連載小説
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前篇
いってらっしゃい、という言葉に憧れを抱くなんて、素直には言えない年頃なのだ。
中学二年生という肩書にも慣れてきた早朝、なんとなく詩的っぽくそう思った。
なるほど、これが中二病というヤツか。

「ぅー……、さみぃ……」

時計の針は、六時半。もちろん、午前のだ。
布団の魔力とやらにも免疫ができた今朝、リビングを前に一人呟く。
別に寂しくはないが、一人だ。
親父も、兄貴もとっくに出かけているのはいつもと何ら変わりがない。
朝 昼のご飯代、とメモ書きの上に英世が一枚置いてあるのも、やっぱり何ら変わりがない。

「あーやっべ……今日って英単語テストあるじゃん……」

くしゃりと千円札をポケットに突っ込み、カバンを提げて靴を履く。
寒い寒いと、バカみたいに呟きながら玄関を抜けて、かじかんだ手で鍵を閉める。
冷蔵庫の中にみたいに冴えた空気に、鉄製の合鍵もキンキンと冷たい。

「いってきまーす……」

どうせ、返事はない。
そんなことは分かっていても、誰もいない家でも、それだけは言っておいた。

「さって……メシは何にすっかなー」

朝が早すぎて誰もいない通学路。
車もまばらで、しばれるような寒さもあいまって静かな歩道。
いつもなら行きがけのコンビニに寄って適当に何か買えばいいけども、肉まんもそろそろ飽きた。
弁当は冷めてて不味いし、マックなんて好みじゃない。

「たまにゃー遠回りして別のコンビニ行こうかのー?」

なんて、通学路から逸れた路地を覗いてみる。
あまり通らない道だが、適当に行けばコンビニくらいはあるだろう。
と、思ったときだった。

「ん?」

焼きたてのトーストみたいな、芳ばしい香りが何処からともなく漂ってきた。
あー、パンか。たまには悪くないかも。
朝はご飯派を自負する俺だが、別にパンが嫌いなわけじゃない。
牛乳とパンも、まぁ朝飯の鉄板だと思う。人それぞれだろうが。

「んー……こっちか?」

香りを頼りに、なんて曖昧な追跡をする自分にやや高揚する。
だって、まるで探偵みたいじゃん? まぁ、ただの腹ペコ小僧なんだけど。

「って、近っ!」

危うく、通り過ぎるところだった。
路地に入って三十歩、振り返れば元の通学路も見える右手側、そこにはあった。
仰々しく言っといてなんだけど、普通のパン屋が。

「……ミルキーベーカリー?」

朝飯の鉄板みたいなネーミングだった。
これはもう、俺にこの店に入れと暗に言っているのかもしれない。
つーか、パン屋ってこんな朝早くにも開いてるもんなの?

「って、開いてるし……」

ドアハンドルを軽く押すと、まさかの無抵抗。
こんな時間帯、コンビニしか開いてねぇと思ってた……。
んー……、中見た感じ誰もいねぇんだけど……これ入っていいのか……?
まぁ……、うん、いっか。

失礼しまーす……

もそもそと申し訳程度に言い、こそこそと店内に入る。
勢いが少ないせいか、ドアベルの音もどこか鈍い。
あれ、俺まるで泥棒みたいじゃね? とか思ったけど生憎とそんなことをする度胸はない。
暖房が利いているのか、店内は割と温かく、あの芳ばしい香りも鼻孔をくすぐる。
鼻孔がくすぐられ過ぎて口の中が涎で大洪水だし、ぐーぐーと恥ずかしげもなく腹が大音声で空腹を主張しやがった……。

「つか、どれも美味そうな……」

それもこれも、まるで宝石のように並べられたこのパン達のせいだ。
てらてらと艶やかな焼き色は、まぁ中二っぽい表現であれだがまさに宝石のようだ。
アンパン、クロワッサン、フランスパンにベーグルサンドなんか、やばいくらいこげ茶色だ。
ぜったい出来たてだろこいつら……、見ててホント腹が減る。

「まぁ、アンパンは外せまい!」

とりあえずと、トングでアンパンをバットに放りこむ。
誰にも文句は言わせねぇ、餡子はジャスティスだ。

「あっとはベーグルのハムサンドに……、やっべ、ホットドッグ超卑猥なんですけどー!」

誰もいないのをいいことに、下らない下ネタに一人で受けながらひょいひょいとパンを選ぶ。
まぁ、三つもあれば充分だろう。値段も無駄にお安く、三百円いってないという。
あー、やばい、涎が止まらん……。

「って、そういやマジで店員どこだ……?」

改めて口に出すまでもなく、実はパンを選びながらもどうしようと思っていた。
うん、レジがあるところにいるべきはずの店員さんがまったく見当たりません。
これ……、防犯とか大丈夫なのか……?

