読切小説
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最期の戦い
 セントラ大陸。この大陸は岩山と山岳地帯に囲まれた不毛な土地だった。だが、同時に、高度な技術を持った古代文明が存在したと言われている神秘的な大陸でもあった。
 かつてこの大陸では戦争が行われていた。3人の王が剣を交え、そして勝利したのがアーサーという金髪の青年の王だった。彼はセントラ大陸を統一し、セントラ王国を築いた。
 セントラ王国は繁栄し、人々は平穏で幸せな暮らしを送る一方、忌まわしい戦争の傷跡は完全に癒えたわけではなかった。

 この私、ベディヴィエールはアーサー王にお仕えしている騎士だ。戦乱をアーサー王、そしてアーサー王の騎士団と共に戦い抜き、勝利をつかみ取ったのだ。そして、私は第五部隊の騎士隊長を任されることになった。

 今、セントラ大陸は主に5つの地域に分かれている。
 1つはセントラ王国。この大陸の首都であり、アーサー王の城があり、私が住んでいる街だ。
 2つはセントラ移籍。現在は廃墟と化しているが、古代には超高度な文明があったと言われており、現在でも研究が進められているものの、研究は進展していない。
 3つはセントラ港。漁業が栄えている街で、貿易の拠点でもある。
 4つはセントラ大陸北部に広がる、通称魔の土地と呼ばれる地域だ。この地域は魔界の土地と似た性質でできており、強力な魔物が多く住んでいて、国民はまず近づかない。
 5つは広大な岩場が続く不毛なエリア。ここには魔物達がキャンプを作り、小さな集落を作っている。

 この国が抱える問題は様々だ。まず、魔物に対してのスタンス。魔物に対する国民感情はとても複雑なのだ。先の戦争では、この地を魔物と人間の共存国家にしようと、魔物の力を利用して声を上げた王が居た。だが、この王はアーサー王に討たれ、かつて王に仕えていた魔物達は散り散りになり、魔物の集落を作る者や、セントラ王国で新たな人生を歩みだしている者も居る。
 そのため、魔物は敵と考える人間も王国には少なからず存在している。しかし、王国民でも全員が魔物を嫌っているわけでもなく、中には中立だったり、魔物に対して寛容な物も存在している。
 事実、セントラ港ではとある企業の社長は、マーメイドやハーピーを積極的に雇用して大きな利益をあげている。
 だが、もっと複雑なのは、反魔物を掲げる教会が戦争の混乱に乗じてセントラ王国に作られていることだ。信者は当然反魔物派である。
 アーサー王は魔物の扱いについて、硬く口を閉ざしている。

 この日、私は闘技場で剣術試合をしていた。剣術試合とは、簡単に言ってしまえば死ぬ心配がない剣の試合である。剣は相手を斬っても傷一つ負わない魔力が込められた専用の剣を使う。そして試合用の台の上で試合を行う。
 勝敗は、相手を斬りつける。相手の剣を落とす。相手に尻もち、または膝をつかせることで来まる。反則行為は蹴り、殴り、膝蹴り、頭突きなどの剣以外による攻撃だ。

「そこだ!」
「グワァッ!」
 試合相手は衝撃で吹き飛び、尻もちをついた。
「勝者、ベディヴィエール!」
 観客から拍手が浴びせられる。私は倒れた相手に手を差し伸べたが、相手は私の手を取ることなく、剣を拾い、そそくさと試合台を後にした。

 試合後、私は控室に戻った。
「お疲れ様です! 隊長!」
「ああ。ありがとう。」
 彼女はドラゴンのリヴィア。私の第五騎士団の副隊長だ。私は彼女からタオルを受け取り、汗を拭いた。
「いつもながら、見事な試合でした。しかし、剣士たるもの、勝者に手を差し伸べられるというのは屈辱です。あのような行為は控えた方がいいかと。」
「私は、互いの健闘を称えるつもりだった。」
 彼女はデュラハンのクレア。同じく私の部隊の部下で、主に一般兵の指揮や統括、訓練を行っている。
「あら、でもあたしそういうスポーツマンな方が好きよ?」
 彼女はダークメイジのクロエ。私の部隊の魔法部隊の隊長をやっている。彼女のお腹は少しだけぽっこり膨らんでいるが、なんと膣内には夫が居るのだと言うから驚きだ。何でも、強引に告白して、夫を小型化して膣内に取り込んでしまったらしい。
 一応、夫は意識はちゃんとあり、へその管で繋がって栄養も送られるらしい。そして夫が膣内にペニスをめり込ませてセックスすると、非常に強い快感がクロエを襲うのだとか。

「他の者達はどうだった?」
「7名が参戦して、4勝3敗です。」
「五分五分といったところか・・・まだまだだな。」
「いえ、負けたうちの一人は相手が悪かったと言わざるを得ません。セントラ選手権元王者だったみたいです。」
「そうか。まぁ、運がなかったとしか言いようがないね。」

 剣術試合の試合の組み合わせは、主に剣術試合連盟が決めている。一応、観客を沸かせるために実力や体格、剣の長さや年齢の近い者同士を組み合わせて入るらしいが、あまりに強すぎて対戦相手が見つからない場合、このようなミスマッチが行われることもある。
 私も子供の頃、初戦は20勝無敗のデュラハンと当たってしまった。当然敵うはずもなく、10分に勝負を決められて敗北した。一応、格上の相手に10分も粘ったのは大したものだと褒められたが・・・。

「さて、城に戻るか。今晩の夕食は?」
「サラダの盛り合わせと、鯖ですね。」
「サラダか・・・。剣術試合の勝利のあとの夕食が野菜とはなぁ・・・。」
「あら、あたしはサラダ好きよ? それに、昨日はハンバーグだったでしょ?」
「そうだぞ。栄養のバランスを考えて、料理人達もこんだてを作っているんだ」
「そうだね・・・」

 雑談をしていると、気づいたら城についていた。城に入ると、第一騎士隊長のランスロット、及び士官クラスの騎士と遭遇した。
「こんばんわ。」
「・・・フンッ」
 ランスロットは少し目を合わせただけで、そっけない態度を顔をそらし、去っていこうとした。
「おい! ランスロット隊長! 挨拶ぐらいはしたらどうなんだ!?」
「まぁまぁ、リヴィア。落ち着いて。」
 僕はリヴィアをなだめ、第五騎士団の寮へ向かった。

 ランスロットは第一騎士隊の隊長だ。剣の実力は自分と同等かそれ以上だ。実は彼は騎士学校時代からの同期だ。成績は常に優秀で、首席で卒業した。そしてアーサー王に仕えることが決まったとき、偶然にも再会したのだ。

 寮では既に全員の兵士が戻っており、食事を始めていた。
「隊長! お疲れ様です!」
「お疲れ様。」
 私と3人は空いている席を見つけて夕食を食べた。
「ああ! やっぱり肉が食いたい!」
「まぁ、リヴィア。明日は肉料理みたいだから。」
「栄養管理も騎士の仕事だぞ。」
「肉ばっかり食べてると、痛風になっちゃうわよ?」
「ドラゴンは強大な力を持つ分、消費も大きいのだ! だから肉は欠かせないのだ!」
 確かに、リヴィアはドラゴンだから肉食なわけで、野菜はあまり好まないだろう。
「それにしても、あのランスロットとかいう男。剣の腕は一流だろうが、人としては最悪だな。あの者の部下となった兵士はかわいそうだよ。」
「そうだな。あいつの部隊は除隊率が高いしな。なぁ、隊長。どうしてあなたはあの男を気遣うんです?」
「別に気遣ってはいないよ。ただ、彼は騎士学校時代の同期なんだ。」
「なるほどな。で、学生時代はどんな感じの奴だったんだ?」
「今とさほど変わらないかな。無愛想で、クラスでは浮いてたよ。まぁ、僕も人のことは言えなかったけどね。でも、剣の腕も実力も優秀だったよ。クラスでは常にトップだった。学校も太鼓判を押してたよ。卒業後のことはよく知らないけど、このセントラで再会して、アーサー王に仕えることになった。」
「ま、騎士は実力だという者も居るが、私はそうは思わないな。実力と性格が優れてこそ、アーサー王の騎士隊長として相応しい。」
「その点、あたし達の隊長さんはいい男でよかったわねぇ。ま、あたしの旦那様にはかなわないけど?」
「そうだね。クロエにはそのお腹の中の旦那様が一番だもんね。」

 夕食を食べ終えたあと、夜の仕事を終え、私は寝床についた。

 私は騎士学校時代、特に評価されることはなく、むしろ「おまえは優しすぎる。甘さは命取りになる」「おまえは甘すぎるから騎士に向いていない」「剣術試合と実戦は違う」とたびたび能力を疑問視されて来た。
 そんな私でも、騎士隊長に選んでくれたアーサー王には感謝してもしきれない。

 私の第五部隊も、あまり城内では評判はよくなかった。王国騎士団の部隊は全部で7つあり、私が隊長を務めているのは第五部隊だ。勿論、全ての王国騎士団を統括する騎士団長はアーサー王である。
 私の第五部隊は魔物が多く所属している。特に士官クラスには魔物が多く、副隊長のリヴィア、兵長のクレア、魔法士官のクロエ。皆魔物だ。それだけでなく、一般兵にも人間が多いが、同時に最も魔物が多い部隊でもある。
 国の魔物に対する考えが複雑なため、私の部隊は王国騎士団の中でもあまりよくは思われていない。
 ただ、アーサー王は私を最も信頼しており、私もアーサー王に忠誠を尽くしている。だが、アーサー王自身は魔物に対して、そして私の第五部隊についてどう思っているのかまではわからない。

 次の日、朝食を済ませ、私は会議室で士官クラスの部下達と会議をしていた。一部の兵士達は街内の警備に出て居る。

「兵士の待遇についてだが、人間と魔物は平等に扱うべきだと思う。」
「しかし、人間と魔物では力も価値観も違う。それを平等に扱うのは無理があるのではないか?」
「あら、でも共通している価値観もたくさんあるわ。たとえば・・・」
 クロエはお腹をさすっている。
「隊長は、どうお考えですか?」
「確かに、難しい問題だ。だが、人間と魔物は、信頼関係によって結ばれることは可能だと思う・・」
 バタンッ!
 突然、会議室の扉が開けられた。兵士が血相を変えている。
「おい! 会議中だぞ! 札を見なかったのか!?」
「大変です! 大通りの教会が爆破されました!」
「なに! わかった! すぐ行く!」
 私達は現場に急行した。

