連載小説
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困ったな

 ずっと、理論と数式の世界に身を置いていると忘れてしまう。
全ての物が手で触れる事の出来る物質で構成されているということを。
モノリスはその事実を照明の落とされた部屋のベッドの上で、アルファ相手にまざまざと実感していた。
温かく、柔らかく、そして触れるたびに震えて反応を返す。
命令を聞くとき、チェスで対峙する時。
常に変わらなかったアルファの表情が自分が触れるたびに変わる、声を上げる。
そしてその体内の機構。
自分の股間に付いている器官はこれを味わう為に存在したのか、とさえ思う。
モノリスは雄の本能のままに腰を突き動かしながらアルファの背中に手を回して全力で抱き着く。
そうすると深すぎるその胸の谷間に顔が埋まり、匂いと柔らかさに溺れて意識が酩酊する。
モノリスはその感覚に溺れた。
生まれて始めて、理論以外のものに身を委ねた。
「ンァっ……んくぁっ……」
アルファはモノリスと逆に意識を明瞭に保とうと努めていた。
この体験でモノリスが自分から離れられなくなるように、モノリスに効率的に快楽を与えられるように。
しかしその努力は実っているとは言い難かった。
人工的に張り巡らされた自分の脳内のネットワーク。
そこにピンク色のパルスが流れる、回路が弾け飛びそうな勢いで流れる。
モノリスが腰を突き出し、腰の奥の器官に先端がぶつかると電極が接触したようにそこから快楽のパルスが出鱈目な勢いで自分の神経を駆け巡る。
その信号が体の、脳の制御を奪う。
体は痙攣し、加減を忘れて主を抱きすくめ、喉からは意図しない声が漏れ出る。
「アル、ファ……」
そんな状態にあっても、聴覚は主の声を鋭敏に聞き取る。
「おま、え、の、身体、は」
胸の谷間からモノリスが目線を上げて来る。
いつも深淵のように暗い目を快楽に溶かしながら。
「素晴らしい」
いつもより上ずった小さい声で、アルファの身体の感想を述べた。
その言葉の意味が脳に浸透する前に、モノリスが自分の顔を埋めていた乳房の先端……乳首にかり、と歯を立てた。
バチン、と、アルファの中で何かが弾けた。
回路を流れていた電流の電圧が一気に限界を超え、大事な部分が切れてしまったような感覚がした。
アルファはがばっと身を起こし、正常位から一転、騎乗位の形にモノリスを組み伏せた。
大柄な自分がそれをするとモノリスの負担になるであろうと普段のアルファなら気遣ったところだが、今のアルファにそんな余裕はなかった。
乗りかかったモノリスの腹に手を付き、その顔を白く霞んだ目で覗き込む。
「マスタぁ」
震える声で呼んだ。恐ろしく情念の篭った声だった。
その声に反応して自分の中のモノリスがぐぐ、と大きくなるのを感じると、意図しない笑みが口元に浮かんだ。
「アハッ」
笑って、腰を持ち上げる。
根元まで突き刺さっていた陰茎がぬらぬらとした粘液を纏いながらその姿を現す様が、モノリスの目に映る。
女性器と男性器が生物の営みを行っている生々しい情景。
しかし、その女性の股関節部には確かに人工的なジョイントが見える。
まさしく、機械の構造。
その構造を持つ者がこれほどに生物的な営みを行っているという事実に、モノリスは感嘆を覚える。

バスンッ

その感嘆も、アルファが勢い良く尻を振り下ろした瞬間に霧散する。
性器を複雑なひだでこそげられる感覚に、思考はただただ射精したいだけの雄になる。

バスンッ
バスンッ
バスンッ
バスンッ

その大きな体格と自重を存分に生かした騎乗位。
雄大な乳房をだゆんだゆんと振り乱しながら、アルファは搾精の快楽に酔いしれる。
モノリスはただただ与えられる快感に身悶えるだけの存在となる。
その目の前で揺れる白い塊に半ばすがるように手を伸ばし、ぐにゅりと五指をめり込ませる。
「ア、ア!」
甲高い声がアルファの喉から漏れる。
同時に起こしていた上体を倒し、全身でモノリスに抱き着く。
「むぐっ」
掴んだ乳房が降りてきて顔を覆う、全身が肉に圧迫される。
何しろ二メートル以上の巨体だ、密着されると肉の檻に囚われたように身動きも取れなくなる。

