読切小説
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鬼之嫁入
礼儀作法は、身に淑やかさを宿らせます。
万人を魅了す立ち振る舞い、それが淑女の嗜みです。

「…やってらんねぇ」

繰り返されるお小言に、とうとう音を上げる赤肌の女性。
彼女は手に持っていた箸を放り、ごろんと横になってしまいました。
音を立て、配膳された机の上を転がる一対の棒。ころころ、かつんと。
茶碗にぶつかろうともお構いなし。彼女にとっては、既に些末なことでした。

この言葉遣いの乱暴な女性は、名を愛花…『アイカ』といいます。
見ての通り、人間ではありません。『アカオニ』と呼ばれる、凶悪な妖魔の類です。
ですが、彼女は暴れん坊ではあるものの、人に危害を加えることを良しと思っていません。
その名の通り、心根は愛に満ち溢れ、野に咲く一輪の花のように可憐な女性でありました。

「だいたいよ、こんなん手掴みのが早いんだ。ほれっ」

しかし、御覧の通り、彼女はまるで礼儀というものを知りません。
すぐに横になり、つまみを手元に、尻を搔きながら酒をかっくらうという、
ろくでもない中年のような振る舞いを好むのでした。他人の目など尻目です。
ですから彼女にとっては、このように手掴みで物を食べることなど、ごく当然のことなのです。

「いけません、アイカ様。はしたない…」

ですが、そんな彼女に異を唱えるものがいました。
その者とは、このアイカの傍らに座す女性…『ミーファ』です。

「御召物が乱れてしまいます。さあ、姿勢を正してくださいまし」

ふしだらにも足を広げて寝転がるアイカの身体を、ミーファが起こします。
彼女の細い腕に引き上げられ、ようやくアイカも、やれやれと座り直りました。

着物の乱れを直すように告げながら、枕代わりに折り畳まれた座布団を直すミーファ。
そんな彼女を、アイカはあまり快く思っていませんでした。主に、お小言が過ぎるという面で。
今の食事も、彼女に言われ、いやいや付き合ってやっていること。窮屈な御作法のひとつ。
あるがままを好むアイカにとって、礼儀作法を重んじるミーファは目の上のたんこぶでした。

「では、もう一度。箸はこのようにお持ちくださいませ」

しかし、彼女がアイカに対して口煩くなるのには理由がありました。
アイカは今春、ミーファが従者として仕える御家、杜音家に嫁入りしたからです。
杜音家は礼節を重んじる家系。故に、その一端となったアイカも、家訓に従う必要があります。
そのお目付役として任せられたのが、アイカの夫である空…『ソラ』の侍女、ミーファでした。

天真爛漫であるアイカが、渋々ながらミーファに従っている理由も同じです。
彼女は杜音家が堅苦しい家系であることを知りながら、その門をくぐったのです。
また、半ば脅迫に近い形でソラとの婚約を交わしたという、多少の引け目もありました。
ですが、夫であるソラは、そんなこと気にもせず彼女を愛してくれています。
恩は忘れぬアイカは、愛する夫にこれ以上迷惑を掛けたくないという気持ちもあり、
何度となく匙を投げながらも、こうして億劫な礼儀作法を習い続けているのです。

「背をしゃんと。迷い箸はせずに、突き箸にもお気を付けください」

当然ながら、彼女は嫌々習っていることですので、やる気などありません。
あるいは、教えてくれる人が愛する夫であれば、奮起したのかもしれません。

ですが、悲しいことに、彼女の講師は御小言の多い侍女です。
ミーファの言葉は、さながら夏の蒸し暑い夜に飛び交う、蚊の羽音のようでした。
アイカはそれに何度嫌気が差し、箸放り投げ、簪外し、足袋脱ぎ捨てたことでしょう。
もし故郷に金棒を置いてきていなければ、幾度とそれを振り回していたか分かりません。

「…めんどくせぇ」

その代わりとして、彼女の口から飛び出すのが、不満たらたらな言葉でした。
見れば、部屋に飾られた振り子時計の短針は、既に亥の刻を回っています。
講義を始めたのが戌の刻頃ですので、既に二時間ばかりもの時が流れています。
これが毎晩行われるというのですから、彼女の心労は計り知れないものでしょう。

