連載小説
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24品目 『妹はエンプレス』
「は〜……」

深夜。
ベッドの上には2つの人影が。
1つは、部屋の持ち主であるファルシロンのもの。
そしてもう1つは、

「リン? 溜め息なんかついて、どうかした?」
「……別に、どうもしないわよ……バカ」
「?」

妹の異変を気遣う兄であったが、逆に馬鹿とけなされてしまった。
しかしこの罵倒こそが、妹であるリンの『構ってよ…お兄ちゃん♡』というサインであることを、十数年兄を務めているファルシロンは見逃さない。
そこで、

「リンも今年から2年生だからね。上級生としての立ち振る舞いとか、新しくできた後輩のこととかで、なにか悩んでたりしてるの?」

無難に、今まさに旬の話題を振ってみた。
この手の話ならハズレということはないだろう。
と、思っていたのだが……

「っ……うっさいわよ種馬性欲魔人! 地獄へ落ちろバカアアア!!」
「ぶふっ!?」

言われのない罵詈雑言と共に、そこそこ重量のある枕を顔面に投げつけられ、その衝撃でベッドから転落してしまった。

「い、いてて……」
「まったく…人が気にしてることをズケズケと……!」

運が良いのか悪いのか、ハズレどころか大当りを引き当ててしまった。
だがこの一方的な暴力でさえも、兄にとっては『お兄ちゃん…リンの悩み…聞いてくれる?』という妹の照れ隠しでしかない。
……決して、『ドMな妄想家』というわけではない。

「はぁ……いい? これはお兄ちゃんがどうこうできるような問題じゃないのよ」
「? 僕が対処できない程の大事ってこと?」
「ち、違うわよ! いや、でも…そうなのかも……」
「?」

リンは指の腹で自身の唇をトントンと叩く。
これは妹が何かに対して迷っている時に行う、いわゆる癖の一種である。
この仕草は滅多にお目にかかれないため、『久しぶりに見るなぁ〜』などと、こんなときでもほんわかしてしまうファルシロン。

「……あ〜もう! 話すわよ! 話せばいいんでしょ!?」
「え? あ、あぁ、うん。僕で良ければ聞くけど」

そんなわけで、なんとか妹の悩みを聞きだすことに成功しました。












リンの話は、つまりこういうことだ。



高等部に通うリンは、男女問わず大変な人気者(女帝)である。
そんな彼女の噂は、巷の各中等部にも広く伝わっている(武闘大会準優勝の実績も含む)。
彼女の武勇伝に感化された数多の中等部生徒達は『是非そんな先輩の傘下に!』と、こぞってリンの通う高等部に入学を決める。
新入生が増えるということは、学校側からしても決して悪い話ではない。
だが、良いことばかりではない。
その1つとしては、入学する際の『動機』。
新入生は皆口を揃えて『憧れのリン先輩と仲良くしたい』だの、『先輩に強さの秘訣を教授してもらうため』だの、『彼女に踏まれたい』だのと、明らかに本来の目的からズレている。
しかし現在は5月、不純な動機を持った新入生も高等部の仲間入りを果たした……いや、学校側は時期的に入学を許可せざるを得なかったと言うべきか。
なので、今更動機のことを掘り下げてもあまり意味はない。
それよりも問題なのは、現状。
リンの周囲には100を超える兵隊(一部奴隷)が集結していた。
この部隊はリンを筆頭とした、風神(ローラ)、雷神(アリサ)と呼称される最強の側近2名。
厳選された少数精鋭の近衛兵8名。
周辺警備兼迎撃隊20名。
突撃・偵察隊各30名。
補給兼衛生兵10名。
奴隷?数十名から構成されている。
一体何と戦っているのかは一切不明だが、強大な勢力であることに変わりはない。
現在に至るまで女帝部隊による実害はないものの、教職員達は日々尋常ならざるプレッシャーを感じている。
事の発端であるリン本人は今の状態を大変重く受け止めており、なんとか部隊を解散できないかと頭を悩ませている。
解散宣言をすること自体は簡単だが、自分を慕ってくれる後輩達を無碍に追い払うのは心苦しい。
何か良い策はないか……



