連載小説
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第四話 朝からアウト
朝目が覚めると、俺はレティを抱きしめていた。
ぼんやりした記憶を手繰りながら昨日のことを思い出す、昨日アクセサリの壊れたレティに襲われて半分くらいなすがままにお互いのことを貪り合って。
仕事が終わって帰宅してからもレティは俺を押し倒すと家の壁が薄くて防音性が低いから近所迷惑になるんじゃないかと心配になる俺をよそに睦み合うことを要求して来て。
昨晩、何回出したのか覚えてない。
少なくとも昨日一日で、今まで出してきた中での一年分くらい出した気がしてならない。
孕んでいてもおかしくないと思う、そのくらい出した。
「ヘルマンさん! いますか!?」
ドアをバンバンと叩く音となんだか悲痛っぽい声にようやく気付く、ぼんやり止めろ近所迷惑だと思いはしたが、その声の主がチェルシーだとわかるとようやく頭が覚醒する。
慌てて服を着て、玄関に向かって走り鍵を開けてドアを開く。
「よかった、起きてた! 大変なんです、お店が強盗に入られて、店長が怪我して! 道具と、レティさんとルミネさんの分の髪の毛が盗まれちゃったんです!!」
半ばパニックになりながら、チェルシーが最悪の報せをしてくれた。
「強盗って……クロードさんは? 近くにいなかったのか!?」
あの人がいれば強盗が何人で押し寄せようが負けるとは思えない、人間であの人に土をつけたことがあるのはロイドくらいだ、そのロイドですら三十回以上ボコボコにされて一回ギリギリで一本取っただけに過ぎない。
「いた、だがさすがに孫を人質に取られたら手は出せん。本当にすまない。」
チェルシーの後ろからクロードさんが姿を現した、どうやら怪我はないようだが、その表情はあまり元気そうな顔をしておらず若干不機嫌そうに見えるいつもよりはるかに暗い。
「……ルミネさんの髪の毛が奪われたって…最悪の状況じゃないです?」
「いや、あいつなら問題ない、あの術を開発したのがルミネなんだ、それに対抗する術くらいいくらも用意してると前から言ってた。問題なのはレティの方だ。対抗術を使えるって豪語してるルミネか、またはツィリアのところに行ってほしいんだが……」
「いや、クロの頼みでもいや。ヘルマンと一緒にいる。」
クロードさんの言いたいことを、俺もそうした方が良いと確信できる発言をしかしレティは俺の腕をしっかりと握りしめて首を横に振って懸命に拒否する。
「店長の怪我はどうなんです? それにローフィを人質にとったってことは……」
「焦るな、順を追って説明する。」
そう答えてクロードさんは木簡を取り出す、既に通信の術式が作動しているあかしとして光ってるってことは誰かと今も会話中ってことだろう。
「ソラ。奴らがどこに行ったのかわかるか?」
クロードさんが通信の向こう側にいる相手に声をかける。
『広場の真ん中、集団でまたあそこを占拠してます。人質に取られたままのローフィもいますね……それと今、急ピッチで何か作って……あれはロープかな?』
どうやら、異世界からやってきたクルツの魔術師ソラと連絡を取りあっているようだ、どんな手段でしているのかはわからないが彼はアウターを監視しているらしい。
造られてるのは確実にルミネさんやレティを捕縛するためのロープだ、怒りと不安で胸がちりちりしてきた。俺はアウターのことをそこまで深く知ってるわけじゃない、けどあいつらがこんなことをしてまで魔物を捕えようとするのにまさか魔物に好意的とは思えない。
「ランスは呼んだか? それと、連中の包囲はあとどのくらいで完了する?」
『呼ぼうとしたんですがあいにく島に行ってるみたいです。包囲の方はあと十分はかかります、気づかれないよう、刺激しないように行動してるせいでなかなか手早くはいけませんね。』
「そうか、悪いが引き続き監視を頼む、また動きがあったら連絡してくれ。」
