読切小説
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アルとマティのWAY 第八話「顔面打撲により全治一週間」
前方の虚空に浮かぶ相手に向けて、木剣を振り下ろす。
踏み込みつつの袈裟懸けの一撃を、相手は一歩退いて避けた。
だが問題は無い。
振り下ろした刃の勢いを殺さず、そのまま手首を返して切り上げる。
とっさに相手は上体を反らすが、木剣の切っ先が顎を捉えた。
何の反動も無く、木剣が相手の顎先を通り抜ける。
そのまま手の中から飛んでいきそうになる木剣を握り締め、俺は動きを止めた。
「・・・・・・よし」
遅れて、セーナさんの声が俺の耳に届いた。
『見た!?今の見た!?思いっきり当たったわよ!』
俺の前方に浮かぶ白い幽霊の少女が、声を上げながら距離をおいて立つセーナさんに顔を向けた。
「あぁ、大分上手くなったな」
マティの言葉に応える様に、セーナさんは淡々と賞賛の声を送った。
『今の、私に体があったら怪我してたわよ!?』
「次ぐらいから私が相手してやるとしよう」
マティと微妙に噛み合っていない会話を交わしながら、彼女は今後の予定を立てていた。






素振りと筋トレと剣術の型。
セーナさんが俺に課する訓練は、基本この三つだった。
素振りや筋トレについては、特に特筆することは無かった。
朝から休憩を挟みながら夕方まで木剣を振らされたり、両手に砂の詰まった袋を持って山と村を往復したり。
かなり辛いが、それでもセーナさんは俺を鍛えてくれた。
だが、分からないのが剣術の型だった。
数週間前、セーナさんは俺に構えを教えてくれた。
「肘をもうちょっと張って・・・力を込めすぎず」
俺は言われるがままに、構えを調整する。
やがて出来上がったのは、異様な構えであった。
足を広げて軽く引き、右手で順手に握った木剣を左肩に担ぐように。
俺もこれまで色んな傭兵や剣士と会い、その構えを見てきたが、セーナさんの教えてくれた構えはそのどれとも似ても似つかぬものだった。
「それでいい。明日からはその構えで素振りだ」
セーナさんは俺の珍妙な姿勢に満足げに頷く。
こうして、俺は良く分からないままに奇妙な構えの練習もさせられることになった。





「さて、次から本格的な訓練に入るわけだが、明日行って貰いたい所がある」
日が大分傾いてきた頃、今日の訓練の終了を告げると、セーナさんはそう言いながら折りたたんだ紙を差し出した。
「これは?」
「向こうへの紹介状だ。先方に話はつけてあるから、行って見せればいい」
紙を受け取る俺に、彼女は続けた。
「山に住んでいる鍛冶屋に、お前の剣を打って貰おうと思ってな」
「はぁ・・・」
「出来上がるまで時間は掛かるが、それまでにお前の剣の腕前は十分なものになるだろう」
まだ早すぎるんじゃないか?と言う俺の内心の問いに答えるように、彼女は言った。
「まあ変わった奴だが、いい奴だから安心するといい」
彼女はそう微笑んだ。









薄暗い小屋の中、明り取りの窓から差し込む光だけを頼りに彼女はテーブルに着いていた。
テーブルの上には、鞘に収まった短剣が一本置いてある。
彼女は短剣に手をかけると、軽く力を込めた。
鞘から短剣の刃が露出し、明り取りの窓から入る光を照り返す。
息を潜めたまま、彼女はじっと露出した刃を見つめていた。
「・・・っ・・・!」
と、不意に彼女の耳を小さな音が打った。
話し声が二つ。
男と女のもの。
風や葉の擦れる音に紛れそうな小さな音だが、異質なその音は彼女にも良く聞こえた。
「・・・・・・」
彼女は短剣を鞘に収めると、席から立ち上がった。










セーナさんから貰った地図を頼りに、俺は山道を歩いていた。
『本当にこっちー?』
「ああ、多分な」
セーナさんの住処と真逆の方角へ進みながら、俺たちは言葉を交わしていた。
もともと山の道はかなり細いものだったが、この辺りは特に道が荒れている。
地図が無ければ道と気が付きようが無いほどだった。
『本当に鍛冶屋さんなんているのかしら?』
「お前セーナさん疑うのかよ」
若干の疑念を滲ませるマティに、俺はそう言った。
実際のところ、本当に鍛冶屋があるのかどうかは俺も疑わしいところだが、師匠を疑うわけには行かない。
「地図じゃもうすぐ何だけどな・・・」
今まで通り過ぎた目印を確認しながら、俺は草を掻き分けた。
不意に視界が開ける。
俺たちの前に現れたのは、木々の間にぽっかりと開けた空間だった。
そしてその向こう側に、半分斜面にうずもれるような形の小屋が建っていた。
小屋の屋根からは煙突が突き出している。
『ここかしら?』
「みたいだな」
地図と照らし合わせ、この小屋が目的地だということを確認する。
俺たちは木々の間を抜けると、小屋の前まで移動した。
そしてドアを軽くノックしようとした瞬間、ドアが薄く開いた。
「・・・・・・誰?」
ドアの隙間から目をのぞかせながら、高い声で尋ねられた。
「あー、初めまして、セーナ・タリザルタという方から紹介を受けた、アルベルト・ラストスです」
「・・・紹介状」
彼女の言葉に、俺は折りたたまれた紙を取り出した。
「ここに・・・」
紹介状を差し出そうとすると、ドアの隙間から青みがかった肌に包まれた腕が伸び、紹介状を掴んで引っ込んでいった。
そして、しばらくの間を置いて、ドアが再び開く。
