読切小説
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エロフさんに搾り尽くされるまで
「…………」

森の中にある、小さくも澄んだ池。
そこに佇む、名も知らぬ女性に、僕は見惚れていた。

人間よりも長く、尖った耳。恐らく、彼女はエルフで。
水に濡れて纏まった、腰まで届く程の金髪は、差し込む木漏れ日を反射し、煌びやかに輝いている。
理智的さに溢れ、端正に整った顔立ち。僕より歳上のように見えるが、歳下の少女のようにも見える。
近づき難い雰囲気も醸し出しているが、これ以上は考えられない程の美人だ。むしろ、その近寄り難い雰囲気すら、美貌を引き立てているように思えてならない。
遠くを見つめる彼女。憂いをたたえた横顔に艶かしさを感じてしまう。

そして、彼女の身を覆い隠す物は何も無く。生まれたままの姿を僕に晒していて。
透き通るように白いながらも、生気に満ちた肌。
華奢ながらも、肉付きの良い身体つき。そのシルエットは、均整の美という物を体現していて。
遠目に見てもその張り、柔らかさが伺える、豊満な胸。
その大きさにも関わらず、乳房は全く垂れていない。
美しく纏まった造形ながらも、零れ落ちそうなほどの柔らかさ、重量感を僕の視覚に訴えかけてくる。
つんと上向いた乳首は、慎ましやかに、しかし確実にその存在を主張している。
まるで果実のような、弾力を想起させるお尻。
むっちりと肉感的、それでいて太過ぎない太ももが眩しい。細く引き締まった脚に、女性的な柔らかさのみを上乗せたかのようで、そこには贅肉一つ無い。
きゅっとくびれた腰回りが、身体のラインに緩急をつけ、それらの魅力を一層引き立てていて。無論、くびれの曲線美そのものも、僕の目を惹きつける。

僕が今までに見てきた何よりも、彼女は美しく。
木漏れ日の中で水浴びをする彼女の姿、僕の目に映る光景は、絵画の中の世界に入り込んでしまったかのように幻想的。
そして、彼女の美しさは、芸術品のようなそれだけではなく。
男を欲情させる淫らさ。女としての魅力が溢れ出していた。


「…………♪」

彼女は、濡れた髪をかきあげると、水面に身体を預け、仰向けに浮かび漂う。
そして、静寂の中、緩やかな旋律を歌い始める。
決して大きくは無いものの、凛として、よく通る歌声。
艶めいて、色香を孕んでいて、女性的な魅力に満ち溢れていて。
穏やかな旋律であるはずなのに、何処か妖しい響き。僕の背筋を、心地良くぞわつかせる。

歌声に聴き入り、魔性とも形容出来そうな程の彼女の美しさに魅入る。
時間を忘れ、自分のしている事の意味も忘れ、僕は彼女に心奪われていた。





どれぐらいの間、彼女に見惚れていただろうか。
それは分からないけど、恐ろしい程の早さで時間が過ぎて行ったのは確かで。

「ぁ……」

不意に、こちらを向く彼女。目と目が合う。
知性を感じさせながらも、深く妖艶な輝きを湛えた碧の眼。
心地良く跳ねる心臓。高鳴る胸の鼓動。視線に、心を射抜かれる。

「―――……ッ!!?」

「あっ……」

一瞬の硬直の後、声にならない声をあげる彼女。
その声で僕は我に返り、自分のおかれている状況を理解する。
僕がしていた事はつまり、いわゆる覗き行為で。
そして、それが本人にバレてしまった。
自分のしでかした失態に、血の気が引いていく。

「あちらを向きなさいッ!」

「っ、はいっ!」

胸を片腕で隠し、その場に座り込み、お腹から下も水面に隠す彼女。
怒号とも叫び声ともつかない命令。
反射的に返事をし、声に従う。

「―――。
……逃げようとしたら撃ちますので。こちらを向いても、です」

呪文の詠唱が背後から聞こえ、魔力の唸りが響く。
呪文の詳細は分からないにせよ、僕が受けたならば、ただでは済まない代物なのは確かだろう。

「……す、すみません」

水浴びを覗いてしまった罪悪感。
謝罪の言葉を探すが、ありきたりな言葉しか出てこない。

「いつから覗いていたのですか」

平静を装いながらも、羞恥に震え、怒気の滲み出た語調。
僕を問い詰めるその声も、また美しく。僕の背筋を震わせる。

「……歌い始める少し前、から」

怒られていてでも構わないから、もっと彼女の声を聴いていたい。
そんな、不謹慎極まりない考えを抑え込んで、問いに答える。
誤魔化し様は幾らでもあるのに、正直に、誤魔化さず。
どうしてだろうか、彼女に嘘をつきたくない。

「……何故、この場所に」

「一仕事終えたから、休もうと思って……」

僕は、この森で薬草や果実、キノコなどを採取する事を生業にしている。
それを終えて、一旦休もうとこの場所に訪れた。
その時は、彼女のように美しい女性が水浴びしているだなんて、思いもしなかったのだけれど。

「……ふむ。確かに仕事の後ではあるようですね」

恐らくは、僕の傍らに置かれた、今日の収穫を見ての言葉だろうか。
一応の筋は通っている、しかし疑わしい。と言いたげな様子でもある。
詰るような口調が、僕の心に突き刺さる。

「……その、ごめんなさい。
……さっき採って来た果物とか、そういうモノしか無いけど、お詫びにさせて貰えると……
ああ、これで許して貰おうというつもりじゃなくて……
いや、許してくれたら嬉しいけども……それとは関わらず、謝らなきゃいけないから。
本当に申し訳無く思ってる。本当なんだ」

何とかして、不快にさせてしまったお詫びをしたい。
彼女の気を晴らせたい。これ以上、彼女の機嫌を損ねたく無い。
矢継ぎ早に言葉が出てくるけども、どうにも纏まらず、要領を得ない。

「申し訳無く思うなら、何故覗いたのですか」

背中に刺さる視線。淡々としながらも恨みがましい声。

「それは……魔物だったら困るから、こっそり様子を確認するだけのつもりだったんだけれども……」

比較的浅いとはいえ、ここは森の中だ。不用心に歩けば、魔物に出くわす事が無いわけではない。そして、魔物の身体能力は人間に比べて優れている。
当然、ひとたび彼女達に見つかってしまえば、逃げるのは難しく。
先にこちらが彼女達を見つけ、気付かれる前にその場を後にする、というのが、野山を歩く者としての鉄則。
休憩場所の安全を確保するために、一瞬だけ、そう一瞬だけ水場を覗き見るつもりだったのだ。

「魔物……ですか。……それで?」

魔物という言葉を聞き、不快そうにするエルフの彼女。
一瞬、何か思いつめたかのような様子で呟いてから、僕の言葉を促す。

「ぅ……ぁー……その……とても、綺麗だったから……つい、見惚れて……しまって……」

貴女が美し過ぎて、つい見惚れてしまった。
こんな事を初対面の女性に言うのは、憚られるし、恥ずかしくてが仕方ない。
しかし、何故か、その恥ずかしさを心地良く感じてしまって。
彼女に促されるまま、素直に理由を白状してしまう。

「……っ……なんですか、その理由は。ふざけているのですか、貴方は」

「あ、いや……ふざけているだなんて……そんな、まったく。
もちろん、悪いのは、僕である、けれど……
本当にそう、なんだ」

少し強めに発せられた、ふざけているのか、という言葉が、僕の心をぐらりと揺らす。
余計に不快にさせてしまってしまってないだろうか。心配で、気が気でない。
何とか取り繕うために、言葉を発しようとするが、どうにも口がうまく回らず、変に途切れ途切れ。

「ああもう……理由はもう結構です。
どちらにせよ、貴方が私の水浴びを覗いていたのは事実ですので」

「……ごめん、なさい。それで、その、お詫びに僕はどうすればいい……かな」

取り繕おうとしたが、彼女にそれをばっさりと切り捨ててられてしまって。
それが、どうしようもなく僕を落ち込ませる。
なんとか、なんとかして彼女の機嫌を直さなければ。
そんな焦燥に駆られるが、どうすれば良いのか検討がつかない。

「……とりあえず、果物は貰っておきましょうか」

「あ、うん。是非……それごと全部、どうぞ」

今日の収穫を納めた背負い袋をその場に下ろして、ゆっくりと数歩前に出る。
たかが果物や薬草程度で彼女の機嫌が直るとは、許して貰えるとは思わないけど、何もしないよりはマシだ。

「……早くここから去りなさい。水浴びの邪魔です」

「ぁ……うん……さ、さよなら………」

プライドの高いエルフの水浴びを覗き見て、殆どお咎め無し。
狼藉を企んでいたと言われても仕方ないのだから、僕は魔法を撃ち込まれても文句は言えない。
つまり、無事に解放されるというのは、幸運な事なのだろうけども。
いつ、僕に向かって魔法が炸裂するか分からない状況にせよ。
此処を立ち去る……つまり、彼女の元から離れる、という事をとても寂しく感じてしまう。
しかし、彼女が立ち去れと言っている以上、そうせざるを得なくて。
肩を落としながら、後ろ髪を引かれる思いで、この場を後にしようと歩き出す。

「ふふっ……なんですか。そんなに私の裸を見ていたかったのですか?」

「ぇっ……」

肩を落とす僕の背筋を艶めかしく擽る、控えめな笑い声。
背後から投げ掛けられる問い。
その響きは妖しく、まるで僕を誘っているかのようで、僕の思考をねっとりと絡め取って離さない。
彼女の言葉を、素直に肯定したならば、もしかしたら……
そんな期待を僕に抱かせる程に、淫らな雰囲気を放っていて。
思わず足を止め、逡巡してしまう。息苦しい程に、心臓が早鐘を打つ。

「ぁ……っ、見せてあげるわけなんてありませんっ……早く立ち去りなさいっ……!」

彼女の言葉を肯定しようとしたその時。彼女は、慌てたように、僕を拒絶して。

「ぁっ、うん、そ、そうだよね……それじゃ、さよなら……」

甘い誘いに呑まれかけた僕は、その声に我に返る。
期待は打ち砕かれ、再び気分は沈み込む。
そして、彼女に言われた通り、僕はこの場を後にするのだった。









「……ふぅ」

住み慣れた我が家に帰りつき、荷を降ろす。

あれからずっと、彼女の事が頭に浮かんでばかりだ。
木漏れ日の中、水浴びをする彼女の姿は僕の目に焼き付いていて、思い返すたびに僕の胸をときめかせる。
彼女は、今までに僕が見た女性の中で一番美しく、そして、ひたすらに僕の心を惹きつける。
ただ美しいだけなら、森で見かける魔物も負けず劣らずに美しい。裸同然の姿をしている者だって居た。
しかし、あんなにも見惚れてしまったのは、彼女にだけだ。
こんなにも僕の思考を占有するのも、彼女だけ。
一目見ただけで、彼女は僕にとっての特別になっていて。
きっと、これを一目惚れと言うのだろう。

兎にも角にも、彼女と仲良くなりたくて仕方が無い。
彼女と同じ時間を過ごして、彼女のために何かをしてあげたい。
そして、彼女に振り向いて貰い、その笑顔を僕に向けてもらいたい。

「…………はぁ」

しかし、あんな形で初対面を迎えては、第一印象は最悪だろう。当然、嫌われてしまったに違いない。
不愉快そうにする彼女の声を思い出すたびに、心臓に重りを繋がれたかのような気持ちになり、溜息が漏れる。
今すぐ、お詫びの品を持って彼女の元に赴くべきか。しかし、彼女が僕に去れと言った以上、すぐに戻っても鬱陶しがられるに違いない。
とは言え、間を開けて、というのもそれはそれで誠意がないように思われてしまうかもしれない。
ぐるぐると巡る思考、取り留めなく、終わりも見えない。
もし、これ以上彼女に嫌われてしまったら。その考えが、僕を怖気づかせる。
そうして、時間だけが過ぎていく。




「…………」

人間などに、水浴びしている所を見られてしまった。
怒るべきである事のはずなのに、恥ずべき事であるはずなのに。
羞恥に身体は火照り、下腹部はじくじくと疼いてしまう。
なんと浅ましい事でしょうか。淫魔のものと化してしまった身体が、私をこうした犯人が恨めしい。

つい昨日の事。
集落への帰路につく私に、何処からともなく襲い掛かって来て、魔界銀のナイフを突き立てたあの女。
魔力を流し込み、私の身体をサキュバスの物に変えて。
"魔物の何たるかを教えてあげたい所だけど、私はダーリンの元に行かないといけないし、ダーリンが嫉妬しちゃうから。それじゃ、旦那様探し、頑張ってね?"
と言い捨て、銀色の髪をしたあの淫魔は、すぐさま何処かに飛んで行って。

あの女のせいで、私は里を追放され、あてもなく彷徨う事になったのです。

「……はぁ」

私の水浴びを覗いた忌まわしい人間。あの男が置いて行った背負い袋。溜息をつきながら、その中の果実を取り出します。

幾ら森の中とは言え、この辺りは、私にとってはほぼ全く知らない場所。
何処で果物が採れて、何処が狩りに適しているか。
それを知らないまま、森で食糧を手に入れるのは、エルフである私と言えど、苦労せざるを得ません。

あの男の行いは許し難いですし、あんな男から貰った物を……と思う気持ちもありますが、背に腹は代えられません。

「……」

座り込み、目を閉じ、森に感謝の祈りを捧げ、果実を齧ります。
瑞々しく、爽やかな味わい。
文句無しに美味しい筈なのですが、何処か物たりません。

「ん……」

あの男が置いていった背負い袋から漂う、微かな甘い香り。果実のそれでもなく、蜜のそれでもなく。

「……はぁ……ん……」

その匂いに誘われた私は、思わず、背負い袋を手繰り寄せ、顔を寄せてしまいます。
息を吸い込めば、残滓と言うべき薄さながらも粘度を持った甘い匂いが、頭の中にすぅっと染み込んで来て。
思考に薄い靄が掛かり、もっと、もっと、この匂いをかぎたくなってしまいます。
もう一度息を吸い込めば、身体の火照りは増し、下腹部の疼きは強まっていって。
脳裏に過ぎるのは、陶酔めいた表情で私を見る、あの男の顔。何処か頼りない雰囲気が可愛らしく、欲望を掻き立てて……

「っ……」

そこまで考え、ふと我に帰り、自分が何をしているのかを理解します。
背負い袋に微かに残った、あの男の匂い。それに夢中になりかけてしまった不覚。
そんな事はあってはなりません。身体は淫魔の物となってしまっても、私は、誇り高きエルフなのですから。
人間の男を、その匂いの僅かな残滓に縋り、欲情するなど言語道断と言うべきでしょう。

「……」

いつの間にか、股に添えられていた右手。
少し気を抜くだけで、身体が勝手に快楽を求めてしまう。

「……気を強く持つのです、ルシア」

股に添えられた右手を退け、あの男の匂いのする背負い袋を遠ざけます。
そして、火照った身体を鎮めるべく、服を脱ぎ、再び水浴びに向かいます。

淫魔の同類になど。浅ましく快楽を求め、堕落するなど。そうなるわけには行きません。
欲を抱かず、森と共に静かに生きる。それが、自己に定めた生き方なのですから。










「……や、やぁ」

昨日の水場の傍、風通しの良い木陰。そこに佇む一人のエルフ。
名前も知らない仲だけれど、間違いなく昨日の彼女だと分かる。
彼女の姿を視界に収めるだけで、胸が高鳴る。
はやる気持ちを抑えながら歩み寄り、出来るだけ平静を装って声をかける。
結局、彼女に会わない限りはどうしても仲良くなれない、という考えに僕は至って。彼女が昨日と同じ場所に居る事に望みをかけて、この場所にやってきたのだった。


「……貴方は、昨日の。
覗き魔が私に何の用です。また、覗きに来たのですか?」

樹にもたれ掛かったまま、横目で僕を見据える彼女。
その眼光は鋭く、表情は険しい。

「そんな、とんでもない。
その、やっぱり、ちゃんとお詫びをしたいと思って」

やはり、嫌われてしまっているのだろうか。不愉快にさせてしまっているのだろうか。
込み上げる不安に、言葉が詰まりそうになる。

「ふふ……それだけですか?
人間の考える事です。どうせ、下心があるのでしょう?」

僕の方に向き直り、腕を組み前屈みになる彼女。
身に纏うのは、草花を組み合わせたエルフ独特の服。
その胸元は大きく開かれ、スカートの丈はとても短く、むちむちでつやつやの太腿が眩しい。
腕組みによって寄せあげられた谷間。それを魅せつけるかのような前屈みの姿勢。おまけに、前屈みになる際に、たゆん、とその豊乳が揺れ、僕の視線を掴み取る。

先程の警戒に満ちた声が嘘かと思うような、甘くねっとりとした声色。色気を孕んだ含み笑いが、僕の耳を擽る。
すっと細まった目、上目遣いに向けられる熱っぽい眼差し。その微笑みは、捕食者を思わせる。
それでいて、その表情は誘うようであり、僕は多大な期待を抱かざるを得ない。


「………………はぃ」

不意に向けられる誘惑。甘い声だけでもどうにかなってしまいそうだというのに、仕草、表情、服装、彼女の全てが僕を魅了する。
不安はすっかりと押し流され、僕の頭の中は彼女の事で一杯になってしまう。もはや夢見心地と言っても良いほどに夢中。
そんな中で、彼女に嘘をついたり誤魔化したりなどという考えは到底浮かばず。
彼女の言葉に促されるがまま、下心の存在を肯定してしまう。

「っ……変態」

険しくなる彼女の表情。誘う視線は、僕を睨みつける物に変わる。

「あっ……ぅ……でも……
お詫びをしたい、というのは本当なんだ、何だってするよ」

軽蔑の眼差しに突き刺され、我に返る。
ゾクゾクとする気持ちもあるのだけれど、それ以上に、彼女に嫌われてしまうのが怖い。

「何でも、ですか」

「何でも。
…………出来る限り、になってしまうけれども」

猜疑の目で見据えられ、どうにも気押されてしまう。
出来ない事を出来ると言う度胸は僕にはなく、あっさりと予防線に逃げてしまう。

「……はぁ。大した誠意です」

これ見よがしに溜め息をつき、皮肉げに呟く彼女。
溜め息をつく姿も、とても絵になっているのだけれど、呆れられているのは僕なのだから、気が気でない。

「あ、うん……
それで、その……よければ、名前を、教えて欲しい、かな」

それでもめげずに、黙り込んでしまいそうになる心を奮い立たせ、何とか名前を尋ねる。

「……自分から名乗るのが、礼儀というものでは?」

「ぁっ……僕はトウィムフ。変な名前だから、皆からはティムって呼ばれてる」

彼女に指摘され、慌てて自分の名を名乗る。

「…………ルシアです」

すると彼女は、少し間を開けて、勿体ぶるように名乗り返してくれて。
他の人は、彼女のこの所作を高慢と受け取るのかもしれない。
けれども、その高慢さも僕の世界を彩る一因となる。
当然、彼女が僕にもっと好意的であってくれたらそれはとても嬉しいけれども。
だからと言って、今の彼女の所作が僕にとって魅力的でないというわけでもない。
こうして名前を名乗る彼女は、間違いなく魅力的だ。

「ルシア……ルシア……だね。宜しく。
……そして、ありがとう。僕の話を聞いてくれて」

ルシア。僕の心を掴んで離さない人の名前。
純粋に、彼女の……ルシアの名前を知れた事が嬉しい。
その響きを、思わず口に出して確認してしまう。とても素敵な響き。思わず口元が緩む。幸せだ。

そして、名前を教えてくれたという事は、きっと、僕の話を聞いてくれるという事だろう。
昨日の出来事が出来事だし、弓や魔法を突き付けられて門前払い、という事すら覚悟していた僕にとって、これはとても幸運な事だ。
彼女の寛大さには感謝しなければならないだろう。

「覗き魔に、何を宜しくする事があるのですか」

「あ……そう、だよね……」

名前を聞けて浮かれていたのも束の間。
握手をしようと差し出した手は、行き場をなくしてしまう。
覗きをしてしまったのは事実な以上、僕の自業自得とは言え、やはり、覗き魔呼ばわりされると悲しいものがある。

「それで、お詫びですが……
一体、私に何をシてくれるのですか?」

そして、またもや、彼女は色気を孕んだ問いを僕に投げかけてきて。

「っ…………」

その問いの言葉そのもの、文面そのものには、なんら不自然な所が無い。
だというのに僕は、彼女の声によって性的なモノを想起してしまう。
彼女に性的な奉仕をする妄想。
お詫びとして、彼女の気が済むまで身体を捧げて、貪られて、搾り尽くされて……
間違いなくご褒美だけれど、急にそんな事を仄めかされても、戸惑ってしまう。

「……何か?」

戸惑う僕を訝しげに見るルシア。
先程の性的な雰囲気が嘘だったかのような様子。
少なくとも、僕が何故戸惑っているのか分かっていないようだ。

「……いや、うん。何でもないよ。僕の気のせい。
それで……お詫びの事だけど。僕が、君のために出来る事を教えて欲しいんだ。
ああ、それと……君のためにお弁当を作って来たんだ。良ければ、一緒に……」