そう言って、クロードさんはソラとの通信を終える、そして俺の方に向き直ると、非常に嫌そうな、そして申し訳なさそうな顔で俺たちに向かって説明を始めた。
要約すると、クロードさんに対処する何らかの手立てが必要と考えたアウターたちはどうしたのかと言えば、深夜皆が寝静まった頃、クロードさんの家族のいる自宅を襲撃した。
応戦はしたものの、そもそも睡眠中だったうえに戦力と言えるのが二男のロナルド一人、妻ができてから驚くほど頼りになる男に成長したと言え、女性三人しかも一人は幼児を一人で守りきれるはずもなく、ツィリアさんが駆け付けたころにはローフィが連れ去られ、カミナさんとロンは重傷を負っていた。
ロンの妻であるイリヤーナも行方不明、恐らくアウターに連れ去られたものと考えられる。
そしてローフィを人質にしたアウターたちは今度は服屋を襲撃、クロードさんを金縛りにし五十過ぎて体力も衰えてきた店長に傷を負わせ、ルミネさんとレティの毛髪を奪い逃走。
ここまでが、俺がレティとお楽しみだったり熟睡してたりするうちに起きていたこと。
そして今、ローフィを人質にとられて連中に手出しすることもできず、広場を占拠するアウターどもを包囲するしかない。
『クロードさん、アウターの連中が……あなたとルミネさんとレティを呼んでます。』
「すぐ行く、レティは……隠れてろ、見つからなかったと言い張れ。」
「いや、恩人とその孫が大変な時に」
「ヘルマン、縛ってでも抑えろ。」
明らかにクロードさんが苛立ってる、それは確かに理性的に考えればクロードさんの意見には賛成だ、レティを危ない目に合わせたくはない。でも、俺もレティもクロードさんに助けられた、この人がいなかったら俺たちはここにいない。
その恩人が大変な時、何か手伝いたいと思う気持ちは俺だって一緒だ。
「その言葉は聞けません。」
そう俺が言い返した瞬間、クロードさんは長い棒を、普段は不審者を取り押さえたりするときに使っている、棒術を使うための棒を俺たちに向ける。
「俺の言うことを聞け、二人で、隠れろ。」
「嫌です。」
身の危険は感じたが、引き下がる気はなかった。
何しろここは三階、窓から飛び降りればクロードさんを撒ける程度の距離は稼げる。
「跳ぶぞレティ! 窓だ!!」「承知!」
俺たちは躊躇なく回れ右をして窓から飛び降りる、俺はどうにか飛距離を調整して植え込みに落ち、レティはそんなことをせず普通に石畳に着地する。
足にけがはない、走れると思った瞬間、俺の目の前によく考えたら当たり前のものが降ってきた。燃えるような赤毛に暗青色の目をした中年の男が。
「窓から降りるのは悪くない判断だ、俺が相手じゃなければな。」
そりゃそうだ、俺に出来てクロードさんに出来ないはずがない。
「えーっと……許してもらえませんかね?」
「だめだ。」
『あの、クロードさん……広場に…』
クロードさんが俺に向かって棒を叩きつけようとしたその瞬間、またソラから連絡がかかってきた、しかもクロードさんが受け付ける前に声が出るっていうことは一部の木簡にしかかけられない緊急信号を受け取っているということだ。
「広場にどうした!」
『ルミネさんが、到着してます。いつの間にかそこに来てて……まさか瞬間移動?』
「あいつ……死ぬ気で止めろ、下手な真似をさせるな。」
そんなことを言って、一瞬だけ俺たちのことをチラと釘を刺すような目で睨んでから、クロードさんは広場に向かって猛然と走り出す、四十代で孫もいる男の足とは思えない速度だ。
その背後を俺たちも走り出す、俺の方が明らかに遅いが、広場まではそこまで遠くはない、体力なら持つ。


五十メートル程度の道を一気に駆け抜けると、そこには既に役者がそろっていた、ルミネさんを止めろと言われたソラは下半身が完全に氷漬けになっていて、両腕と口も氷で固定されている。
「……やられたのか、何秒でこうされたんだ一体……」
