連載小説
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中編
私が外に出るよりも早くその2人はテントに勢いよく入ってきた。そして……
「食事の時間を過ぎても家に帰っていないのじゃから、探してみれば……」
涙声のお母様は目に涙を湛えている。隣に立っているお姉様は不機嫌な顔のまま、串刺しにしていく程の鋭い視線を私に送っている。
「わ‥私の……か、家族‥です………」
状況が飲み込めていないその人に紹介した声は掠れきっていた……

「ワシはバフォメットのフロワ。こっちは娘のデュラハンのスニューウ。お主と共に居るのもワシの娘のヴァンパイアのネーヴェじゃ」
その人は確認していくように顔を動かして、私と目が合った時、何かに気が付いた顔へと変わり自分の顎の近くで軽く手を合わせて、小さな音を鳴らせて‥
「私はアモーレ。今まで自己紹介をしていなくて、ごめんなさい」
悲しい顔も束の間。すぐにいつもの顔で私を見つめ直し‥
「ヴァンパイアのネーヴェだ」
私は自分の声で意思で改めて名乗った。本来は私から伝えようと考えたのだが‥お母様に先に言われてしまうとは誤算だったこと。その事に加え、私の本当の母が名付けてくれた名前よりも、お母様が名付けたネーヴェで名乗ってしまったことが何よりも胸に引っ引っ掛かってしまった‥。
現実に引き戻すように‥アモーレとの間を大きく裂くように聞こえたお姉様の大きな溜め息。その表情は先よりも不快感が多く含まれている。私はアモーレに断って調理器具を‥少し遅めの晩御飯の準備に取り掛かった。


お姉様の小言を聞き流しつつも出来上がった食事。テントの中で4人は狭く、外で‥月や星の明かりではアモーレには暗く、私は適度な木の枝を広い集め火の魔法で灯火を作りその場を明るくしていった。
いつもと違う4人の食事。アモーレが打った舌鼓がなによりも嬉しく、体感的にすぐに終わってしまった時間。だが‥これからも続いていくこの毎日を思うだけでも心が踊っていく。