だからきっとこれは、僕の気のせいだ。
彼女を意識するが余り、過敏になり過ぎているだけなのかもしれない。まるで思春期の少年みたいに。
また、彼女の無自覚という事も考えられる。

どちらにせよ、彼女にその気が無い以上、勘違いしてはならないわけで。
気を取り直して、出来る限りの平常心で、彼女を食事に誘う。
そのために、朝から早起きしてお弁当を作ってきたのだから。

「はぁ……教えて欲しい、ですか。お詫びをする立場のくせに、私の手を煩わせるのですね」

「ご、ごめんなさい。でも、君の事をなんにも知らないから、どうすればいいのか分からなくて……」

呆れたように溜め息をつく彼女。
言う事が尤もなので、恐縮して謝り、言い訳めいた弁解をするしか無い。

「……はぁ。仕方の無い人間ですね。
とりあえず、お弁当は食べてあげます。
自然の恵みを無駄にしてはなりません。
それに……下心はあれど、一応は私のために作ってくれた、という事です。
それを蔑ろにしては……幾ら覗き魔の人間と言えど、哀れですので。
その程度の情けは持ち合わせています。
……変なモノを混ぜ込んでいたりしたら、容赦はしませんが」

僕を同情の目で見て、さらに溜め息をつく彼女。

「あ、ありがとう……
お気に召すと良いんだけれど……」

同情とは言え、一緒にお弁当を食べてくれる事に複雑な喜びを覚えながら、荷物からバスケットを取り出す。
中身は、今朝焼いたばかりのパンで作ったサンドイッチをはじめとしたお弁当だ。
そして、彼女の横に座り込む。

「…………頂きます」

その場に座り込む彼女。
地面から張り出した木の根が、座るのに丁度良いらしい。
そして、僕がバスケットを開くと、数秒ほど黙祷。

「頂きます。……それは、エルフの習慣なのかな」

黙祷する姿もやはり様になっていて、つい見惚れてしまう。
事あるごとに、もっともっと彼女に惹かれて行くのが自覚出来る。

「……ええ。人間とは違い、私達は自然への感謝を忘れませんので」

「じゃあ……僕も倣わせて貰っていいかな」

露骨に人間を見下した言葉。
中々に僕の心に突き刺さるけれども、だからと言って、彼女に嫌悪感を覚えたりはしない。
むしろ、さらに彼女と仲良くなりたくなってしまう。

「……勝手にしなさい」

「…………」

彼女の許しも出たので、同じ時間だけ黙祷を捧げる。
この森の恵みを分けて貰い、僕は日々を食い繋ぐ糧としている。それに改めて感謝する。

「……ふむ」

「……」

丹念に芋を潰したポテトサラダは、この森で採れたキノコをふんだんに使った自信作。
それを一口食べて、何やら思案顔の彼女。

気に入ってくれたのだろうか。それともお眼鏡には適わなかったのだろうか。
期待と不安が渦巻く中、彼女の反応を伺う。

「……なんですか。
じろじろと見ないでください。覗き魔」

「あ……その、美味しく食べて貰えてるかな、って。気になって」

じっとりと睨まれ、慌てて目を伏せる。
美味しく、快く食べて貰うのが一番。だから、次からは気をつけないと。

何はともあれ、彼女がお気に召してくれたかが重要だ。

「……人間が作った物にしては悪くありません。
予想よりまともな味覚をしているようなので、少し驚いただけです。
もっと味付けがくどいものかと思っていましたが……」

「あぁ……それなら良かったぁ……
やっぱり、エルフはあまり味の濃い物は好きじゃあないんだね。覚えておくよ。ありがとう」

素っ気ない態度、褒められているのかよくわからない言葉。
それでも、及第点と、予想以上との言葉は貰えた。
それに安堵と喜びを覚える。

「それで……君は、なんでこんな所に?
エルフはもっと、森の奥の方に住んでいるものなのに。
昨日も此処に居たし……もしかして、この辺りで寝泊まりしてるのかな」

サンドイッチを食べながら、彼女に質問を投げかける。
エルフに関して多くは知らないけれど、普通はこんな所に出てこないという事ぐらいは僕にだって分かる。

「……貴方には関係の無い事です。
寝泊まりしているのは確かですが」

「そう、なんだ。エルフも大変なんだね。
……こんな所に一人で大丈夫なのかい?」

事情を訊ねようかと思ったけれども、関係の無い事、と先手を打たれてしまう。
気になるけども、話したく無いであろう事を訊くわけにもいかない。

「人間と同じにしないでください。里を離れても、一人で暮らせるだけの術は持っています」

「それなら、いいのだけれど……」

そうは言うけれど、恐らく、彼女はこの辺りの土地勘を持ち合わせてないだろう。
幾らエルフが森に生きる種族だとしても、些か不安に思えてしまう。
しかし、彼女が大丈夫と言う以上、森の案内だとかを申し出ても、大丈夫だという事を否定するようで、気を害してしまうかもしれない。
言葉に詰まった僕は、黙ってサンドイッチを齧るのだった。






「…………ご馳走様でした」

「ご馳走様。……どうだった、かな。こう、全体的に」

黙祷を捧げ、食事を終えるルシア。
お弁当を片付けながら、彼女にもう一度感想を訊ねる。

「さっき言った通りです。人間の作る物にしては、悪くはありませんでした」

「それなら、良かった」

食事を通して駄目出しを受けなかった事に、改めて安堵する。
僕の料理に何かしら至らない部分があれば、容赦無く指摘されそうなものだけど、どうやら杞憂に終わったようだ。

もしかしたら、非の打ち所がない程に満足してくれたという事かも知れない。そうだとしたら、それはとても嬉しい事だ。
単に、彼女が気を遣って指摘しないでくれているのだとしても、彼女が優しくしてくれたという事で、これも嬉しい。

そんな事を考えていると、自然と頬が緩む。

「そうですね……それで、貴方のお詫び、ですが……」

「あ、決まったのかい……?」

お詫びの話を切り出す彼女。
ついに汚名返上の機会がやってくるのか、と期待が胸に湧き上がる。

「ふふ……責任を取って、身体で払って貰いましょうか」

隣に座る彼女は、空いていた距離を詰めて来て。耳元に、吐息が吹きかかる。
唇が触れそうな距離での囁き。その息遣いまでもが、頭の中で艶かしく反響する。
そして、ふわりと漂ってくるのは、なんとも形容し難い、甘く良い匂い。
吸い込むだけで、幸せで、心地良くて、満たされて、落ち着くようでもあり、興奮してしまうようでもあって。
彼女の色香にあてられ、思考にぼんやりと快楽の靄がかかっていく。
それでも、身体で払う、という事の意味ははっきりと理解出来て。
さらに、彼女の雰囲気はまるで捕食者めいていて。
今すぐこの場で、彼女に美味しく頂かれてしまう。そんな光景が、用意に脳裏に浮かぶ。

「ぁっ……ぁ……身体……で……
……初めてだけど……その……君になら……悦んで……」

湧き上がる期待、高まる興奮、緊張。
身体はこわばり、横に居る彼女に振り向く事すら出来ない。息苦しいほどに心臓が脈打つ。けれども、それが心地良い。
触れられてすらいないのに、快楽がぞわぞわと背筋を這っていく。

心の準備は出来ていないけれど、彼女が望むなら、悦んで身体を差し出そう。彼女に必要とされる。それは、とても幸せな事だ。

「っぅ……!」

「ぁ……」

遠ざかる耳元の気配。後ずさりするような音、どろりと蕩けた空気は掻き消えてしまう。
横を振り向くと、そこには、耳の先までを真っ赤に染め、わなわなと身を震わせる彼女が居て。
僕をキッと睨むその瞳は、心を突き刺す。

陶酔から引き戻され、またもや失言してしまった事を理解する。
僕が彼女に抱いている欲望の、それも性的な部分を曝け出してしまった。
有り体に言えば、彼女と交わりたいとカミングアウトしてしまった。欲望を嫌うエルフの女性に向かってだ。
間違いなく、彼女に嫌われてしまっただろう。
おまけに、僕が童貞である事までバレてしまって、恥ずかしさまでもが僕を苛む。

「何を勘違いしているのですかっ……!
私のために働いて償えという意味です!
このっ、変態っ!覗き魔!恥を知りなさいっ!」

「ぅ……
ご、ごめんっ……っ……!」

怒りを露わに、声を荒げる彼女。
こんなにも怒られて堪えるのは、生まれて初めてだ。
彼女とは昨日出会ったばかりで、一目惚れだったけれども。その言動、仕草の一つを取っても、惹かれる物があって。出会って二日目だというのに、好きで好きで堪らない。
僕にとって彼女はもはや、他の誰よりも嫌われたく無い相手。

「エルフである私が、貴方のような人間と交わるなど有り得ぬ事です……!
私が、貴方を襲って、押し倒して、跨って、精を搾り取るなど……!
そうだというのに……欲に塗れるにも程が有ります、穢らわしいっ!」

謝罪の言葉に返ってきたのは僕を見下し嫌悪する視線、罵り。

「っ……ぅ……ぁ……」

予想出来る、この先の展開。
きっと、辛辣な言葉が続き、終いには二度と姿を見せるな、と追い払われてしまうのだろう。
そんな事を考えていると、まるでこの世の終わりのような気分になってしまって。
鼻筋に感じる圧迫感、目頭に感じる熱。
目に涙が滲み、視界の下側がぼやける。
声が声にならず、呻き声じみた音しか出ない。

「あっ…………
ああもう、ともかくっ……!
私はこの辺りに来て日が浅いのです。森の中を案内しなさいっ」

戸惑いの表情を見せる彼女。
強引に話を切り替えると、僕の腕を掴み、歩き始める。

「えっ……?あ、うん……」

予想と違う彼女の行動。戸惑いながら、腕を引かれるがままに歩く。

「それと、幾つか不足している品物があるので、それも調達して来て貰います。分かりましたか?
……少し言い過ぎました。これ以上責める気はありません。ですから、泣くのはやめてください。見てられませんから」

「うん、分かったよ、任せて……!
あ……な、泣いてなんか無いさ」

森を案内しろという事は、少なくとも、まだ彼女と一緒に居ていいという事で。
物を調達して来いというなら、もう一度彼女と会う事にもなる。
どうやら、追い払われるというのは僕の杞憂だったらしい。どん底から救われ、溢れかけた涙も引いていく。
泣くなという彼女の言葉が、心に沁みる。

「ああ……勘違いはしないでください。私は前言を撤回したつもりはありません。
貴方の手を借りずとも此処で生きていけます。
ただ、借りた方が楽になるというだけです。
いいですね?」

僕を引っ張りながら、彼女はすたすたと歩いて行く。

「ああ……それでもいいんだ。
どういう所から案内しようか……
狩り場もあるし、果物が採れる場所もある。
薬草やキノコが採れる所や、此処以外に休める場所なんかも……
それと、不足している品物だね……何が足りないんだろう。
ああ、お昼ご飯なら、君が良ければ、また僕が作って……幾らエルフでも一人で調達するのは大変だろうし……」

目元に溜まった涙を片手で拭い、彼女についていく。

「……そんなに私と食事がしたいのですか?」

「それは……その……はい」

振り向き、単刀直入に追求を入れてくる彼女。
口元は僅かに緩んでいて。じっとりとした視線が僕に注がれる。妖艶な詰問。背筋がぞくぞくする。
こういう事をはっきりと言うのは恥ずかしいし、嫌われてしまわないか心配だ。
けれども堪らず、彼女の言葉を肯定してしまう。

「ならば、そうと正直に言いなさい。仕方の無い人間ですね……
そこまで言うのであれば、今後も一緒に食事をとってあげてもいいでしょう」

「ほ、本当かい?ありがとう」

仕方の無い、と言いながらも、口元が緩んだままの彼女。
僕の勘違いでなければ、満更で無さそうな様子。
彼女と定期的に会う約束を取り付ける事が出来た事に込み上げる嬉しさ。
尤も先程、手痛い勘違いをしてしまったばかりなので迂闊な事は言えないのだけれども。

「本当です。
はぁ……ようやく笑いましたか。
あんな顔をしているよりは、笑っている方が素敵ですよ」

「あ、そんな、素敵だなんて……その、ありがとう」

素敵。その言葉に、どうしても頬が緩む。

「……比較の話です」

「それでも嬉しいよ、ありがとう」

そっぽを向いて答える彼女。無愛想なその仕草がやけに可愛らしく、僕の心を掴む。
笑っている方が素敵。彼女の言葉を頭の中で反芻しているだけで、幸せな気分。

「……左様ですか。
さて……まずは、雨風を凌げる場所に連れて行きなさい。
物品ですが、ナイフが刃こぼれしているので砥石を、矢の残りが心許ないので、矢の補充をしたいですね」

「砥石に、矢だね。明日には持ってくるよ。
勿論、他に必要な物があるなら遠慮せずに言って欲しいかな」

「大丈夫です。
……それでは、行きましょうか。ちゃんと案内してくださいね」

そう言って、彼女は僕の横に並んで。

「勿論さ。任せて」

精一杯彼女をエスコートしよう、と心に決め、目的地に向かって歩いていく。
見方を変えれば森を巡るデートみたいだな、と思うと、つい、足取りが軽くなってしまう。






「この辺りは、葡萄が自生してるんだ。
魔物も定期的にこの葡萄を採りに来てるみたいだから、注意しないといけないけれどね。
彼女達から逃げるのは、本当に大変だ……」

葡萄の実った木々の間を歩きながら、辺りに魔物が居ないか細心の注意を払う。
声を潜め、足音を消し、風の流れにも気を遣う。

「……変態のくせに、魔物からは逃げようとするのですね。
淫らな彼女達には、貴方のような変態がお似合いだと思うのですが」

小声で僕を詰るのは、隣を歩く彼女。
尤も、その表情はどこか僕をからかうようであって、その声から嫌悪の色は感じられない。

「変態って……その、確かにあんな事を言ってしまったけれども……」

しかし、嫌悪を示されずとも、変態、変態と何度も呼ばれるのは流石に恥ずかしい。癖になってしまいそうな響きでもあるけど、控えめに抗議の意を示す。

「ともかく。幾ら美人でも、魔物は怖いよ。
捕まったら、運が良くて奴隷か慰み者って所で。
"美味しそう"だとか言ってくるわけで、さ」

魔物は僕を、獲物を狙う目で追い掛ける。しかも、その目はとても飢えている。
僕を見つけて舌なめずりするその表情はとても妖艶だけれど、それ以上に恐ろしくて仕方ない。

「何を言っているのですか、貴方は。
捕食など論外です……!絶対にあり得ません……!」

「あっ……そう、なんだ、ごめん」

彼女は突然に語調を強め、語り出して。
何故かは分からないけど、とても不機嫌そうに僕の言葉を訂正する。
何処でそんな事を知ったのだろう。そう思ったけれども、長寿であるエルフなのだから、色んな事を知っていてもおかしくない、と一人納得する。

「全く……尤も、慰み者にする、というのは貴方の言う通りではありますが。アレらは全て淫魔のようなもので、精を最上の糧と、ご馳走としているのです。しかも、男を快楽と魔力漬けにして、己の都合の良いように在り方を変えてしまうのですから。
……私は決して、そんな事はしませんので」

「それは……君は魔物でなくてエルフだものね。
いくら僕でも、それは分かっているよ」

ため息をついて僕を見る彼女。
僕はエルフでなく魔物について話していたのに、自分はそうで無いと、僕の言葉を否定する。まるで、自分の事を言われたかのように。
恐らくは言葉の綾なんだろうけども、それがやけに変で、つい突っ込みを入れてしまう。

「……葡萄、一房頂きましょうか」

言い回しの不自然さを指摘され、そっぽを向いて葡萄に手を掛ける彼女。
ばつが悪くなって、無理矢理に話を変えたのだろうか。そう思うと、とても可愛らしい仕草だ。

「……頂きます」

「そうだね……頂きます」

軽く祈りを捧げ、葡萄を丁寧に樹からもぎ取る彼女。
それに僕も倣い、葡萄を手にする。
大粒の実は瑞々しく、喉の渇きを満たすのに丁度良さそうだ。

「ん……ちゅ……」

彼女は葡萄の実を一粒取り、皮を少しだけ剥くと、まるでキスするかのようにそこに口づけて。
キスの形を作る唇、葡萄に吸い付く微かな音。
つい、彼女の唇に視線が奪われてしまう。この葡萄の、なんとも羨ましい事か。
そして、彼女は流し目にそんな僕を見てきて。

「っ……」

彼女に見られている。そうと分かっても、彼女の唇から目が離せない。自然に、ごくりと生唾を飲んでしまう。

「……ちゅる……んっ……」

僕の視線にも構わず、その細い指で果肉を押し出し、唇で吸い出し始める彼女。
その動作は緩慢。僕を見るその流し目も、ゆっくりと細まっていく。まるで僕に見せつけ、誘っているかのよう。
ちゅるり、と果肉が彼女の口の中に吸い込まれていく。
やはり、目が離せない。

「ん……む……んく……」

彼女は、口の中に収めた果肉をもぐもぐと咀嚼し、飲み込んで。
何処か小動物めいた仕草がとても可愛く……僕を見るその目は潤んでいて、色気を醸し出している。

「ん……」

果肉を飲み込んだその次。
彼女は、ゆっくりと舌を突き出す。
唾液に塗れたぬるぬるの舌。その先端には、葡萄の種が乗っかっていて。それを人差し指ですくい取ると、そっと足元に落とす。
彼女はその後も数秒、舌を突き出したままでいて。
それは、彼女の舌の長さ、厚さ、丸み、色、光沢……彼女の舌がどんな物なのかを僕の記憶に刻み込むには、十分過ぎる時間だった。

「……れろぉ……んぅ……」

果汁のついた彼女の指。それに、彼女の舌が艶めかしく這っていく。
舌の先端で突つくようにして。舌の腹を指に沿わせ、こそぎ取るようにして。チロチロと舌先で繰り返し小刻みにして。
とても器用で、様々な動きを魅せつけながら、果汁を舐めとり、唾液を塗り付けていく。
それはとても淫らで、はしたなく、美しい光景。

「ん……ちゅぅ……ちゅぱ……ん……ちゅっ……ふぅ」

ひとしきり舐め終わると、指先を口に含み、水音を立てながらねっとりとしゃぶり始めて。
だんだんと指の根元まで咥えていき、根元に達すると今度は、指に吸い付きながらも、ゆっくりと引き抜いていく。
そして最後には、指先と唇の間に、唾液の糸が残って……彼女は、果汁を舐め取り終える。

「ふふ……じろじろ見ないでください、へんたい」

微笑みを形作り、何処かとろんとした目で僕を見る彼女。
その声色はねっとりと甘く、僕を変態と詰るその響きも、柔らかく蕩けてしまいそうで、ぞわぞわとした物が込み上げてくる。

「ほら、行きますよ……次は薬草の採れる所に案内しなさい」

二粒目の葡萄を手に取りながら、再び歩き始める彼女。

「……ぁ、あ…………待って……!」

終始彼女に魅入られてしまった僕。頭の中が、彼女の唇と舌の事で一杯。
キスをされたり、耳を舐められたり食まれたり、彼女の指の代わりに僕の指を、僕のモノを……
ぐるぐると回る妄想をかきたて、彼女の言葉の甘い響きを反芻して。
心ここにあらず、で彼女を見つめ続ける。

そして、彼女が僕から離れていく事に気付き、やっと我に帰って。
慌ててその背中を追い掛けるのだった。












「ルシア、ごめんよ、遅くなった……!」

辺りに魔物が居ない事を確認してから、森の中、ルシアの寝床に向かって走る。
大木の下、遠くに見える彼女の姿。

「っ……何処に行って……!
もしかして、魔物に襲われたのですか……!?」

僕の姿に気付くと、彼女もこちらに駆け寄ってきて。
程なくして、僕達は傍まで近づく。
激しい剣幕で僕に問いかける彼女。その表情には、安堵と消えつつある不安。

「うん……ホーネットに出くわして。
なんとかして撒いた所……はぁ……逃げ切れて本当に良かったよ……本当に……」

事の顛末を彼女に報告しながら、ようやく息をつく。

撒いたと思いきや、再び見つかり追いかけられ……その繰り返しの末、ようやく逃げ切って彼女の元まで辿り着いた。
もし捕まっていたら、彼女に二度と会えなくなってもおかしくない。そう考えると、本当にぞっとする思いだ。

「全く……何かあったら、他の女に捕まっていたらどうしようかと思っていたのですからね……!」

彼女は僕の右手を手繰り寄せると、その胸に押し付けるように、大切そうに、ぎゅっと抱き締めてくれて。
そうしながら、心持ち潤んだ瞳で、僕を見つめる。
魔物の事を"他の女"と呼ぶのは、いつもの"言い間違い"なのか、それとも独占欲の顕れなのか。

