連載小説
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今は…ね?
「ぅ……」

ぼんやり目が覚める、体に感じるのは変わらない藁の感触。
だけど不思議とチクチクと刺さってくるあの感じはなかった。
ふかふかの布団とすら表せそうな、本当に藁かどうか怪しくなってくるくらいの…

「……」

薄く開かれた目で下を見る、やはり、藁だ。
あの廃屋と同じ藁で…でもあそこと違って明るくて…

「……ーぇ…」

そのギャップへの困惑に、もう少しだけ目を開くと…やはり違う。
ここはあの廃屋ではなかった、それどころか村ですらない空気がする。

「ぇっ?…っ」

体を跳ね起こし、しかしぐらついてへたり込む。
急速に回転し始める頭脳とついてこれていない思考が絡み合い、情けない声が漏れていた。
…ここはどこだ?
仄かに明ける空が見える出口に土で出来た天井、見たところ洞窟か何かだが…

「ぁ…目、覚めた?」
「んあっ!?」

天井を見ながら戸惑っていると、その入り口の方から声が届く。
意識外だったため変な声を上げてしまってからそちらを見ると、そこには。

「お、あ、お前は…」
「…ふふ。」

そこには、そこにはあの、あの色が。

「お前、は」

一度だけで目に焼きついて、二度目で凍える心を溶かした、あの色が。
焔が照らすようでいてどこか優しく白みがかっている、何よりも俺を包んでくれた翼が、そこにはあった。

「……」

唾で喉を鳴らしながら、見惚れる。
翼と似ていながらも、全く別に感じる赤の強い朱短髪で。
俺よりも頭半分くらい背が高くて、上半身に薄く水色がかった白色の鱗皮そして下半身に翼と同じ朱色、健康的に白い肌色を纏うあの、あの、ワイバーンの姿に。

「落ち着いた?怪我は?大丈夫?」

そのワイバーンはというと、
しどろもどろの俺につかつかと歩み寄るとしゃがみ込み、笑顔を向けてそう言ってきた。

「ぇ、いや、大、丈夫だと思う…思い、ます…」

しゃがみ込む際に両翼の先を重ねて覗き込んで来た仕草に、何となく包容力を感じつい敬語になって答えてしまう。
そう言えばこれ、幼い頃近所の姉さんの誰かにされたな…
と、さておき彼女は笑顔をさらに屈託ないものに変えて、

「うん、少しは元気そうになって良かった。」

パァッと笑うのだった。
その笑顔に胸の奥が何かキュウッとなったのは秘密だが。



「じゃあ…」
「うん、うん…」


それから、少しして。
彼女の名前がウェンディ・アズールだということ、彼女が散歩ならぬ散飛をしていたところ俺を見つけたこと、
そして泣きじゃくっていた俺を見ていられなくて巣に連れて帰ってきたことを俺は彼女から聞いた。
泣きじゃくっていた、というのを聞くのは恥ずかしかったが、
尻尾の先が俺の手をずっと撫でていてくれたおかげで幾分か楽だったように感じる。

「俺から聞きたいのは、それくらいで…それくらいだな。」

聞きたかったことは終わったことを告げる。
ちなみに彼女に敬語を使っていないのは、曰く

「敬語を使われると、何だかくすぐったくって…ね?」

ということらしかったからだ。
そう語るウェンディの顔に嘘はなかったし…嘘かどうかなどと失礼だが…最中の照れくさそうな笑顔に俺は絆されてもいた。
人懐っこい、というのだろうかな彼女に警戒せずに話しかけられると俺はどうにもむずむずしてもいたが。

「それで、さ…言いにくいだろうけど、聞いても良いかな?」

と、ウェンディがすまなそうに首を傾げてくる。
恩人である彼女にそんな顔をさせるとは申し訳ないと思いつつ促すと、彼女は言った。

「何で、あの場所であんな事になってたんだって、さ。」
「……」

ついに、来たか……
正直気分のみならず存在そのものが沈む。
だけど彼女には、見ず知らずの俺のことを助けてくれた彼女には言っておかなければならないから。

「あっ、いや言いたくないなら無理には良いよ、無理をするのは良くないから。」

そんな風に言ってくれる彼女に首を振って、俺は口を開いた。
そこから先は、自分の辛さをどれだけ堪えられるかの問題だった。



そう、思っていたのだが。



「それでな、俺は」
「うんうん」

辛かったこと苦しかったこと。
いじめの記憶から、手を伸ばしても届かなかった騎士の称号に何も手に着けられなかった事まで。
最初はそれだけのつもりだったし彼女の表情も暗かった、俺だって話したくないくらいだったのだが…