「入って」
大きく開いた扉の向こうにいたのは、額から角を生やした一つ目の魔物、サイクロプスだった。
身長は俺の肩ぐらいで、俺と同年代の女の子を思わせた。
「お邪魔します・・・」
『お邪魔しまーす』
俺とマティは、薄暗い小屋の中に足を踏み入れた。
「そこに」
サイクロプスが小さな椅子が置かれたテーブルを示す。
俺は彼女の言うまま椅子に、マティはその傍らの空間に腰を下ろした。
彼女は部屋の隅から新たに椅子を持ってくると、テーブルを挟んだ向かい側に腰掛けた。
「あたしはローニ。見ての通り、サイクロプス・・・」
「あぁ、俺はアルベルト・ラストスで、コイツは」
『マティアータよ、よろしく』
「紹介状で、大体の話は分かった・・・」
サイクロプスのローニは、俺たちと簡単な自己紹介を交わすと、ぼそぼそと低い声で話を始めた。
「あなたに合う剣を打てばいい・・・のよね?」
「あぁ・・・」
セーナさんの言葉を思い出しながら、俺は一応頷いた。
「知ってると思うけど・・・剣は形は似ていても、使う人一人一人に合わせた造りじゃないといけない・・・」
俺から視線を逸らし、どこか遠くを見るような目で彼女は続ける。
「刃渡り、柄、重心、刃の厚み・・・そんな細かい造りをきめるには、使う人を見るのが一番・・・。
だから、これからあなたの体格や手の大きさを調べさせてもらう・・・」
そこまで言うと、彼女はマティに目を向けた。
「計測に集中したいから、あなたは帰って」
「だってさ。帰れマティ」
『えぇ!?』
ローニと俺の言葉に、マティは大声を上げた。
『ちょっと、どーいうことよ!?別に私がいてもいいじゃない!』
「駄目」
マティの抵抗に、彼女は首を振って応えた。
「計測の間は二人きりじゃないと、気が散って正確な計測が出来ない・・・」
『えー、静かにしてるからさー、居てもいいでしょー?』
「マティ」
サイクロプスの少女に食い下がるマティに、俺は声をかけた。
「彼女が帰れ、って言ってるんだ。専門家の言うことには従え。パンはパン屋、鍛冶は鍛冶屋だ。」
『むー・・・分かった・・・』
マティは不満げに頬を膨らませると、俺の傍らから立ち上がり、スカートから伸びる二本の足を煙の塊に変えて宙に浮かんだ。
『じゃあ、先に村に帰ってるから』
そう言い残し、彼女は小屋の壁を通り抜けていった。
「これで良いか?」
「ありがと・・・」
邪魔者を追い返した俺に、ローには礼を言った。
「じゃあ、計測を始める・・・立って」
俺が立ち上がると同時に、彼女も席を立ち、小屋の一角に置かれた棚へ向かった。
「上着とズボンを脱いで、肌着だけになって・・・」
「お、おう・・・」
棚から何かを探す彼女の指示に従い、衣服に手をかける。
そして服を脱ぐと、俺はしばしの思案の後、服を丸めてテーブルの上に置くことにした。
「準備できた・・・?」
「あぁ、出来た」
巻尺と紙とペンを手に戻ってきたローニに、俺は応える。
彼女は一つの目で俺を上から下まで一瞥すると、感情の浮かばない視線を俺の顔に向けた。
「椅子に座って、腕を広げて」
言われたとおりにすると、彼女は巻尺を右腕にあて、指先からの長さを何箇所か測った。
そして計測した数値を紙に記すと、左腕も同様に調べる。
「腕を下ろして、背筋を真っ直ぐ」
意識して背筋をピンと伸ばす。
「顎は引いて・・・そう、そのまま・・・」
肩や背中、首筋など数箇所の長さを測り、記録していく。
魔物とはいえ初対面の女の子が体に触れているという事実と、体を詳しく計測されると言う経験に、俺は妙なむず痒さと緊張感を覚えていた。
だが、彼女の邪魔をせぬよう気を引き締め、俺はじっと耐えた。
「・・・今度は足を広げて・・・自分が一番楽な幅で・・・」
背筋をピンと伸ばしたまま、俺は無意識に揃えていた足を広げた。
大体肩幅ぐらいに広げたところで、彼女が俺の傍らに屈んだ。
そして、俺の脚に巻尺を当てる。
「・・・・・・」
俺は、脚に触れた彼女の青みがかった手から意識を引き剥がし、目を閉ざして無心を意識した。
くるぶしと膝に彼女の手が触れる。
これは計測なんだ。
くるぶしと膝から手が離れ、太腿の付け根と膝へ移る。
俺の剣を打つための計測だ。
太腿の付け根に触れていた手が少し位置を変え、下着越しに俺の下腹部に当たる。
ただの計測で興奮したら剣を打って貰えないかもしれない。
彼女の手の甲が下着越しに俺の下腹を擦り、ペニスに当たる。
そうだ、これはただの事故だ、冷静になれ。
俺の懸命な努力によって柔らかさを保つペニスをしばらく擦ると、手の甲は離れていった。
良くやった、これで右足はおしまいだ、多分。あと左足の計測に耐えれば良い。
そして俺の股間に、彼女の手が触れた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「・・・・・・・・・」
かすかに聞こえてくる荒い鼻息と、俺の股間を包む手の感触に、俺は薄く目を開いた。
すると俺の両脚の間には、床に膝をついて顔を赤らめ、鼻息も荒く下着越しにペニスの感触を手で確かめるローニの姿があった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「あの・・・ローニさん・・・?」
巻尺を床に投げ出し、俺のペニスをひたすら揉む彼女に、俺は恐る恐る問いかけた。
「何を・・・」
