連載小説
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22品目 『あ〜ん?』
「あの、店長」
「っすー? 給料なら支払わないっすよー?」
「違いますっ! ま、まぁその件もいずれは話し合うつもりですけど……」

閉店前の雑貨店。
ファルシロンは店内の掃除を、イチカは本日の売り上げを集計している。

「ずっと気になっていたんですけど、店長とロザリーさん…もしかして、仲悪いんですか?」
「こほっ…何を言い出すかと思えばーそんなことっすかー」

イチカは背中をグッと伸ばしカウンターに突っ伏してしまった。
そして気だるそうに顔を上げると、

「シロさんが思ってるほどー険悪な関係ではないっすよー」
「そう、なんですか? 会うたびに悪態ついてる気がするんですけど」
「あー、まー否定はしないっすけどねー」

そう言うと、イチカは再び顔を伏せる。

「自分で言うのもアレっすけどー、うちもお嬢様もーお互い不器用ってことっすよー」
「不器用、ですか」
「目的が同じっすからねー、多少の対立は致し方ないっすよー。それはお嬢様もわかってるはずっすー」
「目的が同じ?」
「………」

………。
あ、僕のことかっ。

「鈍感というかー、ほんと呑気っすよねーシロさんはー」
「す、すみません」

イチカはやれやれと肩をすくめる。

「別にいいっすよー。板挟みにされてオロオロされるよりはマシっすからー」
「板挟みにしてる自覚はあるんですね」

ああだこうだ言っている間に閉店時間を迎える。

「今日も仰山儲けたっすー…けほっ」
「お疲れ様です、店長」
「いやいやーシロさんがいてくれて本当に助かるっすよー(人件費的な意味で)」
「僕なんかで良ければ、いつでもお手伝いしますよ(100%の善意で)」
「………」
「?」

――罪悪感を抱いたら負けっすね。

「あー突然っすけどシロさん、明日は朝一から入れるっすかー?」
「開店前からですか? はい、一応なんとかなりますけど」
「そっすかー。それじゃーよろしくっすーノ」
「わかりました。えっと、何か作業でもするんですか?」

店の奥に引っ込もうとしていた店長は体をクルリと反転させ、

「棚卸しっすよー」
「超重労働じゃないですか……」

聞かなきゃ良かった…と後悔するファルシロンであった。












翌日の早朝。
時たま春の気配を感じる3月とはいえ、さすがに朝は冷え込む。
早くお店に入って暖を取りたいところだ。
(幸いなことに勤め先である雑貨店への通勤時間は10秒にも満たない)

「鍵は……良かった、ちゃんと外してある」

お店の扉が開いているということは、既に店長は起きているということだ。
待たせるのも悪いし、早く入って手伝わないと。
今日1日使っても終わるかどうかわからない作業だ、少しでも早く始めるに越したことはない。

チリン チリン♪

「おはようございまーす」

店内に入って早々に挨拶。
そして数秒後、

「あー、早かったっすねー?」

店の奥から店長が姿を現す。
でも気のせいだろうか、顔がほのかに赤みを帯びている。

「あの、店長?」
「っす〜?」
「もしかして、具合でも悪いんですか?」
「………」

ジットリとした視線を向けられた。
あぁ、なんかこれ久しぶりな気がする。

「べ、別にー悪くないっすよー? ただーちょっと熱っぽいだけっすー」
「本当ですか?」
「……本当っす」

誤魔化し上手の店長にキレがない。
これはもしや……

「すみません、ちょっと失礼しますね」
「………」

店長に近づき自分の手を彼女の額に当てる。
逃げられると思ったけど、何だか拍子抜けしてしまった。

「う〜ん…ちょっと熱い、かもしれないですね」
「だ、だからー微熱だと言ってるじゃないっすかー」

そうは言うものの、近くで見ると店長の顔はやはり赤い。
これはもっとちゃんとした方法で測らないと……あ。

「店長、ジッとしててくださいね」
「ほむ〜?」

ファルシロンは己の額をイチカの額にゆっくりとあてがう。

「っ!」
「………」

イチカの顔がみるみる内に熱を帯びていく。

「あれ? やっぱりさっきより熱い」
「………(プシュ〜)」

イチカの顔が一気に紅潮したかと思うと、

…………ドサッ

突然、倒れてしまった。












「いやぁ、ビックリしましたよ。風邪なら風邪って、素直にそう言ってくれれば良いのに」
「っす〜」

お店の奥の住居スペースに店長を運び込み、そこに布団を敷いて寝かせることにした。
なんだかんだでここに入るのは初めてだ。

「けほ、けほっ…呼び出した本人が〜風邪で動けないなんて〜、言えるわけないっすよ〜」
「もう、水くさいこと言わないでくださいよ。僕は全然気にしてないですから」
「っす〜」