「もう少しですから。さあ、続きを…」

対して、教鞭を振るうミーファに疲れの色はありません。
日がな気侭に過ごすアイカと違い、彼女は杜音家に仕える従者。
洗濯に、掃除に、そして礼儀作法の講義にと、一日を仕事漬けで過ごしています。
それでも顔色一つ変えない彼女に、アイカは半ば恐れに似た感情を抱いていました。
酒杯を片手に、奴はもしかすると人間ではないのでは…と、何度考えたことか。

「だっはぁ〜…」

さておき、四苦八苦ありながらも、やっと本日の講義も終わりました。
それと同時に、深い溜め息を吐きながら、ごろんと大の字に寝転がるアイカ。
もう満身創痍です。身を縛る窮屈な着物を、早く脱ぎ捨てたくてたまりませんでした。

「お疲れ様でした、アイカ様」

そんな彼女の思いに反し、着崩れた裾を御丁寧にも直すミーファ。
文句の一つも言いたくなったアイカですが、声を出す気力もありません。
髪の伸びた頭をボリボリと掻き毟りながら、けだるい身体を休ませるのがやっとでした。

天井の灯りを見つめ、人を好いた鬼は思いました。
ああ、早く部屋に戻って、愛する夫に抱き締めたいと。
今日もたくさん頑張ったんだと、胸張って自慢してやりたいと。

額から伸びる長い角を弄りながら、恋する者を思うアイカ。
その表情は、疲れが見えるも…乙女の麗しいそれでありました。

「…それにしても」

その時です。

「以前より御上手になられましたね。箸の持ち方、お綺麗でした」

不意に、升目の天井を見つめるアイカの耳に。
ミーファの口から飛び出した、意外な言葉が届きました。

驚いたアイカ。ばっと身体を起こして、侍女を見つめます。
視線に対し、くすりと微笑みを返し、胸元から櫛を取り出す従者。
ゆっくりと主の背に回り、手を沿え、痛んだ髪へと歯を通しました。

「ソラ様もお喜びになることでしょう。きっと、皆に自慢して回りますわ」

語り掛けられる言葉。整いゆく髪に合わせて。
それらを受け、アイカはひどく困惑していました。

どうしたというのだろう、今日のミーファは。
叱ることもなかったけれど、褒めることもなかった彼女。
それがどうして、今になってこんな言葉を掛けるのだろう。
今日の自分も、いつもと同じ、ちっとも頑張ってやいないのに…。

「アイカ様」

悩む彼女の名を、ミーファが穏やかに呼びます。

「正座をするとき、親指はどちらを上にして重ねるのでしたか?」

「ええと…右だろ? 左は男で…」

突然の謎掛け。しかし、アイカはこれに、咄嗟に答えることができました。
それは何度となく、繰り返しミーファが教えてくれた、正座の作法でありました。

「はい、その通りです」

答えを受け、従者は主へと、弾んだ言葉を返しました。
彼女の荒れた髪を梳き、美しい藍染めの絹糸へと変えながら。

「アイカ様は熱心な御人。ちゃんと私めの話を覚えていてくださいます」

ミーファは櫛を懐にしまい、代わりに手鏡を取り出して、アイカに手渡しました。
受け取るがまま、自らの顔を見る彼女。そこに映るは、艶やかな長髪を携えた女子でした。

アイカは再び驚きました。髪を綺麗に整えた自分を見ることなど、初めてだったからです。
鏡に映る自分は、まるで別人のよう。穏やかそうで、優しそうで、思慮深そうで…。

まるでミーファみたいだと、アイカは自らの姿を見て思いました。

「少しだけ、お化粧もしましょうか」

自らに見惚れるアイカの頬を、そっと撫でるおしろい。
少しずつ変わっていく…美しくなっていく自分に、彼女は心奪われました。
また、楽しくもありました。どのように変わっていくのだろうという期待。
アイカは講義の疲れも忘れて、まるで子供のようにはしゃぎだしました。

「なあ、おい。これってアタシだよな? これ…」

「はい、アイカ様です。お綺麗でしょう」

興奮する主を前に、従者は淑やかに振舞います。
その光景は、傍から見れば、妹に化粧を教える姉のようでした。

「でも、なんでお化粧するんだ? どっか出掛けるのか?」

ここでふと、疑問が頭を過ぎるアイカ。
この夜更けに開いている店など、宿か酒場くらいのものです。
まさかそんなところに、わざわざ化粧をして出向いたりはしないでしょう。
それに、ミーファがそんなところへ自分を連れていくとも思えません。

