連載小説
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オレと師匠
それは夢物語であり、何かの冗談かと思った。
しかし逆に彼女の眼は真剣そのものでオレを見ており、彼女の口調は嘘をついているようには思えない。
それでも信じられるだろうか。
まるでお伽話、ファンタジーの中の存在がいるというのは。
「あの子はね、小さいころはあんなふうではなかったの」
彼女は言った。
師匠の家の前、大きな庭の中央で。
なぜだか体を動かせないオレに言い聞かせるように。
「どこにでもいる…とは言い難いけどそれでも純粋で、女の子らしい子供だったのよ」
「…」
「でもね、あの子はそんな子供の時に誘拐されたの」
「っ!」
誘拐。
あの師匠の幼少時代なんて予想できそうにないが、その彼女の幼いころに誘拐された経験があったなんて思ってもいなかった。
「忘れもしないわ…白髪白髭の一人の男。どんな魅了も通じない、どんな魔法も通用しない、勇者」
魅了。
魔法。
勇者。
どれもゲームや物語に出てくる言葉を平然と彼女は口にする。
頭がおかしいのではないかと普段ならそう思えるはずなのに。
それでもそう思えないのは師匠も彼女も現実離れした美貌を持っていることと、彼女が纏っている摩訶不思議な雰囲気からか。
それともまっすぐに見つめるその瞳からか。

―深紅の瞳。

師匠の持っていたアクセサリーで禍々しく感じたあのブローチと同じ色。
同じ雰囲気。
そうか、あれはっきっと彼女の贈り物だったのだろう。
とても人間が贈ると思えない、不思議で奇妙なものを感じるあれを。
見ているだけでまるで魔法にでもかけられたかのように思ってしまうあれを。
だから、彼女が言うことが嘘ではないと思えるのもそのせいだろう。
「今思えば教団の計画だったんでしょうね。本来人を傷つけることのない私達を、傷つけさせるように無理やり旧世代の『魔王』の魔力に似たものを注ぎ込んで」
「…」
「人と愛し合う存在を以前の凶暴な存在に無理やり戻して関係を破たんさせる…何とも陰湿でいやらしいわ」
「…」
正直彼女の言葉はわからない。
何がどうで、どうなった?
勇者?旧世代?
魔王?
それはなんだ?
それで、どうした?
師匠が誘拐されたことはわかった。
そのあと唯ならないことが起きて、恐ろしい何かを注がれて。
それで、どうなった?
「あの子はね、以前はもっと綺麗な髪をしてたのよ。髪だけじゃなくてほかの部分も…それが…ようやく助け出した時は黒一色に染まっていたわ。自分自身の一番好きな部分だっ言ってた髪も、何もかもがね」
「…」
「無力だったわ。私たちは。魔を総べる王の娘ともあろう私たちが…たった一人も守れない」
「…」
「本当に…情けないわ」
そう言って顔を伏せた彼女はどのような表情を浮かべていたのかわからない。
しかし、体が小刻みに震えていたのはよくわかった。
とても、悔しそうに。
「それから何年も経ったけどね…あの子、旧世代の魔物のような本能が染みついていたわ。正気に戻すのに時間をかけて、ようやく戻ったと思ったら時折またそっちに戻っちゃうの」
それはつまりあの状態の師匠だろう。
傷つけたくないのに傷つけてしまう、それでさらに自己嫌悪をして塞ぎこんでしまう、今の状態。
「いくら魔界で暮らそうと、一度根付いたものはそう簡単には抜けてくれない。だからその時は私たちでなんとか抑え込んでいたの」
「…」
「あの子、昔から実力があったから…止めるのにも苦労したわ。でもそれ以上に正気に戻ってからが…」
その先を彼女は言わずに口を噤んだ。
言いたくないことだからだろう。
だがそれをオレはよく知っている。
あのひどい状態を目にしてきているし、相手にしてきている。
あの壊れそうで、儚く、独り佇む師匠を。
「あの子は…それが嫌だったんでしょうね。皆が自分のせいで傷つくのも、苦労を掛けるのも…だからあの子、自分から出て行ったのよ」
「…」
「旧世代の魔王の魔力、まるっきり同じものはないけど似たものに浸食されたなら魔力のない場所で暮らせばそれが抜けるかもしれない…だからあの子は私の紹介でここに来たの。一人で暮らして、誰にも迷惑かけないようにってね」
「…」
何とも師匠らしい。
他人に迷惑を掛けないようにと自分から一人になる。
自分一人で抱え込む姿はオレも目にしてきた師匠の姿。
それを見ているのがどれほど悲しいことか。
それを見ていることしかできないのはどれほどつらいことなのか。
「一人でいるのがどれほどつらいかわからないわけじゃないのに…自分だって一人になりたくなかったはずなのにね…本当にあの子は…」
「…」
彼女の言ったことがすべて事実ならば。
嘘をついている様子はなく、今まで口にしたことがすべて本当の事ならば。
師匠はここには住んでいなかったということになる。
そして、『魔界』という場所に住んでいたということになる。
魔界。
それもまたゲームの中や物語の中にしか出てきやしないもののはず。
幻想、夢、そんな実在しないものの類…のはずだ。
しかしやはり彼女は嘘をついている素振りを見せない。
平平凡凡な高校生に他人の真偽を見極められるわけもないが、それでも嘘だと思うには筋が通る部分もある。
師匠が家族と暮らさずに一人でいること。
師匠の髪が人間らしくない珍しい灰色であること。
それから、あの『衝動』。
傷つけたくないのに傷つけてしまう、あの状態。
濁った眼でオレを見つめ、静かに涙を零したあの表情。
あれが…彼女の言った通りならば。
それが、全て述べられたもの通りだったとするなら。

―師匠は…。

「まったく…馬鹿よね。私たちやヴァンパイア、フォメット、ドラゴンにエキドナ、魔物の高位な存在に、お父様とお母様達がいればきっと…時間がかかってもあの子を助けられたはずなのに…それを自分から出ていくなんて…」
彼女の口にした幻想上の生物の名前。
それは師匠もよく口にしていたものだったはず。
師匠と彼女の共通点。
オレの全く知らない部分。
「本当に、情けないわ…」
その気持ちをオレはよく知っている。
彼女の気持ちをオレもよく経験してきている。
師匠を前にしているとき、普段からから笑っている彼女を前にしているとき。
それから、一人寂しく泣いている師匠を前にしているとき。
どうすれば最善だったのか、どうすれば師匠が悲しまずに済むのか、何度も思った。
それでも今のオレにはそれしか思い浮かばなくて。
それで手一杯で。
どうしようもないほど無力だった。
それが、どれほど悔しいことか。

