読切小説
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HOUSE MAID
「おはようございます。ご主人様。朝ですよ」
優しい声とともに、紫色の手がベッドで眠る少年を揺さぶる。
「んんん……やだぁ」
「ご主人様。朝ご飯冷めちゃいますよ」
「うう……」
少年が目を開くと、ぼやけてはいるがメイドの姿が入ってくる。紫色でぷるぷるうねうねしている不定形のメイド。その姿から年齢を読み取るのは容易ではないが、身長から彼の一回り上の年齢の姿であるとわかる。
「ほら、ご主人様。起きられないのなら私が無理やり連れて行っちゃいますよ?」
「……」
「よいしょ」
それでも起き上がらない少年をメイドはお姫様抱っこする。まだ小学校にあがったばかりくらいのその体は細い紫色の腕で軽々と持ち上げられる。
「まったく、ご主人様はいつまでたっても赤ん坊みたいでちゅね〜」
そう猫なで声で言い、彼女は少年のお人形のような顔に頬ずりをする。
「う〜る〜さ〜い〜」
「そんなふにゃふにゃ声で言っても怖くありませんよ〜」
寝室を出て、廊下を歩き、リビングルームに入る。少年を食卓に座らせ、そして食事が始まる。
日常。これが二人にとってのいつもの一日の始まり。
「さあ、めしあがれ」


「ごちそうさまでした」
少年は朝食を平らげ、満足げな表情を浮かべる。
「うふふ、今日も完食。メイドとして冥利に尽きます」
メイドも同じく満足げだ。
「ねえねえショゴス。今日は何するの? 遊ぶ?」
「最近遊んでばっかりじゃないですか。今日はお勉強してもらいますよ」
「えぇ〜」
「えぇ〜、じゃないです。それにこの後私買い物に行ってきますので、一緒に遊ぶことはできません」
「つまんないの……」
「ご主人様。お勉強しなきゃ立派な大人になれませんよ? おバカな大人にはなりたくないでしょう?」
「いいもん。ショゴスがいればおバカでも大丈夫だもん」
「それはうれしいお言葉なんですがね……」
一瞬、顔が緩むメイド。しかし、気を引き締め改めて言う。
「とにかく、今日はお留守番の間勉強してもらいますからね。」
そして見せつけるように支度を始める。
「えぇ〜ほんとに行っちゃうの?」
「はい。でないとご飯が作れなくなってしまいますよ?」
「むぅ……」
「はいはい。買い物終わって、勉強が終わったら一緒に遊んであげますから。ね、ご主人様、少し頑張ってみましょうよ」
「わかった」
メイドは支度を終え、玄関に立つ。少年は嫌々ながらもそれを見送ろうとする。
「さて、今日のお勉強は教科書の13ページから20ページまでです。ちゃんとよく読んで問題を解いてくださいね」
「わかった」
「それでは行ってまいります……あ、あと」
ドアに手をかけたが、最後に釘を刺すべく振り返って言った。
「くれぐれも、勝手に一人で外出しないように。いいですね?」
こくりと少年は頷いた。いつもお留守番の時に言われる戒め。それが破られたことは一度もない。
「では、行ってまいります」
「いってらっしゃい」
こうして少年は家に一人残されてしまった。
この広い家に一人。その静けさに寂しさと恐ろしさを覚えたが振り払って勉強を始めることにした。


