連載小説
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5.真実とは、多くの場合認めたくない事実である。
「主殿!お帰りであります!」
抱きついてくる少女の頭頂部に拳骨を落とす。
「な、なんで殴るのでありますか!?」
「やかましい、死にかけてんだからもう少し緊張感のあることを言え。」
「意味が分からないであります!」
こっちでぎゃあぎゃあ騒いでいると、部屋からクリスが顔をのぞかせた。
「あ、あの、警部さん?大丈夫でしたか?」
「ん?ああ、大丈夫。」
襲撃された、とは言わないほうがいいだろう。余計な不安を煽るだけだ。
パニックでも起こされては困る。もちろん彼女もだが、
「只今、クリス!怖くなかった?もう大丈夫だよ、って、警部さん、早かったですね。」
主にコイツが。
「つーかお前、何処行ってたんだ?外出怖いんじゃないのか?」
「あ、いや、まあ、明るいところを通っていきましたし。」
ぽりぽりと頭をかくエドモンド。
「買い物か?」
「ええ、一晩過ごすんで、簡単な軽食と、本屋で雑誌と、あと薬局に寄って…。」
「薬局?」
ほら、とエドモンドは袋の中を俺に見せた。
小さな箱が一つ。
…。
「夜は長いですから♪」
「警察機関をなんだと思ってんだこの大馬鹿野郎!」
廊下の隅でクリスがうつむいている。
買ったものが恥ずかしいのか、それともコイツが恥ずかしいのか。
「あ、そうそう、クリスさんったら、ひどいのでありますよ!」
は?何したんだ。あの清楚な美人が。
「一緒にトイレに行ったとき、ずっと返事しててほしいって約束したのに、途中で黙っちゃうのでありますよ!?おかげで小生はずっと恐怖に耐えながら用を足すことに…。」
げし。
脳天チョップ。
「すいません。うちのガキがご迷惑おかけしたようで。」
俺は少女の頭を鷲掴むと、ぐいと下げさせた。
「はい!?え、あ、い、いえ、こちらこそ…。」
クリスは大慌てでかぶりを振ると、そっぽを向いてしまった。
ちょっと物憂げな表情がなんとも美しい。
と、いうか、あんなもん買ってたっつーことは普段からあの男とアレで。
さすがにイラッとくる。世界は不平等だ。
俺だから良いものの、マルコが知ったら血管切れるだろうな。
「って、ちょ!?主殿!?」
突然少女がすっとんきょうな声を上げる。
「今度は何だ?」
「頭!血!血が出てるでありますよ!?」
「は?」
「え、どうしたの?て、うわ!!本当だ!!」
パニクる少女とエドモンド
額に触れてみると、確かに手に赤黒い液体が滴る。
かわし損ねたか。
「刑事さん!?一体誰に!?」
心配そうにこちらを見つめるクリス。
「あー、えっとな…。」
もうこうなってしまったら仕方が無い。
俺は三人に現場を見に行った際に出くわした一部始終を話した。
「それは、本当でありますか?主殿。」
少女がおそるおそるといった様子で尋ねる。
「ああ、残念ながらな。」
「どうするんだ!?ここに乗り込んでくるかもしれないんだろ!?」
今までなら一笑に付す所だが、あながち無いとも言い切れない。
何故背後を取られたのか?
後を付けられるようなことは無かったはず。途中明るいところは何度も通ったし、あの闇の中、まさか足音に気づかないなんて事はあるまい。
かといって、偶然現場を再確認しに来たところを、獲物と出くわしたので、突発的に襲った、という風でもなかった。あの格好は、明らかに俺を狙ったものだ。
だとしたらどうやって?
冷や汗が傷口に入り、ピリッとした痛みが走る。
ん?
今、また何かが分かったような…?
