連載小説
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とあるクノイチの視点 〜前編〜

注意※アオイさん視点ですので、時系列がかなりズレます!
     今回は、4話の終わりまでです。





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私の名は望月アオイ。

ジパングの、とある『クノイチの里』から佐羽都街に来ているクノイチであり、
クノイチならではの「忍術」を使って戦闘から諜報まで幅広い任務をこなせる戦力として、この街の長であるバフォメット様に雇われているのだ。

今まで様々な任務に携わって来た私だが、
我々クノイチにとっての最重要任務である『暗殺任務』が下る事は無かった。
任務以外では……「貴方の前にもきっといい人が現れる」と私に言いつつも仲睦まじく暮らす人間と魔物の夫妻を見て心から羨ましいと思いつつも、
この人だ! と思えるような人に出会えずに暮らして来ました。

けど『その時』は唐突に訪れた。
それは、いつ戦争が始まっても可怪しく無い程に険悪な関係の隣街……反魔物領「メンセマト」での任務が切欠でした。

三年前に起こった戦争によりメンセマトは佐羽都街に敗れたが、
今度は対策として異世界から「勇者」を召喚する儀式を行おうとしているらしく、
それを阻止するというのが今回の任務である。

役目を果たす為、早速私はメンセマトに潜入した。
しかし、勇者が召喚される予定の場所は此方の予想を超えた厳重な警備だった。

魔物の変装を見破る為の聖なる加護が込められた道具を持っている騎士達が沢山居て、
とても近付けるような状態では無かった。
その様子を遠目から観察するのがやっと……という状態である。

メンセマトの長である領主か、勇者召喚を行う役目の老魔道士を「クノイチ流の暗殺」で籠絡してしまうのが一番手っ取り早いのだろうが、彼等は召喚の儀が行われる場所と同様に厳重な身辺警護がなされていて手が出せなかった。

バフォメット様には状況を逐次報告していたが、
無理は絶対にするなとの事だった。
……メンセマトに勇者が召喚されるよりも、お主を失う方が何千倍もの痛手だ……と。

ただ、そんな状況でも私は何もしなかった訳では無い。
隙を見て……老魔導師が使っていた杖を魔界銀製の偽物へすり替えたり、
異世界人を召喚する為の魔術が書かれた本の内容を書き換えたりと、
私は、私に出来る事をやったのだ。

――しかし、結局、異世界の人間はこの世界に召喚されてしまった。

ただ、私がやった事が全くの無駄にはならなかったのか、
召喚された人間はメンセマト側にとって戦力となる人間では無く、唯の異世界人だった。
その人の名前は「クロダマモル」と言うらしい。
だが、私が勇者召喚の儀を阻止出来なかった事には変わり無い。

初めての任務失敗。
私の背に嫌な汗が流れた。

しかし、もっと困っているであろう人がまだメンセマトに居る。
それは、この世界に召喚されてしまった「クロダマモル」である。

彼は勇者として召喚されたのに、何の力も持っていない只の異世界人である可能性が高い。
故に、彼がこれから先メンセマトで良い扱いを受けるとは思えない。

さらに、彼を召喚する魔術を使用した老魔導師が「クロダマモル」の命を狙っている事も分かった。
この時の私に、老魔導師が彼を狙っている理由が全く理解出来ていなかったのだが。

私は、とりあえず異世界の人間を佐羽都街で保護する事に決めた。
「クロダマモル」に近付く為に……彼を害そうとしている老魔導師に化ければ、
彼の息の掛かった人間をも遠ざけられる為、一石二鳥である。

では、再び行動を開始しましょうか……!





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「見つけた……!」

その人の見た目は「ジパング」の人間と変わらぬ黒髪黒目の青年ではあるが。
黒い袴に、白い肌着を着て……その上から下履きと同じ色の上着を羽織っている。
首から垂れた赤い鉢巻きのようなもの、黒色の革で作られた靴や腰帯……。
どう考えても、この世界の服では無い。

……あの人が『クロダマモル』か……!

メンセマト内の警備は先程とは一変してガラガラになっていた。
勇者が召喚される筈だったのに、
ただの人間が召喚されてしまった事で士気が大幅に低下しているが故だろう。
だから、件の異世界人と思わしき男性が厠へ向かって牢を抜けた隙を簡単に狙う事が出来た。

「がっ……!」

老人に変装していた私の急襲により、異世界人を警護していた男はあっさりと倒れた。

今、我々と敵対している教団の騎士に対してそうしたのは仕方が無いとして……だ。
彼の隣に居た教団の騎士はとりあえず魔界銀の杖で殴って気絶させておいたが、
異世界人もそうするわけにはいかないと感じていた。

今、私から見て彼は非常に混乱している。
多分、メンセマトの人間から魔物についての間違った情報を教えられたのでしょう。
しかし、だからといって犯罪者を取り押さえるようなやり方で彼を気絶させるのはどうなのだ、と思った。

「アンタ、あの時の爺さんじゃねェな!?」

私がそんな事を考えている間に、
異世界人が私の変装を見破る。
まあ、隠していなかったのだから当然でしょう。

私は変装を解き、正体を表す。

「……忍、者?」

彼は私の姿に見惚れながらも、確かにそう言った。

忍の事をご存知とは。
彼の故郷には、彼の世界のクノイチが居るのでしょうか?