「……あー……、すんませーん!」

一瞬、やっぱりパンを返して帰ろうかとも悩んだけども、だって美味そうなんだもん。
レジの向こうの部屋に向けて声を出してみるが、誰も来る気配がない。
漫画みたいに、レジにお金おいて行こうかな……。
そう思って、やっぱり泥棒みたいにすり足でレジへ向かう。

「って……えぇー……?」

レジに近づいて、ようやく気づいた。
店員はいたのだ。俺が入ってきたときからずーっとレジに。
うん、机に突っ伏して寝てたから全く見えなかったけど。

「くー……かー……」

なんて、穏やかな寝息をたてながら、その娘はぐっすりと眠っていらっしゃった。
あどけない寝顔に微笑ましくなったが、それよりも目を引いたのは頭の角だ。
そう、角。角である。
まぁ、いまどき魔物なんて珍しくもないかもだが、小さな角がにょっと二本生えているのだ。

「……………………」

最近、問答無用で襲いかかってくる系の魔物が増えているらしい。
マーチヘアとか、デビルとか、モスマンとか。
正直、見たこともない魔物の娘だったから、ちょっと起こすかどうか迷った。
……でもまぁ、見た感じそんな問答無用のゴリ押しキャラには見えないし……。

「も、もしもーし……」

恐る恐る、店員さんの肩を揺する。
大丈夫だよね? これセクハラで訴えられたりしないよね? と、恐る恐るである。
これで起きなかったらどうしようかと思ったけども、どうやら杞憂だったみたいで幸いにも意外と眠りは浅かったのか彼女の瞼がすぐにぴくぴくと震える。

「んぅ〜……、ふわぁぁ……ぅん〜……」

あらやだエロい……。
大きく欠伸をし、グッと背を伸ばす店員さん。
そして、グッと突き出されるたわわに実ったお胸。ウチの先生陣でも近年まれにみる大きさです。
え、何、メロン詰めてるの? 夕張なの? と本気で思った次第である。

「ふぁれぇ……きみだれぇ……?」

くしくしと寝惚け眼を擦りながら、眠たそうな声をあげる店員さんにハッと我に返る。
胸ばっか見てたらセクシャルハラスメント直球じゃないですか、やだー!
先生、違うんです! これは乳トンの万乳引力のせいなんです!

「え、えぇっと……端的に言えば、客ですが……」

目線だ、目線を外せ、さもなくば死刑じゃ。
お胸さまをガン見するんじゃない。そうだろう忍。お前はやればできる子だろう……!?

「ふぇっ!? お、お客さま……っ!」

バッと、店員さんのお胸が揺れ……もとい店員さんが身構える。
だから、胸から離れようよ、俺。

「あぅあぅ、申し訳ありません〜……!」

わたわたと慌てながら頭を下げる店員さんに、割とこっちも申し訳ない。
だって、ねぇ? 目の保養させてもらっといて謝らせるとかアカンやないの。
いえいえと曖昧に宥めて、そっと目をそらす。
そうでもしないと、またお胸さまに目が行ってしまいそうだった。

「まだ早いですもんねー、お疲れ様ですー」

平常心、平常心。
大丈夫、ダイジョーブ、忍さん、やればできる子。

「うぅぅ……、本当にゴメンねぇ? でも、ボク早起きなのね、偉いなぁ」

なでりなでり。

と、頭をふんわりと撫でられる。
はっはー、何で? 何このフレンドリーっつーかアットホームっつーか……。
でもまぁ、甘かったな店員さん。この忍さん、ポーカーフェイスと平常心には自信あるのよ?

