読切小説
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包々抱々
ああ、これでもう何度目だろう。
水平線の彼方に沈む、赤い星を見送ったのは。

浜辺と呼べるかも疑わしい、小さな砂浜の上で。
僕は尻を付き、呆然と日の入りを見つめていた。
感慨はない。また、哀愁もない。何も思うことなどない。
まるで山奥に隠れ住む仙人のように、僕は無へと近付いていた。

「………」

それもそのはず。ここは山奥よりも更に秘境。
大海原にぷかぷかと浮かぶ、無人の孤島なのだ。
あるものといえば、島の中央に生えたヤシの木ひとつ。
他には何もない。島の端から端までは、10歩でたどり着ける狭さだ。
まさに無。天然の牢獄と呼ぶに、これ以上相応しい場所もないだろう。

「………」

そんなところに、どうして僕がいるのかというと。
結論を言ってしまえば、遭難したのだ。船が襲われた末に。

1週間前…いや、もう2週間前になるのだろうか。
僕は故郷の町より、漁船『黒州丸』に乗って、大海原へと飛び出した。
7人の頼れる仲間と共に、網いっぱいの魚を採ろうと意気込みながら。
いつも通りの沖合い漁。誰も、不安なんてこれっぽっちもなかった。
何処々々のお酒が美味いだの、彼女にビンタされて歯が折れただの…。
そんな他愛無い話を楽しみながら、僕達は海へと網を投げ込んでいた。

でも、そんな日々の繰り返しは、突然断たれた。
仲間達が、ひとり、ふたり、急に海へと跳び込み始めたのだ。
僕は何が起きたのか分からなかった。仲間の叫び声を聞くまでは。
いつの間にか船の縁に腰掛けていた、『唄う怪鳥』の存在に気付くまでは…。

「……ねぇ」

魔物の歌によって、狂い、次々と海へ飛び込んでいく仲間達。
波に揉まれる彼らを攫う、水面より出でるいくつもの影。魚ざるもの。
それは地獄絵図と呼ぶに相応しい光景だった。残るも地獄、降りるも地獄。

だけど、僕はこうして助かった。助かってしまった。
怯える僕の背中を蹴飛ばしてくれた、兄貴分のおかげで。
怪鳥の足に、その身を捕らえられながらも、僕を救ってくれたシド兄。
彼の最後の勇気が、僕を船から落とし、波間に潜む怪魚達からも逃がしてくれた。

「ねぇ」

…思えば、今のこの状況は、あの時に運を使い切ってしまったからだろうか。
怪鳥からはともかく、ひしめく怪魚達から逃れられたのは、幸運としか言いようがない。
そのリターンが、この無人島生活というワケか。笑えない。神様もひどいことをするものだ。

あぁ、早く家に帰りたい。仲間達が無事であってほしい。
そしてまた、酒場に集まって、お酒を飲みつつ、朝まで語り合って…。

「ねぇってば!」

ベチンッ。響く、間の抜けた音。
後頭部を押し出す衝撃。鈍い打撃だ。

振り返らずとも分かる。また魚をぶつけられたのだろう。

「いつまで無視してるのよ! 返事くらいしなさいよっ!」

怒号を背に受けながら、ゆっくりと頭を上げる僕。
言葉は返さない。面倒くさいのもあるけれど、それだけじゃない。
僕は、このキンキンと響く声を聞くたびに、ひとつ、思うことがあるからだ。
それが人恋しさからなのか、あるいは、卑しい下心からなのかは分からない。

「このルッキーニ様が、せっかく魚を届けてあげたっていうのに…!」

…本当に、常々思う。
彼女がもし、人間だったらなぁ…と。

「…何よ、その目。陰湿ね」

振り返った僕の視線を受け、容赦ない毒舌を返してくる女性。
それはアザラシのような毛皮を纏った、なんとも珍妙な魔物だった。

彼女の名はルッキーニ。『セルキー』と呼ばれる、海の魔物の一種だ。
着ぐるみを着込んだような外見と、手に持った銛が特徴的な種族。
本来は、ここよりもっと北の国に生息しているはずのセルキーだが、
はぐれなのだろうか、どうやら彼女は、この近辺に単独で生息しているらしい。
何にせよ、彼女もれっきとした魔物だ。油断すれば、即、頭からガブリだろう。

