連載小説
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その頃のサバト支部 1/2
 【いったいあいつらは何を考えてるんだ!!輸送船3隻とともに敵が居るかもしれないところに突っ込んでいってだな…】

 机に上に置いてある魔力通話石の前にしてうんざりとした表情のバフォメットと、その隣に紅茶を持ってきた魔女がひきつった笑顔を浮かべ、バフォメットの前にいる一見笑顔だが目が笑っていない少女がさっきから罵声とも怒鳴り声とも取れるような音声を小一時間聞いていた。

 「ねえ、これたたき割っていいよね?」
 「お前さんの気持ちも分からんではないが、一応状況報告には多少なりともなっているからのう。」
 「まあまあ、今のところ残されている船団は無事と言うことですから。」

 騒がしかった魔力通話石が静かになり、わかりきったことだが一応聞いてみることにした。

 「それで、妙高からは全く連絡は無いということでよいのか?」

 【ああ、全くない。敵に取り囲まれて集中砲火食らってなければ良いんだが、あんなのはどうでも良い、貴重な物資を積んだ輸送船3隻の方が心配だ。】

 それを聞いたバフォメットは何て余計なことをと思いながら正面を見ると、目の前の少女が机の通話石をゆっくりと手に取り、大きく深呼吸をして、

 「そんな敵に囲まれそうな航路を選んでおきながらよくもまあそんなことが言えるわね。その首から上はカボチャ?帽子掛け?この能なし司令!!風がないから動けないとか泣き言言う暇合ったら櫂で1海里でも進みなさいよ。もし、妙高が敵に取り囲まれているんだったら私が行って敵とあんた達をまとめて海の藻屑にするわよ!!」

 通話石からは何の返答もなかった。少女は興奮冷めやらぬといった様子で通話石からの応答を待っていたが、いつまで経っても返事は来なかった。

 「お 落ち着きました?」

 魔女が少女の側に行きおそるおそる手を差し出て通話石を受け取ると、机の定位置に置いた。少女は自分の分の紅茶を一気に飲み干して一息ついた。

 「まあそういうことじゃから公海試運転のついでに加勢に行きたいというのは理解できるが。」
 「あれは言葉のあやで敵味方の区別ぐらいはつけるわ。」

 だがバフォメットは心の中で(絶対に誤射とか流れ弾がとか偶然射線に入ったとかやりかねん。)と思ったが決して口には出さなかった。そして、隣の魔女も同様のことを思っていた。

 「まあ、妙高を建造した際のあまり物資で小型とはいえもう一隻できるとはな。」
 「それでも全長は100門戦を上回ってますけどね。」
 「妙高に比べたら軽武装だし小さいから他の組織に刺激は少ないでしょ。」

 実際に妙高が進水してからサバトと交友のある組織が見学に訪れてきたが、ほとんどの者は頼もしく思っていたが、一部に何時か自分たちに牙をむくのではと懸念している者もいた。

 今回の船団護衛の一員としての出港を見送った後、それら組織の使者達から矢継ぎ早に戦列艦の代わりにあれを量産するのかと質問を受けたが、苦笑いをしながら「所有している数少ない100門戦をあれに置き換えるだけでもあと10ぐらいのサバトは必要じゃのう。」とウィットなジョークを言ってその場を和ませたことが記憶に新しい。

 「妙高は幅広い任務の実行力と快速力を併せ持ったフリゲートの発展系を目指していた筈なんだけど、新機軸を多く取り入れすぎた結果…」
 「まず、鉄で船を作ろうというところから想定外だったのう。」
 「遠洋航行能力があって偵察、通商保護、逆に敵からの通商破壊を防げるだけの戦闘力を持った艦でしたよね。」
 「あと、その姿を見ただけで泳いで逃げ出すとも言っておったな。蛇ににらまれた蛙の気持ちが痛いほど理解できるほどにとな。」
 「ほんとに凝りだすと止まらないんだから。」

 少女は呆れ顔ながらも妙高の設計書に目を通しながら感心していた。どう見ても頑丈な城塞都市でも木っ端微塵にできるほどの攻撃力はやり過ぎなんじゃないかと素直に思った。マストをへし折ったり索具を損傷させて航行不能にするだけなら高角砲や機銃でも十分すぎるほど。

 「それで、今度完成した大きな小型艦の名は何というのじゃ?」
 「設計図面上では種別は駆逐艦となっていますが何を駆逐するんですか?」

 バフォ様と魔女がそれぞれに少女に語りかけた。少女はハッとなって懐から紙を取り出して、

 「こう書いてしまかぜ。それと何を駆逐するのかは戦列艦での戦闘で例えるなら、フリゲート以下の小型船を追い払うのが役目。」
 「乱戦になると小回りがきく分やっかいな相手ですからね。」
 「その逆もできるけどね。」
 「100門戦並みの大きさでフリゲートやコルベット以上の機動力があるというのか?」