「何をって・・・これは、何・・・?」
下着越しに俺のペニスを擦りながら、彼女は一つ目で俺を見上げた。
「ここ、こんなにしてたら・・・計測できないじゃない・・・」
「いや、そんなこと言われても・・・」
彼女の言う通り、俺のペニスは半勃ちになっていた。
だが、それは彼女が下着越しとは言え、手で擦ったからだ。
「静めないと・・・計測できない・・・」
「な、何を・・・!」
不意に俺の股間から手を離し、下着に手をかけた彼女に、俺は声を上げる。
「じっとしていて」
だが、ローニは低いながらもはっきりした声で一喝した。
妙な迫力を孕んだその一声に、俺は動きを止めてしまった。
「これは・・・計測に必要なの・・・だから、あたしに任せて・・・」
言い訳でもするようにそう続けると、彼女は下着にかけた手に力を込めた。
かすかに震える彼女の手により、下着が下ろされていく。
「腰・・・上げて・・・」
言われるがままに椅子から腰を浮かすと、ローニは俺の腰を覆っていた布を一息に下ろした。
「っ・・・!」
目の前に出現した俺の肉棒に、一瞬彼女の目が大きく見開かれる。
だが、瞳に一瞬浮かんだ驚きを興奮で塗りつぶすと、彼女は下着を下ろした両手をペニスに近づけて言った。
「こ、こんなに・・・」
言葉と指を震わせながら、肉棒に指を添える。
そして彼女はおっかなびっくりと言った様子で、半勃ちのそれをゆっくりと揉み始めた。
若干硬い彼女の指先を、ペニスが柔らかく受け止める。
「ど・・・どう・・・?」
潤んだ大きな瞳で俺の顔を窺いながら、ローニは短く尋ねた。
ぎこちない動きのせいで気持ちいいとは言いがたいが、彼女の一生懸命な様子は率直な答えを躊躇わせた。
「あぁ・・・うん、いい・・・」
「そう・・・・・・・・・う、ふ、ふ・・・」
彼女は間を置いてから思い出したように、荒くなった鼻息と混ざったような笑みを漏らした。
そしてぶるぶると細かく震える手で、愛撫を続ける。
彼女の硬い指先が、ペニスを擦り、撫で、揉む。
それだけならば大して気持ちよくは無いのだが、不規則に震える指先が、むず痒い感触を生み出していた。
だが、むず痒さは彼女が愛撫を続けるうちに、次第に快感へと変わっていった。
同時に、俺の脚の間に屈んで熱心に奉仕するローニの姿に、必死に保っていた無心が崩れ始めた。
徐々に増していく快感と、漏れ出てくる興奮により、肉棒に血が集まっていく。
「はぁ・・・はぁ・・・あ・・・え・・・?え・・・?」
徐々に手の中で大きさと硬さを増してきたペニスに、彼女の瞳に戸惑いが浮かぶ。
膨らむペニスに彼女は指を離すが、勃起はとまらない。
やがて彼女の目の前で、俺のペニスは屹立していった。
「え・・・?あ・・・え・・・?あ・・・!」
眼前でゆっくりと脈動する屹立に、困惑と驚きを込めた目を向けながら、彼女は断片的に声を漏らしていた。
「・・・・・・こ、こんな・・・」
しばしの間パクパクと口を開閉させてから、彼女はそう呟いた。
そして数度深呼吸を繰り返すと、ローニは肉棒を見据えながら、意を決したように震える右手を掲げた。
がくがくと振動する指がペニスに絡みつき、ゆっくりと上下に扱き始める。
ぎこちない動きではあったが、極度の緊張によるものか彼女の掌には汗が滲んでおり、それがすべりを良くしていた。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
自然と荒くなる息を、深くゆっくりとしたものにしながら、ローニは俺のペニスを扱く。
青みがかった肌を紅潮させ、一心に肉棒を見つめながらだ。
そのせいかローニは次第に前のめりになり、彼女の顔は徐々に俺の股間に近づきつつあった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
生温かく、湿った呼気が、俺のペニスに当たる。
むき出しの亀頭を生温かい風が撫で、竿を震える掌が擦る。
むず痒さの生み出す快感と、寡黙そうなローニが奉仕しているという興奮が、徐々に俺を押し上げていく。
近づく絶頂に、ペニスが彼女の手の中で脈打ち、鈴口から先走りが漏れ出した。
「うっ・・・く・・・!」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・!」
脈打つペニスと荒くなる俺の呼吸に、俺の限界を悟ったのだろうか。
ローニの息が上がり、ペニスを扱く手の動きが大きくなっていく。
ゆっくりと近づきつつあった絶頂が、一気に俺の目の前に迫った。
そして抵抗はおろか、我慢も出来ないうちに、俺は達した。
「ぐっ・・・!」
「え・・・あっ・・・!?」
不意に手の中で大きく脈打ち始めたペニスに戸惑い、ローニが動きを止めると同時に、ペニスから精液が迸り始めた。
目の前で噴出する白濁した粘液に、彼女は驚きの声を漏らしたまま動きを止める。
無論、俺に身を硬くするローニを気遣う余裕も無く、絶頂に身を任せた。
噴出した精液が、彼女に降り注ぐ。
「っ!・・・あ・・・あ・・・!」
顔や前髪、服の胸元に降り注ぎ、べたべたとへばり付く白濁に驚くものの、彼女は射精する肉棒から目が離せないようだった。
俺の精液をたっぷりと浴びながら、彼女は俺の絶頂が終わるまで、じっと射精を見つめ続けた。
「・・・っ・・・っはぁ、はぁ・・・」
ローニの初々しい愛撫によって導かれた絶頂が終わり、俺はいつの間にか硬直していた全身を弛緩させた。
