読切小説
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甘蕩此想
おはようございます。御機嫌はいかがですか?
本日も良い紫色の空模様。魔界は妖しい雰囲気に包まれています。

ところで、今日は何の日か御存知でしょうか?

そう、バレンタインデー。
恋する乙女が、気になるあの人へとチョコを送る日です。
手作りしたチョコを中々渡せず、もやもやとする人もいれば、
義理だと言って渡したチョコが、実は本命であったりする人もいて。
愛する人と、そしてライバルとの駆け引きが行われる、熱い一日でもあります。

この特別な日に魂を燃やすのは、なにも人間ばかりではありません。
魔物娘もです。私達も同様に…いえ、人間以上に、今日という日に命を賭けています。
想い人が別の女性に取られてしまうというのは、魔物娘にとっては死刑宣告も同じです。
『負けられない戦いがそこにある』。バレンタインは、いわば聖戦とも呼べる一日なのです。

しかし、戦場とは、策無しで生き残れる世界ではありません。
私達も充分にそれを理解し、あの手この手で想い人を振り向かせようとします。

今回は、そんなバレンタインに賭けた魔物娘の皆さんを御紹介させて頂きます。
ケースは5つ。どれもタイプの違う、しかし、等しく愛に燃える女性達。

チョコも溶ける、彼女達の熱く甘い戦いを、どうぞ御覧になってくださいませ。





◆ケース1:ヴァンパイア

ヴァンパイア。人の生き血を好む、気高き吸血鬼の魔物娘です。
数ある魔物娘の中でも、特にプライドが高いことで知られる彼女。
人間を下僕として見ている者が大半で、愛とは無縁の存在に思えます。

しかし、その実、彼女は下僕のことが好きで好きでたまりません。
自覚がない者、自らの想いを認めたくない者など、個性はありますが、
本当は人間のことが大好きなのが、このヴァンパイアという種族です。

このような性格ゆえに、バレンタインの日はちょっとした騒動になります。

まず、彼女は下僕に『絶対に入るな』と言い残し、厨房に閉じこもります。
中から聞こえてくる音といえば、何かが床に落ちる音や、爆発音が相場でしょう。
時折、業を煮やしたような、ヒステリックな叫び声が聞こえてくることもあります。
ヴァンパイアという種族は、料理が不得手な者が多いために、苦戦しているのです。

ですが、同時に彼女は、貴族としての不屈の精神も持ち合わせています。
そのために、どんなに失敗を重ねようとも、挫けることはありません。
調理本を片手に、満足ゆくものが出来るまで、延々と湯銭を繰り返すのです。
下僕の喜ぶ顔を思い浮かべては、危うく、凛々しい表情を崩し掛けながら…。

そんな苦労の末に完成したチョコは、珠玉の出来栄えです。
装飾も凝りに凝り、これは時間が掛かるワケだと納得してしまうほどの力作です。
味も良しは言うまでもなく。この日のために、彼女は最高級の素材を揃えたのですから。

『全ては下僕のために』。それは普段、彼女が下僕に言い聞かせている言葉とは真逆のものです。
バレンタインという日は、彼女達の主従関係を、あやふやなものに変えてしまうのです。

日も昇る頃、彼女は完成したチョコを持って、厨房から出てきます。
その胸の内はどのようなものでしょう。ドキドキして、落ち着かなくて…。
しかし、彼女は決して、それを表には出しません。ポーカーフェイスを貫きます。
下僕がチョコを食べ、『美味しい』と言ってくれるその瞬間までは、決して。

後はもう、語るに及ばずでしょう。
下僕の言葉に、なお強がりを続けようとする者もいれば、
嬉しさのあまり、満面の笑みを浮かべてしまう者もいます。
そうして昂ぶった想いは、彼女の欲を疼かせ、いつしか下僕の首筋へと牙を…。

いかがでしょう。以上が、ヴァンパイアのバレンタインデーの全貌です。
もちろん、中には料理上手なヴァンパイアもいて、別の展開となる場合もあります。
しかし、最終的に下僕が美味しく頂かれてしまうのは、どれも変わりありません。
一年を通して、下僕が主より、最も寵愛を受ける日。それがヴァンパイアのバレンタインデーなのです。





