連載小説
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その3 - 土曜日 a.m. p.m. -
 ○

 キノコ むすこ

 ○


 男子トイレに駆け込み、洗面所に顔を突っ込む。バシャバシャと乱暴に水を浴びせるが、本音を言えば頭から被りたい気分だ。
 桃色妄想は、ようやく落ち着いてくれた。彼女を組み敷いて鳴かせるところまではイってしまったのだが、出すぞ出すぞというところでリアル息子まで連鎖暴発しそうになり、理性のストッパーが全力で舵を切ってくれたのである。
 鏡の中の男は、耳まで上気させていた。今朝の二日酔いなどどこ吹く風な健康具合だ。これはこれで気味が悪い。
(……ダメだ。すぐに戻らねえと)
 連絡手段もないのに、下手に別行動をするべきじゃない。何より、あんな調子で席を外したら不安で仕方ないだろう。
(でも、このままじゃ戻れない)
 下腹部を見る。達する直前で寸止め食らった息子は、いまだに青筋立てて怒り狂っているのが服越しでも分かった。近年稀にみるハッスルっぷりである。最近仕事が忙しくてろくに手入れをしていなかったせいだろう。
(外でやるのは抵抗ありまくるけどな……この際だ、仕方ない)
 割と冗談抜きで、最低なことをしようとしている自覚はある。だが、治まらない息子への焦りと、休日にも関わらずちょうど人気がないトイレという状況に後押しされた。
 4つ並んだ個室の中で、一番入り口から遠い壁際の部屋に入り、内鍵を閉める。よくある洋式トイレだった。
 いつ人が来るともしれないので、スピードを意識するべきだろう。
 カラカラとトイレットペーパーを巻き取る。公共の場の紙をアレなことに使おうとしているという事実に苦笑すら浮かばない。
(俺も何か買ってくから許してくれ)
 ベルトを緩め、ズボンを下したところで……ぎょっとした。トランクスを押し上げる息子が、パパになっていたのである。
(パパっていうか益荒男っていうか。お前、そんなんじゃなかったろ?)
 明らかに性能向上している。特に意識して鍛えていたわけではないのだが、しばらくお世話していない間にエライことになっていた。エライっていうかエグイっていうか。田んぼの水抜きのように、あえて枯れた状況を作ったことが強靭さを引き出したのだろうか。
(っと、感心してる場合じゃない、さっさと済まさないと)
 パンツを下し、益荒猛男と化した息子と対面する。こいつにステータスがあるのかはわからないが、もしあるとすれば、長さ太さ硬さカリ高のあらゆるパラメータにブーストが掛かっている状態だった。こんな立派になっちまって……正直ちょっと引く。
 とは言え、いくら成長していても息子は息子。手懐け方は誰よりも自分が知っている。
 幾分か先走りの量も多くなっているようで、スムーズに手を滑らせることができた。ただ、結構な強さで擦っているのだが、刺激への耐性も上がっているのか、中々思うほどの成果が上がらない。
(オカズ無しはやっぱきついか)
 普段はパソコンから供給物資があるのだが、当然そんなものはない。今からスマホでオカズを探す時間などある筈もなく。ならば過去の記憶から、と思ったのだが、最近ご無沙汰だったせいか上手く想像できなかった。何かないのか。何か……。

 ある。

 あるが。

 ずっと目を逸らしていたけれど、気分が高まるにつれ。

 なんで使わないのかが、分からなくなってきた。

「カオル……」

 漏れた言葉は申し訳なさからだった。
 そういう目で見るべきではないのに。
 すぐ戻ろうとする為に、俺は最低な行為に彼女を引き出そうとしている。
 これを矛盾というのかよく分からない。背徳というなら間違いない。
 俺は目を瞑り、彼女の肢体を思い浮かべた。服を着ていようがいまいが、関係ない。彼女という存在を思い浮かべれば、おのずから興奮が降ってくる。とめどなく、雨のように、次から次へと刺激が降って出た。
 口でも手でも胸でも腹でもうなじでも背中でも尻でも脚でも太ももでも足でもくるぶしでも。
 あるいは、もっと直接的に。
 雄を受け入れるのに最も相応しい場所でも。
 どこだってかまわない、それがカオルであるならば。
 俺は彼女に発情していた。してはいけないとはっきり自覚しているからこそ、飢えるのだ。ここに彼女がいないからこそ、彼女を思い浮かべて行為に耽ることに、強烈な緊張と昂ぶりが生まれる。

