連載小説
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第二話 アウトかインか
いつもに比べてやや忙しい仕事が終わると、俺とチェルシーは他の従業員の皆が上がって行った店に残って後片付けをしてから、店長からとある講義を受ける。
「というわけで、さっき教えたとおりこの髪紐が、クルツの治安を維持するためにルミネさんが開発した特殊な呪いに置いて最重要の触媒になるわけよ。」
それが、服屋が行うクルツの治安防衛手段の一つである呪いに関する勉強だ。
悪用することで魔物を完全に無力化させる手段にも変わりうる技術だからこそ、それを教えられているのは店長と彼女が信頼するに足りると判断した人間に限られ、他言無用になっている。
俺たちがすることは、服に魔物の体の一部(基本的には体毛特に髪の毛や尻尾の毛を利用する、ドラゴンやメロウなど鱗や羽が生え変わる魔物の場合その部分を利用してもいいらしい)を仕込んで加工することだ。実際の呪いは、魔物の領主であるルミネさんが施す。
これによって魔物の本能が暴走して騒ぎを起こすようなことを未然に防ぐわけだ。
尤も、発情期などで本能が精神を占める割合が大幅に増すとその効果は気休め程度のものになってしまうので完全とは言えないが、無いよりはずっといいらしい。
例えばワーキャットの発情期なら長くても数日で済むし、発情期の間ずっと肉体的接触を持っても次に訪れる発情期までの時間はほとんど変化しない。人間を魔物にする性質を持ったサキュバスやワーウルフの場合そうした欲求はほぼ抑えられる。
だから、すべての魔物がそれを日常的に着用している。
例えばワーキャットのシェンリとその妹のクリムならば左腕に着けているリストバンド。魔物の領主であるルミネさんの娘でサキュバスのネリスならば、彼女がいつもベルトのように利用している大きなオレンジ色のリボンがそうだ。
「私たちはあくまで下準備として仕込むだけだから呪いそのものを理解する必要はないわよ。仕込む体毛の加減さえ間違えなければあとは何とかなるわ。」
「その加減がしんどいんですけどねー。」
そこは魔物が持っている魔力や本能の強さ・理性の大きさによってその都度大きく変わるため感覚に頼るしかない。多いと窮屈だし、少ないと暴走の危険がある。下手をすると、呪いが強く作用しすぎてろくに動けなくなることだって起こりうる。
成長によってさらに新しく装飾を新調することも特に夫もちの魔物が徐々に多くなって魔物の数もわずかに増えた最近では増えているため、魔物の数がそこまで多くないからと言ってこの仕事をできる人間が少なくていい理由にはならない。
「ヘルマンさん、泣き言多いですよね。」
「うるさいな、こちとらお前みたいな才能あふれる人間じゃないんだよ。」
チェルシーは既にひとつ、親友であり同じ男の妻であるグリズリーのベルのために仕立てあげてるくらい上手だが俺はまだ任されたことがない。
「そんなヘルマンに朗報よ。レティのアクセサリが新調されるわ。農場で働いてるうちに擦り切れてきたんですって。」
店長が突如としてそんな話を持ち出した。
この話の流れで俺に対して切り出すことが意味してる内容は一つ「俺に作れ」だ。それを理解した俺は視線で「本気ですか?」と訊ねたが店長は笑って首を縦に振った。
「レティ直々のご指名よ、毛の採集から是非ともヘルマンにって言ってきたわ。」
念を押すようにそう言ってきた、この仕事の場合、特別にやってほしいと希望する人間がいる場合は極力、無理であると言い切れる理由がない限りは断れないのが慣例だ。
魔物たちも恋する乙女、好きでもない相手に体の一部を預けたりましてやぐりぐり弄られるなんてことはなかなか容認できる話じゃない。
しかしまさかここでレティが俺を指名してくるとは思わなかった、確かに俺は服屋の店員の中では一番彼女と親しいし嫌われているイメージはなかったとはいえ、そんなことを頼まれるほど信用されているとも思ってない。
「明日の昼からレティが来るから、しっかりしなさいね。」
「明日!? 早すぎじゃないです!?」
「だから、大分摩耗してるのよ、放置してたけど一回千切れたらしいし。」
レティのアクセサリは確か猫姉妹と同様のリストバンドだ、動物の世話をする仕事のうちに確かに擦り切れてきてもおかしくはないしそうなると一刻の猶予もない。
「それじゃ、今日の講習はここまで、早くおうちに帰りなさい。」
店長のその言葉にしかたなく俺は店長の家を出た。