「あ、あ、うん……ごめんよ、心配、かけて……」

彼女の谷間に僅かに沈み込む、右手の甲。
あたたかく、柔らかく、弾力に満ちた感触。絹よりも滑らかで吸い付くような肌触り。

手の甲でなく、掌で、揉みしだいて味わいたい。彼女の谷間に手を突っ込んで、その豊乳に包まれる感覚を知りたい。
彼女の胸に抱かれ、顔をうずめて深呼吸したい。頬ずりしたり、抱きついたりして思う存分甘えてみたい。
そんな欲望が込み上げてくるけども、それらを実行に移す度胸はなく。
手の甲から伝わる魅惑の感触に恥ずかしさを覚えつつ、会話を続ける。

「ええ、心配をかけさせないでください……!
っ……勘違いしないでください。少しだけ、少しだけ、です。
貴方が居ないと不便な事もある。そういう事です」

一際強く、僕の手を抱き締めた後、ハッとしたような表情をする彼女。
慌てたように、僕の手を胸から解放する。
そして、じっとりとした視線を僕に向けながら、取り繕うように言葉を並べていく。
その様子が、やけに可愛らしい。

「あー……その。心配してくれて、ありがとう。
申し訳ないけれども、嬉しいよ」

僕を誘惑するような行動を取ったかと思えば、それを否定したり、僕を蔑んだりと、不思議で不自然な行動が目立つ彼女。時には魔性の女、時には高潔なエルフ。
そんな彼女の真意を掴むのは一苦労で、出会った頃は随分と翻弄されていたし、彼女と出会って数週間経った今でも、未だにそうだ。
それでも、彼女が僕の事を心配してくれていた、という事は疑いようがなくて。
心配されるぐらいには、彼女も僕の事を気にかけてくれているのだと思うと、嬉しくてしょうがない。

「ですから、少しだけだとっ……」

「それでも、ありがとう」

少しだけだと念を押す彼女。これはきっと、恥ずかしがっているだけなのだろう。
そんな彼女が愛おしくて、つい、口元が綻ぶ。

「っ……ふふ……少しだけなのに、そんなに嬉しいんですか……?
可愛いですね……つい、襲いたくなってしまいます……」

「ぁっ……」

突然に、彼女のじとっとした目つきが緩み、とろんとした、恍惚とした目つきに変わる。
そして、その瞳は、獲物を狙う獣の瞳。欲望にギラつき、深く鋭く輝く。
口元はにっこりと笑みを形作り、ぺろりと舌舐めずり。

まるで、魔物のようだというのに。恐怖を感じないどころか、甘い期待が急速に膨らんでいく。

そして、彼女は僕の頬に手を触れ、ゆっくりと顔を寄せて来て……

「っ……!今のは、本意では……!!」

顔同士が、吐息のかかる距離になった時。途端に、我に帰ったかのような表情になる彼女。
慌てて僕から離れ、動揺しながら先ほどの行動、言動を否定する。
恥ずかしさからか、顔だけでなく、耳の先まで真っ赤だ。

「……ぁ、うん、そう、だね……分かっている、分かっているよ。君はエルフだもの、ね」

飛び退く彼女に我に返り、動揺している彼女をなだめる。

彼女と出会って数週間。こういった事が多々あったおかげで、どうにも対応の仕方が身についてしまった。
毎回毎回、こんな事が起きるたびに彼女に魅入られては、彼女が元の調子に、エルフらしい調子に戻るたびに、僕は我に返っている。
元々奥手な性格なおかげか、彼女に手を出されてしまいそうになった事はあれども、手を出してしまいそうになった事は今の所は無い。

彼女に何が起きているのかはよく分からないけれども、ああやって僕を誘惑したり、迫って来たりするのは、彼女の本意では無いらしい。
エルフは、欲望を嫌う。特に、性に関する欲望を。
だから、本意で無いというのは確かなのだろう。

「ええ……私はエルフです。
そんな、魔物のような、淫魔のような事は、決して…………」

ゆっくりと呼吸を整えながら呟く彼女。
その吐息は、艶かしい。
脚を擦り合わせ、胸に手を当てるその仕草は、否が応にも僕の欲望を掻き立てる。

「……うん。落ち着いて答えて。君はそんな事は望んでいない。そうだね?」

彼女の仕草に感じる欲望を抑え込みながら、彼女の言葉を繰り返す。

彼女の言葉が単なる照れ隠しなのか、本当の否定なのか……僕を詰る時とは感じが違うから、恐らく今回は、本当の否定なのだろうけど、断定しきる程の自信は無い。
もしもこれが照れ隠しだったとしたら、とても嬉しい事で。つい、彼女に念を押す形で問いを投げかけてしまう。
傍から見れば、肯定を期待するかのような問いの投げ方だけれども、本当は照れ隠しだと言って欲しい。という事は彼女に伝えず、胸の中にしまって置く。

「はい。貴方との、人間との交わりなど、望んでいません。欲に塗れるなど、決して……」

「……うん」

彼女から帰ってくるのは、思い詰めたような言葉。
ゆっくりとした口調で、一言一言確かめるように発せられる。
だから、これが彼女の本心なのだろう。
僕との交わりを望んでいない、とはっきり言われると、少し落ち込むけれど、まだ出会って数週間なのだから、仕方ない。

「……はぁ、ん……もう、こんな時間ですか。貴方が魔物に見つかったせいで……」

熱っぽく、色っぽい溜息を吐きながら空を見上げる彼女。
先ほどまでの話の流れを切るように、それとなく物憂げに呟く。

「あー……そう、だね。とっくに帰らないといけない時間だ。泊めてもらうわけにもいかないし」

既に日は暮れ始め、辺りは暗くなりつつあって。
尤も、ホーネットから逃げるのに時間を食われた所を、多少無理をして彼女に会いに来た形だから致し方無い。

夜の森を歩き回ったり寝泊まりするのは、人間にとっては魔物や野生動物の存在もあって危険なので、出来得る限り避けたい事態だ。

「ええ、帰らなければいけません。
"まだ"、貴方と一夜をともにする気はありませんので……」

「……そう、だね……」

"まだ"という事は、いずれは、彼女と一夜を……
彼女の言葉につい、そんな事を考えてしまう。

「今日は特別に、森を出るまではついていってあげます。
ふふ……私が居るからには、悪い虫は寄せ付けません」

「それは頼もしい。ありがとう、ルシア。方角は……あっちだね」

悪い虫は寄せ付けない。独占欲のチラついた、恋人か何かのような言い方。
本意か否かは分からないけれども、ぞくぞくとしたモノを感じてしまう。
そして、彼女ともう少し長く一緒に居られる事が嬉しい。

「……礼には及びません。さ、行きましょうか」

「……うん」

僕の指差した方向に向かい、歩き始めるルシア。
その足取りは、心なしかいつもよりゆっくりで。
その歩き方は、スラリとしながらも、大きくお尻を振る、蠱惑的な歩き方。
服の上からでもその存在を主張する、桃のように丸くむっちりとした彼女のお尻。それが振れる様は、とても扇情的で。
視線を釘付けにされながら、僕は彼女の後ろを歩いて行くのだった。







「……ありがとう、ルシア。この辺りで十分だと思う」

森を抜けたばかり、視界に街を収める事が出来る、そんな場所。
街に十分近いこの場所は、衛兵が時折見回りにくる範囲でもある。
此処から街の間で魔物に襲われる、という事はまずあり得ないだろう。

「そう、ですね。
ああ……明日は、私の寝床ではなく、この場所に来るように」

そう遠くない位置に見える街を眺め、頷く彼女。

「その…………魔物除けを……作ってきてあげます」

そして彼女は、幾らか間を置いて、少し躊躇うような口調で呟いて。
何処となく、頬を赤らめているようにも見える。

「魔物除け……?」

魔物除け、というのはとても有難い代物だ。僕の住む街では手に入らない、作れないのだ。
そんなモノを個人で作れるというのだから、驚きを隠せない。
けれども、どうして彼女が、躊躇うような、恥らうような様子で話を切り出したのかは分からない。
結果、二つの意味を持った疑問符を彼女に返す事に。

「はい。効果の程は保証しましょう。いきなり襲われる、という事は無くなるはずです」

「それは凄い……流石はエルフだ」

野外活動をするにあたって、一番の問題とも言える魔物達。それを避ける事が出来る、というのは素晴らしい代物だ。
本当に、エルフの知恵というものには感心させられる。

「魔物除けを渡すまで、森には入らないように。
渡す前に襲われてしまっては、意味がありませんので。
明日の夕方……正午と日没の中間の時間にこの場所です。分かりましたか?」

「了解。夕方にこの場所……期待してるよ」

これでも僕は、森を歩く事には長けていると自負している。勿論、二日連続で魔物に出逢うなどというヘマはしないつもりだ。
それを考慮する彼女を少し神経質に感じながらも、彼女の言葉を了承する。
彼女が僕の身を案じてくれてるのだ、それは決して不快な事では無い。

「それでは……おやすみなさい、トゥイムフ」

「おやすみなさい、ルシア。また明日」

名残惜しいながらも別れの挨拶を交わし、街へと歩き始める。
最近、たまにだけれど、彼女は僕の名前を呼んでくれるようになって。
好きな人が自分の名前を呼んでくれる、その幸せを噛み締めながら、後ろを振り向き、彼女に手を降る。

「はい、また明日」

微笑みながら手を振り返した後、森の中へと消えていく彼女。
森を出るまで見送ってくれて、帰り際に手まで振ってくれる。この二週間の間に随分と仲良くなれたものだと思う。
いつの日かには、彼女と一緒に家路に……
そんな想像を巡らせながら、身体を休めるべく家路につくのだった。










「あぁ……今日も、また……あのようなはしたない事を……」

大木の下、草を敷き詰めて作ったベッドに横たわり、今日の出来事を思い返します。

淫魔の魔力に蝕まれたこの身体は、私の意に反し、思ってもいない事を呟いたりしてしまうのだから堪ったものではありません。
それも、意識せねば、自分が淫らな言動、行動をしている事に気づかないのですから非常に性質が悪い。

「はぁ……ん………あぁっ……」

トウィムフと話す時には、頭の中で一度文章を組み立てた上で、淫らな言動ではないかを確認した上で、口に出す事にしています。行動に関しても同様です。細心の注意を払い、平然とあろうとしているのです。
しかし、少し集中が途切れてしまえば、途端に淫らな言動、行動をしてしまっていて。
思い返せば今日も、色んなはしたない言動や行動をしてしまいました。
その場では、そうと気づかなかった言動や行動も多々。
思い返すだけで、恥ずかしくて堪りません。屈辱的ですらあります。
エルフである私が、己の意思に反し、人間の男などを誘惑してしまっているのですから。

「っ……ぁん……けがらわしい……」

しかし、そうだというのに、淫魔のモノとなってしまったこの身体は、羞恥の記憶にすら熱く火照り、欲望に爛れるような疼きを覚え、隙あらば、己を慰めようとしてしまいます。

「はぁ……ん……むぅ……」

己を慰めるようとする手を抑えながら、ふと思い浮かぶのは、あの人間、トウィムフ。
彼が近くにいるだけで、淫魔の身体は男を求めてより一層強く疼き始めてしまいます。
彼から漂う精の匂いは、淫魔の身体にはとても甘美なモノに感じられてしまって、私の理性をじわじわと削ぎ落とします。
頼りない雰囲気もまた、欲望を掻き立てる要素。捕食者である魔物からすれば、格好の獲物です。
そして何より性質が悪いのは、彼は私に惚れているという事。
あまり直接に好意を示す彼ではありませんが、言葉の端々、行動の端々からは隠し切れない好意が滲み出ています。
魔物にとって、自分に好意を持つ男は絶好のご馳走なのでしょう。彼の好意を感じるたびに、淫魔の身体は狂おしい程に疼き、押し倒してしまいたい衝動に駆られ、平静を保つのが難しくなってしまいます。

彼が私の元を訪れるせいで、私はひたすらに、それらの衝動に耐える羽目に、不必要な我慢をする羽目になっているのは、間違いのない事実で。
彼が多少の食料や生活に必要な品を用意してくれているとはいえ、迷惑と言っても差し支えが無いぐらいです。
この忌まわしく穢らわしい欲望をいたずらに掻き立て、沸き立たせるのですから。

「ふふ……でも……かわいそうですし、仕方ありませんね……」

彼を拒み、遠ざければ、この欲望も幾分かは和らぎます。そして私は、本当ならばそうすべきなのでしょう。
しかし、彼は私に惚れ込んでいるのです。
それを拒絶してしまっては、彼はきっと、泣き出すどころでは済まないでしょう。それではあまりにも、彼が哀れに過ぎますし、良心も痛むというものです。
可哀想なので彼には言いませんが、あくまでも私は、お情けで彼と一緒に居てあげているだけに過ぎないのです。

彼と一緒に居たいなど、人間と共に過ごしたいなどとは、露ほどにも思っていないのです。

「しかし……他の女に襲われかけるとは……まったく……」

せっかく、私が一緒に居てあげているにも関わらず、彼はホーネットに見つかるという愚を犯しました。
その事は、いまだに不愉快な感情を私に抱かせています。胸がぎゅうと締め付けられるような、濁った感情。

まるで、彼に独占欲を抱き、嫉妬しているようですが、そんな事はあるはずがありません。
ただ、彼が居ないと不便になる、それだけの事です。
仮に嫉妬だとしても、それはこの忌まわしい淫魔の身体のせいなのです。


「ん……そろそろ始めましょうか……」

彼に約束した、魔物除け。
彼に魔物が寄り付かないようにし、この見苦しい感情を取り払うためにも、魔物除けを作らねばなりません。
お情けでいっしょに居てあげているとは言え、彼が居なくなれば不便にはなりますし、それを防ぐためにも必要な事。
決して、嫉妬や独占欲から彼に魔物除けを渡すと言ったわけではないのです。

「……原理は不本意ですが……ふふ……仕方ありません……」

魔物除けの原理。これは決してエルフの知恵などではありません。
ただ単に、魔物達の持つ習性を利用する……他の魔物の魔力、匂いのする男、つまり、他の魔物の夫を襲う事は無い、という習性を利用するだけです。

彼に作ってあげるのは、私の魔力を込めた香水。私の魔力を漂わせる事により、彼を私の夫であると、他の女に誤認させるというわけです。
私の匂いも香水に混ぜ込んだなら、確実性が増すのですが、流石にそこまでするのは躊躇われます。

私が彼と夫婦であると思われるのは癪ですが、効果は確かですから、仕方ないのです。
彼を私のモノにしたいなどとは、決して考えていないのです。










「んぅ……ふぅ……」

彼が以前持ってきた果実酒、森で採れた果物。それらの有り合わせで作った香水。
そして、地面に簡易の魔方陣を描き、香水に魔力を注ぎ続けて数刻。

「こんなモノ、でしょうか……」

香水としての出来は些か不安ですが、小瓶の中身は、たっぷりと私の魔力を蓄えてくれました。
その証拠に、最初は澄んだ色をしていた小瓶の中身は、今や淫魔の魔力に浸され、濁りながらも艶めいた色に変わっています。
淫魔の魔力を使わねばならないのは癪でしたが、使い方は魔物除けなのですから、恥じる事は無いでしょう。

「さて………」

私の魔力をたっぷりと込めた香水。しかし、魔力を込めただけでは、魔物除けとしては不十分と言わざるを得ません。
トウィムフを私の夫だと、他の女達に知らしめるためには、魔力だけではなく、私の匂いまでをも彼に染み付かせなくては。

「此処から先がお楽しみ……っ、いけません、またこんな事を……ここから先が問題、ですね……」

私の匂いを香水に混ぜ込む手段。それは、私の体液を香水に混ぜ込む事。
唾液、汗、涙……そして、愛液。
彼を私のモノであると知らしめるには、その中でも愛液が一番効果的であるというのは、間違いの無い事実と言ってよいでしょう。

しかし、愛液を香水に混ぜ込むなど、破廉恥で、はしたない事この上ありません。
そして、愛液を集めるためには、己を慰めなければなりません。快楽を貪るためだけの、穢らわしい行いを。
それが、私の頭を悩ませる問題なのでした。

「あぁっ……トウィムフに約束してしまった手前、中途半端な効果で渡すわけにもいきません……」

しかし、彼には、魔物除けの効果を保証すると言ってしまいました。いきなり襲われる事は無くなると、見栄を切ってしまったのです。
エルフは高潔であらねばなりません。一度言った事を違えるなど、あってはならないのです。
そのためにも、魔物除けの効果は確実なモノにしなければならないでしょう。

「ふふ……仕方ありませんね……」

ですから、香水に愛液を混ぜ込んだとしても、それは約束を守るためであり、エルフの誇りを守るためであり……仕方の無いことなのです。

「そう、これは、トウィムフを他の女の毒牙から守ってあげるためで……」

身体を淫魔の魔力に蝕まれ、その衝動に悩まされる身として、断言出来る事があります。
彼は、格好の獲物なのです。襲いかかりたくて堪らなくなってしまうのです。
きっと、他の女達も同じ感想を抱くのでしょう。
ですから、私が守ってあげなければ、彼はそのうち、他の女の毒牙にかかり、めちゃくちゃにされてしまいます。
それを防ぐためにも、やはり、これは必要な事なのです。

「なにもやましい事は無いのです……己を慰めるためなどでは……」

そう、これから私がする事は、快楽を貪るためだけの行為ではありません。
破廉恥ではありますが、エルフの誇りを守るためであり、魔物達の格好の獲物である彼を、保護してあげるために必要な事なのです。

「彼も、私以外の女に襲われたくなどないようですし、私の独善ではありません…………うふふっ」

彼は魔物除けを欲しがっていましたし、期待しているとも言っていました。
そして、私の愛液を香水に混ぜ込むという事に関しても……彼はきっと気づきはしないでしょう。
仮に彼が気づいたとしても、彼は私のことが大好きなのです。
私の匂いを身に纏う事を悦ぶ事はあっても、嫌がる事などあり得ません。
きっと、いつものように顔を赤らめながら、戸惑いながら、可愛らしく劣情をそそる表情で、恥ずかしげに、そして嬉しそうに、ありがとうと言うのでしょう。

「ぁ……はぁ、ん…………」

火照った身体を冷やすため、丈を短くし、胸元を開いた私の服。
それを脱ぎ捨て、一糸纏わぬ、生まれたばかりの姿になります。
淫魔のモノと化してしまい疼く身体、その秘所は常に潤んでいて、下着など、とても着けられたモノではないのです。

「んぅっ……」

地面に大口の瓶を置き、その上を跨ぐようにしゃがみ込みます。
丁度、秘所の真下に瓶の口が来る形。
今から自慰をしてしまうのだと思うと、それだけで身体の火照りは増し、秘所は湿り気を帯び、乳首の硬さが増して行くのが分かります。
淫魔となってから数週間。その間、一度も自分を慰める事なく過ごしてきたせいでしょうか。
一度、自慰をすると決めてしまうと、タガが外れたかのような、狂おしい程の衝動が湧き上がってきてしまいました。
しかし、私の目的は快楽を貪る事ではないのです。あくまでも、香水に混ぜ込む愛液を用意するための、必要最低限にとどめなければなりません。

「っ……ん、む……」

ゆっくりと腰を降ろし、瓶の口に秘所を押し当てます。ガラスのひんやりとした感触。快楽に飢えた淫魔の身体は、たったそれだけでも、ぴくりと反応し、身体を震わせてしまいます。
そして、身体のあちこち、乳首、陰核、膣内、そして子宮から感じる疼きは、凄まじい勢いで膨れ上がっていって。

「っ……ふぅっ、ん、んぅっ……」

私の身体を、精神を蝕む、快楽への欲求。しかし、今だけは、この衝動を我慢する必要はないのです。
触ってもいないのに膨れ勃ってしまった、私の陰核。
それに、恐る恐る指を添え、くりくりと弄り回します。
陰核から迸る、快楽の電流。
淫魔となってしまったこの身体で感じるそれは、味わった事のない鮮烈さで。
思わず声が漏れてしまいそうになりますが、ぎゅっと堪え、押し殺します。

「はぁ……んっ、んぅ……あっ……」

快楽にがくがくと腰が震え、浮き上がってしまい、瓶の口に秘所を押し当て、愛液を瓶の中に流し込まなければならないというのに、ままなりません。
そして、陰核を弄り回す私の右手は、既に私の意思から離れ、いう事を聞きません。
快楽に反応し、秘所からはじわじわと、粘り気を帯びた、蜜のような液体が滲み出し、滴り落ちていきますが、その先は地面であり、この状態では、ただ無為に、自分を慰めているだけでしかありません。
ただ快楽を貪り、淫行に耽っているだけにしかならないのです。

「ぁ、んっ、はぁん……」

湧き出し始めた愛液を零さぬよう、もう片手で瓶を手に持ち、秘所に押し当てなければ。
そう思い、自由な左手を瓶へと伸ばそうとします。
しかし、左手もいう事を聞かず、勝手に私の胸へと向かってしまいます。
そして、膨れ勃ってしまった乳首を指で摘み、こりこりと揉み潰し始めて。
乳首から乳房の真ん中に向けて、甘い痺れが何度も、何度も突き刺さり、じわじわと広がっていきます。