「お礼くらい言いなさいよ。もう何度、こうして食べ物を届けてあげたと思っているの?」

…が、そのセルキーが、どういうワケか、僕に食料を運んでくるのだ。
それも、遭難した日から毎日のように。ご丁寧に、朝昼晩で3尾ずつ。
からかっているのか、僕を太らせてから食べる気なのか、真意は見えないが、
少なくとも、心許して頭など下げてはいけない。ガブリといかれるに違いない。
魚を食べるのは、彼女が帰った後に…だ。幸い、この魚は生食できる。火いらずである。

「………」

しばし彼女とにらめっこをした後、僕は再び前を見た。
太陽が沈んだことで、薄暗く染まっていく空。星もいくつか瞬き始めている。
夜が来るのだ。何度目かも忘れてしまった夜が。ひとりぼっちの夜が。

「…ちょっと。無視するなって言ってるでしょ」

そんな故郷を思う男の背中を、銛先でつついてくる空気読めず。
痛くはない。痛くはないが…鬱陶しいというか、しつこいというか。
親の興味を引こうとする子供のように、彼女は執拗に、僕に付き纏ってくる。
たまに、平の部分で叩いてくることもある。気付け、かまえと言わんばかりに。

「………」

しかし、僕は徹底して無視する。気にしては負けだ。
取って喰われないようにだけ注意すればいい。後は無視。
いくら人恋しく、話し相手が欲しくとも、魔物とだけはゴメンだ。
まだヤシの木と話していたほうがいい。そっちの方が、精神的に救われる。

「…ガキんちょのクセに」

不意に、セルキーの口から漏れる、僕への侮辱。

出た、悪口攻撃。これもいつものパターンだ。
無視し続けていると、ボソリと飛び出す彼女の一刺し。
銛の換わりに、僕の背中をチクチクとつついてくる地味な攻撃だ。

でも、海の男として鍛えられた僕にとっては、どこ吹く風。
そんなお子チャマのような挑発に乗るはずがない。大人の余裕である。

「チビ。恩知らず。短足。おねしょマン」

銛でのツンツン攻撃も再開しながら、言葉の石つぶてを投げてくるセルキー。
ひどい言われようである。僕はチビでも、短足でも、ましてやおねしょマンでもない。
身長も、足の長さも、周りの皆のと比べて、ほんの少し控えめなだけだ。決して短くはない。
おねしょだって、6歳…いや、5歳の頃に卒業している。なんて失礼極まりない発言だろう。

「バカ。ムッツリスケベ。チビ。クルクルパー」

二度目のチビ発言に合わせ、再びベチンとぶつけられる魚。
やっぱり痛くはないが、フラストレーションは溜まっていく一方だ。

…確かに、食料に関して、助けられているのは事実だけれど。
彼女が魔物であり、その目的が分からない以上、感謝することはできない。
純粋な好意なら、さすがに僕だって、頭を下げてお礼を述べるけれど、
先の遭難事故の件もある。この魔物が、彼女達の仲間じゃないとは限らない。
もしそうだと分かったら、僕はすぐにでも海に飛び込んで、泳いで帰るつもりだ。
無謀だろうがなんだろうが、まな板の上の鯛でいるのは御免である。兄貴分のためにも。

「チビ。チービ。チビ、チビ、チービッ」

語集が底を尽きたのか、とうとうチビとしか言わなくなった彼女。
潔く諦めればいいものを、語気はますます強くなるばかり。
もし耳を塞ごうものならば、その性格上、更に声を荒げるに違いない。
こうなるともう、どちらの方がガキんちょか…と問い質したくなる。

