連載小説
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滝沢さんちの場合・前日譚
「これが、妖怪…じゃなかった、魔物娘との縁結びに、ご利益があるっていう祠(ほこら)か。
 ……できれば、稲荷さんかゆきおんなさんがいいなあ……彼女にするなら」

早春の休日、下宿先から程近い林の中で、僕はポツリと呟いた。
僕は…………名乗るほどの者でもない。しがない、新米の大学生だ。

僕の事情はさておき、ここ数年、世界は様変わりした。
具体的には、平和にはなってきたけど、それに比例して桃色に染まったというか……。
『魔物』や『妖怪』と自称する、異形の美少女や美女が、相次いであちこちで姿を現し、
(もっぱら僕みたいに普通の女性とは縁遠い)男性と結ばれるようになってきたからだ。
……もちろん、いざこざも、夏場の蚊のように湧いてきたけれど。
とりあえず、僕の住んでいる日本は、比較的すんなりと彼女たちを受け入れた。
二次元文化…じゃなかった、アニミズム万歳。

さて、そろそろ話を戻そう。
僕は、奥手で内向的な……イヤ、ヘタレな性格が災いして、生まれてこの方、恋人がいない。
ええ、真性のチェリーボーイですとも、チクショウ。
だから、この縁結びの祠にお参りに来たわけだし。
それに、近頃、素人童貞ならぬ、人間童貞なる男性も増えているくらいだしなぁ……。
まあ、魔物の見た目のよさと好色さ、そしてパートナーを得た際の身持ちの堅さは、
人間の女性とは比べ物にならないほど――特に、二番目と三番目――に上なので、
仕方が無い事だと思う。
「あんたらは魔物以下じゃ」と言ってしまったようで、大多数の女性には悪いけど。
ただ、一部の獣人種や、サキュバスと呼ばれる、悪魔のような角と翼を持った魔物は、
人間の女性を同種に変える力も持っているし、
心底この状況に耐えられなくなった女性は、彼女たちに身を任せればいいと思う。
実際、性格上の理由――僕と同じく、実に内気な為――で、
生涯未婚と思われた従姉が、魔物化した途端、あっという間に嫁いでいったし……。
今は夫や二人の娘と一緒に、幸福な家庭を築いているそうな。
……っといけない、また話がズレた。

僕が今いるのは、日本古来の昔話に出て来るようなタイプの魔物と、
縁ができると言われている祠である。
何でもここは、彼女たちの間で、お見合いの際の登録所みたいな扱いを受けているとか。
そして、ここを訪れた男性を検分し、互いに相性の良さそうな魔物に
連絡が入るシステムになっているらしいけど……詳細は僕も知らない。
ただ、僕同様、女性に縁が無かった友人や先輩が、
ここや、同様の場所に出向いた数日後に、異形の和風美人と
仲睦まじげにしている様子を何件も見てきているので、信用せざるをえない。
そういうわけで、僕は、目の前の小さな祠に、手を合わせて祈った。

「いいご縁がありますように」

やはり、冒頭で述べたように、結ばれるなら稲荷かゆきおんながいいな、
大和撫子を絵に描いたような性格だというし。
もしくは陽気な河童か、豪快で気さくなアカオニか。
イヤ、強気で気難しいとされるカラステングでも、うまくやって行けると思う、たぶん。
問題は……僕の前に現れるのが、ジョロウグモなる魔物だった場合だろうか。
昼間は、最初に挙げた二種族同様の言動だそうだけど、
夜になるとサディストの本性をあらわにするとされる彼女らは、
僕みたいな痛がりのチキンには、荷が重い……。
と、不安に苛まれつつも、祠に背を向けた僕に、

「お参りですか?」

二十代半ばほどに見える、一人の女性が声をかけてきた。
やや吊った切れ長の目が印象的な、色白で長い黒髪の美人だった。
目つきはキツいけれど、下がり気味の眉と、
緩く上がった口角が醸す優しげな雰囲気が、
彼女に対する警戒心をごっそりと殺ぐ。
僕は、頬に上った血の気を隠すように、俯きがちになって答えた。