彼女はこれから、いったい何をしようというのでしょう。
アイカは、普段使わぬ知恵を絞って考えましたが、分かりませんでした。
出掛けるワケでもない、ただのおふざけでもあるまい、そうなると…。

「申し訳ございません。ひとつ、嘘を吐いてしまいました」

ふと、そよかぜのように、静かに言葉を紡ぐミーファ。

「実は本日、もうひとつだけ講義が残っているのです」

…衝撃。突然の告白に、アイカは大層面食らいました。
それも致し方ありません、何よりも彼女が聞きたくない一言だったのですから。

「じょっ…、じょ、冗談だろぉっ!?」

先程までの楽しい気分はどこへやら。
アイカは一転して、憤怒混じりの混乱に陥りました。

もしかして、ミーファが優しかったのは、この一言のためだったのでしょうか。
まるで謀られたような気分となったアイカは、がっくりと肩を落としました。
そして、強く思いました。やはり、ミーファは自分にとって厄介極まりない存在だと。
もう逃げ出してしまおうかと。夫を連れて、何の縛りもない、恋しい故郷へと…。

「いいえ、冗談ではございません」

そんなアイカに対し、鬼よりも鬼らしい彼女は淡々と告げました。
しかし、心折られた鬼はそれを聞くまいと、耳穴に指を入れてしまいました。
アイカはもう、やる気どころか、ミーファの話を聞く気さえ失くしてしまったのです。

…ですが。

「今晩限りの、夜伽の作法です。どうか御容赦を」

更なる衝撃。思わず素っ頓狂な声を上げ、アイカは侍女を見ました。

「夜伽です。ソラ様との…。お好きでしょう?」

対してミーファは、袖を口元に当て、くすくすと笑いました。

間違いありません。彼女は確かに、『夜伽』と口にしました。
つまり、セックスです。アイカが唯一、酒以上に好んでいるものです。
これはどういうことでしょう。なぜミーファが、そのような言葉を口にするのか。
立て続けの展開に、鬼はますます混乱し、今にも倒れてしまわんばかりでした。

「えっ…と? つまり…、んん? おい、どういうことだ?」

「夜伽にも作法がございます。それをお教えさせて頂きます」

さあ、とアイカの手をとり、立ち上がるミーファ。
導かれるまま、彼女は慣れぬ着物姿のままに、部屋を後にしました。

「今宵の月の照り、なんとも美しいこと…」

月明かりが照らす廊下は、少し肌寒くも、どこか幻想的で。
その中を静かに歩く淑女の背に、鬼は付いていきました。

握られた手の温かさを感じながら、思考を巡らすアイカ。
ミーファは言った。夜伽の作法…、ソラとの夜伽の作法、と。
つまり、自分達が向かっている先は、彼の部屋に間違いないだろう。

だとすれば、それはちょっと困る。かなり困る。
夜伽は望むところとはいえ、この姿を彼に見せるのは初めてだ。
もしかしたら、笑われるかもしれない。似合ってない…だなんて。
髪だって、お化粧だって。どれもこれも、普段のイメージとは正反対のもの。
唯一の名残といえば、腰にぶら下げた酒瓢箪ぐらいのものであって…。

駄目だ、まだ心の準備が出来ていない。
いや、笑われたら、それはそれで組み伏してしまえば良いのだけれど。
でも…なぜだろう、そうしてはいけない気がする。望ましくないように思える。
分からない。普段のアタシなら、嬉々としてそうするはずなのに。押し倒すはずなのに。

だけど、今は…。

「着きましたよ、アイカ様」

ミーファの一言に、彼女はハッと顔を上げました。
見ると、いつの間にか彼の部屋の前に着いてしまっています。
気付くと共に、荒々しく鼓動を始める胸を、アイカは無意識に握り締めました。
その高鳴りは、いつか初めて彼を見た時と同じ、非常に激しいものでした。

「さあ、まずは戸に向かって正座をし、三つ指を付いてください」

囁かれる侍女の言葉にすがりつき、どうにか我を保つアイカ。
従うままに膝を付き、身体を丸め、可愛らしいお辞儀の姿勢をとりました。

それを見て、ミーファは微笑みを浮かべました。
愛弟子が励む姿を見て、愛らしいと思わぬ師はいません。
彼女は心の中で、顔を真っ赤にした鬼を、力いっぱいに応援しました。
頑張って。落ち着いてやれば大丈夫。今の貴女なら、絶対にできるから。