「……あれ? お顔、赤いけど風邪? 大丈夫?」
「大丈夫です。免疫がなかっただけなんで」

はい、無理でした。

「……? よくわかんないけど、お大事に、ね?」

にこっ、と微笑む店員さん。すいません、悪化しました。
……っていうか、ここ店員さん一人しかいねぇのか?
余裕バリバリで寝てたってことは、まぁ注意する人がいなかったってことなんだろうけど……。

「ボク、学生さん? どこの学校なのかな?」

と、キョロキョロしていたところに声がかかる。
というか、そのボクって呼ぶの何か子供っぽくて嫌なんですが……、まぁいっか。

「すぐそこの中学校で、ちなみに二年生っす」
「えっ、あそこなの? すっごい奇遇、私もあそこの出身なんだぁ!」

と、身を乗り出す店員さん。
いや、あの、近い近い。パーソナルスペースってご存知ですか?

「そ、そりゃ奇遇っすねー、あははー……」
「すぐそこなのに早起きで偉いなぁ……、ご褒美にミルクつけたげよっかな♪」

わー、店員さんウィンク上手いなー、素敵だなー憧れちゃうなー……。
いつの間にか包んでくれたパン袋とは別に、トンと牛乳瓶が置かれる。
まぁ、これが普通なら俺も素直に早起きは三文の得だぜいやっほぃとか喜ぶよ?
でもね、店員さんの格好が、ね?
頭には小ぶりな角で、白くて柔らかそうな垂れ耳。
んでもって、まるでホルスタインみたいな白黒の柄のついたご立派なお胸さまの布。
足も、牛みたいに蹄で、やっぱり白黒柄。
極めつけはその爆乳とおまけか何か知らんけどついてきた牛乳瓶。

思春期じゃなくても邪推するよねー?

「……あ、あざーす……」
「いっぱい飲んで身長を伸ばそー、おーっ!」

なんて、気合を入れてらっしゃる店員さん。
……牛乳ってお胸の発育にもいいんだっけ? あ、豆乳でしたかすいません。

「え、えっと、300円からお願いしやす」
「はい、6円のお釣りです♪」

また来てくださいねぇ、とレシートとセットでお釣りを手渡しされる。
……少しだけ手が当たったけど、不可抗力なのでセクハラではありません。
ご了承ください。

「ども……、えと、そんじゃ」

そそくさと小走りで逃げ、出口のドアハンドルを押す。
これは逃亡ではない。戦略的撤退である。だって、DT丸出しすぎて恥ずかしいんだもん。
さっさと学校行こう、そう思って、出口から出ようと思ったときだった。

「うん、学校頑張ってね、いってらっしゃーい♪」

ひらひらと手を振って、店員さんは相変わらず素敵な笑顔を浮かべていた。




俺は、何とか「いってきます」とだけ返せれた。
割と、久しぶりに言ったせいか、ややイントネーションがおかしかった気がした。

☆ ★ ☆ ★ ☆

「シノ、珍しいね。それ、パン?」

HR40分前。
この時間帯に教室にいるような、真面目というかズレた奴は、俺ともう一人しかいない。
友達の定義が何だとか言ったらキリがないが、こいつを友達と呼ばなければきっと他の奴らはみんな赤の他人だと断言できるほどに、そのもう一人は唯一無二の親友だ。

「え、珍しいか? 俺けっこうパンも食うぞ?」
「そうだけどさ、それ、コンビニのじゃないじゃん? どこのパン屋の? ミキ?」

あぁ、そう言えばそうか。
Milky Bakely のロゴがでかでかと貼られた紙袋は、まぁ間違いなくコンビニのではない。
というか、俺そんなにコンビニ飯ばっかだったっけ……?