射精後特有のけだるさに身を任せながら、呼吸を整える。
すると、未だ俺のペニスを握っていた彼女が、ようやく手を離した。
「・・・・・・・・・」
彼女は無言のままペニスを握っていた指を広げると、その指先で頬に付いた俺の精液を掬い取った。
そして指先を、サイクロプスの証である大きな一つ目の前に持ってくると、彼女はポツリと漏らした。
「これが・・・精液・・・・・・」
妙に感慨深げな言葉を耳に受けながら、俺は疲労感に浸っていた。






汗と栗の花の匂いの篭る部屋の中で、俺は一通り衣服を身に着けて、小屋のドアの方を向いていた。
俺の後ろでは、精液をたっぷりと浴びたローニが顔を拭い、汚れた服を替えようとしている。
先ほどから小屋の中には妙な沈黙が降りており、その重さはじりじりと俺を押し潰すようだ。
「ところで・・・何でこんなことを?」
沈黙に耐え切れず、俺はドアに向かったまま口を開いた。
「その・・・そういうことに、興味があって・・・」
俺の背後から衣擦れの音と共に、控えめな声が応える。
「でも・・・人と話すのが苦手で・・・こういうことする機会も無くて・・・そしたら、おとといセーナから手紙が来て・・・」
つっかえつっかえながらも、ローニはこれまでの経緯を話す。
「知らない男の人がここに来るなんて初めてで・・・どうしたらいいか分からなくて・・・それで、アヤに相談したの・・・そしたら、こうしたら知らない人とも打ち解けられる、って・・・」
「アヤさんにか・・・」
初めて会う人と仲良くなる方法の相談相手としては、微妙に間違った人選に俺は呟いた。
きっと彼女のことだから、『知らない男なんて、ちんこ触ってあげればイチコロコロリよ〜』とでも答えたのだろう。
「それで、その通りにしてみたんだけど・・・・・・」
背を向けていてもその表情が分かるほど、不安げな様子で彼女は尋ねた。
「どう・・・だった・・・?」
どう、って・・・どっちのことだ?
彼女の言葉が、愛撫の具合と打ち解けられるかどうかのいずれを指しているのか、疑問が沸き起こる。
「ええと、その・・・」
「・・・・・・」
いつの間にか背後から聞こえていた衣擦れが消えていた。
代わりに俺の背中に触れるのは、俺の返答を待つローニの視線だった。
早く答えなければ。
「・・・・・・待って」
焦りを覚え始めていた俺の耳に、彼女の言葉が入った。
「・・・・・・」
「ど、どうした?」
とっさに振り返りそうになるのを押さえながら、俺は沈黙する彼女にそう応じた。
「誰か・・・近くにいる」
しばしの間を挟んで、ローニはそう答える。
「ドア・・・開けて、外見て・・・」
「あ、あぁ・・・」
俺は頷くと、ドアノブに手をかけた。
誰だか知らないが、近くにいると言う誰かに内心感謝しつつ、力を込める。
だが、ドアは俺が引くよりも先に開き、その前に立っていた俺の顔面を打ち据えた。
「っ!?」
「ばれちゃったので!」
『乱入ーっ!!』
衝撃と痛みに声を詰まらせつつ、仰向けに倒れた俺に二つの声が降り注ぐ。
俺は痛みを堪えながらも、強打した顔面を押さえる指の間から闖入者に視線を向けた。
そして、宙にふわふわと浮かぶ白い少女に視線を合わせたまま、俺は低い声を漏らした。
「な、何しやがる・・・マティ・・・」
「え・・・アヤ・・・?」
ローニが俺の後に続いて、小屋の入り口に立つ闖入者の名を呼んだ。
「はろろーん、ローニ。アル君もお久しぶり〜」
黄と黒の縞模様に彩られた蜘蛛の腹と脚を持つ美女、ジョロウグモのアヤさんが俺たちに向けて手を振った。
「マティ・・・追い出されたからって、アヤさん連れてくるって・・・」
『違うわよ、アル。偶然外の繁みでアヤと会ったの』
身を起こしながらの俺の言葉に、マティは頭を振った。
「そうよ、私が外の繁みに隠れてたらマティちゃんが出てきたから、呼び止めたの」
マティの言葉を引き継ぐように、アヤさんが続ける。
「ああ、わざわざマティが呼んできたわけじゃないのか、って何で待ち伏せしてるんだ!?」
「だってー、あのローニから相談受けたのよ?気になるじゃない。だから一昨日からずっと待ち伏せしてたの」
「一昨日から・・・」
どれ程暇なんだ、この人は。いや、人じゃないけど。
「そうしたらアル君たちが来て、マティちゃんが追い出されたの」
『それで帰ろうとしていた私をアヤが呼び止めて』
「『二人で聞いてました』」
大きく両腕を広げ、大掛かりな手品の種明かしでもするかのように、二人は笑顔で声を揃えた。
「聞いていた、って・・・」
後ろから、かすかに震えるローニの声が響く。
「明り取りの窓のところに私の糸を引っ掛けてね。知ってる?糸って音を良く伝えるのよ」
「いや、流石にそれは・・・」
俺が疑念を口にすると、二人は笑顔のまま口を開いた。
「『静めないと計測できない』」
『『いや、そんなこと言われても』』
「『じっとしていて・・・どう?』」
『『あぁ、うん、いい』』
「『そう、うふふ』」
『『うっ、うぅ』』
「『はぁはぁ』」
『『うぉぉ、うぉぉ!』』
「『はぁーっ、はぁーっ!』」
『『うぉー!うぉー!』』
「『うっぎゃぁぁぁ!どかーん!』」
『『どっかーん!』』
「いやぁ・・・」
笑顔のまま俺とローニが交わしたやり取りを再現する二人に、ローニは弱々しい声を漏らした。
いや待て、最後のドカーンは何だ。射精か?