 大通りに、反魔物を掲げ、主神を信仰する宗教の教会がある。そのため、大通りは魔物達は歩かず、裏通りを歩くようにしていた。
 教会はがれきと化しており、原形をとどめていなかった。
「酷いなこれは・・・怪我人は?」
「幸い、怪我人は居ませんでした。今回の爆破は、非常に計画的に行われ、犯人も相当な手慣れでしょう。これだけの大通りで、犠牲者なしで爆破を成功させるなんて・・・」
「そうだな。」
「こんなことするのは、やはり・・・」
「ああ。イデアの部隊だろうな。」

 実はこのセントラ王国には、人間と魔物の微妙な関係以外にも、もっと重大な問題が起きている。
 イデアという名のデーモンによる過激なテロ行為が行われている。そしてイデアに同調した者達、通称イデア一派と王国騎士団の争いが起きているのだ。

 イデアはかつては魔王城の官僚だったが、魔王と意見の対立から魔王城を抜け出した。
 彼女は「魔物娘とインキュバスによる世界こそが理想」という思想を掲げており、「人間の女性は全員が魔物娘となるべきである」という過激な思想を唱えている。これに同調したのは魔物だけでなく、人間も同調している。

 イデア一派はアーサー王は過激なテロ集団とみなしている。また、イデア一派による事件、テロも何度か王国内で起きている。
 前は人間の女性をサキュバスに変えてしまう淫薬ガスのテロが計画されていたが、私の部隊が事前に防ぐことができた。
 また、あるときは魔物の集落へ多くの人間の男達が誘拐されてしまったこともあった。しかし、集落の代表のサキュバスが「こんな強引なやり方で無理やり連れてこられた人達が心を開くわけがない」として多くの男性は無事に王国に返された(一応、少数ではあるが、現地に留まる選択をした人間も居た)。

 その日の夜、各部隊の騎士隊長と大臣、そしてアーサー王による会議が行われた。
 会議は非常に紛糾していた。
「魔の大地へ攻め込みましょう! そしてイデアを討ちましょう!」
「しかし、魔の大地は土地そのものが危険だ! 言わば毒沼のようなものだぞ!? どうやって攻め込むのだ?」
「飛行魔法で兵士を送り出しましょう。」
「しかし、飛行状態で剣が振るえるか? 弓を射るにしても、正確に狙えるのか?」
「イデア一派を逆に迎え撃つのはどうでしょう? 陽動作戦でおびき出して、一気に殲滅しましょう。」
「しかし、イデア一派の部隊は人間も魔物もかなりの戦闘力だぞ! 士官クラスの兵士ならともかく、一般兵では勝負にならない!」
「ならば第三部隊隊長のこの私が前線に出ましょう!」
「待て! 街中で戦闘を起こすのはまずい! 住民を巻き込むことになるぞ!」
「そうだ! そればかりか、戦闘の混乱に乗じて魔物化するガスでも撒かれたら・・・」
 結局議論はまとまらず、保留になった。

「お疲れ様です。ベディヴィエール隊長。」
「待っていてくれたのか? ありがとう。リヴィア。」
 特別会議を行った別塔から本城に戻る扉の先には、リヴィアが待っていた。
「命令後、何かありましたか?」
「いえ。特に問題は起きていません。、一応一般兵に交代で警備をさせています。クロエは街でイデア一派の気配を。クレアはいつでも出撃できるように準備しています。」
「わかった。さっきの会議のあと、アーサー王から、第五部隊は全員城に帰還し、第六部隊に警備を引き継がせるよう命令が出た。リヴィアから伝えてもらえるかな?」
「了解です!」
「じゃあ、今日はもう寝ることにするよ。・・・すごく、疲れる会議だったよ・・・」
 そう言って、私は寝室に向かおうとしたとき、リヴィアから呼び止められた。
「隊長!」
「なんだい?」
「あの、あくまで噂なのですが・・・よろしいですか?」
「噂?」
「隊長は、先の戦争で右腕を失ったという話を聞きました。そして、別の人間から、代わりの腕をくっつけた・・・と。あくまで噂ですが、念のため・・・」
 私は腕を出し、手のひらを開いた。
「私の右腕はちゃんとここにあるよ。」
「そうでしたか! いや、実は隊長の右腕は義手なのではないかとずっと思っていました。申し訳ありません!」
「いや、構わないよ。じゃあ、あとよろしく。」
「ハッ! おやすみなさいませ!」
「おやすみ。」

 次の日、朝食を済ませたあと、兵士は街内の警備に、リヴィアには上空からの警備を、クレアには城に残ってもらい、クロエは街内の魔力の気配を探っていた。
 私はクレアと共に第五部隊寮内で装備を整え、待機していた。
「隊長。最近、イデア一派の活動が過激になっていますね。」
「そうですね。恐らく、人材が増えて勢力を増しているせいだと思う。」
「イデア一派はいずれこの王国に攻め込むつもりでしょうか?」
「それはないよ。彼女達の目的はあくまで全ての人間の魔物化。それを、戦争や革命で犠牲者を出してしまっては本末転倒だからね。」
「確かにそうですね。隊長。イデアというデーモンは、どんな人なのでしょう? こんな過激なことを唱えるのだから、さぞ冷酷な者・・」
「冷酷なんかじゃないよ。とても、優しい人だよ。」
「どうして断言できるのですか?」
「そう・・・だからさ。」
 クレアは理解できない・・・という顔をしている。無理もない。
 イデアは決して冷酷な人ではない。むしろ、慈愛に溢れた素晴らしい魔物だ。これは断言できる。

「隊長! 隊長あてに手紙です!」
「ありがとう。」
「では、城内の警備に戻ります!」
 手紙を届けに来た兵士は警備に戻った。

「なんだ? またファンレターか? それとも誰かのラブレターか?」
 クレアはやや楽しそうに聞く。
 実は私を含めて第五部隊は、批判的に捉える人が多い一方で、根強い支持をする者も多い。それは城内でアーサー王に仕える者も、国民も一緒だ。
 ちょくちょく私や士官にあてのファンレターが届くこともある。以前には差出人不明のラブレターもあったのだが・・・。中には批判的な誹謗中傷を書いた手紙を送る心無い人も居るが、そういった手紙はクロエが察してすぐ燃やしてしまうので私達が封を開けることは少ない。
 肯定的な手紙については、本当は私は返事を書きたいと思っている。しかし、アーサー王の「特定の国民を特別扱いすることはよくない」という考えから返事を書くことは禁じられている。これは私の第五部隊だけでなく、全ての部隊、そしてアーサー王も含めてだ。
 一応、私達は送られてきた手紙はちゃんと読んでいる。兵士達も応援の手紙を読むことは士気の向上に繋がっているようだ。

 私は届けられた手紙の封を開けて読んでみた。

(愛おしいベディ。お元気ですか? お体は大事にしていますか? よい人は見つかりましたか?
 あの場所であなたを待っています。次の満月の日、お会いしましょう。)

 差出人は書いていない。だが、この字を見れば分かる。
「なんだこれは? また趣味の悪いラブレター・・・なのか?」
「・・・クレア。次の満月は何日後だ?」
「隊長・・・もしかして・・・」
「何日後ですか?」
 私は少し語気を強めて言った。
「1週間後だが・・・」
「分かった。ありがとう。・・・私の剣を持って来てくれ。」
「え? 今のところ敵が攻めて来たという報告はないが・・・わかった。」
 クレアは寮の倉庫から私の剣を持って来た。しばらく使っていなかった分埃まみれになっている。経年劣化が心配だ。

「鍛冶屋に行って来る! イデア一派が現れたら指揮はクレアが取れ!」
「え!? 今更その剣を・・・あ、隊長!」
 クレアが困惑している中、私は走って鍛冶屋へ向かった。

 この剣は私が戦争時代、使っていた剣だ。戦争が終わって騎士隊長になってからは私自身が直接剣を振るうことはなくなったが・・・。
 それともう一つ。鍛えてもらいたい物がある。私の右腕だ。

「ベディヴィエール隊長! お久しぶりです!」
「お久しぶり。この剣を、鍛えなおして欲しいんだ。それと、私の右腕もだ。」
「え!? 一体どうしたんです!? まさかついにイデア一派が王国に攻めて来るのですか!?」
「いや、そういうわけではないです。・・・私個人の私用です。どうか、ご内密に・・・」
「分かりました。」
 私は右腕にかけている魔力を解く。右腕は銀色になり、私は銀色の腕を外して鍛冶師に見せた。
 鍛冶師は私の剣と銀色の腕を持って奥へ入って行った。

 しばらくすると鍛冶師が戻って来た。
「2つとも、見させてもらいました。腕に関しては、ベディヴィエール隊長が常に身に着けていたおかげだと思いますが、劣化しておらず、問題ないと思います。・・・残念ながら、この未知の器具に関しては、私では鍛えることはできません。」
「そうですか・・・。」
「剣の方は、経年劣化が起きています。しかし、3日もあれば最高の状態にできます。」
「そうですか! では、お願いします!」
「分かりました!」
 私は銀色の腕を付けなおし、腕に魔力を注いで人間の腕と同じ外見にして鍛冶屋を後にした。

 この銀色の腕は、私が戦争で右腕を失い、騎士生命を絶たれそうになったときのことだった。当時の私の部下がセントラ遺跡を調査していた際に発見した物だった。
 戦時中の当時では研究や調査をする間もなかった。この銀色の腕は、私の体にピッタリとはまり、そして私の体と完全に同化した。
 この腕、アガートラムは強大な力と魔力を持っている。

 アガートラムを発見した部下の話によると、非常に状態もよく保管されていて、見晴らしのいい場所で発見できたとのことだった。

 今思い返すと・・・あなたが用意してくれた。そうですよね? ママ先生・・・。

 城に戻り、私はリヴィアを呼び戻し、広場に連れ出した。
「隊長。どうしたのですか?」
「突然すまない。お手合わせを願えないだろうか? 勿論、イデア一派に不穏な動きがなければの話だが・・・。」
「え!? 突然どうしたのですか!?」
「最近剣を振るっていないなと思ってね。実戦と剣術試合は違う。腕を戻さないといけない。」
「・・・私が上空で警備していたところ、ここ数日のイデア一派の活発な行動が嘘のように、全く動きを見せません。魔の大地に閉じこもったままです。」
「そうか。なら、時間はあるかな?」
「ええ。私でよければ・・・」
「それでは、全力で行くぞ! リヴィアも全力で来い!」
(いつにない気迫だ・・・こんな隊長を見るのは初めてだな・・・)

 私とリヴィアの剣術試合用の剣を使った訓練が始まった。
(凄い! ほとんど見切れない! それに全くスキがない! これが何年も剣を振るってなかった騎士の剣か!? だがそれよりも、こんなに攻撃的な戦い方をする隊長は初めてだ!)