「ミキっつーかミルキーだな。ここの近所だけど」
「へぇ……なんか結構おいしそうだね」
「なんならどれか一つ食うかよ、メグ? アンパンは譲らねぇぞ?」
「普通、男子はアンパンよりも肉っけのあるソーセージパンを譲らないもんなんだけどね……」

じゃあソーセージパンいただきっ、とメグは男子らしくご機嫌に紙袋を開く。
と、そこで、メグがおっと声をあげた。

「わぁ、レトロだなぁ牛乳瓶って。シノ、これも貰っていい?」
「あー……くれてやるよ。俺は、邪念なしにそれを飲める自信がねぇや」
「……? よくわかんないけどご馳走さまー」

ごめん、店員さん。でも俺よりもメグの方が身長を伸ばす必要があると思うんだ。
ごくごくと腰に手を当てて、まるで風呂上がりのように牛乳を飲むメグに合掌。
すいませんでしたー。

「くっはぁぁぁ……! うまぁぁぁ……!」
「……さ、さよか」

ぜ、ぜんぜん羨ましくねぇ……。
まぁ……俺は健全にアンパンでもいただきましょか……。

「牛乳でこれだけ美味いんだから、なんかパンも期待できちゃうよね」

まぁ、もう見ただけで不味くないのは明らかだし。
つるりとしたこげ茶色の表面とは対照的に、アンパンの底はふんわりと柔らかい。
もう、見た目と手触りだけで、コンビニのものとは比べるのも恥ずかしい出来である。
試しに、とりあえず一口。少しカリッとした表面に、歯をつきたてる。

「……あら美味い」

じんわりと口の中に広がった芳ばしい温かみと、餡子の甘さに思わず呟いてしまった。
やや湿り気をおびた生地にしつこくないバターの脂を感じる。
そんなパンも然ることながら、餡子にもほっこりとした温もりを感じる。
出来立てのアンパンって、中の餡子があったけぇんだ……。

「ソーセージパンも美味しいよー! 味付けのベースがピザっぽい!」

などと、メグもソーセージパンにかぶりつきながらご満悦だ。
今更ながら、何の躊躇いもなくパンを譲ったことが惜しくなった。
アンパンでこんなに美味いなら、きっとソーセージパンも言うまでもないだろう。

「うまうま……、いいねぇ、ここのパン! 今度お店どこか教えてよ!」
「え?」

味わう俺とは対照的に、ガツガツともう半分までソーセージパンを食べたメグにぎくりとした。
何故か、ぎくりとした。別に、疚しいことなんて何もないのに。
……いや、まぁ、別にいいんじゃね? うん。

「じゃあ、帰りに教えてやるよ。今日、確か昼までだろ?」
「やたー! ありがとシノー!」

飛び跳ねるメグを傍目に、喉に何か引っかかったような違和感は消えない。
いったい、俺は何にぎくりとしたのか?

授業も上の空でずっと考えてみたが、放課後になってもその原因は分からなかった。

☆ ★ ☆ ★ ☆

「確かここの路地入ったらすぐだったんだけど……お、あったあった」

メグを案内し、今朝ぶりにミルキーベーカリーを訪れる。
ちょうどお昼なせいか、やはり腹の減りそうな香りが周囲に漂っている。

「へぇ……なんか、知る人ぞ知る名店! って感じだね」
「おぉ、上手いこと例えるな」

路地に入り組んでいるせいか、通学路に近いというにウチの生徒はきっとこの店を知らない。
何となく、優越感。

「……あ、そうだ。メグ、この店のことあんま他のやつに言うなよ?」
「心が狭いなぁ。ま、乗ったけど♪」

悪戯っぽくウィンクするメグに、ニヤリと笑い返す。
名店は知っている人が少ないほどいい。だって、知りあいに鉢合わせなくて済むし。
何よりも、店が混んでパンが売り切れとかとんでもねぇし、な。

「ま、昼飯がてら何か食おうぜ。俺もまだ気になるパンあるし」

ドアハンドルを押すと、カランカランと軽快なベルが鳴る。
店内に入ってすぐにバッチリと店員さんと目が合う。
さすがにもう寝ておらず、やはり相変わらずのホルスタインボディだった。

「いらっしゃい♪ 今度はお友達も連れてきてくれたの?」

ほやんと柔らかく微笑む店員さんは、やっぱりアットホームに親しみやすい。
親しみやすい、とは我ながら上手く言った物だと思う。
馴れ馴れしさを感じない、親身になってくれるような声色は、正しくそれだ。
……天然でこれなんだから、何となく空恐ろしくなる。