「…ふんっ」

と、鼻息ひとつ。水打つ音が背中より響く。
振り返ると、魔物の姿はどこにも見当たらなくなっていた。

どうやら、やっと諦めてくれたらしい。一安心だ。
僕は背伸びをし、凝り固まった筋肉を解しながら、傍らの魚を拾い上げた。
最初は、毒でも入っているんじゃないかと警戒した彼女からの贈り物だが、
これ自体に罠は仕掛けられていないようだ。味は良く、腹持ちも悪くない。

敵から得た食料を頬張りながら、僕はじっ…と海の彼方を見つめた。
毎日、こうして海を見ているのは、何もアテがないからじゃない。
この無人島から脱出する手段が、ひとつしかないことを理解しているからだ。
その瞬間を逃すまいと、僕はこうして目を皿にして、海を見張っているのだ。

そう、誰かの船が、無人島の近くを通ることを信じて。
かほそい救いの糸を見逃さないために。生きて故郷に帰るために。

僕は今日も、孤島で海を見続けるのだ…。

……………

………



…この小さな島で暮らし始めて、もう1ヶ月は経つだろうか。
いや、もしかすれば3ヶ月…半年…1年というのもありえる。
それほどに毎日が単調だ。変化といえば、雨が降るくらいのもの。

生還を胸に誓っていた僕だが、さすがに堪えてきた。
穏やかに波打つ海原を、あとどれほど見つめていればいいのか。
果てがない。いつ訪れるかも分からないチャンス。もしかすれば、一度も…。
そんな考えが脳裏を過ぎるたびに、振り払うも、思考の片隅にへばりついて離れない。

一言でいえば、不安だった。とてつもなく大きな…。
ただ一縷の望みさえ、徐々に握り潰されていくような感覚。

仲間がいれば、それを吐き出して、癒すことも出来るだろう。
でも、今の僕はひとり。ひとりぼっちだ。話し相手はヤシの木くらいのもの。
孤独。どうしようもないほどの孤独を感じる。欲しい、語り合える仲間が…。

「ふぬっ」

ゴツン、と。そんな僕の頭を打つ衝撃。

セルキーである。後頭部より飛んでくる、彼女の頭突き。
痛くはない。銛や魚アタックと同じ、気付けアピールのひとつだ。

「…まだ無視し続ける気?」

ゴン、ゴンッと頭突きを繰り返しながら、僕へと問うセルキー。
御覧の通り、無視されているのがよほど気に喰わないのか、
最近アピールが手荒になってきている。甘噛みする犬みたいだ。

「もっと痛いの、いくわよ? さっさと反応しなさいよっ」

不満を漏らしながら、彼女はアピールを繰り返す。
僕の背に抱き付いて、一定のリズムで頭を打つ彼女。
傍から見れば、さぞやシュールな光景だろう。抱腹ものだ。

だけど、僕は意地でも反応してやらない。
先に述べた理由は元より、ここまで無視を続けた手前、
折れたとあっては、とても悔しい気持ちになると思ったからだ。
つまらないプライドというか…とにかく、今更曲げられないのである。

「せーのっ…」

…それと、理由がもうひとつ。

「ふぬっ」

頭突きと共に、ムニュッと背中に押し当たる感触。
その柔らかさを感じるたびに、僕の心臓がドキリと跳ねる。

そう、彼女の胸だ。ふっくらとした大きな胸。
それが頭突きに合わせて、僕の背中を刺激してくるのだ。
女の子に触れたことのない僕にとって、その感触は眩しいもので。
卑しい下心が、もう一回、もう一回と、押し当たる胸の感触を求めてしまっているのだ。

「…このノーリアクション芸人」

そんな僕の気持ちも知らず、ぼそりと毒を吐くセルキー。
どうやら、胸の内が表には出ていないようで、その点は一安心である。

「ふぬっ」

むにゅり。悩ましい感触が、再び背中へ。

…正直に言えば、僕は興奮している。しないはずがない。
人恋しさを感じる中で、唯一与えられている人肌の温もり。
それが異性のものとあれば、ドキドキするのが道理というもの。