「貴方には感謝してるわ。あの子の傍にずっといてくれたこと」

そっと彼女はオレの頬に手を添えた。
そこからじんわりと優しい温もりが伝わってくる。
先ほどのように誘惑するような、惑わしてくるような雰囲気はない。
母親が子供にやるかのような、温かなもの。
姉が弟にやるような、慈しみ溢れたもの。
しかし、彼女の瞳に宿るものが変わった。

「でもね…貴方を恨みたい気分でもあるの」

慈しみから、怒りへと。
慈愛から、憤怒へと。
添えられた手に力はこもらずともその瞳に宿る光は容赦なくオレを射抜く。
「貴方は長い時間傍にいてくれた…それも絶妙な距離に」
すっと彼女の手が下がっていく。
そのまま滑るように首筋を撫で、胸に止まる。
「正直ね、あの子にもそんないい人ができたっていうから…嬉しかったのよ?大切な人が、傍に居てくれる人ができたから…私たちにはできないものだったから…」
「…」
「でも…貴方はその距離を保ちすぎよ」
「…っ」
距離を保ちすぎているつもりはなかった。
ただ、弁えていただけだった。
高校生である間はそのような関係にはならない。
そう決めて今までずっと耐えていたんだ。
ただ、それだけだったのに。
「どうしてもっと近づいてくれなかったの?どうしてもっと深い関係にならなかったの?」
オレはその言葉を黙って聞いているしかない。
体は動かずとも口は動くのだが今何を言い返せるだろうか。
彼女が言っていることは事実で、オレがやっていることがいい結果でなかったということを伝えているのだから。
何も、言い返せない。
「初々しい恋愛は微笑ましいわ。傍目から見ても応援したくなっちゃうくらいにね。でもずっとそんなことをしてちゃダメでしょう?


―女の子の好意には答えてあげなきゃダメでしょう?」


あの子、仕舞には帰りたいって言ってるのよ?」
「っ!!」
それは聞いたことのない事実。
当然ながら師匠がオレにいうわけのない言葉。
師匠が帰りたい?
そんなこと、オレに一言も相談してくれなかったのに。
「傷つけてまで一緒に居たくないって思うのも当然よ。人を傷つけない魔物ならなおさらね」
「…」
「貴方はもっと早く、あの子と深い関係になるべきだったわ」
あの子を引き留めるためにね。
その言葉にオレは彼女の顔を見れなくなった。
それから師匠の家へと向かう意思が揺らいだ。
師匠のあの異常ともいえる愛情表現。
以前はなかったあの執着的な行動。
毎日といっていいほど繰り返されたあれの意味。
それは本当は自分自身を引き留めてもらいたかったからではないのだろうか。
そうだとしたらオレは…。
「ねぇ、わかるでしょ?これ以上あの子の傍に居ることは…あの子にとってもつらくなることなの」
答えられない。
「貴方はこれ以上、あの子につらい思いをさせたいのかしら?」
返せない。
オレはただ…ずっと…っ!

「これでもあの子の傍に居たいと思えるのかしら」


その言葉は動けないオレの胸を深く穿った一言だった。




















「これでも自分の傍にいられるの…?」

そう言った師匠の姿は人間のそれではなかった。
淡く振り注いだ月明かりの下で照らされたその体は人ではなかった。

―あるはずがない。

師匠が揺らしたのは先端がハートの形をした細長い尻尾だった。

―あり得るわけがない。

師匠が広げたのは大きな蝙蝠のような翼だった。

―存在するわけがない。

師匠が立てていたのはまるで悪魔のようにねじまがった角だった。

その全ては白ではなく、黒でもない。

―師匠の髪の色と同じ、灰色だった。

その姿はまるで悪魔。
お伽話に出てくるような悪魔の体の部位を師匠は生やしていた。
それと同時に漂う異常な雰囲気。
初めて師匠と出会ったときにも感じた、筆舌しがたいもの。
それは今だからよくわかる。
目の前で、この姿を現してくれたからこそやっとわかった。
相手が人間では感じない、明らかに上位の存在。
触れることさえ躊躇する美しさに、近寄ることもためらわれる空気。
これが、師匠。
異形の姿、それなのに不気味さも感じさせないその格好。
逆に角が、翼が、尻尾が師匠自身の美貌に拍車をかける。
異形、だからこそ人間離れした美しさもまた映えていた。



「自分は…リリムなんだよ…?」



ぼろぼろと流れ落ちる涙をぬぐおうともせずに彼女はオレを見たままそう言った。

『リリム』

それは伝説上の存在。
神話の上で語られるものであり、科学に溢れるこのような世界では当然目の前に現れるはずのないもの。
存在自体ありえるはずがなく、こうして姿を見ることができることなんてないもの。
なのに。
その存在が目の前にいる。

その存在こそが、師匠だという。

実際師匠が人間ではないということは薄々気づいていた。
灰色の髪、人間離れした美貌。
それから感じる、妙な雰囲気。
それが今になってようやく納得できた。
リリムというのならば。
淫魔の最高位というのならば。
人間相手とはまったく違っても納得がいく。
今までの師匠の人間らしからぬ部分に説明がつく。
全てのことに筋が通るというものだ。



「ユウタは…こんな自分と一緒に居ちゃいけないんだよ…っ!」



「…っ」
それを本気で言っているのかと聞きたくなる。
だがいつもの師匠なら絶対に口にすることのない言葉。
それあ彼女が悩みに悩んだ末に出した答え。
オレが口を出すことなんて、できやしない。
その答えを出させてしまったのはオレの行動であり、この言葉は結果なのだから。

―それでも。


「それが、なんですか」


―ここまで来て引き下がれるものか。


「師匠が『リリム』?それで…どうだっていうんですか?」


―十数年の付き合いを無下にできるか。


「人間じゃないからって、なんだっていうんですか」


―今まで抱いた気持ちを捨てきれるか。


「たったそんなことぐらいで、そんなこと言わないで下さいよ」


「…ユウタ?」
師匠が人間じゃない?
そんなこと、薄々感づいていたに決まっているというのに。
師匠がリリム?
むしろそれを聞いて安心したくらいだ。
だからこそ自分の傍には居られない?
それは今までのとどう関係があるというんだ。
「師匠が人じゃなかろうと、リリムだろうと、師匠であることには変わりないじゃないですか」
「…っ」
「そんなことぐらいでそんな悲しいこと、言わないで下さいよ…!!」
師匠が人間じゃないことなんて、オレにとっては気にすべきことじゃない。
それで師匠が師匠でなくなるわけがないというのに。
師匠が人間でないというのは今に始まったことではないだろう。
ようやく師匠が自分のことを話してくれているんだ。
長年聞くことのできなかったことを自分から話してくれているんだ。
むしろそっちの方が嬉しい。
「何で…何でなの…?」
師匠は変わらない泣き顔を見せてそう言った。
普段笑っているところしか見せない彼女にとってその表情はあまりにも痛々しく、見ているこっちもつらくなってしまう。
ぼろぼろと零れ落ちた涙が月明かりに反射してシーツへ染み込んでいった。
「何で…そんなこと言えるの?どうして…そこまでして自分の傍に居てくれるの?君は…ユウタは…馬鹿だよ…っ!」
それはあの時にも言われた言葉。
初めて師匠に殺されかけて、傷を治して師匠の元へ訪れた時と同じ。
目も当てられないような姿で泣き腫らし、怒鳴り散らしたあの時とまったく同じ。
オレのためを思っていってくれたその言葉。
それを聞かずに何度も訪れるオレは師匠の言うとおり馬鹿でしかない。
できの悪い弟子でしかない。
しかしオレはそれでもいい。