「むう、だるい。なんか飲みたいなぁ」
大きな本だらけの書斎で、少年はカリカリとペンを走らせていた。メイドが自分で書いたというわかりやすい教科書を読み、それに付随する問題を解いていく。それが半分ほど終わったあたりで彼は喉の渇きを覚える。
「……紅茶ってどうやって淹れてたっけ」
進み具合にも余裕があり、少年は少しの休憩を取ることに決めた。
書斎を出てキッチンへ。
「まずはお湯を」
ポットに水を入れ、コンロに置いて火をつけた。
ぼっ
紫色の炎が上がる。
「たしか、ティーポットの中にお茶っ葉を入れればいいんだよね」
水がお湯になるまでの間、少年は作業を進めていく。
「あとは、お湯が沸くのを待つだけか」
そういえば、と。
紅茶で一つ少年は思い出す。
「不思議の国のアリス……の、帽子売りさんだっけ」
書斎で読んだお話。その登場人物も非常に紅茶が好きだったことを。
「……」
そこから、不思議の国のイメージが広がっていく。うっそうとした森。喋る花。水タバコを吸う芋虫。キノコ。笑うチェシャ猫。赤い道。トランプ。
幻想的で狂気的な世界の存在を、頭の中で組み立てる。
「……外は、不思議の国、なのかな」
この家に窓はない。そして少年は、物心ついたころから家を出るように言われ続けそれを守っている。だから外の世界を見た記憶がないのだ。
「不思議の国」
好奇心が、ふつふつと沸いてくる。
その足でキッチンを離れ、玄関へと向かう。
そこにはドアがあった。今まで意識したことはなかったがドアがあった。彼が一度も触れたことのないドアが。
「外は、どんなかんじなの?」
『くれぐれも、勝手に一人で外出しないように』
何故外に出てはいけないのか。それをメイドは口にしたことがなかった。
だから、少年の足を止めるには不十分だったのだ。
彼はドアノブに手をかけ、そして。
ドアを開いた。
「わぁ」
目の前に広がっていたのは広い草原だった。青々とした草が風に揺れ水面のようにたゆたう。
不思議の国とはまた違う、だが美しい風景に少年は心が躍ったようだった。
しかし。
「……」
どうしても足は出なかった。
言いつけを破ることに抵抗はなかったはずなのに、どうしても一歩踏み出すことができない。
「……」
ためらっている間に。
ぴぃーーーっ
お湯が沸いた音が聞こえてくる。
「あ、そうだった」
慌ててドアを閉め、キッチンに戻る。
ポットの口から音を立てながら湯気が勢いよく出ている。それを見た少年は急いで火を消してポットを手に取ろうとする。
「あっ!」
手に取ろうとして、誤って熱いポットの側面に触れてしまう。反射的に手を引くがポットはグラグラと揺れ、そしてそのまま少年の方へ――

「危ない!」

沸騰した熱いお湯が降りかかる直前。紫色の物体が少年に覆いかぶさる。
それはメイド。彼女が少年の代わりにお湯を被った。
「ショゴス!」
「ご主人様! 大丈夫ですか! お怪我は!?」
慌ててメイドは少年の体を見て火傷がないかを調べる。すると最初にポットに触れた指先の箇所にだけ火傷があった。
「あああっ!! ご主人様!」
その箇所を、ショゴスは口で咥えた。
彼女の口内はひんやりと冷たく、またジェル状になっていて下手に刺激が加わらなかった。
「ご主人様、痛くありませんか?」
「うん……大丈夫。それと、ごめんなさい」
「大丈夫ですよ、ご主人様が無事ならば」
「でも……ごめんなさい」
ふるふると震え、ついには泣き出してしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「ご主人様……」
メイドは、黙って彼の頭を撫でてあげるのみだった。


夜が更け、すうすうと気持ちよさそうに眠る少年の寝室にメイドがやってくる。
「ご主人様、眠れていますか?」
その後、勉強を終わらせたっぷりと遊んだおかげで疲れているのだろう。彼の眠りは深かった。
「ふふふ、かわいい寝顔。食べちゃいたいくらい」
ベッドの枕元に座り、メイドは少年の顔を撫でる。
「今度から、火の安全管理もしなきゃ――ですよね、私?」
彼女は天井に話しかける。
一瞬、力を抜いたせいで家が紫色に戻りかける。
「今日もお疲れ様です」
そのまま彼女は、彼女の本体でもある、分離元でもある「家」に話しかける。
「今日はありがとうございました。あなたが出てこなかったら危なかったですよ」
礼を言うならちゃんと言い聞かせておいてほしい。『火を勝手に使ってはいけません』と。
「はい。ちゃんと教えます」
あと、戒め、といえば。
今日、とうとうドアを開けてしまったぞ。
そう伝えると、彼女の表情が曇った。
「……やっぱり、来ちゃいましたか。この時が」
まだ怖くて足が出ないようだったが。
「ええ。でもいずれ踏み出すはずです。だって、人を閉じ込めたままにするなんて、できるはずがないんです」
その時、我々はどうすればいいのだろうか。
「すべて伝えるほかないでしょう」
そうか。
「だから、せめてこの子がそれを受け止められるようになるまで、嘘をつき続けたいんです」
それは私も同じだ。
私は外に目を向ける。ドアの外に作った偽物の景色ではなく、本当の外。
そこには村――だったものが広がっていた。すべての民家は炭となり、誰も踏まなくなった道は荒れはてていた。空は曇り、ずっと晴れることはない。
すでに人が住めないほどこの土地は呪われている。そんな風景を彼に見せるつもりはない。
私は思い出す、彼と会った時のことを。