「はい……恥ずかしながら」
「よいご縁があるといいですね」
「ご縁……ここの事、知っていらっしゃるんですか?」
「まあ、それなりには」

彼女は魔物のたぐい、なのだろうか。
まあ、口元から覗く八重歯が、やけに鋭いような感じもするし、
時折黒い瞳が、赤みがかって見える気もするし……。

え、いっそこの美人をここで口説け?
そんな事ができたら、とうに彼女ぐらいおるっちゅーの。

さておき、品の良い笑みを浮かべる彼女に挨拶を返し、僕はその場を後にした。
ああ、できれば、彼女のような魔物と……。

「…………あの子、いいかな…………」




例の祠にお参りに行った後の事。
僕はテキトーに晩飯を済ませてシャワーを浴び、
パソコンとついでに股間の分身を気の済むまで弄って、
スッキリしたところで眠るつもりだった、のだが……。

「……」

先程から誰かに見られているような気がして、落ち着かない。
ついでに、さっき欲望を搾り出したはずの、愚息が熱く張り詰めている。
あと、いささか首筋がむず痒いのも気になる。
首筋をまさぐってみたら、虫刺されのような腫れ物が、並んで二つできているようだった。

「お参りした時に、虫にでも喰われたのかな……いや、まだ夏には程遠いし」

とりあえず、痒いものは痒いし、ムラムラも治まらない。
生温い春の夜気が籠った、狭く薄暗い部屋の中、
僕は仰向けのまま、スウェットのズボンをトランクスごと下ろし、
勢い良く震えながら飛び出してきた分身に左手を伸ばそうとして、

「ダメですよ、そんな勿体ない事しちゃ」

左手に添えられた、しっとりとした感触と、聞き覚えのあるアルトの声に、金縛りにされた。

「幽霊!?サキュバス!!?」
「んー……どちらかと言えば、後者かしら」

下半身丸出しのまま、慌てふためく僕をよそに、声の持ち主は部屋の明かりをつけた。
蛍光灯の明かりに照らされて佇んでいたのは、昼間、祠で会った女性。
ただし、彼女の下半身は、巨大なクモを思わせる、異形のものへとすり変わっていた。

「えーと……こんばんは、ですね」
「…………」
「その……昼間、あの祠のところで、お会いしましたよね」
「は、はい……何の、ご用でしょうか?」
「…………おつきあい、してもらいたいかなぁ、と。
 そちらの方も、問題なさそうですし」

ここまで言って、彼女は、軽く頬に血の気をのぼらせつつも、僕の下半身に注視した。
僕は慌てて、上体を起こしながら、下穿きをずり上げる。
……ああ、包茎がバレた……。

「あ、隠さなくてもいいのに」
「ぼ、僕のここは、いっしょになってくれる人だけに見せたいんです」
「私じゃ、ダメですか?」
「……あなた、ジョロウグモ、ですよね?」
「はい、そうですけど」
「う、生まれついてのドS女王様はちょっと」
「……はい?」
「踏まれたり蹴られたり罵られたり掘られたりするのはイヤだぁ……!」
「掘らっ……しませんよそんな事!!」
「……しないんですか?」
「しません!……そりゃあ、ちょーっと頭の上で手首を縛り上げて仰向けにして、
 下半身だけ裸にして、そのまま……しちゃって、
 一晩中私の下で、私の膣内(なか)でイってほしいなー、とは思ってますけど」
「あ、それくらいならむしろお願いしたいかも」
「……なら」

いきなり手首の自由がなくなった。

「お互いにしたい事とされたい事が一致したわけですし」

下宿先のちゃっちいクリーム色の天井が見えた。

「脱ぎ脱ぎしましょうね♪」

おまけに、さっきまでふくれっ面だった吊り目の細面が、
柔和でいたずらっぽい笑みを浮かべて、見下ろしていた。
その下に続くのは、すんなりした長い首と、
淡い色合いのカーディガンとブラウスに包まれた、華奢な肩。
更に、それらを内側から押し上げる、たっぷりとした双子のふくらみに目をやらないようにする為に、
僕は、自分を組み敷く拘束者に、わざと間延びした口調で声をかける事にした。

「……手際いいなあ」
「ふふ……伊達に保育士稼業を四年勤めてるわけじゃないんですよ?
 駄々っ子を寝かしつけるのは得意なんです」
「保母さんだったんですか」
「将来の投資のためだったんですけどね……『ぼく大人になったらみと先生をお嫁さんにするー!』
 って言われて、 その二十年くらい後に迎えに来てほしかったんですけど……」
「気が長いなあ……」
「『みと先生?おばさん臭いし目つきキツいしヘタレ臭いからやだー』
 と言われているのを聞いてしまいまして……うう……」
「みとさん、って言われるんですか?お名前」
「水が透けるでみとです、滝沢水透……名前負けしてるって、
 学生時代にも就職してからもずーっと言われてましたけど……」
「そ、そんな事ないです!……みとさん、美人だし、器用だし」
「……名前で呼んでくださるんですか?」
「あ、ごめんなさい、つい……滝沢さんの方が良か……」
「是非名前でお願いします!」
「は、はい」
「……さて、そろそろ気を取り直して……その……」
「…………」
「……しちゃいますね?」
「お願いしま、む!?」

