連載小説
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エピローグ
次の日から見張り台が取り壊され、同じ場所に庁舎が建ったのは数日後の事だった。そして、その一角に私の執務室が設けられたのも束の間。庁舎を中心に道が作られ、家が建ち、時には視察と街として発展していく事に比例して私は忙しくなり、気が付けば季節が一巡していた。


執務室の中で私は1枚の書類にサインをして、すぐ目の前に立っている男に手渡した。するとその男は一礼をして執務室からすぐに出ていった。
執務室に1人残された私は軽く息を吐き、窓から街を一頻り眺めた後、執務室を後にして誰もいない庁舎から出ていった。
本来なら庁舎の中は忙しい時間なのだが‥街の発展に合わせて今の庁舎では狭いとの結論に至り、先にサインは全面改修工事の許可であり、工事が始まれば私でも出入りが出来なくなる。
休みは前々から欲しいと思っていた。だが‥本当に休みになると落ち着かない。すぐに仕事のことを考えている。これもすることが少ないからなのだろう。
陽の下でしばらく道を歩き、アモーレの家を訪ねようと考え‥家はテントがあった場所と同じところにある。だが、訪ねたとしても今は留守だろう。なら――
学校へと足を向けた。庁舎が建って間もない頃に出来た建物だ。アモーレやお母様やお姉様も教員として籍を置いている。
校門をくぐった先でお姉様を見掛けた。教え子に囲まれ剣術を教えているから、私には気付いていないだろう。
剣術か……私はふと左手を見た。思い返せば最近は全く振っていない。私自身が感じていた差は縮む所が寧ろ‥広がりを見せていくだけだろう。なら、その差をこれ以上広げさせないためにも………
そうだな‥夜の私が使っても壊れないほどの丈夫な剣が要るだろう。校長室に着くまでの間に材料や長さといった具体的な部分まで考えていた。
「久し振りじゃのぅ」
校長――お母様と交わし来た理由を視察として伝えた。
「ヒマじゃからといって、視察を理由にアモーレに会いに来たのじゃろう?」
否定すら出来ない状況にただただ黙ることしか出来なかった。
「夜もヒマなのじゃろぅ?久し振りに集まって食事をせぬか?」
思いもよらぬ提案に二つ返事で返したのも束の間‥
「ワシは人員を集めるから、その代わりに食事代はネーヴェ持ちじゃ」
相変わらずのお母様に反論をしようと考えていた矢先のこと……
「ネーヴェがここを出て、スニューウに捕まったらどうなるかのぅ?そして、ヒマと知れれば……」
お母様の口はいびつに歪みきり、従うことしか道は残されていなかった‥。

応接用の椅子に腰を降ろし時間だけが過ぎていく。これだけの空きの時間があれば剣の発注も出来て、アモーレに直接逢いに行けただろう。だが‥仕事の邪魔をしてしまう側面もある。自身を抑えつけるようこのまま座って待つことを決めた。やはり、この待っている時間のさえも落ち着かない。そして、耐えに耐えた夕暮れ時………
校長室のドアが開かれ、お母様とお姉様が部屋に入り、続いて‥顔を赤くし俯いたアモーレ。その隣に見覚えのない男が立っていた。
「ネーヴェさん……その‥」
上げた顔は赤く、目は忙しなく左右に動いている。
「その……この人は‥」
伝えようとしている言葉に意味は解る。だから‥
「おめでとう」
私は一言だけ告げた。

アモーレの家に向かっている最中、私は2人を後ろから見て、アモーレと最初に会った日の事が自然と脳裏に思い出されていった。
思えば‥初めて会ったあの日からアモーレのことを男として勝手に見続けていたのは私だ。改めて知るとショックはある。だが‥笑顔を絶すこともなく並んで歩いている所を見ていると祝福したいと思う気持ちが素直に湧いてくる。
後の問題は‥先頭を歩いているあの2人だろう。私が間違えていた事に気付かれた場合‥数十年先までと言われ続けることだけは目に見えている。この事だけは決して悟られる訳にはいかない。
アモーレの家の隣。家も道もない空き地で改めて2人を祝福するためにも、手料理に腕を奮った。