でも、何度と繰り返し言うけれど、彼女は魔物だ。
僕の仲間達を襲ったやつらと同類の、恐ろしい生物。
気を許してはいけないし、彼女を求めるなんて、もってのほか。
この行為だって、食料と同じ、姑息なアピールのひとつかもしれない。
いくら魅力的だからといって、自慰のオカズにだってしてやるもんか。

「………」

怒張する股間を両手で押さえながら、煩悩を振り払おうとする僕。
遭難してから、一度と扱いていない一物だ。パンパンである。
抜けば幾分はスッキリするんだろうけれど、そうもいかない。
脳裏に、彼女の姿がちらついてしまうからだ。彼女の裸が…。
オカズにしないと決めた以上、それに屈するワケにはいかないのだ。

「…ふんっ」

と、いつものように、鼻息ひとつを残して。
波飛沫を浴びせながら、セルキーは海へと帰っていった。

僕はそれを確認し、ほっと溜め息を吐いて、傍らの魚を拾い上げた。
柔らかな身を齧りながら、ぼんやりと海を見つめる。ただ、ぼんやりと。

心ここにあらず。何を思って呆けているのか、自分でも分からない。
先の見えない現状への絶望か、それとも、あの御節介焼きの魔物のことか。
分からない。分からないが…きっと、何も思わないよりはマシだろう。
そうなってしまえば、僕はこのヤシの木と同じだ。島のオブジェとなる。
助けが来るまで、僕は生き続けて…人間でいなければいけない。
気をしっかりと保とう。きっと、もうすぐ助けが来るはずだ。もうすぐ。

もうすぐ…。

……………

………



…ああ、いつの間にだろう。
太陽がもう、海の彼方へ沈もうとしている。

最近は、一日が過ぎるのが非常に早く感じる。
慣れというのは恐ろしい。海を見るのが苦ではなくなってきている。
いや、それ以上の苦があるから…かもしれない。苦が苦を飲み込んでいる。
孤独という苦。ひとりぼっちという地獄。この責苦を、僕は後どれほどに…。

「ん…。あぅっ、ふ…っ」

…そんな僕に対して、何をしているんだろう、このアザラシは。

「あぅ、うっ…。このっ…。あぅっ…」

僕を四つんばいに倒して、アゥアゥ鳴きながら、腰を打ち付けてくるルッキーニ。
まるで犬の交尾のように、背中から僕に抱き付いて、パンパン腰を振るっている。

これもアピールのひとつなのだろうか。
少し前から、彼女はこの変な行為を僕に強要してくる。
相変わらず僕は無視し続けているのだが、そんなのお構いなし。
盛った獣のように、僕を組み伏せては、一心不乱に腰を振るうのだ。

「どうよっ…。んくっ…、どうなのよっ!」

どうなのよ、と言われても。
恥ずかしいとしか答えようがない。答えないけれど。

ただ、彼女に対して、僕は最近なんとなく感じていることがあって。
もしかすると、ルッキーニは僕を喰らう気はないんじゃないか…ということ。
喰う気なら、さすがにもう何らかのアクションは見せていていい筈だろう。
ひとつのエサに対して、こんなにまで手間暇を掛けるとは考えにくい。
もちろん、そう思わせておいて、油断を誘っている可能性もあるけれど…。

「んんっ…。はっ……、ぺろ…っ♥」

刹那、耳筋をペロリと舐められる。
ぞくりと走る鳥肌と共に、遮られる思考。

不意打ちを受け、甘い吐息が口から漏れてしまう。

「あ…♥ ふふっ…。ん、あぅっ…」

嬉しそうな笑みをこぼしながら、続けて僕の身体をまさぐる彼女。
両の胸へと手を伸ばし、円を描くようにしてこねくり回す、妖しい指先。

日を追うに連れ、彼女のアピールは激しさを増してくる。
合わせて、身体の距離も。銛の距離、頭突きの距離、舌の距離…。
近付いていく僕達。触れ合う面積が増え、より彼女の温もりが伝わってくる。
柔らかな肌。温かな毛皮。孤独な僕の心の隙間に、じわじわと染み入ってきて…。

