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影繰が持った迷い、そして決意 -ifサイド-
※この話は「影繰の歩む道」(正史と呼びます)の7話と途中までまったく一緒です。
展開が変わるところには■をおいておきますので、いちいち読むのが面倒だという人は、
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「う〜……」

あの日、妾が影繰と戦った日から2日ぐらい。
妾はいまだに布団の中に引きこもり、うなっていた。

……あまりの恥ずかしさゆえに。

「当たり前じゃ〜……影繰が影をああ使うのは十分予想できたはずじゃ〜……それなのに、『影でつかむのはずっこい』とか……あああああ〜……!」

ま、まるであれではただのお子ちゃまでは無いか!
影繰に泣き顔見られるわ、気がついたら影繰はいないわで、散々だ。

「ああ〜……もうだめじゃ、これは末代までの恥、首くくろう」

なまじ本気でそう思い、手にした縄を魔法で天井に結んだ。

「お待ちください!バフォ様!」
「ん……?なんじゃ、妾はこれからご先祖達に謝罪しにいくのだ。邪魔をするでない」

それを部屋に突撃してきた魔女が止めようとする。

「だからそれを待って下さいと!バフォ様がいなくなったら誰がこのサバトを率いるんですか!?」
「……む」

魔女に言われてふとそこに考えが及ぶ。
そうだ、今の妾はサバトを率いる身、むやみやたらに死んでいいものではない。

「……そうじゃな。妾が悪かった」
「バフォ様が思い直してくれたならよかったです」
「うむ」

我ながらいい部下達を持ったものじゃ。
しかし、ここで聞いておかなければならないことがある。

「しかし、どうやって部屋に入ってきた?部屋には鍵がかけてあったはずだが……」
「へ?もちろんこの間こっそり魔法で複製した合鍵で……」
「…………没収」
「えぇ!?」

前言撤回。
もう少し持つ部下は厳選すべきかもしれん。




「…………」
「お〜い、影繰〜?どうした〜?」

コトリ

水の入ったコップをあおり、そしてテーブルの上に置く。
そしてため息。

(……あの日、何で僕は殺せなかった……?魔物を)

思考はそれ一色だ。
あの日、アリアと名乗ったバフォメット。
彼女は魔物だ。僕が憎み、殺すべき対象。
でも、あの日、僕は殺せなかった。

「……アニー、影繰どうしたのさ?ずっとこの様子だけど」
「さぁ……依頼禁止の日からずっとこうですよね?」
「なんかあったのかねぇ……」
「ククリさん、何かやったんじゃないんですか?又無理やりお酒飲ませたとか」
「あいにく、あの日は影繰とは別行動さね。……でも、そうだね、あれ持ってきて」
「あれ……本気、いえ、正気ですか?酔ってませんか?こんな昼間から」
「酒飲まないでどう酔えと?いいから早く」

僕は影繰だ、魔物も、教会も関係ない。
僕から全てを奪っていった連中を殺す。それだけの存在。

(どうして……?)

再びコップをあおる。
喉を柑橘系の味がする液体が流れ込んで……柑橘系の味?
コップを見る。
オレンジ色の果実酒が入っていた。
おかしい、さっきまではただの水が入っていたはずだが……

「……ククリ」
「なにさ」
「そこまでして酒を飲ませたいか?僕に」
「いんや、お前さんが反応しないんでね。つい」
「…………」

無言で睨み付けると「ごめんごめん」とほんとに悪いと思ってるのか分からない謝罪が返ってきた。

「……まぁ、いいけどさ。で、何?」
「ん?おお、なんか影繰がさ……ん〜……迷ってるって思ったからさ」
「迷ってる……ねぇ」

まったく、この人にはいつまでたっても勝てそうに無い。
昔から今まで、こうやって僕の心を的確についてくる。

「うん、そうだね。迷ってるのかもしれない。今更……そう、今更、ね」
「ふ〜ん……で、何を迷ってるんだい?」
「……魔物、殺せなかった」
「……ほぅ。影繰がねぇ」

さして驚いてない感じだ。

「あんまり驚かないんだね」
「そうだねぇ……ま、いずれそこらへんにぶち当たると思ってたけどさ」
「まるで預言者だ」

「ま〜な〜」といいながら手にした酒ビンをあおる。

「まぁ、それはお前さんの悩みだ。あたしや周りがとやかくいっても、結果を出すのはあんたさね。……ただ、一ついっておくと、お前さん、今日は依頼受けるな」
「……なんでさ?」
「迷いってのは恐ろしいもんでね。自分では大丈夫だとそのときは思っていても、いつの間にか足を引っつかんで引きずりこんでくる」