それから暫くの時間が流れ‥アモーレはその男と結ばれ、その会場に私も呼ばれた。花嫁の姿のアモーレを見て、私自身の認識が間違っていた事を改めて知り、2人の顔を見て、2人とも必ず幸せになる。確信めいたものを感じていた。
更なる発展を遂げて街がソルテアと名前を得て間もない頃、アモーレが入院した知らせを受けて病院に急ぎ向かった。だが‥アモーレは健康そのものでいつもと変わらない笑顔を見せたまま、ベッドに座っている。どこに異常があるのかと細かく観察しようと考えていたのも束の間。腹部は大きく膨らんでいたことに安堵の溜め息が自然と口を吐いた。
忙しくなり、会えなかった時間を埋めていくように話し続けて時折、腹部を撫でている表情は慈しみに溢れ、見ている私さえも幸せな想いに包まれていく。不思議とそのように感じ、アモーレには怒られるかもしれない。でも、子が生まれるまで私はここに居ようと決めた。
それから一月くらいが過ぎた頃。その日は突然きた。
設備も専門医も十分に手配している。言い様のない不安が私を……いや、辺りを全員を包んでいる。お母様でさえ普段の口調は完全に影をひそめ、顔は不安一色だ。その雰囲気の中で誰一人声を出すこともなくその時を待ち続け………
産声が雰囲気を勢いの強さで全て飛ばし、その場に居た魔物娘や人から表情を笑顔を取り戻させた。全ての者が祝いの言葉を伝えている中、私は親子が共にいる中で水をさすわけにもいかないと思い、祝いの言葉を告げてすぐにその場を去った。それから一週間後、仕事を抜け出してアモーレの病室を訪ね、アモーレは慈愛に満ちた表情で子供と接していた。
「元気そうだな」
「ありがとう」
私の顔をじっと見詰め一言告げた。
「アモーレ自身が頑張ったから、その子は生まれた。私は何もしていない」
「それは違うの。ネーヴェさんが市長になって、ソルテアの発展に力を注いでいるからこの子は生まれることが出来たの。でもね‥ネーヴェさんは働き過ぎ。フロワさんやスニューウさんは相変わらずだけど‥ネーヴェさんは少し休んで、ネーヴェさんの幸せを見つけてほしい。私はそう思うの」
反論は出来なかった。話題を反らすように違う話に変え……夕暮れ頃が具体的な時間を示す頃、病室をあとにした。
ずっとアモーレを運命の相手と想っていた‥。だが………
「私が男と結ばれる。か‥」
自然と口から漏れだし、同時にその絵を思い浮かべようとした。だが……
「想像すら出来ないな‥」
誰に言うつもりもなく、呟いた。


それから数十年の時が流れ、アモーレに孫が産まれて間もない頃。お母様が珍しく執務室を訪ね‥その傍らに一切の表情がない妖狐の子供。
「こやつの名前はシュネーじゃ……」
重々しく開かれた口。私やお姉様と同じ雪という意味を持つ名前。経緯を詮索するつもりはないが恐らくシュネーも………。それ以上のお母様の言葉を遮るように首を軽く振り、そして‥徐に席を立ち身体を屈め目の位置を同じにした。アモーレが私にしてくれたように、今度は私がシュネーに返す番だ。決意を胸に抱き寄せていた。
それから二月も経たない頃、アモーレが倒れたとの知らせを受けて、病院に急ぎ向かい……
「アモーレ!!」
ベッドで横たわっているアモーレを見た途端、肩で息をしている事さえ忘れるほどに叫び声に似た声を上げて手を握った。
「悲しい顔をしないで」
僅かに首を振り笑みを湛えた顔で私を真っ直ぐに見詰めている。
「でも………」
医学は専門ではない私でもアモーレが横たわっている理由は解る。それは‥私たちと決定的に違う寿命の差……
アモーレのことを必要としている魔物娘も人もたくさんいる。今なら手を口元に近付けて、あとは……
「止めて‥」
微かに聞こえた声。アモーレの視線が私を止める。
「私は人間でよかったと思っているの。人間だから、ネーヴェさんと出逢うことが出来て‥ソルテアも出来たの」
「でも‥だからっ……」
「違うの‥少し休むだけ‥。ネーヴェさんの‥みんなの前から消えて居なくなるわけじゃないの。それにね‥少し休んだら必ず生まれ変わるの。生まれ変われる時に計らいがあるなら、もう決めてあるの」
アモーレの視線は私の顔を外れ、胴よりも下の方に合わせて、すぐに私の顔に視点を戻した。
「生まれてくる時はきっと女の子。そして、その時に再びネーヴェさんと出会うの。これは約束」
私はゆっくりと目を閉じて、息を吸い、一呼吸を置いて目を開けた。
「私の名前‥ネーヴェはフロワお母様がつけてくれた名前で私の本当の母がつけた名前はセピアだ。だから、だから‥その時は私の事をセピアと呼んでほしい」
「ええ……分かったわ」
アモーレは笑顔を絶やさないまま眠るように目を閉じた……



