連載小説
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柳田さん(その2)・林さん(その1)
柳田さんの唇はビールの味がした。顔を近づけると、彼女の髪の毛が僕の顔にかかった。柳田さんはとろんとした顔で僕を見つめてくる。心臓が早鐘を打つ。柳田さんの滑らかな体に手を触れる。彼女の体は熱を帯びていて火照っていた。掌をそっと柳田さんの乳房に重ねる。それは柔らかく、思っていたよりもさらに重みがあった。

「へへ、あたいの胸、柔らかいだろ?」

挑発的な口調で柳田さんが言う。僕は両の手で柳田さんの胸をもみしだく。僕の指が彼女の胸に食い込む。彼女が酒気を帯びた吐息を漏らす。彼女の体重が腹部にかかり、ギシッギシッとソファがきしむ。彼女の肉付きのいい太ももに圧迫されて、僕の一物が固くなる。柳田さんは意図しているのか、お尻を僕のそこへこすり付けるように腰を動かしていた。正直言って、エロ過ぎだった。

「あっ、昇太郎の大きい、…しょうたろ…う…」

色っぽい声で柳田さんがそういう。…と、次の瞬間、柳田さんが、ふらふらと上体を揺らし、ドサッと僕の体に倒れこんできた。どうやら、動いたことで完全に酔いつぶれてしまったらしい。無邪気な顔で、すやすやと寝息を立てる。僕はやれやれと思いながら、彼女を寝室まで運んだ。柳田さんは酒に弱いくせに酒をよく飲む。僕は彼女が散らかしたリビングを片付けた。



今日は残業があり、帰りが遅くなってしまった。一旦部屋に戻り、普段着に着替える。冷蔵庫からパックしておいたご飯を取りだすと、1階に降りて夕飯の準備をした。帰りがけに買ってきた惣菜とご飯をレンジにかける。と、背後に気配を感じた。

「【林さん】、僕の背後で何やっているんですか?」

「………」

応答はないが、確かに彼女がいる。彼女は所謂忍びである。ゲストハウスの2階に住んでいる。なんでも、ある任務の遂行の為に、この地に来ているそうだ。僕は夕飯を温め終わると、それをリビングのテーブルに並べた。今日は肉じゃがと焼鮭、味噌汁、御浸しまである。僕は手を合わせると、遅い夕飯を食べ始めた。彼女は僕が夕飯を並べたテーブルの裏にいるらしい。なんとなく気配が伝わってきた。

このままでは気まずいので、僕はテレビをつけた。今日はクイズ番組をやっている。クイズの出題者が問題を出した。番組は佳境で、優秀な成績者がチャレンジ問題に望んでいた。≪さて、嵯峨天皇の時代に、嵯峨天皇の怒りを買ってしまった小野篁が、天皇に「子子子子子子子子子子子子」を読んでみせよという難題を押し付けられました。小野篁はこれを見事読んで、天皇の怒りを鎮めたのですが、さて、これをなんと読んだのでしょうか?≫

僕は頭を捻った。おそらく、「スモモも桃も桃のうち」的な何かではないかと思ったが、全く検討がつかなかった。…コォォォ!?挑戦者も眉を顰めていた。僕は御浸しを口に運んだ。すると、しばらくして、テーブルの下から「ねこのここねこ、ししのここじし」と声がした。林さん、まだ、居たんですか。

夕飯を食べ終わると、食器を片づけに行った。キッチンに行き、食器を洗う。林さんは相変わらず背後にいる。と、紐状の尻尾が螺旋を描いて、僕の太ももに絡み付いた。彼女の尻尾の先は鋭利な刃物のようになっており、それがくねくねと危なっかしく揺れた。

「昇太郎、私の、主になれ」

僕の耳元で、林さんがぼそっと言った。驚くほど感情は籠っていないし、彼女はいつも必要最低限の事しか言わない。彼女は苦無を手に取り、それを僕の首筋に突き立てていた。僕はスポンジを水場に置いた。どうして家で忍びに命を狙われなくてはならないのか。僕はため息をついた。

「林さん、危ないですから。ひとまず、その凶器を置いてください」

林さんはそれでもしばらくそのままの体勢でいたが、いきなり僕の背後から抱きついた。林さんの豊満な胸が僕の背中に当たる。僕は時間が止まってしまったかのように感じた。…は、林さん!林さんは、僕の首筋に頬を寄せ、腕を回してくる。僕はこのまま、林さんの主になるのもいいかもと思った。会社を辞めて、忍びの里で林さんと愛の逃避行をするのもいいかもしれない。そんな気がしてきた。そんな感情に気が付いたのか、林さんは僕の衣服をギュッと握った。

…ガチャ。

玄関で扉を開ける音がした。誰かが返ってきたらしい。声がした。「…うっぷ。まったく、男なんてどいつもこいつも」柳田さんだ。酒の匂いがする。今日もどこかで飲んできたらしい。ガツンとこける音がした。「あー、愛しき我が家はいいもんだねぇ、うひょお、お休みなさーい」玄関先でそのまま寝ころんだらしい。駄目だこりゃ。
僕がそう思ったとき、すでに林さんの姿はなかった。どうやらまた、隠密モードに入ったらしい。
12/04/24 23:19更新 / やまなし
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