「ワシらが住んでいる森の近くにこのような場所があったとはのぅ‥」
お母様は複雑な顔を浮かべている。
「ここに住まう者がここを安住の地と考えているのであれば、脅かす者共が来たときにワシとスニューウで二度と来る事がないように追い払って見せようぞ。どうじゃ?」
いつもの冗談を言っている時の顔とは違い、その表情からは本気が垣間見れる。
「それでは‥フロワさんやスニューウさん。ネーヴェさんの身も危険にさせてしまいます。だから‥」
「そのことは心配無用じゃ。アモーレ。お主はネーヴェを良くしてくれた。じゃから、母としても、同じ魔物娘として協力したいと思うのじゃ」
お母様はお姉様の方へと視線を移した。
「そうね。母さんがそう言うなら、私も協力するわ」
「決まりじゃな」
お母様とお姉様の実力はよく解っている。だから、私は何も言わなかった。
「そして、ネーヴェはその時アモーレと共に居るか、家に居るか好きな方を選ぶのじゃ」
「お母様。私にも戦う力はあります!!それに‥」
荒らげた声が自然と口から出て、アモーレが驚いた顔で私を見ている。
「仮に今すぐ来るなら、ネーヴェの力も借りたい所じゃの。じゃが‥来るときは大概、日の上がっている時間じゃろう?その時、ネーヴェの何が出来るのかの?」
「そうね。正直に言って足手まといよ」
お母様の正論よりも‥お姉様の一言の方が胸に深く突き刺さった。そして‥
「ネーヴェ。もし‥あなたがその命を人間によって奪われることになるなら‥その時、私は私の好きにさせてもらうわ」
私にだけに伝えるような小さな声。私は何も言い返すことが出来なくなってしまった。
「うむっ。ワシらの方は決まりじゃな。明日よりワシは少しの魔法でも使えるならその者を集め、生きるために、生活のためにより上手く使えるように教えて回るかの」
「それなら、私は魔法が使えない方たちに剣を教えていくわ」
「スニューウ。ワシらはここで明日から住まう場所でも探すかの」
この2人がアモーレのテントに泊まらない理由は単に4人では狭い。これだけではないだろう。私は何も言わないまま‥お母様にお姉様は夜の闇の中へ消えていったことでアモーレと私の2人きりになれた。だが、その表情は不安と戸惑いが読み取れる。
「母と姉のことなら心配は不要だ」
剣技では劣るものの‥夜の私とお姉様でほぼ互角、お母様に至っては私とお姉様の2人掛かりでも絶対に降参させることが出来ない相手。それどころか‥その実力差は朝の私とお姉様くらいの開きが‥いや、それ以上の筈だ。この2人が人間に遅れを取ることが想像することすら出来ない。ましてやお母様に至っては本気が垣間見れる顔。このことから心配事は何一つないだろう。
「でも‥私たちの都合に巻き込んで……」
夜の闇に溶け込む程にその表情から暗い闇が窺える。
「違う」
首を振って答えた。
「母は居場所を守りたい。その気持ちが強いから、自分から言い出したと思う。その気持ちは姉も私も同じだから、だから‥巻き込まれたなんて考えても、思ってもいない」
アモーレの手を取ろうとしたが‥取ることが出来なかった。
「分かりました。ここの代表に話を通してきます」
アモーレは灯された松明の1つを手に取って、そのまま歩いていってしまい、その直後、タイミングを見計らったようにお母様が戻ってきた。
「もう少し素直に、直球に言えぬのかの?のぅネーヴェ?『好きだから、協力したい』これで十分じゃろう」
最後の一言を聞いて、私の心の中で何かが爆発するような大きな音が鳴った。
「分かりやすい反応じゃのぅ。言わぬのはネーヴェの意地の張り方なのじゃろう。じゃが‥言わぬことが関係をよくしておるのかも知れぬぞ?」
お母様は私の答えを待たずに再び闇夜に消えて‥残された私はアモーレを待っている間、お母様の言った事の意味を考えていた……

「ネーヴェさん?ネーヴェさん?」
ふと声のする所に視線を移し、松明に照らされているアモーレの姿を見て、胸の中から火が出るように熱くなり、そして‥その心配に染まりきった表情は上がった熱を瞬時に冷ますのに十分だった。
「すまない。少し考えことをしていた……」
お母様やお姉様がどこかで聞き耳を立てている。そう考えるだけで続きを躊躇ってしまい、沈黙が支配していく中でアモーレはゆっくりと動き空いた食器を片付けていき、魔法で食器を操り洗うことも出来たが、見ているだけだった。
そして、洗い終えてアモーレと一緒にテントへ……私のすぐ近くで横になり、すぐに寝息を立ててしまった。
アモーレを抱き今すぐにでも羽ばたき、月明かり下で血を吸うのもいいだろう。だが‥どこかで見ているかもしれないお母様とお姉様の存在が衝動を止めさせる。私はなんとか眠ろうと目を閉じても‥身体が熱く、胸も高鳴り全く寝付けない………


…………。
駄目だ努力を重ねても眠ることが出来ない。
私は物音を立てないようにテントから出て、月の高さを見て残された夜の時間を確認し、テントのない場所で羽を広げ、夜空へと羽ばたき地面を見下ろした。
お母様が言っていたように、家がある森からこの場所まではあまり離れていない。自分の目で見て改めて認識して‥それと同時にいつ頃から出来たのだろう?ふとした疑問が思い浮かび、一つのテントを見た。そして、心の内側から再び沸き起こった血の欲求。だが……
欲求を振り払うように私は‥私の力の限り全力で陽が上がる寸前まで飛び続けていた。



空が淡い色に変わりはじめた頃、忌々しい陽が覗かせる寸前にアモーレが眠っているテントの前に降り立ち、疲労と眠気ですぐに眠れるだろうと想定していた。たが‥
「あら‥ネーヴェ。随分と早起きね」
振り返らなくても分かるお姉様の声。見ていた上で話し掛けているのだろうか?
「今日からネーヴェに教えられる時間が少なくなるから、今から付き合いなさい」
私から言い出したことだから、だから‥たとえ体調が万全でなくても、私に拒否権はないだろう……