 ベディヴィエール隊長の剣術試合は何度も見て来た。冷静に相手を見極めつつ、クレバーに攻め立てる戦い方をする騎士だ。自分から積極的に仕掛けるタイプの騎士ではない。もしかして、これがベディヴィエール隊長の本当の実力なのか!?

 訓練を終えたときには夜になっていた。結局、リヴィアの剣は一度もベディヴィエール隊長に当たらず、私は隊長の剣を避け、さばき、切り返すだけで精一杯だった。だがそれでも、何度も斬られてしまった。
 これがもし剣術試合用の剣でなければ、リヴィアは何度死んだか分からない。

「お疲れ様! いい訓練になったよ! ありがとうリヴィア!」
「いえ・・・結局、私は一度も隊長を捉えることが出来ませんでした。お役に立てず、申し訳ありません。」
「そんなことないよ。リヴィアは一流だった。私も、リヴィアの剣を読むことで精一杯だった。さぁ、もう戻ろう。明日も、お願いできるかな?」
「ええ。私でよければ。」
「ありがとう。」

 その日の夜の夕食は、疲れた体を癒すに相応しいボリュームたっぷりのハンバーグステーキだった。兵士達も喜んでいる。

 次の日から、リヴィアの上空警備を午前中のみとし、午後からは訓練に付き合ってもらうことになった。念のため、クロエに警備を強化してくれるよう頼んでおいた。

 リヴィアが来るまでの午前中、私は一人で剣の素振りをしていた。そんな中、ランスロットが私の元へやって来た。
「ランスロット隊長! お疲れ様です!」
「おい、剣を止めろ。」
「はい。何か御用ですか?」
「おまえ、最近なにをコソコソとしている? 何を企んでいる?」
「別に、何も企んで居ませんよ。コソコソともしていないつもりです。」
「鍛冶屋へ行って使いもしない剣を鍛えたり、ここでドラゴンと訓練をしたり、街中でも魔法道具店に行って何かしているな? 答えろ! 何を企んでいる!」
「・・・すまない。今は、答えられない。」
「フッ・・・やはりな。おまえ、謀反するつもりだろう? イデア一派とでも繋がっているのか?」
「違います! なぜそのようなことを言うのです!?」
「元々おまえのことなど初めから信用していない。おまえの部隊は魔物がたくさんいるではないか。」
「それが何です!? 魔物の彼女達だって入隊試験を合格して配属された兵士です! アーサー王への忠誠を共に誓い合う仲間ではないですか!」
「黙れ! 魔物など信用できるものか!・・・それに、疑っているのは私だけではない。お前以外の全ての騎士団隊長が疑っている。」

 そんな中、アーサー王が偶然広場へやって来た。まずい・・・こんな揉めているところをアーサー王に見られるなど・・・
「どうした? 二人とも声を荒げて。何かあったのか?」
「いえ・・・。」
「アーサー王! この男は信用できません! この男は謀反を企む反逆者です!」
「それは違う。ベディヴィエールも、そしてランスロットも、私に忠誠を誓ってくれる心から信頼している騎士だ。」
「ですがアーサー王! この者の部隊は魔物がたくさん居るではないですか!」
「王国騎士団の入隊条件に、魔物の規制は入っていない。・・・ランスロット。君に頼みがあって来たんだ。イデア一派が次に仕掛ける場所としたら、街はずれにある井戸だろう。井戸に何かしらの薬物を投げ込むかもしれない。だから、街中の水場を、第一部隊全員で警備を行ってくれないだろうか?」
「ハッ! ただちに警備に当たります!」
 ランスロットはアーサー王へ敬礼した。そして私に一言残したあと、警備に向かった。
「ベディヴィエール。私はお前を使用していないが、心からお前のことが嫌いだ・・・」

 ランスロットが去ったあと、私はアーサー王に話を持ち掛けた。2人は噴水前のベンチに腰掛けた。
「すいません。私のために、貴重な時間を・・・。」
「大丈夫。私の仕事の大半は判子を押すだけさ。・・・大丈夫かい? ランスロット隊長に言われたことは、気にしない方がいい。」
「それは大丈夫です。全く気にしていません・・・ただ、長年の同志に嫌われるのは、辛いですね。」
「確か、君とランスロットは同じ騎士学校出身だったね。なんとなく、ランスロット隊長が君に対して冷たい理由は想像できるよ。」
「え?」
「あくまで憶測だから、この場では言わないでおくよ。」
「アーサー王。私は王へ隠し事をしています。訳があって今は言えませんが・・・恐らく、私の騎士としての、最期の戦いになると思います。」
「・・・そうか。思えば、あの忌まわしき戦争のときから、今日この日まで私の元へ居てくれたんだな。本当にありがとう。そして、最後の戦いならば、悔いだけは残さないようにね。」
「はい。」
 アーサー王は私を問い詰めるようなことはしなかった。

「・・・ベディヴィエール。君はもう一つ、隠し事をしているね?」
「ええ。勿論、このアガートラムのことではありません。・・・次の満月の夜、全てをお話しします。この剣に誓います。」
「・・・分かった。私も、君に、いや、国民全てに隠し事をしている。そのときに、君に打ち明ける。私も、この剣に誓って。」
 騎士にとって剣に誓うということは、絶対の約束と同義語だ。それでも約束を破った者は、もはや騎士ではない。

 3日後、私は剣を鍛冶屋へ取りに行った。
「仕上がりました。」
 私は鍛冶師から鍛えなおされた剣を受け取った。
「・・・最高の仕上がりだ。ありがとう。これなら、心置きなく戦える。ありがとう。」
「ベディヴィエール隊長! ・・・勝利をお祈りしています!」
 私は頷き、店を後にした。

 それから数日、時間の許す限り私は訓練を続けた。そして、約束の日が来た。今夜、私は最期の戦いへ向かう。

 昼食後の寮内で、私はリヴィア、クレア、クロエの3人を会議室へ呼んだ。
「皆、警備ご苦労だった。君たち3人には、どうしても話しておかなければならないことがある。全てを話そう。」

 イデア。それは私の育ての親で、母親も同然だった。私の出自は自分でもよくわかっていない。ただ、私の母は戦争で命を落とし、母の死体の近くに、まだ赤ん坊だった私が居たということをイデアから聞いた。
 イデアは当時、セントラ遺跡近くの家で孤児院をやっていた。彼女は元々魔王城の官僚だった。しかし、彼女の過激な思想は周囲の反発を招き、やがて魔王城に居場所を失い、追放されたとのことだった。

 その後彼女はこのセントラ大陸へ流れ着いた。元々はこのセントラ大陸に魔物だけの理想の国を作ろうと考えていた。しかし、セントラ大陸では戦争が起きていて、日々多くの人間、魔物が命を落としていた。
 イデアはその惨状に心を痛めていた。そして何よりも、戦争により親を亡くした孤児が多く居ることに心を痛めていた。彼女はそんな孤児たちを集め、セントラ遺跡近くに家を作り、世話をした。遺跡近くなら戦争に巻き込まれる心配も少ないと考えたのだろう。

 私が物心ついたときには、私を含めて7人の孤児がイデアの元に居た。イデアは私達にあらゆることを教えてくれた。母親であると同時に、学校の先生みたいだったことから、ママ先生と呼ばれるようになり、私もイデアをママ先生と呼び慕っていた。
 6人の子供たちは魔物の集落や、それぞれの王の勢力下にある集落から引き取り手が見つかり、孤児院を去っていった。だが、私にはいつまで経っても引き取り手は見つからなかった。

 私はずっと孤独だった。寂しかった。夜、一人きりで部屋で泣いていた。だが、そんな私をママ先生は優しく慰めてくれた。

 ママ先生は私にあらゆることを教えてくれた。学問や歴史、命の尊さ、愛の素晴らしさ、そして魔物のこと。生き抜いていくためにと剣術や魔法も教えてくれた。
 だが、ママ先生は自身が考える全ての人間の魔物化のことだけは、このとき教えなかった。むしろ、ママ先生がそんな考えを持っていたことを知ったのは戦後のことで、私は驚いた。

 ママ先生の勧めで、私は一時別の国の騎士学校へ通うことになった。ママ先生がなぜ私を突き放したのか・・・私は捨てられてしまったのか・・・当時はそんな考えがずっと心を打ち続け、出発の前日まで私は泣き崩れ、ママ先生にも離れたくないと何度も言った。だが、それでもママ先生は厳しい顔をして突き放すだけだった。
 そして出発の前日。ママ先生は久々に優しい顔をして私にこう言った。「この大陸の外にはあなたの知らない世界が広がっている。外の世界を知り、たくさんの素晴らしい体験をしなさい。そして、一流の騎士になったら戻って来なさい。」

 一流の騎士になればママ先生にまた会える。私はそう信じて、騎士学校に通う決心をした。

 騎士学校では、私は学校になじめていなかった。授業や訓練には余裕でついて行くことができた。ママ先生に剣術を教わっていたからだろう。私は1つか2つ上の学年の生徒をも上回る実力があると言われていた。
 だが、そんな私を快く思わない同級生達や上級生達から、私はいじめを受けていた。先生も「お前は剣の腕は一流だが、心は甘すぎる。騎士には優しさや愛など要らない」と言われ、よくは思われていなかった。
 ママ先生から教わったことと、現実とのギャップ。私は当時、現実というものに失望していた。だが、今思えば、これもママ先生が教えたかったことなのだろう。