ギシッギシッギシッギシッギシッギシッギシッ

密着した分動きが制限され、ストロークは小さく小刻みになる。
互いの気持ちいい部分を重点的に擦り付け合うその動きは、より射精を促す動き。
「ふぅぅっふ」
モノリスは胸の谷間でフェロモンをたっぷり含んだ空気を貪りながら、逃れようのない快楽を一方的に注がれ続ける。
当然、長くは持たない。
ドグンッ!
一際激しくアルファが身を震わせる。
熱い精に酔いしれながらも、その腰は小刻みな動きを止めない。
止めないものだから、射精も止まらない……。

ギシッギシッギシッギシッギシッギシッギシッ……







 ぴちゃ……ぴちゅ……ちゅぷ……
「ん……」
モノリスが目を開けると、見慣れない家の天井が目に入った。
自分の置かれている状況を思い出す。
同時に下半身から伝わる快感に、未だこの快楽の宴が終わっていない事を悟る。
視線を下にやると、円らで大きな瞳と目があった。
「ちゅ……むちゅ……んちゅ……」
先程からモノリスの陰茎に吸い付き、快楽を与えてくるのはベータだった。
小柄な身体でモノリスの下半身に取りすがり、小さな尻をもじつかせながらひたすらに口淫をほどこして来る。
ふと他の二人がどうしているのか気になると同時に、水音の発生源が自分の下半身だけでないことに気付く。
「ちゅぷ……ちゅずっ……ずずちゅっ……ぢゅるっ……」
「……っっ……っ……」
自分の隣、ベッドの横で裸になったアルファが服を着たままのガンマに組み伏せられ、その股間部に吸い付かれているのだ。
アルファは自分の口を手で覆って声を抑えており、ガンマはひたすらに長い髪を揺らして貪るようにしゃぶっている。
どうやら自分の放った精を吸い出しているらしい。
二人の人形の絡みという思わぬ背徳的な光景に思わず下半身も反応してしまう。
「ぢゅるっ……ちゅぷ……」
その反応を口で感じたベータは首を前後させ、ストロークを早める。
「ちゅぼっ……ちゅぼっ……ちゅぼっ……ちゅぼっ……」
小さい口を精一杯に大きく開け、懸命にモノリスに奉仕するその姿はいたいけであり、被虐的だ。
だがモノリスが受ける快感はその外観の拙いイメージとは程遠い。
小さな舌は能動的に這い回り、奥にまで入りきらない分先端や亀頭周りを重点的に攻めるその口淫は
彼女が小さくとも淫魔である事を十二分に伝えてくる。
「……っ……ベータ……!」
上ずった声でモノリスが限界を訴えると、ベータは暴挙に出た。
「じゅるるるるるるるっ」
「ーーーーー!?」
今まで先端を攻めていた口が一気に陰茎を飲み込み、唇が恥骨にぶつかる程深く飲み込んだのだ。
食道まで達するそれは人であれば非人道的とすら言える所業。
だが、魔物である彼女にとっては子宮を突き上げられるに等しい快感を生み出すのだった。
「ふむ゛んっ」
幼い容貌にあるまじきイキ顔を晒し、腰を震わせるベータにモノリスはひとたまりもなく射精した。
「ごぐっ……!ごぐっ……!ごぐっ……!ごぐっ……!」
飲む、というよりも胃に直接流し込むような射精を受けてベータは口淫での絶頂を極める。
どうやらベータは最初の経験から飲精の味をしめたようだった。
喉奥でまるで性器の如くきゅうきゅう締め付けながらその味に恍惚とした表情を浮かべ、ベータは忘我の境地を漂う。
ずじゅるんっ
「んぉえ゛あっ」
しつこく吸い付き続ける口からモノリスが頭を掴んで引き抜くとえずくような声を上げ、ぼたぼたと口元から唾液が垂れる。
驚く事に大量に吐き出された精液は一滴残さず胃に受け入れたらしい。
「ベータ……大丈夫、か」
びくびくと身体を震わせながらぜえぜえと息を付くベータの様子を気遣ってモノリスが言う。
「だいじょうぶ、じゃ、ない……」