「ほらほらっ、早くこのルッキーニ様に…あぅっ…。応えなさいよ…っ」

一握の砂を手に、彼女の言葉に僕は抗う。

もし彼女が、僕を喰らう気がないのだとしても。
僕を生かそうと…孤独を紛らわせようとしているのだとしても。

僕は彼女に応えない。応えられない。
不可解な行動、仲間達の報い、つまらないプライド…。
理由は色々。言い訳は色々。道理と意固地の境界上。

僕は、彼女を無碍に突き放すほどの子供でもなければ。
僕は、彼女を笑顔で受け入れられるほどの大人でもないのだ。

「あっ…ん…。あぅ……、は…っ」

胸を弄る手が、お腹を擦りながら…下腹部へと移動する。
撫でられるアソコ。歯を食いしばり、喘ぐ声を必死に抑え込む。

「…♥ なによ、こっちは正直じゃない…。このっ」

乱暴にズボンを脱がされ、外気に晒される僕のモノ。
恥辱に塗れる僕を横目に、彼女はそれに指を添えた。

瞬きの後、包皮が前後へ擦られ始める。自慰のように。
既にカウパーで濡れたそれは、何の抵抗もなく滑りゆく。
生じる、脳を溶かす刺激。自分でする時とは違う、甘い痺れ。
僕は身体を震わせながら、それでもなお、彼女を無視しようと努力した。

「まったく…。なんで私が…んっ。こっちの世話までしなきゃいけないのよっ」

頼んでもいないことを、恨めしそうに愚痴るルッキーニ。
むしろ、それはこっちの台詞だ。どうしてこんなことを…。

こうされるのは、これで実に3回目。一昨日から毎日だ。
献身と言うには、あまりにも過ぎた行為。恋人同士の行い。
それを彼女は、文句を述べながらも、欠かさず行ってくる。
自ら望んでいるかのように…。というより、そうとしか思えない。

ああ、分からない。
彼女はいったい、僕をどうしたいのだろう。

「ほら…。どうせまた、すぐに出るんでしょ? 早く出しなさいよ…っ」

左手で亀頭を揉み、右手で幹を扱き上げ。
激しい愛撫を受けて、たちまち音を上げるひ弱な心。
ニチャニチャといやらしい音が、僕の耳を犯してくる。
プニプニと柔らかな指肉が、僕の肌を犯してくる。
彼女は手を緩めない。己が存在を、これでもかと僕にアピールしてくる。

逃げられない。彼女に身体を抱かれ、心を抱かれて。
僕はこの檻のような島で、捕らわれの身となってしまっている…。

「早く…。あぅ…っ、ほら…、精液…」

……あぁ……っ。

「精液ぃ……あっ、きゃあっ♥」

瞬間、彼女の囁きに合わせ。
どぷりと放たれる、白濁色の液体。
柔らかな手の中に、何度も、何度も。止め処なく。

まるで、吐き出された僕の胸の内であるかのように。

「…ふふっ♥ いっぱい出た…♥」

惑う僕の耳をくすぐる、感嘆を含んだ彼女の声。
その言葉に、焦げ付く胸。他人を求める煤けた心。

どんなに拒もうとも、彼女の言葉で、行為で、孤独が癒えていくのが分かる。
そして、同時に、更なる渇きが生まれているのも。より温もりが欲しいと。
喉が渇ききった者へと差し出された、コップ一杯だけの水のように。
飲めば、癒えるも、更に渇く。もう一杯と求める。例え、それが毒水だとしても…。