どこに引きずり込むかは、僕も分かっているので、あえて聞き返さないでおいた。

「はっきり言おう。迷いは人を殺すよ。だから、迷ってるあんたを むざむざ死なせに行かせはしない」
「……ずいぶん僕をかばうね。どうしたのさ」
「ばっか、あんたはあたしのお気に入りなんだ。死なれちゃ困るんだよ」
「へぇ……」
「それと、今の精神状態で、まともに影操れるか?」
「……それもそうか」

影は僕の精神を如実に表す。
僕が怒りや憎しみを覚えたら、それに反応して命令せずともその対象を抹殺しようとすることから、よくわかる。
もし僕が迷いを持っていたら?
たぶん、まともに影を操れないどころか、もしかしたら影が暴走するかもしれない。
影を操るには揺ぎ無い精神が必要なのだ。

「今日一日、ゆっくり休みな。そして迷いをぶった切れ。その結果、お前さんがこのギルドを立ち去ったからって、誰も文句は言わないさ。というか、そういうやつって結構いるからな。ふとした拍子に良心なんてものが戻ってきちまって、耐え切れなくなる奴とかさ」
「良心……か」

果たして、僕の迷いは良心に呵責から来てるのだろうか?





結局、僕はその日はククリの言うとおり、依頼を受けなかった。
というか、アニーが文字通り目を光らせていたので、受けられなかったというのが正しいだろうか。
自分が借りてる部屋で横になりながら、それでも晴れることのない迷いに苦しむ。

「……だめだ、ぜんぜん気分が晴れない」

結局、ベッドに寝転がっても、頭に浮かぶのはあの日、あのバフォメットを殺せなかったという事実。

「……出かけるか」

ここでうだうだしても解決はしないだろう。
そう見切りをつけ、僕は手早く着替えを済ませ、出かけることにした。




「…………」

人々が行きかう通りを、しかしながら暗い空気を背負って歩く僕は、きっと影繰の格好をしていなくても目立っていただろう。
しかし、周りの視線に気を配るほど思考に余裕がなかった僕は、結局はそれを無視している形になっている。

「……あ、出かけるにしても、何しに出かけるかぜんぜん考えてなかったや」

たまにククリに言われる、「ツメが甘い」部分が出てきた結果だった。
普段、こんなときはあの孤児院に行くのだが、そんな気分でもない。

「まぁ、適当に目に付いた店に入るか……」

そうして僕は、目に付いた店を片っ端から冷やかして回った。




なんだかんだで、冷やかしは暇つぶしにはなったらしく、気がついたらもう日が暮れていた。

「ありゃ、もうこんな時間か……」

時間的に、そろそろ帰るか……

「そういや、あの薬もう使っちゃったっけ?」

あの薬とは言わずもがな、胃腸薬である。
理由は推して量るべし。ヒントはククリである。

「あの胃袋、絶対おかしいって……」

こうやって街に出ることはそれほど多くないので、今回の買い物チャンスを逃すわけにはいかない。

「……しかし、今頃思い出すとか……はぁ、相当参ってるのかな?僕」

そうぼやきながら、僕はこの街の薬屋へと入っていった。




そこは、薬屋とあるが、実際はほぼ何でも屋の様相だ。
薬屋とあるからには、きちんと薬を扱っており、そのコーナーがほとんどなのだが、店内には魔法薬の材料(普通は魔法屋の領域だ)もあれば、食品もあり、日用品もあるという。
ぶっちゃけ、この一店さえあれば他の店は要らないんじゃないかとも思う。
が、そこはそこ。
やはり値段的には他の店より少し高いし、そもそもおいている種類が少ない。
まぁ、薬を買うついでに何か買おうかな?レベルの買い物だったら文句はないだろう。

「え〜っと、胃腸薬……っと」

棚においてある瓶入りの赤い丸薬を手に取り、それを会計に持っていく。
会計を手早く済ませ、いざ店を出ようとしたとき、ふと気になる存在がいた。

「ん〜っしょ……と、とどかない……」

がんばって棚の上にある商品を取ろうとしている少女……というにも幼い女の子だった。
しかし、いかんせん絶対的に身長が足りない。
あれではいくらがんばったところで商品に触れることすらできないだろう。
他の客は気にも留めてない。
僕も普段だったら気にも留めないだろう。
でも……

「はい」
「へ……?あ、えっと……」
「あれ?ほしいのこれじゃない奴?」

少女はほしがっているだろう商品にあたりをつけ、それを取ってあげた。
今更善人ぶろうなんて露ほどにも思ってないが、なんか放っておけなかった。

「あ、いえいえ!それです!それ!」
「そう。じゃあこれ、はい」
「あ、ありがとうございます……」
「いいって、別に」

少女がもじもじしながら僕に礼を言ってくる。

(なんか、リンに似てるなぁ……)