 ランスロットと出会ったのは騎士学校に入学したときで、彼とはずっと同じクラスだった。彼は他の者とは違い、陰湿ないじめなどはしなかったが、私のことを冷たくあしらい、嫌っていた。「お前のような奴は一番嫌いだ」「目障りだ。俺の前から消えろ」。よくそんな悪口を言われていた。
 私とランスロットとの剣術試合では、本調子でないときは私は彼に負けたが、本調子のときは勝つことができた。だが、それでも唯一、学内で手強かった生徒だった。
 試合のあと、私は健闘を称えることを信条としていた。だが、この行いは学内の誰もが快く思わなかった。ランスロットも結局、試合のあと何度も握手をしようと手を差し伸べたが、一度も手を握ってくれることはなかった。

 騎士学校を卒業する際、卒業生30人のうち、私は13位だった。首席はランスロットだった。そして校長からはこう言われた。「お前は騎士に向いていない。戦場へ出ても早死にするだけだ。だが、剣の腕は悪くない。剣術試合で食っていけ」。勿論、私には剣術試合で食っていく気などさらさら無かった。

 騎士学校を卒業したその日に、私はセントラ大陸へ戻った。戦争はまだ続いていた。
 私はセントラ遺跡近くのママ先生の家に向かった。だが、家は廃墟になっており、ママ先生はいくら探しても居なかった。
 ママ先生は死んでしまったのだろうか? いや、そんなことはない。きっとどこかで生きているはず。必ず再会して、騎士として成長した自分を見てもらう。そう心に誓って、セントラ大陸を放浪した。

 大陸を放浪しているときに、今のセントラ王国がある場所には、アーサー王が統治していた集落があった。この集落の人々は、他の集落の人々とは違い、生き生きとしていた。希望を持っていた。そしてその輝きの中心には、アーサー王が居た。
 この人なら、この忌まわしい戦争を終わらせられる。そして皆が笑顔で暮らせる国を作れる。そう感じて、私はアーサー王へ忠誠を誓い、騎士となった。

 アーサー王の騎士として部隊に入ってから、私は騎士学校時代の同期、ランスロットと再会した。私は嬉しかった。彼に対してはよい思い出はないが、それでも私の数少ない知り合いの一人だ。だが、ランスロットは私との再会を快く思ってはおらず、「わざわざ戦場に死にに来たのか。バカな男だ。」「本当は今すぐにでもお前をこの剣で首をはねてやりたいが、どの道、お前は戦場ですぐ死ぬ。」と嫌味を言われた。それも想像していた通りだったので、そのときは心の中で少し笑えた。

 やがてアーサー王がセントラ大陸を統一し、セントラ王国を建国し、長きに渡る戦争に終止符が打たれ、ようやくセントラ大陸に平和が訪れた。
 その後私とランスロットは順調に出世し、騎士隊長を任されるようになった。

 セントラ王国建国後、経済も順調に回復していく中で、ならず者集団が街でテロを起こすようになった。テロと言っても、魔物化を促す薬をバラ撒いたり、教会や教会関係者を襲撃する程度のもので、一般市民を巻き込むこともなく、死者が出ることもなかったのだが・・・。しかし、このならず者集団のグループ名を知ったとき、私は驚いた。

 イデア一派・・・デーモンのイデア率いる過激なテロ集団。全人類の魔物化を理想とする過激な思想団体。

 私は信じられなかった。あのママ先生が・・・。私に愛の尊さを教えてくれたあのママ先生が・・・。

「以上だ。イデア・・・ママ先生は、私の育ての親なんだ。そして、今日、決着をつけに行く。」
「まさか・・・イデアが隊長の育ての親だったなんて・・・」
「隊長。育ての親と・・・戦えるの?」
「ああ。私の騎士としての、生涯全ての集大成を、ママ先生にぶつけてくる」
「隊長! 私も・・・」
「いや、皆は城に残ってくれ。・・・私は一人で行く。いや、一人で行かなければならないんだ!」
「隊長・・・」
 リヴィアは落ち込み、席を立って部屋を出た。
「・・・クロエ。リヴィアのこと、頼むね。クレア。万が一、イデア一派が攻めて来る可能性もゼロではない。街の警備を頼む。」
「分かりました。

 満月の夜。ついに出発のときだ。だが、その前に会っておかなければならない人が居る。

「第五部隊ベディヴィエール隊長。王から話は伺っています。どうぞ、お入りください。」
 アーサー王の寝室の警護兵は、私を中へ招き入れた。

「ベディヴィエール。よく来てくれたね。」
「王様。私は、あなたにお仕えすることができて光栄です。そして、今夜、騎士として最期の戦いへ赴きます。」
「最後の戦い・・・か。勝算はないのかい?」
「分かりません。ですが、私の騎士としての全ての力を、ママ先生・・・イデアにぶつけるつもりです。」
「イデアは・・・君の育ての親なんだね?」
「・・・はい。」
「そうか・・・。辛いとは思うが、これは君の戦いだ。止めはしない。だけど、君と会えるのはこれが最後かもしれない。だから、私の話を・・・秘密を明かしておきたい。」

「アルトリア。出てきて大丈夫だよ!」
「はい・・・アーサー・・・。」
 奥のタンスから、黒のドレスを着て、口元を踊り子が身に着けるようなスカーフで顔を隠した女性が出て来た。
「アルトリア。顔も見せなさい。彼なら大丈夫だよ。」
「はい・・・」
 女性は顔を見せた。
「彼女は?」
「紹介するよ。彼女は私の妻。アルトリアだ。」
「初めまして。アルトリアと言います。訳あって、ずっと城に隠れ、表に顔を出さずに居ました。」
「アーサー王の妻ということは、王妃様ということですよね? なぜ、今まで隠しておられたのですか?」
「・・・彼女は人間ではないんだ。もう気づいているとは思うが、彼女はサキュバスなんだ。勿論、私は彼女を隠すつもりなんてなかった。彼女が魔物かどうかなんて関係ない。ただ・・・」
「私は、アーサー王に、私の存在を隠すように言いました。大臣達も賛成してくれました。現在、この国の魔物娘に対する感情は複雑な物となっています。中には、反魔物感情を強く持った人間も居ます。もし、アーサー王が、魔物娘の妻が居ると知られれば、それを快く思わない人間達が現れ、再びあの忌まわしい戦争が起きてしまうかもしれません。ですから、私は表に出ずに居たのです。」
「でもね、ベディヴィエール。私はいつかきっと、魔物と人間が共存できるときが来ると考えている。事実、セントラ王国にも魔物は多く住んでいる。当然、彼女達を快く思わない者も居るだろう。でも、彼女達と共存し、受け入れる者達だってたくさん居る。」
「そうですね・・・。私の部隊の士官達も魔物ですが、私は彼女達を心から信頼しています。」
「分かるよ。君たちの部隊を見ていると、兵士達と魔物が、互いに信頼しあっている。そんな君の部隊や、街で暮らす魔物を見てね。アルトリアにこう言ったんだ。私が人間と魔物の共存する国家を必ず作る。そのとき、君は王妃として私と一緒に表舞台に立ってくれ・・・とね。」
「私も、いつかアーサーと表舞台に立てる日を待ち望んでいます。」

「ベディヴィエール。ありがとう。アルトリアを初めて紹介できる者は、君しかいないと思っていた。」
「私も、王様に素敵な王妃様が居ることを知って嬉しいです。このことは、秘密にしますね。勿論、士官の彼女達にもです。」
「ありがとう。では、健闘を祈るよ。必ず、帰って来てくれ・・・」
「はい!」
 私は王の激励を受け、寝室を後にした。

 城の出口で、リヴィアが待っていた。
「ベディヴィエール隊長。私もついて行きます。」
「駄目だ。言ったはずだ。これは私の戦いだ。」
「いえ。私は隊長とイデアの戦いを邪魔するつもりはありません。ここからイデアの指定した場所まで、お連れするだけです。」
「・・・フフッ クロエらしいなぁ・・・。」
「やはり、クロエを私のところへよこしたのは隊長でしたか。」
「まぁね。」
「あのときは何もできない自分に苛立ちを覚えて広場でいじけていましたが・・・クロエに尻尾を叩かれましたよ。私にしかできない大切なことを忘れていました。隊長。あなたをイデアの元へ届け、そして、この城に連れて帰るという大切な役割を忘れていました。」
「そうか。ありがとう。・・・よし! 行こう!」
「ハッ!」

 王国の城門。ランスロットと2人の士官らしき兵士が道を塞いでいた。
「ベディヴィエール。こんな時間へ王国の外へ行くなど怪しいな。どこへ行く?」
「ちょっと風に辺りに、近くの森へ。」
「嘘をつくな! 貴様、やはりイデア一派と繋がっていたな!」
 あながちまるっきり嘘ではない・・・。だけどママ先生は私の育て親。ただそれだけのことだ。
「・・・どうしても行かなければならないんだ。通してくれないか?」
「駄目だ。なぜなら・・・お前はここで死ぬのだからな!」
 ランスロットとその部下は剣を抜く。リヴィアも同じく剣を抜くが、私はリヴィアを制止した。
「ランスロット。頼む。私の・・・騎士として最期の戦いに行かなければならないんだ。」
「最後の戦いだと?」
「ああ。恐らく、最期の戦いになる。騎士生涯、剣を振るうのは最後になるだろう。だから頼む! 行かせてくれ!」
「ランスロット! いくら騎士隊長でも、隊長の邪魔をするというならば容赦はしない!」
 ランスロットは少し考え、剣をしまった。
「いいだろう。行くがいい。どうせ貴様のことだ。止めても無駄だろう。」
「・・・ありがとう・・・」
「とっとと行け。目障りだ! ・・・生きて、戻れ。」
 私とリヴィアは城門をくぐり、王国の外に出ると、私はリヴィアに乗った。そしてリヴィアは大空へ羽ばたいた。
「リヴィア。セントラ遺跡へ!」
「了解です!」

