連載小説
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11.蟻さんの生活
 そして始まった、魔物たちによるお持ち帰りツアー。
 まず始めに、今回の作戦の功労者である約四十人のアラクネたちが男の品定めに入る。
 アラクネたちは反発心の強い者や乱暴な者を快楽で手篭めにするのが好きらしく、騎士
団の好戦的な荒くれ者や気の強いお偉いさんが特にお気に入りのようだった。
 ちなみにシンシアは魔法使いのヴェールズを、アリスはルジェリオ君が気に入ったよう
でほくほくの笑顔で胸に抱き抱えていた。ルジェリオ君も、アリスが相手ならまあ大丈夫
だろう。多分。きっと。大丈夫。……であって欲しい。
 アリスにはその内また巣にでも来て欲しかったのだけど、それを言いかけた途端蟻の皆
に無言で鋭く睨まれたので途中で口を噤んだ。一時的に協力したとはいえ、やはり蜘蛛の
人たちとは仲が悪いようだ。
 次にやってきたのは、足の速い蟷螂の魔物が二人。その姿は蟻や蜘蛛と比べると人に近
く、異なるのは両の手首から伸びる刃や頭の複眼程度。蟻の皆に説明されて、初めて蟷螂
の魔物だと分かったほどだ。
 二人の蟷螂はさり気なく捕虜の集団に紛れ、そして十代前半の小柄で幼い少年を選んで
抱きかかえるとやはり音も無くすぐに森へと帰って行った。じっくり時間をかけて男を選
りすぐっているアラクネたちと比べると、中々のスピード解決だ。
 蟷螂が去った直後。三つの人影が目にも留まらぬ驚異的な速度で衝撃波を撒き散らしな
がら飛来し、土埃を舞い上げてそこにいた存在全てを茶色く染め上げた。
 飛び込んできたのは、蝿の魔物だ。彼女たちはまるで素行の悪い不良少女のような性格
で、乱暴な口調であれやこれやと言い合いながら教会の地下に捕まっていたらしい囚人三
人を捕まえると、やはり強烈な衝撃波と共にその場から一瞬で消え去った。
 彼女たちにお持ち帰りされた男たちは囚人相応の強烈な体臭を放っていたのだが、蟻た
ち曰く「あのハエは臭いフェチだからそういうのは逆にご褒美」らしい。魔物の好みも色
々なんだとちょっとだけ感心だ。いい意味でも悪い意味でも。
 その後少ししてから蜜蜂と雀蜂、二種類の蜂の群れが喧嘩をしながらも森から飛んで来
て、蜜蜂は肌の綺麗な肥えた男、彼女たち曰く「蜜でぬるぬるし甲斐のある柔らかい人」
を、一方の雀蜂は鍛え上げられた筋肉質の男を、各自より分けてお持ち帰りした。
 この二種は最初から最後まで喧嘩を続けていて、いつ取っ組み合いの乱闘になるか冷や
冷やしたものだ。幸いその場に少数残っていたアラクネが苛立たしげに一睨みすると、蜂
たちはたじろいですぐに喧嘩を止めた。
 蜂の群れは総勢六十人近く、この時点でアラクネと合わせて既に三分の二の男が婿とし
て森へ消えていた。当初はあれだけの人数で絶対余るだろうと思っていたのだが、逆に足
りないのではと思わされる始末。あの森には一体どれだけの魔物がいるのか。
 ここで足の速い魔物の波は一度途切れたらしく、少しだけ間が空いた。僕は蟻たちに囲
まれ蟻団子を形成しながら、その中心で脱力してぼんやりとしていた。
 その時の蟻たちの会話で分かったことだが、実はこの迷いの森の魔物たちの間での正式
名称は蟲の森で、その名の通り虫の魔物ばかり生息しているのだとか。言われてみれば確