「…失礼します、ソラ様」

一呼吸置いた後、とうとう開かれる彼の部屋の戸。
びくりと身体を震わせてしまったアイカですが、すぐさま整え直しました。
その取り繕いの早さは、彼女が嫌っていた、日頃の練習の賜物と言えるでしょう。
嫌々ながらも続けていた結果が、ここに来て実と成り、彼女を助けてくれたのです。

「アイカ様をお連れ致しました。今宵は私共々、ソラ様のお情けを頂きたく…」

鼻先をくすぐる、いつも嗅いでいる畳の匂い。そして、彼の匂い。
静々と告げるミーファの横で、アイカはちらりと、視線を上げました。

その目に映ったのは…同じく正座し、顔を真っ赤にした夫の姿でした。
枕が二つ並んだ布団の上で、身体を強張らせている彼は、なんとも可愛らしく。
自分と同じように緊張する夫を見て、彼女は密やかに笑い、少し落ち着きを取り戻しました。

「…アイカ様」

名を呼ばれ、ゆっくりと頭を上げるアイカ。
改めて彼を見据えると、緊張に耐え切れなかったのか、顔を伏せてしまう夫。
そんな恥ずかしがりやの彼を愛しく想い、彼女の顔には、自然と笑みがこぼれました。

身を部屋の中に入れ、静かに戸を閉める二人。
ミーファは、敬う主の身に寄り添い、その背に手を重ねました。
震えるソラ。彼の鼓動は、背中からでも伝わるほどに強く鳴り響いています。
無理もありません。彼は妻とはともかく、従者と肌を重ねたことはないのですから。
彼の緊張は、半分は、より美しくなった妻への。もう半分は、従者に対してのものなのです。

「さあ、ソラ様。私達の召物を払ってくださいませ」

従者の言葉に、ソラはおずおずと手を伸ばし、妻の服に指を通しました。

ここでひとつ、アイカは気付いたことがありました。
それは彼の様子です。何かを伺うかのように、しきりにミーファへと目をやって…。
しかし、それは気に掛けているというよりも、困っているように見えました。
服に手を掛けたまま、脱がそうともせず、オロオロと。迷子の子犬のように。

「…ソラ様、その羽織を脱がすには、まず帯紐を解かなければ…」

その不自然な行為の理由は、すぐに分かりました。
夫もまた、妻と同じように、侍女に夜伽の作法を習っている最中なのです。
つまり、この夜伽の講義は、アイカとソラ、両者のためのものだったのです。

彼女の一言に、慌てて帯に手をやり、解こうとするソラ。
ですが、無知ゆえに、その解き方というのが力いっぱい引っ張るというものでしたので、
思わぬ脱がされ方に身体を振られたアイカは、ずでんと布団に突っ伏してしまいました。

「痛っ! っつぅ〜…」

叩き付けられた額を押さえる妻に、ソラは慌てふためきました。
彼女の手を握り、何度も謝罪の言葉を述べては、額にキスをしました。

普段であれば、アイカはここぞとばかりに、彼を押し倒していたでしょう。
ですが、今日の彼女は違います。困惑する夫の頭を撫で、大丈夫と笑顔で告げました。
それはまるで、稲荷かぬれおなごのような甲斐甲斐しさ。とても鬼とは思えぬ振る舞い。
そんな彼女の優しさに、ソラはぽかんと口を開け、思わず呆けてしまいました。

「慌てなくていいからさ。ゆっくり脱がしてくれよ…♥」

愛しい夫の手を取り、自らの襦袢に差し入れる妻。
その行為は、ミーファから事前に教わった作法ではありません。
ですが、アイカはなんとなく分かっていました。教えが無くとも。
夫が困っている時に、どうすればいいのか…何をしてあげるのが妻なのか。

ここに至るまでの、幾多もの苦労やハプニングを乗り越えて。
彼女はもう、花も羨む立派な淑女となりつつありました。

「ん…っ」

そんなアイカの想いが通じたのでしょうか。
ソラは落ち着きを取り戻し、手間取りながらも妻の服を脱がしていきました。

「…へへっ。なんか恥ずかしいな…♥」

裸ン坊になったアイカ。見惚れるソラに、そっと耳打ちするミーファ。
彼はよろよろと恋人の身体に重なり、胸元の膨らみに手を添えました。
乳房に走る僅かな刺激に、アイカは頬を染め、目をきゅっと瞑ります。
その反応を見ながら、ソラは互いの顔を近付けて、初々しく唇を重ねました。

