けない姿を晒すワイト。
恋人とのまぐわいを前に尻込みする魔物なぞ、わしもついぞ聞いたことがない。

しかし、一世一代の夜。今更、後に引くワケにもいかぬ。
だというのに、屍の王は、どうしても自ら恋人を寝室へと誘うことが出来なかった。
屍の身でありながら、何度も死にたいと繰り返す主に、部下もまた頭を抱えるのじゃった。

じゃが、皆が悩む中。唯一人、動いた者がいた。

王子じゃ。一歩踏み出し、閉ざされた扉を開ける若き王子。
そして、驚き振り返るワイトに対し、こう言ったのじゃ。

『僕も、何も知らないんだ。君のことも、この国のことも』

だから、一緒に覚えていこう…と。

笑顔で言葉を掛ける王子の身体は、わずかに震えておった。
祖国を失い、魔物がひしめく城の中、単身立つ童子がひとり。
それがどれほどの恐怖か、女王はその時、はじめて気が付いたのじゃ。
思い返せば。抱き付いた時も、キスをねだった時も、王子は震えていた。
緊張によるものだと思っていた。恥ずかしがっているのだと思っていた。
王女が初めて覚えた、王子のこと。それは、聖母の様に優しい心の内じゃった。

亡国の王子は、何を想い、屍の王へと手を伸ばしたのか。
王子は何も知らなかったのじゃ。戦も、政も、魔物のことも。
故に、箱入りの彼が見た新たな世界は、全てが未知のものじゃった。
未知とは計りしれぬもの。万人は未知に対し、どうすればいいのかと恐れ震える。
じゃが、親や兄弟、周囲の者から、深い愛情を注がれた彼は、同じ様に愛そうとした。
愛する。それしか知らぬ、無知の王。王子もまた、女王と同じく、王らしからぬ者じゃった。

じゃが、だからこそ、二人は結ばれた。
無知の王の手を取る、屍の王の頬には、大粒の涙が溢れていた。
嬉しさからか、情けなさからか、それとも両方か。それは分からん。
しかし、その光景を見ていた部下達も、目頭に熱いものを感じておった。
それはかつて、自分達が、愛する夫と結ばれた時と同じ…。

月明かり差し込む窓の影上で、手を握り合う二人。
ヤジにも似た部下達からの助言を背に、王子と女王は、たどたどしく唇を重ねた。
一度、軽く唇を触れ合わせ。二度、相手の吐息を飲み込み。三度、熱い舌を絡めて。
夢中に接吻を繰り返す二人に、いつしか部下達まで、頬を紅く染め、昂揚していた。

不意に。接吻で吹っ切れたのか、ワイトが恋人の腰を抱き、その胸板に手を這わせる。
まるで彫刻品を扱うかのように、滑らかに王子の身体を撫でる、白雪色の手。

が、その途端。王子は声にならない叫びを上げ、達してしまった。
腰砕けになり、崩れ落ちる王子。タイツからは、おびただしい量の精液が染み出てくる。
その様に、驚き目を丸くする女王。対し、もったいない、可愛い等と叫ぶ部下達。

何が起きたのか。ワイトという種族をよく知る者であれば、語るまでもなかろう。
ワイトはその身体…特に指先から、相手の精を奪い取ることが出来る特性を持っておる。
逆に、自らの魔力を送り込むことも。女王は、そんな自身の能力を知らなかったのじゃ。
仕方ないといえば、仕方ないことであろう。女王は、今まで人間に触れたことがないのじゃから。

王子が暴発したのも、この能力…女王が魔力を送り込んだのが原因じゃった。
気持ちが高まり、能力が暴走したのじゃろう。今尚、完全な制御にまでは至っておらん。
ワイトの多大な魔力を身に受けた王子は、哀れ、ソフトタッチが第一射となってしもうた。

さて、そんな恋人の痴態に、涎を垂らす者が一人。
言うまでもなく、女王じゃ。顔こそ放心しておるものの、口端からは、とろぉりと。

茫然とする屍の王に向け、ヤジが飛ぶ。部下達が煽る。

―犯せ! 犯せ!! 犯せ!!!