向こうに正体を見破られていると仮定した私は、
手を抜く事無く煙幕と「影縫いの術」を使用し彼を拘束した。
恐らく、彼は戦闘の関する訓練などを一切受けていないのだろう。
私の術に何の抵抗も出来ずに戸惑うばかりで、あっさりと捕まってしまった。

身体の自由を失い、苦しそうに呻き声を上げるその脣に……、
私は魅了の術を使いながら口移しで媚薬を流し込んだ。

『此方の世界のいざこざで関係の無い貴方へ迷惑を掛けたせめてもの罪滅ぼしとして、
甘美な快楽の中で意識を失ってもらおう……!』
その時、私はそんな事を考えていたが。
今にして思えば魔物の本能として『彼』に対して特別な何かを感じていたのかもしれない。

だが――。

「……うおぁあああ!!?」

「え? きゃ……!」

私の「影縫いの術」に掛かり、全く動けぬ筈の人間が、私を突き飛ばした。
異世界人はそのまま地面に倒れこみ、口の中に手を突っ込んで嘔吐を始めた。

何が起こったのか、分からない。
彼が嘔吐を続けている理由は、私が流し込んだ媚薬を毒か何かと間違えているのだろうか?
しかし、彼が私の事を全く見ずに嘔吐を続けているという事は、魅了の術も解けているのでしょう。

気が付けば、私は笑っていた。
戦いの素人でありながら、私の術を打ち破った人間への敬意を込めて。

私の笑い声に顔を上げた彼の瞳からは、
相手と自分の実力差に大きな焦りを感じつつも、絶対に諦めない。
そんな強い意思が感じ取れた。

彼がどうやって私の術を退けたのか、
彼の目に宿る意思とは一体何なのか。
任務中、必要最低限の事にしか興味を持たぬ私の筈の思考が、そういったもので埋め尽くされる。

目の前に居る人間が、段々と愛おしくなって行く。
私自身の中で、魔物の……雌としての本能が目覚め始めた。

「な、んな、バカな……?」

さらに、性的な本能に呑まれつつあるのは私だけでは無かった。

私が彼の口に流し込んだ媚薬の内、
吐き出しきれぬ部分が身体に回ったのか、彼は欲情していた。
異界の黒い服の上からでも分かる程に彼のモノは大きくなっていて、
『そこ』から放たれる微かな精の香りが、恋心への「トドメ」となった。
自分の中で、彼への好意を自覚する。

……決めた。
私は彼を……『クロダマモル様』を「クノイチ流の暗殺」で籠絡する。

私は彼に自らの思いと『暗殺する事』を告げて、房中術を開始する。

訳が分からないという表情をしているマモル様を、押し倒す。
抵抗しようとする彼の両手を尻尾で封じ、彼の一物を露出させる。

「ちょ、マジ、ダメだって、そこは……!
あ、おうっ……! ん、んむっ!?」

何とか私から逃れようとする彼の動きを、口付けで封じた。

二度目の接吻は、僅かな酸味がした。
彼が嘔吐を繰り返した後の唾液は、普通なら美味とは言えぬものだろうが、
私にとって愛すると決めた人の「それ」はたまらなく甘美なものだった。

彼の心臓や男性器の鼓動は、彼が私に対して欲情している事を何よりも雄弁に証明していた。
その事に、心身共に喜びを感じる。

「ん、んんんーーーー!!」

マモル様は、射精した。
私との接吻が引き金となったのでしょうか?

手に付いた彼の精液を残す事無く舐め取る。
私の手にべったりと付いたそれを味わった時には意識が飛びそうな程の美味だった。
人間の精が欲しいと思っていながら「暗殺対象」が今まで見つかっていなかったが故に、
余計に美味しく感じられるのだろう。

私の身体はどんどん熱くなってゆく。
そして、私は序々に……マモル様を見るだけで彼が何を考えているのかがだいたい分かるようになっていった。
私が彼の精を飲んだ事で、身体が彼をより深く愛せるように変化しているのだろうか?

もう、私は貴方様だけのモノ……!
ですが、貴方を私だけのモノにするのは、ココで……!

「では、参ります」

未だ興奮が冷めやらぬマモル様の一物を、愛液ドロドロの女性器で飲み込む。

「うおぉ、おおおおっ……!!」

「あ、あああああぁーーー❤❤」

至高と呼べる快楽と共に、私の股間から流れる愛液混じりの血液。

「あっ、貴方は、処女、だった……?」

「……はい。
私の純潔は、貴方様に捧げました」

「それ」は魔物にとっては愛する者との爛れた生活が始まる祝砲なので痛みは無いのだが。

「だ、だいっ……大丈夫……ですか?」

「ふふ……はい。大丈夫ですよ? アオイは、魔物ですから」

この期に及んで私を心配して下さるとは、優しいお方だ。
やはり、私がお仕えするに相応しい……!!

「ふふ……。気持ち良いですか、マモル様」

「っつ、ぐぅ、気持ち良い……! でも、やばい……!」

人間である彼にとって快楽が強すぎるのか、弱々しくも私の身体に両手を押し付ける。
今の状況でまだ抵抗なさるとは、流石です。

私は、彼の両手を自分の胸に押し当てた。
彼の両手はもう私の力は込められていないが、彼が私の胸から手を離す事は無かった。

どうやら、マモル様は「墜ちる」寸前のようです。

ふふ……目がとろんとして来ましたね、マモル様。
快楽に悶える貴方も、素敵ですよ……?

