読切小説
[TOP]
1day night The"Lovers"〜 ChristmasVer〜
―――疲れた

それが、その男性のこの日に対して抱いた純粋な感想だった
独り身だったからか、どんな理由があったかは定かではない
が、現実その男は普段以上に仕事をしなければならなかった

クリスマス―――聖なる夜といわれるこの日は、誰しもが大切な誰かと過ごしたいと思う日

だが、誰かが働かなければ、社会は回らない
それが彼に回ってきた、それだけと言えばそれだけだが…だからと言って不満がない訳ではない

―――なんで自分が…

他の人たちが幸せそうにしているのが、正直恨めしい
前まで自分もあの中に居たのだろうが…今は違う
身勝手とも取れるだろうが、実自分がそんな状況になればそんな恨めしさがでてしまう
そんな自分への自己嫌悪も相まって、よりクリスマスが辛く感じてしまう

ふと、足を止める


普段の帰り道には見覚えがない、一軒の飲み屋、あるいはBARがあった


―――あれ?こんなとこにこんな店があったかな?

そんな風に思いながらも、なんとなく足をその店に運びたくなった
それは好奇心からだったか、あるいはストレス発散を考えてかは、わからない

だが、なんとなくだが、その店『1day night The"Lovers"(ワンデイナイトザ"ラヴァーズ")』に足を運んでみた

・・・

「ようこそいらっしゃいました、ここは1day night The"Lovers"…一晩限りの恋に溺れ、疲れを癒して頂く場でございます」

店の受付だろうか?そこにいた店員が説明をしてくれる
正直ただのキャバクラと変わらない気がした
が、この言葉を聞いて興味がわいた

「…では、こういうのはどうでしょうか?
代金ですが、帰る時に提示いたします
ですが、お客様には拒否権もありますし、場合によっては代金を支払わずに出て頂いても構いません

嘘ではありません
こちら、その旨が書かれた契約書でございます

こちらにサイン頂けるなら、私どもはその契約で構いません
きちんと弁護士にも鑑定頂いて、法的効力を持っている物です

決して、偽物などではありませんよ?」

法律に詳しいわけではないがその書類は簡素な物ながらも、役所で見かける物とさほど変わらない
バイトや職についたり、入学する時に書くそれと何も変わらない

故に、妙な説得力があった

「人生、多少のリスクや娯楽がなければ枯れてしまいますよ?」

その言葉に―――なんとなく踊らされてみたくなった

「では、契約書にサインを…」

サインをし、そのまま店の奥に進んでいく

「それでは、どうか良い一晩を…」

その言葉を受けながら―――

・・・

奥の階段を下りていき、開けた場所に出た

―――そこは、圧巻としか言い用がなく、そして、異質な場所だった

まず広さが解らない
具体的に言えば、BARカウンターの様なところが見えるが、それ以外にも下手なゲームセンターや市民会館みたいな公共施設よりも広く大きい

この辺りでこんな大規模な工事があれば自分も知っているはずなのに、そんな記憶はない

次に、そこに居る女性はどう見ても普通の人間じゃない
角が生えていたり羽が生えていたり下半身が蛇や蜘蛛だったり…
コスプレ、と言い切るには生々しいまでのそれらは、そこにあるのが当然と主張しているが、明らかに異質なものだった

―――ここは、本当に現実なのか?

そう疑問をもつのも無理はない
その位、ここは現実離れしていた

とりあえずBARカウンターらしき場所で酒を頼む

「いらっしゃい、…うん、君にはこれが合いそうだ」

そう言って、勝手に酒を出してくる女性店員

「料金は発生しないから安心して飲みなよ、契約書にもそう書いてあっただろう?」

そう促され、飲んでみてしまう

―――美味い

「ふふっ、気に入ってもらえて何よりだ」

そう言うと女性店員はさて、と奥に向かう

「すまないね、これからはコイビトの時間なんだ
君も良い人が見つかると良いね」

そう言って、奥に向かう

―――契約書では、気に入った店員とコイビト状態にならないと料金は発生しない
指名した子とイチャイチャして初めて料金が発生するシステムらしい

その状態で酒も飲み放題、食べ放題、遊び放題なのだ

おかしいと思いつつ、それでも美味い酒や異様さに対しての好奇心
何より―――女性店員はみな美しかったり可愛かったりするのだ
眼の保養も考えながら、どうするか考えていると―――

「あの…」

声をかけて来た女性、そこには―――


〜〜〜


「また一人、コイビト達が部屋へ向かったか」

そこには受付に居た店員、いや、この店の支配人がいた

「どう?繁盛している?」

支配人の彼に話しかける白銀の髪を持つ女性
彼女もまた、人外であった

「これはこれは、我が主(マスター)ではありませんか」

「…相変わらず芝居掛かった口調するのね?それに貴方の我が主は私の夫でしょ?」

「我が主の奥方である貴女様だからこそ、マスターとお呼びしても支障ないかと思いましたが…お気に召しませんでしたか?」

白銀の髪を持つ女性は困ったように笑いながら応える

「全く…昔はあんなに若々しくて可愛らしかったのに
なんで今は厳格な老紳士風になっちゃったのかしらね」

「貴女様方の寿命と人間の寿命差を考慮して頂きたく存じ上げます
我が主と貴女様に拾われて、もう数十年はたつのですよ?」

支配人も困ったように笑う

だが、お互いに実際は困っていない
いつものやり取りなのだ

「で、実際どうなの?」

「少なく実りかもしれませんが、着実に」

その言葉に、白銀の髪を持つ女性は頷く

「嬉しい報告だけど…私は貴方の事も聞きたいのよ?」

「…私は雇われた支配人です
ただ職務を忠実に全うすることしか考えてません」

「その中に次の支配人を探す事も入ってるんだからね?貴方だっていつまでも元気なわけじゃないんだから…」

その言葉に、支配人は言葉を紡げないでいる

「…まぁ、貴方も気をつける事ね」

白銀の髪を持つ女性はこのまま帰るようだ

「貴方、自分が思ってるほど魅力ない人間じゃないから、いつ襲われてもおかしくないんだからね」

「…お心遣い、深く感謝いたします」

深々と頭をさげ、支配人は白銀の髪を持つ女性を見送った

〜〜〜

男性はどうやら帰るようだ
横には恋人がいる

自分を想ってくれる、最高のパートナー

「おや、お帰りですね」

男性に受付にいた店員が話しかけてくる
最高の気分だ
料金を払おうと財布に手を伸ばしたのだが―――

「おや、もはやお客様はお支払いが済んでおりますね」

突然の事に驚きを隠せない
だが、店員は確かに支払ったという

「失礼ですがこれ以上は他のお客様のご迷惑になりますので…」

そう言って、有無言わさずに帰るように促す店員

だが、男性はせめてこれはと言わねばと思い、この言葉を伝えた

「素敵な出会いをありがとう!メリークリスマス!」

その言葉を聞いた店員の顔には―――優しい笑みがあった
16/12/25 05:20更新 / ネームレス

■作者メッセージ
お久しぶりです、ネームレスです

てな訳で、毎年恒例にしたいクリスマス作品です
執筆自体が久しぶりな上に、かなり抽象的な内容になってしまっていまいましたが、皆様に素敵な出会いがあればと思い、このような形に致しました

今年はこの作品も含めて2作品しか書けませんが…

来年は、より作品を形にして行けたらと思っております
ですので良かったらまた読んでいただけたらと思います

それでは今回はこの辺りで…

We wish you a Merry Christmas,
And a Happy New Year.

みなさん良いお年を!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33