◆ケース2:ワーム

ワーム。蛇のような長い身体と、ドラゴンの怪力を併せ持った魔物娘です。
あれこれと考えることは苦手な個体が多く、猪突猛進な性格をしています。
そのために、ワームはバレンタインという日にも、当たって砕けろを敢行します。

彼女は頭こそ回らないものの、料理は不得手ではありません。
材料は目分量で…と大雑把ではありますが、ちゃんと形にはなります。
見た目や味以上に、チョコを渡すことに意味があると、彼女は考えます。
多くのワームは、さほど苦労をせぬままに、チョコを完成させることが出来るでしょう。

ただし、繰り返し述べますが、彼女は非常に間が抜けています。
料理をし、小腹の空いた彼女は、なんと、目の前にあるチョコを食べてしまうのです。
もちろん悪気などありません。『もう一個作ればいいや』という安直な考えの下に、です。

こうして彼女は、また一からチョコを作り直します。
そして完成すれば、また、パクリッ。作っては食べ、作っては食べ…。

繰り返す中で、さすがに彼女も、このままではいけないと考え始めます。
甘いチョコを頬張りながら、ふと思い付いた打開策。それは非常に突拍子もないものでした。

…数時間後。ワームはなんと、想い人の家の台所にいました。
そうです、彼女は想い人の家で、チョコを作ろうと考えたのです。
彼に傍にいてもらって、自分が食べてしまう前に、チョコを食べてもらおうと。
なんともワームらしい、大胆で、雰囲気ぶち壊しな発想です。想い人も唖然です。

しかし、彼の想いも、ワームにとってはどこ吹く風。
鼻歌を交えながら、彼女は御機嫌にチョコを作り始めます。

そんな後ろ姿を見て、想い人は何を思うでしょう。
あまり台所を荒らさないでいてほしいなぁと、心配している?
こいつはムードというものを分かっているのかと、悩んでいる?

いいえ。きっと、大いにドキドキしていることでしょう。
エプロンを付け、一生懸命料に理をしている女性の後ろ姿。
その女性が作っているのは、自分に送ってくれるチョコレートです。
ときめかないはずがありません。それが『恋の魔法』というものです。

さて、完成したチョコを食べて、想い人は何と言うでしょう。
形が不細工なチョコレートだなぁと、愚痴を述べる?
ちょっと味が甘すぎやしないかと、駄目出しをする?

いいえ。

その答えとは…。





◆ケース3:ドワーフ

ドワーフ。人間と比べ、幼子と同じ体躯を持つ、身体の小さな魔物娘です。
手先が器用な彼女は、主に鍛冶や宝石の研磨等を行い、生計を立てています。
当然のように、料理もお茶の子さいさいな個体が多く、チョコ作りなど朝飯前です。

ところで、このドワーフという種族、非常に珍しいケースとしまして、
古来より、バレンタインにどのようなチョコを送るかというのが決まっています。

それは『等身大チョコレート』です。
自身の姿を模して作った、それはそれは大きなチョコレート。
ドワーフの技巧をもってしても、製作には一昼夜を要する大作です。

このチョコレート、ただ見た目のインパクトのみには留まりません。
特殊な防腐加工が施されており、次の年のバレンタインまで形が保たれます。
熱にも強く、火に炙られても溶けることはない、まさに鉄壁のチョコレートです。
ドワーフは、このチョコを自分の分身として、想い人へとプレゼントするのです。

しかし、この等身大チョコレート、とてもドワーフ達を悩ませます。
作るのが難しいから…ではありません。ある誘惑が潜んでいるからです。

それは『盛り』と呼ばれる加工です。
先にも述べましたが、この等身大チョコレートは、自身の姿を模したものです。
ですが、中には己のプロポーションに自信がないドワーフも、少なからず存在します。

そんなドワーフは、悩んだ末に、分身の一部を盛る作戦に出るのです。
主に、胸やお尻を中心に。中には逆に、お腹周りの出っ張りを削る者もいます。
こうして理想を追い求めた結果、チョコは自分と瓜二つではなくなっていきます。
それはドワーフにとって、元の完成形を無視した、邪道とも呼べる作品となってしまうのです。

