連載小説
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4月26日 僕と姉ちゃんと黄金週間
窓から差し込む日差しに室内の温度が少しずつ上がっていく。
目覚まし時計はまだ鳴らないので、まだもう少し眠れるはず。
そろそろ厚掛けから薄掛けにしないと暑くなってくるなぁ……今だって結構汗ばんで……

「って、朝の気温じゃない!?」

いつまで経っても鳴らない目覚ましを見てみるとなんと9時を回った頃。遅刻も遅刻、大遅刻だ。

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!何で誰も起こして……」

ふと、落ち着いて今日の日付を思い出してみる。
そして思い当たった頃には全身の力が抜けきっていた。

「なんだ……今日は休みだ……」

そう、ゴールデンウィークが始まったのだ。普通の人にとっては喜ぶべき事なのかもしれないが、僕にとっては気の休まらない1週間が始まろうとしている。

「父さんも母さんも……旅行でいないんだよなぁ……」

これまた櫻井家の恒例行事、夫婦によるゴールデンウィーク旅行。今年は熱海で温泉に入ってくるそうだ。
その間僕は一人で過ごすことになる。
流石に小学生の頃までは連れていってもらっていたが、中学生に上がってからは自分一人でなんとかするように言われたんだよね。
数少ない旅行の機会だったので当時は物凄く残念だったのを覚えているけれど、今では逆に一人で気ままに過ごせるというメリットもある為にむしろ心待ちにするようになった。
……みやげ話の美味しいものの話は聞いていて凄くおなかが空くけどね。

「でも今年は……一人じゃないんだよねぇ……」

そう、今年は姉ちゃんがいる。ぽっと出の異世界から来た淫魔のお姫様。
しかも超絶美人。
本来であるならばそんな美人とひとつ屋根の下二人っきりというシチュエーションにドキドキする所だけど、もし彼女が美人である事を知っている事がバレたら……彼女の国へ強制連行される事に。晴れて僕は行方不明の身だ。
そして、その状態がほぼ一日中続く事になる。
今までは学園の授業中など離れて過ごすことが比較的多かったので幾分気は楽だったけれど、この1週間はそれを24時間続けなければならない。

「鬱だ……」

休みだからと言っていつまでも寝間着でいる訳にはいかないよね。
取り敢えず着替えなきゃ……

「ゆうくーん!起きてるー!?」
「きゃぁぁぁあああああ!?」

丁度寝間着を脱いだ所で姉ちゃんが部屋に押し入ってきた。普通逆でしょ!?こういうシチュエーションは!

「あら、着替えてた?」
「そうだよ!ていうかノックぐらいしてよ!?」
「えーめんどくさーい♪」
「わざとだ!絶対にわざとだ!」

ていうか何で僕は自分の体を脱ぎかけの服で隠しているんだろう。男なのに。

「ほら、着替えるんだから一旦外出ててよ」
「う〜ん……どっちかというと着替えるゆう君を視姦したいんだけど」
「悪趣味!?」

着替えを見たいと駄々をこねる姉ちゃんを何とか廊下へと押し出し、ドアに鍵をかけて着替えを再開……

─ガチャ─

「やっぱり見たい!」
「出てけー!」

僕の姉ちゃんは人の言う事を聞いてくれない。

───────────────────────────────────────


姉ちゃんが料理をすると。

「よーし、お姉ちゃん料理頑張っちゃうぞー!」

30分後。

「おまたせー!」
「おぉ……ジーザス……」

物凄く豪華な料理が出てくる。ただし……

─ひらり─

「ん?」

レシートには合計金額が5桁……
コストは度外視。


────────────────────────────────────────

「着替えた?よし、それじゃあいこー!」
「いやいや、唐突過ぎでしょ。一体何をしろと?

着替えて廊下に出た途端に姉ちゃんに手を引かれて玄関まで連れてこられる。
まだ朝ごはん食べてないのに……。

「もちろん私の運命の人探し!」
「それ僕が付いて行って意味あるの……?」
「特に無い!」
頼むので家でおとなしくさせて下さい。



結局無理矢理に外へ連れ出された僕は近くの駅前辺りで姉ちゃんが声を掛けられるまでブラブラする事に。
僕はと言うと途中のコンビニで買ったおにぎりを食べ、姉ちゃんはついでで買ったポアロチョコをぱくついている。というかこの構図……傍から見るとカップルが並んで歩いて買い食いをしているようにしか見えないんじゃ……?そうなると姉ちゃんの目論見には当然逆効果になる訳で……。