魔物の本能を剥き出しに、部下達は叫んだ。それこそが幸せだ、愛だと。
ある者は、自らの秘部を慰めながら。ある者は、同伴していた夫と事を始めながら。
皆、待ち切れなかった。戸惑う主の背を懸命に押した。彼らが愛する主の恋を、必死に援護した。
想いはひとつ。この気持ちを知ってほしい。夫を得た者だけが知りうる、ただひとつの感情を。

部下達の後押しに、女王は少しずつ、歩みを前へと進める。
ワイトは、絶頂の余韻に浸る王子を抱き上げ、その身をベッドへと誘った。
胸中、恋人の軽さや、甘い横顔、精液の匂いに、様々な想いを巡らせながら。

身が沈むほどに柔らかな毛布の上に敷かれ、吐息を洩らす王子。
その服を、ゆっくりと…焦りと期待を飲み込みながら、脱がせていく女王。
が、タイツだけは残し、そのまま女王は、王子の膨らみへと顔を近付けた。
真剣な眼差しで鼻をひくつかせるその様は、餌を前に興奮する犬そのもの。
恐る恐る伸びる舌が、王子のイチモツへと触れたのは、それから五分も後のことだった。

布越しに感じる雄の味。精液の味に、屍の王は身を震わせる。
酸欠を起こしたかのように、荒く息吐くワイト。その様子を見守るは、息呑む部下達。
彼女は潤む瞳を閉じ、水音を立てながら舌を這わせ始めた。一心不乱に。
びくりと跳ねる雄に、快感を与えられているという、手応えと喜びを感じながら。
ただ一心に。ただ不乱に。舌上に響く、精液の味は極上で。ビフテキよりも美味しくて。
でも、それも些末。彼が感じてくれていることが、彼女にとって、何よりも嬉しかった。

その時のワイトの舌技は、御世辞にも達者なものとは言い難かった。
人間の娘でも、春画を読み漁った者ならば、もっと巧みに出来るじゃろう。

じゃが、王子はまるで、名器の蜜壺に搾られるが如しの快感を感じていた。
止まらぬ。射精が一向に止まらぬ。愛液の代わりに、どくどくと子種が溢れ出る。
シーツを握り締め、身を捩り、快感を逃がそうとするが、腹の奥に溜まり、弾けるばかり。
一滴、また一滴とこぼれるに連れ、空いた隙間に、ワイトの魔力が流れ込んでくる。
比例し、強くなっていく刺激。強くなっていく快感。強くなっていく、恋人を想う気持ち。

そして、それはワイトも同じ。女王は、徐々に王子と同化していく自身を感じていた。
愛する人とひとつになる。その意味を、言葉でなく、心で理解する。
大きな悦びも、僅かな恐れも、優しさも、愛も、全て共感し、教え、知る。
相手のこと。自分のこと。肌が触れ合う度に、お互いの心が響き合う。

いつしか、タイツを脱がし、直接モノを愛撫し始めるワイト。
指で、舌で、唇で。胸で挟め、足で踏めというヤジを尻目に。
そうじゃない。彼女は理解しつつあった。愛し合うという行為を。
そうじゃない。それらは、エッチという行為の幅を増やすというだけで。
愉しみ方は、後でいくらでも探れる。今知りたいのは、彼という存在。
彼が求め、感じるもの。今はただ、それを知り、与えたい。それだけでいい。

人間の王子と、屍の女王。求め合う雄と雌。
原初も原初、二人は交尾に盛る獣となって、本能をぶつけあった。
しかし、優しく包み合いもした。貪欲に求め、無欲に与えた。
矛盾にも思える想い。その狭間で、二人は愛を育もうとしていた。

―どくり。何度目の射精か、女王の口に王子の子種が放たれる。
多く、濃く、粘っこいそれは、彼女の細い気道を防ぎ、強く咽させた。
慌てて、力の入らぬ身体を起こそうとする王子。しかし、女王は静かにそれを制する。
優しく笑みながら。王子の慈愛すら霞むほどの、果て無き母性。死霊達も見惚れる笑顔。

己を見つめる王子に跨り、ゆっくりと、女王が腰を落とす。
左手は握り合い、右手はいきり立つ肉棒を支えながら、ゆっくり、ゆっくり…。

そして迎える、刹那の時。
お互いの咽から、初めてを捧げる悦びの嬌声が溢れ出る。
身を震わせ、恋人の胸に倒れ込むワイト。耳元で、愛する者の名を囁き合う。
秘部から垂れるは、破瓜の血と、その何倍もの蜜。恋で蕩けたラブジュース。

熱く、激しく愛し合う二人を前に、もう、ヤジを飛ばす者はいなかった。
いや、そもそも、その場は既に、誰一人としていなかっていたのじゃ。
当然じゃろうて。お前さんが今、そうして前屈みになっておるように。
部下達もまた、夫が恋しくなったのじゃ。見せつけられ、我慢など出来ようか。