目尻から涙をこぼしながらベータがぺたん、と両手をついて四つん這いの姿勢になる。
「こっちにも、はや、く……」
そう言って、小さな尻を持ち上げて背後から涙目で視線を送る。
色々な意味で犯罪的な姿だった。
モノリスには性欲がなかった。よって、性癖というものも存在しなかった。
そして性癖というものは大半が経験によって生み出されるものだ。
今、人生で始めて性を経験するモノリスの性癖は今まさに開発されていると言える。
モノリスは何か自分の中で危険な領域が開発されつつあるのを自覚しながら、ベータのその小さな身体に覆い被さった。
入口を合わせようとして思わず戸惑う。
身体と同様に、その入口も小さい、本当に。
入るのだろうか、ボディーを損傷させてしまうのでは?
そんな考えから一瞬動きが止まってしまう。
「マスター……じらさ、ないで……」
と、殆ど涙声になったベータの声が急かした。
モノリスは考える事を放棄する事にした。今日、彼女達が教えてくれた事だ。
小さいが、たっぷりと潤ったそこに先端を合わせる。
ぬるちゅぅんっ
スムーズだった。
信じられない伸縮性でベータの性器はモノリスを受け入れた。
「きぃうっ!?」
甲高い声を上げてベータが身を海老のように縮める。
「……っっぐっ……」
今まで散々に射精をしていなければ間違いなく瞬殺だっただろう。
アルファとは全く違う感覚。
外観通り狭すぎる程に狭い、なのに柔らかい。
モノリスは人間の女は知らないが、恐らく人間とは構造が違う。
小さくとも既にこの身体は完成されているのだ、男を虜にする構造が。
違いはそこの具合だけではない。
先程とは体格差が逆転している。
アルファとは終始肉に包まれるような心地だったが、ベータは真逆に自分の腕の中にすっぽりと収まってしまうサイズだ。
「ひふっ、ひぅふっ」
ベータは串刺しにされた体の芯から発されるパルスで脳を焼かれている最中だった。
手足は制御を失い、ただただ細かく訪れる絶頂にわななくばかりだ。
しかし性器だけは自らの役割を果たし、健気な蠕動で主の性器をもてなす。
「つらく、ないか」
「あぅ、んぐっ」
問われても答えられない、大丈夫だと答えたくても舌が回らない。
それを辛いのかと考えたモノリスは体位を変えようと考えた。
ぐい、と肩に手を回し、ごろんと仰向けに寝そべる。
ベータが上に乗っているので先程の騎乗位の形だ。
「うんっーーーーーーー」
主が自重で深く突き刺さり、ベータにとってこれはこれで強烈だった。
だが、苦しい訳ではない、全身に流れる快楽のパルスで意識が弾け飛びそうなのだ。
辛いのだと勘違いして欲しくなくて、どうにか舌を回して言葉を紡ぐ。
「き、きも、きぉいひぃ」
「な、に……?」
「きぉーぃぃ!きぉぃっひぅっふぅぅん!?」
「ーーー!?」
ブルブルと全身を痙攣させながらベータが喋れないまま絶頂を迎える.
殺人的な締め付けが陰茎を襲い、堪えることも出来ずにその小さな身体に今度は下からたっぷりと白濁を注ぎ込む。
「ぐぅっ……あっ……!」
「ーーーーーーーー」
無意識に突き上げた腰に持ち上げられながら、ベータはその小さな身体に余るほどの絶頂を受け止めた。
「あ……あぅ……」
震えるその下腹部に、ぽっこりと浮き上がる自分の陰茎の形を認め、モノリスはこの小さな身体を自分が支配したのだという背徳を感じた。
と、ぶるぶる震えるベータの背後からするりと人形の手が伸びてきた。
ゴリゴリゴリッ
「あぐっ!?んぐっおふぅっ!?」
その人形の指が、浮き上がったベータの腹越しにモノリスの陰茎の先端を指でぐりぐりと撫で回す。
堪らないのはベータだ、自分の敏感な内部でモノリスの陰茎をしごかれるようなものだ。
余韻を味わっていたところを更に遠くへ飛ばされる。