「ランスロット隊長! いいのですか!?」
「こんな真夜中に、しかも街中で騒ぎは起こせないだろう。それに、あいつを殺せば、アーサー王は悲しむ。アーサー王は、あいつを最も気に入っているからな。」

 私はずっとベディヴィエールが気に入らなかった。理由は今になってようやく分かった。

・・・私は、ずっとあの男を恐れていた・・・そして、妬んでいたのだ。

 騎士学校時代、ベディヴィエールは先生達から評価されていなかった。私は常に学年で首席だった。だが、実際には奴の方が優秀だった。本来、称賛されるべきは奴の方だった。一度でも剣を交えた者なら分かる。奴は騎士として、最高の腕を持っているということを。
 勿論、性格は甘かった。「騎士に優しさや甘えは無用」学校ではそう教えられてきた。だが、奴は剣術試合の後、倒れた相手に手を差し伸べたり、健闘をたたえて握手を求めたりした。

 私は試合のあと、決まって奴から握手を求められた。だが、私は決してそれに応じなかった。情けをかけられた。そう思うと屈辱的だったからだ。それが一層、奴に対しての劣等感を強めていった。だが、今では、あいつは単に優しさから手を差し伸べただけだったのだろう。まぁ、それでも屈辱的なことには変わりはないが。

 王国騎士になっても、俺は奴のことが嫌いだった。アーサー王は奴のことを気に入っている。なぜ、王は私よりも奴を信頼するのだろう? それも魔物を部隊に入れているような奴を・・・。

 ベディヴィエールを乗せたリヴィアはセントラ遺跡へ向かっていた。
(セントラ遺跡に近づくにつれて、強い魔力を感じる・・・。イデアはデーモンと聞いた。それに、魔王城の元官僚ともなれば、恐らく、今までの中で最も強大な敵だろう。だが、私は手出ししない。騎士にとって、一対一の真剣勝負に横から手を出すことは、騎士として最悪の愚行なのだ)

「ここでいい。」
「了解。」
 リヴィアはセントラ遺跡近くに着陸し、私を降ろした。

 数十年以上経っても、このセントラ遺跡、そしてイデアの家は何も変わっていなかった。
 家の中は廃墟となりあちこちに亀裂が入り、木のツタが入り込んでいる箇所はあったものの、居間のテーブル、部屋のベッドは当時のまま、帰り主を待っているかのように残っていた。
「ここで僕はママ先生に育てられた。初めは6人の子達と一緒だったんだけど、1人、また1人と引き取られて行った。そして、ここに最後まで残ったのは、私だった。」
(凄い魔力が向こうから感じる・・・これだけの魔の重圧の中、どうして隊長は平気で居られるんだ!?)
「このテーブルで、ママ先生と、みんなと一緒に食事をしたんだ。当時は戦争の真っただ中で、夕食の材料を揃えるのも一苦労だった。幸い、ここは海が近くにあるから、魚を釣っていた。ママ先生は僕たちが釣った魚で美味しい料理を作ってくれた。」
(そういえば、隊長は釣りが得意だったかな。)
「こっちへ来て」
 私は子供部屋へリヴィアを案内した。

「この部屋も、6人居たときは狭くて、賑やかで、夜寝る前になると、夜遅くまでお喋りしていた。ママ先生が早く寝なさいってよく叱ってたよ。でも、やがて1人になると、今まで住み慣れた部屋なのに、ずっと広く感じた。そして、この部屋に居ると孤独感に襲われて、自然と涙が出るようになった。そんな私を、ママ先生はいつも優しく抱きしめてくれたよ。」
(子供のおもちゃや、落書きの描かれたお絵かき帳、ところどころ、子供部屋だったという面影がある。隊長はここで育ったのか・・・)

 この家には花畑の広場がある。私はそこへ向かう途中の道で足を止めた。
「リヴィア。君に2つの選択肢を命ずる・・・いや、して欲しい。」
「なんでしょう?」
「1つは、ここまで運んでくれてありがとう。だからもう、君は城に戻っても問題ない。だから、城に戻ってもいい。」
「ここまで来て何を言っているのですか!?」
「もう1つは、これからイデアと戦う。君に後見人になってもらいたい。」
「後見人?」
「もし、私がイデアに敗れ、命を落としたときは、君が私の遺体を城に持ち帰って欲しい。」
「隊長・・・」
「どっちを選んでもいい。これは命令じゃないから、あとはリヴィアの意志に任せるよ。じゃあ、僕はこれから、ケリをつけてくるよ・・・」
 そういうと、ベディヴィエールは花畑へ向かって行った。
(帰る? 冗談じゃない! ここまで来て今更なんだ! 私は隊長を最後まで見届ける! そして・・・もし・・・隊長が敗れたら・・・そのときは、私が敵を討つ!)

 白い花が一面に咲く花畑。満月の光に照らされたその光景はとても神秘的だった。そして、花畑の中心には、一人の人影が、私を待っていた。

「来たわね・・・ベディ。大きくなったわね。それに、少し男前になったかしら?」
「お久しぶりです・・・ママ先生。」
 数十年ぶりの恩師との再会。育ての母、そして私の剣の師、私に全てを教えてくれた・・・ママ先生。
 リヴィアは二人の様子を、少し離れたところから見届ける。
「ママ先生。二つ、確認させてください。」
「何かしら?」
 ママ先生の表情は昔と変わらず、穏やかで優しい顔だった。
「なぜ、私を騎士学校へ入れることにしたのですか? なぜ、私を突き放したのですか? 勿論、私はママ先生を恨んではいません。ですが、本音を言えば、私はママ先生とずっと、あの家で一緒に居たかった。」
「確かに、私も一時はそれも考えたわ。私だって、あなたを・・・いえ、私の子供たちを・・・ずっと私の元へ置くことも考えた。だけど、それは無理だと思った。」
「なぜです?」
「・・・」
「私達が子供で、足手まといだったからですか?」
「違うわ。私はデーモンよ。あなた達をあの戦火から守ることなどたやすいこと。だけど・・・ごめんなさい。本当は、自分でもよく分からないの。なぜ、私はあなた達を放すことにしたのか・・・でもね、ベディ。」

(さすがはデーモンのイデア・・・あの優しそうな瞳からは想像もつかないほど、強大な力を感じる。私なら、あの場にとても立っていられないだろう。・・・隊長は・・・勝てるのか? 今まで隊長の力を疑ったことのない私が・・・今回ばかりは隊長が勝つという確信が持てない。これほど強大な力を持った者が・・・このセントラ大陸に居たこと自体驚きだ。)

「ベディ。あなたを騎士学校へ・・・このセントラ大陸から引き離したのは、あなたに世界を知って欲しかった・・・いろんなものを見て欲しかったから。そして、あなたには素晴らしい才能があった。ベディ。あなたは子供の頃、よく自分に自信が持てず、塞ぎ込むことがありましたね。でも、ベディ。あなたはとても素晴らしい人。剣や魔法、学問だけじゃない。あなたは心もとても清らかだった。だけど、このセントラ大陸に居たままでは、それは十分に育たなかったでしょう。当時の悲惨な戦争の中では、希望、愛情・・・全てを知ることはできなかったでしょう。だから、私はあなたを騎士学校へ進ませることにしました。」
「ママ先生の元にずっと居ても、いえ、むしろママ先生から全てを教わった方が、私はよかったと思います。」
 ママ先生には悪いが、私は騎士学校時代にあまり良い思いではない。常に否定と軽蔑しかされてこなかった。皮肉にも、私がママ先生以外に初めて信頼した人物である、アーサー王に出会ったのは、このセントラ大陸だった。
「いいえ。それもいけません。それでは、あなたは箱入り息子になってしまっていたでしょう。あなたは、そんな小さな器の人間ではないのですから・・・」
 私は安心感に包まれていた。長年の心の中のシコリが取れたような気がした。ママ先生は、私が邪魔だったからでも、足手まといだったわけでもなかったのだ。ママ先生は私に大きな期待をしてくれていた。それだけで、私は嬉しくなった。

「ママ先生。もう一つ聞かせてください。私は騎士学校を卒業したあと、このセントラ大陸に戻りました。そして、アーサー王に仕えました。ママ先生は、ずっとどうしていたのですか?」
「ずっと、このセントラ大陸を・・・そして、あなたを見守っていました。あなたがこの地へ戻って来てからも、凄惨な戦は続いていました。そして、騎士である宿命が故に、あなたも戦争に身を投じることになってしまいました。私は自身の選択を疑いました。本当に、ベディ。あなたを騎士学校へ進ませたのは正しかったのかと・・・。でも、セントラ王国が建国されたあの日・・・私はアーサー王よりも、成長したあなたに大きな光を感じました。そのとき、私はあのときの選択は正しかった・・・そう思えたのです。」