「…ね、もう少し教えてくれないかな、君のこと。」

微笑みのような優しい顔に変わって、彼女がそう言ってくれたからだろうか。
尻尾を俺の手に落ち着かせるように重ねていてくれたからだろうか。
あんなに話すのに勇気が要ったのに、崖に行ってしまうくらいに思いつめていたことなのに。
世界を恨んだくらいのことだった…筈なのに。

「だけど、実は良かったこともあってな、村の手伝いは楽しくて」
「そうかぁ」
「なんだかんだで嬉しいこともあって」
「…うん」
「だからいいんだ、実は甘えだってのも分かっててな…」
「……そっか、そうか」

話し込むうちにいつしか話の質は、俺の思い出に移り変わっていって。
心を悩ませるくらい重大だったことが、まるで過去の一瞬の出来事のようにすら思えてしまって。
途中、大体が甘えた俺の性格のせいだという事が分かっていることも何だかんだで悪いことばかりでも無かった事も、べらべらと口から滑り出ていった。
あの言葉に加えて彼女が相槌を入れてくれること、それにこれまでこんな風に腹を割った事がないからかは分からないが、彼女に話しているとそれらが全て過去の『思い出』に出来ているようなさえしてきていた。
あんなに思い悩み悔やみ妬み嫉んだのに。

「まぁそういうわけでな。
っぁ、と…色々話したらすっきりした感じがするよ。」

俺はいつの間にか楽しくなっていて…
一方で自分でも何か調子に乗っていると思ったのと、単純に照れくさかったのでそこで言葉を区切った。
もっと話したいことはあったし、彼女になら何故かいくらでも話せたし聞いて欲しかった気もするけども。

「ん?…終わり?」

不思議そうに訊いてくるウェンディに頷く、俺はどことなくすっきりさえしていた。

「あぁ…ありがとう。」

そのことで感謝を伝えながらも、照れくささがまだ残っていたのでちら、と目を逸らすと。


「…ん、そう。」

その一瞬の間だけで彼女はいきなり。

「ぇ…ウェ、ンディ…?」

俺を優しく抱きしめてきた。
肩を通して背に爪を当てて、ぎゅっと優しく。
何が何だか分からない。
なのに。
分からないのに。

「…ウェ、ン、ディ…」

何か、胸の奥から湧き出てくる感情があった。
彼女の名前を口にする度に思い凝り固まって…それでいて暖かな気持ちになるこの感じは…?

「ねぇ。」
「…ぇ」

彼女が話しかけてくる。
ただの呼びかけだったろうが、それでもこの状況下ではドキッとした。
と、彼女はゆっくりと俺の首元に顔を埋めて。

「じゃあ。」

前置きをした後。

「少しだけで良いから…もうちょっと甘えてみたら?私に。」
そう言って、まだ微笑むのだった。

太陽のようというと過言かもしれないが、少なくとも火以上の暖かな声だった。

「いや、それは…」

それに、じゃあ…と甘えそうになる自分を抑えて、柔らかな拒否を示す。
ここまでこんなに甘えたんだから、もう甘えるわけにはいかない。

「なら、言い方を変えるね。」

しかし彼女はそれすらも予想の範疇であったかのように、
にこっと笑って尻尾をふらん、ふらん、と空中で左右に揺らすと。   

「私が甘えて欲しいかな…もっと、君に。」

そう言って俺の額を自分の肩口に寄せた。
…正直、とても恥ずかしい。
大の男がこんな、いくらワイバーン相手とはいえ女の人に抱きすくめられるというかそうされるのは。

「ぇ、や、だけど…」

それが体に出る、がしかしもぞりもぞりとしか動けずにいた。
体をしっかりと捕まえられているからと建前を言えばそうなのだが、香り高い花のようでいて爽やかな青葉のようでもある匂いに離れたくないとも思っていて…
なんというのだろう、ウェンディの隣にいれば安心できるというか…
豊満な胸が当たってる、が実のところというのもあるにはあるのだが…