が、この『盛り』、どちらかと言えば。彼女にとってプラスとなるのです。
というのも、『盛り』を行ったドワーフは、スタイルが徐々に理想系へと近付いていくからです。
これは『想い人の好みに合わせた体形になっていく』という、魔物娘の性質が作用するためです。
ドワーフはバレンタインを通じて、悩みを得、より女性として心身を成長させていくのです。

ちなみに、中には変り種として、自身の身体にチョコを塗るドワーフもいます。
既婚者の間で多く見られるこの方法は、食べながらエッチが出来ると、非常に好評です。
また、チョコで自身の身体や旦那様のモノを『盛る』という、ユニークなプレイも見られます。
食べ物で遊ぶのは好ましいことではありませんが、この日ばかりは、神様も目を瞑ってくださることでしょう。





◆ケース4:スライム

スライム。多岐に渡る進化を遂げる、環境適応性の高い魔物娘です。
そのために、人間からの認知度は高く、馴染み深い魔物とも言えます。
また、その柔らかな身体は、どんな形をも成すことができるのが特徴です。

スライムのチョコ作りは、種によって大きく異なります。
基本的に、賢いスライムほど、人間のそれに近付いていきます。

ここで御紹介させて頂きますのは、その中でも最も珍妙な、原初スライムのチョコ作りです。

まず、彼女はどこからか、背の丈ほどの大きな壺を見つけてきます。
次に、その中へと、溶かしたチョコをいっぱいになるまで流し込みます。
そうしたら、少しの調味をした後に、彼女は自らの身体を壺の中へと収めます。
そのままスライムは、約12時間ほど、チョコレートの中に身を浸し続けるのです。

さて、太陽と月が入れ替わり。
壺から出てきた彼女の身体は、艶かしいチョコ色で輝いています。
さながら、ジパングの縁日に見られる、リンゴ飴のような照り具合。
それは彼女の起伏ある身体を、より煽情的に際立たせてくれます。

これこそ、世にも珍しい『チョコスライム』の実態です。
バレンタインの日にしか見ることのできない、非常にレアな魔物娘。
新陳代謝により、明日には元通りになる、一時的な変化ではありますが、
この時の彼女は上位種の魔物に並ぶ魔力を持つといわれ、教団から危険視されています。

また、この時、彼女の身体からは『チョコスライムゼリー』を採取することができます。
『チョコスライムゼリー』は、種族問わず、高値で取引されている、高級食材のひとつです。
この日にしか得ることができず、また、ほっぺが溶け落ちるほどの甘味もさることながら、
非常に濃厚な媚薬成分を含んでいるために、自らのチョコに混ぜる者が大勢いるのです。

さておき、自らの身体をチョコへと変えたスライム。
彼女の行く先といえば、もちろん想い人の傍へと、です。
スライムは想い人に近付くに連れ、どんどん興奮が高まっていき、、
身体はバブルスライムのように溶け、ハート型の気泡が周囲に飛び立つようになります。

教団が危険視しているのは、何よりも、このハート型の気泡です。
これに触れてしまった者は、種を問わず、激しい恋の病に陥ります。
恋人がいる者ならば、肉欲に苛まれる程度の影響しかありませんが、
そうでない者は、愛を求めて現世を彷徨う、生ける亡者となってしまいます。
治す方法といえば、片思いであった相手と結ばれるか、同じ亡者と結びつく、二通りのみ。
それまでは、亡者もスライムと同じように、ハート型の気泡を飛ばしながら徘徊するのです。
噂によりますと、この『バレンタイン・パンデミック』により、堕ちた国も少なくないとか…。

そんな危険極まりない彼女ですが、想い人と一緒にいる分には無害です。
気泡が全て彼の方に飛んでいくために、周囲の人へ感染する確立が低まるからです。
恋の病を患った想い人は、そのまま一生、彼女に恋慕し続けることでしょう。
チョコの香りに脳を犯されながら、甘いバレンタインの夜を過ごすこととなるのです。





◆ケース5:アマゾネス

アマゾネス。深い森の中に隠れ住む、勇敢な女戦士の魔物娘です。
彼女は特殊な価値観を持ち、人間と比べ、男女の立場が逆転しています。
そのために、バレンタインにおいても、チョコを作って渡すのは男性側です。