「お、おぉぉ……べ、べりぃめろん……」

ビクトリームかお前は。

「……えぇと、まぁ」
「そっかそっかぁ♪ お名前、何ていうのかな?」

相変わらずのマイナスイオンスマイルで、店員さんは手と手を合わせる。
色めき立っていたメグも、それでようやく我に返り、意気揚々と名乗りを上げる。

「空籤恵です! 当たりがない空籤にお恵みと書いてで、ちなみにフリーでっす!」
「元気だねぇ、めぐむくん」

クスクスと微笑ましく、というか実際に微笑む店員さん。
フリーはスルーなのか。さすが、美人は格が違うぜ。
メグもめげた様子がなく、よく言われますよーなどと愛嬌をふりまいている。

「ねぇねぇ、君は何てお名前?」

そんな他愛もない話もそこそこに、今度は俺に向けてそう仰る店員さん。
名乗るほど大した名じゃないが、誰かがこう呼ぶラフメイカー。
とか、格好つけて名乗ったら赤っ恥だろうなー。

「……あー、隠忍です。隠れる忍びと書いて、なばりしのぶ。どもです」
「わぁ、まるで忍者みたいでカッコいいね♪」
「……………………よく言われまーす」

ホント、よく言われるけども……。
しかしまぁ、たかが名前でなんでこのお方はこんなにも嬉しそうなのか……。
他意がないを通り越して悪意がないかを深読みしちゃいますよ?

「私はね真っ白って書いて、ましろ、っていうの。よろしくね〜♪」

はぁ、さよですか……。
とか返したら、何故か近隣住民に張り倒されそうな気がしたので言葉にはしません。

「はいっ、よろしくです真白さん!」
「……元気だなぁ、メグ」

色々と、ホント元気だなぁ、こいつ。その若さゆえのありあまるエネルギー爆発しねぇかな。
下心丸見えのメグに気を悪くした様子もなく、店員さんは相も変わらずニコニコ顔だ。
……いや、だって別に友達じゃないもん。名前で呼ぶとか馴れ馴れしくてできねぇから。

「っていうか、こんな美人が店員なんて聞いてなかったよシノ! どういうことなの!?」
「いや、どーもこーも……それ重要情報か?」
「死ぬほど重要でしょ!?」

……別に美人だったからって何かが変わるわけでもあるまいに……。

「いや、優しそうなお姉さんキャラいいじゃない! 何よりもエロい! あのお胸さまが!」
「………………あー、うん、そうね。爆ぜろ」

同じことを思ってしまった自分を全力で殴り抜いてやりたい……。
どうしてこう表現まで似通うのかな? ふつーおっ(自主規制)て言わね?

「男の子って元気でいいねぇ、私もなんか嬉しくなっちゃうなぁ」
「ほほぅ、ならば更に盛り上がりましょう! さぁ、シノ! レッツパーリィ!!」
「いやしねーからな?」

メグのテンションがおかしい……。
え、こいつこんなキャラだったっけ……?
……まぁ、アホは放っておいて昼飯のパンでも買おっと。

……あ、そういや、言い忘れてた。

「店員さん店員さん」
「んん? なにかな、しのぶくん?」

ナチュラルに名前で呼ぶなぁ、この人。
まぁ、満更でもない自分が悔しくて何も言えねぇけど……。
……あんまゴタゴタ考えると恥ずかしいし、もうパッと言っとこう。

「ご馳走さまでした。パン、美味かったです」

何気なく、何気なくを装って言ってみる。
こういうの、気持ちが大事だよね。でもまぁ、改めて言うと照れくさいし。
なるべく素っ気ない態度をとったつもりだったが、どうやら店員さんはそれでも晴れやかだ。
パーッと花が咲いたように輝き、今日一番の嬉しそうな笑みをニッコリと浮かべる。

「えへへ……、お粗末さまでした♪」

はにかみながらそう仰る店員さん。
何にしても、やっぱり照れくさかった。

「これがフラグかぁ……、爆発すればいいのに」

メグが何かほざいているが気にしない。
たかが一言で、んなアホみたいなことがあるか。ラノベじゃあるめーし。
照れくささを誤魔化していそいそと隅っこに逃げ込むが、じっとりとした視線が背中に痛い。

「あ、しのぶくん! 甘いの好きだったら、特製ミルククロワッサンお勧めだよ〜!」

だからミルクは邪推しちゃいますから止めてください死んでしまいます。
とは思うが、うん、まぁ、甘いの好きです。
特製ミルククロワッサン、というのはすぐ横にあって、本日のお勧めと大きくアピールしている。
これは……ホワイトチョコがかかってるのか?
パリッとしたクロワッサンにまばらにホワイトチョコだけでなく粉砂糖も振られており、それだけでなくまるでサンドするようにミルククリームが挟まっていて、少し溢れている。
要するに、白いのがぶっかかって中から白いのが溢れているクロワッサン(意味深)。
なるほど、絵に描いたような甘党が好みそうなパンだ。

「ふっ……、買った!!