「あっ、ん、ぁんっ、ん、んぅっ……」

淫魔の両手は、容赦無く私の身体を責め立てていきます。ただ己を慰め、快楽を貪るためだけに。
押し寄せる快楽の波と、身体に渦巻く狂おしい程の熱、疼き、衝動が、私の自制心をじわじわと削り取っているのが自覚出来ます。しかし、淫魔の身体がいう事を聞かない以上、私に出来る事はただ耐える事だけで。

「はぁ、ぁ、んっ、ぁあっ……」

トウィムフのために、魔物除けを作ってあげなければいけないというのに。身体はいう事を聞いてくれません。
私の事を大好きで、とても美味しそうな彼のために。

ふとした事から脳裏に浮かぶ、彼の顔。頼りなくて、お人好しそうで、あまーく虐めたくなってしまうような、とてもそそられてしまう、そんな顔。

彼の事を思い浮かべ、彼の事を考え出した途端。胸がきゅっと締め付けられるようで、心臓の鼓動がやけにはっきりと聴こえる。そんな状態に陥ってしまいます。

「ぁ、あぁっ、ぁんっ……!」

それだけでなく、彼の事を考えた途端に、陰核、乳首から感じる快楽は鮮烈さを増して。
押し寄せ続け、引く事の無い快楽の波。軽い絶頂を迎えたと思いきや、あっという間に、さらなる大きな絶頂へと駆け上がってしまいます。
びくんと強張る身体、反ってしまう背筋。それでも己を慰め続ける両手。
意識を飲み込んでしまいそうな快楽の奔流。
その中でも、彼の、トウィムフの事だけは頭の中に残っていて。それ以外の事は、快楽に押し流されてしまうかのよう。

「はぁんっ、ぁ、ぁぁっ……!」

絶頂の最中、思考を埋め尽くすのは、快楽への欲求と、一つの想像。
私を愛撫し責め立てるこの指が、私の物ではなく、彼の物だったならば。
きっと彼は、私の事しか目に入らない程に、私に夢中になっていて。
一心不乱に、私の乳首と陰核を弄り回し、欲望に満ちた眼差しで、私に見惚れていて……
想像が、妄想が、絶頂感を増幅し、さらなる高みへと、私を連れていってしまいます。

「はぁ、ぁっ……あんっ……はぁっ……」

長いようで短い絶頂に、ついに終わりが来てしまいます。
しかし、快楽の波が引いていったにも関わらず、身体の火照りは、疼きは収まりません。
それどころか、もっと、もっと、と快楽を求めるかのように、身体はさらに火照り上がり、疼きは増してしまっていて。
両手は相変わらず、快楽を貪るために動き続けていて、いう事を聞きません。
気持ちいい事を、やめられない。
私は既に、たかが一回の絶頂では、到底満足出来ない身体になってしまっていたのです。

「ぁっ、ぁん、はぁっ、んっ……」

そして、頭の中を埋め尽くす淫らな想像。それすらも、振り払う事が出来ません。
無我夢中に、私の胸にしゃぶりつく彼の姿。まるで赤ん坊のように庇護欲をそそり、母性をくすぐりながらも、その舌遣いはとってもいやらしく、私に快楽を与えてくれるのでしょう。
想像しただけで、胸が、そして子宮が疼いて仕方がありません。

「はぁ、ぁ、んっ、んむっ……ふぅっ……」

陰核を弄る手を止め、両手で胸を揉みしだき始めます。
そして、乳房を寄せ上げ、両乳首をくっつけて、一緒に口に含んで。
思い浮かべるのは、私の胸にしゃぶりつき、揉みしだく彼の姿。
甘美な想像とともに、自分の乳首に吸い付き、舌でねぶり、時折甘噛みをして。疼いて火照って仕方のない、乳首を、乳房を慰めていきます。
指が、口が、舌が、妄想が止まりません。止められないのです。
そして私は、本来の目的も忘れたまま、長い長い夜に耽っていくのでした。







「はぁ……ぁ……ん……」

何回目か分からない絶頂を終え、愛液の溢れ出る秘所に押し当てていた瓶の口を離します。
瓶の中には、ようやく十分な量の愛液が集まっていて。
これで魔物除けを完成させる事が出来るのですが、幾度となく絶頂を繰り返したせいで、最早そんな気力、体力は残っておらず。瓶に蓋をして、草のベッドにくったりと寝転がります。

「もう、こんな……」

樹々の間に覗く空を見上げれば、既に夜は白み、日の出を迎えようとしているのがわかります。
それが意味するのは、私は一晩中淫行に耽っていたという事です。

「…………はぁ、私が……あんな事を……」

自制心を完全に失い、ただひたすらに快楽を貪ってしまった、その事実が私を苛みます。
あの時の私は、淫魔の身体から湧き上がる欲望に、完全に堕ちてしまっていたのです。
なんせ、本来の目的を思い出し、愛液を瓶に集め始めたのも、ついさっきの出来事なのですから。


「あんな……淫らな想像をするなど……」

そして、ただ自分を慰めるだけでなく、その間ずっと、淫らな妄想もやめられないでいて。
トウィムフと、まるで恋人のように、夫婦のように交わる妄想。
それも、私の側から彼を誘い、求め、襲いかかるもので。彼もそれを悦んで受け入れ、私を悦ばせようと懸命に頑張って。
そして、私の胎内に沢山沢山、美味しい精を放ってくれて……
私は決してそんな事を望んでいないというのに、妄想が湧き出て、私の頭を埋め尽くして止まらなかったのです。

「っ……はぁ……ん……けがらわしい……」

妄想の中身を少し思い返しただけで、性器の最奥、子宮の疼き、熱が強まってしまいます。
淫魔の物となってしまったこの身体は、一晩中もの間、己を慰めたというのに、完全に満足する事はなく。
何度、己の手で絶頂を迎えたとしても、子宮に宿る狂おしい程の熱は、炎は、決して消えず、弱まる事もありませんでした。
むしろ、自分を慰めれば慰める程、子宮は切なく疼き、燃え上がるように熱くなってしまいます。
そして、その炎は、今も私の身をも心をも、焦がし続けているのです。
精への渇望。私の忌み嫌う、穢らわしい欲望。膨れ上がり続けるそれから、未だに私は逃れられません。

「……ん………」

急激に襲いかかる眠気。まぶたがすぅっと落ちていきます。
一晩中自分を慰め続けた、その疲れには抗えず、目を瞑ります。
目を瞑れば自然と、トウィムフの顔が浮かび、またもや子宮がきゅんと疼きます。
その切なさ、人恋しさの中、私は眠りへと落ちていくのでした。








「やぁ。こんにちは、ルシア」

「ん……。
ふふ……こんにちは。随分と早く来るのですね?」

時刻は正午を回ってしばらく。おそらくは二時ほど。
待ち合わせ場所に訪れると、そこには既に、木陰に佇むルシアの姿。
少し離れた所から声を掛けると、彼女は僕に気付いてくれて。小走りで僕に駆け寄り、何処か蠱惑的な微笑みを向けてくれる。

「君を待たせるのも悪いかと思って来たのだけれど……君の方が早かったみたいだ」

待ち合わせの時間は、正午と日没の中間。日時計では、おそらく三時過ぎぐらいを指すのだろう。
彼女を待たせないため、そして、彼女と一緒に過ごす時間を少しでも長く取るためにも、かなり早めに来たというのに、彼女は既にこの場所に居て。
男として面目が立たない、待たせてしまって申し訳ない、と思いながらも、彼女が僕の事を待ってくれていた事に、声を掛ければ駆け寄って来てくれた事に嬉しさを隠せない。つい、頬が緩んでしまう。

「まったく、貴方は……魔物除けを渡す前に、こんな所で待っていたら、他の女に捕まってしまうかも知れないというのに。それでは本末転倒になってしまいます。
ふふ、どうしようもない人ですね……」

腕を組み、胸を寄せ上げ谷間を強調する彼女。
前屈みの姿勢になると、僕にねっとりとした視線を向ける。
その微笑みは何処か嗜虐的で、熱っぽい。僕を詰るその言葉は、とても嬉しそう。
僕への嫌悪感は微塵も感じ取れない。

「あ、うん……ごめん、よ……」

魅せつけられる胸の谷間。つい、視線が吸い込まれる。透き通るように白く、むにゅりとたわんだ彼女の豊かな果実。僕の手ぐらいは、谷間に突っ込めてしまいそうな程。

慌てて視線を戻すと、そこには僕を見据える彼女の瞳。ぎらついた光、嗜虐的な表情。背筋を、ゾクゾクとしたものが這い回る。

「ふふ……仕方ありませんね……許してあげます」

僕が胸を凝視したのに気付いていたのだろう、彼女は、ちらりと谷間に目をやって。
その上で、すうっと目を細め、満更でもなさそうな表情。

「さて……と……」

「……」

そして、彼女は腕組みを解くと、腰に手を伸ばす。
腕組みを解けば、寄せあげられていた豊乳が支えを失い、たゆん、たゆん、と繰り返し揺れながら、自然な形へと戻っていく。
男の煩悩を擽るその光景に、つい、視線が釘付けになってしまう。

「ほら、魔物除けですよ……?」

そして、視界の隅から手が現れると、胸の谷間に小瓶を置いて。そのまま、胸の谷間に小瓶を押し込んでいく。
むにゅり、と柔肉を押しのけ、挟まれ、小瓶は谷間に突き立つ。
彼女の手が離れても、彼女の果実は小瓶をしっかりと挟み込んだまま。
あからさまに、僕を誘うような光景。目が離せず、心拍はどんどんと激しくなっていく。

「うふふ……へんたい」

不意に、彼女の手が僕の顎に触れ、くい、と上を向かせられて。目線も自ずと上に動き、彼女と視線を交わす格好。
会うたびにその妖艶さを増していた彼女だけれども、今日は、いつもの比ではなく。
朱に染まった頬、耳の先まで上気した肌、艶かしく熱っぽい息遣い、潤んだ目、真っ赤な唇。
彼女を包むのは、濃厚で甘酸っぱく、刺激的な、"女"の色香。
そんな彼女は、髪をかきあげながら、甘く蕩けてしまいそうな声で、僕を変態と詰って。
唇の動き、髪をかきあげる仕草、あらゆる動作が、僕を誘っているようにすら感じられて。彼女の全てが、僕を惹きつける。

「っ……あ、あ、うん……そう、だね、魔物除け、だね……ありがとう、うん」

心臓が自分の物でないかのように、激しく脈を打つ。
胸が締め付けられるような、心臓を握られるような感覚。それは、苦しく感じるはずなのに、何故か心地良く、喜ばしい。
そして、彼女の言葉の甘美な響きは、僕の頭をぐらりと揺さぶって。
僕は、心ここに在らず、思考も吹き飛ばされ、しどろもどろになってしまう。
ただ、胸の奥底からこみ上げて来るのは、間違いなく幸福というものだ。

「うふふ……顔、真っ赤にして……可愛い……」

「か、可愛い……?」

ぺろりと舌舐めずりをすると、彼女は胸元の小瓶に手を伸ばしていって。
可愛い、という言葉は恥ずかしくもあるけど、それ以上に僕をドキドキとさせる。
彼女の雰囲気にすっかり呑まれてしまった僕は、何も出来ずに、ただただ、彼女の行動を待つのみだ。

「私特製の、私の魔力をたっぷりと込めてあげた香水です……」

彼女は、小瓶を胸の谷間に挟んだまま、栓を開ける。
小瓶の中には、黒く濁った、艶のあるどろりとした液体。
そこから漂うのは、酒精と様々な果実の、爽やかな香り。それと混じり合っているのは、糖蜜めいた甘ったるい匂い。彼女の魔力によるものなのだろうか、その香りは、彼女の色香を濃縮したような匂い。

「早速つけてあげます、うふふっ……」

そして彼女は、人差し指を瓶の中に、ちょんと突っ込み、その指先に粘り気を帯びた香水を付け取って。
その人差し指で、僕の喉仏から鎖骨のくぼみまでを、艶めかしく撫で、蛇行しながら香水を塗りつけていく。

「っ……あっ、っ……」

まるで、愛撫するかのような指の動き。香水でぬめる指先は、僕の弱い部分を探り当てる。
鎖骨のくぼみと喉の境界を、指先で執拗に撫で回され、つつかれ、優しく甘く引っかかれて、もどかしい快楽に声をあげてしまう。

僅かなモノとは言え、自らの手で僕に触れ、快楽を与えてくるような事は、今まで無かったというのに。
いつもなら、自分の行いに気付き、途中で誘惑をやめるというのに。
今日の彼女は、いつもよりも淫靡で、積極的だ。

「あぁ……そんな可愛い声を、顔をしてはいけません……
美味しそうで……我慢出来なくなってしまいそうです……」

恍惚とした表情で溜め息を吐く彼女。その熱っぽい吐息が、肌を擽る。
再び香水を取ると、今度は僕の首筋、うなじに塗りつけてきて。

「ぁ……っ、はぁ……すごく、いい匂い……」

敏感な首筋を何度も上下する指先に、ぞわぞわとした快楽が背筋まで駆け抜ける。
そして、喉元、鎖骨に塗り付けられた香水から、香りが立ち昇ってきて。息を吸い込むと、甘くどろりとした色香が僕の胸を満たし、頭をくらくらとさせる。
彼女の匂いに包まれ、僕は恍惚としてしまっていた。

「ふふっ……私の香り、気に入ったのですね?」

「っ……うん……とても……」

彼女の指先が、耳の裏側をなぞり、耳たぶを摘んで弄り回していく。
自分で触るとなんともないというのに、彼女に触れられるそれは、なんとも言えない甘美な感覚。
得意気な、勝ち誇ったような表情の彼女に見つめられていると、彼女に囚われてしまったかのような錯覚に陥ってしまう。

「こんなものでしょうか……惜しまず使うように」

「……あ……うん、りょうかい……」

僕の耳をひとしきり弄った後、彼女は小瓶に栓をして。胸の谷間から小瓶を引き抜くと、僕の手を取り、それを握らせる。
手に持たされた小瓶には、彼女の谷間のぬくもり、体温がしっかりと残っていて。そこから伝わる彼女の体温は、熱に浮かされているかのような温度だ。
間接的にはと言え感じ取った、彼女の身体の火照り。
生返事の裏では、彼女の火照りを全身で受け止め感じたならば、どんな心地なのだろうかと考えずには居られない。

「さ……今日も、森で、二人っきりになりましょう……
ふふふ……ほら、いきますよ?」

「あ、ぁ……そう、だね、行こう、か……」

すっと身体を寄せると、彼女は僕の腕に抱きついてきて。そのまま、森の方へ向かい、僕を引っ張るように歩き始める。
腕に押し付けられるのは、柔らかく大きな双乳。むにゅりと、腕が沈み込む。
そして、服越しながらも伝わる身体の火照り。小瓶から感じたそれと比べて、遥かに鮮明だ。
もっと、彼女の温もりを、柔らかさを感じたい。抱きしめてしまいたい。そんな情念がこみ上げてくるが、それをする度胸を未だ、僕は持ちあわせておらず。
もどかしさと嬉しさの中、彼女に引かれ、歩き始める。








「…………」

大樹に背をもたれ、二人並んで木陰に座る僕達。
何をするでもなく、二人っきりで時間を過ごしていた。
隣に座る彼女は、ぴったりと僕に身を寄せてくれていて。僕の腕は、相変わらず彼女の胸に抱かれたまま。
時折、彼女はその指先を、僕の身体に這わせてきて。その度に僕の反応を見ては、悪戯な笑みを浮かべる。
彼女と一緒ならば、日が暮れて伸びゆく影を眺めているだけでも、退屈しない。

「……もう、こんな時間だね。
ああ……君に話しておかないといけない事があるんだ……」

赤い木漏れ日が僕達に差し込む。じきに、日が暮れてしまうだろう。

「んぅ……なんでしょうか……?」

艶めかしく息を吐いて、誘うような流し目で僕を見つめる彼女。その目は、心なしか潤んでいて、期待に満ちている。

「……今日の朝知った事なんだけれども……街道の方で賊が出たらしくて……それで……もしかしたら、森の方にやって来る事もあるんじゃないかって。
魔物が居るとは言え、この森は討伐隊から隠れる場所としては都合がいいであろうし……」

期待を裏切るようで申し訳ないな、と思いながら、本題を切り出す。
もっと早くに伝えておけば良かったのだけれど、中々話すタイミングが掴めなかった。
しかし、これは伝えておかなければならない事だ。彼女に万一があっては困るのだから。

「はぁ……期待したというのに、そんな事ですか。これですから貴方は……
賊などに後れを取る私ではありません」

彼女はこれ見よがしに落胆の溜め息をつくと、じっとりとした視線を飛ばしてきて。拗ねたような、そんな表情。尤も、本気で怒っているわけでもないのだろうけども。

「ご、ごめんよ……でも……
君は魔法も使えるし、弓の腕も確かだ。森についても、奴らより熟知してる。
でも……一人に多勢でかかられたら、いくら君とは言えど……
それに、君が寝ている時だとかは、当然無防備なわけで…………あー、その……」

本当に怒っているわけではないと分かっていても、彼女が不機嫌さを露わにすると、つい萎縮してしまう。
歯切れが悪いのを自覚しながらも、僕が憂慮している事態を彼女に伝えていく。

「……ふむ」

続けなさい、と目で主張する彼女。思案顔だ。

「……僕としては。その……賊騒ぎが収まるまでは……収まるまでは……
安全な場所で寝泊まりするのが、望ましいと思うんだ」

言いたい事の本題は、これではないのだけれど、自然な流れを作らないと、理由を予め説明しておかないと、とても言えない。
つまり、安全な場所というのは僕の家で、この話の本題は、彼女を僕の家に招く事なのだから。

「……私は、訳あって里には戻れません。
それは分かっていますね?」

里に戻れ、と促したように受け取られてしまったのだろうか。
彼女にとって、里のお話はあまり触れられたくない話題だ。
当然、彼女は不機嫌さを増して僕を見つめる。久々に、突き刺さるモノを視線に感じてしまって、気まずい。

「うん、分かっている……だから……その…………あー……うぁー……
ぼ、僕の家に泊まるのは……どう、かな……?」

下心丸見えのこの提案だ。彼女がお気に召さなければ、大層不快に違いない。
下手をすれば彼女に嫌われてしまって、今までの関係が壊れてしまいかねない。
そんな恐怖の中、勇気を振り絞り、なんとか声を搾り出して、やっとの事で、たどたどしく本題を切り出す。
こんなに緊張したのはいつ以来だろうか。

森は危険だから、僕の家に泊まらないか。そう言うだけで伝わったであろうのに、なんとも回りくどく、情けないのだろうか、僕は。

「貴方の家、ですか?」

驚いたような表情で聞き返す彼女。

「う、うん」

彼女が不愉快に感じていないか、僕の事を嫌わないか。不安で、不安で仕方なく。
ぎこちない返事を返し、彼女の答えを待つ。

「ふふ、そうですね……貴方の家ですか……
泊まりに来いなど……なかなか大胆な申し出をするのですね……うふふ。
私は女で、貴方は男だというのに……」

先程の不機嫌そうな様子から一転、頬を綻ばせ、含み笑いを漏らし始める彼女。
今日、出会った時のように、妖艶で、蠱惑的で、まるで、僕を絡め取るかのような雰囲気。
僕にしな垂れかかり、耳元でねっとりと囁き始める。
どうやら、僕の提案はお気に召してくれたようだ。

「あ、いや、その、別にそういう意味じゃ」

下心を見透かされ、顔に血液が集まって行くのが分かる。
男と女の行為。それを期待する気持ちが無いと言えば嘘になってしまうけれども、流石にハイと頷く訳にはいかない。

それにこれは、下心だけでなく、ちゃんと彼女の身を案じた上での提案でもあったのだから。

「ふふ……そうですねぇ、どうしてもというのなら、泊まってあげても……勿論、変な事をしたら容赦はしませんが…………」

容赦はしない、と言いながらも、満更でもなさそうな様子。
もしかしたら、もしかするのかもしれない、と、淡い期待を抱えてしまう。

「あ…………いえ、やはり……残念ですが……断ります。
街に来い、という事ですよね?それは」

しかし、彼女は突如、ハッとしたような表情を浮かべて。
目を伏せながら、僕の提案を断る。

「え……?あ、うん……」

てっきり、この様子なら快諾してくれるものだと思っていたのに。
予想を違えられ、驚きと落胆を隠せない。

「……言ったはずです。私は人間の事が嫌いで、信用もしていない、と。
……貴方が特別なだけであって、他の人間がそうである事に変わりはありません。
貴方以外の人間の前に姿を晒す気などは全くありませんし、街に行くつもりもありません。
貴方の家が街の外にあるというのならば、他の人間が周りに住んでいないというのならば、泊まってあげますが……」

そう言う彼女の声は、出会ってすぐの頃のような、人を寄せ付けない、刺々しいもので。
僕の事は特別だと言ってくれたものの、やはり、気押されてたじろいでしまいそうになる。