「でもまあ、いい感じだったわよローニ。あの調子ならどんな男もズッキュンコロリよ」
広げていた両腕を下ろし、優しげに笑みを浮かべながらアヤさんは言った。
「でも、残りのもう半分、あなたに出来るかしら?」
「・・・っ・・・!」
続く言葉に、ローニが小さく声を漏らした。
「もう半分って・・・何だ?」
『んもー、分かってるくせにー』
俺の疑問に、マティがくすくすと笑いながら言った。
「まぁアル君、振り返ってご覧なさい。ローニもやる気はあるみたいだし」
アヤさんに言われるがまま、俺は振り返った。
小屋の景色が視界の端から端へと流れていき、ローニの姿がその中に入る。
小屋の奥に置かれた箪笥の前に、彼女は立っていた。
顔を赤く染め、大きな一つ目を俺から逸らし、脚を屈めて背を丸め、自身を抱くように腕を組んでいる。
まるで自身の体を隠し、少しでも小さく見せようとしているような姿勢だ。
それもそのはず、彼女は一糸まとわぬ姿だったからだ。
「!?」
彼女の青みがかった裸身を目にし、俺は混乱した。
まだ着替えの途中だった?
いや、衣服を脱いでから新しいものを着るまでの時間はたくさんあった。
ということは、ローニはあえて裸でいるのだ。
その理由は・・・
「なぁに、ほんのちょっと相手を抱いて、ニ、三度搾ってやればいいのよ」
『ね、簡単でしょ?』
羞恥と緊張に小さく震えるローニに向けて、二人がどうと言うことも無いかのように言った。
『それで、やるの?やらないの?』
マティの問い掛けに、ローニがびくんと体を大きく震わせる。
「別にここで中断してもいいけど、もう次の機会は無いのかもしれないのよ?」
『極度の人見知りを治せたのに・・・ざーんね』
「・・・やります・・・」
マティの言葉を遮るように、ローニが細い声を絞り出した。
「あたし、やります・・・!」
ぶるぶる震える体を抱きしめ、緊張と僅かな恐怖を押さえ込みながらの言葉は、細いながらも強い意志を秘めていた。
「ふふ、その言葉を待ってたわ・・・」
『じゃあ早速準備を・・・』
「おい!」
ローニの返答に満足げな笑みを浮かべる二人に向け、俺は声を上げた。
「ちょっと待て、何でそういう流れになる!」
『何でって・・・』
「そもそもはローニが貰った手紙よ」
俺の問い掛けに、アヤさんは子供に教えるかのような口調で説明し始めた。
「セーナちゃんがあなたの剣を打って貰うついでに、『人見知りを治す様、話でもしろ』って書いてたのよ。
それで私のところに相談に来たんだけど、彼女人見知りの癖に性的なことへの好奇心は強いのよ」
『で、アヤさんは人見知りを治しつつ、好奇心と欲求を満たす方法を教えたわけなの』
「分かった?」
「・・・まぁ・・・」
丁寧な説明のおかげで良く分かった。
「じゃあ、ローニちゃんの初めての相手、お願いね?」
『頑張ってきてね、アル!』
「いやいやいやいや!!」
俺の肩に手を乗せるアヤさんと、送り出そうとするマティに全力で拒絶する。
「そういう大事なことは、俺みたいな行きずりの男じゃなくて、もっと互いに大事だと想い合えるような男とするべきでしょ、アヤさん!?」
「大丈夫よ。初めての記憶ってのは後からいくらでも美化されるから。
『いつか大物になってやる』が口癖の男にヤられても、『彼は口先だけだったけど、私のことはちゃんと想っていてくれた』って修正が掛かるのよ」
「そういう生々しいことを言うな!・・・マティ!」
アヤさんから視線を幽霊少女に移し、俺は言葉を続ける。
「お前も、認めるのはちょっと抵抗はあるけど、それなりに深い仲の俺がヨソの女に手を出すのは嫌だろ!?」
『んー、別に一回貸すだけだし、貸した分だけ今夜可愛がれるなら別に私はそれでいいけど?』
「俺は物か!」
「まあアル君、ちょっとチンチン借りるだけだから我慢して、ね?」
アヤさんとマティのあんまりな言葉に、俺は内心泣きたくなった。
「だーかーらー!俺はいやだって言ってるだろ!?」
そうだ、俺は物じゃない。
俺は自分の意志で、二人に拒絶の言葉を上げた。
「そう・・・なら、仕方ないわね・・・」
アヤさんは俺の言葉に、やれやれと小さく頭を振ると、傍らに立つ幽霊少女に目を向けた。
「マティちゃん」
『アイアーイ!』
アヤさんの呼び声にマティが床を蹴り、跳躍と同時にスカートから伸びる両足を煙の塊に変える。
そして一瞬で俺の後ろに回りこむと、煙の塊を脚に戻して床に降り立ち、俺の腰を抱え込んだ。
「マティっ!?」
『ごめんねー、ローニの話をアヤさんから聞いていたら断れなくなっちゃったの』
半笑いでそう言いながら、彼女は俺の股間をズボン越しに撫でた。
萎えたペニスに、ゾクリとした感触が走る。
「は、放せ!」
言葉と共にもがこうとするが、首より下がびくとも動かない。
恐らく、彼女が俺の精神に働きかけ、金縛りに近い状態にしているのだろう。

『ダメよ。ローニの準備が出来るまで、ね?』
彼女の言葉に視線を上げてみれば、いつの間にかアヤさんはローニの側に歩み寄り、彼女の体を優しく抱きかかえていた。
「緊張しないで・・・全部私に任せて・・・ね・・・?」