僕のファーストキスは、甘酸っぱかったけど、
ロマンチックさなんかとは無縁な空気のままに、下半身裸の仰向け状態で奪われました。
ああ、でも女の人のいいにおい……。




「これが、あなたのおち◯◯ん……」
「あ、あんまりまじまじと見られると恥ずかしいです」
「んー、なら」
「うぷっ」
「私の恥ずかしいところも見せてあげれば問題ないですね」
「…………」
「ふふ、ホンモノの女の人のあそこ、見るのははじめて?」
「はじめてです……童貞ですから……」
「なら、あらためて。
 私があなたのはじめて、食べちゃいますね……ちゅ」
「!」
「ほは、はなはももめまみひ……(ほら、あなたもお願い)」
「……ん」
「ふっ!ん、む……」

しばし、やわらかく、濡れたもの同士が触れ合う、淫靡な音のみがその場を支配した。
僕は目の前の、やや口を開いた一対の桜色の襞に吸いつき、
その内側――堅く息づく肉の芽と、かすかに匂う小さな穴と、ひくひくと蠢く牝の穴――を、
舌先で何度もなぞった。
肉の切っ先が往復するたびに、口の中が酸っぱいもので満たされ、鼻孔が甘い芳香で痺れる。
そして、先程からひたすらに屹立していた分身は、
みとさんの口の中で、舌先に踊らされ、牙と戯れ、
今にも異臭漂う欲望を撒き散らさんと、はち切れそうになっていた。
と、僕が肉の芽を甘噛みしたところで、みとさんが可愛らしい悲鳴をあげた。
ついでに軽く前歯の狭間で捕らえ、舌先でくすぐってみる。
はたして、可愛らしい悲鳴は、切なげな甘い懇願に成り代わった。

「ね、もう……いいよ?」

求めに応じ、僕は彼女の肉の芽を解放する。
それと同じくして、股間から熱いぬかるみと薄く汗ばんだなめらかな肌が離れていった。
その事を残念に思う間も無く、亀頭に、さっきのまでとは別の熱く濡れた肉が触れる。
数拍の間をおいて、僕の分身は、
固い肉を突き分けるようにして、みとさんの中に吸い込まれて行った。

最奥まで届いたペニスを、ぬるぬると潤った秘肉が、
先端から根元までみっちりと分身を締めつけてくる、えも言われぬ快感に混じって。
愛液のそれとは異なる粘りの熱い雫が数滴、幹を伝うような感触があった。
結合部をまじまじと見やり、それからみとさんの顔を見た僕は、
固く閉ざされた瞼から溢れる一筋の涙と、
小さな紅い唇から繰り返し紡がれる三文字の掠れ声に気圧されて。
間抜けな口振りで、初めての女性(あいて)の、純潔を奪ってしまった事について、
確認を取るのがやっとだった。

「はじめて、だったんですか」
「……いなかったんですもの、抱いてくれる人」
「…………」
「あなたは、ずーっと抱いていて……いや、抱きしめさせて、くれますか?」

肯定の返事を返そうとしても、胸が苦しくて舌が回らない。
陸に打ち上げられた魚のように、ぱくぱく口を開け閉めするだけの僕を見兼ねたのか、
みとさんは涙の痕が残る目元を細めて、
困ったような笑みを浮かべながら、優しく僕の胸元を、触れた右手で軽くはたく。
まるで赤ん坊をあやす時のような手の動きだったけど、
心臓の上でなされたそれは、確かに僕に落ち着きを返してくれた。
……一回、途方もなく大きな、胸の高鳴りと引き換えに。

