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682

 施設の地下奥深く。そこには他よりも厳重な守りが施された空間が存在している。財団の中でも指折りの実力者のみが生存を許される危険な区画だ。
「さて、今日も正真正銘、僕だろう? AI?」
「ニンショウシマシタ ドウゾ『アメノ』ハカセ」
 何重ものセキュリティをクリアし、小さな矮躯の博士が重厚な扉を前にする。
 金髪碧眼の、西洋の美術作品のような繊細な美しさを持った少年。彼の名は編野兎塚(あめの とつか)。どう見ても齢十過ぎぐらいの少年にしか見えないが財団屈指の才を持つ博士であり、財団の中枢核である『EL9』の時期メンバー候補としても数えられている。
「よしよし、君はやはり有能だ」
 編野は扉を見てうんうんと誇らしげに頷いている。一枚ドアを隔てているだけで、向こうには超常的な危険が待っているのにも関わらず、彼は非常にリラックスしていた。
「……『アメノ』ハカセ レベルファイブノブソウヲ オススメシマス」
 そんな博士を見兼ねたのかAIから警告が飛んでくる。レベル5の武装とは、一時間動かすだけで国が沈むレベルの資産がつぎ込まれる最高位の武装である。ブラックホール内でもびくともしない、時空干渉ですら跳ね返すと職員の間で噂されるほどの伝説の代物でもある。
「まぁでも、有能すぎるのも考え物だねぇ。今まで大丈夫だったでしょ? 今回も大丈夫大丈夫。下手に使って国を潰したくないしね」
「カノジョヲニガシタバアイ ホントウニツブレルトオモウンデスガ」
「いやいや……ていうかこのやり取り何回やるのさ。心配なのはわかるけども少しは信用してほしいなぁ」
「……デハ オキヲツケテ」
 諦めたようにAIは音声を切った。
「さてさてと……お仕事開始」
 多少は気を引き締めドアを開ける編野。その先に広がっているのは無機質な施設とは一変して鬱蒼としたジャングルだった。
「うわぁ、やっぱ暑いねぇ――」
 この区画は人間が社会を作る前、まだ動物や魔物のみが存在した時代を再現したものとなっている。古代の動植物が放たれ、管理せずとも区画が区画自体を成り立たせる一種のビオトープ的な状況が形成されており、それだけならば職員が来る意味はない。
 しかしこの中にはいる。地下奥深くに収められるだけの危険性を持った者が。
「おーい! 682ちゃーん!」
 辺りで鳴く虫や動物の声に負けない声で編野は呼びかける。そうしながらジャングルを歩いていると。
 ブォン!
「おっとぉ!」
 編野の背後から重量のある何かがあらん限りの勢いで振り下ろされる。それは柔らかい土を舞い上げ地面に突き刺さった。
 その隙を見て編野は飛び上がり、攻撃を仕掛けてきた者の頭に――
「えいやっ!」
 チョップを食らわせた。
「ぐあああっ!」
 それは悲鳴を上げ、どさりと地面に倒れる。
「はい、今日のお遊びはお終い。検査の時間だよ」
「くっ……」
 それは頭をさすりながらゆっくりと立ち上がった。

 収容番号682。クラスはKeter。つまるところ、未だに完全な収容ができていないのである。
 種族はドラゴン。身長は編野の二倍ほど。ほかの個体とは違いその鱗は使い古されたようにボロボロになっており、体にもいくつもの傷が見受けられる。これらの身体的な劣化は彼女が魔物娘化する前から存在しており、それを引き継いだまま魔物娘化したと思われる。