「マスター?まだいけますか?」
がくがくと痙攣するベータの背後から顔を出したのがガンマだ。
ぺろりと唇を舐めるその表情は言葉とは裏腹にまだ行けますよね?言っている。
その背後にはぐったりとしているアルファがベッドに突っ伏している。
ベータの脇に手を差し込んで軽々しくぐぽん、と持ち上げ、アルファの横に寝かしつける。
くるりと振り返ると喜色満面の笑顔でパンッと手を叩く。
「わ・た・し・の・ば・ん♪」
ぴょーん、と黒衣もそのままにモノリスに飛びついてくる。
モノリスは戸惑いながらも受け止める。
このガンマに関してはこれまでの二人とは勝手が違う。
付き合いが長い二人とは違って、ガンマが起動したのはついこの間。
尚且つガンマは「神の兵」として生まれ、働いてきた二人とはかなり異なった存在だ。
設計したのはベータなのだから詳しくは分からないが、その振る舞いを見る限り極めて魔物らしい魔物のようだ。
特に人格に調整を加えず、魔力の赴くままに製造するとこうなるのかもしれない。
前の二人のどちらとも違う、大きくも小さくもない、自分よりも少し小柄な少女の重み。
何よりクルクルとよく変わる表情に、流暢に語りかける口調。
人間らしさ、とも違う「女の子らしさ」が何となくモノリスに馴染まず、改めて向かい合うと気恥ずかしさを感じる。
「ふふ……怖がる事はありませんよ、マスター」
そんな主の戸惑いを感じたのか、ガンマは安心させるようにモノリスの背筋を撫でながら言う。
「生まれた経緯、用途は違えど、私もお姉さま方と同じく貴方の為に生まれた存在……記憶のベースは共有しています」
声を小さくしてちゅ、と額にキスをする。
「安心して、任せて下さいね……」
そう言って一度抱きついていたモノリスから離れ、ベッドの上に立つ。
「見ていて下さい」
モノリスの見ている前でかちゃりとベルトを外し、するりと抜き取る。
じっと、モノリスをその赤い瞳で見つめながら。
勿体ぶるように、すこしづつ白い肌を晒していく。
直情的な二人と違う、段階を追って気持ちを盛り上げていく。
モノリスは知らずのうちに自分の息が荒くなっているのを自覚した。
元々人間とは比にならない回復力が備わった自分の身体が、前以上に滾ってくるのを感じる。
「ここからは……」
ガンマは全ては脱がなかった、大事な所を隠したままに半端に着崩した格好になる。
「マスターの手で……」
その状態でモノリスの前に膝を付いて無防備になる。
「……んっ……ふっ……」
モノリスは息を乱しながら、震える手でガンマの服に手を伸ばす。
はらり、と解けやすくされていた黒衣がモノリスの手で脱がされていく。
露になっていく白い裸体。
人工物の証である関節を有しながらやはり三人三様に体付きが違うことがわかる。
豊満で筋肉質なアルファに幼いベータ、そしてガンマは均整の取れた身体をしている。
華奢な肩周りに手の平サイズの乳房、締まったウエストに女性らしい曲線の腰周り……。
「あ……だめ……やっぱり、わたし……」
ふるる、とその身体が露にされる途中で震えた。
どうしたのか、怖いのだろうか。そう思ってモノリスの手が止まる。
「やっぱり……まだ……修行が、足りませんね……」
とん、とガンマの手が軽くモノリスの肩を押す。
不意を突かれたモノリスは容易くベッドに仰向けに転がる。
「我慢、が、できなぃ……♪」
誘うような神秘的な表情を捨て、欲情を露にしたガンマが衣服も半脱ぎのまま、モノリスに覆い被さって来る。
「ごめんなさい……これからもっと、修行、しますね?だから、今は……今は一刻も早く……!」
素早い動きで二人の秘部が合わされる。
「貴方と、繋がりたい……♪」
ぬちゅぅんっ