「はッ、はッ、はッ、はッ、はッ」

 息が荒い。内にこもった熱を吐き出そうとしているのだ。
 いつの間にか、壁に片手をついていた。巻いたトイレットペーパーが掌との間でくしゃくしゃになっている。
 あまりの興奮に目がくらんできた。にも関わらず、頭の隅はどこか冷静だ。野生動物は交尾中は隙だらけゆえに、その前後には感覚が鋭敏になるという。他人がどうかはしれないが、俺に言えることは、射精の瞬間まではひどく感覚が広がっていることだった。今日は特にすごい。
 だからこそ。
 誰かが近づいてきていることを感じていた。
(でも、ダメだ、おさまんねえ――)
 すぐに止めようではなく、なるべく早くに終わらせよう、という方向に意識が傾いてしまう。
 どうせ男子トイレ、ちょっと気まずいくらいで済む。顔を見られるわけでもなし。
 ろくでもないと分かっていたが、それだけ余裕がなくなっていた。
(く、あ、やべ、そろそろ)
 カオルが菓子を食べようと、赤い舌を垂らした光景が一番強烈だった。あの小さな口に、俺の、を、

 カチャン

 すぐ隣の個室に人が入った気配がした。なんでわざわざ先客のいる隣にしたのかは分からない。どうでもいい。

(出――ッ!)

 瞬間。
 俺は信じられない反応速度で、片手に握ったトイレットペーパー、ではなく、すぐ下の便器に狙いを定めた。
 睾丸から送りだされた感覚が、普段のそれとは似ても似つかぬほど、濃かったのである。ありありと、管を通るのが分かるほどに。 
 これは貧弱な紙では受け止めきれない予感があった。はたして、それは正しかったと証明される。
 視界が明滅し、とんでもなく長い射精感から飛びかけた意識が戻ってきたとき、俺の目に映ったのは、水に浮かんだ夥しいまでの白濁色であった。
(――は?)
 我が目を疑う。信じられないほどの粘つきと濃度であった。いつものにようにやんわりと水に溶け込むのでなく、さながら絵具のように、次々に上へ積み重なって、その重さで沈んで溶けるといった、あり得ない質量。わけがわからない。
 さらにわけが分からないのは、その量である。透明だった筈の水が乳白温泉ばりに白くなっている。うっすらと溶けかかった筋が見えるのが生々しい。
 こんなことは初めてだ。何が起こっているのだ、俺の身体に。
(……いや。いま考えることじゃない)
 いつまでも惚けているわけにもいかない。
 とりあえずの放出を果たした息子は、「じゃあの」とばかりにいつもの調子に戻っていた。これなら十分しまえる。
 流して詰まったりしないかと緊張したが、どうにかなった。手早く後処理し、個室を飛び出す。
 念入りに手を洗い、隣の個室に入った人が出てくる前に急いで離れた。なるべく音は出してないつもりだが、最後は夢中だったので正直自信がない。もし鉢合わせてしまったら気まずいどころではないから、出てしばらくは早歩きだ。
 さっきの店からは2つほど離れた場所のトイレに入った為、カオルがトイレ出口で待っているなんてことはない。まっすぐ店に戻る前に、近くの方を確かめるべきだろうか。
 迷ったが、まずは店に戻ることにした。
 ワンピースの置いてあるコーナーを覗くも、カオルの姿は無い。先ほどやらかしてしまったせいか、店員の俺を見る目が引き気味である。さすがに気まずいので、一通り店内を探した後はすぐに出た。
 カオルとどう合流すべきか頭を悩ませる。携帯の連絡先くらいは聞いておくべきだった。レジャーランドほど広い施設ではないが、それでも3F建てのショッピングモールだ。ひと1人を探すのは骨が折れる。とりあえず、今いる2Fのままで、真ん中あたりに張っておこうか。最悪、自宅に戻れば間違いないが。
(それは本当に最悪の事態だな……)
 デートとして最低ランクだ。男側がヒスってなし崩し的に終了とか、あってはならない。気合を入れて、カオルの姿は逃さないよう目を凝らす。