「ふぅん…だったら」

一方抵抗の意志ありと見たらしい彼女は、遊んでいた俺の手に尻尾を巻き付けると、

「これで、どうかな?」

自らの背中に回し、試すように笑ってくる。
導くように優しくゆっくりとした持って行かれ方だった。

「ぇ…」

予想外ではあったので戸惑うがしかし手のひらから伝わってくるすべすべの鱗は…
こう、なんというか、とても良い。
指を動かすと柔らかな肌をも感じられて、いつまでも触っていたい心地よさというか…

「…ふふ?まだ抵抗する?」

と半ば夢中になってくると彼女が勝ち誇ったように問いかけてくる。
答えは、言うまでもなかった。

「……じゃぁ、そうする、かな…」

女には勝てないもんだ、魔物になってるとなるとなおさらよ。
教団の誰かが言っていた気がするが…

「ふふ、ぅん!じゃあ…しっかり、頼っていいからね?」
「ぁ、うん、はい…」

ゆっくり顔を上げた先の笑顔に見惚れつつ、頷く。
あいつの言うことは合ってるかもしれない…この場では間違いなく完敗だ。

「じゃあ、ん。」

等と考えていると彼女が体をゆっくりと横倒しにして…

「ぇ。」

それに否応無くつられて、体が横向きに倒される。
状況は変わらずにウェンディに抱きしめられたままだ、ということはつまり。

「ふふ、何かな?」

ウェンディの顔が正面に見える。
肩口に乗せられていたのだからそれはそうだが、その顔が少し色っぽく赤らんでいて…

「いや、ちょっと、あの」

正直焦る。
横になるということは、もしかしなくても魔物娘的な思考で言うなら少なくともあ、あぁあ

「落ち着いて、ね?そんな顔をすると…」

と、そんな慌てようが顔に出ていたか彼女が俺に語りかけてきた。
赤らんだ顔はそのままだが、落ち着いた声と合わさって今は姉か何かのよう。

「す、すると?」

もし居たらこんな感じなんだろうか…

「こんなこと、されてしまうでしょ?」

等と考えていた俺だが、甘かったと次の瞬間実感した。
ウェンディはその片翼を俺の頭に乗せ

「良い子、良い子…ふふっ」

そのように言いながら優しく撫でさすってきたからだ。

「流石に、それは」

恥ずかしい、と抗議の視線を向けるが…

「でも、気持ち良いでしょ?私はこうされると気持ちいいよ。」

彼女は聞く耳を持たずに続ける…勝手だなぁと思うものの。

「そりゃぁ…気持ちよくない、わけは…」

確かに、気持ちよかった。
刺激は指というより手のひらなのだけど、押しつぶされる程でもなくかといって乗せられているだけというでもなく。
両翼で抱きしめられている時より、少しだけ背が寒くなった気がするものの、絶妙に心地良い力加減と暖かな鱗肌の温度が合わさると…
訂正だ、これはなんかもう気持ちいいとかじゃなくて…

「でも…ぅ、ふわぁ…」

言い知れない心地よさに、欠伸が出てしまう。
まだ空が明るくなっていないからというのもあったろうが…言うまでもなくこの暖かさのせい、いやお陰…

「…良いよ、寝ちゃっても。」

だがそんな言葉と共に額をくっつけ笑まれると、考えることすらどうでも良くなってきて。
普通なら恥じらうだろうこの額を何の抵抗もなく受け入れられてしまっているのは、そのせい、だと…

「じゃ、あ…遠慮、なく…」

思う…のだが…そんなことも、億劫になっていて…





「ん…すぅ…」

寝息を立てる君が見える。
その顔は色んな事を考える険が取れて、とてもかわいらしい。

「…ふふ。」

たまらなくなってまた少し撫で撫でする。
すると身をよじって君はまたもぞもぞと動くんだ。
出会って少ししかしてないけど、そのくらいはもう分かってるよ。

「……」

そして、君が甘えるだけではいられないって事もね。
抵抗したことや、不自然に自分語りを止めちゃったんだから分かるよ。
もっと聞かせて欲しいとも思ったけど…

「…ふ。」

頭を撫でて…尻尾を細まった君の足首に絡みつかせる。
これなら、君なら…私の我が侭も、もしかしたら聞いてくれるのかもね。
だから…

「ん…ぅ…」

君が寝息を立てる。
そこに覆い被さるように重なりながら、私はこう言ったんだ。

「…いいんだ、君は今は、甘え尽くすつもりで…ね?」
「すー…」

返事はなかったけど。

「ふふ。」

少なくとも、受け入れてくれてはいるって分かって…私は安心して、目を閉じられたよ。
16/07/10 16:34更新 / GARU
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