「そう、か……でも、やっぱり僕は心配なんだ、君に万一があったら、と思うと……」

断られた所を再度押すのは、本当はしたくない。しつこく迫って嫌われてしまうのが怖いから。
これが、単に下心のみから来た提案なら、あっさり引き下がれるのだけれど、今回はそういうわけにはいかない。
なんせ、これは彼女の身の安全に関わる事で……万が一の事を考えると、やはり心配でならない。
僕はもう、彼女の居ない生活など考えられないのだから。

「……断ると言っています。街には行きたくありません。
あちら側も、エルフの事は好ましく思わないでしょう。
……心配してくれているのは嬉しいのですが、些か杞憂に過ぎますよ」

棘のある口調も、意見も変わらず。
そして彼女は、抱き込んだ僕の腕を離すと、しな垂れかかっていたのをやめて、僕から離れる。
先程までの甘い雰囲気は何処かに消え、僕の言動を鬱陶しがっているようにすら見える。

「……そう、か。そう、だね……。
うん、君が、そう言うなら………………」

エルフと人間の関係は険悪で、人間の側にもエルフを嫌う者は当然居る。
杞憂である事も含め、彼女の言う事は尤もで、反論が出来ない。
森に賊が逃げ込んで来るかすら不確定だし、仮にそうなったとして、この広い森の中で出くわす事はそうそう無いだろう。それも、彼女が無防備である時、という条件付きなのだから、尚更だ。


そして何より、彼女が僕から離れてしまった事が、明確な拒絶意思を示していて。
ここで引き下がらなければ、彼女はもっと、もっと、僕から離れていってしまうかもしれない。
そう思うと、これ以上強く言う事は出来なくて。
ついには黙り込んでしまい、気まずい空気が訪れる。

「それじゃあ……また、明日。……気をつけてね、本当に」

その気まずい雰囲気に耐えられず、すぐさま立ち上がる。
そして、逃げるように背を向け、歩き始める。
もし、これが原因で、彼女に愛想を尽かされてしまっていたら。
そんな考えを振り払うように、また明日、と告げる。

「ぁ…………はい、また、明日…………」

背後から聞こえる、気まずそうな声。
また明日、と返してくれたものの、本当にまた明日、同じように接してくれるのだろうか。
不安に押し潰されそうになりながら、僕は家路につくのだった。









「はぁ……」

曇り空のお昼前、少し肌寒い風。彼が来るまで、恐らくはあと一時間ほど。

彼と別れた後から、今に至るまで、頭からこびりついて離れない、別れ際の表情。
寂しげで、悲しげで、怯えたようで。そして、間違い無く、私の事を心配してくれていて。
彼には、あんな表情でいて欲しくないというのに。もっと、笑顔で、幸せでいて欲しいというのに。
私は、プライドのために、人間嫌いであるために、普段よりキツい物言いをしてしまいました。
甘く優しく、彼を傷付けずに伝える事も出来たはずなのに。
後悔の念が、私を苛み続けます。

「……」

熱烈に込み上げる人恋しさ。身体が疼くだけでなく、胸の内までもが、じくじくと疼いて仕方ありません。
林檎を手に取り齧りますが、やはり、物足りません。
決して不味くは無いというのに、何処か味気なく感じてしまいます。
少食な私のお腹を満たすには十分であるはずなのに、何度齧ろうとも、一向に満足感は訪れず。
身体の内から湧き出る飢えは、決して満たされないのでした。

「トウィムフ……」

口から自然に出てきたのは、彼の名前。

私の水浴びを覗いた、破廉恥で変態な人間。
エルフである私を疎まず、好意を持って接してきた人間。
見下した態度で接しても、それでも構わずに、私の元にやって来て。
下心も見え透いていましたが、それ以上に、私への好意が見え透いていて。下心を持った男など、穢らわしいはずなのに、何故か憎めなく。
少し褒めてあげるだけで、とても嬉しそうにしたり。
淫魔の身体のせいで、たびたび彼を誘惑してしまった時は、すっかり私の虜という様相。
しかし、虜になりがらも、未だに彼から手は出さない程に奥手で。
手を出して良い、とはっきり言うまではきっと、手を出さないのでしょう。昨日は我慢が効かず、あれだけ沢山誘惑してしまったのですから。

奥手な所、何処か頼りない所、すぐ緊張して言葉につっかえる所、無防備な所。数え上げればキリがありませんが、そのどれもが、庇護欲をそそられてしまいます。私の嫌いな人間であるはずなのに、彼の一挙一動が可愛らしくて仕方ないのです。

「……」

彼の事を考えるだけで、やはり、身体が疼いて、心が切なくて、堪らなくなってしまいます。
淫魔の身体のもたらす欲求、人恋しさ。それは、心をも蝕むに違いありません。
そうでなければ、私はまるで……彼に恋をしているようではありませんか。
彼の事が可愛らしくて仕方ない。もっと、もっと、幸せな顔を見たくて、彼が居ないと寂しくて、切なくてどうにかなってしまいそうで。彼を、誰にも渡さず独り占めしたい。私だけのモノにしてしまいたい。

「はぁ……」

淫魔の身体になってしまった当初の、欲求、衝動。それは、男性に無差別に向けられるものでした。
しかし、今、私の中に渦巻く欲望は、明確にトウィムフにのみだけ向けられていて。
彼以外の男性を襲い、欲望をぶつけ、溜め込んでいたモノを解き放ってしまいたい……などという考えは、欠片も浮かびません。
それどころか、淫魔の魔力に蝕まれてしまったというのに、同族であるエルフも含めた、彼以外の男性が、もはや男ではないようにすら思えてしまって。
彼以外に対する、性の忌避。絶対に身体を許さないという思いはむしろ、淫魔の身体になる前よりも強まっているのです。

「あぁ……トウィムフ……ふふ……」

私の心を焦がすのは、たった一人だけ。
そして、私を満たしてくれるであろうのも、たった一人だけ。
そんな彼の事が、欲しくて、欲しくて。
淫魔の魔力に侵されたせいだとしても、ただひたすらに、彼の事を渇望してしまいます。

あの美味しそうな唇を奪ってしまいたい。きっと、唇を奪われ彼は、目を見開いて驚くに違いありません。そして、そのまま舌を絡め合わせてあげたなら、その眼差しはとろんとして、だんだんと、蕩けていくのでしょう。
あんなに良い匂いのする彼の事です、その舌は、唾液は、さぞ甘美な事でしょう。沢山、沢山、貪ってあげるのです。

「はぁ、ん…………」

ああ、こんな淫らな事を考えてはいけないというのに。身体の火照りが、疼きが、切なさが、人恋しさが増していくだけだというのに。乳首も陰核もぷっくりと膨れ勃ち、潤みきった秘所からは、太ももに愛液が垂れ落ちてしまいそうだというのに。
彼と睦み合う妄想はとても甘美で、やめられません。やめたくありません。
つい、己を慰めたくなってしまいますが……彼がこの場所にやって来るまで、もうそろそろなのです。
今からそんな事をしては、はしたない姿を彼に見せてしまうでしょう。そんな恥ずかしい真似をするわけにはいきません。
己の身体をまさぐりそうになる手を、膝の上に押し留めます。

「ん……うふふ………………」

彼がやって来たら、まずは、昨日の事を謝ってあげましょう。
そして、彼の申し出を受けてあげるのです。
他の人間の事など、もう気になどしません。彼の家で一緒に暮らしてしまいましょう。
彼を襲ってしまうのはいけない事ですが……一線を越えてしまわなければ良いのです。
彼の傍に居て、彼と触れ合い、彼の温もりを感じるだけならば、負い目に思う事など、何もありません。
彼の我慢が効かず、間違いが起きてしまっても……その時は、彼に一生をかけて償って貰うだけなのですから。ずっと、ずっと、私のモノにしてしまうのです。尤も、彼は既に、私のモノと言ってよい状態ですが……その身も心も、一部の隙もなく、私のモノにしてしまいましょう。
私以外には決して欲情出来なくなるまで、私だけを見てくれるようになるまで…………








「…………っ!?」

突然、背後から私を捕らえる、何者かの腕。妄想から引き戻される意識。食べかけの林檎を落としてしまいます。
そこに甘美な温もりは無く、私は羽交い締めにされてしまって。
反射的に抜け出そうとしますが、がっちりと、痛いくらいに捕らえられていて、簡単には抜け出せません。

「騒ぐな、殺すぞ。
無防備過ぎて怪しかったが、やってみるもんだな。
エルフの上玉。こいつは良い収穫だぜ。たまらねぇ」

背後から響く、人間の男の声。粗野で、野蛮な、不愉快極まる事この上ない口調。
脳裏によぎるのは、トウィムフの言葉。彼が言っていた賊とは、この事だったのでしょう。

「離しな……ッ!」

「殺すぞって言ってんだ。分からんかねぇ」


妄想に夢中になり、まったくの無防備で居た自分を恨みながら、男を振りほどこうとし、腰の短刀に手を伸ばそうとします。
しかし、その瞬間、ナイフが首に突きつけられて。
私の抵抗は呆気なく封じられてしまいます。

「っ……」

魔法詠唱をする隙は皆無。
膂力に勝る相手に後ろを取られ、組みつかれていては、抜け出すのは困難。
大声を張り上げれば、近くの魔物が寄って来る事はあるかもしれませんが……ナイフまで突きつけられては、打つ手がありません。
はらわたの煮え繰り返る思いですが、悔しい事に、相手が一人らしいとは言え、機を待つ以外の手段がありません。
隙を見て拘束から抜け出しさえすれば、魔法で打ち倒して逃げられるというのに。

「おら、歩け。隠れ家で俺の仲間に会わせてやるよ、ハハハッ」

「くっ……」

ぞんざいに背中を押され、渋々歩き始めます。
出来るだけ歩みを遅くして、時間を稼がねば。そうすれば、運良く隙が出来たり、他の魔物と遭遇したり、何らかの機が訪れるはずです。
そう冷静に判断しながらも、後悔と不安は込み上げてきて。

昨日、彼の申し出を受け入れていれば。ちゃんと、周辺に気を配ってさえいれば。こんな事にはならなかったというのに。
このまま、逃げ出せずに賊の隠れ家に連れてかれてしまえば……その先に何が待っているか、想像に難くありません。
彼以外にこの身を穢されるなど、この上ない苦痛であるというのに。
そして、そうなればもう二度と、彼に会う事が出来ないかもしれません。慰み者の末路は、売られるか、殺されるか。
その前に助けられたとしても……穢されてしまった私を、トウィムフは受け入れてくれるのでしょうか……
受け入れてくれたとしても、きっと、彼は酷く哀しみ、傷付いてしまいます。

「……」


のし掛かるのは、自分の犯した過ちの大きさ。湧き上がるのは、恐怖。

そんな中、ふと思い浮かぶ筋書き。
私に会いに来たトウィムフが異変に気づき、足跡を追って来て、私を助けてくれる。
それは、あまりにも楽観的で。
しかし、偶然からもたらされる機を除けば、それ以外の希望は私には残されておらず。
きっと、彼なら助けに来てくれる。私の事を愛している彼なら、きっと。
その可能性に縋りながら、私は歩いていくのでした。










「……ルシア?」

いつもより少しだけ早く、彼女の元に訪れたはずなのに。
いつもならば、彼女は大樹の下に佇んでいるというのに。
樹々の間を抜け、遠目から眺めるそこに、彼女の姿はない。

「……」

ああ、まさか。昨日の事で、彼女の機嫌を損ねてしまったから。
此処に居ない、という事は、僕にはもう会いたく無いという事なのだろうか。
彼女に愛想を尽かされてしまったら、僕はいったいどうすれば。彼女の代わりなど、何処にも居ないのだから。
彼女はとても美しくて妖艶な女性だけど、それだけではなくて。
仮に彼女より美しく、妖艶で、もっと僕に優しくしてくれる人が居たとしても。それでも、僕には彼女が必要だ。数え上げれば、幾らでも好きな所は挙げられるけども、僕は彼女そのものを好きで、愛しているのだから。

「……?」

悲観的な思考に俯いた視線の先。そこには、見慣れない新しい足跡。
くっきりとした縁の形。恐らくは、野外行動用のブーツか何か。大きさは僕の足より一回り大きく、足跡の深さから、体格、体重も同様に僕以上。大男の足跡か。

「……まさか」

脳裏によぎるのは、彼女に嫌われるよりも悪い、最悪の事態。
大樹の根元に視線をやれば、置き去りにされたであろう、彼女の荷物。護身用・狩りのための弓まで置いていくのは、明らかに不自然だ。
この足跡が賊のものだとすれば……彼女は、不意を襲われ連れ去られたに違いないだろう。

「やはり……」

彼女が佇んでいたであろう、大樹の下に駆け寄り、足元に注視する。
落ちていたのは、食べかけの林檎。

「よし……まだ……間に合う」

林檎の齧り跡、その断面は、さほど茶色に変色していない。つまり、彼女が連れ去られたのは、つい先程。少なくとも、1時間の半分も経っていないだろう。
賊のものだと思わしき足跡が南の方に続いていくけれども、それは一種類のみ。それに並ぶ形で、ルシアのものと思わしき足跡も続いていく。恐らく、相手は1人。
足跡の歩幅が狭い事から、歩みも遅い。
つまり……今から追いつく事はそう難しく無いはずだ。
他の賊と合流され、手出しが出来なくなるその前に、急がなければ。

「……」

小型のクロスボウを荷物から取り出し、矢をつがえる。
小動物を狩るための代物。賊を相手にするには心細い。それでも、やるしか無い。
大きな音を立てないように注意を払いながら、足跡の続く方向に駆け出す。








「っ……」

足跡の向かう方向、樹々の間に一瞬覗いた、大男の背中。
立ち止まり耳を澄ませば、微かにだが二人分の足音が聞こえてくる。
恐らくは、賊とルシアに追い付いたのだろう。

「ふぅー……はぁー……」

ゆっくりと、深く息を吐き、吸い込む。
荒くなっていた呼吸を整え、足音と気配を殺しながら歩み寄る。
クロスボウを構える手に汗がにじむ。
恐らく、あちらはルシアを拘束しているか、生殺与奪を握っているだろう。
その状態で、相手に気付かれるのだけは避けたい。相手が一人であろうとは言え、彼女を人質に取られると手出しが出来なくなる。

「……」

再び、大男の背中を樹々の間に捉える。
奴が刃物を突き付けているエルフの女性。見間違えるはずも無い、ルシアだ。
奴の背中に姿が隠れていて、傷つけられていないかは定かでないにせよ、歩ける程度には無事のようだ。
安堵する反面、込み上げて来る怒り。
視界に映るあの男が、僕の大切な人に刃を向け、連れ去ろうとしている。
今すぐ奴に矢を放ちたい衝動に駆られるが、それをぐっと堪える。
僕の目的は彼女を助け出す事だ。そのための、最も確実な方法を選ばなければならない。

「(遠い……)」

狩において、気取られずに動物に近づく事は、僕が得意とする事だ。しかし、クロスボウの腕前にあまり自信は無い。幾ら的が普段より大きいとは言え、この距離からでは的を外す可能性が高いだろう。
更に奴に近付いて、確実な距離から矢を放たなければならない。
そして、矢を当てただけで、彼女が奴から逃げ出す隙を作れるとも限らない。
だから、体当たりをしてでも、奴の態勢を崩す必要がある。
そのためには、矢を放ってから間髪居れずに体当たりをかます事が可能なだけの距離に近づかなければ。

ゆっくりと進んでいく、賊とルシア。その背を慎重に追い掛け、距離を詰めていく。

「……」

大男が背負っているのは、重厚な大斧。とても僕の膂力では振り回せないような代物。伐採のための道具ではなく、人を殺すための兵器。
あんな物をまともに食らったなら、生きてる方が珍しいだろう。

首尾よく彼女を助け出せさえすれば、十分な隙を作り出せさえすれば。きっと、彼女が魔法で何とかしてくれる。奴を打ちのめしてくれる。
しかし、首尾よく行かなかったならば、奴の斧が僕に振り下ろされる事だって有るだろう。

一歩間違えば、僕は殺されるかもしれない。
それが重圧となり、僕の歩みを鈍らせる。手を震えさせる。
彼女のためなら何だって出来る。そう思っていたのに、怖くて、怖くて仕方が無い。

「(当たってくれ……!)」

奇襲を仕掛けるには十分な距離。クロスボウを構え直し、賊の背中に狙いを定める。
此処からならば、まず外しはしない。
そうであるはずなのに、大きな的であるはずの奴の背中が、やけに遠く小さく見える。
しかし、万一外せば……いや、当てたとしても、殺される危険と隣り合わせ。
しかし、逃げる訳にはいかない。彼女を助けなければならない。
重圧にブレる手、恐怖に竦む脚。それらを必死に押さえ付け……クロスボウのトリガーを引き、同時に駆け出す。

「……っ」

「なんだァ!?」

クロスボウの矢が、大斧の頭に当たり、弾かれる。しくじった。
此方の存在に気づいた賊が、怒号をあげて振り向き始める。
彼女にナイフを突き付ける手が降りるが、未だにもう片方の腕が彼女を拘束している。

「離れろッ……!!」

自分よりも一回り以上大きな相手。倍ほどの体重があるのではないだろうか、とすら思える。
しかし、立ち止まる訳にはいかない。
全力で地を蹴り、全体重を投げ出し、肩から賊にぶつかり、体当たりをかます。

「うおっ……!?」

「ッぅ……!?」

全力疾走、全体重を乗せた体当たり。しかし、僕は弾かれるように態勢を崩し、地面に投げ出される。賊にぶつけた右肩が、悲鳴をあげる。背中を打ち、息が出来ない。肺から空気が漏れていく。
痛みの中、賊を見上げるが、僕の体当たりは奴を僅かによろめかせただけだ。

「離れなさいっ……!!」

その僅かな隙に、ルシアが奴の拘束を抜け出して。

「この、クソガキがァ!!」

「―ッぐ……!?ぁ………」

ルシアが奴から逃れた事に安堵した、その瞬間。身体の側面を直撃する衝撃。何が起きたのか分からないまま、視界が流れ、廻り、打ち付け、止まる。
後頭部に走る、強かな鈍痛。
視界が端から黒く染まり、埋め尽くされていく。何も見えないはずの視界が歪む。
そして、僕の意識は霧散していった。








「ぅ……」

「トウィムフ……!」

ぼんやりと浮かび上がる意識。右肩、腰、胸……それだけでなく、身体のあちこちが痛む。全身が重い。
僕の名を呼ぶルシアの声に、目を開ける。

「よかった……」

目の前には、目に涙を浮かべながら僕を覗き込むルシア。彼女の姿越しには、ランプの灯りに照らされた、見慣れた天井が見える。
どうやら、此処は僕の寝室のようだ。
そして、僕は夜になるまで気絶していたらしい。


「あ……君も、無事で、良かった……ルシア」

僕が気を失ってから何があったかは分からないけれども、僕もルシアも助かったらしい。
恐らくは、ルシアが魔法で賊を倒して、僕を街まで運んでくれたのだろう。
気が付けば、ルシアは僕の手をぎゅっと握ってくれていて。それが、とても暖かい。

「よーっす、ティム。手当はしといてやったぞ。
あの子が気を失ったお前を担いできて俺ちゃんびっくりだよ」

「ロバートじゃないか……そうか、君が……有難う」

ベッドの脇から聞こえる、軽薄な雰囲気の男の声。
振り向けば、白衣に身を包んだ男が立っている。
僕の友人、町医者のロバートだ。
どうやら彼が、僕の手当をしてくれたらしい。

「じゃ、怪我の説明。
まず右肩脱臼。更に、胸骨が潰れてるか、ヒビ入ってるな。そして、腰椎の横に伸びてる部分、そこが多分折れてるんじゃねーかなぁ。
でもって、あちこち打撲だわ。
脱臼は整復したし、胸と腰は既にコルセットで固定してある。頭打って気絶してたらしいし、当分安静で」

「……骨、折れてるにしては痛くないんだけども……本当なのかい?」

イマイチ真剣味のない口調で、僕の怪我を説明するロバート。
これでも腕は確かだから、彼の言う事に間違いは無いのだろうけど……胸も腰も、骨が折れている、という程の痛みでは無いように思える。

「……あ、それは……私の魔法で魔力を流し込んで、痛みを和らげていますので。
……こんな事しか出来ませんが」

「こんな事……って。十分過ぎるよ、ルシア」

伏し目がちに呟くルシア。
言われてみると、握られた手から、暖かい何かが流れ込み、身体に染み渡っているような気がする。彼女の魔力なのだろうか。

「その子曰く、その魔法で治りも早まるらしいぜ。魔法込みで一ヶ月かからないんじゃない?
あ、右肩、胸、腰以外に特別痛い所はある?視界がボヤけてたりだとかも」

「一ヶ月……かぁ。ああ、他は特に無いよ。君の診断は正しいと思う。特別痛むのはそれらだけ」

身体のあちこちが微かに痛いとは言え、大事に至るような痛みでは無い。彼の言う通り、単なる打撲に過ぎないだろう。
腰と右肩に気を払いながら、身体の他の部位を動かしてみるけど、特にこれといった異常はなさそうだ。