「姉ちゃん、別れよう」
「その言い方は物凄く誤解を受けると思うんだけどな」
口が滑った。

「姉ちゃんは運命の人を探しているんでしょ?だったら隣に弟とはいえ男の人がいたら声をかけにくいんじゃない?されることはナンパに近い訳なんだからさ」
「う〜ん……でも一人じゃ心配だなぁ……」
「大丈夫だって。流石に姉ちゃんに手を出す物好きはそうそういないと「よう君が」待ってよ、それだと僕が一人だとどこかの知らないおじさんに付いて行っちゃうような子供に聞こえるよ!」

全く失礼な……僕はそこまで子供じゃないってば……。

「もしフェロモンムンムンなお姉さんがよう君を誘惑してきたらどうするの!?」
「何で僕が年中発情中みたいな心配の仕方をするかなぁ!?」
「ひどい!この間はお姉ちゃんで(ピー)を固くしていた癖に!」
「ストップ!ここ公共の場!ていうか物凄く痛い視線集めてる!」
「大丈夫!お姉ちゃん露出も趣味の範囲内だから!」
「危ないよ!あんた物凄く危ないよ!」

全く……なんだってこの人は公衆の面前で恥ずかしげもなく卑語をバンバン使うかなぁ……
とその時、誰かに肩を叩かれる。振り向くと……

「ちょっと君達、少し話をいいかな?」

おまわりさーん。



「はぁ……はぁ……はぁ……なんでこんな目に……」
「あ〜楽しかった♪」
「いや、姉ちゃんのせいだからね!?」

なんとかおまわりさんの追跡を振り切り、ビルの物陰の隙間へと隠れる。
やれやれ……この人と一緒にいると本当にトラブルの種が尽きないなぁ。

「わ〜猫ちゃんだ〜!おいでおいで〜♪」
「何こんな時にのんきに猫と戯れてるのさ……」

姉ちゃんが昼寝をしていた猫にちょっかいを掛けている。
やれやれ……いくら何でもマイペースすぎ……

「姉ちゃん、あたしの正体気づいてんねんやろ?」
「……え”!?」

少なくともこの声は姉ちゃんの物ではない。そして音源は間違いなく眼の前の猫からだ。
さらにこの猫、尻尾が2本ある……無論目の疲れとかそういう物ではない。

「あちゃ、バレちゃった?」
「バレバレやがなぁ。ある程度は抑えてるんやろ?それでも魔力をビンビン感じるさかい」

平然と猫と姉ちゃんが会話している。傍から見たら危ない人だけど、僕の耳にも聞こえているので少なくとも酔っ払った姉ちゃんが猫に一方的に話しかけている訳でもなさそうだ。

「所で……そこのぼんは姉ちゃんのコレか?」
「ううん、弟〜。将来の旦那さんは別に探し中なんだ」
「さよか。所で……ぼんよ」
「うぇ!?は……はい」

いきなり話を振られてどぎまぎしてしまう。何だろう……もはや取り返しの付かない所まで日常が崩壊してしまった気がする。

「あんまし姉ちゃんを悲しませるんやないで?折角こないな素敵な姉ちゃんがおるんやからな」
「素敵なって……」

どうやらこの猫には彼女の本当の姿が見えているようだ。と言うことは……彼女の本当の姿は非日常側にいる人達には見えているって事なのかなぁ。

「大丈夫、よう君は私に酷い事したりしないよね〜?」
「ね〜って……酷い事って具体的には何さ……」
「そうだなぁ……」

そう言うと姉ちゃんは顎に人差し指を当てて少し考えこむ。
そしてにっこり笑って僕へと言うのだ。



「嘘を吐いたり、とか」



背筋が凍りつく。しかしここで表情に出すと明らかに怪しまれる。
なのでポーカーフェイスを保つ。我ながら便利なスキルを持っているものだ。

「……人間誰だって大なり小なり嘘を吐いているもんだと思うけどな」
「ん〜……でも言われて困るような嘘はついて欲しくないかなぁ。そんな事されたら悲しくなっちゃうよ?」

この人、本当は気づいているんじゃなかろうか。敢えて僕が言い出すのを待っているような印象も受けるんだけど……。

「仮にだよ?僕が姉ちゃんが美人に見えたとするよね?」
「うんうん?」
「申し出ない理由がないじゃない。少なくとも僕は健全な男の子だよ?それなのに美人の誘いを断るようだったら僕は枯れてるとしか言い様がないんじゃない?」