「っくう……、また、出る……!」

「ああ、私も気をやってしまいます……!」

「くう……ウオオオオオ!?」
「あっ、あん! あああああぁーー❤」

……あれ、マモル様?
マモル様?

……気を失われてしまいましたか。
いくら貴方を愛しているからと言っても、少々やり過ぎましたね。
彼に謝るのは後にするとして、敵に見つからない内に佐羽都街に帰りましょうか。

マモル様と暖かく幸せな家庭を築いていく未来を思い描きながら、
意気揚々と私はメンセマトを後にした。

だが、私は知らなかった。

彼がこの世界へ召喚されていた時点で、必然的に彼が絶望のどん底に墜ちてしまう事を。





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マモル様が気絶するまで情事に及んだ私だったが、
ようやく理性を取り戻し……何とか敵には見つからずに佐羽都街まで帰還した。
だが――。

「彼が、元の世界に帰れない?」

私の身体から、さあっと血の気が引いてゆく。

この世界に来てから色々あって余程疲れていたのか、
マモル様は翌日の昼前になっても目を覚まさなかった。

愛する人が倒れるまで情事に耽ってしまった私は念の為、バフォメット様に彼の診察を頼んだ。

始めは私が「クノイチ流の暗殺」を遂げたであろう事に喜んでくれた彼女だったが、
彼の身体を見るなり、バフォメット様の顔から余裕が消えてゆく。

「こやつ……どうして魔力が全く無いのじゃ?」

バフォメット様から告げられた真実に、私は戸惑ってしまう。
そもそも、彼に魔力が無いという事すら分かっていなかった。

彼女曰く、異世界の人間をその世界に返すのは決して不可能では無い。
しかし、魔法が無い世界から召喚された人間を返すのは、不可能。
魔法が無い世界には「人間を送る魔法」をその世界まで届けられないらしい。

魔法技術が進歩すれば……もしかしたらこの世界と魔法の無い異世界との交流が実現出来るかもしれないが、今の時点でそういった技術は発見出来ていない。

つまり、マモル様は当分元の世界に帰れないという事である。





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意識を取り戻したマモル様を佐羽都街の村長夫妻に紹介した後、
彼に今の状況やこの世界の事と「魔物娘」に関する事を掻い摘んで話した。

「事情は把握しました。
ですが、アオイさんはどうして俺をわざわざ『保護』しようと思ったんですか?」

私や村長様夫妻からこの世界についての大まかな説明は出来た。
でも「あの事」をまだ言っていない。
だが、言わなければならない。

「それは……その……。
マモル様を元居た世界に返して差し上げるのは、
この世界の魔法技術ではほぼ不可能なんです」

マモル様が、額に手を当ててガックリと項垂れる。
私が真実を告げた時、彼は目眩を起こしてしまったようだ。

「申し訳ございません、マモル様。
この事態を招いてしまった原因は全て、私の力不足……。
貴方様が死ねと命ずるなら、私は喜んで腹を切りましょう」

一人の人間の人生を台無しにしてしまった対価としては、これ位が妥当だろう。
震える声でそう言った私を見る彼の目には、生気がまるで無かった。

彼の目から光が、表情からは感情が完全に消え去っていた。

私が死のうと生きていようと、どうでも良い。
それによって自分が自分の世界に帰る為にならないのなら意味が無い。
マモル様の表情にはそう書いてあった。

マモル様の目から私に向けられる、圧倒的な「無関心」が私の心をズタズタにする。
今の私は、彼にとって憎しみを抱く価値すら無い存在なのか……!?

「は、早まるアオイ君!
君に任務を与えた我々にだって責任はある!」

「そうじゃ! 今そなたが死んだ所で誰も得をせんじゃろ!
それに、悪いのは異世界人の召喚を行った隣国の連中じゃ!」

愛しい人にそんな目で見られてしまうのなら、最早私に生きる価値など無い。
私のそんな考えを知ったか知らずか、バフォメット様と英次様が止めに入る。
同時に、マモル様の表情が酷く歪む。

……この時点で、私は間違いに気付いてしまった。

謝る立場である我々が互いに庇い合ってしまっては、
被害者である筈のマモル様がまるで悪者のようではないか。
「それ」にいち早くマモル様の心から、ついに箍が外れてしまう。

マモル様の心から、光と共に私の存在が消えてゆく。
彼の心が、本格的な崩壊を始めた。

「……う、おアアアアアアアアアーーーー!!!!」

心が現実に耐え切れず錯乱した彼は、村長夫妻の部屋にあった大きな柱に頭をぶつけ始めた。
何度も、何度も。

バフォメット様が眠りの魔術を掛けても、彼女の夫である英次様が彼を羽交い締めにしても、
マモル様の自傷行為は止まらない。
これ以上は彼を放って置くと命に関わると思い……力づくで卒倒させようとした所で、
彼は力尽きて意識を失った。

……先程まで暴れていたマモル様を見て、私はようやく理解した。

昨日私が彼と対峙した時に見た、強い意思。
私の「影縫いの術」を振りほどくまでに強い意思の……正体。
それは『彼が元居た世界へ帰る事への執着心』だったのだ。

きっと昨日の彼は、
「こんな訳の分からない異世界で死んでたまるか」
「俺は俺の世界に生きて帰るんだ」……といった事を考えていたに違い無い。

縋っていた物が大きければ大きい程、それを無くしてしまった時の痛みも大きい。
彼が錯乱してしまった原因は、大きな心の拠り所を無くしてしまった故の反動なのだ。

マモル様が錯乱してしまった原因の一部が私である以上、このままで居る気は無い。

何よりも、一人の魔物として……愛しい人に嫌われるならまだしも「無関心」のままで居られるなんてあんまりだ。

私が彼を元の世界から引き剥がした「原因」である以上、
というか、私はもう、極力彼に近付くべきでは無いのだろう。
マモル様が心を取り戻した所で、彼はきっと私に対して憎しみを抱くだけなのだから。

それでも……このままじゃ、終われない……!!