「そう?なら大丈夫だな。
じゃあ、俺はそろそろお暇っと。後は若い二人でごゆっくり。邪魔しちゃ悪いしね。
ああ、明後日ぐらいには食料とか持ってきてやるわ。
怪我人とエルフじゃ買い物も面倒だろ。
その子、揉め事起こしそうだし……ねぇ?」

寝室のドアノブに手を掛け、玄関へと向かおうとするロバート。
後ろを振り向き、ルシアを見て、意地悪げに笑う。

「……そうですね。邪魔ですので、早く出て行ってください。
トウィムフの手当をしてくれたのは感謝しますが……」

ロバートに向かい、不愉快そうな視線を向けるルシア。
疎ましさをこれでもかと込めた言葉。
どうにもこの二人、反りが合わないらしい。

「……ルシアがごめんよ、ロバート」

「な?この様子だと買い出しに行かせらんねーでしょ?ティム。お前が無事だと分かった途端、俺はお払い箱だぜ。
それにさ、事態が事態なんで、その子が町に入る時、何も言われなかったみたいだけどさ。エルフの事、嫌いな奴も居るからな。
やっぱり宜しく無いでしょ、その子を行かせるの」

わざわざ僕の手当てをしてくれたのに、こうして邪険に扱われているのが、本当に申し訳ない。
本当ならルシアを嗜めるべきなのだろうけど……それをする勇気が無い。とても情けない事に。やっぱり、ルシアには強く言えそうに無い。

「……悪いけど、買い出ししてくれると助かるよ。
それと……ごめんよ、本当」

彼のいう通り、ルシアに買い物を任せるのは正直不安だ。それに、人間嫌いの彼女をわざわざ他の人に会わせたくないのもある。それは、少なからず負担になるだろうから。

「あいよ。適当に見繕っとくわ。
しかし、案の定、見事に尻に敷かれてら。お似合いだけど。それじゃ、またな」

笑いながらドアを開け、寝室を出て行くロバート。


「はは……お似合い、かぁ」

「お似合い……ですか……ふふ」

ロバートが出て行った後の寝室。
お似合いと言う言葉に、つい、頬が緩む。
枕元に座る彼女も、嬉しそうな笑みを浮かべて、僕を見つめてくれる。
そして彼女は、握った僕の手を、大切そうに胸に抱き寄せて。
むにゅりとした感触が心地良く、現金な事に、怪我の痛みも忘れてしまいそうな程。
二人きりになった途端、甘い雰囲気が漂い始める。
熱っぽい視線は、いつにもまして。
僕に寄り添うようにして、彼女もベッドに横たわる。

「あ、最後に。言うまでも無いけど、治るまではエロい事はやめろよ?それで悪化した馬鹿を知ってるからな。
ヤってる最中は、こう……気持ち良くて痛みを忘れるんだろうけど。終わったあとが悲惨だから。
ハハッ……折角エルフの彼女が出来たのに残念だなぁ、友よ。
でも、正直羨まし過ぎて、魔物に手を出そうかなって思えるぐらいだぜ。奴等も負けず劣らず美人だしな。
それじゃあ今度こそ、若い二人でごゆっくり!エロい事はお預けだけどな!ハハッ!」

「……忠告、どうも」

「……はぁ」

ガチャリ、と開く扉。そこには、ニヤニヤと笑うロバート。
下世話なお節介をまくし立てた後、言いたい事は言った、と言わんばかりに、部屋から出ていく。
彼のせいで、折角のいい雰囲気が台無しだ。
決して悪い奴では無いのだけれど、どうにも空気を読まない所があるのが玉に瑕で、辟易してしまう。
ルシアも、これ見よがしに溜め息をつく。

「……トウィムフ」

「……なんだい?」

僕の左腕を抱きしめ、まるで添い寝をするように寄り添ってくれるルシア。伏し目がちになりながら、僕の名前を呼ぶ。

「……すみません。私が貴方の言う事を聞いていれば、こんな怪我をさせずに済んだというのに」

目に涙を浮かべ、呟くルシア。僕の腕を抱く力が強まる。

「謝らないで、ルシア。それより……ありがとうって言って欲しいかな。僕が勝手にやった事だし、負い目を感じて欲しくないよ」

目に涙を浮かべる、その姿も綺麗だけれど、やはり、彼女には笑っていて欲しい。それに、謝られるよりは、感謝された方が気持ちがいい。

「……ありがとうございます、トウィムフ」

「うん……どういたしまして」

耳元で囁かれるルシアの言葉。心地いい響き。それだけで、この怪我も報われた気分だ。

「……ふふ……責任を取って……一緒に住んで、一緒に居て、貴方の世話をしてあげますから。
お金の心配も大丈夫ですよ。貴方が気絶した後、賊の本隊に出くわし、それを返り討ちにしたのですが……どうやら報奨金が貰えるそうなので。それは全部貴方の物です」

「え……そんな……いいのかい?一緒に住んでくれるって……その、同棲、だよね。
それと、お金も……」

ルシアは、僕の腕に身体を擦り付けるようにしながら、熱い吐息で僕の首筋を擽る。いつにも増して過激な身体接触。
そうしながら、ルシアは甘い声で囁いて来て。
彼女が一緒に住んでくれる。僕にとっては願ったり叶ったりの言葉。それは、僕が彼女を助けた事を差し引いても、あまりにも報われ過ぎでは無いだろうか、と思ってしまうほどだ。
恐らくは僕の怪我が治るまでの間なのだろうけど、それでも、彼女が一緒に居てくれるというのは、十分過ぎる程に幸せな事だ。

「こんな怪我までして、私を助けてくれたのです。一歩間違えば殺されていたかも知れないというのに……遠慮などしないでください。
それに……ふふ……私と一緒に居たいのでしょう?」

「……うん」

僕の腰と胸に、労わるように手を置いて、ルシアは囁き続ける。
僕の看病をする事が、決定事項であるかのような口振り。
僕の心を見透かした一言。図星を突かれるのですら、彼女の手に掛かれば、心地良く感じてしまう。
僕は、彼女の言葉を肯定する他無かった。

「あ、でも……この家にベッドは一つしか無いから……それでも構わないのなら。怪我してなければ、ソファで寝ようと思ったんだけれど……」

「言ったはずですよ……?一緒に居ると。
添い寝だって、してあげます。ふふふっ」

「あ、ありがとう。迷惑じゃないなら」

甘くねっとりとした口調。僕の喉元から頬までを撫でさすられる。
ルシアと添い寝。枕を抱きながら、何度その光景を想像しただろうか。
そして今、僕に寄り添うルシアの、その身体は想像よりもっと柔らかく、温かく、心地良く、興奮を掻き立てる。

「どういたしまして……ところで、お腹は空いてませんか?」

シャツの裾からルシアの手が滑り込んできて、僕のお腹を撫でる。
擽ったいような、恥ずかしいような心地。身体つきに自信が無いから、尚更恥ずかしい。
でも、彼女の手つきはとても優しく、それだけで嬉しい気持ちになってしまう。

「いや……それよりは、疲れが、酷いかな。
気絶って、眠るのとは違うみたいで……
だから……その、早速……添い寝を……」

アレだけ動いたのに、どうにもお腹はあまり空いていない。
代わりに、どうにも疲れが酷い。
気絶する寸前まで緊張と重圧、焦り、色んな感情で張り詰めていたせいもあるだろうし、単純に、怪我のせいもあるだろう。
今日は早く寝て、身体を休めたい気分だ。
そして、何より……ルシアが添い寝してくれるというのだから、楽しみで仕方が無い。

「ふふ……そうですか。それでは……一緒に寝ましょう」

「う、うん」

ベッド脇に置いてある小さなランプ。ルシアがその灯りを消すと、部屋は真っ暗闇に包まれる。
月明かりは無く、カーテンも締め切ってあって。
この暗い部屋の中、ルシアと僕で、二人っきり。

「ん……」

「……」

僕の腕が、ルシアに抱き直される。丁度、僕の腕が、彼女の豊乳の真ん中を通るような形。腕が、柔肉にむにゅりと沈み込む。そして、艶かしい声をあげる彼女。まるで、誘っているかのよう。
いつの間にか、僕の股間はパンパンに張り詰めてしまっている。
けれども、僕に彼女を襲う度胸は無いし、そもそも、この身体では行為に及べない。
結局、生殺しをされたような状態。胸の鼓動と興奮は高まるばかり。
とても眠れそうに無いのだけれど、添い寝をして貰って、嬉しい物は嬉しい。いつもにまして彼女の温もりを感じられる。それが幸せだ。

「……助けに来た貴方、本当に、格好良かったですよ、トウィムフ」

僕の頬に手を当て、呟くルシア。

「……ありがとう、でも、お世辞は良いんだ。
怖がりだし、蹴りの一発で気絶しちゃったし……格好良いだなんて、そんな。君より全然弱いじゃないか、魔法だって使えない」

ルシアは格好良いと言ってくれたけど、彼女を助けるつもりだったのに、結局は賊に一蹴されてしまったのだから、そうは思えない。

「弱いからこそ、とても勇気を必要としたはずです。
……それでも、貴方は助けに来てくれました。危険を顧みず、こんな怪我までして。
だから……貴方はとても、素敵だと思いますよ」

ルシアは、優しく諭すようにそう言いながら、首筋を撫でてくれる。

「そう、か。嬉しいよ、ルシア。
でも、結局、君にも迷惑を掛けてしまうだろうし……いや、今も、じゃないかと、正直、不安で」

やはり、怪我人である僕の存在が彼女の負担にならないかが心配だ。彼女に散々付きまとっていた身で言うのも何だけど、彼女の手を煩わせたく無い。
それに、こうやって添い寝をしてくれるのだって、彼女が我慢して行っているのかも知れない。
昨日までの彼女は、僕の家に泊まるのも拒んでいたのだから。

「決して迷惑などではありませんよ、トウィムフ。決して、です」

僕の言葉を強く否定するルシア。部屋は真っ暗だけれども、じっとりとした視線を感じる。

「それなら、良いんだけれども……負担に感じたら、僕の事は、放っておいて、森に戻っても……」

怪我をしている今、僕がルシアにしてあげられる事は限られてくるし、責任感の強いルシアの事だから、そういった事をさせてくれないだろう。だから、彼女に甘えっぱなしになってしまうだろうし、それはやっぱり彼女の負担になるに違いない。
そして、彼女の負担になる事を僕は望まない。

「ああ、もう……これ以上、そんな事を言わないでください。そんな言葉は聞きたくありません」

「……」

僕の唇に添えられる、ルシアの指。どこか呆れたような口調。
また余計な事を言ってしまった、と後悔する。

「全く、仕方の無い人ですねぇ……んっ……ちゅ……あむ……れるっ……ちゅうぅ……はぁ、ん……」

「ぇっ……ぁ……っ」

右頬に添えられたルシアの手に、力が篭る。
そして、左頬に押し付けられる、ぷるりと柔らかく、瑞々しく、湿った感触。
それが唇であると分かった次の瞬間には、熱烈な吸い付きが僕の頬を襲う。ルシアの唇の感触は、さらに鮮明に感じられて。
そのまま、唇で僕の頬を食むような動き。
唇の間に吸い出され、挟まれる頬の肉。それを、熱くぬめった舌の先に突つかれ、なぞられ、舐め回される。
そして、一際強く吸い付いた後、ルシアの唇が離れる。
頬に吹き掛かる吐息はとても艶めかしく、熱い。
突然に行われた、濃厚な頬へのキス。心臓が破裂しそうで、声も出ない。

「ぁーむっ……れろっ、れるっ……じゅるっ……じゅるるっ、じゅうぅっ……っはぁ、ぁん……」

それで終わりかと思いきや、再び頬に吸い付く感触。
今度は、先程よりも大きく口を開けて。舌先でなく、舌の腹でねっとりと頬が舐めまわされていく。
たっぷりと唾液がまぶされた後、じゅるじゅると音を立てて、再び吸い付かれ、しゃぶり付かれる。まるで、僕の頬を味わい尽くすかのように、執拗に。
そして、ひとしきり僕の頬をしゃぶり終わり、口を離すと、
僕の耳元に唇を寄せ、恍惚とした溜息をつく。

「っ……る、ルシア……?」

唾液まみれにされた頬は、じんわりとした快楽の余韻が残っていて。
溜息に込められた恍惚だけで、僕までくらりとしてしまう。

「ん……ふふ……好きでこうしているという事、分かりましたよね……?」

「は、はぃ……」

右頬に添えられた手に、顔を横に向かせられる。
暗がりに慣れ始めた目には、薄っすらとルシアの姿が見える。
その口元は、妖しく綻んでいて。僕を見つめる眼差しは熱っぽく、絡みつくかのよう。迷惑そうな様子だとか、負の感情は微塵も感じられない。
そこにあるのは、紛れもない好意。はっきりと確信が得られる程の、熱烈な好意。

「はぁん……本当はお口を頂きたかったのですが……
そんな事をしては、我慢が利かなくなってしまいます。そのまま最後まで、貴方をめちゃくちゃに貪り尽くしてしまいますから……
ふふふっ……怪我が治るのを、待っていますからね……?」

発情しているかのような、蕩けた声。舌舐めずりの微かな水音が響く。
僕の腕に抱き付く彼女の身体は、明らかに火照り、じっとりと汗ばんでいる。その火照った身体からは、むせ返るように濃厚な、"女"の甘い色香が立ち込めていて。
暗がりでも分かる、陶酔の表情、眼差し。

「っ……」

全身で感じ取る、ルシアの情欲。呑み込まれてしまいそうな程に深く、熱烈。
思わず気押され、ごくりと生唾を呑んでしまう。
ルシアに、めちゃくちゃに貪り尽くされる。掻き立てられる妄想。怪我が治ったなら、その時は、どんな事をルシアがしてくれるのか。どれほどまでに、気持ち良いのだろうか。どんな表情を見せてくれるのだろうか。どんな声を聞かせてくれるのだろうか。
ルシアの情欲にあてられ、頭の中が、淫らな事で一杯になってしまう。
そんな中、欲情とは別に込み上げてくるのは、嬉しさ、喜び、幸福。
欲望を向けられるという事は、求められる事であり、必要とされる事。
愛する人に、この上ない程に必要とされている。それは、何事にも代え難い幸せで。
生唾を呑みながらも、幸福に表情が緩んでいくのが分かってしまう。

「んっ……ふふ……眠気、飛んでしまいましたか?」

「……うん」

僕の腕に抱き付いたまま、もぞもぞと動くルシア。だんだんと、僕の頭の側にずれていく。
二の腕に押し当てられていた胸が、肩の辺りにまで上り……

「なら、眠くなるまで、私の胸で……ふふふ……」

ルシアの胸が、僕の頭の辺りにまでやってくる。
そのまま、ルシアは僕の頭の下に腕を通すと、その豊満な胸に抱きすくめてくれて。
正面から押し付けられる、ルシアの双丘。露わになった谷間に顔を埋めさせられる。
そして、胸の感触が離れて寂しくなった僕の腕には、代わりにルシアの脚が絡み付いてきて。
太股に挟まれた僕の腕。むっちりとした柔らかさに包まれて堪らない。

「ん……」

角度を変え、強さを変え、顔面に押し付けられる、魅惑の柔肉。絶える事の無いむにゅむにゅとした感触は、甘美な心地良さを与え続けてくれる。
息を吸い込めば、甘く優しい匂いで頭の中が一杯になって。
それは、興奮と共に安心をもたらしてくれる。

「気持ちいいですか……?」

「うん……」

「ふふ……おやすみなさい、トウィムフ……
ずっと、一緒に居てあげますから……安心して……ぐっすり、眠ってください」

ルシアの胸に抱かれたまま、優しく頭を撫でられる。労うように、慈しむように、丁寧に。性的なものとはまた違った気持ち良さ。
そうされていると、興奮の中だというのに、だんだんと心が安らぎ、落ち着き、眠気が込み上げてくる。
思い出したように疲労感が吹き出し始めて、眠気は更に増していく。
ルシアに促されるまま、安心して……僕は眠りの淵に落ちて行くのだった。









「はぁ……んぅ……ふぅ……」

ベッドの上で上体を起こした姿勢の僕。ルシアに後ろから抱き着かれている。

ルシアの魔法のお陰で、怪我から一週間で胸骨は完治し、身体を起こしていて平気なぐらいには腰も良くはなった。
それからというものの、元々べったりだったルシアが、さらに密着してくるようになって。
何か用がある時以外は、こうして僕に抱きついて離れようとしない。
しかも、僕に抱きついたまま、身体を擦り付けて来たり、熱っぽく艶かしい声を漏らすのだから、堪らない。
ルシアの魔法が、触れた所から魔力を送り込み治癒力を高める、というものである都合上、合理的ではあるのだけれど。

「ルシア……飽きないのかい?」

押し当てられる、ルシアの身体の柔らかな感触。それはとても嬉しいのだけれど……ずっと密着されていると、ルシアの時間を奪っているかのようで、どことなく申し訳なく思ってしまう。

「全く飽きません……はぁぁ……」

「っ……ぁ……僕も」

首筋に擦り付けられるのは、ぷにぷにすべすべな頬の感触。
押し付けられたルシアの豊乳。それが形を変える様子を、背中で感じ取る。
僕の胸元から喉元をまさぐるルシアの手。鎖骨の窪みを、何度も執拗に指先でなぞられ、その度にぞくぞくと背筋が震えてしまう。恍惚に満ちた熱い吐息が首筋を擽る、その度にも。
人を寄せ付けようとしない彼女が僕にだけしてくれる、濃密な愛情表現に、胸の高鳴りは止まらない。

「んぅ……トウィムフ……前々から話そうと思っていた事が……大事なお話が、あるのです」

ひとしきり深呼吸した後、ルシアは抱き着くのをやめて、僕の僕の脚を跨いで座り込む。
伏し目がちにこちらを見ながら、真剣な口調で、おずおずと話し始める。
その表情は、どこか不安げだ。

「……続けてくれないかな」

膝に感じるルシアの重み、お尻の柔らかさが心地良い。腰が治ったら、胡座をかいてその上にルシアを座らせてみたい。
そんな事を考えながら、安心させるように、出来るだけ優しい口調で言葉を返す。

「……」

「……っむ……」

大事な話というからには何を話し始めるのかと思いきや、突然に、僕の頭をその胸に抱き込んできて。
逃がさない、と言わんばかりにルシアの手が僕の頭を押さえつける。

「……んぅー……」

とても大事な話をする姿勢では無いな、と思いながらも、自分からルシアの胸に抱きつき返す。
ルシアの魅惑の抱擁の前には、甘えずにいられなくなってしまって。
谷間の匂いを吸い込みながら、ぐりぐりと顔を押し付け、ルシアの胸を堪能する。

「んっ……はぁん……ふふ……」

満足気な様子が、ルシアの声から伺える。緊張、不安も幾らか和らいだようだ。

「それで、話なのですが……実は……私の身体は、魔物の……淫魔のそれになってしまっているのです」

ゆっくりと語り始めるルシア。
やはり、その声からは不安が伺えて。それを誤魔化すためか、僕の頭を抱く腕に力が篭る。
僕の思い上がりでなければ、ルシアが言いたい事は、魔物でも変わらず接してくれるか、という事なのだろう。
となれば、僕の答えは一つで。

「あ……その……まもの、でも、あいしてるよ、ルシア」

目一杯ルシアを抱き締め、嘘偽りの無い僕の気持ちを伝える。魔物だったとしても関係無い。
魔物だからと、淫魔だからといって、ルシアは僕に酷い事をするような、僕を食い物にするような女性ではないし……何よりも、僕はルシアを愛しているのだから。

踏ん切りが付かなくて今まで愛してると言えなかったけど、今がそれを言う時なのだろう。言葉で想いを伝え、ルシアを安心させてあげるために。

そう決心して愛を伝えようとしたけど、緊張に言葉がつっかえてしまう。
さらに今の僕は、ルシアの胸に顔を埋め、口元が殆ど塞がれた状態で。情けない事に、もごもごとした、なんとも締まりのない愛の告白になってしまった。

「っ……ふふ、安心しました……はぁん……愛してる、だなんて、感じてしまいます……」

僕の告白を受けたルシアは、身震いすると、うっとりとした様子で呟いて。
恍惚と喜悦に満ちた声。抱きかかえられていた頭が解放され、代わりに両頬に手が添えられる。

「あぁっ……愛していますよ、トウィムフ……
ずっと、ずっと、一緒です……たくさん気持ち良くして、幸せにしてあげますから……」

両頬に添えられた手が、僕の顔を上向かせて。
唇が触れ合いそうな程の距離で、ルシアと見つめ合う。まるで、口づけの直前のような体勢。
紅潮し上気した肌、とろんとした目尻。潤んだ瞳が僕を射抜く。
ルシアが蕩けた声で悶えると、熱を帯びた荒い吐息が僕の唇を撫でる。
そして、その口元は、眩しくも妖しい、満開の笑みを形作っていて。幸福と法悦、恍惚に満ち、欲望を露わにした表情。
そこから紡がれる愛の言葉。