「ベディヴィエール。私と手を組みませんか? この、セントラ大陸に、素敵な国を築きませんか?」
「・・・私に、ママ先生の部隊へ入れというのですか?」
「ええ。私の理想は、インキュバスと魔物娘による理想の世界。いがみ合うことなく、憎しみ会うことなく、愛と欲望だけが交わる世界。しかし、魔王様は私の考えに賛同していただけませんでした。そればかりか、城の官僚達も、私の旧知の仲の者達も、私の考えを否定しました。私は魔王城に居場所を失い、このセントラ大陸に流れ着きました。そのとき私は誓いました。このセントラ大陸にインキュバスと魔物娘の理想の国を作り、私の考えが正しかったと魔王様に認めてもらおう・・・と。人間同士の戦争で荒れ果てたセントラ大陸が、魔の大陸へと変わって、愛と平和に満ち溢れれば、魔王様も私の考えが正しかったと認めざるを得ないでしょう。」
「ママ先生。先生は、人間が全て魔物となれば、理想の世界になると言いましたね。ママ先生。私は、あなたの考えに賛同できません。それは人間の白豪主義と変わらない・・・エゴです。」
「エゴ!? 私の理想が・・・人間と変わらぬエゴだというのですか!?」
 ママ先生の表情が険しくなる。
「そうです。無理やり自信の価値観や論理を他人に押し付けてはならない。そう、私に教えてくださったのはママ先生ですよ。無理やり魔物に変えられた人間はどう思います?」
「・・・ベディ。人間は大抵、魔物化したときに、最高の喜びを得るものですよ」
「たとえ、それが本当だとしても、私は人間が無理やり魔物に変えられることに対して納得がいきません。それに、人間も魔物も生き物です。生き物である以上、間違いは必ず犯すものです。私も・・・王も・・・ママ先生も・・・」
「ベディ。あなたは人間という存在の限界に気づいていないの? あなたももう立派な大人です。分かるでしょう? 年老いていくのが・・・磨かれた剣が、錆びれていくのが・・・」
「ええ。分かります。そして、魔物の方が、寿命も長く、老いることなく、美しいままで居られるというのも知っています。私も、それはそれで素晴らしいことだと思います。しかし、だからと言って、人間であることが無価値であるとは思いません。むしろ、限りあるからこそ、価値のあることもある・・・私は、そう思います。」
「限りある価値など・・・悲しいだけです。私も、それが最近になって分かるようになりました。私はあとせいぜい5年の命でしょう。」
「え!?」
「私は100年以上生きています。しかし、魔物でも、いえ、魔物でさえも、命には限りがあります。それも、寿命が近くなると、不思議と寿命が近いことに気づくものなのですよ。フフッあなたがそれを知るのは、まだまだ先ですが。」
 少し微笑むママ先生。だが、その笑顔からは、悲しみが感じられる。

「私がこの世に生きていられる時間は、そう長くありません。ならば、その間に私の理想を証明するのみ!」
「だから、セントラ王国を・・・」
 そうか。だからイデア一派の活動が活発したのか。
「ベディ。もう一度お願いします。私の元へ来ていただけませんか? そして、あなたを私の手でインキュバスにして差し上げましょう。そうすれば、少なくとも100年は生きられます。」
「お断りします。ママ先生にインキュバスにさせてもらえるのは嬉しいです。しかし、全人類の魔物化という思想には賛同できません。私はセントラ王国第五部隊騎士隊長ベディヴィエール。そして、アーサー王に忠誠を誓う騎士。ママ先生から愛の尊さを教わったイデアの息子。故に、私はあなたを止めなければなりません!」
「・・・成長しましたね。ベディ。あなたにも、自分の中に理想とする志ができたのですね。こればかりは、私でも教えられない・・・いえ、皆誰しもが、自分で得るしかないものです。ベディ。あなたがそれを自らの手で手にしたことを嬉しく思います。」
「ありがとう・・・ママ先生・・・」
「覚悟は、できているのですね?」
「ええ。今の私は錆びる寸前の、最後の輝きを放つ剣。そして、その最後の輝きを・・・あなたに見てもらいたい・・・ママ先生!」
「いいでしょう・・・ならばその心意気に免じて、手加減はしません!」

 いよいよ私の最期の戦いが始まる。私は今日、ここで死んでも悔いはない。錆びる前の最期の輝きを放つ剣。騎士として最期に振るえる剣を・・・ママ先生に捧げます!

 私は剣を構え、ママ先生も剣を取り出した。
(ついに始まったか・・・こうなったらもう、ベディヴィエール隊長を信じるしかない!)

 先に仕掛けたのはベディヴィエールだった。二人の刃がぶつかり合う。イデアの剣はまだ様子見と言ったところだった。
(どうしたの? ベディ。わずかだけど、あなたの剣には迷いが見えるわ。私が恐いのかしら? それとも恩師である私に剣を向けることに抵抗があるのかしら? それとも騎士としての実戦のブランクがあるからかしら? 甘いわ・・・ベディ。目を覚ましなさい!!)
 イデアは距離を取り、剣から闇魔法の衝撃波を放つ。

(まずい! ここに来て、イデアが決めにかかろうとしている! あの衝撃波を食らえば真っ二つだ! そうする!? 隊長!)
 ベディヴィエールは避ける動作を見せず、衝撃波を正面から、斬り込んだ。
(無茶だ隊長! 相手はデーモンだぞ!? デーモンの魔力を、人間のあなたが剣で受ける何て無理だ!)
 リヴィアの考えに反して、正面から衝撃波を相殺しようとしたベディヴィエール。やがてベディヴィエールの剣が輝きを放ち、イデアの闇の衝撃波を打ち消した。
(打ち消した!? あの魔力の衝撃波を!? さすがは隊長だ・・・だが、今のはイデアのほんの小手調べだろう。奴はまだ本気を出していない。)

(さすがね。ベディ。避けると思ったけど、まさか私に対して真っ向から立ち向かうとはね。さすがは騎士隊長にまで上り詰めた男。私が見込んだ男。)
 今のやり取りで、ベディヴィエールは確信した。
(いい仕上がりだ! これなら攻め込める! 心置きなく、限界まで!!)
 今度はベディヴィエールが攻勢に出た。

 互いに攻勢になり、刃が交差する。ときにはぶつかり合い、ときには顔ギリギリをかすめる。だが、それでも互いに全く恐怖も動揺もない。
(もう一撃行くわ。今度はちょっとキツイかしら?)
 イデアは再び距離を取り、力を溜めて衝撃波を放つ。
(今度のはさっきよりも強力だ! 避けてくれ! 隊長!)
 だが、ベディヴィエールは今度も避けることなく、真っ向から受ける。そして剣を一振り。衝撃波は別方向へ飛んでいき、消えた。
 これにはイデアも驚きを隠せなかった。
(ほう・・・受け流すとはさすがね。これなら、もう加減をする必要もない。真剣勝負で相手をしてあげるわ!)

(受け流した!? あの強大な魔力を持った衝撃波を、真っ向から斬り伏せようとしても打ち負ける。だからあえて受け流した! 少しでも力が足りなければ・・・タイミングを間違えたら首が飛んでいるぞ! こんなリスキーな戦いをする隊長を私は見たことがない!)

 再び斬り合いに入る二人。戦いが始まるにつれて冴えわたるベディヴィエール。だが、同時に力を解放していくイデア。まさに命がけの果し合いである。しかし、それは見ている者からすれば同時に神秘的でもあった。イデアの攻撃を真っ向から剣で相殺しつつ、紙一重で回避するベディヴィエール。それはまさに、死を覚悟し、死の恐れを消し去った、決意を持った人間だからこそなせる技であった。だが、相手のイデアも、ベディヴィエールの剣を紙一重でかわしている。剣に関しての技量は、二人は互角だった。
 しかし、剣では互角でも、魔力は明らかにイデアが上である。つまり、イデアが剣を捨て、魔物本来の力で戦う戦法に切り替えたとしたら・・・。

(私は何度も見て来たわ・・・。人間同士の争いを。一部の人間の勝手なエゴで、それに巻き込まれる罪のない人達。そして、人間の魔物娘の不毛な争い・・・教団や反魔物主義者の勝手な価値観の押し付けによる魔物娘への迫害。私はずっと心を痛めて来た。この100年間で起きた悲劇の歴史を知る私だからこそ、私は全人類を魔物に変えなければならない。そうすれば、もう人と人とが争うことのない、平和で愛に満ち溢れた理想の世界が作れる。)

(それは違います! 確かに、人間はこれまで不毛な争いをずっと続けて来ました。だけど、私のセントラ王国のように、魔物娘に対する価値観が見直されて、共存の動きが少しずつ大きくなっている! それに、人間も魔物娘も同じ生き物です! たとえ全人類が魔物になったとしても、魔物同士でまた同じ悲劇を繰り返すだけです! 事実、歴代の魔王だって、殺し、殺されの殺戮の中で、魔王が受け継がれてきたではありませんか!)

(確かに、今の魔王になるまでには、魔物の中でも悲惨な歴史があったわ。でも、今は違う。今は、魔物は魔物娘という存在に進化した。だから、今度は人間が魔物娘に・・・インキュバスに進化しなければならないのよ。)

(ママ先生。進化は強要によって起こるものではありません。自らの意志で動くものです! 愛だって強要ではなく、同想いでこそ成立するものです。ママ先生・・・私に愛の尊さを教えてくれたのは・・・ママ先生じゃないですか!)

(あなたは・・・今の人間に希望があると思っているの?)

(はい・・・私は光り輝く太陽のような人間を知っている。そして、その人物も、夜の満月のように美しい魔物娘を妻にしています!)

(ベディヴィエール。あなたは何も知らな過ぎた・・・見えていないことが多すぎた。でも、それも仕方のないこと。あなたはこのセントラ大陸と騎士学校だけしか見ていなかった。まして、物心ついたときには既に私の元へ居た。人間が作った世の中は決して綺麗なんかじゃない。汚職に腐敗、貧困に迫害・・・。そして、それが目の前で起きていても、心を痛めるどころか、自身の欲望のことしか考えない。)

(違う! 私の仕えたアーサー王は、平和を望んだ。皆の笑顔を望んだ。そして、人と魔物の共存も望んでいる!)

(ベディヴィエール・・・。一部の人間が光り輝く星だとしてもね、それはいとも簡単に暗雲に覆われてしまうのよ。)

(ならばアーサー王は暗雲の中でも輝く一等星になるでしょう! ママ先生は地上の者が安心するための輝く満月。そして、私は暗雲をも照らすシリウスとなりましょう!)