「ア、アヤ・・・んっ・・・!」
アヤさんの白い指が、ゆっくりと青みがかった肌の上を這いまわり、ローニに上ずった声を上げさせていた。
羞恥の感情と拒絶の意志に強張っていたその身体は、彼女の掌が小ぶりな乳房や太腿への愛撫を繰り返すたびに少しずつ弛緩していった。
「あ・・・んぁ・・・」
大きな彼女の一つ目が興奮に潤み、快感にとろんと蕩けていく。
「ふふ・・・アル君が見てるってのに、もうこんなにして・・・」
「ぁ・・・見られ・・・ひぅっ!?」
弛緩しきった表情に浮かびかけた羞恥が、アヤさんのひと撫でによって掻き消える。
首筋から鎖骨をなぞり、乳房をひと撫でして脇腹へと移り、へそをくすぐって下腹へ。
両足の付け根を軽く撫でると、道筋を逆にたどって首筋へと指が戻っていった。
ローニの耳元でアヤさんが何事かを囁き、耳朶を舐め、指を這わせる。
アヤさんの一挙動に合わせて、ローニが身悶えし、小さな嬌声を漏らした。
そして、どれほど経っただろう。
ローニの両足の付け根で止まった指先が、くちゅりと小さな水音を立てた。
『準備できたみたいね』
アヤさんの指が小さく前後するたびに、ビクビクと体を震わせるローニを見ながら、マティが呟いた。
「く・・・放せ・・・!」
『何言ってんの、ここをこんなにして』
俺も不本意ながらマティの手馴れた愛撫と、ローニとアヤさんの痴態によって準備万端だ。
「じゃあそろそろ・・・マティちゃん?」
『はいはい』
ローニを抱えたアヤさんが、蜘蛛脚を操りながら俺たちのほうへ歩み寄ってくる。
弛緩しきったサイクロプスの少女の体を抱えなおし、大きく足を広げさせた。
そこにあったのは、興奮と快感に愛液を滴らせる慎ましやかな陰唇だった。
普段はきつく閉じているのであろうそこは、アヤさんの愛撫によって緩み、その内側の柔らかな肉を僅かに覗かせていた。
一方マティも、彼女らの接近に合わせて俺のズボンから屹立した肉棒を取り出した。
「うっ・・・!」
ひんやりとしたマティの掌に、思わず俺は声を漏らした。
だが彼女は構うことなく肉棒を扱き、勃起を保たせる。
「ふふふー、お待ちかねの瞬間よローニ」
「あ・・・う・・・」
「んー、ちょっと前戯が過ぎたかしら・・・?」
とろんと蕩けた瞳で虚空を見つめ、小さく声を漏らすローニの姿に、アヤさんは軽く首をかしげた。
『どうするのアヤ?延期?』
「いえ、このままぶち込みましょう。このぐらいとろとろなら痛くないだろうし」
マティの問いにそう答えると、彼女は大きく広げたローニの股間を、俺の腰へ近づけた。
「や、止めろ・・・!」
「そのままよ、マティちゃん・・・そうそう、そのまま・・・」
抱え上げたローニの体の位置を調整しながら、彼女は徐々に俺とローニの距離を縮めていった。
赤黒く膨れ上がった俺の亀頭が、青みがかった肌に刻まれた桃色の亀裂に触れる。
薄く開いた陰唇が、亀頭に吸い付くように小さく開閉を繰り返し、むず痒い快感を俺に与えた。
「止めろ!放してくれ!」
「それじゃあ入れるわよ〜」
俺の拒絶も空しく、楽しげなアヤさんの声と共に、亀頭がゆっくりとローニの中へ沈み込んでいく。
狭い穴が大きく広がり、締め付けと共に生温かさが肉棒の先端を包み込んでいった。







「んっ・・・・・・」
小さなうめき声が俺の耳を打ち、俺は閉ざしていた目蓋を上げた。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
目を開けると、俺の前のベッドにはローニが横たわっており、今まさに目覚めんとしているところだった。
そして相当時間が経ったのか、明り取りの穴から差し込む光には夕日の赤が混じりつつある。
「んん・・・ん・・・・・・」
彼女は毛布の下で小さく伸びをしてから、薄く目を開いた。
「・・・・・・」
「目が覚めたか」
焦点も定まっていないローニの一つ目を見下ろしながら、俺は短く尋ねた。
その声が彼女の意識に届いたのだろうか、ゆっくりと彷徨っていた彼女の視線が俺を捉え、大きな目が大きく見開かれた。
同時に、彼女は毛布の下の自分の体がどうなっているのか気が付いたらしく、一気に顔が紅潮していく。
「っ・・・!」
ローニは声にならない悲鳴を上げると、毛布を引き上げ顔まで覆ってしまった。
「あぁ、誤解してるみたいだが・・・そのままでいい、聞いてくれ・・・」
毛布の下で縮こまり、震えながらも必死に隠れようとするローニに向けて俺は声をかけた。
「実は・・・その、昼間のアレは・・・未遂だ」
俺の言葉に、細かく震えていた毛布がびくんと大きく揺れ、震えを止めた。
そして毛布の山がもぞもぞと蠢き、枕元からローニの大きな目までが覗いた。
「・・・・・・本当?」
「あぁ、未遂だ」
俺の返答に彼女は再び毛布の中に頭を引っ込める。
しばしの間もぞもぞと動くと、毛布から顔を覗かせた。
それこそ真っ赤だった顔は、まだ赤みを帯びているとはいえ大分紅潮が引いていた。
「・・・・・・信じる」
「分かってくれたか、良かった」