ソラは女王戦争時に活躍した英雄の一人だ、身体能力はランスより少し高い程度とはいえ豊富な魔力と天性の才能により強力な魔術や魔法を行使することができる、クルツの中ではかなりの実力者だ。
ソラの手が動き、指が二本だけ立つ、
「まさか二秒?」
ソラの首が縦に動く、たったの二秒でここまで完璧に人間を捕獲できるもんなのだろうか。
「是非とも聞かせてほしいわね、貴方たちが何でこんなくだらないことするのか。」
「くだらない? くだらないのはここのルールだろが!」
ピリピリと殺気立つ喧噪の中心で、明らかに和やかでない笑顔のルミネさんと顔に大きな傷のある、そして左足に包帯を巻いた男が睨みあっている。
「そう? 平等で誰でも努力すれば豊かになれるしものすごく貧しくなる人もいない。節度をわきまえた素晴らしいルールだと思うわよ? 私としてはもっと自由にしてもいい気はするけどね。」
「ふざけんな! 魔物と人間が平等!? 魔物ってのはなぁ! 人間にかしずいて性処理の道具として使われるための生き物なんだよ! テメェも例外じゃねぇんだ偉そうに俺に説教垂れてんじゃねぇ!!」
「あら、聞けば聞くほどくだらなくて、耳が腐りそうな言葉ね。」
そのルミネさんの言葉から、俺はかつてないほどの異常な事態が今起きていることを痛感させられた。
ルミネさんが怒っている。
俺はこのクルツで暮らし始めてもう二十年近く経つのだが、ルミネさんが怒ったところを見たことがない。そんなルミネさんが今、明らかに怒っている。
「何様のつもりだ! オイロープ持って来い! 縛ってやれ!!」
男の指示に従って、男たちがルミネさんに接近し、抵抗する様子も動く様子もない彼女の首にロープを巻きつけ、更に体のラインが強調されるような卑猥な縛り方を始める。
「はぁ……本当くだらないわね。別にあなたたちがどんな思想を持っていようと勝手なのだけれど。私は魔物の領主ルミネ、このクルツで暮らす魔物はすべからく娘のように思っているわ。」
「だからどうした? これでお前の力は封じられてる、今のお前には何もできねーんだよ!!」
男が勝ち誇ったように言い切る。
確かに悔しいが俺もそう思う、ローフィとイリヤーナを人質にとられていたから抵抗できなかったんじゃないかと思うが、結局対抗手段も使えず終いだ。
「甘いわよ。」
誰もが諦めたその瞬間、ルミネさんの全身を拘束していたはずのロープがボロボロと「枯れた落ちた」
ルミネさんの全身から淡く白い光が漏れ、彼女の青い髪の毛が真っ白に、同じく空のような澄んだ青色だったはずの瞳が極上のルビーのような美しい赤に変色する。
誰もがその光景から目を離せなかった、一体だれが、こんな事態になると予想できていただろうか。
「改めて初めまして。クルツ自治領の魔物の領主であり、すべての魔物を統べる偉大なる魔王の四十七番目の娘、ルミネよ。」
そこにいたのは、魔王の血統たる最上位の淫魔、リリムだった。
「ローフィと、イリヤをこっちに引き渡してくれないかしら? お願い、きいてくれるわよね?」
「は、はいっ! 今すぐあの二人をこっちに連れてこい!」
リリムの魅了の魔力は他の淫魔の比ではない、その目で彼女らを見れば、その声を聴けば、力の強いリリムならただそこにいるだけで、耐性のない男たちの心を奪い決して離さない。
油断しまくっていたせいで直接真正面から見てしまったアウターたちに至っては全員完全に骨抜きで、周囲のクルツの住民たちの中にも魅了されている者がちらほら見受けられる。
俺が魅了されずに済んでいるのは他の魔物つまりはレティと体を重ねて他の魔物の魔力をその身に取り込んでいるからで、そうでなかったら俺も同様に魅了されていただろう。
すぐにローフィとイリヤーナの身柄がルミネさんに引き渡される、イリヤはふらふらしながらもまだ歩いていたがローフィの方はどうやらひたすら泣いていたようで泣きはらした跡があり、今は疲れたのか眠っている。
「私、今ものすごく怒ってるの。大切な娘たちを侮辱されて、私の領地を土足で踏み荒らされて。だから怒ってるの。」