決意を固めた私は、彼の心を取り戻す為に行動を開始した。





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……あの後、バフォメット様と話し合った結果。
マモル様は「身体の内側に作用するような魔術が効きにくい体質」である可能性が高い、
という結論が出た。

バフォメット様がマモル様に眠りの魔術を掛けても動きが鈍くなるだけ、
同様に、彼女が彼に治癒魔術を掛けても、効き目が常人の半分以下だった。

私の用いる「影縫いの術」も、
苦無で相手の影を縛り付ける事で、相手に「自分は動けない」といった暗示を掛ける術である。
しかし、そういった術が効きにくい体質の持ち主なら私の術が破られても可怪しくは無い。

「済みません。
色々と、ご迷惑をお掛けして」

愛しい人は、起きて早々にそう言って我々に謝った。
しかし、その胸中には我々への不安や怯えが渦巻いている。

マモル様と村長夫妻が話し合った結果、
我々が彼をこの世界のいざこざに巻き込んだ事と、
彼がこの部屋で錯乱して暴れてしまった事で「おあいこ」という事になった。

さらに、バフォメット様が彼に仕事を紹介する代わりに、
マモル様が自分の知る異世界の技術を可能な範囲で佐羽都街の皆へ伝える事が決められた。

しかし、彼は我々を許してなどいないし……信用もしていない。

俺がこの世界で頼れる存在は、自分だけ。
貴方がそう思っているのが見え見えですよ。
……本当はそうでは無いんですが、ね。

追い詰められたマモル様は、本当に何をしでかすか分からない。
そこで、私は陰ながら彼を見守る事に決めた。

――そして、案の定というか。
それからのマモル様は、暫くの間……迷走や失敗を連続する事となった。

佐羽都街「自慢」の公衆浴場で人間と魔物の交わりを見ても、心身共に反応無し。
あそこは人間と魔物が身体を清めつつ互いに愛と確かめ合う素晴らしい場所である筈なのに、
自分にはまるで関係無いと言わんばかりにさっさと出て行ってしまった。

その日の就寝時も、
異世界の道具を光る道具を見て、自分が元の世界に帰れない事を再確認してしまったようだ。
マモル様は、この世界で生きる事に何の希望も見出だせていない。

これは、マズイですね。
彼は「元の世界」に執着し過ぎている。

マモル様の心を復活させるのは、私一人では無理かもしれない。

そう思った次の日の早朝、私はとある人物と接触していた。

「お願いします!
彼を説得出来るのは、挫折を経験した貴方しか居ないんです……!!」

「……う〜ん、アオイちゃんの未来の旦那様が精神崩壊寸前……か
旦那様、もし貴方が良いと言うのなら彼女に協力してあげて!」

「……分かりました。
僕は、僕に出来る事を精一杯やりましょう」

その人物とは反魔物領の隣町「メンセマト」の元勇者である『ハリー』という男性だ。
彼の傍らには彼の妻であり、私の親友でもある「白蛇」にも頭を下げた。

彼はメンセマトで「勇者」として酷使されていたにも関わらず、
そうまでして討とうとしていた魔物娘達が何の罪も無いと知り深く絶望してしまった。
それを、私の親友である白蛇の「巴ちゃん」が深い愛を持って彼を立ち直らせたのだ。

そんなハリー様ならば、マモル様の心をある程度良い方向へ向けられるのでは無いか?
と思った私が、彼に事情を説明して協力を頼んだのだ。

愛しい旦那様の元に他の女が近付くなど、彼の妻にとっては許し難いことだろうが、
巴ちゃんは親友が愛すると決めた人の一大事という事で許してくれた。

「ありがとうございます、2人共……!」

3人で相談を重ねた結果、マモル様とハリー様を会わせる為に、
マモル様の予定が空き次第……彼を2人が済む家の近くにある滝壺に向かわせた後、
その事をハリー様に連絡するという事に決まった。

私は、ハリー様と巴ちゃんの元から、マモル様の元へと再び向かう。
心底、2人のような仲睦まじい夫婦が羨ましいと思いながら。





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マモル様がバフォメット様から紹介された仕事場へと向かった私だったが。

「ん? アイツか?
顔色がやたら悪かったんで、今日は帰らせたぜ」

「……え?」

そこで、既に彼は帰ったと聞かされた。

仕事場でマモル様と話をしていたというアカオニさんに話を聞けば、
彼はまだ心が不安定で、とても仕事を任せられる状態では無かったらしい。

「でも、アイツは『魔界銀が何なのか定義したい』とか色々面白い事言ってたから、
心配はしちゃ居ないがな」

だが、彼女がマモル様と短時間話しただけでも彼の仕事に対するやる気は感じられた為、
心の問題さえ解決すれば問題無く雇用が出来るとの事。

ほっと胸を撫で下ろし、再び彼の元へ向かおうとした私だったが。

「まあまあ、待てよクノイチの姉ちゃん」

アカオニさんに、肩を掴まれた。
一体、何でしょうか?

