連載小説
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504
 〜♪
 スマホのアラームが鳴る。
研究者寮でぐうぐうと寝ていた男は嫌々目を開けた。
「あー……だるいなぁ、まったく」
 それは彼が定めた仕事の知らせ。動きたくなくても動かなくてはならないのだ。動かなかった場合彼女に何を言われるかわからない。
「行くしかない、か」
 白衣に似た制服の上着を羽織り、ドアを開ける。
 廊下には誰もいない。おかげで大理石の床を歩く足跡がよく響く。この仕事に決まった勤務時間はなく、大体が双方の話し合いで時間が決まるのだ。だからこうして誰も外に出ていない時間に出勤することが多い。
 あぁ、今日は無事に過ごせますように。そう男は歩きながら願う。
 しかし曲がり角で厄介な人物と鉢合わせてしまう。
「あ、おはようございやぁす、アンダー博士」
「おまんこぉ^〜(気さくな挨拶)。那須くぅん」

 スパァン!!

 アンダー博士と呼ばれた女から、この世のものとは思えない卑猥な掛け声が聞こえたとたんにその頭上に赤い飛沫が上がる。その勢いで彼女は前方に1メートルほど吹っ飛んだ。
「……アンダー博士、この区画でその挨拶はほんとやめてください。誰が掃除すると思っているんすか」
 白髪を真っ赤に染めたアンダー博士はよろよろと立ち上がった。
「少なくとも君じゃない。それにここの床は大理石で掃除しやすいんだからいいじゃないか」
 そう言ってその汁を拭おうともせず、歩き始めようとする。
「さて歩こうか、那須君。君とは話したいことがあるんだ」

「で、話って何すか?」
 男の名は那須。この秘された財団で博士の地位に就く22歳……なのだがとんでもなくだらしない恰好をしているせいでその輝かしいはずのステータスがすべて台無しになっている。あっちこっちを向くクセ毛をそのまま放置しているせいでアフロに近くなってしまったぼさぼさ頭。これまた手付かずの無精ひげ。そして身長を5センチほど縮めている猫背。
 人呼んで『無気力博士』。傍目には仕事をしているようには見えない博士。
「君の担当のことでいろいろ言いたいことがあってね」
そして女の名はアンダー。同じく博士。種族はリリムである。見るものすべてを魅了する美貌、白衣の上からでもわかるナイスバディ……しかしどこかでミーム汚染に侵されたのか時々どこから拾ったかわからないとんでもない下ネタが飛び出すのである。そのおかげでいまだに彼氏ができていないのだそうだ。
 人呼んで『アンダーテール博士』。
「そろそろあの子にも、彼氏を作ってあげるべきなんじゃないかなぁって」
「それ、あなたには言われたくないでしょうね」
「そうだよ(自戒)。実際、散々な目に遭ってしまったよ」
 余計なことはしないでいただきたかった。そう言いたかったがそれは那須の喉元で止まった。先輩の仕事を否定するのは気が引けてしまった。
「だからね、那須君にそこらへんお願いしたいんだよね」
「まあそうきますよねぇ……」
「だってそろそろ相手見つけないと彼女魔力不足になっちゃうわよ?」
「それはあなたのせいでもあるんすけどね」
「なんのこったよ(すっとぼけ)」
「はぁ……わかりましたよ。言いますから」
「ありがと那須! じゃああとはオナシャス!」
 その瞬間、彼女はさっさと反対方向に歩きだしてしまった。
「……ほんとあの人言いたいことだけ言って帰るなぁ」
 それはそれでグダグダしないのでありがたいのだが……しかしどうにもすっきりしない気持ちが那須の中には残っていた。今に始まったことではないからあまり深くは考えなかったが。

「ニンショウシマシタ ドウゾ『ナス』ハカセ」
 暗証番号、声紋認証、指紋認証、虹彩認証。いつもの確認作業が終わり無機質な声とともに無機質なドアが開く。
「ありがと、AI」
 そんな無機質なセキュリティAIに対し、那須は礼を言った。別に意味はない、何となくの癖である。
「さて、ごきげんななめじゃなきゃいいけど」
 開いた先は温室だった。気温、湿度、光度、ともに最も植物を育てるのに適した設定の部屋である。現に色とりどりの花、果実、野菜がそこでは育っていた。
「あら、今日も来たのね『ボケナス』」
開口一番、彼女はそんな暴言を吐いた。
円形の温室の中心、そこには一際大きな黄色い花のつぼみがあった。
「そら来るだろうよ、仕事なんだからさ。この『プチトマトおっぱい』」
 応酬の一言。すると。
 ヒュッ
風を切る音とともに何かが那須の方へ打ち出される。
しかし那須はそれを見切り、口で受け止めた。
ぷちゅ
 そして、そのままそれを噛み潰す。
「うえ、まっず」
 赤い汁が那須の口の端から垂れる。
 そう、打ち出されたのはトマト。ナス科ナス属の植物トマトである。
「まずくて悪かったわね!」
 ゆっくりとつぼみが開く。その中にいたのは。
「よぉ504番ちゃん」
 緑色の肌をした齢12ほどの少女。髪は赤く、さらさらとしてはいるがやや内巻きになっており、シルエットはまるでトマトのよう。風貌も柔和でどことなく丸っこくあどけなさを感じさせる。
 収容番号504。クラスはEuclid。
 異常に耳がよく、下ネタを聞き取るとどこからでもトマトを投げつけてくるアルラウネである。その投げつけるスピードは下ネタによりまちまちである。
「さて聞こうか、今日は何回トマトを投げた?」
 那須はそう聞いた。