「何でそこまでして…傷ついてまで、自分のところに来るの…っ!?」




普段笑う師匠とは真逆の情緒不安定な姿。
真逆の姿だからこそその体を抱きしめて慰められたらどれほど楽なことだろう。
師匠にとっても、オレにとっても。
怒鳴り散らし、泣き散らす師匠はまだ子供なのかもしれない。
早々親元を離れたとあの女性は言っていた。
それは自分自身のことを考慮しての事、周りのことを考えた末の事。
だから師匠は甘えることができなかったのだろう。
自分の大切な家族に。
だからこそオレにこうまでして甘えたかったのではないか。
なんだかんだでオレよりも年上だとしても、中は年相応というわけではない。
ところどころが抜けていて、様々な部分が不安定。
そんな師匠だからこそ支えてあげたくなる。
そんな師匠だからこそ傍に居てあげたくなる。
それは同情のつもりではない。
それは憐れんだわけでもない。



「そんなの、好きだからに決まってますよ」



オレは静かにそう言った。
本来なら今言うはずではなかった言葉を。
高校生である今は絶対に口にしないと決めていた言葉を。
「好きだから世話だってやくし、ここまでするんですよ。怪我をした?そんなこと、いつもの事です。師匠が人間じゃない?そんなことが今更どうなるんですか?オレが今まで頑張れてきたのは師匠のためだからであって、師匠が好きだからなんですよ」
この言葉はある意味遅すぎた。
あの女性から言わせるのならそうとしか言えないだろう。
事実、今まで臆病になっていて踏ん切りもついていなかったのだから。
ビビってへたれだったのだから。
オレの言ったことを聞いた師匠は驚いたように目を見開いて見つめ、そして―

「うぇぇぇぇぇ…っ!」

―泣かれた。
さらに涙を流して喚かれた。
え?何で…?
「そんなの、嘘だよぉ…っ!」
師匠はようやくぐしぐしと涙をぬぐってそう言った。
「好きだなんて、今までそんな素振りもなかったのに…っ!!」
「…っ」
ああ、くそと悪態をつきたくなった。
本当に遅すぎた。
あの女性の言った通り、オレはタイミングを失っていた。
本当ならもっと早くすべきだったんだろう。
遅すぎた告白は逆に師匠に疑心を与えた。
これがいつも通りの師匠だったら驚きはしても、泣きはしても、疑いはしても拒絶はしない。
師匠の言葉は疑い以上に拒絶の色が強い。
そりゃそうだ、オレを傷つけまいと離れようとした矢先、この告白。
離すべきなら疑って、嘘であることに決めつけて、もう迷うことなどないようにしている。
本当に、遅すぎた。
「師匠…っ!」
「そんな言葉はいらないよ…こんな、こんな自分に、人間じゃない、自分に…同情なんて、憐れみなんて…いらないんだよ…っ」
聞く耳を持とうともしてくれない。
オレの言葉を全て疑い、全て拒絶するつもりだろう。
美人であるから、リリムであるから。
それが逆にコンプレックスになり、拒絶にさらなる拍車をかける。
ああ、くそ…っ!
思わず舌打ちしたくなるのを堪えて考える。
どうすれば師匠はオレの言葉を信じてくれる?
何をすれば師匠はオレを見てくれる?
どうやったら…。
考えて、考えて考えても結果が見えない。
そもそも考えることはあまり得意ではないんだ、本来なら考える前に行動してるっていうのに…。
…あ、そうか。
いつものように、オレらしく。
行動で示せばいいじゃないか。
ただ…少しばかり、いや、かなり恥ずかしいが…それでも背に腹は代えられない。
「…師匠」
オレは泣き続ける師匠の顎に手を添え、オレの方へ無理やり向かせる。
そこまで抵抗することなく彼女はオレと目を合わせ、顔を合わせ、その泣き顔を見せてくれた。
赤く腫れ、伝わった涙の跡を見るとつらい。
美人であるからこそその表情はさらに苦しいものになっている。
その上角が生え、翼が広がり、尻尾が揺れるその姿故に加えて切なくなる。
人間ではないのに。
ここまでオレを想ってくれていたのに。
その気持ちを受け入れまいと避け続け、耐えてきた自分が許せない。
だから。
オレはもう一度彼女を呼んだ。
「師匠」
呼んで、返事も聞かずに反応させることも許さずに一瞬で―










―師匠の唇にオレの唇を重ねた。










一瞬の静寂。
師匠の泣き声は止まり、オレのわずかな呼吸の音も消えた。
そうして唇を離す。
ほんの一瞬、たった一刹那。
それだけのことでもオレは本来しようとは思っていなかったことをした。
高校生を終えてから、そうやって頑なに守っていたことを破った。
「…ふぇ…?」
流石の師匠も理解が追い付かないようだ。
目を見開き、あまりの事態に驚き、何が起きたのかわからない。
師匠が自分の姿を見せたように、この世界では起こりえないことが目の前で起きたように彼女にとっても起こりえないと思っていたことが起きたのだから。
かくいうオレも似たような状態だろう。
自分自身ここまでやるとは思っていなかったが、それでもこれくらいしか思い浮かばない。
言葉で表すよりも行動で示す。
いかにもオレらしいことなのだが、示した行動がオレのやったこととは思えなかった。
「…ユウ、タ―っんむ!?」
再び口づける。
荒々しく、乱暴に、それでも優しく。
師匠の返事は聞かない。
抵抗させるつもりもない。
強引で、無理やりだが嫌がらせるというわけでもない。
押さえつけて、押し付けて。
オレの気持ちを伝えるまで。
長い時間だったかもしれない。
短い間だったのかもしれない。
オレはそっと師匠の唇から自分の唇を離した。
「…ふぇ?」
師匠の涙は止まっていた。
止まってはいたが、動きも止まっていた。
あまりのことにまだ判断が働かない。
二度もオレに口づけされたことはそう簡単に頭で処理できることではないらしい。
そんなもの、オレも同じだというのに。
「…し、しょう…っ!」
二度の行為はただ唇を重ねただけだというのにオレの体から力を奪っていった。
唇を重ねるたびに頭の中に靄がかかるかのように意識が朦朧とする。
まるでお酒に酔ったかのように…いやこれは。
あの時と同じ。
師匠と一緒に寝て、そのときに見たあの夢と同じ。
聳え立つ理性を溶かされるような、湧き立つ本能を刺激されるような、あの時と同じ。
「師匠…っ」
ここまですれば師匠も理解が追い付いてくれるだろう。
あまりの荒療治だったが…どうにかなってくれているはずだ。
流石に二度もすれば疑う余地などない。
二度して間違いだったなんてあるはずもないのだから。
「ふぇ…え…ユ、ウタ?」
「…師匠」
「え?…え」
涙を止めた師匠はオレを見ていた。
混乱と、驚愕の表情。それから羞恥によるものか顔にだんだん赤みがさしてくる。
そして、師匠は…。