ローニが俺の言葉を信じてくれたということに、俺は安堵した。
「でも・・・どうして?」
口元を毛布の下に隠したまま、彼女は尋ねた。
「あの・・・ええと、あんな状態からどうやって未遂に・・・?」
「あぁ、それはだ・・・」
気恥ずかしさのためか、表現をぼかしながらのローニの問いに、俺は昼間のことを思い出した。











ごづっ


不意に、俺の耳を鈍い音が打つ。
硬い物で何かを殴りつけたような、低い音だった。
同時に、亀頭の半ばまでを包み込んだローニの胎内の感触が、その拡大を止めた。
『・・・・・・アヤ?』
動きを止めたアヤに、マティが不安げな声を漏らす。
俺は疑念と共に、視線を俺とローニの股間から、アヤさんの顔へと上げた。
だがそこにあったのは、顔だけを仰け反らせて天井を仰ぐアヤさんの、白い喉だった。
そして数瞬の間をおいて、時間が止まったように固まっていた彼女の体が、後ろ向きにゆっくりと倒れていった。
「・・・アヤさん!?」
「・・・・・・・・・」
俺の呼びかけに応えることなく、アヤさんはローニを抱えたまま床の上に仰向けに倒れ込んだ。
『アヤ!?』
叫びめいた呼び掛けと共に、マティが俺の金縛りを解除し、アヤさんの側に寄る。
俺は突然戻った自由にバランスを崩して倒れそうになるが、どうにか踏み止まって、マティの後に続いた。
『アヤ!アヤ!?』
「マティ、離れろ・・・」
アヤさんに覆いかぶさるようにして声を上げるマティを退けながら、俺は続けた。
「今様子を見て・・・」
だが、その言葉はアヤさんの顔を目に入れたところで途絶えてしまった。
彼女は完全に失神していた。
大口を開け、白目を剥き、美人も形無しの表情でだ。
額の真ん中にはかすかに血の滲む打撲の痕があり、目を部屋の奥へと向けてみれば、鏃の変わりに石の付いた矢が転がっている。
恐らく、どこからか飛んできた矢が額に命中し、彼女を昏倒させたのだろう。
だが、どこから?
「ローニ!アルベルト!」
疑問符を浮かべる俺をよそに、突然聞きなれた声がドアを蹴り開ける音と共に、俺の耳を打ち据えた。
「アヤ!貴様、また・・・って、あれ・・・?」
小屋に乱入したリザードマンの女性が見たのは、重なり合って倒れるアヤさんとローニ、そして二人を挟むように床に屈む俺とマティの姿だった。
俺たちの姿を目にするなり、闖入者の声は急速に細くなり疑問符を残して消えた。
そして数度口をパクパクと開閉してから、彼女はようやく言葉を紡いだ。
「ええと、一体何が・・・?」
「俺が聞きたいくらいです、セーナさん」
小屋に突然乱入したセーナさんの問いに、俺はそう応えた。
困惑が飛び交う小屋の中、泳いでいたセーナさんの視線がふと止まった。
「それは・・・」
俺が視線の先をたどると、そこには鏃の代わりに石の付いた矢があった。
「そうか、ティリアか・・・」
納得がいったように、セーナさんはそう呟いた。
「ティリア?」
「あぁ、お前はまだ会ってなかったな・・・まあ、山の住人のまとめ役みたいな奴だ。毎朝夕に私たちの姿を見て、異常が無いかを確認している」
彼女は説明しながら俺の傍らに屈んだ
「それで、先程ツバサを通じてティリアから、『ここ二日ほどアヤを見かけない』という連絡を受けたのだ」
俺が場所を譲ると彼女は、失神するアヤさんの鼻先に掌を差し出した。
「ティリアに見つからないのは、山から出るか住処に篭っている時だ」
手持ち無沙汰になった俺は、いつの間にか眠りに落ちていたローニの体をアヤさんの上から抱えて床に横たえ、椅子に乗せていた上着に手を伸ばした。
「それで私はアヤの身を案じて、奴の巣までいったんだが・・・」
「いなかった?」
「そうだ」
ローニに上着を仮に掛けてやりながら言うと、セーナさんは小さく頷いた。
アヤさんの呼吸が安定しているのを確認したのだろう、セーナさんは鼻先から掌を離す。
そして気付けのためか、代わりに頬を軽く打ち始めた。
「こいつの不在が分かった瞬間ピンと来た。どこかでお前とローニのことを聞きつけて、『ローニの秘密の城門貫通式よ!』でも思いついたのだろう、とな」
「まぁ、確かにそんなことを・・・」
言葉こそ違うがおおむねその通りだ。
付き合いの長さの成せるものか、セーナさんの見事な推理に俺は感服した。
「ところでセーナさん・・・あの矢は?」
部屋の隅に転がる矢を示しながら、俺は問いかけた。
「あれはティリアのだ」
アヤさんの頬を打つ手を徐々に強めながら、彼女は答える。
「私が間に合いそうになかったから、射ったのだろう。取り返しの付かないことになる前に止められれば、と走ったのだが・・・」
小屋の中に頬を打つ音を響かせながら、彼女は悔しげに頭を振った。
「でも・・・どうやって?扉は閉まっていましたし、窓もありませんし・・・」
「明り取りの穴があるだろう。あそこからだ」
次第に赤みが差しつつあるアヤさんの頬を打ち据えながら、ごく小さな穴を目で示してみせる。
確かにそこからは日の光が差し込み、青空と外の景色が覗いているが、ほんの僅かだ。
『あそこから・・・?』