「アイツも大概だったが、今のお前も酷い顔だぜ?」

確かに、今の私の精神状態は良くないだろう。
愛する人に嫌われるあまり、私自身の生き死にさえどうでも良いと思われてしまっている。
仮に彼が心を取り戻した所で嫌われてしまうだけだ。
……それでも、彼を放って置けないからこうして色々動いているけども、
これから先一体どうすれば良いかが全く分からない。

「アタシにはお前達の事情なんて殆ど知らない。
……でも、これだけはお前に言っておきたい
「本当に『ここぞ』って時にあの異世界人を救えるのはきっとアンタだけだよ」

「……!」

彼女の言葉に根拠らしい根拠など見当たらなかったが、とても力強く、説得力があった。
アカオニさんの言葉に、私は心を打たれた。
それはまさに、私が望んでいた言葉でもあったから。

「アタシが昨日、風呂場でアタシの旦那と派手にヤってたのに、
アイツその事にまるで感心を持っていない。他の夫婦の情事を見ても同様だ。」

……確かに、そうだった。

「アイツが心を病んでいるだけなら、昨日、風呂場で伴侶の居ない魔物に食われてただろう。
だけど、そんなスキがアイツの心には無かったって事さ」

そう言って、アカオニさんは笑う。

……確かに、マモル様が私を嫌っているというのは、誰かに言われた訳では無い。
彼が私の事を嫌っているというのは、単なる思い込みかもしれない。
「そう思い込む」事で、私は自らを罰したつもりになっていたのか……!

「へへ……! アイツを救うってんなら、まずはお前が元気になんないとな」

「……!
本当に、ありがとうございました……!!」

私を励ましてくれたアカオニさんにお礼を言って、今度こそマモル様の元へと向かう。

何をどうすれば良いのか、まだはっきりとは分かっていないが。
私は、少しだけ前を向けた。

しかし、マモル様の元へ向かっている途中にこんな会話を耳にした。

「……もしかして。
もしかしてだけどね……。
今、歩いていった男性が『異世界の勇者』で。
なおかつ、私達の話を『自分のせいで戦争が起きた』と解釈してしまったのなら、
この世の終わりみたいな表情を浮かべたって可怪しくないわ」

「え〜?
偶然、ある筈ないでしょ?」

「というか、むしろそう考えないとあり得ないのよ。
新魔物領をあんなに無防備な独身男性が歩き回るなんて、あまりにも非常識よ。
相手が居ない魔物娘に会おうものなら、既に捕まってる筈。
鴨がネギ背負って歩いているどころの話じゃないわよ」

「……う〜ん、私達は、勇者に対して悪意なんて無いし。
仮にそういう誤解をされたのだとしたら、
早めに誤解を解かない、と……!?」

無意識に殺気を放っていたと思われる私に、
話をしていた2人が凍りつく。

私が偶然耳にしたのは、
単なる世間話をしていたであろう女郎蜘蛛と狐憑きらしき2人の女性。

……ふふ。
成程、分かりました。
貴方達は私の愛する人に「この世の終わり」のような顔をさせた。
つまりは、彼を深く傷付けたという事ですね?

「今の話……。
詳 し く 聞 か せ て 頂 け ま せ ん か ?」

「「……は、はいぃ!!」」

……。

…………。

つい、頭に血が登ってしまっていた私だったが。
2人の話を詳しく聞く限り、彼女達に悪意は無かったようだ。

どうやら、
「メンセマトが『異世界の勇者が佐羽都街に攫われた』事を口実として戦争を始めようとしている」という彼女等の会話を、
マモル様は「自分がこの世界へ来たせいで佐羽都街とメンセマトの戦争が始まってしまう」
と勘違いして錯乱してしまったようなのだ。

世間話をしていた2人は全くの無責任という訳では無いが、
「それだけ」で盛大な勘違いをしてしまった彼も彼である。

……そして。
マモル様が彼女達の「世間話」を聞いてしまった事が、彼の心への『トドメ』となったのか。
とうとう彼は「やらかした」のである。

マモル様の足取りがバフォメット様の館へと向かう道から外れている事を確認した私は、
彼の居場所を探し始めた。

先程の世間話をしていた2人の会話を耳にしてしまったマモル様は、
「この世の終わりのような顔」をしていたらしい。

というか、本当に彼は人生を終わる寸前だった。

何をどう考えたのか分からないが、彼は火薬らしき何かを作ろうとしていたのだ。
いくら作り方を知っていても、素人がそれをやったのでは成功する筈が無い。

結果、彼が火薬の調合をしている途中でそれらが爆発した。

爆発は小規模だったが、一人の人間を死に追いやるには十分な威力だった。

周囲の人間や魔物娘に聞き込みをしている途中で、
マモル様に鉱石を売ったという「ゴブリン」という種族の、異国から来た行商の魔物娘から色々話を聞けたお陰で、彼の足取りが一気に掴めた。