「う、わぁぁあぁあああああん!!」

再び泣き出した。
え?な、なんで?
驚かれたりはするだろうけど流石に泣き出すなんて思っていなかった。
もしかして嫌だったというのだろうか。
いや、それなら今まで師匠はあんなことをしてくるはずもないし。
「師匠!?」
「うわぁあああっ…ユウタの馬鹿ぁああ!!」
「え!?」
オレを前にしているのに泣いているのを隠そうとせずにただぼろぼろ泣き続ける師匠。
さきほどあれだけ泣いていたというのによくもまぁここまで泣き続けることができるななんて感心してしまうほど。
…いや、泣かせているのがオレなんだ、感心してどうする。
だがこのままにしておくわけにもただ見続けているわけにもいかない。
オレは泣き続けている師匠の腕をつかみ、強引に抱きしめた。
ベッドの上で座っていた師匠は体勢を崩して抵抗らしい抵抗をするのも忘れてオレの腕の中に収まる。
触れ合った肌と肌の感触。重なった部分から伝わり合う体温。それから鼻腔をくすぐってくる爽やかで甘い匂い。
尻尾や翼が生えようとも以前となんら変わらない師匠だった。
「ふぅぅぁあああ…ひっぐ…うぅ…馬鹿ぁ…ユウタの、馬鹿ぁああ、ひっぐ…っ」
嗚咽を漏らしながらも師匠はオレのしていることを拒絶するつもりはないらしい。
背中に腕を回し、胸に顔をこすり付けている。
オレからも片腕を師匠の背に回し、もう片手は彼女の頭を撫でることにした。
髪を分けてねじれた角生えているがそのようなものは気にもしない。
いつもやっていたようにそっと髪を梳かすように撫でていく。
「う…うう……んん…」
体の震えも徐々に収まり、ようやく落ち着いてきたらしい。
それでも師匠は腕を離そうとはせずにオレの体を抱きしめたまま。
まるでいつものように、甘えてくるように。
そんな彼女を前にオレは何も言わない。
ただそのまま、このまま物音一つしない沈黙が続くだけ。
師匠の体温を感じ、肌の感触が伝わり、その姿を視界におさめているだけ。
それでも嫌じゃない。
言葉のない静寂な空間。
おぼろげな月明かりが照らし出す幻想的な場面。
人間とリリムの影がそこにはあった。
そんな空間で先に声を出したのは師匠の方だった。
「…ユウタの馬鹿」
単純にオレを貶す言葉。
当然だろう、今まで言わずにようやく、こんな状況にならないと自分の気持ちを言えなかったのだから。
積極的な行動を躱して、露骨なアプローチを無視し続け、正体をバラして泣き喚いて、そこでようやくオレは口にしたのだから。
虫がいいにも程がある。
故にオレはここでは甘んじてその言葉を聞くしかない。
「…はい」
「にぶちん…へたれ…」
「…」
自覚はしてたけど…いざ言われてみると辛いものがあるな。
へたれ…わかってはいたんだけど…。
「鈍感、弱虫」
「…」
「おたんこなす…むっつりスケベ」
「むっ!?……………」
そう言いつつも師匠はオレの背に回した腕を緩めようとはしない。
むしろ先ほどよりもずっと近づきたいというように力を込めてくる。
腕だけではない、翼までが覆い隠すように広がり、尻尾までが体に絡みつく。
さらなる密着を望んでか、逆に距離を置くことを厭ってか。
こうなると本当に師匠らしい。
普段の姿となんら変わらない彼女。
尻尾、角、翼、そんなものは気にならない。
「馬鹿、ユウタの、お馬鹿…」
「…はい」
「…ユウタ」
「はい?」
「ユウタ」
「…はい?」
腕の中で何度もオレの名を呼ぶ師匠を見ると彼女はオレを見上げ何か物欲しそうに瞳を輝かせていた。
まるで血のように赤い深紅の瞳。
その瞳はこの家の庭で出会った彼女と同じであり、この部屋の机の上にあるあの宝石と同じであり、師匠と食事をしたあとホテルの前で見せたあの魅惑的なものと同じ。
だがあの時と違うのはもうその魅力に迷わないということ。
雰囲気に流されず、口では言い表せない状況には陥らないということ。
自分から進もうとするとでは天と地の差だ。
オレは分かっている。
師匠が目で何を語りかけてくるのか。
長く一緒にいたのだから、ずっと一緒にいたのだから、それくらい察しがつくに決まってる。
「…わかりました」
流石にここまで来てタイミングを逃すワケにはいかない。
そっとその頬に手をまるで髪の毛を下から掬うように添える。
「んんっ♪」
擽ったそうに身を捩るも先ほどのような唖然とした顔ではなく嬉々とした表情を浮かべる。
それがなんとも愛おしい。
初めて出会った時には絶対に考えられなかったこの状況。
あの凛としていてクールで出来る女性という言葉をまんま形にしたかのような彼女とこのような関係になるなんて夢にも思わなかった。
それでも、心のどこかでそうなりたいと思っていたことは事実。
初めて見せたあの寂しそうな表情を、姿を、支えてあげたいと思ったことも真実。
思えば最初からオレは師匠に惚れていたのかもしれない。
出会ってからずっと、今の今まで。
それからきっと、これから先もずっと…。
「師匠」
師匠を呼んで今度はゆっくりと顔を近づけた。
彼女はその言葉に小さく頷き瞼を下ろして無言で唇を前に出す。