くどい、くどいくらいに甘そうだ。だがそこがいい。
この店員さん、分かってるじゃねぇか。

「気に入ってもらえたようで何よりだなぁ♪」
「シノ相変わらず甘党だなぁ……僕だったら胸焼けしそうだよ」
「ばっかお前、そこがいいんだろうが!」

チョコレートにミルククリームに粉砂糖って万々歳じゃねぇか!!
甘党三冠王だぞ!? 甘みのパンデモニウムだぞ!?
もうストライクどころかストレートがレーザービームでぶち抜いて大気圏突破ですわ!

「僕は本来ボケキャラであって、突っ込みキャラじゃないんだけど……」
「いぇーい! やったー! トロピカルヤッホーぅ!」
「どんだけはしゃいでるんだよ……」

呆れたように苦笑するメグに、微笑ましそうにクスクスと見守る店員さん。
人のことを言えたもんじゃないな、俺。

「俺これ五つにするけどメグどうすんの?」
「五つ!? 太るよ!?」
「ちげーちげー、親父と兄貴の分も買っとこうかなーって」

あの二人も、確か大の甘党だったはずだ。
仕事とバイトで毎日くたくただろうし、ちょっとでも喜んでもらえたらいい。
なんて、妙に素直に思った。

「………………そっか。お兄さんと親父さんによろしくね」
「おう」

一応、ウチの事情を知っているメグはそれだけ言う。
気遣わしい、というよりも、痛ましげな微笑みにうぜぇうぜぇと手を振り返す。
お前んところのがもっとひでぇだろーが、バーカ。

「???」
「じゃあ、僕はホットドッグと玉子サンドでお願いします、真白さん」
「……あ、うん、218円だよ」

首を傾げる店員さんに、話を打ち切るようにメグが注文する。
気を遣ってくれたのはありがたいが……、いきなり素になるなよ……。

そんな風に、世間話もそこそこに切り上げて、俺とメグはパンを買って店を出た。
また来てねー、と手を振る店員さんに、メグは元気いっぱいに手を振っていた。
…………俺も、しつこく手を振られたからちょっとだけ手を振って帰った。
あの人、割と苦手だ……。

☆ ★ ☆ ★ ☆

時計の針が、九時を回る。
まぁ、帰ってこれるわけねぇよなー。
冷蔵庫の中のミルククロワッサンを思い出して、小さくため息を零す。
一緒に食えたらなー、なんて、店員さんに変に感化されたのかもしれない。

「……お」

ポケットに突っこんでいた携帯が、ヴヴヴと震える。
まず間違いなく、親父か兄貴からのメールだろう。

「『親父も遅くなりそう。ご飯済ましてくる。すまん。』って、謝んなよ……」

不愛想な兄貴からのメールに、つい独り言が漏れた。
こんなのいつものことじゃねぇか。今更、謝るようなことでもない。
つーか、謝られたら、汗水流して働いてるお前らに、俺が申し訳ねーんだっつの……。

「……ったく」

なら、いつでも沸かせるように風呂の用意しとくか。
そんで、その後にでも、なんか適当な晩飯食おう。



「寒いし、ラーメンにするかなぁ……」

午後、九時半。
最近は料理のできる男が流行らしいが、残念なことに家事スキルが微塵もない俺は外にいた。
親父も兄貴も帰ってこないなら、外食で済ませよう。そう思って。

「……あー、ロクでもねぇ」

別に、兄貴らへのあてつけの独り言じゃない。
仕事で忙しくて帰ってこれないことを、仕方ないと割り切れない自分に嫌気がさすのだ。
寂しいなんて、思っても余計な心配をかけるだけなのに。
何もできない幼い自分が、なんとも歯がゆい。