もちろん、見た目なんて背が小さい以外ぜんぜん違う。
ただ、雰囲気というか……そういったまとう空気の類がそっくりなのだ。

「それじゃ、僕はこれで……」
「あ!あの!待って下さい!」
「へ?」

どうも最近はしんみりしすぎて嫌になる。
そう思って早々に立ち去ろうとしたのだが、少女が呼び止めてきた。

「あの、えっと……見ず知らずの方にこういうのもあれなんですが……」
「?」
「……ほ、他にも取れなかった商品があるので……その、ですね……」
「取ってほしい、と?」
「…………うう」

恥ずかしいのか、はたまた別の理由か、少女は顔を俯かせてだんまりしてしまった。

「……別にいいけど」
「ほ、本当ですか!?」

厄介な子に関わりにいっちゃったなぁ……と思いつつ、承諾してしまうあたり、僕はまだまだお人よしの部類に入ると思う。




「ありがとうございます。荷物まで持ってもらっちゃって……」
「いや、むしろその身なりでこれだけの物を持とうと思ってた君に驚いたよ」

あれから数分ぐらい。
僕は少女の荷物持ちをしていた。
なぜかと言われれば、買った商品があまりにも多く、この幼い少女が持つのはまず不可能だろうと思ったからだ。
なんでも、街はずれに一緒に来た人がいて、その人のところまで運べばいいようだ。
もし僕がいなかったら店の人に一緒に運んでくれるよう頼もうとしてたらしい。
だったら最初からその人と来ればいいのに、と言ったら、少女は言葉を濁らせてしまったが。
ともかく、その人のところまで荷物を持って言ってあげることにしたのだ。

「でもよかったです、あなたみたいな親切な人に会えて。いつもだったらもっと大勢で来るんですけど、今日に限って全員用事があるーって……」
「あはは……そうなんだ」

適当に相槌を打っておく。
そうしている間にも、少女は小さな声でぶつぶつと何かを愚痴っているようだった。
「私もお兄様と……」とか「みんなサカりすぎ……」とか。
……あえて、何も言わないでおいた。
うん、世の中にはいろんな性癖と言うか、嗜好があるからね。

「あ!あそこです!お待たせしました〜!」
「ん?おお、ずいぶん遅かったな。やはり一人はキツかったかのう?」
「当たり前ですよ〜!」

少女の連れと思われる人の声がする。
すでに夕暮れ時を過ぎ、夜に差し掛かっているため、暗くてよく見えないが、どうやら声からするに少女。
影からみるに、隣にいる少女と同じくらいの背格好である。
……これを二人で持つの?無理があるだろうに……

「……ん?なんじゃなんじゃ?おぬしもとうとう『兄上』を見繕ったか?」
「違いますって!ここまで荷物を運んでくれた親切な人ですよ!」
「ほう?」

なんか、ずいぶん時代がかった、偉そうな口調だな。
ふと、頭の片隅に似たしゃべりをする奴がよぎったが、関係ないだろう。

「ふむ……しかし、人もやはり捨てたものではないな。感謝するぞ」
「はぁ……」

あれ?なんか感謝されたような気がしないぞ?僕がおかしいの?

「えっと……とりあえずここに荷物置けばいいの?」

とりあえず、ずっと彼女の荷物を持っているわけにもいかないので、どこにおけばいいのかを隣の少女に聞く。

「あ、ありがとうございます。ほんとなんとお礼を言ったらいいか……」
「別にお礼目当てに手伝ったわけじゃないから」

そういいつつ、その場に荷物を置く。
向こうからどうやら少女の連れが近づいてきた。
まぁ、ここに運べばいいって言ってたし、何らかの方法できっと運ぶのだろうと思い。僕は立ち去ろうとする。

「……ぬ!?おぬし……まさか影繰か!?」
「……誰?」

僕を影繰と呼ぶと言うことは、少なくとも一般人じゃない。
影が僕の意思に反応し、ざわめく。

「妾じゃ!妾!アリアじゃ!もう忘れたのか!?」
「……なんだって?」

ようやく暗がりに目が慣れた。
それと同時に声の主がこちらに近寄ってきた。
紛れもなく、その姿はあの時戦ったバフォメットだった。
11/02/26 18:22更新 / 日鞠朔莉
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■作者メッセージ
いつも長々と書いているため、今回はあっさり短く。

予告どおりifストーリーの開始です。
今回ばかりはデイリー更新はほんとに無理そうです。

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