連載小説
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後編
見張り台から悲鳴のような声が木霊した直後、辺りはすぐに緊張感のある空気に包まれていき、その空気を感じ取ったお母様がすぐに駆けつけて……
「アモーレ。念のために戦えぬ者を下がらせてほしいのじゃ。頼めるかの?」
「分かりました。引き受けます」
「そうじゃのぅ……。これなら、なんとかなるじゃろうな‥」
お母様は空を見て呟いていた時、お姉様もその場に合流して‥その表情は余裕がない程に張りつめている。
「スニューウは教え子ともに前衛の足止めを‥誰一人抜かれないように頼めるかの?じゃが、決してムリをするでないぞ。後は‥戦利品のお持ち帰りもなしじゃな。この戦は全員を生かして帰すことに意味があるのじゃからな」
「分かりました。全てを徹底させて、木の棒で応戦します」
お姉様の掛け声で近くにいた数十人の人間と魔物娘が木の棒に持ち替えて、避難をしている逆の方向へむかっていった。
「ここは危険になるかも知れねからの。ネーヴェは離れるのじゃ」
私は首を横に振った。
「そんな暗い顔をするでない。この戦はネーヴェを含めて、この場に居る全ての者の居場所を守るためにするものじゃ。じゃからワシもスニューウも必ず帰ってくる。ネーヴェに二度と寂しい思いはさせぬぞ」
お母様はお姉様が向かっていった方向に駆けていき‥私は後を追うことが出来ないまま、上を‥雲に姿を隠した陽を見ていた‥

「ネーヴェさん!!そこは危険です」
アモーレに引かれた手が私を現実へと引き戻し、お母様やお姉様が行った逆の方向に走っていった。見張り台を視界に納めた途端に何かが弾けるように、一気に駆け掛け上がり、呼吸を整えるよりもお母様やお姉様の姿を探して―――
お姉様の周りには先と同じ魔物娘や人達がいる。たが‥どれだけ探してもお母様の姿はない。私は更に遠くを見た。
母や父を討った人間と同じ考え方を持った人間共。いや‥同じ人間も混じっている可能性もある。憎くないか?と今でも問われれば憎いと答えるだろう。だが‥同じ人の中にはアモーレやここに住む人達もいる。だからこそ私は人を信じていられる。
数の上なら‥お姉様の方が圧倒的に不利。実力差から言えば心配事はない。だが‥何も出来ないまま、見ているだけの私自身がなによりも歯痒い。今が夜なら‥と雲に姿を隠している陽を見た。

最初に仕掛けてきたのは人間の方。雨のように矢を放ち、同時に私にも届く大きさの鬨の声。槍を持った騎馬が一斉に突撃をしたのも束の間。矢は突如吹いた突風により勢いを失い、流されて違う方向へ落ちていき‥お母様の援護と咄嗟に考えた。
矢が通じなかった事を最初から想定していたのか、騎馬は意に介さないまま突撃をして――
お姉様は前に出て‥普段と違い両手にそれぞれ木の棒を持っている。槍を片方の木で弾き、もう片方で人の腹部を突き倒してすぐに構えを直して、木の棒を振るう毎に騎馬の群れをなぎ倒していった。
騎馬が全滅する直前、途切れを見せないように甲冑に身を包み剣を持った騎士が押し寄せて――
お姉様は7人の騎士を同時に相手にして、同じ実剣なら相手にもならない筈。だが‥騎士は反撃をさせないようにタイミングを合わせて交互に攻撃を繰り返し、斬撃を防ぎ受けていく度に徐々に細くなっていく2本の木。周りの魔物娘も自身の相手に手一杯で援護も出来ない状態。私は咄嗟に左手を突きだして、手を広げ、魔力を集中させていくようにして……だが‥魔法は出ることはなかった。くいしばり、口から軋んだ音が聞こえる。広げた手を閉じて、見ていることしか出来ない自身への歯痒さ。私はすぐに背を向けて駆け出したのも束の間。
「ワシらはお主ら人間を傷つけることもなく、この地で静かに過ごしたいだけじゃ」
普段の飄々した声と違いドスを利かせたお母様の声。見張り台に戻り身を乗り出して姿を探しても、やはり見つからない。そして、突然の出来事にお姉様も含めてその場の全ての魔物娘も人も完全に動きを止めていた。
「お主ら人間がこの地を脅かそうとするのであれば‥」
空に向かって放たれた光輝く巨大な魔力の塊。そして、ゆっくりと空を上がり続け‥目映い光を放った直後、その周囲にあった雲を瞬時に全て消し飛ばして、辺りに一条の光が地面へと降り注ぎ‥陽の光がこんなにも美しいものなのかと自身の認識が改められた。恐らく、私を含めてこの場所にいる者の全てがこの一部始終を見ているのだろう。
「これ以上、攻めようとするのであれば‥ワシはこれより、毎日お主らの住まう地の上空に放つぞ。この意味が解らぬわけでもあるまい」
暫くの沈黙。そして…
「退け!!!」
けたたましく響いた声。その場にいた人間は気を失っている者は動ける者が担ぎ一気に退いていった。

