読切小説
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虫達の住む家での宴。

「私、どうしても諦められません‼︎」
「うーん…いやそう言われても…」
とあるカフェの席で男女が争っている。原因は何か分からないが、男性は申し訳なさそうだ。
女性の名は蒸沢巣神子。男性の名は伊波兵介。二人はとある事が原因でこうして言い争いになっているのだが…
「分かりました。こうなったらとことん話し合いましょう‼︎あなたのお家で‼︎奥さんとも話さなければなりませんし‼︎」
「いや勘弁してくれ…家に上げるわけにはいかないし、妻も…普通じゃないし…」
「何が普通じゃないんですか⁉︎分かりました‼︎そうやって誤魔化すつもりですね‼︎そうは行きませんから‼︎」
「そんなつもりは…分かったよ‼︎その代わり、頼むから驚かないでくれよ…」
「さっきからなんなんですか?なんに驚くんですか?」
「…妻は、人離れしてるんだよ」



「結構な豪邸ですね」
「うん、まあ、ね」
二人は車に乗って彼の自宅に来ていた。
「こっち、入って」
玄関を抜け、兵介が扉を開けて中に入ると、結構な空間のリビングがあり、二階への階段も見えた。
「この絵は…奥さんですか?綺麗ですね」
「あ、あぁ。自慢の妻だよ。私もとても愛している」
彼女には、様々な物を上げたし貰いもした、とニコニコ笑いながら彼は語る。
「へぇー、髪の色が白いなんて珍しい、目も赤いし…」
「あ〜…アルビノって奴だよ。うん、そんな感じ」
そんなことより、と兵介は絵画の前から巣神子を離し、二階へとつれていき、そのまま廊下を通り、奥の部屋に向かった。
しかし、巣神子はその途中で有ることが気になっていた。
(これ、何?)
奥に近づくに連れ増える白い綿菓子の切れ端の様な何か。
少し触ってみると、かなり指に絡みつく。
巣神子には、この感触に覚えが有った。
(…蜘蛛の巣?)
それは丁度、古い家屋に張るような蜘蛛の巣に似ていた。



「…ここが妻の部屋だよ」
奥の部屋の扉。その前で兵介は止まった。
そこは異様な雰囲気に包まれてた。まるで、怪物の口の前にいるかの様な。巣神子の肌は知らずの内に鳥肌になっていた。
「ここが、ですか」
「そうだ…妻の事は見てもらった方が良いかと思ってね」
「え?」
それはどういう、そういう暇すらなく、彼は扉を開けた。

ガチャ

そこは薄暗かった。そして、何か白い物がそこらじゅうに張り巡らされていた。
それは廊下に張っていたものと同じ、蜘蛛の巣だった。
「な、何これ…」
しかし巣神子が驚いたのはそこではなかった。
その巣の中心に、背を向けて女性が座っていた。
黒いドレスに包まれた肢体は対照的に白く、髪の色も銀色に近いくらいに白い。それは、顔こそ見えないが、彼の妻に違いなかった。
「妻の糸実だ。…まあ、見ての通り普通じゃない。彼女は蜘蛛になり切ってしまっているんだよ…」
「そ、そんな…」
普通じゃないとかそういう問題ではない。これは紛れもなく異常だ。
それなのに、何故この人は当たり前の様に話しているのだろう。
巣神子はそう思い、問い詰めようと思ったが、此処で彼の携帯に連絡が入った。
「あぁ、分かった。今から説明するから待て」
彼の様子から見て、彼の部下からの連絡のようだった。
すぐ戻る、と言って彼は部屋を出て行ってしまった。
置いて行かれた巣神子はどうしようもなく視線を空中に彷徨わせていたが、ふとその視線が一点で止まった。
それは床に置かれた一冊の本だった。拾ってみると、恐らくは日記であることが分かった。
やる事もなく、彼の妻を見ているのも嫌だったので、とりあえず彼が戻るまで日記で暇を潰すことにした。
内容はありきたな妻の新婚日記。そこには、彼ら二人が幸せに暮らしている様子が伺えた。
しかし、読み進めている内にその雲行きが怪しくなってきた。



