連載小説
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プロローグ 針の穴から覗いた空は紅い月が煌々と輝いている
『ハロー、エミリア。元気ですか?僕は元気です。この街に来てもう一年が経ちました。向こうではとやかく言われていたこの街だけれど、暮らしてみるとやはりそのギャップには散々驚かされます。でもまあそれなりに』

「リオ、ちょっと話がある」

「なに?父さん」

「実は父さんと母さんしばらく出張で家を離れることになった」

「──────え?」

『平穏な生活を、送っています』



──あぁん♥ おにいちゃんもっとぉ♥

──うぅっ、ミミルっ……!

窓の外から響いて来る艶めかしい声と肌をぶつけ合う音。
いつも通りであるとすっかり慣れた僕はそれを聞き流して、父の話に耳を傾けていた。

「へぇ、そんなにすごいモノなの?その神様の秘宝って」

「ああ、とんでもない代物だ。そうでなければ態々レスカティエの父さんにまで呼び声はかかったてこないよ」

「ふーん」

僕の暮らす、この国の名前はレスカティエ。
かつてここは教団の大国家だったけど、今は魔物達が過ごす常闇の国。

「グリフォンとその旦那さんがいきなりオークションにかけたって話だけど、正直その話はまゆつば物さ。でも経緯はともあれそんな品物が手に入ったってのは事実でね、今は世界中の研究者がその国に集まるよう言われてる」

「あのメサイアのお隣の」

「そう、お隣の」

「ふーん」

そんなことを話す父さんに、僕は我ながらドライな返事を返していた。
父さんが仕事で帰ってこないのはそんな珍しいことじゃない、『こっち』に引っ越す前から研究者の父さんはいろんなところで大忙し。
1日2日、一週間単位、とにかく帰ってこないこと頻度はそれなりで、まだ10歳の僕も寂しさを感じはすれど、そこまでごねるほどのことでもない。
でも今回は……

「メサイアのお隣って言ったら随分遠いよね?それに研究会も長引きそうだ。今回はどれだけ家を空けるのさ」

「正確にはわからん、三ヶ月くらいは帰ってこないかもしれない」

「えー」

三ヶ月。
あまりにも長すぎる期間だ。
僕は事情で家事などをそれなりに行えるけど、この国において未だ童貞の僕が一人で買い物などを行うということは即ち『セックスのことしか考えられなくなるまで犯して犯して犯し抜いてほしい』という看板を首からさげているに等しい。
三ヶ月分の食料の買い置きなんて無理だし、はてさてどうすればいいのやら。

「というわけで、お手伝いさん雇ったから」

「はえ?」

なんでこう、父さんは全部ことが済んでから僕に言って来るんだろうね、ホント。

「で、今日の夜には出発するから。お手伝いさんは明日の学校からリオが帰った後に来ると思うよ」

ほんともう、ね。





翌朝。
ゾンビの母さんを連れた父さんは本当に夜中に家を出てしまって、僕一人だけの家。
眠い目をこすって起き上がった僕は、さっさと顔を洗って、手早くトーストとベーコンエッグを作ってそれらでホットサンド風に挟み込む。
制服を着て、カバンを持って、『要経過』と書かれた札を服に貼り付けてサンドを口にくわえて準備よし。
遅刻すると先生に色々言われながらいやらしいことをされてしまう、さっさと学校に行かなければならない。

「いってきます」

返事がないのは知ってるけれど、僕はそういって家を出た。

──────

2年くらい前に母さんが崖から転落して死んでしまってから、父さんは荒れに荒れた。
周囲からは変人の研究者としてとして扱われていた父さんはしかし、母さんへの愛情は人一倍だった。
酒に溺れて、薬に溺れて、路地裏で倒れてたところを自警団がうちに届けにきていたことが何度もある。
僕は死んだように眠って、覚醒しては酒と安らかな過去に逃避する父さんに怯えながら、でも見捨てられなくて。
学校も自主休講して、家事と買い物を行うようになった。
やせ細ってく父さんにつまみと称して野菜の炒めものを出したらまずいと言われて投げつけられて、みるみるうちに溜まる酒瓶、垂れた酒の雫に虫がたかるのを嫌悪しながら掃除して。
それが一年続いて、僕もそろそろ限界だった頃、一人の美しい女の人が家を訪ねてきた。