「どうしたんですか?刑事さん。」
「いや、何だか、犯人について分かってきたような気がして…。」
「本当ですか!?どのくらい!?」
勢いよく身を乗り出すエドモンド。
近くで見ると、意外と色の白い顔をしている。
「いや、まだ、なんとなく分かりそうな気がする、というだけで…。」
エドモンドは、ふう、とため息をついた。
不安そうな表情で、こちらをじっと見つめている。
「悪かったな、とりあえず、今晩は部屋から出ないほうがいい。」
わかりました。と、エドモンドはクリスの手を取った。
クリスの頬がぽっと染まる。
「じゃあ、失礼します。」
そう言うとエドモンドは、クリスの手を引いて部屋へと戻った。
薄い扉の閉まる乾いた音が、いまだ暗雲立ち込める外の闇に、こだました。


「おい、どうした?」
さっきから少女が下を向いたまま黙っている。
「体調でも悪いのか?」
「…であります。」
「は?」
よく聞き取れない。
「主殿を、守れなかったであります…。」
少女は、蚊の鳴くような声で言った。
お前な。
「守れなかったも何も、お前を連れて行かなかったのは俺だろ!?」
「それは元を正せば小生のわがままのせいだったではないでありますか…。」
そんなことで落ち込んでたのかよ。
「何がわがままなんだよ。第一、いたからどうだったって訳でもないだろ?」
「訳でありますよ!何か、何か出来たでありますよ!」
ぶつぶつと自分を責める少女。
あー、俺、さっきまでこんなだったのか。そりゃあ、みっともねえわな。
思わぬところで己の姿を自覚させられる。
「んなわけあるか。お荷物だよ。どう考えても、それに…。」
助けて、もらってんだよな。しっかりと。
「お前がいたから、帰ってこれたんだ。お前の為に生きて帰ろうって、思えたんだからよ。」
ぽん、と少女の頭に手を置く。
「主殿…。」
涙目でこっちを見上げる少女。
「それってプロポー」
「違う。」
少女が言い終わる前に、ばっさりと切る。
「せ、せめて最後まで言わせてくれてもいいではないでありますかー!」
よし、元気になった。
「うう、クリスさんが羨ましいでありますよ。あんなに好きな人といちゃいちゃ出来て。」
「相手がアイツでも?」
「う、それは…。」
考え込む少女。
「小生だったら、ちょっと…無理でありますかな?」
エドモンド、不憫な。
まあ、同感だが。
「と、いうか、クリスさんに話聞く限りだと結構モテるらしいのでありますよ。あの男。」
マジかよ。
「よく分からないでありますな。」
「よく分からんな。」
うんうんと頷きあう。
「小生は、主殿でよかったであります。ライバルがいなくて。」
「ああ、そうだな…。」
…ん?
「今、遠まわしに俺を馬鹿にしなかった?」
「大丈夫でありますよ!人間顔じゃないでありますよ!」
フォローになってねえ、傷口に塩塗ってんだろ。
「それに、下手にモテたら主殿調子に乗ると思うであります。」
思い切り少女の頭を引っぱたく。
何でお前にそんなことを言われにゃならんのだ。
「レディに手を上げる男は嫌われるでありますよ!」
「ほお、レディってのは夜道でおどかされておも…、」
「わあああああああ!」
ぽかぽかと俺を叩く少女。
「主殿は意地悪であります!もう主殿の事なんか知らないであります!」
少女はぷい、とそっぽを向く。
可愛いな。
…。
ん?待て待て待て待て。
ちょっと待て!
今、何を思った!?
「…。主殿?どうしたでありますか?顔色が悪いでありますよ?」
違う。断じて違う。
これは何らかの気の迷いだ。
よく考えろ、目の前にいるのは年端もいかないガキだ。
違う、違うぞ。俺は決して…、ロ、
「…。主殿?どうしたのでありますか?」
「うおお!」
思わずびくっと飛びのく。
「え、あ、主殿?」
「あ、いや、あのな。」
「お腹でも、痛いのでありますか?」
少女が手を差し伸べる。
またしても、思わず後ずさってしまう。
「あ、主殿、いやっ、あの、ちょっと言い過ぎたかもしれないでありますけど…。」
じわ、と少女の目に涙が浮かぶ。
「主殿の事、少し悪く言ったかもしれないでありますけど、嘘でありますから!本当は、主殿、カッコいいでありますから!世界一カッコいいでありますから!」
潤んだ目でこっちを見つめる少女。
なんだ、なんだこの感情は!?
「主殿…。小生の事…。やっぱり、嫌いに…。」
「違う!」
口から飛び出した言葉が、リノリウムの床に残響する。
「俺は!お前が好きだ!そうでなきゃキスなんて…。」
あの時の光景が脳裏に蘇る。
そうだ、好きでなきゃキスなど…。
ん?