かに今まで来た魔物は全て虫の魔物だ。
 そして蟲の森と呼ばれる以前は蜘蛛の森と呼ばれていて、アラクネたちが森の支配者だ
ったらしい。その名残で、アラクネたちの中には大勢で我が物顔で森を闊歩する蟻や蜂が
気に入らない者がいる。シンシアもその筆頭で、蟻だけでなく蜂にも度々ちょっかいをか
けているのだとか。それでも命を奪ったり大怪我をさせて追い出そうとしないだけ、彼女
たちは人が(魔物だけど)出来ている。
 蟻たちから森の話を色々と聞いている内に、もふもふの蛾が四人とゆっくりのったり這
って来た蛞蝓が三人、実にのんびりとした挙動で僕たちの前に現れた。
 蛞蝓はどうも中性的な男が好みなようで、線の細い、ともすれば痩せぎすとも見える男
を粘液まみれにしながら背中に背負い、蛾の方は男側からアプローチを行った奇特な人間
に応える形でその男の体を豊満な胸元にかき抱き、のっとりと、そしてふらふらと時間を
かけて森へと去った。
 余談だがあの蛾の魔物は、どこがとは言わないが身体付きがそれはもう凄かった。思わ
ず見惚れてしまい、嫉妬した蟻に頬を割と強めに抓られてしまったほどだ。結構痛い。
 最後に黒光りする例の虫の魔物の群れが四十人ほどどこからともなく現れ、まるで黒い
波に浚われるかのように残った男たちの大半は森へと消えていく。
 そして、最後にただ一人残されたボルソン。顔を真っ赤にして背中を丸め、小刻みに震
える様は少々哀れだったが、それも遅れてやってきた狸の魔物によって一応の解決を見た。
 狸曰く「男は腹と玉袋の大きい人が最高」だそうで、ボルソンは彼女の好みに最適だっ
たらしい。これもまた狸の言葉だが「残り物には福がある」とか何とか。狸の魔物の外見
はどう見てもうら若い乙女だったのだが、いきなりボルソンの服を剥いで股間を確認する
様にはどん引きだ。魔物は誰も彼も色惚けし過ぎている。
 ともかくボルソンを含む全ての婿候補が魔物にお持ち帰りされ、こうして教会の機能は
実質一日で崩壊することになったのだ。
   :   :
「いやー綺麗に全員お持ち帰りされたねー」
「まさか狸さん込みでぴったり収まるとは思わなかったよね」
「……」
無言で膝を曲げて座り込む僕の周囲に、体を寄せて密着する蟻たち。足の間に座り込む者、
真横に座って身体をすり寄せる者、背中に抱きつく者。みっしりと縮こまるように密集し
ている為、蟻臭が凄い。興奮を誘うようないつもの夜の匂いではないが、ほのかに甘い蟻
の体臭。
 彼女たちは皆やり遂げた顔で、お持ち帰りツアーのことを楽しそうに語り合っている。
しかし僕は、口を一文字に結んで俯いたままだ。
「……ねーレイ君、機嫌直してよー」
「そりゃあわたしたちもちょっとはやり過ぎだったかもとは思うけどさ、でも愛しの旦那
様が危険な目に遭ったんだし、ちょっとくらい怒っても仕方ないじゃん?」
「それにほら! 教会が無くなったってことはあれですよ? 町と魔物との交流がし易く
なるってことですよ?」
「だから、ほら、笑って」
「べふ、べふに、きげんがわういっえわけいゃないよ」
ココノに頬を左右に摘まれているのを無視して、僕は返事を返した。
 機嫌が悪い訳ではないというのは本当だ。ただ少し、まだ少しだけ事実を受け入れられ
ていないだけ。
 ……だってこれ、立派な侵略行為だよねえ!