と、いうものである。

「冗談のようで厳しい話だね」
「でしょ? だから困ってるのよ……」

これはファルシロンが思っていた以上に難題である。

「まぁ、『リン様〜♡』って敬われるのは嬉しいんだけどねぇ」
「先輩じゃなくて『様』なんだ」

妹に紛れもなく『女帝の資質』があることは自明の理だが、間接的に学校に迷惑をかけているのであれば、それは兄として見過ごすことはできない。

「う〜ん……無理に解散させる必要はないんじゃないかな」
「……お兄ちゃん、あたしの話聞いてた?」
「も、もちろん聞いてたよ」

リンにジットリとした視線を向けられるも、怯まずに続ける。

「要はその部隊を、学校で集結させなければいいわけでしょ?」
「ま、まぁ、そういうことになるわね」
「だからサバト(魔女達の集会)みたいに、集まる日程を事前に決めておくっていうのはどうかな? もちろん場所は学校以外で」
「あ〜、なるほど」

リンは顎に手をやり一瞬思考する。

「でも仮に集まったとして、何をすればいいの?」
「いや、そこまではなんとも……というか、普段は学校でなにを?」
「んーそうねぇ……昼と放課後にゾロゾロと集まってきて、あたしの周囲を囲んでるだけ、かしら」
「な、なんか想像しづらいけど……特に何かしてるっていうわけじゃないんだね」

となると、

「休日とかに集会を予定しておいて、リンがパフォーマンスとかすればいいんじゃない?」
「パ、パフォーマンス!? 冗談じゃないわよ! あたしに歌って踊れって言うの!?」
「いやそこまでは言わないけど……でも、そうでもしないと集まってくれた皆に悪いじゃないか」
「そ、それは、そうだけど……」

本当は嫌だけど後輩のために…という葛藤が目に見える。

「歌とか踊りなんて恥ずかしくてできないし、演説だってそこまで上手いわけじゃない……。あたしが得意なのは『格闘技』くらいよ」
「ん? 格闘技…………そっか、その手があった!」
「? なによ?」
「リンにピッタリのパフォーマンス、思いついたんだ」












翌週の祝日。

「……ただいま〜」
「リン、おかえり。どうだった?」
「疲れた…けど、お兄ちゃんの言った通り、おかげ様で大盛況だったわ」
「そっか。それは良かった」

イベントの成功にほっと胸を撫で下ろすファルシロン。

「ふぅ。まさか、あたしが『格闘技演武』をやることになるなんて夢にも思わなかったわ」
「本当にね。でも、良くこの短い期間でマスターできたね?」
「別に特別なことは何もしてないわよ? あたしはただ、自分の技を一通り披露しただけ」
「あ〜、あれは迫力あるからね〜」

即死級の技を多数持つ妹。
そんな危険な技を実際に受けた兄は思う。
――彼女の演武は……本物だ。
むしろこれを生業にしても余裕で食べていけるだけの実力はある。

「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「この集会、月に1度くらいは開いた方がいいのかしら?」
「んーそうだねぇ。学校で集まらないことを条件に開いてるわけだから、それくらいの間隔が妥当だと思うよ」
「そっか。ならそうするわ」

あ〜お風呂で汗流そうかしら〜などと言いながら柔道着を脱ぎ下着姿になる妹。
そして思い出したかのように、

「あ、『おひねり』いっぱいもらっちゃったんだけど、コレどうしようかしら?」
「もらっていいと思うよ。リンの演武を見て出してくれたんだし」
「そう? なら、遠慮なくもらっておくわね♪」

おひねりというくらいだし、そう大した金額ではないだろうと思っていたのだが……

「ひーふーみー……30万くらいあるわね。お風呂で欲しい物考えてこよ〜っと♪」
「………」

妹が、とても遠くに感じた。





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13/01/01 12:48更新 / HERO
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