ちょっと待て!!
何やらかした俺!?
さりげにスルーしてたけど、もしかして一線を超えてないか!?
「主殿…!」
少女が俺に飛びついてくる。
「やっと、言ってくれたでありますね…!」
うれしそうにぐりぐりと顔を俺の胸に埋める少女。
冷や汗がふきだす。
さっき死線をくぐったばかりだというのに、まだこんなに汗が残っていたとは。
違う、違う、違う!
決して俺の胸に頬ずりする女の子にキュンときたりなどしていない!
俺は、ちゃんと成熟した女性が好きなはずだ!
そう、ちょうど、あのクリス嬢のような…。
ん?
俺の脳裏を、また何かが横切る。
なんだ?
初めに浮かんだのは、先ほどまでここにいた、クリスの姿。
そして、その横には…。
何を話していた?
どんな姿で?
手段は?
目的は?
まるで、蔓が絡みつくように、全てが結びついていく。
そして。
分かってしまった。
「主殿…?どうして、泣いているのでありますか?」
これが真実だとしたら。
そして、クリスに、あの麗しき女性に、俺の口から、真実を伝えなければならないのなら。
それは、何て、悲しい結末。
だとしても、
俺にはもう、逃げる場所は、無い。
「ありがとうな。」
俺は少女をゆっくりと抱きしめた。
「へっ?え、あ?」
戸惑う少女。俺は、一度目をつぶり、再び世界を見直す。
俺は一歩、足を踏み出した。
「主殿!?何処行くでありますか?小生も!」
「ここで待ってろ。」
俺の声の重さにあてられ、ぴくっ、と動きを止める少女。
「すぐに、終わる。」
冷たい言葉が、闇に、こだました。


静かに、きい、と音を立て、ドアが開く。
「あ、おかえり…。…!」
びくり、と身構えるクリス。
突然の来訪者に驚いているのだろう。
「悪い悪い、ちょっと、話をしたいだけなんだ。」
「私と…。ですか?」
まだ恐る恐るだが、クリスがちょっとずつ緊張を解く。
「エドモンドはどうした?」
「あ、今さっきトイレに…。」
幸か、不幸か。
自分でも、分からない。
休憩室は、一面にベージュの壁紙が張ってある。
ソファーとテーブルの他には何も無い殺風景な部屋だ。
「退屈じゃないか?」
「あ、いえ、エドと、一緒なんで。」
頬をぽっと朱に染めるクリス。
その可憐さは、今の俺には胸を痛める一要素でしかない。
「…。エドモンドが、好きなんだな。」
「え!?あ、あの、好き、ですけど、はい!」
慌てるクリス。
俺は目を合わせずに話を続けた。
「なんで、あの男なんだ?」
「え?」
「いや、どういう馴れ初めで、ということ。」
「え、あ、えーとですね。」
照れくさそうに頬をかきながら、クリスは語りだした。
「私が、もともと居た修道院を追い出されて、行くところがなくて、どうしようも無くなっていた所を、暖かく迎え入れてくれて、それで…。」
彼女のうっとりとした目が、想いの本気さを物語っている。
畜生。
今すぐにでも、逃げ出したい思いに駆られる。
彼女は、これを聞いて、一体どんな顔をするのであろうか。
「警部さん?それで、何か御用があったんじゃないんですか?」
「あ、いや…。」
俺は目をつぶる。
これで、いいんだ。
「落ち着いて、聞いてくれるか?」
「は、はい。」
俺はゆっくりと口を開いた。
部屋の空気が、一瞬その動きを止めたかのような錯覚を覚える。
俺は、たった一言。
たった一言だけ、目の前の女性に向けて、言い放った。
「犯人は、貴女だ。」
12/01/15 09:29更新 / 好事家
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■作者メッセージ
ここまで読んでいただきありがとうございます。
導入編。いよいよ話も大詰めです。
正直、クロビネ十則に違反しないか心配ですが、どうにかなるでしょうか…。
不快に感じられた方がいたらごめんなさい。
次回、ストーリーパート、終わります。長々とありがとうございました。
ではでは。

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