「53回……うち24回はアンダー博士か……まだ今日は少ないほうだな」
 504からの報告を聞き、那須はそれタブレットに打ち込んでいく。
「ねえ、あのお下劣リリムをどっかにやることはできないの? あたしもう疲れちゃったんだけど」
「無理だな。あの人、ここで受け持ってる子多いからな」
「でもさぁ、あたしのトマトも限界よ。あいつ挨拶する度に下ネタ言ってくるじゃん」
 頬を膨らませ、那須に抗議をぶつける。その姿は人間の幼女の駄々をこねる姿と全くもって同じだった。
「確かに、お前のトマトは限界だ。大きさも味もランクダウンしてたしな……さて、腕を出せ」
「はぁい」
 タブレットに機器をつなぎ、その機器のバンド上になっている部分を504の腕に巻き付けた。
「……だからなんだろうな。アンダー博士がお前に恋人を作れって言ったのも」
「その話ね、あたし、ぜっっっっったいに嫌だからね!!」
「そういうと思ったよ」
「だって、だってさ! 彼氏ができたらさ、手つないでさ、キスしてさ、そしてさ……」
「そして?」
「ぇ……ぅ、し、しなきゃいけないんだよ? 考えられるそんなの?」
 顔を真っ赤にして、手で顔を覆いもごもごと肝心な場所をぼかす504。
「まあ、考えられねえよな、普通」
「で、でしょ?」
 那須は推測する。504は純粋……いや初心なのであると。決して、潔癖症だとか男性恐怖症だとかではなく、初心。親とか友達がSEXしてるのなんて考えられない、自分がSEXによって生まれただなんて考えられない、そんな子供じみた抵抗感。
「まぁいいんだ今は。そんなに焦らなくて。時が来たら教えてもらえばいいんだよ。でもいつまでもしらないってわけにもいかないんだからさ――特に魔物娘は――覚悟はしとけよ」
 だが、そんな子供じみた感情でも、那須はそれをあざけったりはしない。
 なぜなら彼にもそんな経験があるからだ。エロい物は悪いと信じていて、漫画のお色気シーンなんかにも嫌悪を覚えていた時代が。
 だから、できるだけ真摯に受け止めてやる。
 それが自分のすべきことなのだろう――

「さて、定期検査は終わりだ。体調は悪くないがやっぱ魔力が不足してんな……補えるサプリがあるか探してみるよ」
「それよりもあのお下劣を」
「だからそれは無理なんだって。でもまあ、できるだけ軽いものにしてくれ、とは言っておくよ」
「頼んだわよ、『ボケナス』」
「ははは、このプチ……ん?」
 去り際、那須が仕返しの一言を言ってやろうと504の方を向いたとき、彼女が埋まっている花壇の土に何かが刺さっているのが見えた。
「あ、これ? なんかあのお下劣ババアが『これあなたの名前』って言って刺してったのよ」
「ふうん」
 それは小さな看板だった。
「リコピン……トマトに含まれる栄養素か」
「ほんとセンスないわよねぇ。安直すぎてダサいわ」
「ははは。まあ、名前の持ってき方にセンスはねーけど――」

「かわいい名前だと思うぞ。お前にぴったりじゃないか」

「っ……!」
 リコピンの顔が。
 それこそトマトのように真っ赤になっていった。
「で」
 そして、その手には、大きくて熟れたトマトが。
「で、出てけぇぇぇぇぇ!!!」
「ぐはぁぁぁ!!」
 彼女はそれを那須に向かって投げつける。まさかの手でのスローングに驚いた那須はかわしそこね、顔面が真っ赤に染まる。
「うおっ! なんか逆鱗に触れちまったか! とりあえずまた明日な!」
 那須は慌ててドアの外へと非難した。
「ふう、やべえな。セクハラもアウト判定か……こりゃあまた犠牲者が増えそうだな」
 だがその顔は楽しそうに見えた。
「青春って感じだな。なんか懐かしいなぁ」
 顔についたトマト汁を拭い、一舐め。
「お。なんだあいつ、美味しいのも作れるんじゃねえか」

「うぅぅぅ……」
 一人温室の中、顔の熱が収まらないリコピンは。
「あの『ボケナス』ぅぅぅぅぅ……」
 ただひたすらに、つぼみの中で呻いていた。
18/05/27 20:58更新 / 鯖の味噌煮
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■作者メッセージ
ほんと、表面だけなぞって中身はまるで違うパロディとは言えない何かです。

まだSCPに関してはにわかなんでできれば、ネタがほしいなぁって

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