「…そろそろ、応えてくれる気になった?」

不意に、悪魔の誘惑が耳を撫でる。
応えれば、更に与えんという含みを携えて。

「………」

僕は、ごくりと唾を飲み込んで……頷きそうになる首を押し留めた。

いけない。応えてはいけない。いけないのだ。
理由…理由は、その、理由は、えっと、理由…。

「…ねぇ…」

理由は…もう、いい。考えない。
応えてはいけない。それだけでいい。
意固地でいい。我侭でいい。無視すればいい。

そうでないと。
そうでないと…僕の中の、何かが崩れてしまいそうで…。

「………」

ふと、僕の背から響く、水の弾ける音。

振り返ると、彼女の姿はどこにもなくなっていた。
残っていたのは、波紋を作る海と、新鮮な魚が3尾。
他には何もない。いつもの、見慣れた孤独な光景だった。

僕はしばらく、静かに波打つ海を見つめた後、傍らの魚を拾い上げた。
海水が身にまで染みたのだろうか。口に含むと、少ししょっぱい味がした。

見上げれば、空にはまんまるお月様。
僕が海原を見つめるように、月も僕を見つめている。
彼もまた、孤独なのだろうか。暗い夜の空に一人。
それとも、太陽がいるから、寂しくはないのだろうか。
お互い、顔を合わせることはないけれど、同じ空の上にいる。

…僕は。僕はどうなのだろう。
この小さな孤島の上で、ひとりぼっちなのだろうか。
彼女とは…ルッキーニとは、未だに顔を合わせずにいる。
太陽と月のように。同じ場所にいるのに、お互いを見ずにいる。

…いや。僕が一方的に、彼女を見ていないだけだ。
彼女は何度、僕を振り向かせようとしていただろう。
月を照らす太陽。でも、僕は新月のように、目を閉じて。
夜を、より深い闇へと変えて。理由もなく、我侭に。
そして、結果、太陽もひとりぼっち。空の上に、ひとりぼっち。

きっと彼女は、僕に酷いことをするものだと思っていた。
でも、本当に酷いのは、彼女じゃなく、もしかして。

もしかして…。

……………

………



「……ねぇ」

掛けられる言葉。しかし、口は開かない。
恐怖と、期待と、ごちゃごちゃになった思いのせいで。

そのせいで、僕は、馬乗りになった彼女へと返事を返せなかった。

「まだ応えないでいる気なの…?」

両腕を顔に被せて、彼女を見ないようにする僕。
突き放せない。受け入れられない。そんな胸中を表すように。

でも、彼女はそれを無理に剥がそうとはしなかった。
今までのように、アピールを続け、僕自身の意思で解かせようとしていた。
身体を伏せ、密着していく肌と肌。癒える孤独。渇く肉欲。狂おしい。
温もりが、僕の腕を解こうとする。千の言葉よりも、優しく、愛おしく…。

「このルッキーニ様に、ここまでさせるなんて、何様のつもり?」

チキチキと、金属が擦り合わさるような音が聞こえる。
そして、少しの間を置き、爪先から僕の身を覆っていく何か。

僅かに腕を上げ、視線を下ろすと。
その正体が、彼女の下半身を覆っていた毛皮だと気付いた。
どうやら着脱式のようで、その中に自身の身体を収めたまま、
もろとも僕の下半身まで包もうとしている。同じ、腰の高さまで。

これを見て、僕は内心、ひどく慌てた。
毛皮に包まれることに、じゃない。下半身が触れ合うことに、だ。
だって、彼女の下半身は、人間の女性と変わらない、綺麗な肢体で。
それに僕の下半身が合わさるということは、つまり、その…。