僕が枯れてない、という事は彼女は十分承知のはずだ。何しろ実際に見ているのだから。

「よう君……枯れてたの?」
「普通に失礼だね、姉ちゃん」

いくらボケだとしてもこれはひどい。

「ま、ぼんが悲しませる気が無いっていうのなら別にかまへんのや。姉ちゃんのこと、大事にしたりや」
「う、うん。そうするよ」

正体不明の野良猫に諭され、その場はお開きになった。
やれやれ……一体この街にはあと幾つの不思議があるというのだろうか。

姉ちゃんの弟になった僕には気苦労が絶えない。



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僕の姉ちゃんが風呂に入ると……

「先にお風呂貰うね〜」
「いってら〜」

………………
…………
……

「……ぅ……ぁん……んっ……」

必ず幻聴が聞こえる。

「あらあら、お盛んねぇ」
「いや、止めようよ」

母さんは止める気は毛頭無いらしい。


────────────────────────────────────────

「よう君、ここってどういう所?」

お昼ごはんの後、僕は再び姉ちゃんの運命の人探しに付き合っていた。
その途中、商店街のゲームセンターを見て姉ちゃんが首をかしげていた。
姉ちゃん、貴方はこちらの世界の人という設定なのだからその疑問は変だと思うんだ。

「どういう所って……ゲームセンターだよ。別に見るのは初めてじゃないでしょ?」
「そ、そうだね。うん、知ってるよ、ゲムセンター」

イントネーションがずれている。
そわそわとしてゲームセンターの中身をちらちらと見る姉ちゃん。
入ってみたいのだろうか。

「どうせだから少し寄ってく?」
「う、うん。行ってみよ」

いつも快活な姉ちゃんには珍しく、すこしおどおどした態度が新鮮に感じる。
中に入ろうとすると姉ちゃんは僕の袖を摘んで僕の陰に隠れていた。
見ていて可愛んだけど……傍から見たら芋っぽい挙動不審な女なんだろうなぁ。もったいない。



「うわぁ……凄い音」
「すぐ慣れると思うよ。後あまり離れないでね。たまーに怖いお兄さんがいたりするから」

さて、彼女を連れて何をしようか。
何か彼女の得意そうなものは……

「姉ちゃん、ダンスとか得意?」
「ダンス?少しならできるけど……」
「それじゃあダンスゲームでもやってみようか」

そんな訳で筐体の前へと連れてくる。
流れてくる矢印をタイミングよく踏むアレだ。

「ダンスって……一人で踊るの?相手は?」
「……ダンスってもしかして社交ダンスの方の?」
「違うの?」

どうやら姉ちゃんの言うダンスというのはタンゴやワルツなどのいわゆる社交ダンスの方だったらしい。お姫様らしいというか何と言うか……。

デモプレイで流れる矢印を二人で追っていると、別の人が始めるようで投入口に効果を投入した。
そして、台の上に立つ。

「見ていればわかるけど……こういうゲーム」

難易度は……うわ、迷わずアナザー(最高難易度)だ。
タイトルはランダム……かなりやりこんでいるのかも知れない。
そして、選ばれた曲が始まると……

─ドダダダダダダダダダダ!─

「!?」
「お〜……凄いね」

猛烈なステップで矢印を踏み始めた。流石にこの難易度まで来ると上半身の振り付けは構っていられない。

「ダンスって……え……何これ」
「もはや地団駄だよね。ここまで来ると」

所々ミスはするものの、全体的に見ればうまくコンボが繋がっている。
3分ほど経過して曲が終わった。判定はA……割と高いランクだ。

「どう?やってみる?」
「無理!下手に本気出したら台踏み抜いちゃいそうだし!」

どっちの本気なんだか。



「反射神経はいい方?」
「まぁそれなりには……。一応剣術とかの稽古も受けていたし……」
「剣道?やっているの見たことないんだけど……」
「む、昔の知り合いに教えてもらったの!よう君は知らない人!」

やれやれ……簡単にボロを出すんだもんなぁ。

「それじゃあガンシューティングなんかは行けるかなぁ。やってみる?」

連れてきたのは某ゾンビシューティング。銃を使ってダメージを受けないようにしながら先へと進んでいくタイプだ。
僕の腕は……まぁ可もなく不可も無くといった所かなぁ。
少なくとも最後まで行ったことは無い。

「どうやるの?」
「この銃で……出てくるゾンビを狙い撃ちにするんだ。簡単でしょ?」
「え、え〜……」

どうやらノリ気では無い姉ちゃん。一体どうしたのだろうか。

「流石にゾンビは気持ちが悪い?」
「気持ちが悪いというか……良心が咎めると言うか……」

いや、ゾンビは人間じゃないし。少なくとも噛み付かれたくなかったら撃ち殺すしか無いじゃないか。死んでるけど。

「彼女達だって生きてるんだよ!?」
「いや、死んでるし。ゾンビが生きているってどこの世界の常識なの?」
「私の世界の!」
「はいはい、妄想妄想」
「妄想じゃないのにぃ……」