そして、窓から何やら覗き込んでいた男と目が合う。俺がそいつの方に向けて一歩足を踏み出すと、男は一目散に逃げ出した。
「おいお前! 何を見た!? 何をしてた!!」
そう怒鳴りつけながら俺は躊躇なくそいつを追った、別に俺たちの担当する部分は下地を作る段階だから他人にばれても問題ないんだが、もし下手にまじない等を知ってる人間がいておかしな術をされてしまってはいけないからと判断したためだ。
アウターの一人だ、昼にも顔を見た覚えがある。逃げるってことが余計に怪しい、しかも俺と目があった瞬間に逃げ出したってことは確実に何かある。
そして男は俺より遅い、ジリジリ距離が詰まっていくのがわかる。
だが、物陰から現れた人影が俺の道を阻んだ、止まりきれずにぶつかって体勢を崩すと、
「すまん、大丈夫っ!?」
見失った、ぶつかった人影もどこかに消えている。
「してやられた……まずいな。」
「ヘ、ヘルマン……さん、どうしたんですかいきなり。」
息を切らしてチェルシーが地面に座り込む俺に追い付いてきた。
「見られた、布の作り方だけだからまだ平気かもしれんが、くそっ。」
どこから見られてたのかはわからないが少なくとも布の製法がアウターの、しかも犯罪を行いルールを守らないような連中の頭に入ってしまった可能性がある。
魔物の体毛を服に仕込むための専用の針やそもそも体毛を一本の糸として撚るための専用糸車がない以上そんな高度な技術を奪われたと心配する必要はないのかもしれないが、危険が確実に広がっている。
「見られたって……でも大丈夫ですよねルミネさんが変なまじないに協力するはずないですし、第一毛を衣服に仕込むための道具自体、アウターは持ってないんですし。」
「……とりあえず、家まで送る。」
毎晩のことなのでそれだけは済ませておかないといけない、クルツだって夜は危なかったりもするから、仕事が終わって暗くなってからこいつを家まで送っているのはいつもの俺の仕事の一つだった。
こいつの家はクルツの表通りにある集合住宅の一角で、従兄のリバーやグリズリーのベルと三人一緒に生活している。最初リバーは俺のことを「チェルシーに気があるのではないか」と少し疑っていたのだが、俺がレティのことを好きだと知るとその疑いも晴れた。
大通りを大分長いこと進んでいくと、赤レンガの建物が視界の奥に入ってくる。
チェルシーたちの暮らす集合住宅だ、クルツに多くある集合住宅の中でもかなり新しい住宅で、鉄筋レンガでできている分費用が掛かっており家賃は他の集合住宅に比べて若干高い、その分防音性が高いのでクロードさんが配慮したんだろう。
「じゃあ、送ってくれてありがとうございます。」
「ああ、お前も出来るだけ一人になるなよ。」
チェルシーはそう俺に頭を下げると迎えに降りてきていたリバーと一緒に家に帰って行った。なので俺は家に直接向かうことはせずに、一度店に戻った。
当然灯りは消えていたが、ノックをすると以外にも店長は普通に出てきた、寝間着姿だったが何と言うかこの人の寝巻に色気を感じるようになったら特殊な趣味があると思ってた方が良いと思う。
「どうかしたの? わたしもう眠いんだけど。」
「いえ……一応念のために報告しておいた方が良いかと思いまして。」
どうやら眠いのは本当らしく不機嫌そうな店長にしかしこれは言っておかないとまずい気がしたのでしっかりと伝えておく。
「ついさっきアウターのうちの誰かがこの家を覗いてました。しばらくは盗人に警戒すべきかと思います。」
「あー……五十過ぎのおばちゃんに泥棒対策しろって言うのあんたは……まぁ良いわよ、明日クロードに話をするからちょっと店空けるわよ。」
「わかりました、他の皆にもそう伝えておきます。」
若干面倒そうだが責任感の強い人なので、言われたこと言ったことは確実にやってくれるだろう。安心して俺が立ち去ろうとすると、
「あんたも気をつけなさいよ。道具があんたの家にもあるとか勘違いされてた場合一人暮らしのあんたが一番狙い目なんだから。」
その店長の忠告に頷いてから、俺も自分の住宅に戻ることにした。
俺の暮らしている集合住宅はチェルシーたちの家に比べればやや粗末な造りで、木材と石材を組み合わせて作ったクルツではきわめて一般的な構造のものだ。防音性は高いとは言いづらいが、家賃も手ごろで大きさ的にも一人暮らしにはちょうどいい。
家具は簡素なベッドと箪笥と食器棚。風呂はそんなに近いところではないけれど共同浴場があるし大体仕事場にいて家に帰ってきても寝るだけなので、これ以上の設備は必要なかった。