 こっそり逃げるだけのつもりが実は教会一つ潰す為の片棒を担いでいたという事実は、
結構重たい。僕だって数日前まではその教会に属していたのだから。人間を傷つけないよ
うに細心の注意を払ってくれていたことだけが、唯一の救いだ。
「……おりあえう、おりょおひとをかいほうひおう。あおホホノ、はなひて」
ココノが手を離すのを待ってから、僕は立ち上がって女性や嫁持ちの婿にはならなかった
捕虜の元へと歩いていった。周囲を、蟻たちが纏わりつくように並行している。
 捕虜たちの前に立つと、彼らの視線が僕に集中した。中にはまだ僕を殺意の眼差しで睨
みつけている者もいるが、捕虜の中の半分程度は殺意の無い疑わしげな目で僕を睨むだけ
となっていた。
 流石にさっきまでの騒ぎを見れば、魔物が凶暴だという話に疑いを持ってもおかしくは
ない。
 捕虜の中で一人だけ口元を拘束されていないモモカが、代表して声を上げた。
「レイ。あの魔物に連れ去られた男たちはどうなるんだ」
「ちょーいっぱいエッチなことされて、メロメロにされちゃうね。幸せいっぱい夢いっぱ
い、魔物大好き旦那様!」
モモカの問いに対し僕が何か言うより早く、トーコが大げさな素振りで両手を広げながら
答えた。捕虜たちの視線が、一斉に呆れと非難に変わる。
「レイスゥ君、今そこの蟻が言ったことは本当なのかね」
モモカの目が、明らかに可哀想なものを見る目だ。呼び方もなにげに他人行儀になってい
る。つらい。
 僕はその捕虜たちの視線とトーコの余計な一言を、意識して何とか無視した。
「……残念ながら、概ねその通りです。魔物というのは、どうも実際は人間を食べないよ
うです。僕が迷いの森で出会ったこのジャイアントアントたちも、普段は芋や果物が主食
です」
「まあ、性的な意味ではがっつり食べちゃってますけどね」
てへ、とお茶目さをアピールしながら余計な一言を付け足すフィー。捕虜の視線が、更に
一段階冷たくなる。もう止めて。
「ということはお前も、この蟻どもとそういうことをしたのか」
無慈悲なモモカの一言に、僕は顔を逸らして強く歯噛みした。
 聞くのか。今、この状況で、それを、聞くのか。
「一つだけ、一つだけ釈明をさせて頂きます。僕も初めは抵抗を試みました。しかしジャ
イアントアントの発するフェロモンには人の理性を狂わせる効果があり……」
「今ではもうこのアリアリボディーに夢中です。毎晩十九人の可愛いありさんに囲まれて
それはもう酒池肉林の……」
「ココノぉ! 頼むからこれ以上僕から人としてのプライドを奪わないでくれ!」
僕の声真似をしてとんでもないことを口走るココノの肩を掴んで、僕は悲痛な叫び声と共
に激しく揺さぶる。しかし、もう全てが手遅れだ。
「……そうか。よく分かったレイスゥ・アルディエイド君。君はもうどうしようもないの
だな」
モモカの目が、可哀想なものを見る目から路傍のゴミを見る目へと変わった。泣きたい。
「君はもういい。精々そこの蟻どもとよろしくやってるといい。……で、他の魔物に捕ら
われた男たちはどうすれば救い出せる?」
「別に、救い出す必要はありませんよ。男の人の方から町へ帰りたいと望めば、魔物の性
格にも拠りますが普通に帰ってくると思います。……お嫁さん同伴で」
「ま、あんたたちがまた教会をおっ立てて魔物を殺す気でいたら近づけないけどね」
「だから、これを気に反魔物国家なんて物騒な立場は捨てちゃいましょう! 親魔物国家、
いいと思いませんか?」
両手を頬の横で合わせてしなを作り、ここぞとばかりにセールストークを開始するフィー。
しかし、その手応えはあまり芳しくない。捕虜たちの目は殺意こそないものの、信用する
ほど気を許していないのは明らかだ。
「ふん、お前たち魔物と仲良くなど出来るものか。そもそもここにいる我々にそんな決定