 限界ギリギリの刃の果し合いが続く中、イデアが構えを取った。
(これで終わりよ・・・さようなら。愛おしいベディ。)
(まずい! あの構えは奥義の構えだ! 逃げようにも逃げられない。かと言って交わすことも受け流すこともできない!)
 ベディヴィエールも構えを取る。その構えはイデアのものと似ていた。
(あの構えは・・・? イデアのものとそっくりだ・・・あれは一体? あの構えは、私も初めて見た・・・)

 二人の無数の刃が交差する。そして二人の体が交差した。
「クッ・・・」
「隊長!」
 ベディヴィエールのミスリル銀で作られた鎧の肩の部分が切れる。幸い、体は切られていないようだ。
(バカな!? ミスリル銀の鎧が切れるなんて! だが、あの奥義と打ち合ってよく無事だったものだ・・・恐らく、他の者なら肉片になって居るだろう・・・)。
「さすがね。私の奥義と打ち合って、生き残ったのはあなたが初めてよ。」
「体が覚えていましたよ。この奥義を教えてくださったのはママ先生です。ですから読めて当然です。」
「剣では互角ということね・・・いえ、どうやら剣ではあなたが上のようだったわ」
 次の瞬間、イデアの剣に亀裂が走り、音を立てて割れて崩れた。
「おお! やった!」
「驚いたわ・・・。この剣は、当時魔王城で最高の腕を持っていた鍛冶師に作らせた魔剣。それを打ち砕くなんて・・・あなたは最高の騎士ね。でも・・・」
 イデアは壊れた剣を捨て、再び構えだす。
「あなたは殺すには惜しいわ。分かるでしょう? 私はデーモン。私は今、剣を捨てた。つまり、魔物本来の力で戦える。でも、私はあえて剣であなたと戦うことにした。それは・・」
「私への敬意。ですよね?」
「ええ。セントラ王国の騎士団長、そして最愛なる私の子供に対する敬意よ。でも、それもこれまで。あなたも騎士なら、真剣勝負の意味は分かるわね?」
「ええ。それもママ先生から教わりました。真剣勝負は常に果し合い。つまり、どちらかが死ぬまで決着はつかない。」
「そういうこと。安心して。あなたは苦しませたくない。だから、楽な方法で死なせてあげるわ・・・」

「隊長! もう十分です! 退きましょう!」
「来るな! これは真剣勝負だと言っただろう!? リヴィアは黙って見届けろ!」
「隊長・・・」
 そしてベディヴィエールは、リヴィアを見て、微笑んでこう言った。
「大丈夫。この勝負の結末を、最後まで見届けて。」
「・・・分かりました・・・」
 もはや止めようがない。たとえ無理やり連れ去ろうとしても無駄だろう。もう、リヴィアにできることは、2人の戦いを最後まで見届けることだけだった。

「いい部下を持ったわね。ベディ。」
「ええ。彼女は・・・そして私の部隊の部下達は、皆私を信頼してくれる大切な者達です。ですから、私は必ず、城に戻らなければなりません。私の帰りを待つ者達が居ますから・・・」

 私は再び剣を構え、ママ先生へと向かう。

 ベディヴィエールの剣をママ先生が手で受け止めた。そして、刃を握る。普通の人間ならば、痛みでのたうち回るところだが、イデアの手からは血の一滴も落ちない。
 イデアの魔力がベディヴィエールの剣に注ぎ込まれるそして、ベディヴィエールの剣は粉々に砕けた。
(終わりだ・・・剣を失っては、騎士はただの人だ。もう隊長に戦う手段はない・・・)

「終わりね。ベディ。」
「ええ。騎士ベディヴィエールは今死にました。ですが、まだ私は死んでいません。」
「ベディ。今からでも、逃げたかったら逃がしてあげるわ。そこの可愛いドラゴンに、王国まで乗せてもらいなさい」
「それはあり得ません。真剣勝負で逃げ出すなど、死よりも恥ずべき屈辱。これも、ママ先生が教えてくれたことです。それに・・・勝負はまだついていません!?」
「それは!?」
 ベディヴィエールの右腕が銀色に変わる。そして輝きを放ち、ベディヴィエールが腕を一振りすると爆発が起きた。
 イデアはそれを難なく回避する。

「私には、この腕がまだ残っていることをお忘れですか? この腕も、ママ先生が用意してくれたのでしょう? この腕のおかげで、私は騎士生命を救われました。」
「さぁ。どうかしらね。私はただ、セントラ遺跡に眠っていた銀の腕を置いておいただけ。その腕があなたに馴染むのかすら、私には分からなかったわ。そして何よりも、騎士生命はあなたの剣の腕があったからよ。」
「それでも、あなたがこの腕を用意してくれなければ、今の私はなかった。」

 ベディヴィエールがセントラ大陸に戻ってきたときからも、私はずっと見守っていた。だけど、彼の前に姿を現すことはできなかった。もし、あのときあなたの前に私が姿を見せたら、あなたは私についてくるでしょう。そして、あなたにも過激派というレッテルを貼られることになってしまう。
 私はベディヴィエールに真っ当な道を進んで欲しかった。誇り高き騎士の道を進んで欲しかった。
 そんなとき、ベディヴィエールが大怪我を負って負傷し、命は取り留めたものの、右腕を失ったということを知った。奇しくも数日前、セントラ遺跡を発掘している際に、古代文明で作られたであろう銀の右腕を発見した。この銀の右腕からは得体のしれない強大な魔力と力を感じた。
 私は彼の部下がこのセントラ遺跡に来たとき、そっと銀の右腕を置いてその場を立ち去った。

(隊長の右腕には確かに変な噂はあった。だが、まさかあんな腕になっていたなんて! だけど、隊長にはあの右腕しか武器がない。イデアは体そのものが武器だ。隊長が不利なことには変わりはない・・・)

 一見するとベディヴィエールが不利に見える。だが、実際にはそれほど単純なものではない。確かにイデアには多くの武器があるのに対して、ベディヴィエールには未知の銀の腕しかない。しかし、ベディヴィエールの剣はイデアが教えた。勿論、長い年月の中でプラスアルファがあるとしても、ベディヴィエールの剣、そしてイデアの剣は互いがよく知る剣だった。

 だが、ここからは違う。ベディヴィエールの銀の腕、アガートラムがどんな力を持ち、そしてどんな戦い方をするのかも分からない。イデアにとっても、ここからのベディヴィエールは未知なのだ。
 単純にベディヴィエールが不利に見えて、実際には複雑な戦況となった。

「私は剣を失いました。だが、私にはまだこの腕があります! ママ先生も剣を失っています。ですが、私はママ先生のデーモンとしての本来の力を知りません。ゼロとゼロ。お互い、ここからは未知の領域となります。」
「そうね。でも、それでこそ真剣勝負の意味があるというもの。」
「ええ。互いに全てを知っていては、面白くないですからね!」

 再び交戦状態に入る二人。ベディヴィエールのアガートラムは剣のように振るうことができ、斬撃を行うと同時に爆発を起こすこともでき、かつ打撃も行える、万能な武器のようだ。
 だが、イデアも強力な魔力を持ち、身体能力もベディヴィエールを上回る。

 イデアが炎の龍を操り、ベディヴィエールに放つ。ベディヴィエールはそれを掌で炎の龍の頭を受け止め、爆発を起こし、イデアの放った炎の龍は消滅した。

(凄い! あの腕は、ドラゴンの腕・・・いや、もはや言葉では表現できない。ただ一つ言えることは、強大な力を持っているということだ。)

 そんな中、イデアは下級魔法の炎を放ち、ベディヴィエールはそれを弾く。
(ん? イデアの様子がおかしい。あの魔法は、魔力の制御を確かめるような放ち方だ。何か異変を感じているのか?)

 イデアは闇魔法の紫の炎の火柱を無数に放つが、ベディヴィエールは冷静に、最小限の回避で、潜り抜け、大きな火柱はアガートラムで切り裂いた。
 唐突にイデアは右の掌に闇の炎を灯し、ベディヴィエールへ突撃する。これに対してベディヴィエールもアガートラムに赤い炎を灯し、迎え撃つ。
 二つの掌がぶつかり合い、魔力反応により爆発が起き、二人は吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
「隊長!」
 その後2人は体勢を立て直した。

(なるほど・・・。ベディの銀の腕はベディの意志の強さに魔力が比例するみたいね。ならば・・・その意志、唯一の武器を打ち砕いてあげる!)

 イデアは再び下級魔法を放つ。
(またか・・・。そういえば、イデアは100年以上生きていると言っていたな。どんな魔物娘でも、寿命が近づくと見た目こそ老いることはないが、身体能力や魔力は衰えると聞いたことがある。となると、魔力の制御力が衰えても不思議ではない。イデアほどの強力な魔力で、制御を失えば・・・隊長だけでなくイデアも危険だ。下手したら自分の身を滅ぼすぞ!)

 イデアはベディヴィエールの攻撃をかいくぐり、アガートラムを掴んだ。そしてアガートラムを握る手に力を込める。
(狂気の沙汰だ! 腕ごと握りつぶすつもりか!? 隊長もそれを分かっていてなぜ振りほどかないのだ!?)

(我が右腕アガートラム・・・この腕は決して折れることのない腕・・・この腕を動かす動力は我が闘志・・・我が闘志潰えぬかぎり・・・太陽よりも明るく輝く我がアガートラム! 光り輝け! アガートラム!!)

「な、これは!?」

 アガートラムは強く発光し、そして爆発を起こした。イデアは吹き飛ばされた。

(どういうことだ!? イデアが渾身の力をもってしても傷一つない!? ・・・そうか! 隊長はあの腕に全魔力を集中させたんだ! しかし、そうなると、身を守る魔力がない、イデアの前では裸も同然だ! もし、一回でもイデアの魔法を受ければ・・・隊長は死ぬ! それにもかかわらず、なぜあれだけの戦いができるのだ!?)

(クッ! 全魔力を右腕に集中させたのね!? さすがだわ・・・ベディ。自らの魔力を全て攻撃に回し、防御を完全に捨てた超攻撃型の戦闘スタイル。そして、それを可能にするのは不屈の闘志。あなたはやはり、私が思っていた以上の器の人間だったわね。セントラ王国騎士隊長なんて勿体ないわ。魔王城騎士隊長でも足りないぐらいよ。ベディヴィエール。)

 激しい戦闘が続く中、イデアの魔法は精細を欠き始めていた。
(どんどんイデアの魔力が乱れている・・・。それに、魔法がしっかりと制御できていない。もうほとんど制御力を失っているのか・・・。こうなればイデアに残されるのは自爆攻撃のみ。頼む・・・隊長! しのいでくれ!)

「これで・・・終わらせましょう!」

 イデアは全魔力を集中させる。しかし、それは明らかに暴走状態であった。イデアを包む紫のオーラがかなり乱れている。しかし、強大な魔力であることには変わりはない。だが、それはイデア自身も滅ぼしてしまうほどのものだった。

(正気か!? 制御力を完全に失った状態であんな強大な魔法を!?)

