連載小説
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第八話『命名』
 「・・・・・・×××様、貴女様の言う通りでしたね、この方は強く、私が持っていない優しい心を持っていらっしゃるようです」
 「優しさなら、アンタも持ってるだろうよ」
 唐突に、右目だけを静かにゆっくりと開けたキサラギが微笑みながら、そんな事を口にしたので、少女はタオルを握り締めたままで後ろに飛びずさってしまう。
 「悪ぃ、悪ぃ、驚かせちまったか?」
 未だに力が入らない右腕を体を支えながら起き上がった彼は、机の上に投げてあった増血剤のカプセルを口に含む。そうして、少女が差し出した水に礼を言い、一気に飲み下す。
 「・・・・・・私には心はまだありません。
 ですので、マスターをあの時、お助けしたのは優しさではなく、主の命を最優先事項に置くプログラムによるものです」
 キサラギは絆創膏が貼られた顎を一つ撫でる。 
 「確かに、そうかもしれねぇ。
 だけど、人間が他人に優しくするのも、ある意味、プログラムだよな。
 コイツに恩を売っておけば、後々で自分に有利になる、とかそんな打算があって優しくする奴もいれば、単純に『放ってはおけない』って言う理由にもならねぇ理由で世話を焼く奴もいる。
 人間だろうが、ゴーレムだろうが、魔物娘だろうが、自分じゃない奴に優しくするのには色んな理由やら事情がある。
 だから、俺はアンタの俺に対する行動は『優しさ』と思う」
 キサラギの回りくどいような、正鵠を得ているような、今イチはっきりとしない物の言い方に少女は混乱してしまい、形のいい眉を寄せてしまう。
 (これが・・・困惑、と言う感情。そして、そこから派生する反応)
 「ま、優しさってのは時に相手を傷つけちまうこともあるんだけどな」
 「そうなのですか?」
 「そうなのさ」と苦笑いを浮かべたキサラギはシャツを羽織る。少女は流れるような動作で近づいてきて、開けたままにされているシャツのボタンを締めようとしたが、彼はそれを無言かつ手を小さく振って制止した。
 「別に、俺はアンタにメイド紛いの事をやらせたい訳じゃない。
 ―――・・・と言うかだな、正直、戸惑っている、俺ァ」
 「戸惑い、ですか?」と少女はキサラギの表情をデータに焼き付けつつ、首を傾ける。
 「隠しててもしょうがないから正直に言うが、俺はアンタを目覚めさせる気なんて、これっぽっちも無かった」
 固い表情のキサラギはそう言って、親指と人差し指の間隔を狭める。
 「そんで、これから、アンタをどう扱っていいものか、も迷っている」
 「如何様にも。
 私はマスターの身の回りのお世話もいたしますし、夜のお供も出来ます。
 また、戦闘プログラムも書き込まれておりますし、この身には各種銃火器も積み込んでおります。
 弾丸の盾になれ、と命令されれば、喜んで、マスターの盾となります」
 「それが困る」とキサラギに言われ、少女は『戸惑って』しまう。
 「行動不能になっても、マスターの命を守れるのなら、ゴーレムとしては本望です。
 それに、修理はいくらでも効きます」
 すると、キサラギはわざとらしく、大きな溜息を漏らした。
 「俺はてめぇの命を大事にしねぇ奴とはつるみたくねぇ」
 「・・・私に『命』はありません」と少女は表情を翳らせて、顔を俯ける。
 「ですが、私がお傍にいるのが不快と言うのでしたら、私は今一度、あの場所に戻ります。
 気分を害されてしまうかも知れませんが、一言だけご命令ください、『契約を破棄し、眠りにつけ』と」
 「待て待て・・・誰が帰れ、と言った」
 少し不機嫌そうに呟いたキサラギは眉間に皺寄せ、少女の手首を掴んだ。彼は少女が、現マスターである自分には暴力を振えないことを知っているので、手首を握る右手には力を入れていなかった。もっとも、胡桃を三つ同時に割れる握力をキサラギは有しているので、力を下手に入れてしまっていたら、いくら彼女の体が特殊合金で作られているとは言え、手首にはくっきりと指の跡が残ってしまっただろう。
 「成り行きとは言え、アンタを目覚めさせたのは俺だ。
 その上、知らない内に、アンタの主にまでなっちまった」
 彼女の手首を離したキサラギは背もたれに体重を預ける。