「ちぇ」

拗ねたって、何もできない。
それでも、役立たずでお荷物な自分に、いじけずにはいられない。

「あー、やめやめ。もうメシ食ってさっさと寝よ」

マイナス思考はドツボに嵌る。変に沈んでたら、兄貴と親父に察されかねない。
トッピング全乗せにでもして、テンション上げよう。
これから冬休みで、テンションなんか右肩下がり以外ありえねぇんだし。
一人の家でクリスマスとか、年末とか、虚しいし肩身が狭い。

「あーあ、俺も稼げりゃなぁ……」

働ければ、貧乏なウチの家計の足しにでもして、兄貴らをもうちょっと休ませれるのに。
なんて、思うのもおこがましいな、まだまだガキだし。

「あ〜、いっけないんだ〜♪」

あーだこーだと、結局ネガティヴに落ち込んでいたとこに、そんな声が飛んできた。
割と最近に、聞き覚えのある間延びした声は、きっと俺の苦手な人だ。
渋々嫌々、振り向いてみると、やっぱりそこには店員さんがいた。
いや、この場合、店員さんと言う呼称は適切ではないのかもしれない。
お店のエプロンをつけず、飾り気のないダッフルコートに身を包んだ女性。
そう…………………………………………………………………真白さんが、ナイロン袋を提げて笑っていた。

「こんな時間に出歩いてるといけないんだよ? 悪い子だなぁ」

クスクスと、さして咎める様子もなく楽しそうな真白さん。
はいはい楽しそうで何よりですー。

「……よく会いますね、今日」
「ふっふー、実は貴方を尾けさせてもらいましたっ! なばりくん、貴方が犯人ですね!」
「……ば、バレてしまっては仕方ないー、そう、私こそがネズミ小僧……って喧しいわ」

むしろ怪盗○ッドの方がしっくりくるわ。

「見事なノリツッコミでしたー♪ いやぁ、私たちコンビ組めるかもねー♪」
「はぁ……、さいですか」

何のだよ、というツッコミは面倒くさくて呑みこんだ。
下手に相槌を打つと、この人は話が長引きそうで嫌だ。
さながら、井戸端会議のおばちゃんの如く。

「で、それはそれとしてしのぶくん。いったいぜんたい、こんな時間にどこ行くのかなぁ? 見知った後輩を見守るお姉さんとしては見過ごせませんなぁ〜」

ニヤニヤと、本人的にはきっといやらしく笑う真白さん。
いや、だから近いです。

「別に、晩メシですよ。外食です」
「えっ、一人で?」
「はい」

一人だったら悪いか。
そう八つ当たり気味にねめると、真白さんは慌てて手を振る。

「そ、そんな怖い顔しないでよぉ! ごめんってばぁ!」
「……いえ、別に謝らなくても」

――何をイライラしてるのか、俺は。
申し訳なさそうな若草色の瞳に、小さくため息を零す。
白く曇った息に、無意味に空しくなった。

「あ、そうだ! ねぇねぇ、今からご飯ってことは、まだなんだよね?」
「…………………」

落ち込んでたところに追い打ちか、嫌な予感がした。

「不快にさせちゃったみたいで悪いしさ、お詫びにウチでシチューどう?」
「いえ結構ですもう行きますねそれでは――「まぁまぁそう言わずに♪」

逃げようとしたところを、ガシッと肩を掴まれる。
この強引さは、井戸端会議をするおばちゃんに匹敵する、さすがは魔物娘である。

「いーやーだー……」
「人の厚意は素直に受け入れましょー、おねーさんからの小言だよん♪」

ずるずると、引きずられる。
割とあっさり諦めもついて、仕方なく真白さんについていくことにした。
逃がさないからね♪ と半ば強引に繋がれた手は、…………………まぁ、温かかった。
13/12/26 21:28更新 / カタパルト
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■作者メッセージ
正直に言おう、なんかノリで書いたら長くなってもうた!!
やっと嫁(リッチ)のSS設定考えれたのにお前は何をやっているんだ!?

どうも、カタパルトです。
メルヒェンはこれを完結させたのちに書こうと思います。
貧乳派なので豊満な描写に古傷が疼くぜちくせう。
では、次回もまぁ期待せずにお待ちください。
お読みくださりありがとうございました。

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