そこにいたのはリリムという人間を超越した存在ではない。
師弟関係にある女性でもない。
年上で何でも出来るような凛とした雰囲気をまとっているわけでもない。




ただ恋焦がれる一人の乙女。




オレは彼女の求めるままに唇を重ねた。
静かに、それでも強く。
優しく、それでも深く。
今まで応えきれなかった分を埋め尽くすように彼女とキスをした。
先ほどの荒々しいキスでも感じていたがこうやってじっくりするとよくわかる柔らかな感触は胸とまた違うもの。
それ以上に甘い。
まるで花の蜜のようで、果実の雫のようで、どんな甘菓子にも負けない甘さ。
それでもしつこくなく、爽やかなもの。
何度も味わいたくなり、長く感じていたくなってしまう不思議な味。
いつの間にか師匠の手はオレの後頭部に回され、オレの腕も彼女の体を抱き寄せていた。
きつく、強く、互いをもっと感じるために。
「ん…ふぅ、ん♪……ちゅぅ……んんん♪」
唇のわずかな隙間から漏れ出す蕩けた声はオレの情欲をさらに滾らせ求めさせる。
ここまで来てしまった以上もう止まらない。
最も、止まるつもりさえない。
ただ重なっていただけの唇は動き出し、そっと舌を師匠の唇の間にすべり込ませる。
「んひゅっ♪」
一瞬驚きの声を上げた師匠だがそれでもすぐ嬉しそうに歓迎するかのようにオレの舌に自分の舌を触れ合わせた。
唇とはまた違う柔らかさ。
それからキス以上に感じる甘い味。
ぬめりを帯びたその舌は触れ合わせるたびに頭の中まで染み込む味を感じさせる。
そのまま唇を離すことなく舌を絡ませていくと自然と唾液が伝っていき師匠はそれを啜るようにさらに唇を押し付けてきた。
今度は師匠の舌がオレの口腔へと侵入してくる。
悩ましいくぐもった声を漏らしながらも交わす深い口づけはなんとも味わい深く、気持ちがいい。
しかし無呼吸のまま行為を続けられるほどオレの呼吸器官はできていない。
名残惜しくも息継ぎのために口を離した。
「ふぁ…♪」
その行動に寂しそうな声を漏らした師匠の顔は先ほどとはだいぶ変わっていた。
目尻が下がりとろんとした潤んだ瞳。
唾液まみれになりいやらしく光る唇。
真っ赤になっている顔はきっと息苦しさだけではないのだろう。
なんとも美しい。
なんとも淫らだ。
本当はそういう顔が見たかった。
オレ自身こういうことを望んでいた。
だから、もう止まらない。
柔らかく繊細な舌を味わっているとたまらない気分になってしまい、師匠の胸に手を伸ばしてしまう。
今日来ている服は以前にも見たことのある師匠の持っている私服の一つ。
薄い布地の上から胸の部分をまさぐっていると男性を魅了してやまない大きな膨らみがあった。
「んん…ひゅ、んふっ♪…っ♪」
くぐもった悩ましい声が漏れ出すも嫌がる素振りは欠片もない。
逆に師匠はもっと触ってと言わんばかりに自分からから身を寄せ、オレの手に押し付けてくる。
普段はよく背中で感じていたものが今はオレの手の中にある。
唇とはまた違う、肌の感触ともまた違う柔らかさ。
それと同時に感じるのは燃えるような熱と早鐘のように打つ心臓の音。
それはオレにも言えることだった。
唇を離して師匠の顔色を伺う。
「ん…師匠」
「…うん♪」
オレの言葉に嬉しそうに頷き、彼女は先を促した。
それを見て師匠の服の下に手を忍ばせる。
柔らかな肌が指先に触れるだけで師匠は悩ましい声を漏らし、真っ赤な顔を蕩けさせる。
例えようもない柔らかさと暖かさがさきほどと違い直接手のひらから感じ取れる。
皮膚の向こうに少しばかり硬さを持った独特の感触を残すみずみずしい乳房。
普段から感じているからこそ直接手で味わうこの感触はオレに感動を覚えさせた。
「ん…んん♪あ…ぁん……っ♪」
普段それに近い声を聞いたことは何度もあった。
それでもその声を自分自身の手で、オレの愛撫で感じさせているという事実が情欲の炎をさらに激しくさせた。
その感触をもっと味わいたくて、もっと確かめたくて、込める力を徐々に強くしていく。
指先で摘むよう揉みしだくと師匠の綺麗な眉が歪んだ。
「んっぅう♪」
痛みを感じてあげる声ではない。
快楽を得てあげるその声は聞いているだけで男としての本能を刺激する。
声だけではない、耐えるように歪めたその顔が。
芳しい爽やかなその香りが。
手のひらに吸い付いてくるような柔らかさが。
それから―
「―んんっ♪」
染み込んでくるとびきりの甘さ。
師匠からのキスはオレよりも荒々しく、そして深いものだった。
啄むように唇を吸い、自ら舌を滑り込ませて唾液を啜る。
おおよそ初めての女性がそこまでできるようには思えないがそれができるのは師匠が淫魔の最上級の存在であり、師匠だからだろう。
今まで積極的に求めてきたのは淫魔としてでも。
この瞬間までの行動は師匠が行ってきたこと。
彼女の気持ちがそうさせたこと。
それを感じるとたまらなく嬉しくなる。
そのまま何度も口づけを交わし互の唇の感触を味わっていた時だった。
いきなり股間に電撃が走った。
「っ!」
いや、電撃ではない。
どうやら師匠に撫でられたらしい。
一瞬の事だったが柔らかく暖かかったそれはするすると太ももに巻き付き、足をなで上げる。
そちらに視線を移すとそこにあったのは先端がハートの形をした灰色の尻尾だった。
師匠の人間にはありえない部分。
ゆらゆらと誘惑するように動くそれはいたずらをするようにオレの下腹部を撫で続ける。
「…っ!」
挑発的なようで、求めていることがはっきりとわかるその行動。
師匠の顔を見れば子供がいたずらに成功したかのような嬉しそうな表情をしていた。
しかし頬を朱に染めているその顔は子供っぽさよりも大人の女性らしさを見せてくる。
ただ純粋ないたずらではない、邪な気持ちを抱いたいたずら。
その行為はさらに先のことを求めてか。
なんとも師匠らしい。
「わかってますよ、師匠」
そう言ってあげるだけで師匠は嬉しそうに頷いた。











