連載小説
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始業式
 キサラギとあった翌日は始業式だった。
「クラス発表が楽しみですね」
 そう言って笑うルメリは、魔力によって強化された鋼槍を脇に携えていた。
 フェリエ国の正装は儀礼用のドレスコード、または装飾甲冑に加えて、帯刀したスタイルが基本だ。
 基本的には自らの出自を表す紋章が刻印されたものを着るのが普通なのだが、フェリエ王家の場合は何も刻印されていないものを着用し、ロロイコ家など、永代騎士家系は必ず甲冑を着るのがマナーとされている。
 無地の服は唯一無二の王族、フェリエ王に紋章は必要ないという初代フェリエ王の言葉に由来するものであり、騎士家系が甲冑を着るのは、その家が武勲の家系であることを示すものであるらしかった。
 そしてもうひとつフェリエの王族には帯刀禁止という制約がある。
 その代わりに自らの懐刀、すなわち信頼のおける臣下を一人同席させるというのがルールだ。そしてその臣下は、この場合ルメリとなる。
 だからなのか、ルメリは早朝からテンションが高かった。
 自分が王族直属の臣下、というのはそれほど喜ばしい事なのだろうか。
 彼女は「私がテツヤ様の臣下である」と言わんばかりに僕を背に乗せて始業式会場に入場し、それからずっと僕を下ろしてくれない。
 もちろん今もルメリの背の上だ。
 悪目立ちなんてものじゃない。彼女の背の上は不安定だし、つかむ手綱がないから、彼女の甲冑のどこかを掴むしかないのだ。だけど磨かれた彼女の装飾甲冑はつるつる滑って掴める場所なんてない。
「さぁ、テツヤ様、もうそろそろ式も終わって移動ですよ? 振り落とされないようにお気を付けください」
「わかった。できるだけゆっくり動いてくれ」
「わかりました」
 次に移動するのは大講堂で、そこでクラス発表が行われる。
 しかし、僕たちはクラス発表で張り出される発表用紙に名前は載っていない。
 僕とルメリ、すなわち貴族等の特権階級や騎士勲位を持つ者はクラス発表が行われた後、各クラスに存在する名簿の空欄に名前を書き込んで、自分のクラスを決定する。
 そのため、クラス発表はこの学校の1年間を決定する大イベントと称されるのだ。
 
「テツヤ様、もうすぐ大講堂ですよ」
「わかった。カイエ子爵とキリアス伯爵はもう名前書いたのかな」
「どうでしょうね、子爵は絶対に剣戟科を選択するはずですが、伯爵は剣戟も魔導も優秀ですからね」
 まだ分かりませんよ、とルメリは対戦したことがあるような口ぶりで言う。
 カイエ子爵の一族はルメリのロロイコ家との親交が厚いと聞く、武勲の一族であり、そしてまた貴族でもある。キリアス伯爵家はこの国の建国をめぐる争いで軍師を務めた一族だった。
 その両貴族に比べれば「騎士」というロロイコ家の称号は見劣りするものなのかもしれない。しかし、この国でロロイコ家と言って知らないものは居ない。なぜならば、王国の主催する戦技大会で王族を破った唯一の一族であるからだ。
 だからたぶん、カイエ子爵もキリアス伯爵も、彼女は破ったことがあるのだろう。
 淑女のような様相からは想像ができないが、僕はそう感じた。







 大講堂に入ると中には多くの魔物たちがひしめき合っていた。
 自分のクラスを確認するだけでなく、どの貴族がどのクラスに入るのか予想したり、どのクラスでどうやって演習の班の構成をすれば強くなれるのか、なんて考えて楽しんでいる者もいた。
 有名貴族と同じクラスになった、と喜ぶものや、担任の不満を言うもの。そして初めて会う仲間と挨拶をする……そう言った賑やかな喧騒は、僕が入場したことによって場の空気ががらりと変わった。
「王子の御前である! 道をあけいッ!」
 そう言ったのは、ルティナ・クストール・カイエ。
 武人気質のミノタウロスだ。
「お会いできて光栄です。よろしくお願いします」
 そして、そう言ったのは、青白い肌の美女。
 ワイトのメリーア・アイシーン・キリアスだ。
 他にもたくさんの貴族たちが居た。
 そして、彼女たちは皆、「自分のクラスに入ってくれ」と言う。
 しかし、僕はすでに入るクラスを決めていた。
「僕は2組に入るよ」
 もちろん、そのクラスにはキサラギが居るからだ。
 僕が黒髪黒目のジパング人の血を引いているのであれば、ジパングの話を聞けば記憶が戻るかもしれないと思ったからだ。
 だが、貴族は僕の意見に反対した。
「テツヤ様、大変恐れ多いのですが……2組には少し問題がありますよ」
 キリアス伯、すなわちメリーアが言うには、2組にはクェイン公家の娘に加え、粗暴なものが多いのだと言う。
 彼女たち貴族の言う「粗暴」というものがどんなものかはわからないが、僕はそれでも2組を選ぶ。
 そう言うと、メリ−アはため息をついた。
「じゃあ、仕方ないですね」
 そう言うと彼女は3組に書いた自分の名前を消し、僕とルメリの下に書き加えた。
「おい! メリーアずるいぞ!」
 ルティナが声を上げ、メリーアにつかみかかろうとしたが、彼女はそれを躱して、僕の手を握った。
「軍師たる者将とともにあるべし、と初代キリアス伯は申しましたので♥」
 彼女は僕の手の甲にキスをした。そしてその唇が離れる瞬間、手の甲に舌を這わせた。
 ぞわりとした快感が手に伝わると彼女はにやりと笑った。
「これからよろしくお願いしますね♥ 戦術については手取り足取り、ついでに腰取り、お教え差し上げます」
 メリーアはそう言うと、僕の手を自分のドレスの胸元に突っ込んだ。
 柔らかな双丘の圧力が僕の手を襲う。
「それに、私には夜伽も、沐浴のお世話もなんなりとお申し付けください。この体で、ご奉仕いたします」
 そう言ったメリーアの目には明らかに魔物の欲望が燃えていた。
 このクラス分けで、僕の運命がどう変わるのか、ちょっと不安になった。
17/05/08 02:01更新 / (処女廚)
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■作者メッセージ
 閲覧ありがとうございます。
 補足になりますが、フェリエ王家に王族の紋章は存在します。しかし、式典等では「唯一無二の王族」という事を強調するために紋章のない服を着用します。
 また、家の紋章を持たない平民階級以下の者たちは、それぞれ階級章と呼ばれる紋章をつけることが義務付けられます。
 そして、キサラギはジパングでは神格化された稲荷の娘なので、それぞれの屋号を示す家紋(屋号紋)をつけていました。



更新遅れて申し訳ないです

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