「むしろ、僕の方があなたを抱きしめていたい、です。
 ダメ、ですか?」

つっかえつっかえ搾り出された僕の返事に、
彼女は、さっきまでの苦笑を安らかな慈母のそれに変化させ。

よろこんで

紅い唇を蠢かすと、上体を前に倒してきた。
至近距離で、何かを期待するように吊り上げられた口元と、真っ直ぐな視線にあてられ、
僕はしばらく困惑していたが、やがて彼女の眉根が心持ち残念そうに歪められたのに気づき、
頭上で括られたまま、輪のようになっていた腕を、彼女の背の中ほどに下ろした。
緊張の余りへの字口になってたのは勘弁してもらいたい。
ただ、それをしても、目の前のひとの表情は、やや緩みつつも残念そうなままだったので、肘を曲げて、できるだけ強く抱きしめてみる。
すると、やっと、先程のいたずらっこの笑みが帰って来た。
軽く啄むような、キスのおまけつきで。
そのまま数度、唇を啄まれていると、いたずらっこの顔のまま、慈母の声が紡がれた。

「いくらお◯んち◯を大きくしておねだりしても、しばらくはこのままですからね。
 ……痛みが薄れるまで、抱っこしててください」

シメは、子猫が甘えてくるような唸り声と頬擦り。
軽く身じろぎされるだけで、キツい肉襞に噛み締められ、
膨張と暴発へのカウントダウンを進行させる馬鹿息子を宥めようと、
僕はみとさんを抱きしめたまま、ささやかに、腰を退くしかなかった。




が、即座に感づかれて、可愛らしく唇を尖らせられたみとさんに、

「もう、動いちゃダメって言ったじゃないですか」
「あっ!……ゴメンなさい、もうイきそうなんです……」
「ふーん……」

あ、みとさんが意地悪な顔になった。
シックスナインの前にも見せた、見下すような半眼と、牙を剥き出しにした、下卑た口元の笑みだ。

「じゃあ……一回、イっちゃえ」
「ああっ……」

上半身を倒して、僕のそれに密着させたままのみとさんは、腰と秘肉だけを器用に蠕動させた。
ちょうどカリ首を抉るような内部のくびれと、その奥に散在する無数の肉の粒が、
まるで唇と歯のように僕の性器を咀嚼し、頭蓋の中身を甘い痺れと置き換えていく。
そして、七回目の上下動の最中に、溜まりに溜まった白い欲望は、
先程ペニス越しに噛み砕かれ、すっかり睾丸に集められていた脳味噌ごと、
彼女の一番奥深く、ねっとりと濡れた熱いうねりの中に放出された。


頭の中で炸裂した白い爆発が、重たい空虚に成り下がっても分かった、
肉の切っ先が固いゴムにめり込んでるような感触。
目線だけをみとさんの顔に向けると、

「一番奥で、受け止めてあげますね」

見下ろす半眼に籠っていたのは、欲望とぬくもり。
紅い三日月から零れるのは、麻薬じみた甘い吐息。
力を失わない切っ先が、彼女の中で、再びぴくりと跳ね、
そこに、吸盤のように吸い付いてきた何かが、
欲望の残滓をかすかに啜ったところで。

僕は、目の前のジョロウグモに、未来永劫貪られるのだなと自覚した。
ああ、ああ、早速、紅い月が形を変えていく、
一瞬真珠の矛先を見せつけてから、濡れたつぼみのように小さく細く尖っていく。
それが僕の唇に触れ、上唇と下唇を順繰りに這いずり回り、伸びた雌蕊が口の中を侵す――。

連動するように、細くしなやかな指と手が、僕の頭を優しく撫で、
むっちりとした巨大な双子の白桃が、衣類越しに僕の薄い胸板を刺激し、
漂う芳香に満たされ、膨らみきった肺とともに、奥の心臓をざわつかせる。
ああ、膨らむといえば、肉の牙の群れに噛み締められる、僕の元気だけが取り柄の分身も……。

やがて、何度震えるみとさんの最奥に欲望をブチ撒け、
一時の忘我から復帰した彼女が、飽きる事無く舌なめずりをしながら、
身を揺すり出したのか分からなくなった辺りで、僕は意識を手放した。
次に目を覚ました時は、毛布に鼻から下を隠しながら、目元をほの赤く染めた彼女が、
人のモノに擬態させた裸体を、毛布越しに僕のそれに絡み付けている状態だったので、
思わず組み敷いてしまったのは、蛇足だろうか。

蛇足ついでに。
その日の昼間は彼女を貪り、夜はあらためて、彼女に貪られ尽くしたとの一文で、
僕のつたない回想を、〆させてもらう事にしよう。
10/11/14 12:01更新 / ふたばや
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