その後オレは財布を手に取っていた。
それは自分の家の鍵が、自転車の鍵が、師匠の家の鍵がぶら下がりしゃらんと鈴とはまた違う音を立てる。
この中には友人にもらったものが一つ、たった一つだけ入っている。
それは現代のモラルであり、男として守るべき常識であり、マナーである。
たった0,03ミリの薄いゴム膜。
コンドーム。
避妊用具だ。
いくら相手が人間ではないリリムとはいえ、女性であることに変わりはない。
男のオレと女の師匠。
人間のオレとリリムの師匠。
体の作りは違えど性が異なっていることに変わりない。
そしてこれからすることが子を成すことであるも変わりない。
もしかしたら人間とリリムなら、平々凡々な存在と比べるべくもない高位に位置する存在が交わっても子供が出来にくいとか、子供ができないとかそういう可能性もないとは言い切れないだろう。
だがその逆もまた、言い切れない。
これが師匠の望んでいることである。
これはオレが譲ってはいけないことである。
だが…。
オレは財布を持ったまま師匠を見た。
淡い月のあかりが照らし出す彼女の姿はもの欲し気であり、寂しそうでもある。
そして、求めている。
この先を。
何にも邪魔されたくないと。
すべてをさらけ出して、すべてを投げ捨てて、生まれたままの姿での行為を。
師匠の顔からはその考えが見て取れた。
今までの付き合いの長さからそれくらいのことは容易に想像できる。
なんとも師匠らしい。

だからといってひとつしかないマナーをそう安安と捨てきれるものではない。

オレは高校生の身。
まだまだ学生のお子様。
だからこそ今まで培ってきたモラルや常識を崩すことはできないし、無視することもできない。
できない、ハズなのに…。
ここで師匠の求めを拒むこともできない。
どちらも譲れぬものであり、捨てられないもの。
今まで拒み続けたからからこそ師匠の想いには応えたい。
それでも行為をする以上通さなければならないものもある。
どっちつかずのジレンマ。
優柔不断で迷いっぱなし、なんとも情けないことこの上ない。
そんな中でオレはちらりと師匠を見た。
彼女はさきほどと同じようにオレを求める視線を向けている。
物欲しそうに、待ちきれないと言わんばかりに。

それでもどこか不安げに。

師匠は財布の中に何が入っているのか気づいているようだ。
それはきっと今までのオレの行いから予想したものだろう。
守るべきところをずっと守り、距離を置いて今まで避け続けたオレの行動から考え出したものだろう。
オレが師匠の考えをよく知るように彼女もまたオレの考えをよく理解している。
だから、師匠はそんなに不安な顔をしているんだ。
「…ユウタ」
寂しそうに、悲しげに、師匠はオレを呼んだ。
それはまるで先ほど泣き腫らした時と同じように。



それを見て覚悟は決まった。



オレは手に持っていた財布を後ろへ投げ捨てていた。
しゃらんと鍵がぶつかる音が静寂の空間にただ響く。
もう、いいだろう。
常識なんてもういらない。
モラルなんて知ったことじゃない。
それでもただ快楽を求めたから捨てたわけじゃない。
そんなの師匠の気持ちを汲まないことに比べたら軽いも軽い。
今まで散々避けてきて、今まで散々逃げてきたんだ。
こんなところくらい立ち止まって受け入れるべきだ。
今までへたれで、逃げ腰だったんだから。
こういう時こそ男を見せるところだろう。
服を脱ぎ捨て師匠が座るベッドにあがる。
そこにいるのは互いに生まれたまま姿になった人間とリリム。
女神と呼んでも頷いてしまうほどの美貌を持った女性の姿。
覆うものが何一つない大人の女の体。
淡い月明かりに照らされたみずみずしい白い肌に大きく膨らんだ二つの膨らみは影が落ちて情欲とは違う幻想的な感動を与える。
頭から指先まで傷ひとつ見当たらない体は最高のプロポーションを持っていてただ座っているだけだというのにその姿はテレビや雑誌に載せられる女性とはレベルが全然違う。
細長く伸びた腕に足、それから人間にはない翼に尻尾、それから角。
生まれた時とは変わってしまったらしい、灰色のそれら。
異形で、異質で、異端であるというのに納得してしまう人外の美しさ。
そして、オレを迎え入れんと恥ずかしげながらも少し開いた足。
そこにあるのは師匠の女の部分。
わずかな茂みから走った一筋の切れ目からは抑えきれない蜜が涎のように滴り落ちている。
その度にあがるその独特な香りは甘く、とても甘くてすぐさま理性を捨てて襲いかかりたいと思わされてしまうほど。
逆に師匠はまるで餌を与えられようとする犬のように灰色の長い尻尾を左右に振っている。
それだけではなく目は期待に輝き、待ちきれないのか自分から体を寄せてきている。
状況が状況だろうが、人間ではなかろうが、やはり師匠は師匠。
普段のような姿に思わず興奮よりも先に笑みがこぼれてしまう。
「師匠…」
オレの言葉に彼女はこくりと頷いた。
さぁ、この先へ。
越えることをためらい続けた一線へ。
師弟の関係よりもずっと深く。
上下の関係よりもずっと甘く。
男との女の関係へ。
師匠との口づけと、彼女の一糸まとわぬその姿に痛いほど張り詰めた怒張をオレはそこへとあてがった。
「ん…♪」
「…くっ」
くちゅりと汗ではない湿り気を帯びた女性の部分に男が重なる。
感じたのは胸や唇とは違う柔らかさと粘り気のある液体の感触、それから異常なほど高い熱。
触れているというだけで燃え上がるように熱いそこは僅かにすり合わせるだけでも頭が真っ白になるような快感を生んだ。
流石淫魔の最高位の存在といわれる存在。
性交において相手に与える快楽が絶大なものなのだろう。
恥ずかしながらこのままこすり合わせているだけで果ててしまうこともありえる。
未経験者に淫魔の相手は流石に手に余るものがある。
ならここで躊躇ってはいられない。
「師匠…行きますよ?」
「うん…♪」
師匠の返事に意を決したオレはそのまま腰に力を入れ、最後の一線を超えた。

「くぅ、ぅううんっ♪」
「…っ!!!」

師匠の口から漏れ出した声は快楽に彩られた色っぽいものだけではなく、苦悶に耐える感情も少なからず混じっていた。
そりゃそうだ、師匠だって初めてだって聞いてたんだし。
いくらリリムとはいえ初めては痛みを感じるらしい。
だが、問題はそれだけではなかった。
「…っ!?」
まだすべてを押し込んだわけではない。
それだというのに体へと流れ込んでくる快楽は嘘みたいに膨大なものだった。
気持ちがいい、そんな言葉で表し切れるほどのものじゃない。
熱い粘液の歓迎はオレを阻むことなく、むしろさらに奥へ誘い込むように律動してはオレを飲み込まんと蠢く。
なんとか掴んだシーツはこの快楽に耐えるために力強く握りしめ、あまりの力に拳から血が滲んでしまうほど。
歯を食いしばろうとも耐え切れる気がしない。
それどころか耐えようとしているオレを優しく包みながらも限界へと押し上げる淫靡な感触に押しつけた腰を止めることなんてできなかった。
そのままゆっくり腰を進めていくとぶつんと、何か抵抗らしきものを突き破った感覚がした。
「くひゅっ!」
それが純潔の証であるものだと気づくのに時間はそうかからなかった。
眉を潜めてなんとか痛みに耐える師匠の顔。
膨大で今にも果ててしまいそうな快楽の中でもはっきりと映るその顔には一筋の雫が滴っていた。
目の端からこぼれ落ちた宝石のように輝く雫。
それを見た途端に腰に力を込めるのを止めてしまう。