 「素直に言っていいなら、マジで迷惑だ。
 かと言って、俺の命を救ってくれたアンタを冷たく扱うのも、俺自身が許せない」
 自分でも言い方が少し回りくどすぎるか、と思ったらしく、キサラギは苦笑いを漏らすと腰を上げ、おもむろに包帯が根元までキツく巻かれている指を大きく広げた右手を彼女へと差し出す。
 「至らぬ点の方が多いかもしれねぇが、これからよろしく頼む」
 「!? では、私はマスターのお側にいてもいいのですか?」
 「一つだけ約束してくれ」
 「何なりと」
 「俺は守るな」
 「そ、それは、私の存在意義に反してしまいます」
 「俺はアンタを態のいい下僕として旅の同行者に選ぶ訳じゃない。
 同等の立場の『相棒』として一緒に来て欲しいんだよ」
 キサラギは汗ばんできた髪をかき上げて、話を続ける。
 「もちろん、『相棒』だから辛い時や苦しい時は助け合う。
 俺はアンタを信頼して背中を預けるし、俺もアンタの背中を預かる。
 だけど、これだけは約束してくれ。
 俺が危ないって時に、自分の身もヤバいってんなら、自分を優先してほしい」
 「・・・・・・つまり、私はマスターの盾になってはいけないのですか?」
 「そうだ。俺は『相棒』を盾になんかしたくない。
 もし、それで死んだとしても、俺はアンタを怨んだりしない、約束するよ。
 当然、俺もアンタの盾にはなったりしない。
 自分の安全を優先させてもらう」
 「私はゴーレムです。
 マスターを守り、マスターの役に立つ為に作られました。
 ですから、自分を守るな、と言う命令は受け入れ難いものです」
 しかし、少女はゆっくりと上げ、キサラギが差し出したままでいた右手をそっと握り締めた。
 「なので、私はマスターの盾にはならず、マスターに危害を加えようとする存在を何よりも速く排除する矛になります。
 それなら、構いませんか?」
 「あぁ」とキサラギは大きく頷き返し、少女の手を握り返した。
 「正式に契約したとなると、アンタって呼ぶ訳にもいかねぇな。
 何て呼べばいい? っつーか、王女様はアンタを何て呼んでた?」
 「前のマスターは私をキャレと呼んでおりました。
 ですが、私はマスターに、新しい名前を与えていただきたいです」
 少女の無表情だが、真剣さが滲み出ている顔にやや気圧されてしまったキサラギは眉を顰め、虚空を睨みながらブツブツと呟き出す。
 そうして、五分ばかり唸ってから、少女に目を戻した瞬間、ポンと手を打った。
 「ロトス・レマルゴス・・・・・・レムって呼ぶが構わないか?」
 「素晴らしい名前を、私に下さり、ありがとうございます」
 少女、いや、ロトス・レマルゴスはキサラギに深々と頭を下げた。

 三日後、シャワーを浴びて着替え終えたキサラギは冷蔵庫の中にあったハムを、そのまま齧りながら、まだ軽く湿っている髪をガリガリと掻く。
 「しばらくは、この街で金を稼がないとな。
 遺跡の調査は俺以外のメンバー、全員死亡で結果的には失敗に終わっちまったから、報酬は貰いには行けねぇしな」
 報酬を手にするためには唯一の生き残りとして、遺跡内であった出来事を包み隠さずに全て、依頼主でもある王や大臣の前で喋らねばなるまい。そうなれば、レムは半ば強引に押収されてしまうだろう。
 そもそも、王が遺跡の調査を始めたのは、例の禁術について詳しく知りたかったかったからだろう。あの魔術陣の構築には直接、関わっていなかったとしても、レムは王女のサポートをする為に作られた、なら、頭の中の記憶媒体に相応の情報が刻み込まれている可能性は低くない。
 (真実5、虚偽5の流れで煙に巻くのも出来なくはないだろうが)
 読心術の心得のある術師を何人か抱えている筈だ。魔王軍に席を置いていた頃、読心術に対抗する方法は教えられてはいたが、元々、魔術が使えないのだから、キサラギはそれを当てにはしていなかった。
 相棒をむざむざと解体されてしまうような場所に送ってしまうくらいなら、雀の涙ほどの前金だけで我慢する方がマシだと言うものだ。
 「前金はほとんど使っちまったからな」とキサラギはこの宿の宿泊費と口止め料よりも高かった、レムの胸に張っている霊符を指す。