 その時、ちょうど人の往来の中、カオルが歩いて来るのが見えた。俺が店に戻ってきた方向と同じである。

 あちらもこっちに気づいたのか、まっすぐに俺を見ていた。
 安堵すると同時に、彼女の目が、怒気に細まっているのが分かってしまった。いや、そりゃそうだけど、雰囲気がヤバい。ガチなやつ。
 つかつかと、最短距離をまっすぐに来たカオルは、俺の顎下までぴっちりと詰めてきた。下がりたいが、下がってはいけないと本能的に悟る。下がったら下がったで胸元を掴まれそうな勢いだ。
「えと……ごめん」
 近すぎる距離にドギマギしながら、しかして彼女の目つきには寒気を覚える。本当に怒ったときは、言葉でなく態度で示すタイプなのだろう。
 そうして情けなく視線を彷徨わせる俺に、彼女は短く一言、

「さいてい」

 と呟いた。


 ○


 どんぞこ どんけつ


 ○


 その後。
 予定よりも大分早い時間に、俺とカオルはショッピングモールを後にした。お詫びの気持ちとして、何か奢ろうかと思っていたのだが、彼女はそんな物に釣られる子ではなかった。俺があれこれ必死に提案した数々は彼女の、
「いらない」
「もういい」
 の前に脆くも崩れ去った。どんな罵倒よりも、絞りだしたようなその言葉が何より胸に圧し掛かる。
 しかもトイレで致してしまって賢者タイムなことも合間って、俺は瀕死であった。もはや何が正解かわからない。これでは彼女の宿を用意することでさえ、許しを乞うようになってしまうではないか。いや、それはそれで構わないのだけど。
 美少女と仲良くしたい下心と、未成年を助けてあげたい偽善心は切り離して考えるべきだが、どちらも俺の自己満足なことに変わりはない。ならばいっそ、開き直って卑屈に構えるくらいがちょうどいいのではなかろうか。
 彼女が何と言おうと、俺はもう彼女を泊めないし、泊まる場所は用意してあげる。我ながら何を勝手ぬかしてるんだという感じだが。
 俺の少し先を歩く彼女が、なにやらどこかに電話をかけ始めた。手に握っているのはひと昔前のガラケーである。そんなところもなんだかカオルらしいと思えた。機能性を重視しているというか、無駄をそぎ落としているというか。
 会話の内容はわからない。親に連絡しているのかも知れないし、友人となにか算段をつけているのかも知れない。何にせよ、このタイミングで掛けたということは俺のところから出て行った後を考えてのことだろう。そうだったら俺はどうすべきか。

(いや。その場合、もう俺の出番はないな)

 どこか冷めた結論だった。しかしどうしようもない。
 実のところ、俺の中の欲望はジリジリと再燃しつつあったのだ。今だって、カオルの後ろ姿からは意識して目を逸らさないと危ない。あまりにも短すぎるクールタイムだった。
 さすがに息子はまだ起きないが、おそらく時間の問題だろう。トイレで処理する前から俺の思考はどこかネジが飛んでいた。溜めに溜めた欲望のはけ口に困って、手ごろなカオルに無理やり型を嵌めているのかも知れない。どうして今朝は平気だったのに、今になってこんな節操のないことになっているのだろう。家出JKというレッテルに秘めた獣性が目覚めたのか。
 いずれにせよ、最低であることは違いない。ひょっとすると彼女は俺のそういうところを見透かしたのかも知れなかった。そう言えば俺が大声を出したとき、彼女の視線が少し下がってたような気がしないでもない。
 悶々としているうちにアパートまでたどり着いてしまった。俺の部屋は2Fにあるので、必然的に階段を上る。朝食の後は俺が前を歩いていたが、今度は彼女が前だった。自然、俺の眼前に彼女の尻がやってくる。
(うわ、なんだこれ。くそエロい)
 階段を上るという人体の動きが、こうもダイナミックとは思わなかった。
 片方の太ももが持ちあがると、右尻も左尻もくんにゃり歪む。その歪みが下着の皺や食い込みを作るのだが、カオルのような桃尻だとその動きが顕著なのだ。右、左、右、左と、規則的に非対称に尻がいやらしく踊る。いっそ下品ですらある。
 可愛らしいのに、下品。そのギャップが凄まじくエロい。
 いっそスカートを穿いた方がまだマシだろう。惜しげもなく尻を晒すからダメなのだ。そんな見せつけるように揺らされてしまっては、誰だって目で追うに決まってる。目に焼き付けて、オカズにするに決まってるではないか。
(ああ、ちくしょう。また……)
 息子がハッスルする予兆があった。さっきほどの勢いはないにしろ、注視されたら衣服の上からでもソレと分かってしまうだろう。
 それだけはダメだ。カオルの前で、そんな態度を見せるわけにはいかない。
 視線を下に落とす。彼女の姿はどこであっても危険なので、とにかく階段を見る。自分の足元を凝視するのだ。
 大した長さの階段ではないのだが、いつもの数倍の体感時間だった。最後の段が近づく。ようやく終わる。そう思ったところで、