を下せる権限は無い。……とはいえ建物の再建は当分行われないだろうし、この町の教会
組織そのものの行く末もどうなるか分かったものではないがな」
素っ気なく言い捨てて、これ以上喋ることはないとばかりにモモカは顔を背けた。
 今の言葉は、モモカなりの最大限の譲歩だったのかもしれない。蟻たちもそう感じたの
か、説得を続けようとする者はいなかった。
「皆、そろそろ帰ろうか」
僕の言葉に敏感に反応して、我先にと僕の目の前に躍り出るココノ。彼女の背に跨がると、
蟻の皆も立ち上がって歩き出す姿勢をとった。
 アイが捕虜の一人を拘束していた糸を、素手で引き千切る。
「あとの人は適当にその腰の剣で何とかしてあげてね」
拘束を解かれた騎士の女は立ち上がると、腰の剣に手をかけてアイを無言で睨む。しかし
少しの間を置いてからため息と共に脱力し、彼女は大人しく他の捕虜の糸を切り始めた。
 僕は最後に町を一瞥し、そして蟻たちは森へと駆け出し始めた。
   :   :
 森の中を、十九人の蟻が歩く。薄暗い苔の大地を甲殻の足で踏み、緩やかなペースで巣
へと続く道を進んでいた。最初は走っていたものの、森に入った後はゆっくりとした歩み
だ。
「レイ君は助けたし、森の皆にはお婿さんが出来たし、教会とかいうのはぶっ壊れて町に
も行きやすくなったし」
「見事なまでの、完全勝利」
「なー!」
和気藹々と話に花を咲かせる蟻たちの声を聞きながら、僕は大きく息を吐いて脱力した。
今日は色々なことがあり過ぎて疲れた。怒濤の一日だ。
 ココノの背中に身体を預けると、彼女の身体が小さく震える。
「レイ君密着、私嬉しい」
にひひと小さく笑うココノの頭に手を置き、多少乱雑に撫でくり回す。
 本来想定していた流れとは、あまりにも違い過ぎる結末。教会を破壊し、そこに勤める
百名以上の男たちを誘拐して魔物の婿にする。
 ちょっと規模が大きくなり過ぎて、やはり頭ではまだ受け入れられない。
「教会の皆は大丈夫かなあ……」
「まーすぐ慣れるでしょ。レイ君がそうだったみたいに」
「そうかな……」
「そうそう」
明るい口調で迷いもなく断言されると、何となくそんな気になってしまうのがずるい。
「帰ったらどうしましょうか?」
「まだお昼だし、いつもみたいにお仕事かな」
「本当は待ちきれないけど、こっつんこは夜になってからじゃないとね」
「久しぶりだし、レイ君には頑張って貰わなきゃなー」
「レイ君はどうします?」
「僕?」
ナナに言われて初めて気づいた。
 そうか。そういえば、足はもう治ってるから巣に戻っても部屋でじっとしている必要は
ないんだった。何をしようかな。僕にはジャイアントアントみたいな力は無いけど、僕に
もきっと何か出来る筈だ。
 何かを作ろうか。彼女たちの為の道具や、服を作ってみようかな。
 それとも、この前みたいに外回りに同行して、食べ物を一緒に持って帰ろうか。
 そういえば、狸の魔物と取引をしているって言ってたっけ。そっちに同行して、交渉に
参加するのもいいかもしれない。
 やれることは沢山ありそうだ。
 でも、まず最初にしたいことはただ一つ。
「芋、蒸かそっか」
蟻たちとの生活は、始まったばかりだ。
14/01/19 22:22更新 / nmn
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■作者メッセージ
初投稿ですが割と真面目に書きました。
楽しんで貰えれば幸いです。
誤字脱字、文章のおかしな所、「このサイトに合った作品かどうか」など指摘ありましたら宜しくお願いします。

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