○月△日
あの人が神経質になっている。おそらくあの事だろう。しかしあれは仕方の無いことなのだ。あの人にも理解して欲しい。

○月◆日
今日は激しく責められた。やはりあの事が頭から離れないでいるのだろう。これはマズイ。このままでは彼に何をされるか分からない。
誤解を解かなければ。

○月▽日
あの人が私を家に閉じ込め始めた。

もう駄目だ、限界だ。ああ、私はもう無理だ

蜘蛛にならないと



巣神子の顔は真っ青になっていた。
(彼は異常だ)
彼女は彼の行動に恐怖していた。彼の妻は普通じゃなくなったのではない。ならざるを得なかったのだ。彼から逃れる為に。
手が震える。とりあえず、日記を鞄に仕舞い、部屋を出ようとする。
ガチャ
「おや、巣神子ちゃん。どうしたの」
しかし、時すでに遅く彼は部屋に戻ってきてしまった。



カチャカチャカチャカチャ、と食器の音が響く。
一階の食堂で、二人は夕食をとっていた。
と言っても、彼女は食事に一切手を付けず、ただジッとしていたが。
「食べないのかい?」
「…え、遠慮しておきます」
「そうか、自信作なんだが…」
露骨に落胆する兵介。まるで子供の様。
しかし、巣神子にとってはその様子が却って不気味に見えた。
「さて、皿を片付けないと…」
食べ終わった彼が食堂を出て行く。逃げるなら今の内だった。
テーブルから立ち上がり、急ぎ玄関にー
ゴトッ
ー向かおうとして日記を落としてしまった。結構な音が響く。
「どうした?なにか音が…」
巣神子がしまった、と思った時には兵介は既に食堂に顔を出していた。そして日記に彼の目が留まる。
直ぐに彼の顔が真っ青になって、そして巣神子に詰め寄って来た。
「これを何処で⁉︎」
「…あ、貴方の奥さんの部屋ですよ」
それを聞いた瞬間、彼の顔色が青を通り越し紫に変わる。表情は曇っている
「…るんだ」
「へ?」
「早く逃げるんだ‼︎急がないと、彼女が‼︎」

カシャ…カシャ…

「…」
「…」
天井から、物音が聞こえた。
まるで何かの足音だった。そう、丁度映画で見た巨大な蜘蛛の足音の様な…
「あ、あぁぁぁぁあ⁉︎」
「ま、マズイ…と、とにかくジッとしているんだ。私は様子を見て来る」
兵介は食堂からリビングに繋がる扉を開け、外を覗き込んだ。
ーそして跳ね飛ばされた様にこっちに走って来た。
「マズイマズイマズイマズイマズイ‼︎急いで此処から出るんだ‼︎じゃないと大変な事に‼︎」
言われるまでもなく、巣神子は彼の横をすり抜け…扉に向け走っていた。それを見た兵介の顔が恐怖に歪む。
「開けるなぁ‼︎」
しかし、既に彼女は扉の取手に手を掛け、そして扉をー
ザシュッ
ー開いた瞬間に、蜘蛛の足に握られたナイフが彼女の体を貫いた。
「…え、え?」
体から力が抜け、彼女は床に倒れ伏した。
そして、扉を開けて入って来たのは…下半身が蜘蛛の様になっている女だった。