「申し訳ありません! 何なりと罰をお与えください!」
「ええそうね……あなたたちは、この町に要らないわ。消えなさい。二度とここに近寄らないで。」
そう宣言してルミネさんが指を鳴らした瞬間、アウターの集団が一瞬のうちに消え去った。
確かにこれなら、ソラも瞬殺できるかもしれない。
次元が違いすぎる魔力だ、だがなぜ、ルミネさんま今までこんなことができる能力を持ち魔物の領主という責任ある立場に就きながらにしてその能力は行使してこなかったのかと疑問にも思ってしまう。
目の前でお北凄まじい出来事に頭の処理が追いつかないか、または俺と同様になぜ今まで色々な問題を放置してきたのかという不満を抱えて、皆が黙り込んでいる。
「あー、ルミネ。」
そんな中、口を開いたのはクロードさんだった。
「何よクロあいたっ!?」
スパーン と良い音を立て、クロードさんの振り下ろした棒がルミネさんの頭部を捉える。
「俺に、話もつけず、勝手に動いて、揚句に犯人どもを纏めて吹っ飛ばすとは、何事だ? レティの頭髪のありかとか! 連中の構成員とか! まだ聞くこと山ほどあったろうが!!」
「ごめん、ごめんクロ! 悪かったから連続で頭叩かないでよさすがに痛いわよ!」
「正座。」
さっきまでの貫録が嘘のように、クロードさんに説教されてルミネさんはリリムの姿のまま小さくなっている。本当にさっきの人と同一人物か?
「前に、『自分はできるだけ手は出さない』って言ったよな? 『そうするとみんな自分に頼るようになって自ら努力することを放棄するから』って、俺が領主を継いだ時も女王戦争の時も言ってたよな?」
「はい……でもあのねクロ、今回のは結果オーライ」
「…それは否定しないが、今回の行動はお前のポリシーの否定だろう? そこをどう言い訳するつもりだ?」
「頭に血が昇っちゃって……ネ♥?」
ふおんふおんふおんふおん
独特の、柔らかなしかし攻撃的な風切音が鳴る、何であの人説教に必殺技を使おうとしてるんだ…… というかその前に、
「ルミネさんがリリムだってこと、クロードさんは知ってたんですか?」
「知らん、こいつがやらかしてきた数々のエピソードやら無駄にあふれかえった自信やらを鑑みてそうかも知れんとは思っていたがまさか本当に魔王の血統とは分からなかった。」
「さっきクロが言った通り、今見てくれて分かったと思うけど私が動けばたいていの問題は片が付くわ。でもそれじゃあ、みんな私に頼って自分では何もできなくなるかもしれない。そう言うの嫌なのよ、努力して、手を取り合って成長していく姿を見たいの。」
だからわざわざただのサキュバスのふりまでして、問題の解決に関してはクロードさん達役人を中心にしたクルツの人々自らの手で解決させ、自分は動かない。
今回は特別、自分が娘のように可愛がっている魔物たちを奴隷にしたいなどと言われて耐えきれなかったから。
「今回はあんたのおかげで助かった、それには感謝してる。だからあとはいつも通りへらへらしてろ。後始末はあんたが見守ってきた連中がする。」
「はーい。」
とにもかくにも、クルツにまた平和で幸せな時間が帰ってくるようだ。

13/11/03 15:51更新 / なるつき
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■作者メッセージ
ごめんなさい急展開ごめんなさい
石は投げないでください包丁を投げたくなっちゃいますから


クルツでの「島」とはローディアナ王国からクルツに割譲されたいくつかの小島群を総称する表現である。割譲されたというが殆どは未開の小島であり資源・居住地としての利用性はあまり期待できないとされている。
開拓局のランスが時たま思い出したように調査に赴いているが、喜ばしい報せが届いたことは今のところない。

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