マモル様は鉱石を買った後に、
薬屋で「硫黄」を、雑貨屋で「木炭」と木鉢等の「何かの調合に使う道具」を購入している。

そして、推測出来た。
彼は「何らかの危険物」を作ろうとしている……と。
彼が行商から買った物には、少なくとも花火の原料は含まれているのだ。

だから私は佐羽都街の中から「ある程度広く、何かをしても誰かに見られる可能性の少ない場所」を限定して探し回った。

その結果、火薬の爆発によりマモル様の身体が焼ける前に間一髪で庇えたのだ。

彼を助けた後、呆然としているその顔を平手で打った。
マモル様が色んな意味で錯乱しているのは分かっているが、だからと言ってやって良い事とそうでない事がある。

普通なら、たった素人が一人で火薬を作るなんて危ない事をしない筈。
が、今の彼は「そんな事」ですら理解出来ていない。

「……どうして……?
葵さん、どうして、危険を犯してまで俺を……?」

だから、彼の口からこんな言葉が出てくる。
大事な人を助けるのに理由なんて要らない。
それが分からないのは、彼がこの世界で他の者を誰一人愛していないからだ。

「私は、必死に生きるマモル様に心を奪われました」

「……必死に、生きる……!?」

私の言葉に、今までその言葉を忘れていたと言わんばかりの表情をするマモル様。

私は、呆然とする彼に告げる。
「私は貴方の必死に生きる姿に心を奪われた」
「しかし、今の貴方は死人同然だ」……と。

今の自分が死人同然だという言葉が彼にとって図星だったのか、
彼はさらなる拒絶の言葉を口にする。

「俺だって、分かっています。
このままではいけない……と。
しかし、いきなり自分の世界から引き剥がされて、家族や友人と会えなくなって。
それでも『まあいいか』の一言で済ませられるような、
聖人君子じゃあ無いんですよ、俺は……!」

ほんの少しだけ正気に帰った彼の目に宿る感情は……嫉妬。
マモル様を救う、という生きる明確な目的を持った私への妬みと、
無力、無気力な現在の彼自身への苛立ちが感じられた。
……もっとも、彼は私の目的が何かまでは知らないでしょうけども。

「なら、最初から我々にそう言って頂ければ良いかと。
辛いなら辛い、寂しいなら寂しいと。
現状にただ文句を言う事と、誰かに助けを求める事は違いますからね」

マモル様が錯乱して村長夫妻の屋敷で暴れた後で、
我々がこの世界のいざこざに彼を巻き込んだ事に対して、マモル様がは既に「おあいこ」という事で話を片付けてしまっていたのだ。

不平や不満があるなら、せめて我々にそれを打ち明ける位はして欲しかった。
にも関わらず、そうしなかったのは他ならぬ彼自身である。

「……!」

誰かに助けを求めるなんて考えた事も無かった、という表情のマモル様に、段々腹が立ってきた。
どうして貴方はこの世界に対してそんなに「無関心」なのですか……!?

「ですが、先程マモル様の言った事はそれらのどれとも違う。
自分の本音を混ぜて言葉に説得力を持たせた上で、
わざと私の心を抉るような言葉を使い、自分から嫌われようとしている。
この世界の何もかもを拒絶して、逃げようとしている……!!」

自分の世界での人生が終わってしまったのだから、他はどうでも良い。
そういった愚かな「無関心」こそが、今の彼が愚行を繰り返す原因である。

「……う…あ……!」

マモル様は何も言えないようだ。
ようやく、彼に「無関心」を自覚させられましたか。

「貴方に、会わせたい人が居ます」

「俺に……?」

「バフォ様の館から北の方へ真っ直ぐに歩けば、綺麗な滝壺が有ります。
そこに、その人は居ます。
……彼の話を聞いて、少し頭を冷やして下さい」

今の私は、感情が昂ぶっている。
これ以上マモル様と話した所で、喧嘩になるだけだろう。

この後は「第三者」であるハリー様に任せるしか無い……か。

「分かりました」

彼が頷いたのを確認した私は、
その場を去り、村長夫妻の屋敷へ帰った後、
バフォメット様に昨日から今日にかけてのマモル様の言動を報告した。

……ところが、またしても彼が帰って来ない。
マモル様を爆発から救った後、彼と別れたのが昼過ぎで、
今の時間はもうすぐ夕暮れだ。

「マモル君?
大分前に、バフォメット様の館へと帰ったと思うけど……?」

不審に思った私は、巴ちゃんの元へと向かい、
彼についての話を聞いたが、
彼はまた何処かへ消えてしまったらしい。

巴ちゃん曰くマモル様は「大分前に帰った」らしい。
と、いう事はたった今私とマモル様が入れ違ったという可能性は少ない。

親友に別れを告げた私は、
ハリー様の家周辺と村長夫妻の館を繋ぐ道に怪しい場所が無いかを丁寧に確認してゆく。

すると、巧妙に隠された魔術の跡を見つけた。
これは、この奥に進もうとする人間や魔物を道に迷わせる「人避け」と「魔除け」の術……!?

「誰か、助けてくれぇーーーーーーーーー!!」

突如聞こえる、マモル様の叫ふ声。
私には見えぬ何処かで、愛しい人が危ない目に会っている。

喉が潰れんばかりの大声からは、
叫んだ者の「生きたい」という想いがこれでもかという程に伝わった。

ほんの少し前まで、
この世界に対しては徹底的に「無関心」だったマモル様の叫びとは思えない。
しかし、間違いなくこの声は愛しい人のそれである。

マモル様が叫びを上げた時点で、それが何処かはだいたい把握出来た。
彼が居る場所は間違い無く「魔除けの術」が掛かっている場所の、奥……!