ちなみに僕は今、店長に背を向けている。
というのも、店長は今寝巻にお着替え中なのである。
その証拠に後ろでゴソゴソと衣擦れの音がする(実はちょっと意識しているのは内緒)。

「ふぅ、もうイイっすよ〜」
「じゃぁ、着替えた服は僕にください。後で洗濯して……ってうわ!?」

なんの疑問もなく振り向いた先には、

「どっすか〜? かな〜り際どくないっすか〜?」
「ちょっ…な、なんて格好してるんですか!?」

寝巻である浴衣の胸元は大きく肌蹴ており、裾も短いのか太腿の付け根まで大胆に露出。
そこに顔を紅潮させ妖艶な笑みを浮かべる店長。
上気し汗ばんだ体がより一層ファルシロンの理性を刺激する。

「こ、こんな時に何してるんですか!? もうほら、ちゃんと着てくださいよ!」

イチカの肢体から申し訳程度に顔を逸らしながら、ファルシロンは肌蹴た浴衣を綺麗に整えていく。

「こほっ…おかしいっすね〜? 風邪をひいたときは〜こうやって誘惑すれば1発KOって〜『週刊淫デックス』に書いてあったんすけど〜」
「な、なんですか!? その激しく胡散臭い週刊誌は!?」

そうこうしている間に浴衣はきちんと着付けられ、イチカはそのまま布団に寝かされる。

「ほむ〜……迷惑かけて申し訳ないっす〜」
「迷惑だなんて、そんなことないですよ。今までの恩返しというわけではありませんけど、今日くらいは僕に甘えてください」
「けほっ…かたじけないっす〜」

2人だけの1日が、静かに始まる――――












正午前。

「けほ、けほっ…いや〜、風邪なんて何年ぶりっすかね〜」
「最近は気温の変化が激しかったですからね。店長の場合は、日頃の疲れと相まったんじゃないですか?」
「そう…こほっ…かもしれないっすね〜」
「………」

普段元気なイチカは見る影もない。
そんな彼女を不安そうな表情で見つめるファルシロン。

「だいぶ、咳が酷くなってきましたね? そろそろ眠った方がいいんじゃ……」
「大丈夫っすよ〜…けほ。眠りたいときは〜そう言うっすから〜。それに〜……」

イチカは掛け布団で顔を半分覆いながら、

「こうして〜シロさんに付きっきりで看病してもらえるっす〜。けほ…たまには〜風邪をひくのも悪くないっす〜///」
「っ……」

思いがけない言葉に、照れくさそうに頬をかくファルシロン。

「……冗談言ってないで、早く治してもらいますからね?」
「っす〜♪」

彼女のトロンとした表情に真意を測りかねるファルシロン。
そして短い溜め息の後、

「そろそろお昼ですけど、何か作りましょうか? 食欲あります?」
「あ〜そっすね〜…けほっ、じゃ〜お言葉に甘えるっす〜」
「はい、任せてください。すぐに用意しますね」

何かあったら呼んでくださいと言い残し、ファルシロンは台所へと向かう。

「………」

――シロさん、やっぱり気付いてないっすねー。

風邪をひいた原因が、他でもない、彼だということを。
彼が傍にいたからこそ、自分の気持ちが緩んでしまったことを。
イチカは語らない。












「店長、お待たせしました」
「はわ〜、待ちかねたっすよ〜♪」

しばらくするとファルシロンが寝室に姿を現す。
そんな彼の手にはやや小振りな鍋が1つ。

「クンクン……この匂いは〜もしや『シチュー』っすか〜?」
「はい。お粥にしようか迷ったんですけど、食欲もありそうだったのでこっちにしました。あ、もしかして…嫌いでしたか?」
「とんでもないっす〜! けほっ…うちは〜シチュー大好きっすよ〜♪」
「そうですか、それは良かったです。ただ、あんまり具材は入れられなかったですけど」

鍋の蓋を開けると、閉じ込められた蒸気と共にハーブの良い香りが立ち込める。
食べやすいサイズに切られたじゃがいもとブロッコリーのみというシンプルな作りながらも、ファルシロンの愛情を一身に感じさせられる。