『あなたの大切なお母さんを、逞しかったお父さんを取り戻す方法があるわ。人の道から外れ、神に嫌悪される悪魔の囁きだけれど、私に協力してみない?』

今思えば拒否権はなかったと思うけど僕はそんなこと考えもせず、その甘言に飛びついた。
渡された薬を酒に仕込んで昏睡した父さんを確認してからどこからともなく魔物達が家に入り込んできて、僕と父さんを抱え、墓場に行ったかと思えば母さんの眠る墓を掘り起こされ棺桶を引きずり出され。
そして変な魔法陣に乗せられたと思ったら紅い月に照らされる街のど真ん中に放り出された。
呆然としてる僕の目の前で突如としてガタガタと震えだす棺桶。
ゆっくりと開く蓋の中から母さん……なんか若くなってない?が這い出してきて未だ眠る父さんに覆いかぶさり前後し始めて僕はトラウマを植え付けられた。
観衆の目にありながら、深い眠りに落ちながらも快楽に呻く父さんと、声ならぬ喘ぎをあげてノソノソと腰を振る母さん。
そしてそれを誰も指摘しない恐怖。
今でもあの光景は夢に見る、もちろん悪夢だ。

僕らの生活は二人から再び三人生活に戻った。
元気を取り戻した父さんは研究と母さんとのセックスに精を出し(二つの意味で)、僕にはだだ甘になって頻繁に遊具を買ってくる。
母さんは未だに記憶を完全には取り戻していないけれど、僕に服を編んでくれる。
父さんと母さんは幸福になって、なんとなく僕だけが遅れている気がする。
かつての幸せと形の違ったシアワセに、一年もかけてまだ僕は適応できないでいた。



『お手伝いさんは明日の学校からリオが帰った後に来ると思うよ』

(はぁー……)

頭の中で復唱されるのは、今頃馬車に揺られる父の声。
その言葉に僕は憂鬱さを表に出してしまうほどに気落ちしていた。

「大丈夫?リオくんなんだか朝から具合が悪そう」

「ん?うーん、わかっちゃう?」

「うんうん、眉毛がぐーって下がってるもん」

先生の話をよそに隣の席のハーピー、エウリュエレちゃんの心配そうな声を聞いて、僕は自分の額を弄ってみる。
案の定顔に出ていたらしい。

「何かあったの?」

「んー、ちょっと言えないこと」

「えー。教えてよ、相談乗るよー?」

カモーンカモーンと両腕を広げて誘惑してくるエウリュエレちゃんの側頭部に先生の投擲したチョークがスッコーンと刺さり、はううと可愛らしい悲鳴が響いたのを横目で見ながら、僕は教科書の中に意識を無理やり落とし込んだ。
上目に見た先生の顔はねっとりと絡みつくような視線を僕に送っている。
これ以上雑談に身を投じれば先生の今後の食事(意味深)を僕が『提供』することになるのは明白である。
随分と刺激的な国語の教科書に目を通しながら、しかしそれでもやはりというか、僕の思考の比重は今日やってくるお手伝いさんのことに傾いていた。

(どんな人が来るんだろうな)

つまるところ、それにつきる。
父さんは果たして、どんなお手伝いさんを雇ったのだろうか。
このレスカティエの特性上十中八九魔物娘の人だとは思うけれど、それでも僕は人間の人に来て欲しいなぁと思っている。
僕は魔物娘がイマイチ苦手だ。
国に来た直後に目の前で見せつけられた、色々と生々しすぎる両親の性行、それに奇異の目が注がれないという異常な常識。
同級生と担任に自分が狙われているというおかしな状況に、そして以前味わった甘く溶けるような地獄。
8年間を過ごした教団領の国で培った僕の基盤はバラバラに粉砕されその上に無理やり重ねられた新たな土台。
まぁともかく、ここに引っ越して来て一年、僕はまだこの国、というか魔物娘を受け入れる感情が整っていないのであった。

「それじゃあジータ、81ページの続きから」

「はい。『ああ御主人様、ずっとお慕いしておりました』涙を流して幸せそうに笑うメイドのエレナに答えるように、彼はそっと唇を彼女に重ねた。舌と舌を絡め合う濃厚な口づけに、挿入した男根がきゅうきゅうと締め付けられるのを……」

……ほんと、もうさあ。





(今日はいつもより疲れた気がする)

足を引きずりながら僕はそんなことを考えたけど、毎日思ってることなのでいつも通りの1日だったなと自分を納得させることにした。
レスカティエ、暮らすには不自由ないどころか供給過多すぎて贅沢な暮らしを送れる都市であるけれど、童貞には少しばかり暮らし辛い国であるのもまた間違いない。

「リ〜オ〜くんっ!今日こそお姉さんとトラウマを治すためにセックス療法をし」

「はいストップ」

突如として飛びかかって来たサキュバスのお姉さんと突如としてそれを引き止めて去っていくリザードマンのお姉さん。
は〜な〜し〜て〜と間延びした叫びをあげるサキュバスさんを尻目に苦笑するリザードマンさんに頭をぺこりと下げて、僕は帰路を急ぐことにした。