「ふぁ…あ?」

止められたことを不満げに師匠はオレを見上げた。
普段は身長差から師匠から見上げられる経験はほとんどなかったから上目遣いの師匠の姿は男心を否応にもなく刺激する。
もっといじめたいとか、もっとしたいとか。
それでも今はそうではない。
「なん、でぇ?止めないでよ…ユウタぁ…っ!」
泣き出しそうに、いや既にもう泣きながらもオレを求める一人の女性。
それは心を痛める姿でもあるが、情欲に濡れたその顔には本能を無理やり引き出される。
末恐ろしきは乙女の姿か、淫魔の性質か。
心から求めてくれる理想の女性は両手を広げてオレの背に回した。
「っ!師匠…」
「やめないでよぉ…っ!」
腕だけではない、尻尾が、翼が、オレを包み込むように覆っていく。
その行動が、その行いが胸を熱くする。
「でも…痛いんじゃ…」
「へい、きだから…全然、大丈夫だから…」
涙を目の端に溜めながら言われるのは躊躇ってしまう。
「だから…―


―ちゃんと、最後まで…して…っ」


そこまで言われては引き下がれない。
もとより引き下がるつもりもなかったが、ここまで言わせたら男が廃るというもの。
オレは何も言わずに頷いて、腰に力を込めた。
挿入に慣れてない媚肉を軋ませながらゆっくりと確実に押し入っていく。
入っていけばいくほどきつくどろどろに蕩けた快感をオレへと注ぎ込んでくる。
純潔の鮮血と溢れ出した愛液が混ざり合ったものがシーツに染みを作り、わずかに動いただけでも尾や尻尾を生やした体が大きく震える。
初めての体験による痛みに震えているのとはわけが違う、満たしていく快楽に。
それを感じるだけでも言葉にできないほどに嬉しいのだがそれ以上に師匠の女が与える快楽に翻弄されかける。
膨大で、壮絶で、きっと人間相手では得ることのできない感覚に。
「師匠…っ!」
たった一回。
たった一往復。
腰を前後させるだけでも目の前が真っ白になりすぐさま果てて溺れてしまいそうになる。
理性を捨てて、本能のままに。
しかしそんなことはできない。
師匠は人間ではないリリムとはいえ初めてだ。
それなら最初から無茶苦茶に動こうとすれば師匠を壊しかねない。
人間の常識が当てはまるとも思えないが、それでも気遣ってしまうのは最低限残った理性によるものか。
それでもわずかに動いただけで膣がきゅっと締め付けて反応を示してくれる。
「うぅ…っ」
「くひゅっ♪」
互いに漏れてしまううめき声。
入れただけで凄まじい快楽だったというのにこれをさらに動かし続けたらどれほど快楽を得ることができるのだろうか。
「ん、ぁ♪ユウタぁあ…♪」
それは期待と、壊れてしまうんじゃないかという不安を抱いてしまうが純粋にオレを求めてくれる師匠の姿を見るだけでそんなものは吹き飛んでしまう。
ぐちゃぐちゃで、ぬるぬるで。
キツキツで、ねとねとで。
火傷しそうなほど熱いというのに、それでも心落ち着く感覚がある。
農大な快楽に翻弄されながらも確かにそれは師匠自身が与えてくれる極上の感覚だった。
しかしそんなものを未経験者のオレが耐えきれるはずもない。
まだ一度も全てを押し込んではいない。
まだ先ほど師匠と言葉を交わしてからわずかにしか動いてない。
それでもぴりぴりと痺れるような感覚が太ももから伝わってくる。
全然動いてないのに師匠の膣壁は蠕動し、さらに奥へ奥へと誘っていく。
これ以上動けばどうなるかなんて想像するにたやすいこと。
「師匠…ご、めん…もう…っ!」
「!うん、いい…ぁああああああああああっ♪」
その返事を聞ききる前にオレの限界は訪れ、爆発した。
どくどくと脈打ち流れ込んでいく白濁した欲望。
震えるたびに師匠の中も同じように締め付けうねり、さらなる放出を促してくる。
止まることを許さないと、この程度では物足りないといわんばかりに。
根元から扱くように力が伝わりまるで牛の乳搾りをされているみたいに律動してくる。
それは永遠に続いていたのかと思った。
逆に一瞬の出来事かと思えた。
「はぁ……は、ぁ…」
荒くなった息を整えるが体に送り込まれる快楽は止まない。
師匠の中に埋まっているオレの愚息は未だに萎えてはいないし、その硬さを失うこともない。
「んんぁ…あ、はぁ…♪」
師匠は恍惚とした笑みを浮かべて体を震わせていた。
たっぷりと精液を注ぎ込まれた師匠は満足そうにしながらも瞳の中にもっと欲しいという期待の色が宿っていた。
普段の師匠には見て取れない満足そうな表情だがその期待の顔はやはりいつもの師匠自身。
それはとても可愛らしくて、それがとても愛おしい。
「お腹の中…ユウタので、あったかい…♪」
自身の腹部を見下ろす師匠の視線の先にはオレが入っている下腹部を嬉しそうに眺めていた。
それでとても満たされたように笑みを浮かべてそっと上から撫で上げる。
その姿がとても美しくて、その姿はとても愛おしい。
「んふふ♪ユウタの精液、いっぱいだよ♪」
その言葉が、その笑みが、ぞくぞくと本能を刺激する。
愛おしいからこそ狂いそう。
愛らしいからこそさらに欲しい。
そしてそれはオレだけではなくて師匠にも言える事だった。
「でも…もっと欲しいな…♪」
「…っ!」
「もっと注いで、ユウタぁ…もっと、いっぱいいっぱい…エッチ、しよ♪」
直接頭に響きそうな魅惑の声。
理性を蕩けさせる淫魔の求め。
つながることによって感じる師匠の感覚。
それはオレをこのまま止まってもいたいが動きたいとも思わせる。
人間の女性では得られない壮絶な快楽に戸惑いつつもそれをさらに味わいたいと、このまま欲望の赴くままに動きたいと思ってる。
そんなことはできない。
互いに初めてだが師匠に辛い思いをさせるわけにはいかない。
「んぁ…ユウタぁ♪動いていいよ…♪」
戸惑って動くことができない気持ちをオレと同じように付き合いの長い師匠なら言わずとも理解できるらしくにこりと微笑んだ師匠。
その言葉が、その気持ちが、とても堪らない。
「師匠…っ!」
このまま動くことはできない、だからこそそれ以外のことをするまで。