テントが一望できる少し高い丘まで連れられて、朝日の元で棒を振るうも‥やはり、疲労には敵わない。すぐに腰を降ろす所か、更に草の上で横になって辺りの空気を吸い尽くすような勢いで荒い呼吸を繰り返して‥お姉様が何かを言っているが、そのことさえ聞く余裕もなく、今の私にとっての最大の敵‥眠気に身体の全てを委ねてしまった……


同じ場所で目を覚まし、長く眠っていたのだろう。陽は既に夕暮れを告げており、近くに居たお母様と目が合った。
「随分と長く眠っておったの。草の上で横たわるネーヴェを見てアモーレが心配しておったぞ」
アモーレの名前を聞いた途端に心に痛みのようなものが走った。
「テントに運ぼうとするからのぅ‥折角、気持ち良さそうに眠っておるのじゃから‥ワシとスニューウで止めさせたのじゃ。感謝せい」
いえ、感謝の気持ちよりも寧ろ‥上手く言い表すことが出来ない強い不安が全身を包み込んでいくような気持ちに陥った。
「ネーヴェがここで眠っていることを見守るために、ワシはここで魔法を教えておったのじゃ。その中にはネーヴェの短いスカートの中を覗き込むように見ていた者もおったの」
言葉で返すよりも、目一杯の怒気を込めた目でお母様に返した。
「まぁ嘘じゃ。気にするでない。しかし怖い目をするのぅ‥」
私は思わずその辺に生えている野草に手を伸ばし‥
「お母様?お母様への今晩の食事はこの野草でよろしいでしょうか?仮に毒が入っていたとしてもお母様なら大丈夫ですよね?」
「ネーヴェは親不孝の上にひねくれ者じゃのぅ」
目一杯の反抗さえも意に介さない態度。私の口から長く深い溜め息が自然と漏れだしていき……そして‥野草から手を放して、母様を置いていくつもりでやや急いでアモーレがいるテントに戻った。でも時折、何かの文句のようなものが聞こえつつも、聞こえてくる声からその差は広がる事がなかった。
テントの手前、鼻孔をくすぐるような香りに誘われて入ればアモーレが調理をしている。
「お帰りなさい」
「ただいま」
目と目を合わせた挨拶。そして、すぐに険しくなる表情。
「ネーヴェさん。医者が嫌いだからと言って、フロワさんに頼んでまで魔法で眠らせてもらうなんて駄目ですよ」
思わずお母様を見てしまい、お母様は私の顔を見ないように逸らしている。
「明日は必ず一緒に行きましょうね!!」
私を見ているその目は‥親が子を見ているそのような目で‥不思議と安心や安らぎが心に広がっていく……
食事が出来上がる頃にはいつの間にかお姉様も戻り、昨日と同じように4人で外で食事を摂っている。
「美味しい」
一口食べて自然と出た言葉。私が作る料理よりも美味しいと思い、同時に心の底から沸き起こるような悔しさが自然と起こらなかった。
「ネーヴェよりも上手くて美味しい料理」
「そうじゃのぅ。毎日食べたいくらいじゃ」
思わずお姉様とお母様に視線を移し‥
「アモーレや‥。今日のネーヴェがのぅ、ワシにその辺りに生えている野草を食べさせようとしたのじゃ」
アモーレの返事を聞かないまま、お母様は脚色のついた話を始めて……お姉様の小言はいつものように聞き流せても、話を信じきっているアモーレの視線がなによりも痛く。そして、楽しい食事は終わりを告げて……

「そういえば‥この近くにこの場所が見渡せる丘があるじゃろ?あの場所に見張り台と言うべきか、そのような物を作らぬか?前もって備えておく事は何よりも大切なことじゃぞ」

お母様の提案で次の日から見張り台が作られていくようになり、それから一月くらいが経ったある日………
13/09/21 10:46更新 / ジョワイユーズ
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