市庁舎の屋上から街を眺めていた。雲一つない天気。私が初めて見た景色は今は人通りの多い街並み変わっている。アモーレに出逢えて、お母様、お姉様。そして、数多くの魔物娘や人が協力し合って生まれ、今も発展している街。
「ネーヴェ様。朝からずっとここでサボっていますよね?」
遠くから聞こえた声。胸にある気持ちも想いも全てを破壊する一言。振り向かなくても声の主は解りきっている。これでも壊したりないのだろうか‥?無遠慮にも足音は近付いていることを知らせて、私のすぐ隣で完全に止まった。
「都合が悪くなった途端に寝たフリですか?」
様子を窺うように覗き込んだその顔はアモーレの孫娘で瓜二つの顔のアルブス。16の頃より私の手伝いをすると自主的に言ったことは本当に嬉しかった。だが‥性格はお母様やお姉様に近く、手間ばかり増やしているのが実情だ。
これらの行動が私を否応にも現実に引き戻し、溜め息が自然と口を吐く。
「そうだな……」
数時間ぶりに出した声は少し掠れていた。
「今日はこの時間で仕事を止めて、これから出掛けると言った場合、お前はどうする?無論、仕事上の責任は全て私が取ろう」
「そうですね‥」
白々しいまでに考える仕草。答えは声を掛けた時点で既に決めていたのだろう。
「お供します。他に誰かを呼んだ方が良いでしょうか?」
恐らく私の心の内を読みきっているのだろう。
「わかった。人選はお前に一任するとしよう」
「人使いの荒いどなたかのお陰で‥非常に残念ですが、ご一緒するとが出来なくなりました」
余分な言葉だけを残し、アルブスが遠ざかっている事を足音だけが告げて、私も続くように市庁舎を後にした。そして、花屋で花の種を買い、目的地へ――墓地へ歩みを進めた。

一ヶ所だけ花に囲まれている墓石の前で立ち止まり、花が咲いていない所を重点的に種を蒔いて、そして‥跪き祈りを捧げた。
去年まで私なら、この後は空を見上げていた。だが、今の私の身体には新たな命が2つ宿っている。あの時アモーレが直接告げることのなかった希望が叶っていたとするなら……
手は無意識に腹部を撫でるように触れ、命の鼓動を感じ取っていた矢先の事、出入口の方から聞き覚えのある声がいくつも聞こえ、振り向かずに耳を澄まし一人一人の声をの聞いていた。

アモーレと出逢えて、ソルテアが出来て、新たに出逢えた者達だ。余す事なく紹介していたい。だから‥身体の中で健やかに育って、元気に生まれてきてほしい。
13/09/21 10:47更新 / ジョワイユーズ
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■作者メッセージ
アルブス
「アルブスです♪」

ネーヴェ
「ネーヴェだ。アルブス。話よりも先に、私としては‥この机の上の書類の山を片付けるのに少しは手伝ってほしいものだが?」

アルブス
「それはムリな相談ですね。昨日一日仕事を放っていた報いですよ」

ネーヴェ
「………。お前に声を掛けた私が愚かだったようだな。話をするなら執務室の隣に行ってくれ。応接用のソファーに座ったまま話されると気が散る」

アルブス
「お言葉に甘えて、ネーヴェ様の許可も下りたからシュネーちゃん。隣の部屋で話そうよ」

シュネー
「えっ‥わ、私!?で、でもお姉ちゃんのお手伝いが……」

アルブス
「いいのいいの。許可をしたのはネーヴェ様だから」




アルブス
「改めましてアルブスです♪」

シュネー
「シュネーです……」

アルブス
「シュネーちゃん元気がないよ?どうしたの?」

シュネー
「お姉ちゃんが……」

アルブス
「今は人手があるから大丈夫でしょ。それに責任感だけはムダにあるから、夜遅くになっても‥いつものように1人でやっているよ」

シュネー
「…………」

アルブス
「それは別にして、話の本題に入りましょう」

シュネー
「う‥うん……」

アルブス
「久し振りの挨拶を抜きにして、前日談の話の中でシュネーちゃんや私が出ているのに、ネーヴェ様のお腹のお父さんで本作の主人公のハズなのに‥その人は影も形もないんだよね……」

シュネー
「う‥うん……」

アルブス
「生返事しかしないシュネーちゃんにここでお姉さんから問題を出題♪
ネーヴェ様の出来事なのに具体的な年数が表されなかったのはなんでだと思う?あの人はとにかく細かいからね……。特に誤字や脱字の指摘はうるさいよ?」

シュネー
「…………。お姉ちゃんなら具体的に覚えているのにどうしてなの?」

アルブス
「一つはアレなんだよね‥。スニちゃんから見たネーヴェ様との歳の差が 5だから、仮にネーヴェ様を18としたら……になって、23か24くらいにすると……。それに二つ目にネーヴェ様の今の歳が95だから、ソルテアが出来てからの具体的な年月やお婆様やお母さんの歳もある程度想像が出来て、その上で私が18だから‥アレ?となるんだよね……。具体的な歳を出したことお婆様を曾祖母にするべき?この二つが失敗だったしょうか?になるんだよね……」

シュネー
「…………」

アルブス
「シュネーちゃんはケロッとした顔で普通に息をするように毒を吐ける娘じゃないからコメントが難しいよね‥。でも‥フロちゃんやスニちゃんが市長室にいる方が不自然だから、つい……。
だからといって、私が独り言の連続をしても悲しさで埋め尽くされていくから‥だから……。シュネーちゃんにシメをしてもらえるとお姉さんはスゴく助かるよ」

シュネー
「う‥うん。
ここまで読んで下さってありがとうございました」

アルブス
「シュネーちゃん戻ろっか。手伝って、今日も一緒に帰らないとね」

シュネー
「うん♪」

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