「ん…♥ ちゅっ、ちゅ…♥」

啄ばむようなキス。二人とも、一度と交わしたことがない穏やかなキス。
ですが、それは夫婦の身体に、激しいキスにも勝るほどの熱を生じさせました。

未知の魅力に取り付かれ、夢中になって口付けを交わすアイカとソラ。
舌絡ませなくとも、唾液飲まずとも、こんなに情熱的なキスができるなんて…。
その理由は、ソラには分かりませんでしたが、アイカは知っていました。
今の自分の…この状況のおかげだと。『淑やかさ』というものがもたらした快楽であると。

「はっ…♥ んんっ…♥」

左右に添えた指に力を込め、ソラがアイカの胸を揉み始めます。
動きに合わせ、焼きたてのお餅のように、柔らかく形を変える大きな乳房。
その刺激に、彼女は身をくねらせて悦び、更なる刺激を求めて唇を動かしました。

「ソラ様…、アイカ様…♥」

傍ら、互いを求め合う主達の熱気に、すっかりと中てられた従者。
身の疼きに逆らえず、彼女は自らの敏感な部分に指を這わせ、自慰を始めました。

利口な彼女は、事前にこのような状況になるであろう事を予測していました。
女の淑やかな態度が、男にとってどれほど魅力的なものであるのかも。

ですから、彼女はこっそりと、自慰のための道具を懐に忍ばせていました。
男の肉棒に見立てた淫具を取り出し、そっと自らの秘所に擦り合わせる侍女。
抜け目ないという点で、ミーファもまた、立派な淑女であったのです。

「ちゅっ♥ あっ…、ん♥ なぁ…、こっちも…♥」

そんなしたたかな従者に気付かぬままに、艶を増す夫婦の営み。
アイカは夫の手を秘所へと導き、そこを弄るようおねだりをしました。
それに応え、中指を膣内に挿し入れ、親指の腹でクリトリスを刺激するソラ。
クチュクチュと淫らな音が響くと共に、アイカの秘部からは透明な蜜が溢れ出しました。

「やっ♥ うぁっ、あっ♥ い…いいっ♥ すごいぃっ♥」

広げられた羽織の上で、アイカが身を捩り、長い髪を振り乱します。
飛び散る汗が、愛液が、襦袢にいくつもの染みを作り、匂いを放って。
どろりと溶け落ちそうになる意識。しかし、アイカも、ソラも、必死で耐えました。
相手を先に達させてあげたいという想いから。あるいは、二人とも一緒に…。

「ふぁっ♥ んっ…♥ …きゃっ!?」

不意に、鬼が少女のような声を上げました。





ソラです。ソラがアイカの足を掴み、身体を折り畳むようにして持ち上げたのです。
結果、ひっくり返った彼女は、自身の秘部を夫の眼前へと晒す形になってしまいました。
あまりの恥辱に、その赤い頬を、ますます真っ赤に染めるアイカ。眉間に皺を寄せながら。

「こ、このっ…♥ 調子にのって…っ♥」

夫の大胆な行為に、怒った妻が悪態を吐きます。
しかし、何故かやりかえそうとはしません。されるがままです。

そう、彼女は既に、雄に従う悦びに取り憑かれてしまっていたのです。
獣のように自らを求める雄の魅力に、雌はどうしても逆らうことが出来ません。
それどころか、彼女の秘部は、そんな獣の剛直を求めるかのように濡れそぼっていました。

「あっ…ま、待てっ♥ あっ♥ あぁっ♥ ああぁぁぁ〜〜〜〜っっ♥♥♥」

誘うように花開く蜜壺を、飢えた獣が見逃すはずがありません。
アイカは生まれて初めて、夫の下に敷かれたまま、雄の侵入を許してしまいました。

「うぁ…っ♥ ぁ♥ はひっ♥ ぃ…♥」

バチバチと、火花にも似た何かがアイカの目の前で弾けます。
今までに感じたことのない刺激。食らうことでは得られなかった刺激。

魔物としての…雌としての本能でしょう。
その快感を更に得ようと、彼女は夫の身体にがっちりと組み付きました。
力いっぱい抱き締められるソラの身体。更に奥まで吞み込まれていくペニス。
細かな襞のひとつひとつが、彼の滾りに吸い付き、その熱を搾ろうと蠢きます。