「――あっ」

「え?」

 カオルの短い悲鳴。反射的に顔を上げた俺の鼻先に、クリーム色の、桃、が、

 ぎゅむ

 擬音はそれだった。
 圧倒的な質量の物体を押しつけたら自然と鳴る音である。物体は柔らかくもハリがあり、かつ凹みもあったので、俺の鼻がちょうどフィットした。
 踏み慣れた階段のため、俺は手すりを掴んでいなかった。押し付けられた勢いに焦り、腹筋背筋を総動員して踏ん張る。
 踏ん張るだけ、ふかく埋まる。
 両手が手すりを探す。
 物体がますます重みを増す。
 手すりを掴む。
 踏ん張る。
 埋まる。
 衣服越しに熱が伝わる。
 埋まる。
 押し付けるように上下する。
 埋まる。
(なんだこれ)
 何が、ではない。物体の正体なんてとっくに分かっている。そうではなくて、この状況が、信じられないのだ。押しつけてるのか押しつけられてるのか、わけがわからない。大きく息を吐き出してしまった。息を吸わねば。息を――、
(これ、カオル、の、)
 白状しよう。
 その時俺は、吸うのではなく、嗅ごうとした。
 埋もれていない口から吸うのではなく、埋もれている鼻から吸おうとした。あえて。
 頭の隅では事態を冷静に把握していた。そのうえでチャンスだと思ったのだ。こんな機会は滅多にないと、保護者面をかなぐり捨てて、目の前の欲望に飛びつこうとした。息子はとっくに起き上がっている。先ほどとは比にならない猛り具合だ。
 そうして肺いっぱいにカオルを受け入れようとした矢先、不意に、離れていった。覆われていた視界が戻ってくる。戻った先には、首まで真っ赤に染めたカオルの姿が見えた。こちらには振り返らない。手すりを両手で掴み、体勢を立て直したようだ。
 固まったまま、お互いに動かなかった。
 やがて、カオルが最後の段を上っていく。俺も続いて、階段を上り終えた。
 扉の前までお互いに無言。

「開けて」

 余裕のない声でカオルが言う。俺が鍵を開けると、カオルは駆け込むように中へ入った。どこか夢心地な俺もふらふらと続く。
 靴を脱ぎ捨てたカオルは、あがってすぐ右の扉を開けていた。
 そこはトイレの部屋である。普段は締め切りなのでクーラーの冷気は届いておらず、むわりとした熱気が俺のところまで届いた。
 カオルは扉に手をかけたまま、部屋の中を覗いている。その目はどこか据わっていて、両瞳が赤みがかっていた。黒味が抑えられると、オッドアイが顕著になる。まるで宝石のようだ。紅のルビーと、紫のアメジスト。その宝石が、ギロリと、俺を捉える。
 凄まじい力で手首を掴まれた。鈍い衝撃に、どこかを漂っていた俺の意識が揺り戻ってくる。
「ちょ、なに――」
 抗議の声をあげながらもろくな抵抗はできず、トイレの中に押し込まれた。今日はなんだかトイレに縁があるな。
 そんな余裕ぶった心境もすぐに吹き飛んだ。

 カオルが内鍵を閉めた。
 狭い個室に2人。
 否応なしに熱気が増す。 

 それだけに留まらず。

 カオルはへそのあたりに手をやると。

 パチン 

 ボタンを外し。

 ジー

 チャックを下し。

 シュル

 下を脱ぎ捨てた。

 水色のショーツはクロッチがぐしょぐしょに濡れている。腰で結ばれたリボンが2つ。

 その1つが、するすると解かれた。

 解いたところから1本の線を引くように、カオルの左手が、俺の肩に添えられる。
 俺は壁に追いやられ、カオルは便器を跨ぐように脚を広げた。
 右手が、下へ。

「お返し。するから」

 俺の鼻先に吐息がかかる。
 カオルは目を細めている。

 ひどく妖艶な表情だった。
16/07/10 22:46更新 / カイワレ大根
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■作者メッセージ
次は来週にあげます。

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