 「三つ隣の街に馬車で行ける程度の旅費と、その間の食糧、それと、レムの『飯代』くらいは稼がないとな」
 「マスター、お言葉ですが、私のエネルギーは電気でなくても構わないのですが」とレムは無機質な視線をキサラギの股間辺りに注ぐ。
 しかし、苦々しい微笑を見せたキサラギは首を小さく横に振った。
 「俺は女と交われない体なのさ」
 「それは勃起機能不全と言う事ですか? それとも、私に魅力が足りませんか?」
 大振りとは言い難い胸を擦った彼女が申し訳無さそうに顔を伏せたので、キサラギは慌てて、両手を激しく左右に動かす。
 「レムは魅力的だと思うぞ。
 まぁ、理由はどっちも、と答えるしかねぇんだわ。
 もっとも、後者に関して言えば、レムだけじゃねぇ、この世界のほとんどの魔物娘が俺の大業物を隆々とさせるのは無理なのさ。
 グダグダと言葉で説明するより、見せた方が早いな・・・ちっとばかし、恥ずかしいが」
 少し躊躇いを表に出したものの、キサラギは齧っていたハムを脇のテーブルに置くと、唐突にベルトを緩めだし、ズボンを膝の辺りまで下ろした、下着と一緒に。
 そうして、レムは外気に晒されて、少しばかり萎縮してしまっているキサラギの禍々しい凶器を曇り一つない瞳でマジマジと見つめた。
 キサラギの愚息には鮮やかな紅色の文字や記号が根元から亀頭まで螺旋を描くようにびっしりと描かれていた、いや、彫り込まれていた。
 レムは一つ一つの文字と記号を確認し、術の内容を読み解いていく。そうして、その意味を知る。
 「これは・・・・・・封印の術式ですね。
 しかも、かなりハイレベルな」
 「魔王軍の魔術部隊の副隊長であるバフォメットのサジェスに入れて貰った。
 普通に、腕やら背中に入れるのと違って、かなり痛かったぜ」
 カラカラと笑いながら、キサラギはズボンを履き直す。
 「コイツを入れているおかげで、俺はサキュバスのフェロモンを受けても、どうにか正気を保っていられる。
 もっとも、サジェスより強い魔力を持っているエキドナやらリリムになら術を解かれちまうと思うが。
 まぁ、勃たなきゃ、並みの魔物娘じゃ俺から精を吸えないからな」
 「ですが、マスターはお若いですよね」とレムに聞かれ、「今年で25になるかな」と答えを返すキサラギ。
 「なのに、男根に封印をかけて辛くないのですか?」
 「辛いかと聞かれたら、まぁ、辛いか。
 人間の本能的な欲求である食欲、睡眠欲、性欲の一つを押さえ込んでるんだから」
 ソーダ水を飲み、彼は口の端を乱暴に拭う。
 「だけど、俺は強くなりたいのさ、行ける所までな」
 とことん強くなりたい、それが自身を勃起不全に追い込む理由になるのかが判らないレムは小首を傾げてしまう。
 「生きてる以上、人間は一日のどっかで決定的な隙を無意識に生んじまう。
 飯を食い終わった瞬間、獲物の息の根を止めた瞬間、そんで、精液を放出する瞬間だ、自慰やセックスに関わらず」
 先にも書いたが、キサラギは魔王軍の騎士団に所属していた身だ。当然、周りにいるのは選りすぐりの戦士達。
 しかし、戦士であろうと、魔物娘の本質は魔物娘。外側も内側も『羊』と言う柄ではないキサラギではあるが、彼女等の中に若い上に腕っ節の立つ人間の男が一人と言う状況は、シベリアンハスキーがライオンや熊が闊歩する檻の中に放り込まれるようなものである。
 実際、キサラギは勇者部隊で訓練生として稽古に励んでいた時に、前々から彼に目をつけていたサキュバスに貞操を奪われてしまっていた。
 そうして、騎士団に見習いとして入ってからも、毎日、訓練が終わってからシャワー室やら娯楽室、果ては執務室で半ば強引な形で交わらされ、精液を玉袋が空になるまで搾り取られていたのだ。
 当初こそ、ズタボロに負かされた事で魅力なしと判断されていた彼だったが、混じり気のない才能と惜しみない努力で着実に実力を伸ばしていたのと、大砲とも表現できる立派な一物を所持している事が周囲に知られたのも、魔物娘らの食指が動いた原因だった。
 持ち前の頑健な精神力のおかげで快楽に溺れず、『自分』を保っていられたから、体内に魔力を注ぎ込まれてインキュバス化してしまう事は避けられたが、逆レイプされる日は続いた。