箪笥には日常着ている服と、俺の裁縫道具セットが収納してある、店に持って行っている商売道具とは全く別の完全に俺が個人で使うための道具で、特別な道具などある筈もない。
中身を一応確認しておくが、特に変化はない、家の中まで侵入されたことはなさそうだ。
「疲れた……明日の仕事はあんまり早くないが……寝よう。」
風呂に入らずにそのまま寝ることに関しては少し抵抗こそあったものの、いろいろ考えたいことがあったし明日出勤前に行けばいいやと判断したので家着に着替えてベッドに横になる。
眼を閉じると驚くくらい簡単に、俺の意識は微睡に落ちて行った。



翌日、風呂に入って用意も整えて店に出勤すると既にレティが店の前で待っていて、そしてそこにはほかにも意外な人間が店長と話していた。
「そうか……本当に奴らの行動は目に余るな……どうしたものか……」
クロードさんだった、どうやら昨日の一件があったので店長が呼んできたらしい。
「ああ、ヘルマンか丁度良かった。覗き見をしてた男の特徴、思いつく限りでいいから教えてくれるか?」
俺に気付いたクロードさんはそう頼んでくる。俺も迷わず首を縦に振った。
「まず背はあまり高くないです、ただ、ランスより少し低いくらいだから平均的な身長のうちには入ると思います。髪の色は黒、目の色は緑でした。他に特徴と言えば……」
少し男のことを思い返してみる、夜中でも俺の姿をはっきりとらえてた辺りあまり目は悪くなさそうだったが、それにしては走り方がどこかおかしかった、あれはまるで……
「左足に怪我をしていると思います、走り方がぎこちなかったので。」
骨が折れたのが完治したばかりだったのか怪我をした足を庇っていたのかまでは分からないが、少なくとも男の走り方には怪我人のような独特の癖があった。
「……なるほど、手掛かりとしては多いくらいだな。よくそこまで見てくれた。」
クロードさんは俺に頭を下げると通信の魔法が仕込まれた木簡で誰かと会話し始めた。
「俺だ、クロだ。緊急で悪いがカルテを検査しといて欲しい、ごく最近左足に傷を負った人間がいないか。……場合によっては自治領全体に関わる大事だ。」
どうやら施療院の誰か、クロードさんの口調からして医者先生ではないと思うからハルト・ワインダーか医者先生の孫のノーティ・ノアだろう。
「わかった、また連絡する。」
通信が終わったらしくクロードさんが術を解除する。
「ハロルドが帰ってればあいつを巡回に向かわせたところだが仕方ないか。また何かあったら連絡してくれ、念のため、俺はこの辺りを巡察しておく。」
そう言い残してクロードさんは店を出て行った、するとすぐにその様子を近くで見守っていたレティが俺に接近してきて俺の腕をつかむ。
いつもより若干上気したような赤い顔、さっきから気づけば一度もあってない視線。
なんだかほんのり悪い予感がするが、
「ヘルマン、すぐ来て、早くして。」
ぐいぐいと袖を引っ張ってくるレティに渋々ついていこうとして、気づく。
腕に、リストバンドがついてない、理性を抑える装置がない、リミッターが、無い。
期待半分恐怖半分についていくと、測定用の狭い部屋に入った瞬間誰かが外からカギを締めた、誰だか知らんが後で酷いぞと思った瞬間にはもう、俺はレティに組み伏せられて床に倒されていた。
「なあレティ、ちょっと落ち着いて冷静になって話し合おうぜ。」
「やだ、むり、我慢できない。」
性に飢えた野獣の目を俺に向けるレティは、いつの間に拾ったのか巻き尺を俺の手に渡すとそのまま服を脱ぎ始めた。
神様仏様クロード様、どうか俺の理性を保たせてくれと、祈ることにした。

13/06/16 09:41更新 / なるつき
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■作者メッセージ
お待たせしました  待ってない? 構わん

公営集合住宅
クルツに現在二十棟ある住民たちの中で特に持ち家を持たない人々が暮らす公営住宅
基本的に六階建てかつ一階につき五つの部屋がある、あまり手の込んだ建造は行われておらず造りも単純で家賃も高くないものが多い
約半数が石造または木造、レンガ造は極めて珍しい
集合住宅地に密集しており近隣トラブルの解決に行政上の管理者であるクルツ領主館の役人が出張ることもある。

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