「い、糸実…」
「兵介さん、そんなに怖がることないじゃない」
「いや、君に怖がってるわけじゃなくて…やっぱりその魔界銀製のナイフ‼︎諦めてなかったんだな…僕の為のアラクネハーレム建造計画‼︎」
「当たり前じゃない。兵介さんの為だもの♪」
「だったら良い加減諦めてくれよ‼︎これ以上妻が増えたら身が持たないよう‼︎枯れ果ててしまう‼︎」
「えー、でもぉ…」
「君がバイコーンのハーレム出身なのも知ってるし、その考え方を受け継いだのも知ってる。けど僕にまでそれを受け継がせる事はないじゃ無いかぁ⁉︎」
「だって最高よ?十数人のアラクネに囲まれて過ごすの…あぁ、なんて淫靡な日々なんでしょう」
「その為に私が枯れ果てたら意味が無いよ⁉︎もういい実家に帰らせて貰いま(シュルルルッ、パシッ)イヤァァァァァア⁉︎離してぇー⁉︎」
「いいえ、駄目よ。さ、この子ももうじき目を覚ますわ。愛を注いであげてね♪」
「そもそも巣神子ちゃんを連れて来たのは最近の猛アタックをやめて欲しいからなんだよ⁉︎君の前で諦めさせれば踏ん切りも付くかと思って連れて来たのに‼︎どうして、どうしてこうなっちゃったのぉ⁉︎」
「ん…あ、あれ私は…」
「あら、お目覚めかしら」
「巣神子くん、落ち着いて、まずは深呼吸を…え、なに話は終わってから聞くって…いや待って落ち着いてそんなやめてイヤァァァァァァァァァァァァア⁉︎」







兵介の日記



○月△日
ついに糸実が、恐怖の計画『兵介の為のラブラブアラクネハーレム計画〜SEX大盛り☆〜』を実行段階に移す準備を整えた。
地下のベッドルームは最早小規模な体育館レベルまで大きさを増したし、アラクネの魔力が込められた魔界銀のナイフ数十本も完備済み。
媚薬は最早ダース単位で仕入れられている。
このままでは私は絞り尽くされるかもしれない。妻には必要な事だと言われたが…バイコーンハーレム出身の彼女の言う事なので説得力にかけてしまう。
とにかく、この家に人間の女性が来たら注意せねば…

○月◆日
今日の行為ではとにかく彼女を激しく責めたてた。かの計画は彼女が『自分だけでは満足出来ないだろうから、兵介さんの為にもっと女性を増やしてあげよう』という考え方の元進行していると判断。そんなことは無いのだとあらゆる手段をもって彼女を愛し尽くした。これで諦めてくれると嬉しい。
だが彼女は誤解だと言っていたが…何の事だろう。

○月▽日
もうこの計画を止める為にはこれしか無い。私は彼女を閉じ込めることにした。彼女の考え方は根本から違っていたのだ。
『自分だけでは満足出来ないだろうから、兵介さんの為にもっと女性を増やしてあげよう』ではなく『兵介さんが愛してくれるから、お返しに女性を増やして今の満足、幸せを限界突破させてあげよう』だったのだ。つまりどんなに彼女を愛しても女性が増える事は確定事項。むしろ彼女からの『プレゼント』が増える結果になってしまう。
地下のベッドルームの広さは普通の体育館レベルになり、魔界銀のナイフもダース単位で注文、媚薬に至っては百本単位と最早何処かの業者のようだ。
これはマズイ、私が枯れ果ててしまう。とすれば残る手立ては一つ。私が彼女を閉じ込め、外に勧誘に行かないにした後、真剣に話し合い説得するしか無い。これが成功しなければ私の未来はピンク一色になってしまう。一世一代の大勝負だ。覚悟を決めて行こう。
ただ彼女がカモフラージュの為の人間の姿からアラクネに戻って実力行使して来たら…もう止められない。
と言うか、完全に暴走しかけている。限界だ、早くアラクネになってこの家から出て計画を実行しなければ、と呟いている。ヤバイ。
なので切り札を用意しておく。タケリダケだ。これならアラクネ状態の妻もねじ伏せられる。さあ、いざ決戦の時だ。

○月■日
説得は成功。なんとか諦めてくれた様だ。
これで私の未来はバラ色のままで済んだ。良かった良かった。
さて、来週部下の巣神子ちゃんから呼び出しを受けた。なんだろう。
まあいい。とにかく話を聞いてあげなければ。
所で、妻が書いた日記を見つけた。聞いて見た所、家に連れて来た女の子にこの日記を見せ、事情を説明、そして魔物化の流れに持ち込むつもりだったらしい。
これは恐ろしい物を見つけてしまった。後で処分せねば。
15/04/12 18:01更新 / ベルフェゴール

■作者メッセージ
正直あれを見た時書くかどうか悩みました…でも魔物娘SS書きの端くれとして、書かねば、と思い投稿しました。
感想頂けたら幸いです。

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