それに気付かず、気にもせず、腰を振り始める王子と女王。
弾ける肉の音と、飛び散る汗が、闇夜へ吸い込まれては消えていく。

身を反らせた深いストロークにより、触れ合う先端と奥。
ここに種を注ぐのだと感じ、王子の茎が膨れ上がる。
ここに子を宿したいと願い、女王の膣が搾り狭まる。

魔物はベッドに両手を付き、愛液が飛び散るほどに腰を振り落とした。
人間は恋人の尻を鷲掴みし、根元まで埋まるほどに腰を突き上げた。
二人の間に、言葉はない。ただ喘ぐだけ。ア音と呼吸音しか聞こえない。

しかし、心は違う。叫び合う。王子の名を。女王の名を。
強く。届けと。言葉では言い表せぬ想い。届いてほしいと。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も………―。

…小刻みに震え、絶頂の海に身を委ねる恋人達。
流れ込む精子。疼く卵子。その二つが結ばれるのは、そう遠くない未来。

深い吐息をひとつ。王子と女王は、瞳を開ける。
手を握り締め、お互い実感する。通じ合えたこと。分かり合えたこと。
まだ全てではないかもしれない。でも、確かに感じたものが、胸の内にある。
二人は、少し気恥ずかしそうに笑いながら、軽いキスを交わし、瞳を閉じた…。

が。それでは終わらない。それが魔物。それこそが魔物。
味を占めた女王は、余韻を愉しんだ後、再び腰を動かし始めた。
まさかの連戦に、王子は面食らう。休もうと言うが、女王は聞かぬ。
空っぽになった王子の身体に、次々と流れ込んでいく魔力。溢れんばかりに。
充填が済み、体力とは関係なく、すぐさま起き上がるイチモツ。悦ぶ雌犬。

それから朝まで、一時も休むことなく、王子と女王は身体を重ね続けた。
様子を見に来た部下の目に映ったのは、搾りカスとなった王子…ではなく。
王子に後背部から突かれ、犬のように鳴き叫ぶ王女の姿じゃったそうな。
どうやら、魔力を与え過ぎたらしく、力関係が逆転してしまったらしい。
とは言うものの、その体位は、女王が自ら望み、せがんだ格好らしいがの。

…どうじゃ? 何とも波乱万丈な馴れ初めじゃろう。
この国では、この二人ほど、おしどりな仲もないとすっかり評判じゃ。
王として色々と欠けている、とも評判じゃがのう。ふぇっふぇっふぇ。

じゃから、のう。太平なんじゃよ、この国は今。
誰もが幸せで。女王も、王子も、部下達も。不幸などない。
皆が、この聖なる夜を祝い、楽しんでおる。このわしもじゃ。

―のう、お前さん。お前さんは何者じゃ?
王子と縁のある者かの。それとも、山一つ向こうの国の斥候?
あるいは、我らが主君の名を聞いてやってきた、賞金稼ぎか。

いずれにせよ、ここは通せん。通せはせんよ。
ワイト様は、わしのような嫉妬深い者さえ、愛してくださった。
こうして、一番人間が通る道の見張りを、わしに命じてくださった。

男狩りは続いておる。女王のためでなく、今はわしのような者のために。
女王も、夫がいる者も、皆、恋に恋し、死に切れぬ屍達のために。

…機はある、と言ったの。嘘ではない。
主はもうまもなく、ここへ来るじゃろう。王子のみを連れて。
このようなめでたい日まで、一時毎に、主はここまで足を運んでくださる。
今は、初夜の儀に入る前に、皆に感謝の意を述べて回っているところじゃろうて。
こんな日まで見張りをしてくれてありがとう。こんな私を祝ってくれてありがとう、と。
それが最後。後はもう、明朝まで聖柩室から出てこない。そこで聖夜を過ごされるのじゃ。

機はある。じゃが、それはわしの機じゃ。わしの吉報を知らせる機。
聖夜の下、夫を手にした己の運命と、ずっと応援してくださった主へ感謝する機。

七つの試練のひとつ、嫉妬深き語り部の道。
知らぬまま踏み込んだのが、お前さんの運の尽きじゃ。
言ったじゃろう、ここは地獄の一丁目と。死霊の国の入り口と。
もう、お前は動けはせん。わしの言霊を、これほど長い時間聞いたのじゃから。
300年の渇き。あぁ、この瞬間を、どれほどに待ち侘びたことか…。

お前さん、幼い身体は好みか? 何、体躯こそ小さいが、乳は張っておるぞ。
我が主と違い、わしは知識も充分にある。飽きさせはせんよ、死んでも…のう♥

さあ、共に祝おうではないか。
女王と、王子と、屍達と。そして…わしらにとっての聖なる一夜を。
ここまでわしに言わせて、まだ抵抗するか、それとも、受け入れてくれるかの。

…おっと、今のはナシじゃ。言い直させてはくれんか。
今日という日に相応しい言葉があったではないか。のう?









―Trick or Treat?♥
13/10/31 18:53更新 / コジコジ

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