「……あぅ…っ♥」

声を上げるルッキーニ。同じく、僕も。
粘液を帯びた雄と雌が、毛皮の中でキスをする。

「…♥ ピクピクしてる…♥」

小さく左右へと腰を振り、触れるモノの感触を確かめる彼女。
そのたびに、僕の口から切ない声が漏れてしまう。心を搾ったような声。

「何をされるか分からない…なんて、今更言わないわよね?」

問われる胸の内。合わせて、先端が彼女の入り口へと触れる。

迫る瞬間に、息を飲み、気持ちを落ち着かせようとする僕。
しかし、それは僅かの気休めにもならない。胸が張り裂けそうだ。
無視したくとも、無視できるものじゃない。それほどに甘美な誘惑。

五感は溶け、意識は蕩ける。魂魄蒸され、身は茹だり。
抗うは理性ばかり。泣いて、喚いて、子供のように。

「…ん……」

その理性も…。

「ふあっ…ぁぁ…っ♥♥♥」

交わる一瞬に、儚く吹き飛んでしまった。

「あ…ぅ…♥ は、入った……ぁ…♥」

艶声を漏らし、挿入の感触を噛み締めるルッキーニ。
普段の強気な口調は鳴りを潜め、まるで初心な少女のように身を捩る。

一方、僕はといえば。
繋がった瞬間の刺激により、最後の砦を崩してしまっていた。
砂をかきむしり、握り締め…それでも身体から逃げ出さない、数多の波。
唾液が垂れる。汗が噴出す。声は掠れ、視界は霞み。波に飲まれて溺れゆく。

「…♥ やっと見せてくれた…」

そんな僕の顔を、愛おしげに見つめながら、頬へと手を添える女性。
月浮かぶ夜空を背景に、微笑む彼女の姿は、太陽のように眩しくて。
初めて真正面から見るルッキーニの裸体に、僕はしばし、茫然としてしまった。

「……ねぇ」

小さく、彼女の口を開く。
その唇を、僕へと近付けながら。

「名前を教えて。貴方の名前…」

………ソラ。そう、応えると同時に。

彼女の唇と、僕の唇がひとつになった。

「ん…っ♥ ちゅ…、ソラ…♥ ちゅぅ…♥」

初めてのキス。とても情熱的。ヤシの木も目を逸らすほどに。
舌を絡め、唾液を流し込んでくる彼女に、僕もおずおずとながら応えた。

それに合わせ、毛皮の中…下半身も、モゾモゾと動き出す。
新鮮な魚の身のように、弾力と瑞々しさに富んだ彼女の膣内。
ぎゅうっと僕のモノを締め付けたかと思えば、柔々と撫でてきたり。
海の如く、緩急をつけて、刺激の波を送ってくる。とても心地良い。

「はふ…♥ あぅっ…♥ んく…、あぁ…っ♥」

彼女も、僕と同じ快感を得ているのだろう。
腕を僕の背へと回し、抱き締め、更に強く温もりを分かち合う。

そして驚くことに、彼女の腕だけでなく、その身を包むアザラシの腕も。
胸を覆っていたものと、腰に添えられていたもの。装飾品と思っていたそれ。
よっつの腕が伸び、それぞれ僕の首、腰を捕らえては、より強く抱き締めてきた。

「やっ…♥ そこ…♥ あぅ…、あぅぅっ…♥ だめ…ぇ♥」

これ以上にないというくらい密着し、思いを溶け合わせる二人。
僕の意固地な態度が、彼女の強気な態度が、好意の蓑隠しであったこと。
伝わってくる。伝わってゆく。包まれた二人、ひとつの思いを重ね合わせて。

「…もう…寂しくない…?」

不意に、彼女が僕へと問う。
寂しくないか。孤独ではないか。

僕は、その問い掛けに…笑顔で応えた。

「…私も」

手を伸ばし、彼女の背に腕を絡める。

「私も…寂しくない…」

力を込め、その身を僕の方へと引き寄せる。

「ひとりぼっちじゃ…ない…」

そして、彼女の耳元で、そっと告げた。

ありがとう、ルッキーニ…と。

「ソラ…♥」

愛する人の言葉に、安らぎを覚えながら。
僕は自らの意思で、腰を振るった。彼女を悦ばせるために。

「あっ…♥ あぅっ♥ やっ♥ あぅ♥ あぅぅんっ♥」

波の満ち引きに混じる、グチュグチュと淫靡な愛液の音。
加えて、彼女の喘ぎ声。可愛らしい、乱れる恋人の姿。

そんな彼女をもっと見たくて、僕は激しく腰を打ち付けた。
限界間近だというのに、構わず、彼女の奥を突き上げた。
同時に、求めた。彼女からもたらされる、更なる温もり…快感を。
熱く、激しく、いやらしく。僕は自らが持つ欲望を、全て彼女へとぶっつけた。