私は、彼の元へ走り出す。
だが、彼の元へ向かおうとする度に身体が重くなり、
勝手にが異なる方向へ向こうとしてしまう。

ええい……だから、何だ!
私の想いが、そんなのに負けるものか……!

マモル様の叫びを聞いて走りだした私は、気が付けば愛と気合で彼の元へと辿り着いていた。

敵共の刃が彼へ届く寸前、彼を切ろうとしている者をブッ飛ばして気絶させた。

「あ……アオイさん……!?」

「貴方の叫び……確かに聞こえましたよ、マモル様!」

私が今まで彼を見つける事が出来なかったのは、恐らく何らかの魔術による妨害だろう。
彼が叫んでくれなければ、私は絶対に此処へはたどり着けなかった。
だが、最愛の人の声が届いた以上……今の私に不可能は無い。


危機に陥っていたマモルが浮かべていた表情は、驚愕では無く安堵だった。
彼は、私が来る事を想定した上で助けを求める叫びを上げたのだろうか?

私の胸に、独占欲が満たされた時に似た喜びが湧き上がる。
他の魔物娘でも、ハリー様でも無く。
彼は、私に助けを求めたんだ。

マモル様が、私を信じていてくれたんだ……!

「やはり来たか、魔物め……!
これで手間が省けたわい。
あの時は不意を付かれたが、今度はそうはいかん!
者共よ、かかれ!! あの2人を、殺せ!!」

老魔導師の命令で、敵共が一斉に襲いかかって来る。

爆発するように湧き上がる喜びを戦う力に変えて、私は迫り来る敵共に躍り掛る。

『ウォオオオオ!!』

「…………」

「がぁっ!」
「グアッ!?」

武器と持った人間達は、決して弱くは無かった。
しかし「クノイチ」としての訓練を積んだ魔物である私の早さに付いて来れる程では無い。

「覚悟!!」

「うわっ!?」

「それ」を理解した者がマモル様を狙いに行く事も……想定済み。
私は、彼を狙いに行った者の足元に素早く苦無を投げた。
敵が自らの身体に起こった異変に気が付いた時には、既に決着は付いた後である。

「マモル様を傷付ける者は……、」

「な、何だあ、これ……動けな……!」 

「私が、存在を許さない……!!」

「来るな、来r……うわあああぁああ!!」

……こうして、私は老魔術師以外の全ての敵を昏倒させた。

今の所、敵は魔界銀の武器により倒している為……不殺。
そして、私は無傷。
いつも通り。

しかし、
勝利を確信した私に、老魔術師の……我々魔物には想像も出来ないような悪意が振りかかる。

「死ねエエエエエぃ!!」

なんと、ヤツは「味方ごと」私を焼き尽くそうとしていた。

「なあっ!? ……っくうっ!!」

私はとっさに、焼き殺されようとしている「敵共」を庇ってしまった。

本来であれば、敵共など見殺しにしてでも生き残るべきなのだろうが、
魔物の性分として、殺されようとしている人間を見捨てる事は出来ない……!

皮肉にも魔物娘が持つ人間への愛が、彼等の悪意に良いように付け込まれてしまった。
私が彼等を庇う事は老魔術師にとっては「嬉しい誤算」であったのか、嬉々と呪文を唱え始めた。

いや、だ。
……死にたく、ない!

そう思い、迫り来る業火への恐怖で反射的に閉じようとした視界に写ったもの。

「エターナル・フレ……!」

それは、私を焼き殺さんとしている老魔術師の見ているだけで吐き気を催すような笑顔が、私の後方より投げられた四角いモノにより……ぐにゃりと潰れてゆく光景だった。

「ぶフォア!?」

結果、老魔術師の呪文は失敗し、炎は消失してしまう。

私の目は、一気に見開かれる。
今しがた老魔術師に投げられた物は、確かにマモル様が持っていた異世界の道具だった。

「異世界の道具」を投げられるのは、それを持っていた「異世界人」だけ。
最愛の人が、私を救ってくれた……!?

「アオイさん、無事ですかあっ!?」

「……はっ、はい!!」

そう言って私を見る彼の目は、かつて私の術を退けた時以上の気迫が満ちていて。
私の心は、彼を愛すると決めた時以上に高鳴ってしまう。

そんな彼の様子を見て、私は確信する。
マモル様の心は、完全に復活した。

「ヴぐぅ、よくも……。
むぐ……、……!!!!」

頭から血を流しながらも我々を睨む老魔術師。
だが……傷を負った彼を、私が倒す事は無かった。

「……かあっ、ひゅう……!」

老魔術師の顔からみるみる血の気が引いて行き、彼は苦しみ出した。

……猛烈に嫌な予感がした。
間違い無く老魔術師が酷く苦しんでいるが、
治癒の魔術などを習得していない私にはどうする事も出来ない!

「ごぼ……ごぼぼ……!」

そのまま泡を吹いて倒れてしまった老魔術師が二度と目覚める事は無かった。
様子を確かめようと、私が彼の身体に触れた時、
既に老魔術師の脈は止まっていたのだから。

……うそ、でしょ?
マモル様が投げた異世界の道具が老魔術師に当って、そのまま彼は帰らぬ人となってしまった。

つまり、私のせいで愛する人が「人殺し」の業を背負ってしまった?