それから、間を置いてすぐにお母様やお姉様。お姉様の周りにいた魔物娘や人達が一人も欠くこともなく帰ってきて、辺りからは喝采や拍手が飛び交う中、お母様やお姉様からは疲れの色は全く見えない。傷を負った者の治療にアモーレが当たっていた。
「あれだけの力の差を目の当たりにすれば簡単に攻め込むことはせぬじゃろう」
胸を張っているお母様を尻目にこれから先、私がどれだけの時間を研鑽を費やせばお母様と同じだけの魔力が身に付くのだろう?その疑問は明確な答えさえも出すことも出来ず、同時に決して埋められない力の差を感じた。
「何を呆けた顔をしておる。言った通りワシもスニューウも帰ってきたじゃろ?」
お母様はお姉様に向き直り
「スニューウ。ワシらが準備をしていく少し前のネーヴェの顔が面白くての」
「その話を聞かせて下さい」
「ここにはその怖いのがおるからの‥少し離れて話をしようぞ」
戦いのあとでも相変わらずのお母様とお姉様に呆れ、溜め息を吐いた。


その晩。見張り台のある場所で宴が開かれて、この場所に住む全員がその場に集まっていた。お母様はいつも以上に羽目を外していることが不安の種で‥お姉様は周りの人達と一緒に出された食事を摂っている。そして、アモーレにふと視線を移した途端に今まであった考えは急激に心配へと塗り替えられていった。
あのあと、傷を負った者の治療を長らく行い、つい先に終えたばかりだからだ。出来れば早く休ませたい。私の想いとは裏腹に宴は長く続き‥明け方の手前頃には周囲を見渡せばほとんどの者がその場に眠りにつき、アモーレもその一人で私は寝顔をずっと見ていた。