とは言えやりたくないものを無理にやらせる事はないだろうし、次へ行くことにする。



「ゲームセンターといえばコインゲームだよね」
「こいんげーむ?」

六角柱状の大きな筐体の前へと姉ちゃんを連れてくる。
筐体の中ではコインがところ狭しと跳ねまわり、寄せては返すように押し出しバーが落ちてくるコインを押し出している。

「上のスリットからコインを入れて……この出たり入ったりしている奴の上のコインを下に落として、さらに多くのコインを下に落として増やしていくっていうルール。簡単だけど落とし方を工夫しないとあっという間にコインがなくなっちゃうんだよね」
「ふ〜ん……面白いの?」
「やってみれば分かるよ。落とすだけなら特に特別な技能も必要無いしね」


─1時間後─

「姉ちゃん……もう帰ろうよ……」
「まだまだ!結構増えてきたんだからこれからでしょ!」

姉ちゃんの手元には既に満杯になったコインカップが4つ。
彼女はジャックポットや特別ルール(紐が付いた錘を落とすと何十枚かコインがもらえる)を駆使し、次々とコインを増やしていった。何が彼女の琴線に触れたのだろうか。

「やった!ジャックポット!」
「またぁ!?」

僕の姉ちゃんは熱くなりやすい。



───────────────────────────────────────

姉ちゃんが火サスを見ると……

「この人絶対犯人だよ!間違いない!」

30分後……

「あ、あれぇ……おかしいなぁ……」

必ず推理を間違える。

────────────────────────────────────────


流石に夕飯の支度もしなければならないので、ゲームセンターのカードを作ってコインを預けてその場を後にする。姉ちゃんは作ってもらったカードを宝物か何かを見るような目で掲げてたな……。

「夕ごはんどうする?流石に外食を連続はお金かかるからしたくないんだけど……」
「そうだねぇ……何か材料買って帰ろうか」
「だったら姉ちゃんは材料選ばないでね。お金いくらあっても足りないから」

以前は怒られないまでも父さんが冷や汗だらだら流していたからなぁ……なるべくリーズナブルな物を選ばないと。



帰り際にスーパーに寄ってメニューを考える。

「豆腐が安いね……家にネギもあったし……麻婆豆腐にでもしようか」

料理に必要なものを籠に入れていく。牛乳は……あと半分くらいだったかな。
卵も少なかった気がする。丁度安い日だから買っていこうか……

「ようk……」
「はいはい、ポアロチョコね」

姉ちゃんが持っているチョコレート菓子を取って籠の中に入れる。見た目以上に子供というか何と言うか……。

「よう君が主夫になってる……」
「待って、なんだかその字は危ない気がする」
「いいお嫁(ムコ)さんになれそうだよね!」
「なんだかその字は危ない気がする!?」

近所のおばちゃんがクスクスと笑っている。このスーパーにはちょくちょく買い物に来ているので軽い名物になっている気がするよ。

「あら、ようちゃん。今日もお姉さんとお買い物?」
「あ、ナーヴェさん。こんばんは」

僕らの姿を見つけたのか近所のお姉さんが声を掛けてきた。この人は元々外国の方で、日本に帰化したんだとか……それにしても相変わらず妖艶な人である。

「相変わらずお姉さんと仲がいいわねぇ。傍から見ていると若い夫婦に見えるわよ?」
「やめてください。僕は極めてノーマルです」
「ねぇ、今よう君さらっと毒吐いたよね?」
「気のせいでしょ?本当の事なんだから」
「やっぱり気のせいじゃなかった!」

こういう所でポイント稼いでおかないとね。プラスじゃなくてマイナス方面だけど。

「それじゃ、『美人な』お姉ちゃんと仲良くね」
「あ、はい……え?」

去り際に一言そう言って彼女は買い物に戻っていった。

「ね、ね、美人だって美人だって!」
「なにいってんの芋姉ちゃん」
「酷!?」

……何者なんだろう、彼女。



それからは特に何も起こることも無く、夕飯を作って食べて一日が終わった。
姉ちゃんの侵入は部屋の入口に塩を盛っておいたら無かった。効果……あるんだ。
14/03/05 15:27更新 / テラー
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■作者メッセージ
〜あとがき〜
ネタバレ:ナーヴェさんはエキドナ
いや、ヒロインは姉ちゃん一人だからあまり関係無いんですけどね。

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