 何とか、力技で自分を押し倒そうとしてくるミノタウロスやリザードマンを跳ね除けられるまで強くなってからはセックスの回数は減ったが、何らかの偶然で首が落ちてしまったデュラハンやスイッチが入ってしまったドラゴンやヴァンパイアには当然ながら太刀打ちなど出来ず、水っぽい精液しか出なくなるまで腰を振られてしまった。
 それ故に、キサラギは自分の男としてのシンボルを封じてしまう事を決意したのだ。これを知った、キサラギに肉欲以上の好意を抱いていた魔物娘等は大反対し、施術に向かう彼を乱暴な手段で止めようとしたが、想像以上の地力を身に付けていた彼の前進を阻む事は叶わなかった。
 とは言え、交われなくなった事でキサラギを毛嫌いするようになるほど、魔物娘等の度量は狭くもなく、彼の『剛棒』が駄目でも指や舌で気持ち良くして貰えば良いと前向きに考えていたらしく、それまでと大して変わらぬ態度で接し続けた。もっとも、中には極上のワインを飲む為には、ある程度の時間は我慢しなければならない、と術によって溜めに溜められて濃さを増した精液の味を想像して、股間を濡らしている者も多かったのだが。
 「そんな隙だらけの一瞬を襲われて、死ぬのは俺は嫌だ。
 グウの音も出ないほど強ければ、食べている時だろうと寝ている時だろうと、女と交わっている時だろうと遠慮しないで挑んで来い、なんてカッコいい事を口に出来るんだろうが、俺はマダマダだ」
 古の魔獣・オルトロスを傷だらけになりつつも単身で倒した男の物とは思えない、弱気かつ謙遜の台詞を口にしたキサラギは口許にどこか乾いた笑みを漏らす。
 「強くなるためには体を鍛えないとならない。
 その為には栄養価のある物を存分に食って、じっくり体を休めなきゃならん。
 だから、俺ぁ、食欲と睡眠欲ではなく、性欲を律したんだよ」
 ただ、純粋に強くなりたい、と言うだけで本能すら鎖で縛り上げられる、キサラギの尋常ではない強さにレムはただただ、感嘆の念を抱くより他にできなかった。
 実際、冷静に見れば、キサラギは危うい。『死』に囚われてしまっている、と言っても過言ではあるまい。
 折れず崩れず、曲がらない、そして、砕かれず斬られず、潰されない強さをその手にする為なら、どれほど危険な場所にも躊躇なく飛び込んでいくだろうし、恐ろしい相手にも挑んでいってしまうだろう。
 自分の一つしかない命ですら、強さの為に一拍、いや、刹那の時も躊躇わずに投げ出しかねない男、それがキサラギ・サイノメなのだろう。
 「まぁ、ここまで話しておいて隠しておく理由もないから言うがな、この封印は何らかのランキングで一位になったら自動的に消滅しちまうらしい」
 「マスターはどの分野でのトップを狙っておいでで?」
 「当然、コイツさ」とキサラギは手が届く距離に立てかけている日本刀を引き寄せる。
 「オヤジや隊長らに数え切れないほどの武器の扱い方は叩き込まれてきてるが、やっぱり、馴染むのは刀っつーか、斬撃系の武器だな。
 『侍』の血が確かに、俺の体には流れてるんだろ」
 そうして、キサラギは目の前のレムへ両手を合わせて、頭を小さく下げた。
 「悪ぃな、レム、だから、お前に俺の熱液をくれてやるのは無理だ」
 「大丈夫です、マスター。
 精液でも、電気でも、満タンになれば同じように動けますし、戦えますので」
 しかし、レムは改めて、自分を起こしてくれたのが、マスターになってくれたのが、目の前の人間で本当に良かったし、『嬉しい』と感じられた。
 「とりあえずは、役場に行って適当な仕事か依頼がないか聞いてくる」
 「マスターが働く必要はありません。
 私の食い扶持なのですから、私がお金を稼ぐのが筋です」
 「それを言われると弱いが、俺の傷もそろそろ塞がり出したし、ここらで体を本格的に動かし出さないと本当に鈍っちまう」
 毎朝と毎晩、腕立てと腹筋運動を200回ずつこなしているキサラギは渋面を浮かべる。
 「だから、レムは自分の飯代を稼ぎに、俺はストレス発散に働くってのが正しいな」
 「では、善は急げと申します。早速、参りましょう」とレムはキサラギの手を取った。
 「おいおい、俺ぁ、まだ飯を食ってる最中だってのに」
11/10/25 16:24更新 / 『黒狗』ノ優樹
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