オレは師匠の額にそっと唇を落とした。
たった一度、それだけでも師匠は蕩けた表情に替わる。
「んん…っ♪」
しかしもどかしいのか自分から唇を突き出してくる我が師。
それが、とても愛おしい。
オレは彼女に合わせるように自分の唇を師匠の唇に重ねた。
暖かく柔らかな感触と、蕩けるように甘い蜜のようで、果実のように爽やかな甘さ。
癖になって何度も味わいたくなる魅惑の口づけはさらに深くまで貪っていく。
ねっとり唾液に濡れた師匠の舌を絡ませて、表面を磨くように擦っては蜜のように甘い唾液を啜り、舐る。
触れるたびに師匠の体は震え、蕩けた声がわずかな唇の隙間から漏れ出す。
蕩けてるのは唇だけではなく交わり合ってる部分からも。
キツくも絞りとるように律動していた師匠の膣は狭いがならも先ほどとは違って柔らかくなっていた。
両手で押しつぶされるような感触ではなくてまるで全面から舌で舐め尽くされているかのようなそれは紛れもなく名器といえるもの。
淫魔である師匠は名器であって当然なのかもしれない。
先ほど出したばかりだというのにまた下腹部で熱が滾り、注ぎたいと本能が訴える。
性欲お盛んな高校生と貪欲で淫らなリリムでは最高の組み合わせなのかもしれない。
唇を話したらすぐさま腰を動かした。
「ひゃぁあああっ♪あ、ああ♪はぁん♪」
奥まで迫っていくたびに師匠の体はのけぞり、大きな乳房が激しく揺れ動く。
目の端に大粒の涙を浮かべながら師匠は回した腕を、足を離さない。
この手足がなかったらもう二度と触れ合えないんじゃないか、そのように思っているのかキツく抱きしめたままで。
そしてそれは彼女の中もまた同じだった。
師匠の媚肉がオレの怒張を深くくわえ込んだままさらに小さく収縮する。
敏感になっているそこはカリ首のくびれに深く食い込んで引き抜くこと、離れることを許そうとしない。
「んんぁ♪あ♪ふぁああっ♪」
離さないで、抜かないで、もっと激しく、もっと深くまで繋がって。
言わずとも師匠の目はそれを語っていたし付き合いの長い師匠の気持ちぐらいわからないわけがない。
オレは師匠の気持ちに答えるままに腰を動かし続ける。
そこから中心に広がってくる痺れるような甘い感覚。
ぞくぞくと背筋を駆け上がる寒気にも似たこの快楽。
限界が近いことなんて容易にわかる事だった。
「く…っ!」
師匠の中がうねり、肉襞が絡みついては奥へ奥へと飲み込んでいく。
それだけでは飽き足らずに子宮口の近くにある空間が引き込もうと蠢いた。
「ふぁああああああ♪やぁ♪すごい、よっ♪すごくいよぉ、ユウタぁあ♪」
瞬間師匠の尻尾が、足が、翼が、腕が、オレの体を強く抱きしめた。
オレからも体を進ませて離れないようにと抱きしめる。
埋まる二人の体の隙間。
重なる肌からは師匠の滲んだ汗が弾け、体温が溶け合っていく。
より強く感じた甘くも爽やかな師匠の香りが胸いっぱいに満たしていく。
いやらしい水音が広く豪勢な部屋の中で響いてはオレと師匠の行為を促してくる。
蕩けた愛おしい女性の顔が目の前でオレを求めてくれる。
互いが互いを限界へと引き上げていってそして―
「うっ、くぁ…っ!!」
「ひゅあああああああああああああああああああ♪」
我慢することも出来ずに肉竿が激しく脈動する。
それに合わせて熱く滾ったものが師匠の中へ、子宮へと流し込まれていった。
奥へと注がれていく精液を一滴も漏らさないようにと周りの肉壁がうねり、周りとは違った柔らかさを持ったものが吸い付く。
吸い付くそれは腰が砕けてしまいそうになる感覚を叩き込んできた。
「うぁあっ!」
「んんん♪いいよぉ♪ユウタ、すごく、いいよ♪もっと…いっぱい出して♪」
精を飲み込み搾り取ってくるというのにさらに師匠はオレを求めてくる。
求められることが嬉しくて、師匠に喜んでもらえることが嬉しくて。
オレはさらに奥へと腰を押し付けた。
「んんあああああああっ♪」
ぐりぐりと子宮口を刺激するたびに熱いねっとりとした液体が肉棒へ絡みつき、まるで神経を丸出しにされたかのように敏感にされる。
淫魔というのだから男性を射精へ導くためのものが備わっているのだろう。
現にオレはどんどんと師匠に吸い取られるように精を吐き出していた。
「ああっ♪す、ごい、いっぱい…っ♪もっと欲しいよぉ♪」
「いくらでも…出してあげますよ、師匠」
そっと額に口づけを落とすと彼女は嬉しそうに笑ってぎゅっと身を寄せてきた。
もう隙間なんてない間をさらに埋め柔らかで悩ましい体の感触が脳へと突き刺さる。
「いっぱい、出して…♪もっと、ずっと、ユウタが、欲しかったんだよ…♪」
「オレも、師匠が欲しかったんですから…っ!」
そう言って今度は唇を重ね合わせる。
未だに萎えないオレのものは十代特有の性欲のお盛んさによるものか、それとも淫魔である師匠のおかげか。
そんなものはわからずともいい。
今は思うがままに交わり合いたい。
欲望のままに互いを貪り、求めて、埋めて。
今までの隙間を埋めるように何もかもを忘れて行為に没頭していたい。
何もかもを投げ捨てて。



―ただ師匠だけを感じていたい…っ!



その気持ちのままにオレは再び腰を動かし、師匠と行為に溺れていくのだった。
12/09/15 20:30更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということで師匠と主人公、とうとうエロまで行きました
普段エロエロしている師匠とは違う、不安げでしおらしかった今回の師匠
こちらが師匠の本当の姿なのかもしれません
…あのエロエロもそうなんですけどねw
師匠正体、気づいている人もいたかもしれませんが実はリリムだったんですね
こんなところで解説しちゃいますと以前夢に出てきた師匠は実はあれ夢ではなくて現実に起きていたことなんですね
流石の師匠も夢に出るくらいなら現実でヤっちゃう、そんな女性ですのでw

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