 「まだ、学ぶべきことは沢山ある」
「私たちに、足りないもの」
アルファとベータ、ガンマにノックアウトされていた二人は隣で嬌声を撒き散らしながら主と交わるガンマの事を見ていた。
今まで戦闘の為、研究の為に生きてきた二人は性的な事柄にはまだまだ疎い。
ガンマの手練手管を見ながらそう思った。
純粋な魔物という意味ではガンマがだれよりも進歩していると言えるのかもしれない。
「これから学んでいけばいい」
「愛して貰い方を、沢山、沢山……」
二人は顔を見合わせ、微かに微笑み合った。
「でも今は」
「一刻も早く」
しずしずと二人に近付く。
「「マスターと繋がりたい」」

ごりっ

「んひゃぁぁぁぁいやぁぁぁぁ!?」
急激な刺激にガンマが嬌声を上げる。
騎乗位で繋がっていたガンマの下腹部、ちょうどモノリスが子宮口を攻めている部分、そこに後ろから伸びてきた小さな手がゴリゴリとマッサージをするように揉み込んだのだ。
堪らないのはガンマだ、自分の敏感な内部でモノリスの陰茎をしごかれるようなものだ。
「べ、べぇた!?」
「しかえし」
口元に僅かな笑みを浮かべたベータがぐりぐりと子宮をいじめながら言う。
「マスター、こちらも……」
言いながらアルファがぱふん、とモノリスの顔を上からその雄大な膨らみで覆ってしまう。
たちまちモノリスの目は蕩ける。
「やぁん!今わたしの番!わたしの番ですぅ!」
「決めてない」
「早い者勝ち」
「んぐっ……むぐっ……」