童貞のインキュバス、魔物からすればさぞご馳走であろう。
魔物への恐怖心が拭いきれない僕に押し迫ってくる凶暴(未婚)な魔物の方々。
学校に行けないどころか部屋から出ることすらできない僕を見かねた父さんは、一つのプレートを作って僕に渡した。
それが、胸につけた「要経過」というこれである。
これをつけた僕をつれて、父さんはいろんな魔物の元を訪れてペコペコと頭を下げた。
僕はまだ魔物に慣れきってなくて、無理やりことに及ぶと嫌な初体験になるかもしれないので、襲うのはこの札が外れてからにして欲しいと頼み込んでいたらしい。
魔物の方々の自制心は思いの外強かった……というか、僕に嫌な思いをさせるかもしれないということを凄まじく忌諱したのか、多くの魔物娘は僕に襲い掛からなくなった。
たまにアタックを仕掛けてくる人もいるけれど、それも先ほどのようにブロックされて引きずられていく。

本当に、頭が上がらない思いで、そして僕に随分と気を遣わせてしまうことへの罪悪感が膨らんで。
早歩きだった足をさらに早める。
刺激的な格好をした魔物娘たちの間を駆け抜けて、甘い匂いにたまに生臭さを覚えながら、昼間でありながら黄昏時のように暗い街の中を、逃げるように僕は走った。

──────

「ふぅ……」

いつもの様に、やたらと走ったせいで汗をかいた体をシャワーで流した僕は、学校から出された課題を解いていた。
国語や社会の科目は頭が痛くなる様な内容が多いけれど、それ以外に関しては意外にも……と、いうべきなのか、まともな内容のものが多い。
数学のプリントは丁寧な作りで、可愛いイラストも添えられている。
それらにペンを走らせながら、僕はチラチラとせわしなく時計を見上げていた。

いつになったら来るのだろう。
待ち遠しさ、ではない、むしろいつまでも来なければいいという思いが強い。

そもそも前提がおかしい。
仕事で父さんは長く帰れない、それはわかる。
なんで僕をつれて行かないんだ?
そして親戚の人に預けるとかでなく見知らぬお手伝いさんを雇うってなんだ?まぁ縁者全員強制絶縁状態だけども。
長いこと雇ってた人というならわかるけど、突然やって来る人を信用しろなんて、土台無理な話だ。
なんせここはレスカティエ。
飢えた獣(暗喩)のひしめくこの街では僕の様な存在はカモネギどころか金の卵を産む鶏だ、男だけど。

ああ怖い、いったいどんな人が来るのだろう。
たぶん人間じゃない、願わくば夫持ちの人であります様に、まぁそれも可能性は薄いと思う。
だって番いのいる魔物って、旦那さんから離れるのを嫌がると聞くし。

リンゴーン、と魔法のベルが鳴って、ぼくはびくりと肩を震わせた。
来客を知らせるベルである、来た間違いない、絶対そうだ泣きそう、助けてくれぇぇぇぇキャンサァァァァァァ!!
溢れ出そうになる叫びをぐっとこらえて、ぼくは玄関へと向かう。
ドアノブにそっと手をかけた僕は、覚悟を決めて、普段より随分と重く感じるドアを引いた!

「よう!」

「……」

そして、正面に佇んでいる……ていうか、座っているのと、その後ろに控えていたのは、紛れもなく魔物娘であった。
金属製の奇妙な椅子っぽいものに腰掛けるのは、緑色の獣のようで、深いクマのように目の周りが黒い人。
そして、もう一人。
透き通るような白髪のボブヘアーに、女性らしい丸みを帯びながらもすらりとした体。
体の各所に取り付けられた黒鉄の装飾に形容しがたい形状の器具など、異世界的な雰囲気を纏う、長身の魔物娘。
その人こそが、我が家にやってきたお手伝いさん、オートマトンと呼ばれる魔物娘、名前を『エヌのダブルジーアイエックススラッシュジェイ』であると知るのは、彼女らを家に上げてからのことである。
16/12/23 20:54更新 / 車輪(人物)
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■作者メッセージ
もういい、言葉などすでに意味を成さない……

このssの主人公の性格は正直受けが悪いと思いますがここからレスカティエらしいエロガキに改造していけると思うと愉悦が高まります。
また、作中の描写がなんか明らかに魔物娘の理性働きすぎじゃないかと思いますがどうかご容赦願います。
クロビネガの主義に反するようなものだと思われましたらすぐさま修正いたしますのでどうかお知らせ願います。

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