「消化の関係でブロッコリーを入れようか悩んだんですけど、『風邪のときは効くよ?』って母に聞いたことがあったので、思い切って入れてみました。一応食べるときは良く噛んでくださいね?」
「わかったっす〜。それじゃ〜ありがたくいただくっす〜♪」

と、イチカはいただきますの挨拶を済ませ、早速シチューにありつくのかと思いきや……

「………」
「………」

………。

「……?」

謎の間。

「あ、あの、店長? 食べないんですか?」
「っす〜? シロさんが〜食べさせてくれるんじゃないんすか〜?」
「え」












「あ、あ〜ん?」
「あ〜ん」

むぐむぐ……

「はわ〜♪ ほんのり甘くて〜温まるっす〜♪」
「口に合いましたか?」
「もちのろんっすよ〜♪」
「はぁ、良かった」

ここでようやくファルシロンの緊張が解れる。
料理人の世界は、作った料理が食べる者の口に入るまでが勝負。
さらに『美味しい』と言われれば尚のこと嬉しいものである。

「シロさ〜ん」
「あ、はい、すみません」

そして、数度目のあ〜ん。

「ほむ〜、病人冥利に尽きるっすね〜♪」
「あはは。ロザリーさんも同じようなこと言ってましたよ」
「……っす?」
「……あ」

藪蛇った。












「は〜、そっすか〜…けほ。お嬢様のことも〜看病したことあるんすね〜」
「ま、まぁ、もう5年以上前の話ですけど」
「その時の状況を〜詳しく話すっすよ〜」
「え?」
「けほっ…『間違い』を起こさなかったか〜、うちがシロさんの嘘を暴いてみせるっす〜」
「いやいや、嘘なんかつきませんって。えっと、確かあれは……」





あれは、僕とロザリーさんが中等部に上がる前の出来事でした。
僕と彼女はいつものように2人で出かけ、それから空が暗くなるまで一緒に遊びました。
しかし、さぁ帰ろうと言うところで大雨が降ってきたのです。
僕達は慌てて駆け出し、その場から最も近かった僕の家に避難することにしました。
そして、やっとの思いで家に辿り着いたときには、僕もロザリーさんも全身ビショ濡れでした。





「……ビショ濡れだったんすか」
「どうしてその部分だけ強調するんです?」





でも、僕達を出迎えてくれる住人は1人もいませんでした。
僕は思い出しました。
今朝、母とリンが2人で旅行に出かけてしまったことを。
気を取り直して、僕はロザリーさんに体を温めてもらうため入浴することを勧めました。
しかし、彼女はそれを拒みました。
理由は教えてくれませんでしたが、今思えば、たぶん恥ずかしかったのだと思います。





「その後2人でお風呂に……」
「入ってません」





その後しばらくすると、ロザリーさんの体がブルブルと震え始めました。
入浴しなかったことで体が冷えてしまったのです。
僕は急いで彼女を寝室へと運び込みベッドに寝かせました。
僕はどうしたら良いかわからず混乱してしまいました。





「混乱に乗じてお嬢様を襲……」
「ってません」





そんな僕にロザリーさんは、『温かいものが食べたい』と言ったのです。
正気に戻った僕は慌ててキッチンに向かい食材を確認しました。
しかし、残っていたのは数個のじゃがいもと少量のミルクのみでした。
僕は考えました。
そして……





「考えた末に作ったものが、シチューだったんです」
「ほむ〜、そんなことがあったんすか〜」
「はい。僕が進んで料理を作るようになったのは、そのときロザリーさんにシチューを『美味しい』と褒められたからだと思います」

そんな風にファルシロンが昔を懐かしんでいると、

「というこは〜…うちは色々な意味で〜2番目の女ってことっすね〜」
「な、なんか嫌な言い回しですね……」

その後も黙々と店長にあ〜んを繰り返す。

「別に、順番なんて関係ありませんよ。大切な人が体調を崩したのなら、看病するのが当然のことじゃないですか」
「つ〜ん。ま〜そういうことにしておくっす〜」
「あ、あはは」

空になった小鍋を見たイチカが『おかわりっす(キリッ)』と豪語したところで、本日はこれにて閉幕とさせていただきます。





〜店長のオススメ!〜

『本日は臨時休業とさせていただきます』












「ところで〜シロさんのシチューはくれないんすか〜?」
「答えづらいこと聞かないでくださいっ」

12/12/15 14:55更新 / HERO
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■作者メッセージ
1月以上も間を空けてしまいました申し訳ないっす!
少しバタバタしているため今後の更新も遅くなると思いますっ

感想いただけると嬉しいっすノ

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