 感心している魔女と疑問をぶつけるバフォ様だが、少女にとっては想定内の質問であったためにさほど困らず、

 「風任せの帆船と違って機動に制限がないし、機関出力も妙高の約半分だけど、出力荷重比でみれば約2倍の値だから加速性能はいいよ。」
 「先に竣工している汽帆フリゲートのグラディエータも風向きにとらわれないですが、外洋航行に多小難があることが発覚してしまいましたからね。」
 「あの元教団の研究員も改良に躍起となっておるが、張り合う相手があまりにも強大すぎてかわいそうにもなるがの。」
 「蒸気機関も複式機関に改良して航続距離が伸びてるけど外輪推進方式だから自ずと限界が見えてきそう。」
 「ただ、費用的にはずいぶんと優しいからのう、あやつが言うには反魔物側の勢力もこうした汽帆を研究しておるから無駄にはならんじゃろう。」

 お付きの魔女から船団の針路と計画を詳しく聞いた後、サバト支部の建物を後にして造船所へと足を向けた。途中湾内の桟橋にグラディエータが係留されていた。帆は完全に畳まれ煙突からの煙が一切無いことから、運行が終了したのかそれとも整備中なのか、それを横目に見ながらのんびりと歩いた。


 造船所に着くと、

 「見本と同じように書いたけどあれでいいかな?」

 数人のリャナンシー達が少女の元に集まってきた。彼女たちはやり遂げたすがすがしい表情をしていた。

 「大きさといいバランスといい完璧ね。」
 「ジパングの文字は初めて書いたけど、なんかこうグッとくるよね。」
 「他にも種類があるから機会があったら勉強するといいわね。お礼の件だけど。」

 懐から金貨の入った袋を渡そうとするが、リーダー格のリャナンシーが首を横に振って、

 「こんなすばらしいものを書かせてくれたんだからむしろこっちがお礼をしたいぐらい。」
 「でもね、ジパングの民としてははいそうですかと引っ込めるような無礼なことが最も嫌いなの。だからこれは受け取って貰う。」
 「でもねぇ、」
 「こうしましょう。これはあなたたちが作るであろう作品への前払いと言うことに。」

 強引にその手に袋を握らせて少女がそう言うと、リャナンシーも観念した様子だが笑顔になって、

 「これからはあなたの依頼はすべて無償でじゃなかった、前払い済みと言うことで引き受けるわね。」
 「ふふ、ありがと。」

 画材店街の方向へと消えていった彼女たちを見届けた後、再び港内に浮かんでいる艦に目を移すとその船舷には白地で力強く【シマカゼ】と書かれていた。


 「建造できるのはあと1隻か。できれば先に直衛艦の方を建造したかったんだけどね。」
 「すまねえな、俺たちが不甲斐ないばかりに。」

 少女の横にはあの鍛冶ギルド長のロゼとその妻も一緒に居た。

 「いえ、多大なる協力を受けてる身で文句なんか言えるわけがないわ。それにあれは製作がかなり困難だというのも分かっていることだしね。」
 「旦那が俺たちを神の手と評価してくれてるんだ。難しいからできません何てなってみろ。旦那の顔に泥を塗っちまうことになる。」
 「…それに、2つは作ることに成功した。」

 珍しくロゼの妻が口を開くがその表情は少し浮かないものであった。実射試験では今までの物を超える予想以上の好成績を収め、量産に取りかかるもそのほとんどが満足のいく出来ではなかった。
 成功した2つの物も既に使用限界に来ていたことも重なり、耐久性の向上が量産への大きな壁となっている。

 「はあ、せっかくもう一隻浮かべられるってのによ肝心の大砲がないんじゃまるでメインマストのない100門戦だよ。」

 珍しく落胆しているロゼの手を少女はそっと手にとった。

 「うん、確かにこの節くれ立ってゴツイ手は今までいろいろな物に形を与えてきた創造主の手。正に神の手ね。」
 「お、おう。」

 さすがのロゼもちょっと照れくさくなって返事が曖昧になる。その背後のどす黒い何かに目覚めたようなオーラが出てそうな奥様の気配に少女は気づいてすぐに手を離した。

 「少し時間は掛かりそうだけど、必ず成功すると思ってるからその他の作業を進めさせることにするわ。」
 「よし、必ず俺たちがこの手で完成させてみせるからな。」
 「…先にあれで行くの?」

 もちろんあれというのは【シマカゼ】のことであり、今現在も出港に向けての点検や資材の積み込みが行われている。

 「どっかの無能な帽子掛け司令のおかげで妙高が敵陣突破をしてるらしいから、公海試運転を兼ねての援軍といったところかな。」
 「先の大海戦の再来だって噂されてるぜ。それに、行き先の都市周辺に教団の新鋭艦隊が向かっているのが目撃されてるしよ。」
 「相手が海上機動要塞でも持ってこない限りは大丈夫よ。」
 「なんだいそりゃ。」
 「妙高でも勝てそうにない敵と言ったらそれぐらいじゃないとダメかなと思って。」
 「ていうことは、なんとか要塞が無かったら教団側の敗北は確定と言うことか、こりゃいいや。」

 さっきまでの暗さはどこかに吹っ飛んでいったかのような豪快に笑い出すロゼに少女もつられてしまう。

 「それじゃあ、行ってくるね。」
 「昼過ぎに出発だったな。」
 「気をつけて。」

 鍛冶師夫婦に別れを告げて、少女は艦へと足を向けた。
 
13/06/15 20:37更新 / うみつばめ
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■作者メッセージ
 ちょっとしたつなぎです。さすがに単独では無理がありすぎると思うので。
 更新新着に上げる方法が分からないのでこのままにしておきます。

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