「はっ…♥ …あ…?」

快楽と悦楽が混じり合う最中に、ふと。
彼女は、夫が何かを呟いていることに気付きました。
とてもとても小さな声。アイカは呼吸を整えながら、彼の口元に耳を寄せました。

―……き…

耳をくすぐる、艶に塗れた吐息。蒸された想い。
聞き慣れた彼の声が、胸の内をときめかせます。

―アイカ…

恋人の名を呼ぶ夫。

世界でただ一人、アタシの愛する…。

―好き…

ああ…。

―アイカ…、大好き…

なんて幸せ…。

「ソラ…ッ♥」

愛する者の名を呼び、手を握り締める二人。
激しく腰を振るう夫に、妻はあられもない嬌声を上げました。
恥じる気持ちを抱きながらも、それでも求め合う姿は美しく。
いつしかそれは興奮に変わり、お互いの身体を灼熱で包みました。

「やっ♥ あっ♥ はげしっ…♥ んんっ♥」

果てのない夫の寵愛を受け、愛欲に身を震わせるアイカ。
どこまでも妻の温もりを求め、貪欲に腰を打ち付けるソラ。

夫婦は思いました。いつまでもこうしていたいと。
ですが、願いとは裏腹に。互いを愛し、口付けを交わす度に。
アイカの胸中では、ぎゅうと締め付けられた何かが破裂しそうになり。
ソラの下腹部からは、もやもやとした何かが溢れ出しそうになりました。

「ひゃうっ♥ ぅ…っ♥ お、おいっ…♥」

不意に、事ここに至って。
アイカは突然、乱暴にソラの耳をひっぱりました。

「っ…♥ …しろ、よ…っ♥ んぁっ…♥」

しかし、上下を入れ替えようというつもりではなさそうです。
彼女は自らの嬌声に邪魔されながらも、夫に何かを伝えようとしていました。

「はやく…ひぅっ♥ うあっ♥ や…♥ あぁっ♥」

『はやく』。その言葉だけは、何とか聞き取ることのできたソラ。
もっと腰を打ち付けてほしいのかと思った彼は、限界間近であったものの、
歯を食いしばり、最後の力を振り絞って、アイカの膣壁を強く突き上げ始めました。

「ひゃあああぁぅっっ♥♥♥ ば、ばかっ♥ ちが…っ、ふにゃあぁっ♥」

ですが、なぜだか返ってきたのは罵倒の言葉。
今更止めるわけにもいかず、構わずソラは妻の膣内を掻き乱しました。
接合部より、噴水のように飛び散る愛液はどちらのものでしょう。
ぐちゃぐちゃといやらしい音を立てるそれは、お互いの身体を糸で結んで…。

「はっ…はやくイけって言ってんだよぉっ! 阿呆! 馬鹿! スカタンッ!」

突如、耳つんざくほどに怒鳴り散らすアイカ。
それに驚いたソラは、つい反射的に、身体を反らしてしまいました。

「やああぁぁっっ♥♥♥」

反る背に合わせ、勢いを増して打ち付けられるペニス。
それはアイカの子宮口を突き、二人に稲妻のような刺激をもたらしました。

「ぁ…♥ ぁっ…ぅ…♥」

神経が麻痺するほどの快感に、ぷつりと切れる、限界の糸。

噴き出してくるものよりも速く、ソラは今一度腰を引いて…。

「あ…っ♥」

渾身の想いを、愛する妻へとぶつけました。

「あああああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ♥♥♥♥♥♥♥♥」

咆哮。響き渡る遠吠えは、全ての者を絶頂へと導き。
男は、淑女の子宮へ、熱く煮えた精液を注ぎ込みました。
対して妻は、潮噴き、身に受けた快感を解き放ちながら。
肩で荒く息を吐きつつ、夫の身体へとしがみついていました。

「はぁっ…♥ はっ…♥ くぅ…んっ…♥」

二人の絶頂は、アイカの子宮を満たしても、なお止まらず。
痙攣し、ぎっちりと締めつけられた膣の僅かな隙間をぬって、
ごぷりと…下品な音と共に、ソラの精液が外へと漏れ出しました。