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愛する人が、私を励ましてくれている。
それが分かっていながら、錯乱していた私は何も出来ずに泣き続けた。

愛する人以外に限られた感情しか見せぬという「クノイチ」の誓い。
この時ばかりは、それを守る事が出来なかった。

私はマモル様に肩を貸して頂かなければ、まともに歩くことすらままならなかった。

私が任務を失敗したせいで、マモル様がこの世界に召喚させて。
放って置けば冗談抜きで死んでしまいそうな程に心を弱らせてしまった。
挙句の果て、失態を犯した私を守ろうとしたマモル様に「人殺し」という罪を着せてしまった。

彼が酷い目に合う時は、いつも私が関わっている。
これでは、彼にとっての私は……唯の疫病神ではないか。

私は、一体どこで間違えたんだ?
……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!





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あの後の事だが、
騒ぎを聞き付けたバフォメット様が駆けつけたが、全ては終わっていて。
とりあえず、マモル様は私を連れてバフォメット様の館に向かったらしい。

少しだけ落ち着いた我々に、バフォメット様から老魔術師の死因が告げられる。

「「奥歯に、毒物……!?」」

「そうなんじゃよ」

『予め奥歯に仕込んで置いた毒物による自殺』だった。
少なくとも、彼が私のせいで罪を負った訳ではなかった。

「よ、良かった!
……いえ、良くないですね」

とりあえず、マモル様が殺したという訳では無かったんですね。
そんな事も分からなかったとは、先程までの私は余程取り乱していたのでしょう。
……まあ、人が死んでしまっている以上、良かったとは言えないが。

「自分の敗北を確信してから自害した、ってんならまだ分かるけども。
あの爺さんはまだ諦めてはいなかった。
なのに、いきなり様子が可怪しくなったと思ったらそのままあっけなく……。
どう考えても、自分から毒を飲んだって感じじゃ無かったですよね……?」

マモル様の言う通りだ。
私がしっかりしていれば、彼が毒を飲む前に昏倒させられたかもしれない。

「ええ、本当に訳が分かりません。
ですが、私がしっかりしていれば、こんな事には……!」

「……!」

マモル様が、私を見つめる。
彼の、私を見る目が変わっている?

「ア オ イ さ ん ?」

「ひゃい!?」

愛しい人の口から漏れた、予想していたよりも遥かに冷たく低い声。
驚いた私は、情けない声を出してしまう。

「俺を何度も助けてくれて、本当にありがとうございました。
貴方がわざわざ敵に化けてまで佐羽都街に連れてきてくれた時も。
俺が火薬の調合をミスって死にかけた時も。
そして今回、奴等に襲われた時も。
アオイさんが居てくれなければ、間違いなく俺は死んでいました」

「……え?」

私の予想はまたしても裏切られる。
彼の声は、今度はとっても暖かいものだったから。

「だからこそ、これ以上自分を責めないで下さい。
爺さんの死に方についての謎は、俺が解き明かして見せます。
アオイさんは、自分が悪いと感じる必要なんて何も無いんです」

先程、私を助けて下さった時もそうだったが。
今のマモル様が発する声や瞳には、かつて私と相対したときよりも強い光が宿っていた。

「ですが……。
私は、舞い上がってしまったんです。
マモル様が、命を脅かされても我々の味方で居続けてくれた事。
そして、我々にしっかりと助けを求めてくれた事が嬉しくて。
その結果、周りが見えなくなって、あんな事に……!」

しかし……私が悪いと感じるな、というのは無理だ。
メンセマトに潜入してからの私は、通常のクノイチとしては有り得ないような失態を繰り返して……!

「心が不安定な時は、考えが被害妄想じみた感じになってしまう事があります。
俺も、そうでしたから。
そして、今のアオイさんは俺から見てそんな感じがします。
ですが、俺は貴女に『そんな状態』で居て欲しくない」

心が本当に下を向いてしまった時は、
自分では「これではいけない」と思いつつも、どうにもならない。
かつてのマモル様もそうだったのだろうか?
今の私が「そういう状態」である事は見抜かれているようだが。

「だから、もう一度言います。
俺は貴女に助けられた事を、
心の底から、感謝しています。
貴女に救われた事は、俺の誇りです」

……ああ……。
マモル様、貴方は分かっていますね?
私が、これ以上自分を責めれば「貴方の誇り」を汚してしまう事に。
そういう言い回しをすれば、私が私自身を決して責められぬ事に。

男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉があるが。
貴方は、たった1日足らずでそこまで……!

ふふ、ふふふ……!

貴方を救う為に動いて良かった。
貴方を好きになって良かった……!!

私は彼への想いをはっきりと言葉にして伝えた。
二度目の「クノイチ流の暗殺」を予告すると共に。

私の「暗殺予告」に驚いた彼の口元に、お礼を込めて軽い接吻をした。

今度こそ。
今度こそ、貴方の心を手に入れる。

その為に、然るべき場所で。
然るべき時に、万全の体制を以て「暗殺」を仕掛けますからね?

覚悟して下さいね、マモル様。


14/09/14 17:40更新 / じゃむぱん
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■作者メッセージ
一ヶ月ぶりの更新です。
遅れてしまい、本当に、本当に申し訳ございません。

今回はアオイさん視点での1〜4話ダイジェストです。
1人称だけだと、私の文章力だとどうしても主人公以外の描写が薄くなるので、今回はアオイさん視点です。
現在の話と繋がるのは後半(5〜8話+α)からですね。

そして、今更ですが白蛇さんの名前公開。
マモル君視点でも、いずれは彼女の名前を使っていこうと思います。

次回更新は、10月始めを予定しています。

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