(ママ先生の魔力の流れがおかしい。考えられる理由は、恐らく制御不能。まずいな・・・)

「はあぁぁぁぁぁぁぁ!! さぁ! これで終わりよ!」

 イデアは全魔力を放出した。
 無数の紫の光線が放たれる。しかし、同時にイデアの体から紫のオーラが溢れ出し、完全に魔力の制御を失った。このままでは魔力の爆発が起き、イデアは死ぬ。
 ベディヴィエールは全てを回避し、イデアに接近する。
(この攻撃の中でイデアに接近!? いや、それよりも明らかに暴発寸前のイデアに近づいて・・・何をするつもりだ!?)

 ベディヴィエールはイデアに接近すると、両手を広げ、そして強く抱きしめた。魔力の暴走を抑えようとする。

「ベディ!? やめなさい! 私は魔力の制御を失っています! このままではあなたも巻き添えになります! 離れなさい!」
「離れません! 死ぬなら一緒です!」
「あなたには未来があるのよ!? 私はどの道寿命は長くありません! だから・・」
「寿命と命の尊さは関係ありません! 命は誰もが尊いものです! そう、ママ先生はおっしゃりました!」

 必死に魔力を抑え込もうとするベディヴィエール。しかし、強大な魔力を持つデーモンを完全に抑え込むのには限界があった。
(まずい! 想像していたよりもママ先生の魔力が高い! アガートラムも燃え尽きそうだ! 止められない!)
 全てを諦めかけたとき、上空に大きな翼を広げたリヴィアが目に入った。
「私の存在を忘れてもらっては困るな! 感激したぞ隊長! 助太刀する!」
 リヴィアは2人を両腕と大きな翼で抱きしめた。

 暴走していたイデアの魔力が徐々に弱まる。やがて、ベディヴィエールとリヴィアの力で完全に魔力の暴走を消滅させることに成功した。

 終わった・・・私は全てを出し尽くした充実感、そしてママ先生を助けることができた安心感に包まれていた。
 アガートラムは溶けて原形を留めていなかった。

「終わりね・・・全て。さぁ、私をここで打ち取るなり、逮捕するなり、あなたに任せるわ。ベディ。」
「逮捕? なぜです?」
「なぜって・・・私は過激派団体の代表なのよ!? それに、私はあなたと真剣勝負をして敗れたじゃない!」
「ええ。真剣勝負をしましたね。剣術試合の。まぁ、本物の剣を使ったのは原始的でしたね。」
「それに、魔物娘が人間に手を出してはならないことぐらいは知っているでしょう!? 私はあなたを殺そうとしたのよ!? 人間を、それも、血は繋がっていないとは言え、最愛の息子を殺そうとしたのよ!? 魔王様が見れば、きっとお怒りになるわ!」
「いえ、魔王様が仮にこの場を全て見ていたとしても、お怒りにはならないと思いますよ。そもそもママ先生は私を殺そうとなんてしていない。だって、デーモンのママ先生に、人間の私が剣ならともかく、魔力で敵うわけありません。」
「で、でも!」
「殺そうと思えば、いつでも殺せたはずですよ。けど、私はこうしてピンピンしています。」
「うっ・・・」
 ママ先生はその場に泣き崩れる。私はそっと、ママ先生を抱きしめた。
「ママ先生。私とあなたは、今日この場で剣術試合をした。それだけのことです。私の騎士としての、最後の相手が、ママ先生でよかった。ママ先生の前で最高の剣を見せられた。私は、それだけで満足です。」
 イデアはそっと、私の手をほどき、立ち上がった。
「ベディヴィエール。あなたは、私の思っていた以上の才能と、人格を持ち合わせた素晴らしい人です。血は繋がっていなくても・・・短い間でも、あなたの親代わりができた。私は、それだけで誇りに思えます。」
「親代わり・・・ではありませんよ。あなたは、私の剣の師であり、学問の師であり、そして、人生の師であり、母親です。ママ先生。」
「私は王国に対して数々の犯罪を犯しました。騎士隊長ベディヴィエール。あなたに、自主します。」
「分かりました・・・。では、一緒に戻りましょう。リヴィア。2人乗れるかな?」
「ご安心を!」
 私とママ先生、はリヴィアに乗り、城へと戻った。

 城へ着くころには夜が明けていた。

 ママ先生は私に連れられてアーサー王へ出頭し、団体の解散を誓うとともに、その日のうちに地下牢へ投獄された。

「生きて帰って来たようだな。ベディヴィエール。」
「ただいま。ランスロット隊長。」
「フンッ悪運の強い奴だ。だが、その腕ではもう剣は振るえないな。」
「そうですね。」
「本当は剣術試合で徹底的に叩きのめしてから引導を渡すつもりだったんだがな・・・残念だよ。」
 そう言い残して、ランスロット隊長は去っていった。

 寮では全兵士が私を迎え、私はもみくちゃにされた。そして、私のなくなった右腕を見るや、騒ぎになった。クロエが面倒くさいと言って、兵士全員を眠らせてしまった。


 その後、ママ先生の裁判が行われた。

 イデア一派は確かに魔物化を促したり、教会を爆破したりはしたが、誰一人として殺人は犯していない。犠牲者は一人も出ていないのだ。
 判決は1年間の禁固刑だった。一時は私の右腕を斬りおとしたのではと疑われたが、「ママ先生とは確かにその日に会ってはいたが、剣術試合をしただけ」「この腕は元々義手で、経年劣化で溶けただけ」と必死で誤魔化した。

 イデア一派は解散し、所属していた者達は、セントラ大陸を出た者、魔物娘の集落へ向かった魔物、団体内の人間と魔物同士で結婚した者、セントラ王国で一般市民に戻った者など、様々な形で犯罪からは足を洗った。
 しかし、一方で残党となり、セントラ大陸を出て、別の国で活動を続ける者も存在した。

 アーサー王は驚くことに、ママ先生に専用の収容小屋を作り、しかもそれを魔物の集落へ建てた。魔物との雪解けにと考えたのだ。当然周囲からの反発は強かった。
 ママ先生の小屋は、出入りが自由で、村人や村の魔物達と触れ合うことを許されたそうだ。ただし、小屋から出ることだけは絶対に許されない。破った場合、城の地下へ軟禁されることになっている。
 恐らく、私がアーサー王へママ先生のことを話したときに、アーサー王がお考えになったことだろうと思う。

 ママ先生へは休日会いに行っている。そのときは集落の人間、魔物の子供達がママ先生の小屋で遊んでいた。
 ママ先生は子供たちに様々なことを教えている。また、集落の悩みに対するアドバイスも行っており、集落の者達はママ先生が来て本当に良かったと思っている。
 他にも、魔王城の元同僚が面会に来てくれたらしい。元同僚達はイデアの思想については反対していたが、イデアのことを嫌っていたわけではなかった。魔王城から追放されたあとも、内心は心配していたらしい。

 私のなくなったアガートラムの代わりに、クロエが錬金術で新しく銀色の腕を作ってくれた。一応、日常生活には支障はないが、アガートラムのような魔力も力もないので戦闘には使用できそうもない。

 休日のある日、私はママ先生の小屋で二人きりで紅茶を飲んでいた。
「そういえば、ベディにはいい人は居ないの?」
「そうですねぇ・・・実は、考えたこともなくて・・・。」
「それは勿体ないわね。あなたはとても素晴らしい人なんだから、結婚しないなんて勿体ないわ。」
「う〜ん・・・と言われても急には・・・」
「ベディはどんな女性が好きなの?」
「そうですねぇ・・・。ママ先生みたいな人ですね。」
「あたしは駄目よ。だって、あなたの母親だもの・・・フフフッ でも、あなたがもし、選んだ相手が人間だとしても、魔物娘だとしても、あなたの器と同等かそれ以上の、素晴らしい人が見つかると思うわ。」
「ありがとうございます。あ、そろそろ戻らないといけないので・・・ではっ また来ますね!」
「ええ。お気をつけて。(ベディったら鈍いわねぇ・・・。部下のドラゴンも、デュラハンもあなたが好きっていう眼をしていたのに気づかないなんて・・・。もっと愛の尊さを教えて置くべきだったかしら・・・?)」

 現在、セントラ王国は魔物と人との雪解けが進み、人と魔物とが共存する国になった。戦争の禍根や傷跡ももはや過去のものになりつつあり、新たな時代を歩もうとしている。
 今ではアーサー王だけでなく、アルトリア王妃も積極的に表に出るようになり、隠すことはなくなっている。
 今後も、セントラ王国は発展していくだろう。

 ママ先生はお亡くなりになった。葬儀には私は勿論、私の部隊の部下全員と、いくつかの親魔物な部隊と騎士隊長、そしてアーサー王とアルトリア王妃。さらには魔王城の元同僚達もやって来た。そして、幼いときに生活を共にした、6人のママ先生の子供達もやって来た。皆、それぞれの人生を幸せに生きている。
 ママ先生の希望で、墓はイデアの家の花畑に作り、そこへ埋葬された。

 私は現在は騎士を引退した。引退後、私はイデアの家を修繕して買取り、住んでいる。
 リヴィアは私と入籍し、現在は私と共に戦いとは離れた平穏な暮らしを送っている。
 
 クレアは私が引退したあと、第五部隊の騎士隊長を引き継いだ。元々彼女には隊長の座を譲ろうと思っていた。剣の実力もあるし、指揮能力も高く、人望も厚い。騎士隊長として申し分ない。

 クロエも私が引退すると同時に引退し、現在は街の外れで怪しい魔法道具のショップを経営している。商売は上々でセントラ大陸中の魔法使いにとっては聖地だとか。ただ、お腹の中に居る夫はほとんど外に出してもらえないらしい。

 ランスロットは現在も騎士隊長の座に居るが、驚くべきことに結婚している。相手は人間の女性だという話以外は知らないが、世の中分からないものだ。

 今後も、セントラ王国の繁栄を願っている。












 
 




18/02/19 01:33更新 / 風間愁

■作者メッセージ
今回は完全エロなしバトルものということで、魔物娘図鑑の方向性からはちょっと外れてしまった作品かもしれません。
次回作はしっかりとエロありの話を書きたいなと思っています。

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