「……っ」

ルシアの剥き出しの愛情の丈に圧倒されながらも、込み上げてくる幸せ。
そして、掻き立てられて行くのは欲望と期待。

「ふふ、うふふっ……怪我が治るまでの辛抱です……心の準備は済ませていてくださいね……?」

頬を這うルシアの指先。ルシアは、僕の欲望を見透かすかのように悪戯な笑みを浮かべて。
そうしながらも、視界の隅では、その内股をもどかしそうに擦り合わせている。
ルシアの瞳の奥に宿る情欲の炎。それは、日々その強さを増している。身体の火照りも、声の淫蕩さも。口づけ一つで爆発してしまいそうな程の情欲、熱情、愛情。
ルシアがそれを懸命に我慢しているのは、もはや明確で。

「っ……大丈夫……その、もう、既に、出来てるから。
それに……我慢が辛いのなら……僕の身体を気にしなくても……もう、胸の方は完全に治ったみたいだし、腰だって、随分良く……」

遠回しにそれとなく、今すぐにでも、気持ち良い事をしないかとルシアを誘う。
ルシアに我慢させてしまうのも申し訳無いし、何より……

毎日ルシアがべったりで、その身体の感触や甘い匂い、そして誘うような言動、仕草に欲望を掻き立てられているのを我慢していたのだ。それに追い打ちを掛けるように、ルシアの熱烈な情欲を魅せつけられてしまったのだから、僕の我慢はもう限界の寸前で。
腰の怪我が悪化する事なんて構わずに、ルシアと身体を重ねたくて堪らない。
ルシアと唇を触れ合わせ、舌を絡め合わせて、甘い唾液を味わって。深く、深く最奥まで繋がって、抱きしめ合い、ルシアを感じて。そして、ルシアを僕だけのモノに。

「ああっ……今すぐシたいのですねっ……ふふ……」

僕の言いたい事を理解したのか、頬を緩ませて、うっとりと身悶えするルシア。僕の欲望すらも、好意的に受け止めてくれている。

「でも……駄目ですよ、トウィムフ。貴方の怪我が悪化するような事はしたくありませんし、させたくありません。貴方は私の、私だけのものなのです。身体も大事にしないと許しませんから……ね?」

「っむ……」

淫蕩な笑みが、慈愛に満ちたそれに変わっていって。
再びルシアの胸に抱かれ、頭を撫でられながら諭される。
その手つき、声色は優しく、本当に僕の事を考えてくれている、愛してくれているのだな、と実感を与えてくれる。

「ですから、今は、二人で我慢して……怪我が完治したら……沢山、沢山気持ち良くなりましょう……」

「うん……」

我慢する、と言いながらも、僕の欲望を煽るように、淫らさを感じさせる声でルシアは囁いて。
けれども、ルシアが僕の身体を案じてくれているからには、それを無碍にする訳にはいかず、ルシアの胸の中で頷く。

「貴方が沢山溜め込んだ、熱くて濃厚でとろけそうなぐらい美味しいモノを……
疼いて疼いて仕方の無い、私のナカに……
残さず、余さず、ぜぇんぶ注いで貰うんですから……うふふっ……
とっても楽しみにしていますよ、トウィムフ……」

溢れんばかりの期待に満ちた、恍惚の言葉。
我慢に我慢を重ねた先の交わり。ルシアはそれを心待ちにしている。僕の身を案じながらも、僕の欲望を掻き立て、燃え上がらせる事で、僕をより美味しく頂こうとしているのだろう。
相当な生殺しではあるけども……ルシアがこうも心望みにしてくれていると考えると、この後の交わりが気持ち良くなるのだと思うと、この生殺しも決して苦ではない。

「んっ……そうですね、膝枕、してあげます」

そう言ってルシアは僕の頭を解放すると、僕の脚の上からどき、僕の正面に座り直す。

「今日は……うふふっ……正面から、どうぞ」

丈の短かいワンピース。もう少しで下着が見えてしまいそうな程に、露出された太もも。
そこに正面から頭を預けろと、ルシアは僕を誘って。

「う、うん……」

ルシアの誘いを僕が断れるはずも、断る理由もなく。
促される通りに、ルシアの太ももにゆっくりと頭を降ろして行く。
男好きのする形にたっぷりと柔肉のついた、むちむちで肉感的な太もも。間近から食い入るように見つめても、シミ一つ見つからない美しさで。つい、見惚れてしまう。

「……えいっ」

「っむ……ぅ……」

太ももに見惚れていると、可愛らしい声とともに、ルシアの手に頭を押し込まれて。
ルシアの太ももに顔をうずめる体勢。
絹よりも滑らかで、まるで吸い付いてくるかのような肌触り。
ルシアの華奢な腰に抱きつきながら、むちむちすべすべの太ももの感触を堪能する。

太ももの間の空気を吸い込めば、胸の谷間の匂いとは違った匂いに満たされて。
それはまるで、ルシアの放つ果実と蜜を合わせたかのような色香を濃縮したかのよう。そのむせかえるような甘酸っぱさに、理性がくらくらとしてしまう。

「ところで、トウィムフ……
下着をつけると、すぐにぐちゃぐちゃになってしまって、気持ち悪いのです。
ですから……うふふっ……どういう事か、分かりますよね……?」

「っ……」

ルシアの言葉から想像されるのは、潤みきったルシアの秘所の様子。
そして、酔ってしまいそうな程の色香が、そこから漂うモノである事も理解する。
しかもそれはきっと、下着にすら守られていなくて。ワンピースの丈、一枚の布地を隔てて、僕の目の前と言っていい距離にある。
布地一枚を少し持ち上げてしまうだけで、ルシアの秘所は、僕の目に露わになってしまう。
それらの事実に、否が応にも僕の興奮は掻き立てられてしまう。

「ああっ……そんなに息を荒げて……欲情しているのですね……?うふふ、どうしようもない人です……気持ち良いですか?」

悶えるような声とともに、段々とルシアの太ももの間に隙間が出来ていく。それは、ルシアがゆっくりと脚を開いているという事で。
開脚していく太ももの間に頭を埋める形。
そして、僕の鼻先がベッドにつく寸前で、ルシアは開脚をやめる。
今度は逆に脚を閉じるルシア。柔らかい肉のたっぷりとついたその内股に、僕の頭は挟み込まれてしまう。
ルシアの誘惑はそれだけでは終わらず、僕の頭を挟み込んだまま、内股を擦り合わせるかのように脚を動かして。

「う、うん。気持ち良い……とてもっ……」

両頬に擦り付けられる、艶かしい内股の感触。
胸の感触とはまた違った、引き締まった柔らかさ。
すべすべでむちむちでぷにぷにな肌触りの心地良さは、乳房の肌触りにすら勝る代物で。
顔をうずめたりして受け止めて貰い、柔らかさを堪能するのなら、あの豊乳に勝るものはないだろうけれども、こうして肌の擦れ合う感触を堪能するのであれば、この内股に勝るものはないだろう。
そして、ルシアがその脚を動かすたびに、ワンピースの布が揺れ動いて。

「ふふふっ……本番はもっと気持ち良いのですから。楽しみにしてくださいね……」

見えそうで見えない絶妙な興奮、魔性の内股に弄ばれる恍惚に溺れ、半ば感極まりつつある。そんな僕の頭を撫でるルシアの声もまた、恍惚と期待、そして何よりも情欲に満ち溢れていて。
僕もルシアも、怪我の事をも振り切って事に及んでしまうほんの寸前。
ルシアは淫らで大胆な仕草、行為で僕の欲望を、そして彼女自身の欲情を煽り立てていく。怪我が治るまで……そう言って我慢の出来る本当に絶妙なラインで。
僕とルシアのお互いに、臨界を迎える寸前の生殺し。
もどかしさは全て、そう遠くは無い先の、しかし遠くて遠くてどうにかなってしまいそうな先の交わりのため。
こうして僕達は、興奮と欲望を燻らせながら、果ての無い情欲を深く、熱く、溜め込んでいくのだった。







「うん。完治。エロい事しても問題無し。だから早くお家に帰りなさいな?
俺より先に童貞卒業かよ。くそっ、おめでとう、帰れ」

僕の腰の診察を終えて、町医者の友人ロバートは軽薄味を帯びた声で僕をからかう。
皮肉混じり、妬み混じりと言った様子。ルシアが僕の家にやって来てからは、ずっとこんな調子だ。

「ハハハ……診てくれてありがとう。それじゃあ、お暇するよ」

診察台から降りつつ、友人にお礼を述べる。
皮肉を言われても、全く堪える事はない。そんな事より、家に帰って、ルシアと致す事が楽しみでならない。
毎日毎日、一線を越えない寸前の誘惑を受け続け、ようやく。ようやくなのだから、居ても立っても居られない心地だ。

「ふふふ……帰りましょうか、トウィムフ」

僕が診察台から降りた途端、傍らに立っていたルシアが僕に抱きついてくる。勿論、その胸を押し当てながら。

此処が誰の人目もない我が家であれば、胸を押し当てるだけでなく擦り付け、耳元で甘く悩ましい声で囁いてくれるのだろう。
でも、ルシアの蕩けた表情や感じている声、痴態というものは、他の人に見られたり聞かれたくない。独り占めしたい。
この前に、その旨をルシアに伝えたところ、僕のためにも、エルフの誇りのためにも、家の外ではそういった事のないようにする、と約束してくれた。

「っ……うん……帰ろうか」

抱きつくルシアと目を合わせると、視線に篭った熱が言外に、抱きつくだけでは物足りなくてどうにかなってしまいそうだ、と訴えて来て。我慢を重ねるルシアの様子にゾクゾクとしてしまい、胸の高鳴り興奮、張り詰めるモノを抑える事が出来ない。

そして僕は、ルシアに腕を引っぱられるまま、診療所を後にするのだった。







「ただいま……あっ、ああっ」

「……はぁっ……やっと、やっと……うふふっ……」

ルシアに引っ張られ、足早に家の前へと戻ってきた僕達。家についた時には、ルシアはすっかり出来上がっている様子で。荒く熱い吐息、潤んだ瞳。脚を擦り合わせながら、しがみ付くかのような強さで僕の腕に抱きついて。
僕が玄関の扉を開けると、その細腕からは想像出来ない程の力で僕の腕を引き、家の中へ。
玄関の鍵を掛ける暇も与えられず、僕はあっという間に寝室に連れ込まれてしまう。


「んぅっ……あむっ、れるっ、れろっ……」

「っ……!?ん、ぁ、っ……ぁ……」

寝室に連れ込まれたその時には、ルシアの顔が目の前にあって。
目をつむる時間すらないまま、ルシアに唇を奪われてしまう。
いつの間にか頬に添えられていた手。僕はルシアに捕まえられていて。
押し付けられる唇の柔らかさ。そしてすぐさま、唇の間から這い出てくるぬめった何か。それがルシアの舌だと理解した時には、既に僕の舌は絡め取られていて。
ルシアの舌はまるで果実のように甘く、その動きは滑らかで、貪るかのように激しい。
僕の舌をひとしきり舐め回すと、今度は僕の咥内、歯茎や舌の裏まで隈なく、隅々までもにルシアの舌が這っていく。
自分の舌で触れても何も感じない場所。なのに、ルシアの舌に擦られるだけで、舌が、咥内が気持ち良さにとろけそうになってしまう。
キスの快楽が口元を弛緩させ、舌の絡み合う水音に耳を犯されながら、僕はルシアになされるがまま。

「ちゅう、ぅ、んく……じゅるっ……んく……ちゅるっ……」

「んっ、ぁ……ぁぁ……ふぁ……」

熱烈な口付けの最中、口から零れそうな程に溢れ出す唾液。
それさえも、ルシアに余さず啜り取られ、貪られてしまう。
そしてルシアは僕の唾液を、こくりと音を立てて飲み込む。
しかも、唾液だけでなく舌さえもルシアの咥内に吸い出されて。強制的に舌を突き出させられた状態。ルシアの咥内に引きずり込まれて、目一杯貪られてしまう。

ぷるぷるの唇に吸い出され、挟まれ、食まれ。白くて綺麗な歯に優しく甘噛みされて。ルシアの甘い唾液の湖に浸されながら、執拗なまでにねぶり回されて。
時折、ルシアが顔を少しだけ後ろに引くと、一際強く舌が引っ張られてしまい、それもまた気持ち良く。
さらにルシアがゆっくりと顔を後ろに引いていけば、離れようとする僕の舌を止めきれずに、ルシアの咥内から僕の舌が引きずり出されていって。
弾力に満ち、熱烈に吸い付く唇と、絶妙な力加減で舌を挟み込む歯。それらに、だらしなく弛緩した舌をしごかれて。
名残惜しそうに舌を捕らえる唇の感触。ぞりぞりと舌の表面を擦られる快楽。これもまた、法悦を極めてしまう。

流れるように変わるルシアの貪り方に翻弄された僕は、あっという間に恍惚と朦朧に追い込まれてしまって。
そんな中、愛する人に求められる事に至上の幸福感が湧き出す。

「んっ……ふぅ……れるっ……」

「っ……んっ……ん、くっ……」

そして、僕はベッドに押し倒されてしまう。
ルシアは僕に覆い被さりながら、熱烈なキスを途絶えさせない。
僕が下で、ルシアが上。絡み合う舌伝いに、重力に従って流し込まれる唾液。ルシアから際限なく与えられる甘い汁を懸命に飲み込む。
その度に、身体の内側を蝕むじくじくとした火照りは強まっていく。
気が付けば、怪我が治るまでの間、延々と生殺しにされていた僕のモノは、ズボンの中でこれ以上なく張り詰めていて。誰にも触れられていないというのに、その根元から快楽がこみ上げ、このままでは限界を迎えてしまいそう。

「んっ……ふぅ……ふぁ……はぁ……んっ」

「っ……ぷは……はぁ……ぁ……」

暴発してしまいそうな僕の事を察してくれたのか、舌を引き戻し、名残惜しげに唇を解放してくれるルシア。
耳の先まで真っ赤に紅潮し、火照りきった肌。荒く、熱く、甘い吐息。濃厚な色香を纏った彼女は、僕を見下ろす。
瞳に燃え上がるのはこれ以上ない程の情欲。恍惚に満ち、捕食者めいた笑みを浮かべながら舌舐めずり。
熱烈な眼光、そして、 溢れんばかりに放たれる好意、我慢に我慢を重ねた、深く底知れない情欲の丈。これから僕が、ルシアにめちゃくちゃにされてしまうであろう事を身体で理解する。

「あはっ、はぁ、うふふっ……待って待って待ち焦がれて……おかしくなってしまいそうだったのですよ……?」

「ぁっ……うぁ……」

僕のズボンの中に無理矢理突っ込まれるルシアの手。すべすべでしなやかなその指に、掌に、張り詰めた肉棒をがっちりと掴まれ、それだけで快楽に肉棒が跳ね上がる。
そして、もう片方の手に強引にズボンを引き下ろされ、あっという間に肉棒を取り出されてしまう。まるで、もう一時たりとも待てない、と言わんばかりの乱雑さ。
その間も、ルシアの据わった目に見つめられ続け、その視線に背筋にゾクゾクとした快感が走る。

「うふっ、ふふふっ……んっ」

外気に曝され脈打つ僕の肉棒。その根元を掴み、見降ろしながら、ルシアは僕の腰を膝立ちで跨ぐ。
もう片手で、ワンピースの裾をたくし上げ、その裾を口に咥える。
たくし上げられたワンピースの下で露わにされたのは、下着に覆われたルシアの秘所。家の外に出かける時、愛液が垂れないように下着をつけるようお願いした物だ。
純白の下着は、既にその用を成していない。すっかり水浸しになっていて、溢れ出る愛液を抑えきれていなかった。
股布は濡れて透け、秘所にぺっとりと張り付き、その形は浮き彫りになっていて。
下着から染み出した愛液は、むっちりすべすべの内ももをべったりと濡らし、妖しい光沢を放たせている。
そんな淫らな光景に、視線を釘付けにされてしまう。
淫らなのはそれだけでなく、ワンピースをたくし上げるともに立ち込める、微かな熱気。濃密で甘酸っぱい香り。淫らさの濃縮された香りを吸い込むだけで、ただでさえキスで蕩けた頭が、さらにとろとろのくらくらになってしまって。
淫らな光景、匂い、膨れ上がる興奮。それだけで達してしまいそうなほど。腰に込み上げるモノはどんどんと膨れ上がっていき、もう暴発寸前だ。

「んふ……んふふっ……」

一人でに射精へと向かいつつある僕を見据え、ワンピースの裾を咥えながら蕩けきった笑みを浮かべるルシア。期待に満ち溢れた、満面の笑みだ。
その手は秘所に伸ばされていて、下着を脱ぐ手間すら惜しい、と言わんばかりに、愛液に塗れた下着を横にズラし、秘所を露出させる。そしてそのまま、ヒクつく綺麗な割れ目を指で押し広げて。全く男を知らない証の処女膜。淫らにヒクつく肉襞が露わにされた途端、どろぉ……と愛液が滴り落ち、肉棒に降りかかる。その熱をきっかけに、引き戻せない射精への秒読みが始まってしまう。
そして、僕が射精を始めてしまうよりも早く。ルシアの秘所をじっくりと眺める時間もない程、すぐ様に。

「んふっ……いたらきまぁふっ……」

そして、ルシアは、射精準備中の僕の肉棒目掛けて、勢いよく腰を落としていく。

「ぁ、はぁん、っ――!?」

「っ、うぁっ……!?」

ルシアが僕のモノを咥え込む、一瞬の間の出来事。
絡みつき、締め付けてきながらひしめく幾重もの肉襞に、次々と肉棒を擦り上げられて。最後に、弾力に満ちた最奥に亀頭を柔らかく受け止められて。僕のモノが、深々と突き刺さる。
始めて味わう挿入の快楽が、一瞬のうちに押し寄せてきて。あまりの鮮烈さに、意識が何処かに吹き飛ばされてしまいそう。
弓なりに背を反らすルシアの姿を視界に収めながら、頭が真っ白になりそうなほどに高まった絶頂を迎える。

「ぁ――ぁはっ――!」

「ぁ、うぁ、あぁっ……」

まるで唇のように亀頭へと吸い付いてくる最奥の子宮口。精液の出口である尿道口を捕らえて離そうとしない。
そして、射精の脈動に合わせ、膣全体が蠕動して。強烈な締まりは、射精を妨げないどころか射精を促していく。
膣口から子宮口までの全てが一体となって、肉棒から精液を搾り取ろうと、吸い上げようと蠢く。
比べ物にならない程に増幅される射精快楽に翻弄されながら、ルシアのナカに、どくどくと精液を吐き出していく。

「あ、ぁっ、あぁっ――!」

目をぱちくりと、口をぱくぱくとさせているルシア。
脈動する肉棒からルシアに精液を注ぎ込むそのたびに、ルシアは僕の上で全身をびくびくと震わせ、痙攣し、喜悦に満ちながらも掠れた、声にならない声をあげる。肉棒を咥え込むルシアの膣内は、一層締め付けの強さを増して行く。
きっと、ルシアも僕と同様かそれ以上の、筆舌に尽くし難い快楽の中に、絶頂の中にあるのだろう。しかし、そんな状態でも、僕を見下ろすその視線は、瞳はしっかりと僕の方を向き、僕を見つめることをやめない。
その瞳の奥に見えるのは、溢れ出さんばかりに滾った愛情と情欲。もっと、もっと、と視線で訴えかけてくる。

「うぁ、ぁ、はぁぁ……」

精を放つたびに、肉棒を責め立てる膣の蠢きは激しく、締め付けは強烈になっていって。
肉棒の隅から隅まで、カリ首まで、無数の肉襞が隙間無く絡みついてくるルシアの膣内。まるで、ルシアのナカと僕のモノがぴったりと嵌まり合うかのような密着感、一体感。
精液を搾り取る蠕動とともに、ぎゅうぎゅうに締め付けてきながら、膣全体がうねり、くねり、肉襞は無数の舌のように蠢く。
射精の最中で敏感さを増した肉棒を、無数の肉襞に熱烈に、舐めしゃぶられる。先端から根元まで、裏筋やカリ首の隅々まで。
肉棒に擦り込まれる鮮烈な快楽は射精快楽に上乗せされ、射精の最中だというのに、快楽は、込み上げる射精感は膨れ上がっていって。
脈動は、射精の勢いは弱まっていくどころかさらに強まって、終わる様子を見せない。
快楽も同様に、天井が見えない程に高まっていって。
ただひたすらに、ルシアの子宮めがけて、快楽任せに精液を吐き出していく。