恋人のいないアマゾネスにとって、男性からチョコをもらうには、多大な努力が必要です。
そも、『チョコは男性が渡す物』というところから、想い人に分かってもらう必要があるためです。
とはいえ、『チョコを作ってくれ』などと、とても自分の口から言うことなどできません。
そのために、彼女はあらゆる手を尽くして、なんとか想い人にそれを気付かせようとします。

方法はいくつかありますが、一番メジャーなのは、『相手に意識させる』方法です。
『そういえば、もうそろそろバレンタインだな』と、彼にバレンタインの話題を振ってみたり、
『友達が、去年は3個もチョコを貰ってた』と、それとなく女性が貰う側であることを伝えたり…。
遠回しではありますが、この方法が最もチョコを貰える可能性が高いらしく、人気です。
ただ、中には口下手な者もいて、思わずストレートに言ってしまう場合もあるようです。
そんな時は、顔を真っ赤にしたアマゾネスを、優しく抱き留めてあげるのが男性側の責任です。

続いて人気な方法が、『一緒に作る』方法です。
これは非常にシンプルなもので、想い人と一緒になってチョコを作り、
最後にお互いの完成品を交換して食べる…という、やや変化球な方法です。

少々勇気が必要な方法ではありますが、相手に承諾してもらえれば、
確実にチョコを貰える上に、共同作業という甘酸っぱい経験まで得られます。
女としてのプライドが邪魔し、中々この方法を切り出せない者も多いですが、
背に腹は変えられないと、最後の手段として用いるアマゾネスが後を絶ちません。
とはいえ、チョコを頬張っている頃には、やってよかったと思う者がほとんどです。
彼女の意地っ張りな心を、彼のチョコレートが優しく溶かしてくれた…と言ったところでしょうか。

ほか、『理由を捏造する』、『女性側からチョコを渡す』等々…。
アマゾネスは知恵を巡らせて、想い人からチョコレートを手に入れようとします。

そう、戦争に身を投じているのは、何もチョコを渡す側ばかりに限りません。
貰う方もまた、戦争なのです。アマゾネスは、それを身に染みるほどに理解しています。

ちなみに、ホワイトデーになると、アマゾネスは再び頭を抱えます。
彼に何をお返しすれば喜んでもらえるか、悩みに悩んでしまうのです。
考えた挙句、アマゾネスのほとんどは、森を出て、街に向かいます。
洋服店や装飾品店を訪ねて、彼に似合う服やアクセサリーを探すためです。
この時期にアマゾネスを街中で見かけるようになるのは、そういった理由があるのです。

気になる方は、ホワイトデー間近に、洋服店等を訪ねてみましょう。
ほのかに頬を染め、紳士服を選ぶ彼女の、幸せそうな姿を見ることができるでしょう。





以上、5つのケースを御紹介させて頂きました。
いかがでしたでしょうか。これが魔物娘のバレンタインです。

これら以外にも、自らのミルクをチョコへと混ぜるホルスタウロス、
咀嚼したチョコレートを口移しで渡してくりベルゼブブなど、
魔物娘のバレンタインは、どれも個性に溢れたものばかりです。
私達は、チョコレートという食材に、自らの魅力を存分に詰め込むのです。
全ては想い人のために。愛しいあの人に振り向いてもらいたいがために…。

…え? もっと魔物娘のバレンタインを覗いてみたい、ですか?

御安心ください。その御希望は、すぐに適うものと思います。
ほら、どこからか甘い香りが漂ってきませんか? 貴方のすぐ傍から。
足音が聞こえませんか? あるいは、翼を羽ばたかせる音、地を擦る音、水滴る音…。

バレンタインという日は、全ての人に愛を届けてくれます。
その役目は、天使でも、神様でも、それ以上の何かでもありません。

貴方のことを思う、ただ一人の女性が届けてくれるものです。

ハッピーバレンタイン。ハッピーバレンタイン。
どうか、恋する二人の愛が、永遠のものとなりますように。

それでは、よいバレンタインデーを…。















…ところで。





ここにケース6がありまして…♥
13/02/14 21:08更新 / コジコジ

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