内心、彼の全てを受け止めたいと思っていたアイカは、
腰を振って、なんとか膣に残る精液を逃すまいとしました。
ですが、それは今だ射精を続けるソラへの追い打ちとなり、
更に受け止めきれない量の精液が溢れ出てしまうのでした。

「はっ…♥ は…っ…♥」

時間を掛け、少しずつ、少しずつ鎮まりゆく身体。
整い始める呼吸に、ソラもアイカも、やっと一息吐こうと…。

「御上手でしたわね♥」

瞬間、火照る二人の身体に、冷たい何かが浴びせられました。

驚き振り返るソラとアイカ。
その目に映ったのは、酒瓢箪を手に持った裸の侍女でした。
中身を飲んだのでしょうか、瞳が異様に据わっています。
それは彼らの知る、淑やかな従者とはまるで別人でした。

「酒に狂いて、肉に溺れ」

異様な雰囲気を纏いて、彼らに寄り添うミーファ。
夫婦は恐れを感じましたが、しかし、身に浴びたのは鬼の酒。
すぐに酔いが全身に回り、再び火照りが甦ってきてしまいました。

「花咲き乱し、散らしましょう」

酒を口に含み、淫らな淑女が詠います。
それぞれの主に口付けし、更に淫毒を流し込みながら。

酔い狂うた雄と雌は、全てを忘れ、再び腰を振り始めました。
滴る水。弾ける肉。言葉など既になく、想いばかりを残して。

アイカとソラは、お互いの身体に溺れていきました。

「今宵は月のみぞ知るばかり…♥」

自分達を愛おしく抱く者の姿を、記憶の最後に…。

……………

………



むかしむかし、あるところに。
乱暴者で知られる、ひとりの鬼娘がいました。

彼女の好きなことといえば、酒を片手に宴会です。
行商との博打で巻き上げたごちそうを並べては、仲間達と共に、
飲めや歌えやと、朝まで騒ぐのが日々の楽しみでありました。

自由奔放を良しとする彼女は、何物にも縛られません。
思うがままに生きることこそ、一番の幸せと信じていました。

しかし、そんな彼女に思いもよらぬ出会いが訪れます。
それは人間の男でした。気弱で、貧弱で、自分とは正反対な存在。

なのに、どういうわけか、彼女は強く彼に惹かれました。
思い立ったが即行動。鬼は人間に、すぐさま結婚を申し込みました。
ですが、臆病な男は、それに対し首を縦にも横にも振りません。
やきもきした鬼は、彼と夜を共にして、むりやり責任を取らせました。

こうして夫を得た結果、彼女の生活は一変しました。
金棒は箸に持ち変えられ、腰蓑は着物へと着替えられ。
身に付けたものは、全てが全て、彼女が好む自由を縛る鎖となりました。

これにも鬼は、さすがに自らの軽率さを悔いました。
優しい彼にお願いし、縛りから逃れようと考えた彼女ですが、
彼に仕える侍女が、どうしてもそれを許してはくれませんでした。
鬼は今にも逃げ出したい気持ちになりましたが、愛する夫を置いてはいけません。
無理に連れ出すわけにもいかず、彼女は渋々その生活に耐え続けました。

ある日のことです。
作法の勉強を終えた鬼に、侍女が手鏡を差し出した。
見ると、そこに映っていたのは、恐ろしい鬼の姿ではなく、
まるで野に咲く一輪の花のような、華麗な女性の姿でした。

鬼は大層驚き、鏡の中の自分に見惚れました。
そして気付いたのです。己の中に生まれた、もうひとつの存在に。
彼女は、酒を好む暴れん坊な鬼という一面を持ちながら、
芍薬、牡丹、百合にも勝る、可憐な淑女になったのです。

その日を境に、鬼は変わりました。
夫婦で出掛ける際には、自ら夫の履き物を揃える気遣いを見せ、
従者が病に伏せれば、つきっきりで看病する優しさを見せました。
もう、大股を広げて寝ることも、手掴みで物を食べることもありません。
彼女はひとりの男の妻として、誇れるほどに素晴らしい女性となりました。

転じて、ジパングでは、才能を秘めた妻を『鬼嫁』と呼びます。
家事ひとつ出来ぬ妻に対し、夫や家族が、期待を込めて用いる言葉です。

鬼はその後も、愛する夫、侍女と共に、末永く幸せに暮らしたそうです…。

めでたし、めでたし。
13/01/18 18:47更新 / コジコジ

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