戦乱があったらしい。
大陸のある国から黒い煙が上がっているのを見て私はそう思った。
この時の私はまだ魔物娘になったばかりで、愛という代物を持ち合わせてはいなかった。
そうでなければ、火事場泥棒をしようとあの土地に出向くことはなかったのだから。
着いてみると、人はもういなかった。どう見てもその戦乱は終わりを迎えていたのだから当然だった。
家は、すべて燃えていた。念入りに燃やしたのだろう、本当にただの一軒も残ってはいなかった。
そして彼らは燃やし、殺しつくだけでは飽き足らず、この地に強力な呪いを残していったようだ。これでもう二度とこの地に人は住めないだろう。
人間、醜さを極めればここまでできるのか。吐き捨てるようにそう思った。
「何もなさそうだな」
あるのは不快感だけ。助けられる命も摘み取れる命もなさそうだ。
そう思っていると
〜♪
どこからか鼻歌が聞こえてくる。
私は驚いてすぐさまその方向に駆け出す。
そこは焼けた大きめの家の跡地。そこに少年が一人、膝を抱えて座っていた。
「お前、こんなところで……」
私は思わずその家に足を踏み入れてしまった。
「ひぃっ! だ、誰!? 勝手に入ってこないでよ!!」
すると、少年は狂ったように叫び始めた。驚くべきことに彼にとってまだこの家は存在しているのだ。
「お、おい」
「や、やだっ! 助けて! パパ!」
「落ち着けって」
私はゆっくりと近づく。敵意を見せないように。それでも彼は泣き叫んだ。
その姿に、私はぞっとした。生まれて初めて、かわいそうだと思ったのだ。
「うぅぅ……」
そしてどうしようもなく。
救いたいと思ってしまった。
「……あの」

だから私は決めた。
彼の家になると。
そう決めた瞬間にはもう、私の体は家へと変化していった。焼け跡からわかる範囲で復元した彼の家に。

「怖がらせてしまって申し訳ありません」
そして、私は体をちぎってメイドを作り出す。
美しい女の、優しそうなメイド。
「ご主人様、よく聞いてください。あなたのご家族は遠いところに旅行に行ってしまわれたのです」
慣れない敬語で拙い嘘を吐き、メイドは少年の頭を撫でる。
「ですので私が雇われたのです――名前はショゴスといいます。今日からあなたのお世話をいたしますのでどうかよろしくお願いします」
スカートのすそをつまみ、優雅にお辞儀をしてみせる。
「メイドさん?」
少年はいくらか心を開いたようだった。
「はい、メイドです」
メイドは、私が思う精いっぱいの愛をもって笑顔で答えた。


「懐かしいですね。あれからこの子もだいぶ回復しましたし」
しかし、回復させることだけが我々のすべきことではない。
「ええ、この子を立派に育て上げること、ですね」
ああそうだ。その過程で彼はここを出なければならなくなるだろう。それを支えてやらねばならないのだ。
「そう、ですね」
何か言いたげな表情だったが、私は何も聞かないことにした。
「さて、かわいいご主人様。私も今日は休ませていただきます。また明日お会いしましょう」
少年の額にキスをし、メイドは寝室を去っていった。
本当は私も彼に触れたいのだが、それは私の役目ではない。愛情を注ぐのは愛情を持つようプログラムされた彼女の役目だ。
私も疲れた、今日はここらで休むことにしよう。
おやすみなさい。
18/06/03 21:57更新 / 鯖の味噌煮

■作者メッセージ
続く予定ですが、未来は未定です。
というか続ける場合いくつかの連載を挟まなきゃなので遠い先の話になりそう。

試しに一字下げやめてみましたけどもどうでしょうかね?
どっちが読みやすいとかってありますかね。

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