「ぁ、あっ、あぁ……」

永遠に続くかと思われた絶頂も、普段の何倍もの時間を経て終わりを迎える。
射精の脈動はだんだんと弱まって、快楽の波がゆっくりと引いていく。

「――っ、はぁん、ぁんっ……あはぁっ……!」

いつの間にか余裕を取り戻したルシアは、放たれる精液を受け止めるたび、甘い嬌声をあげて。

「ぅ……ぁぁ……」

射精が終われば、全身を疲労感と倦怠感が覆っていく。脱力し、半ば放心状態。最後の一滴まで、僕の放った精液は全てルシアの子宮へと搾り取られてしまった。
挿れただけ、たった一度の絶頂で、溜め込んでいた精液を全て放ってしまったかのようにすら思える。

「ふふ、うふっ……とうぃむふ、とってもおいしくて、きもちよくて、しあわせですっ……
いれただけでイってっ……せーえきだされるたびにイって……
うふふっ……たくさんイってしまいましたっ……」

脱力する僕の上、ルシアは蕩けた声をあげて。
恍惚とした表情で僕の目を覗き込み、ルシアもまた絶頂を迎えていた事を、幸せそうに伝えてくる。

「でも……これだけではマンゾクしませんよっ……?
もっと、もっと、あなたの事が欲しくてっ……ステキなカオをみたくて、どうしようもなくてっ……
あなたのせいですよ、あなたのせいで、カラダが熱くて、疼いて、しかたなくって……
私をこんなに欲情させる責任、とってもらいますから……うふふっ……」

ルシアは僕の腕を掴むと、強引に僕の上体を引き起こして。
そのまま僕に抱きついてくると、耳元でねっとりと甘い囁き。
服越しに伝わる身体の火照り、耳を擽る熱い吐息。
射精後の虚脱感の中、ルシアの言葉に、声に、ごくりと生唾を呑んでしまう。

「アナタの温もりが欲しいというのにっ……こんなモノ、邪魔です。脱いで貰いますっ……」

「うあっ……ぁ、あっ、ぁあっ」

抱擁も程々に、ルシアは僕のシャツに手を掛けて。そのまま僕は、剥ぎ取るかのような強引さでシャツを脱がされてしまう。
そして、シャツを脱がされる間も、ルシアの膣内は根元まで深々と、ぴったりと僕の肉棒を咥え込み、ぐちゅぐちゅに責め立ててくる。
射精直後の敏感な肉棒に与えられる快楽、刺激は射精中のそれ程ではないにせよ鮮烈で。
抽送も無く、ルシアの膣の蠢きだけで、僕は腰砕けにされ、情けない声をあげてしまう。

「はぁ、ぁんっ……とってもカワイイ声っ……
うふふっ……今から動いてしまいますよ……?
わたしのナカで、アナタのモノを……っ、はぁん、沢山沢山味わってあげますっ……
おいしい精液、もっと、もっと一杯出してもらいますからっ……ぁんっ」

「ぁ……っ、はぁっ……はぁ……」

するりとワンピースを脱ぎ捨て、胸を隠す下着をはらりと取り去りながら、ルシアは腰を上下に揺すり始める。
肉襞に肉棒を小刻みに擦られる快楽。特に、敏感なカリ首を肉襞に引っかかれる快楽。
ルシアの腰使いに合わせて揺れる豊乳。その桜色の先端はピンと勃ち、物欲し気。
僕の目の高さのすぐ下で見せつけられるその光景に、目が釘付けになってしまう。

「アナタとっ……出会ってから、ぁんっ……ずっと、ずっと、こうしたかったのですよ……っ?
アナタが私を助けてくれてから、アナタの事を好きだと、愛していると分かってしまってからは……うふふっ……んっ……
アナタの事が……っ……美味しそうで可愛くて大好きで愛しくて犯したくて交わりたくて貪りたくて愛し合いたくてっ……堪らなかったのですっ……ぁはっ……
そんな中、アナタと一つ屋根の下で暮らして、肌を触れ合わせて、温もりを感じて、無防備なアナタがすぐ傍に居てっ……
アナタはっ……可愛いカオをして身体中イイ匂いをさせて、私の事を好きで好きでしょうがなくて見るからにわたしに欲情してわたしとシたくて堪らない様子でしたっ……あっ、はぁっ……んっ……
愛しいアナタは全力でわたしのコトを誘うのに、私の欲情をこれでもかと掻き立てて掻き立ててめちゃくちゃに引っ掻き回すのに、せっくすするのは怪我が治るまでお預けで……んっ……ふぁ……」

僕の背に回されるルシアの腕。再びぎゅっと抱き締められ、胸板から鎖骨の辺りに掛けて、たわわな胸が押し付けられる。ルシアが腰を揺するたびに、押し当てられた胸はたわんで形を変え、その柔らかさを存分に伝えてきて。それだけでなく、固くしこり勃った乳首が僕の肌を擦り、ルシアの喘ぎ声にさらなる甘い響きが加わる。
そんな中、覗き込むようにして目を見据えられ、ルシアの瞳に視線が吸い込まれてしまう。快楽に乱される意識の中、ルシアの声がやけにはっきりと、すんなりと聞こえて。
彼女の瞳に魅入られた僕は、世界にルシアと僕だけのような、そんな心地になってしまう。

「うふっ……はぁっ、んっ……何が、言いたいか、分かりますよねっ?
わたしはっ……とても、とても、ガマンしていたのです……
一生分と言ってもまだっ、足りない程っ、狂おしくっ、耐えて……堪えて……っ
もう、ガマンなんてしませんからぁ……んっ……ぁっ……ふふっ……しっかり、わたしのコトを、受け止めて貰いますっ……
満足するまで……いえ、満足してもっ……離しませんからっ……あんっ、はぁんっ……
覚悟、してください、ねっ……?」

魅入られた瞳から感じるのは、今まで感じた事の無い鮮烈な熱情、欲望。僕の精を受け、ルシアはさらなる情欲を滾らせていて。彼女がどれほどの交わりで満足するか、検討もつかず、底も知れない。
僕を離さないというルシアの言葉は、有無を言わせないという意思表示。
たとえ、僕が疲れ果てて動けなくなったとしても、精液を絞り尽くされて空となったとしても。それでもルシアに貪られてしまうのだろうと直感的に理解し、またもゾクゾクとしたモノを感じてしまう。

「ぁん、はぁっ、あぁっ……!ほらぁっ、はやくっ、せーえき出してくださいっ……!
一回分じゃ足りませんよぉっ……?お腹がいっぱいになって、溢れるまで、たくさんたくさん、そそいでっ……!」

僕をがっしりと抱き締め、その胸を存分に僕に擦り付けながら、ルシアはまるで騎乗位の様に腰を振り始める。
さっきまでの揺するような動きではなく、腰を打ち付けるかのような激しい上下動。
我慢しないとの言葉の通り、情欲任せに快楽を貪り、精を搾り取るつもりなのだろう。

「ひぅ、ぁっ、そ、そんなっ、すぐにはっ……!」

ルシアが腰を上げ、肉棒が引き抜かれようとすると、逃がさないというかのように、ルシアの膣内が一際強く締め付けてきて。まるで押し潰されてしまいそうな程に強烈な柔肉の圧力。その中を、強引に、無理矢理に。
びっしりひしめいた肉襞は、弱点のカリ首にぴっちりと密着し、舐め擦りあげては離れて行って。ルシアの奥から入り口までの無数の肉襞が一瞬の間に殺到するその快楽は、凄まじいの一言。

「ぁはっ……!だめですよぉ、今すぐっ、出して貰いますからぁ……!
ほら、ほらぁ、ぁっ、んっ……!
ぁあっ、すぐに出ないなんて、ウソはいけませんよ?
こんなにっ、わたしのナカで、硬くて、びくびく跳ねてっ……!
キモチイイんですよねっ?わたしのナカっ……!」

「うぁ、ぁぅっ、気、気持ち良っ、ぁ、あぁ……!」

ルシアが勢い良く腰を降ろす時、ルシアの膣内は、まるで肉棒を迎え入れるかのような様相。僕の肉棒をぎゅうぎゅうに締め付けて来ながらも、挿入を拒む様な抵抗は無い。
肉壺全体が、肉棒を奥に引き入れようと蠢いているようで、まさに、ルシアの下の口に食べられてしまうかのよう。ずぶずぶと底なし沼に沈んでいくような、蕩ける挿入の快楽。その最後には、最奥の子宮口が僕の亀頭を受け止めてくれて、確かな手応えを返してくれる。そして、最奥に到達するとともに、肉壺全体が熱烈に収縮して、僕のモノを締め上げ、ルシアもまた快楽の中にある事を伝えてくる。
そしてすぐさまにルシアは再び腰をあげ、肉棒を引き抜いては、腰を降ろして咥え込み、引き抜いては、咥え込み……
肉襞ひしめく肉壺が、射精直後の肉棒を容赦無く扱いていく。
腰の上下それぞれで、交互に味わわせられる、別種類の快楽。
そのどちらの快楽も鮮烈で、射精直後だというのにも関わらず、僕の身体は早くも次の射精への秒読みを始めていて。

「あぁっ……!イってしまうのですねっ……?
美味しいせーえき、たくさんごちそうしてくださいっ……!」

僕が絶頂を迎えてしまいそうな事はお見通しなルシア。期待に満ちた声をあげながら、ぐりぐりと腰を押し付けて来て。
それだけでは不十分と、僕の腰に脚を絡め、カニ挟みのようにがっしりと僕を捕らえて離さない。
何が何でも、膣奥で射精してもらうと言わんばかりの体勢。

「はぁ、ぁ、うぁぁ……」

「あはっ、ぁんっ、はぁ……んっ……ぁっ、あぁっ……!」

射精直後の敏感さを保ったまま迎える二度目の絶頂。
ルシアから与えられるそれは、ただただ僕を求め貪ろうとする、情け容赦の欠片も無い我儘な快楽。未知の快楽に翻弄され、めちゃくちゃになってしまいそう。
そんな僕の上で、僕の精を啜り、ルシアは恍惚の表情を浮かべて、びくびくと身体を痙攣させる。

「ぁっ、はぁ、ふふっ……あぁっ……!」

射精の最中にある僕の顔をじいっと見つめてきて、悦楽の笑みを浮かべるルシア。射精中のだらしない顔をまじまじと見られて恥ずかしい反面、被虐的な悦びにゾクゾクと背筋が震える。ルシアが悦んでくれているなら、尚更情けない顔を見られてしまうのが気持ちいい。

「っ……ぁ、はぁ……ぁぁ……」

射精を終えると、まるで精力を根刮ぎ吸われてしまったかのような脱力感に襲われてしまう。
たった二回の射精で、玉の中が空になってしまいそうな程に精液を搾り取られてしまった。
それにも関わらず、ルシアのナカは僕の肉棒を萎えさせない。

「っ、ぁん、はぁ……あっ……ふふっ……とってもステキなイキ顔でしたよ、トウィムフっ……情けなくて、だらしなくて、とっても可愛くて……うふふっ……とてもそそられてしまいますっ……
せーえきを沢山注いで貰うのも勿論ですけど……うふふっ……
もっと、もっと、ステキなイキ顔も見せて貰います。
まだ、まだ、マンゾクしませんから……」

早くも精魂尽き果てかけた僕をがっしりと抱きしめながら、ルシアはカニ挟みを解き、再び騎乗位のように腰を振る体勢に。
うっとりと笑みを浮かべながらも、その瞳は飢えた獣じみた輝きを放っていて。何度の射精で満足するのか、そもそも僕が枯れ果てる前に満足してくれるのか。

「あぁ、はぁんっ……愛していますよっ、トウィムフ……!」

「ぼ、ぼくもっ、あいし、ひぃぁ、ぁ、っ……ルシアぁ……!」

休む暇も無いまま、ルシアは再び腰を振り始めて。めちゃくちゃになってしまいそうな快楽が僕を襲う。
早くも疲れ果ててしまいそうだけれども、愛する人となら、その疲れですら心地良く感じてしまえて。
底無しの欲望を溜め込んだルシアに求められるがまま、貪られるがまま、そして愛されるがまま。僕に拒否権は無いと言わんばかりだけども、その強引さもまた愛しく。
ルシアの愛と欲望を一身に受けた僕は、幸福に溺れていく。







「ぁん、はぁ、ぁっ……もっとぉ……もっと、くださいっ……!」

「うぁ……ぁ……だから、もう、でない……」

勢い衰える事無く、僕の上で腰を振り続けるルシア。またもや呆気なく、僕は絶頂へと追いやられてしまう。
これで何度イかされてしまったか、もう分からない。ただ、軽く二十回は越えてしまっている。
散々搾られているにも関わらず、未だ肉棒の固さが衰える事は無く。あまりにもルシアの膣内が気持ち良すぎて、幾ら出しても出しても萎えない、萎えられない。
もはや、僕はルシアに絞り尽くされてしまっていて。
幾ら絶頂を迎えても、ただただ快楽とともに肉棒が脈動するだけで、精液は出てこない。
肉棒は擦り切れてしまいそうな程に酷使されて、精液の源の玉袋の中身は、焼け付くように熱い。
甘美な放出感を味わえない切なさ。度重なる絶頂で疲れ果て、力の入らない身体。
そんな僕の事などお構い無し、精液が出なくとも絞り出せと、何度も何度も、容赦無くルシアにイかされてしまっていた。
限界を超えた絶頂。普通なら音をあげ、許しを乞うであろう状況。
けれども、惚れた弱みなのか、幾ら疲れ果てようとも、幾ら空射精を迎えようとも、ルシアとの交わりなら決して苦にはならない。
むしろ、疲れは心地良いくらいで、空射精の被虐的な快楽もまた病み付きになってしまいそうなほど。
何よりやはり、愛しいルシアに求められている事が幸せでならない。

「あはっ……また、びくびくしてっ……カワイイカオをしてっ……
でも、それだけではダメですよぉ……?
さっきから言っているではありませんか……早く、はやくっ、せーえきを、ワタシのナカにっ……」

「だ、だから……もう……で、でな……」

「ダメ、ですっ……出して、くださいっ……!」

絞り尽くされた僕に対する、理不尽なルシアの要求。僕をひたすらに責め立て、出もしない精液を搾り出そうとする。
けれども、その理不尽さも愛おしくて仕方が無い。

「ぁ、ぁ、はぁぁ……っ、で、でる、なんて……」

そして、またもや僕は、ルシアにイかされてしまう。
それは、微かな射精感を伴っていて。
枯れ果てるまで絞り尽くされた筈だというのに、射精の快楽が僕を襲う。
脈動一回分の僅かな量に過ぎないけれども、本来出る筈の無い精液が、肉棒の中を通り抜け、ルシアの子宮に吸い出されていく。
ルシアから与えられる快楽に、ついに限界を越えてしまった、越えさせられてしまった僕の精力。爛れるような甘い熱の中、玉の中で精液が作られていくのを感じる。僕の身体が、ルシアに精を捧げるための物になってしまったような気すらする。

「ぁん、あぁっ……せーえきっ……やっと、出ましたぁ……
出ないなんて、ウソはいけませんね……うふふ……
今度こそ、私のナカ、せーえきでっ、いっぱいにしてもらいますからぁ……っ……!」

僕の漏らした僅かな精をも、ルシアは敏感に感じ取ったのか、一際大きく身を捩る。
僕を見据えるその瞳には、未だ底を見せずに燃え上がり続ける情欲の炎が滾っていて。
此処からが本番だと言わんばかりに、より激しく、荒々しく、僕の上で腰を振りたくり始める。
疲れを見せる素振りも無く、僕の事を、ただひたすらに、貪ろうとしてくる。
そして僕は、底無しの欲望を、愛情を、底無しになりつつある精力で余す事無く受け止め、受け入れ、終わりの見えない悦楽と幸福に呑まれていくのだった。




「はぁ、ぁん……もう、限界なのですか……?」

騎乗位から身体を倒した体勢。くったりとしながらその身体を僕に預け、語りかけてくるルシア。僕の首に手を回し、柔らかな肢体を甘えるように擦りつけてくる。
もちろん、僕とルシアは、相変わらず深くで繋がっていて。抽送こそないものの、僕の肉棒を最奥で咥え込んだルシアの膣内は、未だ貪欲に蠢き続けている。

昼と夜が何回も入れ替わる程に続いている、ルシアとの交わり。これだけ長く続いているというのに、ルシアと僕は未だに繋がりっぱなし。ルシアの膣内から僕の肉棒が解放された事は一時たりとも無く。
休むこと無く迎えた射精の数は、もはや数えきれない。何百回にも及んでいるのは確かだと思う。

ルシアと交わっていつの間にかに、無限の精力を持つ身体になってしまったけど、体力はもちろん無限ではなくて。
度重なる絶頂に疲れ果ててしまった僕の身体は弛緩しきってしまい、指一つすら動かせず、喋る事すら出来ない。
当然、ルシアの問いかけに答える事すら出来ず、ただ、ただ、されるがまま。
ルシアから与えられる快楽のみが、僕のまぶたを開かせ、意識を無理矢理に引き留めている。
もはや限界とも言える程なのに、不思議と生命の危機は感じない。ただ、ただ疲れている、それだけ。
その疲れも、決して不愉快なものではない。
むしろ、だらりと横たえた身体が、芯から蕩けていくようで、心地良さすら感じてしまう。

「うふふっ……しかたのない旦那様ですね……あむっ……ちゅっ……じゅるっ……れるっ……ぷはっ……んくっ……
ふふ、おいしい……」



半開きになった僕の口から唾液が零れそうになると、勿体無いと言わんばかりに、ルシアはすかさず僕の唇を奪い、唾液を啜り出していく。
そして、僕の唾液をこくりと飲み込んで、ご満悦。


「では……この一発をさいごに……やすみましょう……
ふふっ……たくさんだしてくださいねっ……?」

返事も出来ない僕の事を気遣ってか、長かった交わりを終わらせるつもりになったらしい。
そして、ルシアがそう言った時には既に、僕は秒読み寸前まで追い込まれていて。
何度味わっても、飽きる事も慣れてしまう事も無い魔性の快楽に、あっさりと絶頂を迎えてしまう。

「はぁ、あぁ、ぁん……っ……はぁぁ……しあわせぇ……」

どくん、どくんと、勢い良く精液を注いで、それに合わせてルシアも恍惚に満ちた声をあげる。
身を捩り、絡めた脚を擦り合わせて、僕をぎゅっと抱き締めながら、身体をびくびくと震わせる。
ぼんやりと霞み、快楽に染まる意識の中、そんなルシアが愛しくて仕方が無い。

「ぁ、はぁんっ……たくさんでましたぁ……
ふふっ……では……そろそろ、寝ましょうか…………」

何百回目にも関わらず、勢いが衰える事のない射精を終え、名残惜しさを覚えながら、余韻に浸かる。
そんな中、ルシアはようやく、僕を寝かせてくれると言うけれども、言葉に反して、僕の肉棒が解放される様子は無く。
相変わらず、肉壺はぐちゅぐちゅに僕の肉棒を咀嚼して、快楽を与え続けて、僕を眠らせようとはしてくれない。

「……あ……いえ……やっぱり、あと一発だけ……
あと、一発だけ……そうしたら、ねかせてあげますから……ね?」

そして結局、少しだけ間を置いてから前言を撤回し、あと一発だけ、と言い始めて。
頑張ってください、と言外に言うように、頭を優しく撫でられる。

「…………いえ……あ、あと三発……五発……やっぱり、あと十発……っ……あぁん、百はほしいです……いえ、もっと、もっと……」

さらに間をおいて、一発だけでは物足りないと思ったのか、どんどん自分の言葉に訂正を重ねていって。
欲望に負け続けなその様子は、微笑ましさすら、愛らしさすら感じてしまう。
その欲望の矛先が自分なのだから、その欲望は愛情そのものなのだから、愛おしくて仕方が無い。
それだけ僕は深く、激しく、どうしようもなく、たとえ動けなくなったとしても、求められて、必要とされているのだから。

「あぁっ……やっぱり、まだまだ、ねかせませんっ……あいしていますよっ……」

感極まった様子で愛を囁き、僕の唇を奪おうとするルシア。
一滴たりとも逃す事無く、僕の精液を子宮で受け止めた結果、ルシアのお腹はまるで妊婦のように膨らみ張り詰めていて。
それでもまだ、満足を迎えない程の深い欲望、そして愛情。
それは、間違い無く底無しと言っていい程の代物で。
愛しい人に求められる、際限のない充足感と幸福感。
そんな中、限界を迎えた僕は、愛の言葉と柔らかな唇の感触に、意識を手放してしまうのだった。
13/10/14 20:26更新 / REID

■作者メッセージ
一日千秋の思い と言えばいいのでしょうか。
長い時間耐えれば耐えるほど強力なサキュバスになるエロフさんですが、想い人が出来てしまった状態でその衝動に耐えたなら、その反動は計り知れない事になるはず……!
そんな事を考えた結果がこのSSです。
エロフを通り越してエロエロエロフだな という感想を抱いて貰えれば狙い通りなので幸いです。

全力で欲望のままに貪られちゃいたいなぁ、とかそういう感じのお話でもありました。勿論愛情ありきで。
でも、全力で愛でられたり、全力で籠絡されたりとか、そういうのも素敵ですよね。
次はそんな感じのお話を書きたいなぁ。

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