 魔物領の森の離れにぽつんと立つ一軒家。
誰も寄せ付けない結界が張られたその家で繰り広げられる情事は誰に邪魔される事もなく、三日三晩もの間続いた。







 シュッ シュッ シュッ
表面に指を滑らせる、そうするとその摩擦に追従するように画面が流れる。
これの構造はよく思いついものだと思う、しかし、この操作には繊細さが求められる。
自分の予期せぬ動きや指定が起きる場合がよくある、まだ、改善の余地はあるだろう。
ゴトン、ゴトン、ゴトン、ゴトン
モノリスは規則的な振動に身体を揺らされながら、手の中の小さな光に見入っている。
「マスター……次です」
小さな声で、周囲の人ごみから主を守るよう傍らに佇んでいたアルファが言う。
「うん……」
小さく返事をするとモノリスは手の中の光を消し、顔を上げた。
ごう
という音と共に真っ暗だった窓に外の景観が映った。
表面に夥しい数の窓を備えた天を突かんばかりの建築物。
一つや二つではない、その高さを競うように密集して建ち並び、天に挑もうとするかのようだ。
建物のふもとにはぞろぞろと歩く人々、情報をひたすらに垂れ流す光の掲示板、そして人間の乗った鉄の箱たちがよくぶつからないものだと思うほど密集して動きまわっている。
「はー、何回見ても慣れないー」
窓に手を当てて目を輝かせるのがガンマ・シシー、モノリスの妻である。
「そうですね」
感慨なさそうな声で言いながらしっかりとモノリスを守るポジションに付いているのがアルファ・シシー、モノリスの妻である。
「……」
無言で揺れに足を取られないよう、モノリスの腰にしがみついているのがベータ・シシー……流石に誰にも明かせないが、こちらもモノリスの妻である。
(え〜次は〜……)
アナウンスが流れ、車体が揺れる。
よろめきそうになる三人をアルファがしっかりと支える。
「ここですね」
「速いもんだ」
言いながらぞろぞろと動き出した人波に逆らい、四人は動き出す。
こちらでもこれほどの長身は珍しいらしく、ずっと注目を浴びていたアルファが動き出すと海のように人ごみが割れていく。
(すげー……でけー……)
(何人だろ?)
(胸もすっごい……)
(胸ばっか見てたけど顔も美人……)
ひそひそ聞こえる周囲からの好奇の声にもアルファは涼しい顔をしている。
車体から出ても密度の変わらない人ごみを掻き分け、四人は切符で改札を通る。
モノリスは極自然に、アルファは少し身を屈めて、ベータは背伸びして、ガンマは「これ入れるのちょっと緊張する」と言いながら通る。
駅を出るとビル郡の下、車と人の喧騒の中に出た。
「別世界、とはこの事か……」
目を細めてモノリスは呟いた。
そう、ここはモノリス達が住んでいた世界とは違う次元の世界。
カナエ・カワブチが住んでいた世界。







 カナエの提案だった。
四人が新たな人生のスタートを切った後、いかにして新たな生活基盤を築こうかと四人で相談していた所にカナエが持ちかけてきた話が「別の世界で暮らしてみないか?」という、奇天烈なものだった。
一笑に付すには相手が相手だったので詳しく聞いてみると、元々カナエは異世界の住人であり、こちらには越して来たのだという。
百聞は一見に如かず、と言って彼女が取り出して見せたのが小さい板状の物体……。
手にすると少し重いそれを、カナエは目の前で分解して見せた。
その中身を見た時の衝撃は恐らく生涯忘れられないだろう。
面白がるように笑いながら「こういった物が日常茶飯事に作られている世界だ」とカナエが言った時、他の選択肢は無くなった。







 「いいとこですねー、広い!駅も近い!こんびにも近い!」
高層マンションの一室。
ベッドに飛び込んで足をぱたぱたさせながらガンマがはしゃぐ。
「……うん」
水回り、キッチン、トイレなど基本的な所を見て回って問題がないことを確認するアルファ。
「……」
マスターとならばどこでも、と言外に伝えるように、ベータは淡々と荷解きをする。
モノリスは窓を開き、都内の喧騒にじっと耳を傾けるように俯いている。
カナエからの推薦が通り、幾度かの研修で訪れた末に移住の許可を得て、こうして新居も与えられた。
これからモノリスが従事するのはカナエと同様の魔力の研究、そして「この世界」の知識を修める事。
すう、と息を吸い、吐く。
人々の生活の匂い、コンクリートの匂い、排気ガスの匂い。
違う世界の匂い。
ぶるり、とモノリスは身震いをした。
(困ったな)
(ああ、困った)
ごりごりと頭を掻く。
「元の世界だって、まだまだ知らない事が山ほどあったというのに」
気付けば声に出していた。
三人がモノリスの方を向く。
「また、学ばねばならない事が増えた、こんなにも」
その三人にモノリスは振り向く。
「大変だよ」
モノリスは笑った。
子供のような顔だった。







 「マスター!今のマスターの笑顔が子宮にジャストミートしたのでこれから一発お願いできますか!」
すぱん!
ぴん!と手を上げて言い切るガンマの頭をアルファが無言でひっぱたいた。

18/07/30 00:15更新 / 雑兵
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■作者メッセージ
わかっておったろうにのう、同人に手を出せばこちらが疎かになると。
あ、新刊出しますよろしくお願いします。

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