この日から二月、三月と過ぎていき‥あの日を境に人間の軍勢は姿を一度でも見せていない。そして‥アモーレと共に居たある日の事、慌てている様子のお母様に連れられて一つの大きいテントの中に入っていった。
その中はこの場の代表の全員が集まっており、アモーレ連れられて紹介された事があるから全員の顔は覚えている。集まっている理由。それは‥
この場所を街としていくために新たな長として、お母様の名前が上がったからだ。確かにあの場面を見てしまえば誰も異を唱えないだろう。だが‥
「ワシはほれ‥魔法を教えておるからのぅ。長が出来るほど時間的に余裕はないのじゃ。じゃから……」
お母様は私をじっと見ている。
「じゃから、ワシはワシの娘を推すぞ」
代表の全員とアモーレの視線が私に集中して、私は否定の言葉を口にしようとしたその直後、
「まぁ‥急じゃからのぅ‥少し外で話さぬか?のぅネーヴェ?」
テントがある場所を避けるように、疎らな場所へ‥そして、今は誰もいない見張り台を上り‥私は眼下に広がるテントを見ていた。
「ワシが考えるに、ネーヴェが長をする事が一番良いと思っておる」
お母様が歩く度に床は軋んだ音を立て、私のすぐ隣でその音は止まった。
「幼少の頃から実母の治世を間近でその目に焼き付けておるからの‥その面でも秀でておるじゃろぅ。じゃが、これは別にしての……」
お母様は手摺のうえに上がり、腰を降ろして、私と目を合わせた。
「ワシら魔物娘と人が手を取り合って生活していける街を作っていく。志し半ばで叶えられかったネーヴェいや、セピアの母が願っていたこの想い。その想いをワシは継いでほしいと考えておる」
お母様は澄んだ目で私を見ている。
「それにの……補佐にアモーレを指名すれば常に共に居られるじゃろ?ワシから話は以上じゃな」
手摺に手を掛けて、立ち上がろうしたその刹那。お母様はバランスを崩して――流れている時間の全てがゆっくりに感じられ‥咄嗟に伸ばした左手はお母様の何かを掴んだ。安堵が胸に広がりはじめたその途端‥下から声にならない声と激しく動いている何か。改めて左手を見て……掴んでいたものはお母様のマント。苦しい形相で私を見詰め、身体をバタバタとさせていた。
持ち上げようとしても、今は陽が出ている時間。力は入らず、更には私の腕も身体もも共に下へと引き寄せらてれいる。アモーレやお姉様がこの場にいるならと考えが頭を過る。だが‥重さに引かれ、乗り出した身体は手すりを越えて‥
あり得ないような速度で地面が視界一杯に広がっていく。だが‥地面にぶつかるその瞬間だけが不思議とゆっくりに感じられ、脳裏に母やアモーレの顔が甦った刹那、視界は暗闇に包まれ、同時に激痛が身体中を駆け巡った‥
激痛が和らいでいったことを皮切りに身体を起こしていき、お母様と合った目やその顔から不服の一色で表されている。
「共に住むようになって数年。ネーヴェがワシのことをそのように見ておったとはのぅ。危うくその手に……」
私のこの激痛も含めて、誰が原因ですか?と問い詰めたい。仮に問い詰めたとしても、その結果は見えている。だからこそ、私はあまり相手にしないようにアモーレが待っているテントに激痛を押さえながら‥なるべく早い足取りで戻った。
テントに入ってすぐに最初にアモーレと目が合い、表情はすぐに驚きに変わって、私はアモーレの手から発せられている優しい光に当てられて、すぐに痛みが癒えていく‥。この瞬間を感じていくようにゆっくりと目を閉じていき‥そして、最初に出会ったことが自然と思い出されていった……
傷も痛みも全てが癒えた私はすぐにその場で長をすることを述べ、誓った。そして‥その夜。
家から一本の杖を手に取って、アモーレのテントの前に立っていた。用事はただ一つこの杖を渡すこと。それだけだ。お母様が言っていたように補佐を頼むつもりは最初からない。肺の中の空気を全て入れ替えるように深く、長い、深呼吸をした後にテントの中へと入っていった。
「アモーレ」
いつもと違う声の質に振り返ったその顔は話を聞く用意のある顔。私は話を続けた。
「私が長をするにあたって、アモーレにこの杖を持っていてほしい」
「この杖は?」
テントの中で実演していくのは危険と判断して、アモーレを外に‥テントもなく、誰もいない場所まで連れて、周りを明るくした後に杖に魔力を注ぎ込んでいくようにイメージをして……
先端から水が迸り‥空の闇を吸収した漆黒の水面がすぐに生まれ、イメージを切り替えるだけで迸る水は氷へと姿を変えて、暗闇へと消えていった。形も粒から氷柱まで自由自在に変えられる。この杖はお母様が製作して私は断った上で持ってきた。お母様の事を思い出すと今日のことでつい力が入ってしまうのか‥辺りは大きな水溜まりが出来上がっていた……
「私が圧政を敷くようになった時、その時母や姉でもなく、アモーレだから‥アモーレだからこそ、この杖を使って私を止めてほしい」
アモーレの顔に困惑の色が見て取れる。
「大丈夫。ネーヴェさんなら‥」
私の優しく取り、
「ネーヴェさんの想いは受け取ります。でも‥この杖を使わせないようにして下さい。私にとってもネーヴェさんは大切な方なのですから」
「ありがとう‥」
私は一言だけ告げてアモーレの背中に手を回した。
13/09/21 10:46更新 / ジョワイユーズ
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