「さてと、検査中だけども説教の時間だ。君、また壁をぶち破ったね?」
「そうだ」
「はぁ……何度も言っているように、修理するの僕なんだからね?」
「ふん、ならば壊れない壁を作ればいい」
「作れたら苦労しないよ。君は強いんだ、多分この世に君に壊せないものはない」
 レベル5の武装以外は。
 編野は心の中で付け加える。
「ならば、さっさと俺をここから解放しろ。それが一番手っ取り早い方法だろう」
「厳しいことを言うようだがね……682ちゃん。君の居場所はもうこの地球上にはどこにもないんだ。君の生きていた時代はとっくのとうに終わって、今は人間や魔物娘たちが住んでいるんだ」
 厳しい口調で編野は682に告げる。幾度もしてきた宣告だが彼女の答えは。
「ならば、作るのみだ」
 自らの手を、鋭い爪を持ったドラゴンの手を見ながら言う。その声色は冗談といった調子ではなく、本気で言っているそれであった。
「気持ちはわからないでもないけども……それをさせるわけにはいかない。それをさせたら多くの人が傷つく。だから、君はその気持ちを変えなくていい。ただ、一番そのころに近い、君の居場所に近いここで暮らしてみてくれないかな?」
「……断る」
「はぁ……いい加減頑固者だなぁ、君は」
 検査が終わり、編野はパソコンと検査機器をしまって立ち上がる。
「さてと、僕は壁の修理をしてくる。邪魔しないでね」
「邪魔を……しないと思うか? この俺が」
「そう言うと思って、文明破壊欲求を持つ君にこれを持ってきたんだ」
 彼は682の掌にプラスチック製の何かを押し付ける。それは放送緩衝材、いわゆるプチプチであった。
「このちっさいプチをプチっとやるの。包装にも暇つぶしにも使える文明の利器さ」
「なんだかものすごい馬鹿にされている気がする」
「とにかく、それで暇つぶししといて。じゃあね」
「……」
 プチ
 器用に彼女は爪の先で気泡を潰す。わずかながら満足感を覚えながら次へ次へと潰していく。彼の後姿を目で追いながら。
 その間彼女はなんとなく思い出す、編野との初めての出会いを。



目覚めた俺は大いに驚いた。
世界が……なくなっていたのだ。
 代わりにあったのは石の塊と痛いほどの明かり。
 吐き気がした。俺はこんなにも世界が変容するほど長く眠っていたのか。
 そして次第にその吐き気は怒りへと変わる。違う、こんなのは世界じゃない。こんな無機質で冷たい世界は世界じゃない!
 その怒りは、すぐに破壊へと変わる。
 すぐそばの石の塊を倒す。
 四つの足で石の道をえぐりながら走る。
 鉄の命無き豚を踏む。
 吠える。すると、周囲の透明な何かが割れていく。
 また石の塊をなぎ倒す――

「そこまで」

すると、何者かに話しかけられた。見てみると二本足で立つ猿――ニンゲン? が立っていた。
「あー派手にやってるね。うちらの働きで死人は出さなかったけどもさ。相当危なかったよ?」
 やたらと馴れ馴れしく話しかけてくるそいつに無性に腹が立った。だから爪で壊してやる。
 だが、そいつは。
「おっと」
 それを片手で受け止めた。いともたやすく。
「!」
「久しぶりだねぇ。モノホンのドラゴン相手にするのは。でもどうなのかな、君はまだ魔物娘じゃないの? それとももうなってるの? どちらにしろ色々と受け入れられてないみたいだねぇ」
「何のことだ?」
「いや、魔物娘でこんなに派手にぶっ壊す子初めてだからさ」
「だから……何のことだと聞いている!」
 俺はもう一つの手をそいつに向かって振り下ろす。

「女の子がそんな吠えるもんじゃないよ」

「ぐあっ!」
 しかし、それよりも先にそいつは私の頭を殴りつけていた。明らかに狂った距離感に俺は困惑する。
「あ、やっぱもうなってたのか。どうも心がついていってなかったみたいだねぇ」
 俺は自分の体を見てみる。目の前のこいつと違って多少は俺寄りだったが、それでもほとんどが人間のような形になっていた。
「な、何をしやがった!」
「おっと、詳しくは施設で話すし聞くから大人しくしてちょう、だい」
 そいつは俺の腕をねじり、俺は身動きが取れなくなっていた。
「いでででででっ!!」
 そして、生まれて初めての激痛に情けない悲鳴を上げてしまった。
 屈辱的だ! どうにかしてこいつを壊してやる!
 俺はそう決心した。



 それ以来俺はあいつに攻撃を仕掛けるがどうしても当たらない。他の、暴走した『あいつ』になら当たるのだが、どうしてもこの憎たらしいちびっこ博士には当たらない。
 だがいつか当てられるはずだ。その時にこの博士がどんな表情を浮かべるか楽しみだ。
「さて、今度は何を壊そうか」
 そしてどうやってあいつを倒すか。考えなくては。
 ひとまずこのプチプチを全部壊してから考えよう。

18/07/26 01:04 鯖の味噌煮

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暴力的な子がどんどんとライバルに惹かれていく、682さんのお話はそんな流れになると思います。あと名前考えなきゃ。
次回は076、収容された人間のお話になると思います。
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