「だめっ♥ ぁ♥ ソラ♥ はげしっ♥ イっちゃうっ♥ あぅっ♥ だめぇ♥ やぁぁっ♥」

混ざり合う、月と太陽。互いを照らし、互いを輝かせ。
少しずつ、距離を縮めていく。もっと、距離を縮めたい。

もっと、もっと、もっともっともっと………。

「あっ…♥」

そこから、いつか。

「あううぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっっ♥♥♥♥♥♥♥♥」

ひとつの星が生まれることを願って…。

……………

………



…あれから、太陽と月がぐるぐると周り。
聞き慣れた、朝を告げる波の音に、目を覚ます僕。

「……ねぇ」

寝惚け眼を擦ると、目の前に現れるしかめっ面。
ムスッとしたその表情は、怒っているのか、照れ隠しなのか。

「…ん」

と、瞳を閉じ、顎を前へと差し出す彼女。
その頬は、うっすら紅色に染まっている。どうやら後者のようだ。

僕は苦笑しながら、同じように目を閉じて、彼女へおはようのキスをした。

「…♥ んふふ…♥」

目を開き、感触を確かめるように、唇を指先で撫でるルッキーニ。
御機嫌である。彼女の帽子のアザラシも、心なしか微笑んでいるように見える。

愛らしい彼女の仕草に、愛しさを感じながら。
僕は辺りを見回して、周りに傍観者がいないことを確認した。

傍観者…といっても、ここは海の上。無人の孤島である。
見ているのはヤシの木ばかり。あとはお空の太陽くらい。
稀に人魚が覗いていることもあるが、今日はどうやらいないようだ。

「さて、それじゃあ朝ご飯でも獲りに行きましょっか」

気合充分、銛をブンッと振り回し、彼女が狩りへの意気込みを見せる。
僕はというと、狩りの間も、彼女の身体に引っ付いているだけである。
もちろん、邪魔にならないように、前面から背後へと移動はするけれど。
まるでコバンザメな僕だが、「そうしなさい」と彼女が言うので、素直に従っている。

…ここだけの話、その状態でムラムラして、狩りの途中にエッチに及んだことも少なくない。

「…でも、その前に…」

と、髪をかき上げながら、銛を地面へと突き刺す彼女。
どうしたのだろうと思い、見ると、返ってきたのは潤んだ瞳。

…まさか…。

「一回だけ、していきましょ♥」

そのまさかだった。

しかし、断る道理はない。むしろ、喜んで、だ。
バッチリ目の覚めた僕は、気合充分、自身の銛を彼女へと押し付けた。

「あぅっ♥」

やる気マンマンな僕を見て、ルッキーニが嬉しそうな声を上げる。
それを見て、僕も同じように嬉しくなる。幸せな気持ちを分かち合う。

「…ねぇ、ソラ」

このヤシの木だけが生えた、小さな島の上に。
ひとりぼっちだった僕は、もういない。
ひとりぼっちだった彼女も、もういない。

僕たちは出会い、分かち合い、結ばれた。
そして、僕達はひとりぼっちじゃなくなった。
ふたりを覆う毛皮のように。僕達は互いを包み合う。

愛という絆に、抱かれながら…。

「大好き♥」

ひとりぼっちと、ひとりぼっち。
合わせて僕達、ふたりきり。
13/03/10 19:30更新 / コジコジ

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