「疑うのは分かるが、ティリアなら出来る。それに証拠もあるしな」
マティの漏らした言葉に疑念を察知したのか、セーナさんはそう言った。
確かにアヤさんが昏倒し、矢が小屋の中に転がっているのが何よりの証拠だ。
「まあ、それでも疑わしいと言うのなら、いつか会った時に見せてもらうといい。何しろあいつは・・・」
『ねえ・・・セーナ・・・』
なおも言葉を続けようとする彼女を、不意にマティが止めた。
「何だ、マティ」
『そのぐらいにしておかないと、アヤが・・・』
「ん?あ・・・」
彼女の指摘にセーナさんは声を漏らし、いつの間にか握っていた拳を止めた。
繰り返される気付けの平手によって、アヤさんの顔は酷く赤くなっていた。
「・・・まあ、そのうち目を覚ますだろう。自業自得だ」
いくらかばつが悪そうに、彼女は上げていた手を下ろした。
「とりあえず私はコイツを連れて行く」
セーナさんは立ち上がりながらアヤさんの蜘蛛脚を掴む。
「マティは村まで行って、三賢人にアヤを診るよう頼んでくれ」
『は、はい!』
セーナの指示に、マティは返事するなり床を蹴った。
そしてそのまま下半身を煙に変えると、壁を通り抜けて飛んでいった。
「アルは、ローニを看ていろ」
「せ、セーナさん!?」
彼女の指示の内容に、思わず俺は声を上げていた。
「お前にしか出来ない仕事だ」
アヤさんの足を掴み、引き摺りながら彼女は続ける。
「ローニの容態が急変してもマティは物を触れないし、そもそももういない。私もアヤを引き摺るので手一杯だ」
俺がローニを看る理由について一通り挙げ、彼女は手を止めて俺を見た。
「まあ、お前が代わりに引いてくれると言うのなら・・・」
「・・・無理です」
お世辞にもアヤさんの身体は軽そうには見えない。
そんな彼女をここから離れた彼女の巣まで引いていく自信は、俺にはなかった。
「だろうな。ならば、ローニを頼むぞ・・・」
俺の返答に彼女は小さく漏らすと、再びアヤさんの脚を掴む手に力を込めた。
だが、彼女は俺の顔を見据えながら低い声で続けた。
「あぁ、それと・・・ローニに不埒な真似をしたら・・・な?」
「し、しません!」
彼女の言葉が孕んだ剣幕に、俺は間髪をいれず答えた。



























「・・・その後、お前をベッドに寝かせて、今まで看ていたというわけだ」
「・・・・・・そうだったの・・・ありがと」
これまでの経緯を聞き届けると、ローニは口元までを毛布で覆ったまま、短く礼を告げた。
「それで、身体はどうだ?何か異常は?」
「特に無い・・・」
「そうか、良かった」
彼女の容態を確認すると、俺は長く座り続けたせいで痛む尻を、椅子から上げた。
「じゃあ、そろそろ帰るな」
「っ!ま、待って・・・!」
日が沈む前に村に着くため、帰ろうとした俺をローニはベッドから起き上がりながら呼び止めた。
「何だ?泊まりは勘弁だ。セーナさんに疑いをかけられるのは御免だからな」
「違う・・・その・・・今日は、ありがとう」
俺の顔から視線を逸らし、口元を毛布で隠したまま彼女は続ける。
「アヤのアドバイスもあったけど・・・こんなに男の人と話をしたのは初めてだから・・・恥ずかしかった。でも、楽しかった・・・ありがと」
「・・・どういたしまして・・・」
どう答えればいいのかしばし迷ってから、俺は当たり障りの無い返答を返した。
「あ・・・それと、あなたの剣なんだけど・・・打つ代わりに、お願い聞いてくれる・・・?」
「・・・・・・あぁ、そういえば・・・」
ほとんど忘れていたが、ここに来たのは剣を打って貰う為だった。
「あなたの剣を打つには少しずつ調整が必要なの・・・だから・・・何度か来てもらうことになるけど、その時は・・・今日みたいに、お話して・・・くれる・・・?」
「まあ、それぐらいなら・・・」
「・・・!」
俺の答えに、彼女の顔が明るくなった。
そしてがば、と彼女は勢い良く身を起こそうとしたが、毛布の下を思い出したのだろう、顔を赤らめて止まった。
「じゃ、じゃあ・・・手紙を送るから、また・・・」
「あぁ、またな」
俺は小さく頷いてからドアを押し開き、小屋の外へ出た。
既に太陽は山の稜線に触れつつあり、もうすぐ日が沈むところだった。
暗くなる前に村に着かないと。
俺は少しだけ急ぎ足で、山を下り始めた。
10/03/03 18:30更新 / 十二屋月蝕

■作者メッセージ
とりあえずこれでエルンデルスト近辺の山の住人は全員出せました。
アルベルトもマティもエルンデルストに大分馴染んだようで、喜ばしい限りです。
ですが、アルとマティのWAYはしばらく休みです。
別にネタが切れたわけではないので、どうかご安心下さい。
セーナさんの下で修行を積んだアルが、魔物娘にドッカバッキネチョネチョアーハー!されるお話をお届けします。
それでは、今しばらくアルとマティとはお別れです。
ここまでのご愛読、ありがとうございました。
これからも宜しくお願いします。

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